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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 28-35 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960028

総説Review

腸球菌V型ATPアーゼ反応過程の構造解析Structural analysis of the reaction process of Enterococcus hirae V-type ATPase

自然科学研究機構生命創成探究センターExploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), National Institutes of Natural Sciences (NINS) ◇ 〒444–8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38 ◇ 38 Nihigonaka, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8585, Japan

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
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腸球菌(エンテロコッカス)V型ATPアーゼは,腸球菌の原形質膜にあるATP駆動型のナトリウムポンプである.その構造の複雑さから,複合体全体の構造は不明であったが,我々は位相差クライオ電子顕微鏡法を用いることにより世界で初めてその全体構造を明らかにした.本酵素では,メインの三つの構造変化に加えてその途中に反応中間体が観測され,合計六つの構造変化を繰り返す.しかし,その実態は不明であった.また,ATP活性部位とイオンチャネル部位とをつなぐ回転子がこれよりもサイズの大きなイオン輸送リングをどのように回転させるのかも謎であった.我々はクライオ電子顕微鏡法を駆使することで,これら六つの反応過程における構造変化に加えて,腸球菌V型ATPアーゼ特有の回転子の運動も明らかにすることができた.本稿では,この構造解析に至った過程を紹介する.

1. はじめに

腸球菌V型ATPアーゼは,1997年にBoyerとWalkerがその反応素過程の解明によりノーベル化学賞を受賞することになったF型ATP合成酵素と共通の分子機構を持つと考えられている.両者は,膜外のATP活性部位と膜内のイオンチャネル部位とが回転子と呼ばれるシャフト状の構造で連結されて共役することで,ATP分解活性に加えてその逆反応であるATP合成酵素としても機能することが知られている.自然界においては,F型やA型ATPアーゼにおいては主としてイオンの膜透過のエネルギーを利用してATPの合成が行われ,V型ATPアーゼにおいてはATPの加水分解エネルギーを利用して選択的に各種イオンの膜間での能動輸送が行われる.さらにV/A型ATPアーゼは,これら両方の機能を必要に応じて使い分けることができる.これら一群の酵素は一般に回転式ATPアーゼと呼ばれ1),その基本構造は細菌から高等生物に至るまで生体膜内に広く保存されている.

回転式ATPアーゼは,基本的な全体構造は類似しているものの,各酵素においてサブユニットの数や呼び名が異なっている.そこで,ここではまず本題の腸球菌V型ATPアーゼを用いて,部分的に解かれた構造から,本酵素の全体構造とその機能を説明する(図12).腸球菌V型ATPアーゼにおいて,膜外のATP活性部位はV1ドメインと呼ばれ,AサブユニットとBサブユニットが一組となり,そのホモ三量体構造が回転子である中心のD/Fサブユニットを均等に取り囲み回転式のエンジンを形成している.ATPの活性中心はAサブユニットとBサブユニットの間に形成され,それぞれ①ATP,②ADPとPi(無機リン酸),③空,の各状態をリレー式に実現し,そのコンホメーション変化を中央の回転子に伝えることでこれを120°ずつ回転させる.そして,その回転力は回転子を介して膜内のイオンチャネル部位に伝達される.一方,イオンチャネル部位には複数のcサブユニットが円形に並んだリング構造が形成されており,そのリングの一側面に“ハーフチャネル”と呼ばれるイオンの出入りをつかさどる部位をもつaサブユニットが隣接している.aサブユニットの入口ハーフチャネルから入ったイオンは回転するcサブユニットリングに受け渡されて膜内で1周し,aサブユニットの出口ハーフチャネルに到達するとリングから引き離されて膜の反対側から放出される.ATP合成反応では,逆にイオンの拡散力によりハーフチャネルを通してリングが回転し,その回転力が膜外のATP活性部位に伝達されてATPが合成される.リングのサイズやサブユニット構成は回転式ATPアーゼにより異なり,後述するように回転子がサイズの異なるリングとどのように相互作用しているのかが今回の構造解析の興味の一つであった.また,回転式ATPアーゼでは膜外のV1ドメインと膜内のVoドメインとが一緒に回転してしまわないようにするため,これらの間には固定子(ストーク)と呼ばれる支柱状の構造が存在する.固定子の数はATPアーゼのタイプによりさまざまで1本から3本まで知られている.ちなみに腸球菌V型ATPアーゼの固定子はEとGのサブユニットからなり,回転子の周りに非対称に2本並んでいる(図1).このストークの非対称な位置関係が,後述するようにこのATPアーゼ特有のいびつな回転停止角度(ポーズ)を生む要因であることがわかってきた.

