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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 5-11 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960005

総説Review

血管内皮細胞老化と老化関連疾患の関わりA role of endothelial cell senescence in aging

京都府立医科大学長寿・地域疫学講座Department of Epidemiology for Longevity and Regional Health, Kyoto Prefectural University of Medicine ◇ 〒602–8566 京都市上京区河原町通広小路上る梶井町465 ◇ 465 Kajii, Kawaramchi-Hirokoji, Kamigyo, Kyoto 602–8566, Japan

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
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血管は全身をくまなく巡る人体で最長の器官である.「人は血管とともに老いる」といわれるように血管の老化と人の老化は密接に関わると考えられてきたが,その因果関係については不明な点が多かった.加齢に伴い,さまざまな臓器で血管密度が減少することが以前から知られていたが,最近の研究で血管密度の低下を予防したマウスでは加齢に伴う臓器障害が軽減し,寿命が延伸することが明らかとなった.しかしながら血管の老化が個体の老化や老化関連疾患の発症・進展にどのような影響を与えるかは意外なほど明らかとされていない.筆者らはすべての血管の内層を覆う血管内皮細胞の細胞老化と老化関連疾患の関わりについて研究を行ってきた.本稿では筆者らの研究成果を中心に,血管老化の老化関連疾患への影響とその分子機構について紹介する.

1. はじめに

「人は血管とともに老いる(A man is as old as his arteries)」は大変有名な言葉であり,1800年代後半に米国で活躍されたカナダ人医師であるWilliam Osler先生の言葉として知られていることが多いが,1600年代に活躍した英国人医師であるThomas Sydenham先生が最初に述べられた言葉だとも伝えられている.いずれにせよ今から数百年も以前から血管の老化は人の老化と密接に関わっていると考えられていたわけである.血管は血液を全身にくまなく送達するための導管であり,すべてをつなげるとその長さは10万キロメートルに及ぶといわれている.計算の根拠は不明であるが,血管の全長がとてつもない長さであることは想像に難くない.加齢に伴って血管が老化することは自然な変化であるように思えるが,はたして血管の老化は個体の老化の単なる結果なのだろうか,それとも,個体の老化に積極的に影響するのだろうか.この点については議論が分かれるところであるが,多くの臨床的知見が血管の老化が個体の老化に積極的に関わっていることを示唆している.

加齢とともに血管の柔軟性が失われ,硬さ(スティフネス)が増大することから,脈波伝播速度(pulse wave velocity:PWV)を利用して血管年齢を概算することができる.血管年齢と実年齢の差から「early vascular aging(血管年齢が実年齢より5.7年以上進行)」,「normal vascular aging(血管年齢と実年齢の差が−6.8~+5.7年)」および「supernormal vascular aging(血管年齢が実年齢より6.8年以上若い)」の3群に分類し,心血管イベントの発症リスクを検討した研究では,early vascular aging群ではnormal群の2.7倍もリスクが上昇したのに対し,supernormal群では41%リスクが低減していた1).すなわち,加齢に伴ってすべての人で等しく血管老化が進行するわけではなく,血管の老化が進んでいる人は心血管病を発症しやすいことが証明されたわけである.一方,全死因死亡率に関しては3群間で有意な差を認めなかったことから,必ずしも血管の老化だけで個体の寿命が決まるわけではないと推察できる.また,アメリカ心臓病学会では,四つのライフスタイル(食事・運動・喫煙習慣・睡眠)および四つの代謝因子(BMI・non-HDLコレステロール・空腹時血糖・血圧)から心血管の健康状態を点数化して評価するCVHスコアを提唱しているが,このCVHスコアが高い人は低い人に比べて50歳の時点における平均寿命が8.9年も長いと報告されている2).またCVHスコアが高いほど血管年齢が低いことも報告されていることから,血管年齢は寿命にも影響する可能性が示唆される3).このように,疫学的研究手法から,血管年齢が心血管病の発症率や平均寿命に影響をもたらす可能性が示唆されている.

