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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 66-69 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960066

みにれびゅうMini Review

嗅神経回路の形成を担うRNA制御因子RNA binding proteins essential for olfactory circuit formation

新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野Department of Comparative & Experimental Medicine, Brain Research Institute, Niigata University ◇ 〒951–8585 新潟県新潟市中央区旭町通1–757 ◇ 1–757 Asahimachidori, Chuo-ku Niigata, Niigata 951–8585, Japan

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
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1. はじめに

神経細胞ではmRNA翻訳の時空間的なコントロールが重要であると考えられている.多くのmRNAは核から細胞質に出ると速やかに翻訳に用いられ,合成されたタンパク質が必要な場所へと輸送される.一方,特定のmRNAは,翻訳が抑制された形であらかじめ目的の場所に運ばれて局在化し,適切な時期になると初めて翻訳に用いられる.後者の制御は「mRNA局在化」もしくは「局所翻訳」と呼ばれ,神経軸索のような核から遠く離れた場所でもタイムリーで部位特異的なタンパク質発現を可能にする(図1).

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図1 局所翻訳は目的遺伝子の発現を時空間的に制御できる

(A)タンパク質輸送と局所翻訳の比較.局所翻訳では,あらかじめ局在化されているmRNAを必要なタイミングで翻訳することで,タンパク質の配置を時空間的に制御できる.また,1コピーのmRNAから複数のタンパク質を産生できるため,タンパク質を輸送するよりもエネルギー効率が高く,輸送中のタンパク質分解や予期しない機能発現を避けることもできる.(B)関連する機能を持つ一群のmRNA “RNA regulon”は共通の配列を有しており,その配列を特異的に認識するRNA結合タンパク質を足掛かりにRNPが構成され,同調的に制御されると考えられている3)

軸索では約2000種類ものmRNAが局在化されており,そのプロファイルは神経形成の段階や異なる生理条件下でダイナミックに変化することが示されている1, 2).したがって,関連する機能を持つ一群のmRNA,すなわち“RNA regulon”は共通の配列を有しており,その配列を特異的に認識するRNA結合タンパク質によって同調的に制御されると推定される(図1).しかしながら,現在までにそうした配列とRNA結合タンパク質とを同定し,生理的役割と対応づけられた例は限られている3).著者らは,RNA結合タンパク質hnRNP A/B (heterogenous ribonucleoprotein A/B)が特定の配列を介して嗅神経細胞の軸索投射や神経成熟に関わるmRNA群に結合し,それら遺伝子の軸索末端におけるタンパク質発現を促進することで,嗅神経回路の形成に寄与することを明らかにした4).本稿では,hnRNP A/BによるmRNAの制御とその生理的役割について概説する.

2. hnRNP A/Bは「mRNA局在化配列」を認識する

hnRNP(heterogenous ribonucleoprotein)は,核内で新生されたmRNA(pre-mRNA)に結合するタンパク質として同定されたRNA結合タンパク質群の総称である.hnRNP A1からUまでの約20種類のグループに分類され,mRNAのスプライシングやポリA付加,核外輸送,安定化,翻訳などの制御を担う.mRNAは転写と同時にhnRNPと結合してリボヌクレオタンパク質複合体(ribonucleoprotein complexes:RNP)となり,翻訳されるまでRNPとして細胞内に存在する.mRNA制御の過程においてRNPの組成は動的に変化しており,RNPに含まれるRNA結合タンパク質の組合わせがmRNAの成熟から翻訳までの運命を決定づけている5)