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図1 腸球菌V型ATPアーゼの構造予想図

膜外でATPを分解して中心の回転子であるD/F/dサブユニットを回転させるATP活性部位(V1ドメイン)と,膜中でcリング(c-ring)を回転させることでナトリウムイオン(Na)を細胞内から細胞外に輸送するイオン透過部位(Voドメイン)からなる.V1ドメインは,A, B,D, E,F, G,dの7種類,Voドメインはa, cの2種類のタンパク質サブユニットで構成される.V1とVoは固定子“Stalk”と呼ばれる2本のE/Gサブユニットで回転子の周りに非対称的に(図の手前側の2か所で)固定されることでドメインどうしの空回りが防がれている.Ueno et al., Cell Mol Life Sci (2018)23)から一部改変して使用.

2. 腸球菌V型ATPアーゼ全体の構造解析

これまで高分子のタンパク質の構造解析は主にX線結晶解析によって行われてきたが,多くのサブユニットが複雑に組み合わされ合計800 kDaにもなる腸球菌V型ATPアーゼの全体構造の結晶化は非常に困難であったため,単離されたドメインやサブユニットに限った構造解析が行われてきた3, 4).そして,近年クライオ電子顕微鏡の技術革新により結晶を用いなくても構造解析が可能となってきたことから,腸球菌V型ATPアーゼにおいてもクライオ電子顕微鏡による解析が試みられてきた.ところが,本酵素の可溶化のために用いられた界面活性剤βDDM5)との相互作用によりタンパク質自体の像コントラストが十分に得られなかったため,腸球菌V型ATPアーゼ複合体の構造決定はなかなか成功しなかった.その当時,このような事例に対して,従来の界面活性剤に変わってより安定に膜タンパク質を可溶化させる両親媒性高分子としてAmphipolやLMNGなどが応用され始め,いくつかの膜タンパク質の構造解析においてよい結果を得ていた6).我々も当初,像コントラストを改善するためにこれらの両親媒性高分子への置換を試みた.しかし,このときは,本複合体を安定に可溶化することができなかった.

当時,筆者らが所属する生理学研究所ではクライオ電子顕微鏡の像コントラストを改善する試みとしてクライオ電子顕微鏡用ゼルニケ位相板の開発が永山国昭教授(当時)とラドスティン・ダネフ助教(当時)により進められていた7).原理的には光学位相差顕微鏡における位相板と同じであるが,電子顕微鏡の場合には対物レンズの後焦点面に直径数µmのピンホールを持つカーボン薄膜を1枚挿入することで,試料からの散乱光を透過光と干渉させて位相コントラストを得る.筆者らもこの電子顕微鏡用ゼルニケ位相板を用いて本試料の観察を試みることにした.結果,これまでの苦労は何だっただろうと思わせるほど容易に腸球菌V型ATPアーゼ複合体のクライオ電顕像を得ることができた(図2A).そして,得られたクライオ電子顕微鏡像を単粒子解析により立体再構築し,V1ドメインとVoドメインとが1本の回転子と2本の固定子で連結された腸球菌V型ATPアーゼの全体構造を世界で初めて得ることに成功した(図2B8).結果,その構造はこれまでF型ATPアーゼなどから予想されてきたものに非常に合致するものであった.しかし,マップの解像度が17 Å程度と制限されており,これ以上高解像度が達成できない問題に直面した.原因として,マニュアル操作による収集できる画像データ量の制限や,ゼルニケ位相板の帯電による像質の低下,位置ズレによる像コントラストのばらつきを完全に補正できないことなどが考えられた.しかし,最も大きな問題として,本酵素は前述したようにその回転子の向きから三つの主なコンホメーション(State1~3)をとると予想されるが,得られた構造はState 1と呼ばれる構造であり,それ以外の構造状態(State 2とState 3)が分離できずにState1に混ざって平均化されてしまうことによる解像度の低下と考えられた.そこで,我々は,回転子の先端にあるdサブユニットにペプチド(PA)タグを挿入し,これに抗体のFabドメインを結合させることで回転を同じ状態で強制的に止めて構造解析することを試みた.結果は,予想に反して,三次元再構成像の解像度が20 Å程度とさらに悪くなってしまった8)が,この構造はその回転子の向きから,PAタグなしで優先的に得られた構造であるState 1とは異なる状態であるState 2のコンホメーションであることがわかった(図3).そしてさらに本解析から,回転子がVoの膜内リングに対して斜めに伸びるという本酵素に特有な全体構造が明らかになった(図3,黄色破線).

