Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 1 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960001

アトモスフィアAtmosphere

考え方の発見Foreword

東京大学大学院医学系研究科教授,2016・2017年度日本生化学会会長

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
HTMLPDFEPUB3

研究の目的はいろいろあると思いますが,私が憧れるのは「考え方の発見」です.あるいは,概念の発見といってもよいと思います.物(素粒子,化石,星など)や現象の発見ももちろん重要です.ですが,物や現象はすでにそこに存在していて,私たちに発見されるのを待っているのです.一方,考え方というのは,私たちが発見する前には存在していないように思われます.その点では,発見するというよりも「発明する」というべきかも知れません.歴史的には,地動説,進化論などが代表的だと思います.このような大きなものではなくとも,新しい考え方を知ることで,頭のなかの霧が晴れて視野が開ける経験は誰もが持っていると思います.このように考えればよかったのだと.

では,どのようにして新しい考えは発見されるのでしょうか.生化学のような学問では,物(遺伝子や酵素など)や現象(研究対象が勝手に動いたり変化したりする)を発見することが,新しい考え方の発見に直結することも多いと思います.ロバート&ミシェル・ルートバーンスタインは,『Sparks of Genius(天才のひらめき)』のなかで,観察,抽象化,パターン化,類推思考,モデル化などのいくつかのきっかけを説明しています.これらは私たちがひとりで考え方を発見するようなときに大事なのだと思います.しかし,実際は,いろいろな人と何気なく話しているときに,新しい考え方を発見することが多いのではないでしょうか.その時点ではまだ仮説あるいはアイディアという段階かも知れません.そこで,ここでは目的を持たない議論の重要性を強調したいと思います.

研究には議論は必要です.多くの場合は,目的や方向がすでにはっきりしていて,議論はそれに向かったものだと思います.そのようなときにも,新しい仮説やアイディアはでてくると思いますが,どちらかというと発想は連続的です.非連続的な発想は,むしろ目的を持たない議論から突然沸き起こってくることが多いと思います.これこそが創発です.コロナ禍を経てよくわかったのですが,前者の目的や方向がはっきりしている議論はオンラインでもだいたい大丈夫です.むしろ,遠くの研究者と気軽に議論できるようになって効率が良くなったともいえます.しかし,後者の目的を持たない議論は対面でないと難しいです.私の知っている優れた研究者の多くは議論好きです.それも,自分の研究のことを話すのではなく,相手の研究や,どちらの研究にも関係ないことを熱心に話します.私の恩師である大隅良典先生も例外ではなく,実に自由な発想であれこれと議論されます.荒唐無稽で到底無理というのもたくさんありますが,それで良いのです.

最近は,「異分野融合」というキーワードがよく使われていますが,これこそ目的を持たない議論をするチャンスです.そのような場で議論しても共同研究に発展することはほとんどないのではないかとのご意見もあるかと思います.その通りです.私は,必ずしも共同研究を目指す必要はないと思っています.逆に,共同研究を意識すると,目の前の研究が自分の研究に役立つかどうかという目線でしかみられなくなる恐れがあります.本学会評議員の永田和宏先生が京都産業大学退職時の最終講義で「自分の研究と同じように他人の研究を面白がろう.自分のいるこの場所だけが世界だと思わずに,確かな一歩を踏み出すためにできるだけ遠くを見よう」とおっしゃっていました.名言です.

生物学には,まだ発見されていない物や現象がたくさん存在するので,どうしても物や現象の発見に忙しくなってしまうことが多いと思います.私も例外ではありません.それでも,新しく,できれば面白い考え方を見つけたいと常に考えていますし,そのような考え方に多く触れたいと思っています.ある程度離れた分野の研究者が集まる生化学会はそのための格好の土壌であると思います.

This page was created on 2024-01-17T13:43:30.182+09:00
This page was last modified on 2024-02-16T11:23:45.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。