2. 老化による血管密度の低下

基礎的な研究では老化と血管の関係についてどのようなことが明らかとされてきたのか.古くから知られているのは加齢とともにさまざまな臓器において血管密度が低下するという事実である.ラットやマウスなどの実験動物を用いた研究報告だけでなく,人においても同様の報告がされており,最新のモダリティーを使った解析でも高齢者では若齢者に比較して血管密度が減少することが明らかとされている4).つまり加齢とともに血管の量が減るのである.この加齢と血管密度の減少については,最近大変興味深い論文が発表された5).血管の増生・維持には血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)が中心的な役割を果たしているが,高齢マウスのさまざまな臓器においてVEGFシグナルが減弱していることがわかった.しかしながら,血中のVEGF濃度は高齢マウスでむしろ増加傾向を認め,VEGFの発現減少がVEGFシグナル減弱の要因とは考えられなかった.VEGFは血管内皮細胞上に存在するFlt-1(VEGF receptor 1)およびKDR(VEGF receptor 2)といった受容体に結合して血管新生を誘導するが,体内には可溶性のFlt-1(sFlt-1)が存在し,デコイ(おとり)として作用することで,VEGFシグナルの内因性阻害因子として機能している.Grunewaldらは,高齢マウスでは血中のsFlt-1濃度が上昇していることを見いだし,これが加齢に伴ってVEGFシグナルが減弱する原因であると報告している.さらに重要なことは,高齢マウスにVEGFを補充すると,低下したVEGFシグナルが再び活性化し,加齢による臓器血管密度や骨量の低下の抑制,脂肪肝の改善,内臓脂肪の蓄積が抑制されたことに加えて,寿命が約40%も延伸したことである.これらの結果は,加齢に伴う血管密度の低下が老化に伴う臓器の機能変化だけでなく,個体の寿命をも規定する因子であること,つまり,健康寿命の延伸の鍵を握るのは血管老化の予防にあることを意味している.血管新生が亢進するとがんの増大が危惧されるため,GrunewaldらはVEGFを補充したマウスにおけるがんの発生についても調べているが,同じ年齢のコントロールマウスに比べてむしろ減少していた.VEGFの作用不全が原因とはいえ,加齢に伴う血管量の減少を大きな意味で血管の老化と捉えれば,Grunewaldらの報告は「人は血管とともに老いる」ことを強く支持する結果と考えられる.

3. 細胞老化が個体老化に与える影響

人体は数十兆個もの細胞から構成されるといわれており,個々の細胞は生存を続ける中でさまざまなストレスにさらされている.酸化ストレスやDNA障害,テロメアの短縮やがん遺伝子の活性化などのストレスに長期間さらされた細胞は細胞老化を来すことが知られている.細胞老化は生物学的には不可逆的な細胞分裂の停止を意味するが,そもそも分裂能をほとんど有していない終末分化細胞である神経細胞や心筋細胞,成熟脂肪細胞においてもこれらストレスは細胞老化様の変化をもたらすといわれている.細胞老化は,さまざまなストレスによってダメージが蓄積し機能異常を起こした細胞,あるいはがん化の可能性が高まった細胞の分裂を停止させ,有害な細胞の増殖を防ぐために発達した現象であると考えられている.短期的にみれば,細胞老化は生体にとって有益な側面が多いが長期的にみると負の側面が大きくなってくる.老化細胞は炎症性サイトカインや増殖因子,プロテアーゼなどを分泌して周囲の微小環境を悪化させ,周りの細胞に悪影響を及ぼすことが知られており,この現象はsenescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれる6, 7).老化細胞の蓄積は主にこのSASPを介して生体に不利益をもたらし,これが個体の老化を進める大きな要因になると考えられている6, 7)