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図2 腸球菌V型ATPアーゼのゼルニケ位相差クライオ電子顕微鏡による単粒子解析

界面活性剤で可溶化された腸球菌V型ATPアーゼのゼルニケ位相差クライオ電子顕微鏡像(A)とその単粒子解析による三次元再構成像(B).Tsunoda et al. Sci Rep (2018)8)から一部改変して使用.

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図3 ペプチドタグの挿入により,回転子の回転を抑制して解析された腸球菌V型ATPアーゼの構造

腸球菌V型ATPアーゼの回転子先端のdサブユニットにペプチドタグを挿入し,これにFab抗体を結合させることで反応過程の構造状態を一つに固定して三次元再構成した像.得られたマップに個々の分子モデルをフィットさせることで,本酵素がState 2の状態で固定されたことがわかった.また,回転子が斜めに伸びて(黄色破線)回転リングと相互作用していることも明らかになった.Tsunoda et al. Sci. Rep. (2018)8)から一部改変して使用.

3. 腸球菌V型ATPアーゼが大きな膜内リングを回転させる方法

前述したように,Voドメインの回転リングのサイズは同じ回転式ATPアーゼ,さらにはV型ATPアーゼの中でも多様である.図4に示すように,現在構造が知られているこれら3種類のV型ATPアーゼの回転リング(cリング)につき,好熱菌由来のものでは,直径が6.5 nm9),酵母菌由来および腸球菌V型ATPアーゼのものでは8 nm4, 10)を示す.このリングに接続する回転子の先端のdサブユニット(ジョイント部位)のサイズはこれらにおいてほぼ同じであることから一つの疑問が湧き上がる.リングが最も小さな好熱菌由来のものでは,dサブユニットがちょうどこのリングにピッタリはまり込むサイズであるので問題ないが,これよりも大きなリングサイズの酵母由来や腸球菌由来のATPアーゼでは回転子と回転リングがどのように相互作用しているのであろうか? 酵母菌由来のATPアーゼでは,リングの内側に別のαヘリックス構造(図4C,矢印)が存在し,dサブユニットはこれらと相互作用することで回転子の回転がリングに伝えられると考えられた10).一方で,腸球菌由来のcリングは,酵母由来のような付加的な構造因子を持たない.一体,腸球菌のcリングでは,どのように回転子の回転がリングに伝達されているのであろうか? 前章で説明したように,腸球菌由来のV-ATPアーゼではV1ドメインが傾いて回転子が斜めに伸び,その先端がリングの内側の一端と相互作用していることが示された.そこで,この疑問に対する二つの仮説が考えられた.腸球菌V型ATPアーゼでは,①ネズミの回し車(英語ではハムスターホイール)のようにリングの一端を動かすことでリング全体が回転している,もしくは②回転子の一端が常にリングの特定の部位と相互作用して,回転子がかき混ぜるように動いてリングを回転させている,と想像された(図5).本解析では,前述のダネフ博士により新たに開発された電子顕微鏡用ボルタ位相板11)が装備されたTITAN Krios G2(FEI)と呼ばれる最新型のクライオ電子顕微鏡を用いて,さらなる高分解能の構造解析を試みた.データ収集にあたっては,当時,大阪大学蛋白質研究所におられた岩崎憲治博士,宮崎直幸博士らにお世話になった.結果,解像度は10 Å近くまで改善されたものの,残念ながらこの時点では本疑問に対するこれ以上の答えを得ることはできなかった.

