遠藤玉夫先生を悼む
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
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遠藤玉夫先生が2024年10月9日に急逝されました.70歳現役として活躍されるなか,亡くなる2日前も研究所に普通に来られており,亡くなったことがいまだに信じられません.
先生は,1977年に東京大学薬学部製薬化学科を卒業,1982年に東京大学大学院薬学研究科にて薬学博士の学位を取得されました.1982年より米国ベイラー医科大学に博士研究員として留学,帰国後1984年より東京大学医科学研究所の小幡陽教授の元で助手をされ,1994年に東京都老人総合研究所糖鎖生物学部門の室長に赴任されました.その後,組織改変を経て東京都健康長寿医療センターとなり,2012年より副所長,2018年より所長代理を務められ,2022年よりシニアフェローとして,生涯にわたり研究に携わってこられました.また数多くの学術学会の評議員・理事・会長などの要職を歴任され,本学会では評議員を務められました.日本医療研究開発機構(AMED)研究開発事業のプログラムオフィサーや日本学術会議の会員としても活躍され,我が国の研究支援事業や学術振興において指導的な役割を果たされました.
先生は,糖鎖生物学の分野で著名な研究者であり,専門の糖鎖構造解析の研究では,老化や疾患に関わる様々な糖タンパク質の糖鎖を明らかにし数多くの業績をあげられました.特に「哺乳類O-マンノース型糖鎖の発見」を端緒とする約四半世紀にわたる研究は,新時代の糖鎖科学の発展に大きな功績を残しました.哺乳類のO-マンノース型糖鎖は1997年にジストログリカンというタンパク質の糖鎖解析により発見されました1).最初に発見された構造Siaα2-3Galβ1-4GlcNAcβ1-2Manに基づいてすぐに生合成酵素の探索が開始され,2001年にGlcNAcβ1-2Manの合成酵素としてPOMGNT1が2),2004年にManをトレオニンに転移する酵素としてPOMT1とPOMT2の複合体が同定されました3). 同時に,POMGNT1がmuscle-eyebrain病(MEB),POMT1とPOMT2がWalker‒Warburg 症候群(WWS)という先天性筋ジストロフィー症の原因遺伝子であったことから,O-マンノース型糖鎖の合成異常が筋ジストロフィー症の原因となるという発症機構が明らかになりました4).その後,MEBやWWSと同様にジストログリカンの糖鎖異常を呈する筋ジストロフィー症が多数報告され,現在ではジストログリカノパチーと総称されています4).さらにO-マンノース型糖鎖には非常に多様な構造が存在することがわかり,ジストログリカノパチーの原因は,実は最初に発見された4糖構造の欠損ではなく,グルクロン酸(GlcA)とキシロース(Xyl)の繰り返しからなる,マトリグリカンと呼ばれる糖鎖構造の欠損であることが報告されました4).マトリグリカンはジストログリカンのO-マンノース型糖鎖の上に修飾されると考えられていましたが,当時は本当の構造については全くわかっていませんでした.世界中で競うようにO-マンノース型糖鎖の研究が進められる中,2016年についに悲願であったマトリグリカンを含むO-マンノース型糖鎖の完全な構造 (3GlcAβ1-3Xylα1)n-3GlcAβ1-4Xylβ1-4Rbo5P-1Rbo5P-3GalNAcβ1-3GlcNAcβ1-4(phospho-6)Manを明らかにすることに成功しました5).また,この構造には糖アルコールリン酸の一種であるリビトールリン酸(Rbo5P)が2個含まれており,これも哺乳類では初めての報告になりました.さらに二つのRbo5P転移酵素FKTNとFKRP,Xylβ1-4Rbo5P合成酵素TMEM5,Rbo5Pの前駆体となるCDP-Rboの合成酵素ISPDの同定にも成功し,生合成経路の全容も明らかになりました4‒6).これらの業績により,2002年に東京都知事賞,2003年に日本薬学会学術振興賞,2007年に朝日賞,2017年に日本学士院賞など数々の賞を受賞されています.
こうした研究成果は,日本学士院賞を共同受賞された戸田達史先生(東京大学)をはじめ国内外の非常に多くの先生方との共同研究によるものです.先生はその気さくな人柄から自然と人と人とを繋げるように交流関係を広げられる人でした.また研究に対する真摯な態度から信望も厚く,先生からの温かいご助言に励まされてきた研究者の方も多いことと思います.まだまだ我々後進をご指導いただきたかったのですが,それも叶わぬこととなってしまいました.遠藤先生のようには実践できない不肖の弟子ですが,これからも先生が示された道をしっかりと歩み,先生の教えを若い研究者にも伝えていきたいと思います.
最後に,生前の温かいご指導に対し心から尊敬と感謝の気持ちを表し,謹んで先生のご冥福をお祈り申し上げます.
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター萬谷 博
1) Chiba, A., Matsumura, K., Yamada, H., Inazu, T., Shimizu, T., Kusunoki, S., Kanazawa, I., Kobata, A., & Endo, T. (1997) Structures of sialylated O-linked oligosaccharides of bovine peripheral nerve α-dystroglycan. J. Biol. Chem., 272, 2156‒2162.
2) Yoshida, A., Kobayashi, K., Manya, H., Taniguchi, K., Kano, H., Mizuno, M., Inazu, T., Mitsuhashi, H., Takahashi, S., Takeuchi, M., et al. (2001) Muscular dystrophy and neuronal migration disorder caused by mutations in a glycosyltransferase, POMGnT1. Dev. Cell, 1, 717‒724.
3) Manya, H., Chiba, A., Yoshida, A., Wang, X., Chiba, Y., Jigami, Y., Margolis, R.U., & Endo, T. (2004) Demonstration of mammalian protein O-mannosyltransferase activity: Coexpression of POMT1 and POMT2 required for enzymatic activity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 500‒505.
4) Manya, H. & Endo, T. (2017) Glycosylation with ribitol-phosphate in mammals: New insights into the O-mannosyl glycan. Biochim. Biophys. Acta, 1861, 2462‒2472.
5) Kanagawa, M., Kobayashi, K., Tajiri, M., Manya, H., Kuga, A., Yamaguchi, Y., Akasaka-Manya, K., Furukawa, J., Mizuno, M., Kawakami, H., et al. (2016) Identification of a post-translational modification with ribitol-phosphate and Its defect in muscular dystrophy. Cell Rep., 14, 2209‒2223.
6) Manya, H., Yamaguchi, Y., Kanagawa, M., Kobayashi, K., Tajiri, M., Akasaka-Manya, K., Kawakami, H., Mizuno, M., Wada, Y., Toda, T., et al. (2016) The muscular dystrophy gene TMEM5 encodes a ribitol β1,4-xylosyltransferase required for the functional glycosylation of dystroglycan. J. Biol. Chem., 291, 24618‒24627.
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