老化細胞の多くは細胞周期の回転を阻害するp16INK4aを高発現することから,p16をバイオマーカーとして老化細胞を除去できるように細工した遺伝子改変マウスを用いて,さまざまな臓器における加齢性機能変化や寿命に老化細胞が与える影響について検討がなされている.老化細胞を除去することで加齢に伴う腎糸球体の変化や心筋細胞肥大が抑制され,寿命が約25%延伸することが報告された8).さらに老化細胞の除去は高齢マウスにおける運動能力の低下を抑制し,動脈硬化などの老化関連疾患を改善することも報告され,細胞老化は個体の老化において根幹的な役割を果たすことが示唆されている.またキナーゼ阻害薬であるダサチニブやフラボノイドの一種であるケルセチンは老化細胞のアポトーシスを効率的に誘導する薬剤として報告され,これら薬剤の投与は老化細胞を減少させ,老化関連疾患の進行を抑制することも報告されている9)

このように,老化細胞の除去は抗老化治療法として大変注目されているが,その安全性については懸念も存在する.老化細胞は必ずしも有害なわけではなく,創傷治癒や線維化においては有用な役割を果たすと考えられている.実際に老化細胞の除去が肝臓の線維化を引き起こしたり,肺高血圧の病態を悪化させたりすることも報告されており10),無秩序な老化細胞の除去は正常な細胞による補完を伴わないため,むしろ有害である可能性も危惧される.また薬剤による老化細胞除去療法では,その薬効の特異性に疑義がある.そもそもダサチニブはさまざまなキナーゼ活性を阻害する抗悪性腫瘍薬であり,その作用は老化細胞の除去以外にも多岐にわたると考えられるため,ダサチニブ投与によって現れた現象のすべてを老化細胞除去による効果と考えるには無理があると筆者は考えている.しかしながら,老化細胞除去は老化関連疾患の予防や治療の手段として有用・有望であることは間違いなく,今後はより選択性や特異性の高い方法が開発されていくことが期待される.

さて血管を構成する主な細胞は,内膜に存在する血管内皮細胞と中膜に存在する血管平滑筋細胞である.中でも血管内皮細胞はすべての血管の内層を覆う特殊な細胞であり,血管新生や血管の収縮・弛緩,さらには血液の流動性を保つための抗凝固作用など血管機能を制御する最も重要な細胞である.少なくともマウスにおいては加齢に伴って血管内皮細胞も細胞老化を来すことが報告されており11),血管内皮細胞の細胞老化は血管老化における核心的な変化であろうと推察される.先述のとおり,血管の量の低下は加齢に伴う臓器機能障害や寿命の決定に重要であることが明らかとされているが,老化に伴う血管の質の変化,すなわち血管老化が個体の老化に及ぼす影響についてはほとんど明らかとされていなかった.そこで筆者らは血管内皮細胞の老化と老化関連疾患の発症・進展の関係について研究を行うこととした.

4. 血管内皮細胞の老化

細胞老化には分裂を繰り返した結果陥る複製老化と強いストレスにさらされた結果陥る早期老化が存在し,生体内に存在する老化細胞はこれら老化様式が混ざり合った不均質な細胞群であると考えられる.人工的に細胞老化を誘導する場合はストレス誘導性の早期老化モデルが用いられることが多い.我々はヒト培養血管内皮細胞にテロメア結合タンパク質であるtelomeric repeat-binding factor-2(TERF2)のドミナントネガティブ体(DN)を過剰発現させることで,早期老化を誘導する系を確立した11).TERF2は染色体末端に存在するテロメアに結合するタンパク質で,染色体末端のループ構造の形成に必須の役割を果たしている.TERF2の機能を阻害するとループ構造が形成されず,染色体末端がむき出しとなるため,染色体どうしの癒合などが生じて強いDNAストレスが発生する.その結果,細胞は早期老化に陥る.