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図4 V型ATPアーゼの回転リング(c-ring)構造の比較

(A)腸球菌由来,(B)好熱菌由来,(C)酵母由来の回転リング(緑色)とこれに隣接するイオンチャネルのaサブユニット(紫色).リングの直径はそれぞれ,8, 6.5, 8 nmで,酵母由来の回転リングの中心には,回転子と相互作用する付加的なαヘリックス構造(赤矢印)がみられる.Tsunoda et al. Sci. Rep. (2018)8)から一部改変して使用.

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図5 腸球菌V型ATPアーゼにおける回転子と回転リングとの相互作用の仮説

腸球菌V型ATPアーゼでは,回転子より大きな回転リングを,(A)ネズミの回転車のように回転子が回転リングの一端と相互作用して回転させている,もしくは(B)回転子がかき混ぜるように運動して回転リングを回転させている,と考えられた.

4. 反応中間体構造の存在?

一方,回転式ATPアーゼは,前述したように回転子の周りに均等に配置されたA/Bサブユニットホモ三量体の連続したATP加水分解反応により中央の回転子の回転が引き起こされるため,120°ごとの回転停止点(メインポーズ)の存在が予想された.特に研究が進んでいるF型ATPアーゼでは,さらにこのメインポーズに加えて,その間に種によって異なる角度ステップの反応中間体を表す副停止点(サブポーズ)が詳細な1分子計測の解析から報告されてきた12–16).しかし,当初腸球菌V型ATPアーゼにおいては,これらのサブポーズは存在しないと考えられていた17, 18).ところが2019年になり,本プロジェクトの共同研究者である分子科学研究所の飯野亮太教授のもとで詳細な1分子計測が行われた結果,120°間隔の各メインポーズの間の40°/80°の角度上にサブポーズが存在することが新たに報告された19).これと時期を同じくして,クライオ電子顕微鏡技術は近年急速な進展を遂げ,データ収集の自動化や,動画記録による画像補正,ベイズ統計を応用した解析アルゴリズムの応用により,これまで解析が困難であった低コントラストのクライオ電子顕微鏡像からでも,わずかな構造変化を分離して解析できるようになってきた9, 10).腸球菌V型ATPアーゼにおいても,これまで解析できなかった比較的コントラストの低い像からもそれぞれの反応素過程を構造的に分離して解析できる可能性が高まった.

そこで,我々はこれまでの方針を転換し,本酵素を一つの状態に固定して解析するのではなく,できるだけ多様な構造状態が出現するようにして,最新のクライオ電子顕微鏡を用いて大量の画像データを収集し,それぞれの構造を分離して解析してみることにした.凍結試料を作製する際,試料が凍結する直前にATPを加えることで積極的に構造変化を誘導した.ところが,メインの3状態に加えて各反応中間体の構造をそれぞれ分離して構造解析するには,さらに大量の画像データが必要である.その当時,我々のところにはまだ自動化された最新鋭のクライオ電子顕微鏡装置はなかったため,大阪大学大学院生命機能研究科の難波啓一先生らによりセットアップされた最新式のクライオ電子顕微鏡CRYO ARM300(日本電子)でSerialEM20)というフリーのソフトを使用して半自動で大量の画像データ収集させていただいた.本データ収集では牧野文信博士に大変お世話になった.ところが結果はそう簡単ではなかった.予備的な三次元再構成の結果,“Preferred orientation”21)という投影像が特定方向に偏る現象が見つかり,完全に三次元再構成ができないことがわかった.そこで,思案の末,試料ステージを30°傾けて再度クライオ電子顕微鏡像を収集することで投影像の偏りをできる限り補ってみることにした.結果,これがうまくいき,腸球菌V型ATPアーゼの3種類のメインポーズの構造を4.2~4.4 Åの解像度で,サブポーズの3種類の構造を4.4~7.7 Åの解像度で,それぞれ三次元再構成することに成功した(図622)

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図6 クライオ電子顕微鏡法で明らかになった腸球菌V型V-ATPアーゼが示す六つの構造変化

State 1~3は主停止点(メインポーズ),State 1′~3′は副停止点(サブポーズ)を示す.メインポーズは回転子が120°ごとに回転した構造であると考えられていたが,State 3では−10°その角度がズレていた.また,サブポーズではState 1′で+13°,State 2′で+32°,State 3′で+28°,1分子計測で予想された値からズレていた.黄色の線で示すように回転子はc-ringをかき混ぜるように回転させていることがわかった.Burton-Smith et al. Comm. Biol. (2023)22)から一部改変して使用.

5. 不均一な回転子の回転

これまで回転式ATPアーゼでは120°ごとのメインポーズおよび各酵素に固有で一定の反応中間体構造(サブポーズ)を経て回転子が規則的に回転するモデルが1分子計測の結果から提唱されてきた.しかし,我々が実際に腸球菌V型ATPアーゼで調べてみると,それぞれがかなりいびつな停止角度を示すことがわかった(図6).たとえば,メインボーズでは,State 1とState 2は0°,120°と理論値および1分子計測の結果と一致する値であったが,State 3においては230°で,次の停止点として予想される240°からは−10°の回転子の角度のズレがあることがわかった.またその間の40°/80°に現れるサブポーズ(State 1′~3′)においては,それぞれ計測値からState 1′で+13°,State 2′で+32°,State 3′で+28°のズレが観察された.この回転角度のズレはState 2~State 3′の間で特に大きくなっており,これらはV1とVoドメインとが,回転子の周りに非対称に並んだ2本の固定子で固定されている(図7Aの*)ことに加えて,回転子の末端のdサブユニットが,隣接する固定子のaサブユニットの膜外部分と構造的に干渉し合うことによって引き起こされる(図7B)と考えられた.さらに,回転子はc-ringの中心から大きく外れてリングの縁と相互作用し,結果c-ringをネズミの回転車式ではなく,かき混ぜるようにして回転させていることがわかった(図6の黄色線,図7A).

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図7 腸球菌V型V-ATPアーゼで明らかになった不均一な回転子の回転

(A)回転子末端のdサブユニットとc-ringとの位置関係.dサブユニット(赤の“+”はサブユニットの重心位置)はc-ringの中心(黒の“+”)から離れた位置でそれぞれc-ringと接していた(赤の*).結果,回転子はc-ringをかき混ぜるように回転させていることがわかった.その一つの要因として固定子(青の*)が回転子の周りに非対称に(偏って)位置することが考えられた.(B)さらに回転子末端のdサブユニットがイオンチャネルのaサブユニットと構造的に干渉することで,State 2′およびState 3において回転角度が大きくズレることもわかった.Burton-Smith et al. Comm. Biol. (2023)22)から一部改変して使用.

6. 反応中間体の構造

ATP活性部位であるV1ドメインの各反応中間体の構造からは,回転運動中のATPの結合・分解の変化を部分的に確認することができた(図8).これまでの研究からV1ドメインの中心の回転子の周りに均等に配置された三つのATP分解ドメインを構成するAサブユニットとBサブユニットの間には,①ATPが結合した“Closed”,②ATPがADPとリン酸(Pi)に分解された“Semi-closed”,③ATPが結合していない“Open”の三つの状態が連続的に出現すると考えられていた.これらを今回得られた構造マップに当てはめると,三つのメインポーズ(State 1, 2, 3)においては,これらに合致したATP活性ドメインの構造を確認することができた.一方で,三つのサブポーズ(State 1′, 2′, 3′)においては,State 2′を除いて,分解産物のADPが外れて“Open”になる前の,すべてのATP活性ドメインがこれらのヌクレオチドで満たされた状態の構造が得られた(図8A).ところが,State 2′ではATP活性ドメインが次のState 3と同じ状態まで進んで一時停止していた.これは先に述べたように,State 2′とState 3の近辺で,回転子と固定子が構造的に干渉することによってできたゆがんだ構造により引き起こされると考えられた.