筆者らは,これまでの研究で,血管に富む臓器である脂肪組織に着目し,脂肪組織の血管密度を適切に維持することが成熟脂肪細胞の恒常性維持に重要であることを見いだし,報告してきた12).そこで,TERF2-DN過剰発現により早期老化を誘導した血管内皮細胞が成熟脂肪細胞の機能にどのような影響を及ぼすか細胞レベルで解析を行った11).老化血管内皮細胞が分泌したさまざまな可溶性因子を含む培養上清を用いて成熟脂肪細胞を刺激すると,脂肪細胞ではp16やp21といった細胞周期を停止させる分子や炎症性サイトカインの発現が増加し,さらに老化関連β-ガラクトシダーゼ活性の上昇が認められた.これらは脂肪細胞が老化したことを示唆する所見である.こうして老化した脂肪細胞ではインスリン受容体のアダプター分子であるIRS-1の発現が減少し,インスリンシグナル不全を生じることも明らかとなった.また,老化血管内皮細胞の培養上清で刺激した脂肪細胞では酸化ストレスが増大しており,抗酸化剤を投与しておくと老化血管内皮細胞によって誘導される脂肪細胞の老化が抑制できることも明らかとなった.これら脂肪細胞では活性酸素の除去を担うsuperoxide dismutase-1, 2, 3すべての発現が減少しており,その結果,酸化ストレスが増大したと考えられた.老化血管内皮細胞の培養上清に含まれる分泌タンパク質を分析するためにショットガンセクレトーム解析も行ったが,酸化ストレスを増大させる決定的な因子の特定には至っていない.また早期老化を来した脂肪細胞におけるIRS-1発現低下の機序も不明のままである.しかしながら,これらの結果は,老化血管内皮細胞がSASPを介して酸化ストレスを増大させ,成熟脂肪細胞の早期老化と機能障害を引き起こすことを示している.

5. 血管内皮細胞特異的に細胞老化を誘導した遺伝子改変マウスの作出

次に血管内皮細胞の老化が脂肪組織の早期老化を引き起こし,全身のインスリン感受性を低下させるかどうか,マウスを用いて検討した.一般的に老化研究は高齢マウスを用いて実験を行うことが多いが,高齢マウスの体内ではさまざまな細胞種の細胞老化が同時に平行して起こるため,特定の細胞の細胞老化が引き起こす現象について解析することはきわめて困難である.そこで筆者らは血管内皮細胞特異的に細胞老化を誘導した遺伝子改変マウスの作出を行った.先述のとおり,TERF2-DNの過剰発現で血管内皮細胞の早期老化を誘導できることがわかっていたため,血管内皮細胞特異的なプロモーターであるTIE2およびVE-cadherinプロモーターの下流でTERF2-DNを過剰発現するトランスジェニック(TG)マウスを作出した11).発生段階において血管新生が阻害されると胎生致死になるのではないかと危惧したが,幸いにも複数ラインのTGマウスを得ることができた.これらTERF2-DN-TGマウスで血管内皮細胞だけが特異的に老化しているかどうかを検討した.肺および脂肪組織から血管内皮細胞を単離し,p16やp21といったサイクリン依存性キナーゼ阻害分子や炎症性サイトカインなどのSASP因子の発現,および老化関連β-ガラクトシダーゼ活性を検討した結果,TERF2-DN-TGマウスでは血管内皮細胞の細胞老化が引き起こされていることが確認できた.さらに,血管内皮細胞以外の細胞においてはこれら細胞老化を示唆する所見を認めず,TERF2-DN-TGマウスでは血管内皮細胞特異的に細胞老化が誘導されていることも確認した.加えてTERF2-DN-TGマウスで認められた血管内皮細胞の細胞老化が自然老化で発生する内皮細胞老化のモデルとして適切かどうかについても検討した.若齢マウス,高齢マウス,およびTERF2-DN-TGマウスの肺から単離した血管内皮細胞における遺伝子発現をDNAマイクロアレイで網羅的に解析し,その類似性を主成分解析で検討した結果,TERF2-DN-TGマウスの血管内皮細胞は若齢マウスの血管内皮細胞とは近似性が低い一方,高齢マウスの血管内皮細胞と近い遺伝子発現パターンを有することが明らかとなった.したがってTERF2-DN-TGマウスは血管内皮細胞老化の影響を解析するのに適切なモデル動物であり,この新しい老化モデルマウスを用いて血管老化の分子機構や血管老化を起点とした老化関連疾患の発症メカニズムを解明することができると考えられる.