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図8 腸球菌V型V-ATPアーゼの六つの反応過程の構造における3か所のATP活性部位(V1ドメイン)の構造変化およびATP分解反応と回転子の回転角度との関係

(A)V1ドメインのATP結合部位のクライオ電子顕微鏡マップとフィッティングした構造モデルを回転子の回転軸に対する水平断面で示す.(B)ATP分解反応と回転子の回転角度との関係を示す模式図.Burton-Smith et al. Comm. Biol. (2023)22)から一部改変して使用.

7. まとめ

本研究では,界面活性剤で可溶化された腸球菌V型ATPアーゼをクライオ電子顕微鏡下で可視化することから始めて,一つの反応状態を取り出すことを試み,さらには構造変化を積極的に誘導して本酵素で予想された六つの反応中間体構造(停止点)すべてを立体再構成することができた.結果,腸球菌V型ATPアーゼでは,回転子がState 2′とState 3の近辺で固定子の一部(aサブユニット)と構造的に干渉することで,本酵素特有のいびつな回転角度のズレが引き起こされていることが明らかになった.そして,回転子が大きなサイズのc-ringの一端と相互作用して,これをかき混ぜるように回転させていることがわかった.これらの結果は,細菌から高等生物にまで広く偏在する回転式ATPアーゼが,本来の構造原理を維持しつつ,環境に合わせて単純な構造からより複雑な構造と多様な機能の実現のために分子進化を遂げていく過程を示唆していると想像された.腸球菌V型ATPアーゼにおいては,リングを大きくすることで,より大きな金属を効率的に輸送することが可能になったとともに,これを回転させるための傾いた回転子の結合様式が新たに作られた.得られた成果は,本酵素におけるこのような分子進化をひも解くだけでなく,今後阻害剤の開発や酵素の機能改変を行うための基礎となる構造的基盤を提供することもできた.今回紹介した研究では,ほんの数年前までは想像もできなかった反応過程の構造解析が,急激なクライオ電子顕微鏡技術の発展のもとに達成された.今後,他のさまざまなタンパク質の反応過程や化合物との相互作用においても,これまで想像でしかできなかった分子機械としてのダイナミクスが,クライオ電子顕微鏡技術を用いることにより直接可視化して明らかになっていくと期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究は,多くの方の支援やアドバイスにより行うことができました.最後に,本研究に関わったこれらの方々に深く感謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

Raymond N. Burton-Smith

Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), National Institutes of Natural Sciences (NINS) Project assistant professor. Ph.D

略歴

Born in 1983. Graduated with B.Sc. (Hons) from Queen Mary, University of London in 2005 in Genetics and Microbiology, then undertook Ph.D. studies in Biochemistry graduating in 2009. EPR Facility manager at Queen Mary before returning to academia to study photosynthesis by cryo-electron microscopy with Jon Nield at Queen Mary and Jun Minagawa at the National Instutite for Basic Biology, collaborating with Kazuyoshi Murata at NIPS. Currently Assistant Professor at ExCELLS, studying anything from small proteins to giant viruses by cryo-EM.

研究テーマと抱負

Structure of giant viruses, bio-technologically relevant membrane protein complexes and novel methods of cryo-EM data acquisition and processing.

ウェブサイト

http://www.nips.ac.jp/struct

趣味

Music (guitar, bass guitar, drums, although would like to return to classical instruments I learned when younger), reading, walking.

村田 和義(むらた かずよし)

自然科学研究機構生命創成探究センター 特任教授.博士(理学).

略歴

1967年大阪府に生まれる.91年広島大学生物生産学部卒業.93年同大学院生物圏科学研究科修士課程修了.94年松下電器産業(株)国際研究所シニアリサーチアシスタント.98年生理学研究所助手.99年名古屋大学大学院理学研究科論文博士取得.2001年(独)産業技術総合研究所研究員.04年マサチューセッツ工科大学リサーチサイエンティスト.07年ベイラー医科大学インストラクター.09年生理学研究所准教授.21年から現職.

研究テーマと抱負

クライオ電子顕微鏡によるタンパク質の構造解析とその研究手法の開発.

ウェブサイト

http://www.nips.ac.jp/struct

趣味

音楽鑑賞.

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