6. 血管内皮細胞の老化と老化関連糖代謝異常

作出した血管内皮細胞特異的老化マウスを用いて,脂肪組織の機能や糖代謝の解析を行った.大変興味深いことに血管内皮細胞特異的老化マウスでは20週齢という早期の段階で全身のインスリン感受性の有意な低下,脂肪組織における酸化ストレスの増大,および脂肪細胞の細胞老化が引き起こされていた.一方,20週齢の野生型マウスではこれらの表現型は見られなかった.さらに血管内皮細胞特異的な老化により脂肪組織のインスリンシグナルは減弱していたが,肝臓や骨格筋におけるインスリンシグナルは比較的維持されていることもわかった.なぜ脂肪組織が血管内皮細胞老化の影響を他の臓器より強く受けるのかについては今後の検討が必要である.次に血管内皮細胞老化によって引き起こされる脂肪細胞の老化や機能異常,および全身のインスリン感受性の低下が老化血管内皮細胞から分泌されるSASP因子による影響なのかを検証するためにパラビオーシス(parabiosis)モデルを作製した.2匹のマウスの皮膚と腹膜を切開・縫合すると,創傷治癒時に血管の融合が起こり,2匹のマウスの間で血液循環が共有される.このような実験手法はパラビオーシスと呼ばれ,老化を制御する液性因子を調べるためのモデルとして使われる.血管内皮細胞特異的老化マウスと野生型若齢マウスの血液循環をパラビオーシスによって共有させると野生型若齢マウスにおいてもインスリン感受性が減弱することがわかった.このことは血管内皮細胞特異的老化マウスの血中に全身のインスリン感受性を低下させる可溶性因子が存在することを意味しており,老化した血管内皮細胞が分泌するSASP因子が脂肪細胞の老化・機能異常を引き起こし,その結果全身のインスリン感受性を低下させる可能性が強く示唆された.これらの結果は,血管内皮細胞老化が老化関連糖代謝異常の直接的な原因となりうることを初めて証明した成果である(図111)

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図1 血管内皮細胞老化が糖代謝異常を引き起こす分子機構

老化した血管内皮細胞はSASPを介して成熟脂肪細胞の早期老化と機能異常を引き起こし,その結果全身の耐糖能を悪化させる.

7. 血管内皮細胞の老化と動脈硬化

加齢に伴う血管の代表的な病的変化として動脈硬化がある.血管内膜下に侵入した単球・マクロファージが変性LDLを貪食して泡沫細胞となって蓄積し,脂質に富んだ粥状プラークを形成する.炎症によってプラークの被膜が薄くなり,やがてプラークが破裂すると血小板凝集から血栓が形成され,血管が急性閉塞を来す結果,脳梗塞や心筋梗塞が引き起こされるため,プラークの不安定化は動脈硬化に起因する心血管疾患の発症に関与する.このような脳心臓血管疾患は高齢者に多くみられる疾患であるため,筆者らは,動脈硬化の進展における血管内皮細胞老化の影響について解析を行った.まず,血管内皮細胞特異的老化マウスを動脈硬化モデルマウスであるApoE-KOマウスと交配させ,血管内皮細胞が特異的に老化したApoE-KOマウスを作出した.これらのマウスに高コレステロール食を2週間与えて動脈硬化の進展を解析した結果,血管内皮細胞特異的老化ApoE-KOマウスでは通常のApoE-KOマウスと比較して比較的早期の段階から動脈硬化が有意に進展することがわかった13).一方,高コレステロール食を8週間与えて動脈硬化が十分進展した時点におけるプラークの性状を比較したところ,血管内皮特異的老化ApoE-KOマウスではApoE-KOマウスと比較してプラーク内に浸潤したマクロファージが多く,動脈硬化の進行に伴いネクローシスを起こしたマクロファージから放出された脂溶性物質を含んだ壊死組織であるネクローティックコアが増大してプラークが不安定化していることがわかった.比較的早期から動脈硬化の進展が進むことやプラーク内へのマクロファージ浸潤が増加していることから血管内皮細胞老化はマクロファージの内膜下への遊走を促進するのではないかと考えた.動脈硬化初期にはさまざまな刺激によって血管内皮細胞上にVCAM-1などの接着因子の発現が誘導されるが,これらの接着分子を足掛かりとして血中の単球が血管内皮細胞に結合することで単球・マクロファージの内膜下への遊走が促進されると考えられている14).そこでTERF2-DNを過剰発現させることで早期老化を誘導したヒト培養血管内皮細胞に炎症刺激を与え,VCAM-1発現を調べた.その結果,老化した血管内皮細胞では老化を誘導していない血管内皮細胞と比べて炎症刺激によるVCAM-1の発現誘導が顕著に亢進していることがわかった13).炎症シグナルの伝達にはNF-κBが重要な役割を果たすため,炎症刺激後のNF-κBの活性化(リン酸化)や核内移行を検討したが,若い細胞と老化した細胞で有意な違いは認められなかった.NF-κBの核内移行に差がないにもかかわらずVCAM-1遺伝子の転写効率が増大していることからエピジェネティックな変化が重要であろうと考えた.クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを用いてNF-κBのシスエレメントへの結合を解析した結果,老化した血管内皮細胞ではVCAM-1遺伝子のプロモーターへのNF-κBの結合が顕著に増大していることがわかった.さらに老化血管内皮細胞では転写の活性化に関わるヒストンメチル化修飾であるH3K4me3が亢進していた.これらの結果から,血管内皮細胞が老化するとエピジェネティックな制御を介してVCAM-1プロモーターのNF-κB結合部位近辺のクロマチンをオープンな状態とし,VCAM-1遺伝子の発現を亢進させていると考えられた.VCAM-1の発現亢進により単球・マクロファージの血管内皮細胞への接着が促進され,内膜下への遊走が亢進し,動脈硬化の進展やプラークの不安定化が引き起こされると考えられた13)図2).

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図2 血管内皮細胞老化が動脈硬化を促進する分子機構

血管内皮細胞老化はエピジェネティック変化を介して内皮細胞のNF-κBシグナルを増強し,その結果動脈硬化を促進する.

8. 血管内皮細胞の老化と肺高血圧症

肺高血圧症は肺動脈に病的なリモデリングが起こる結果,肺血管抵抗が増大して肺動脈圧が上昇し,やがて右心不全から死に至る予後不良な疾患である.本疾患はむしろ若年女性に多い疾患であると以前は考えられていたが,最近のレジストリー研究の結果では肺高血圧症と診断された患者の年齢は年々上昇しており,診断時の平均年齢が70歳というレジストリーも存在することから,肺高血圧症の発症と加齢との関連性が示唆されている.また高齢者の肺高血圧患者は治療に抵抗性を示す割合が多く,予後不良であることも報告されている.そこで筆者らは血管内皮細胞老化と肺高血圧症発症・進展の関係性について解析を行った.慢性低酸素曝露によってマウス肺高血圧モデルを作製し,肺動脈圧および肺動脈のリモデリングを検討した結果,血管内皮細胞特異的老化マウスでは野生型マウスと比べて肺高血圧が増悪し,肺動脈のリモデリングがより顕著であることがわかった15).血管内皮細胞特異的老化マウスでは特に肺小動脈の筋性化が顕著であり,血管平滑筋細胞の増殖が亢進していたため,老化血管内皮細胞が平滑筋細胞機能に影響を及ぼしているのではないかと考えた.そこでヒト培養血管内皮細胞とヒト培養肺動脈平滑筋細胞の共培養系を用い,血管内皮細胞の老化が平滑筋細胞機能に及ぼす影響について解析した.トランスウェルを使用し,内皮細胞と平滑筋細胞が直接コンタクトしない条件(液性因子を介した相互作用の検討)およびトランスウェルの膜上の穴を介して両細胞が直接コンタクトする条件(細胞-細胞の直接的な接触による相互作用の検討)の二つの共培養系を作製した(図3).血管内皮細胞と共培養した血管平滑筋細胞の機能を解析した結果,両細胞が直接コンタクトする条件においてのみ,老化血管内皮細胞は平滑筋細胞の増殖能および遊走能を増強することが明らかとなった.細胞どうしの直接的な接触に依存するシグナル伝達としてNotchシグナルが知られているため,次に筆者らは老化血管内皮細胞におけるNotchリガンドの発現を検討した.老化血管内皮細胞では老化を誘導していない内皮細胞に比べてjagged-1, jagged-2, delta-like-4などのNotchリガンドの発現が増加しており,老化血管内皮細胞と直接コンタクトする条件で共培養した平滑筋細胞ではHes1, HeyLといったNotch標的遺伝子の発現が亢進していることがわかった.老化血管内皮細胞と直接コンタクトする条件で平滑筋細胞を共培養する系にNotch阻害剤を加えておくと老化血管内皮細胞による平滑筋細胞の増殖能・遊走能増強作用が消失した.さらに,血管内皮特異的老化マウスにNotch阻害剤を投与して肺高血圧モデルを作製したところ,肺高血圧の増悪が認められなくなった.これら結果から,老化血管内皮細胞は隣接する血管平滑筋細胞のNotchシグナルを活性化することで平滑筋細胞の増殖能・遊走能を亢進させ,その結果肺小動脈の筋性化が進行して肺高血圧が増悪すると考えられた(図415)

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図3 血管内皮細胞と血管平滑筋細胞の共培養系の模式図

文献15より改変して引用.

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図4 血管内皮細胞老化が肺高血圧症を増悪させる分子機構

老化した血管内皮細胞は隣接する血管平滑筋細胞のNotchシグナルを亢進させて,平滑筋細胞の遊走能と増殖能を増強する.その結果,肺小動脈の筋性化が進行し,肺高血圧が増悪する.文献15より改変して引用.

9. おわりに

以上に述べたように,筆者らは血管内皮細胞特異的に細胞老化を誘導した遺伝子改変マウスを用いて,血管内皮細胞の老化が糖尿病や動脈硬化,肺高血圧症の発症・進展に積極的に関わっていることを明らかとしてきた.現在筆者らは,血管内皮細胞の細胞老化が細胞のエネルギー代謝に与える影響やこのエネルギー代謝の変化が血管新生能に与える影響についての研究や,血管内皮細胞老化が抗血栓性に及ぼす影響の解析,さらには血管内皮細胞老化とがんの血行性転移の関連などについて,精力的に研究を行っている(未発表).血管はすべての臓器に存在し,単なる血液の通り道ではなく,アンジオクラインといわれる液性因子を介して臓器固有の細胞の機能を調整し,さまざまな臓器の恒常性維持に関与している.だからこそ,血管老化の影響は多岐にわたり,結果的に個体の老化に大きな影響を及ぼすのであろうと考えている.これからも血管内皮細胞の老化に関する研究に取り組み,数百年前に述べられた「人は血管とともに老いる」という名言を科学的に検証・証明したいと考えている.

謝辞Acknowledgments

ここでご紹介した研究成果は,多くの先生方のご指導・ご協力や大学院生,学部学生の努力・尽力のおかげで得られたものです.これら研究に関わったすべての方々に感謝申し上げます.

引用文献References

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15) Ramadhiani, R., Ikeda, K., Miyagawa, K., Ryanto, G.R.T., Tamada, N., Suzuki, Y., Kirita, Y., Matoba, S., Hirata, K.-I., & Emoto, N. (2023) Endothelial cell senescence exacerbates pulmonary hypertension by inducing juxtacrine Notch signaling in smooth muscle cells. iScience, 26, 106662.

著者紹介Author Profile

池田 宏二(いけだ こうじ)

京都府立医科大学長寿・地域疫学講座 教授.医学博士.

略歴

1994年神戸大学医学部卒業.2001年同大学院医学研究科博士課程修了.02~05年スタンフォード大学.05年京都府立医科大学循環器内科.14年神戸薬科大学臨床薬学研究室.20年より現職.

研究テーマと抱負

長年,血管生物学の研究に従事し,最近は血管内皮細胞老化について精力的に研究を行なっています.本当に「人は血管とともに老いる」のか? 数百年前の名言を科学的に検証したいと思っています.

ウェブサイト

https://kpu-m-cardiovascular-and-nephrology.net

趣味

ゴルフ.

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