hnRNP A/Bは,RRMモチーフ型のRNA結合ドメインと,グリシン残基を多く含むタンパク質-タンパク質相互作用領域(auxiliary domain)とを持ち,転写やスプライシングに関与することが生化学的な解析により示されていた.著者らはhnRNP A/Bが細胞質にも存在しており,RNA trafficking sequence (RTS)もしくはA2 response element (A2RE)と呼ばれる11塩基の配列を介して特定のmRNAに結合することを発見した6, 7).RTS/A2REは,古くから研究されているmRNA局在化シグナル配列の一つである8, 9).ミエリン鞘の主要タンパク質をコードするmyelin basic protein(MBP)のmRNAがオリゴデンドロサイトの細胞末端に局在化するのに必要な配列として同定され,その後,Camk2aNrgArcといった神経細胞で局在化されるmRNAにも類似する配列が見いだされた.著者らは,hnRNP A/Bがオリゴデンドロサイトや神経培養細胞において,RTSを持つmRNAに結合してそれらの神経突起への局在化に必要であることを明らかにした6, 7).また,RTSは精子細胞に発現するプロタミンmRNA上にもあり,hnRNP A/BのRTSを介したプロタミンmRNAへの結合は,精子形成の過程におけるプロタミンmRNAの時空間的な翻訳制御を担うことを示した10).これらのことから,hnRNP A/Bはさまざまな細胞でmRNA局在化・局所翻訳の制御を担う可能性が考えられていたが,神経細胞におけるhnRNP A/Bの役割は不明だった.

3. hnRNP A/Bは嗅神経細胞の軸索形成期に高く発現している

神経系組織における発現解析において,著者らはhnRNP A/Bが鼻の嗅神経細胞に特に高く発現していることに着目した.嗅神経細胞は,鼻腔内の嗅上皮にある二極性の神経細胞である.繊毛を有する短い樹状突起を鼻腔側へ,軸索を基底側から嗅球の糸球体へと伸ばし,匂いの受容と信号伝達を担う(図2).嗅神経細胞は嗅上皮の基底部に存在する幹細胞から分化して,鼻腔側に向かいながら樹状突起や軸索を伸長し,最終的に嗅球の糸球体へ軸索を投射させる.新生仔マウスの嗅上皮はまだ完成しておらず,3週齢ごろまでに嗅上皮と糸球体がほぼ完成するが,神経新生は成体でも継続している11).つまり,嗅上皮では,成体であっても幹細胞から成熟した嗅神経細胞までの各段階を観察できるという特徴がある.また,軸索の投射様式も特徴的であり,「1糸球体–1受容体」の投射様式が知られている.嗅神経細胞には,マウスでは約1000個ある嗅覚受容体遺伝子の一つが選択的に発現されている.同じ受容体を発現する嗅神経細胞は嗅上皮の各領域内に散在しているにもかかわらず,その軸索は投射の過程で収束して1対の糸球体に投射する12).こうした特徴から嗅神経細胞は神経形成や軸索投射の研究モデルとして多くの研究者を魅了し,嗅神経細胞の研究から神経形成や軸索投射に関わる重要な因子が数多く明らかにされてきた.一方で,mRNA制御の観点からの報告例はほとんどなかった.さらに,嗅覚組織は他の脳領域より構成がシンプルであることや,嗅神経細胞の細胞体側と軸索側とを解剖で容易に分離できることも,神経細胞におけるmRNA制御解析の利点といえる.そこで,著者らは嗅神経細胞をモデルとしてhnRNP A/Bの機能解析を行った.

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図2 嗅覚組織の構造とhnRNP A/Bの機能

嗅神経細胞は嗅上皮の基底部から鼻腔側へと向かいながら樹状突起や軸索を伸長し,嗅球の糸球体へ軸索を投射させて成熟する.hnRNP A/Bは未成熟な嗅神経細胞に高発現しており,軸索投射や神経成熟に関わる遺伝子の軸索末端における発現を促進することで,嗅神経回路の形成を担う.

まず,嗅神経細胞におけるhnRNP A/Bの発現を詳細に解析すると,hnRNP A/Bは軸索伸長が活発な未成熟期の嗅神経細胞に,強く発現していることがわかった.また,嗅神経細胞の初代培養系において免疫染色を行うと,hnRNP A/Bは伸長中の軸索に存在していたため,hnRNP A/Bが嗅神経細胞の形成に関与すると予想した.

4. hnRNP A/B遺伝子の欠損は嗅神経細胞の成熟と回路形成に異常を来す

次に,嗅覚組織の形態学的な解析を行ったところ,hnRNP A/B遺伝子欠損マウスでは,成熟した嗅神経細胞の数が減少することにより,嗅上皮の厚さが薄くなっていることがわかった.また,軸索の投射先である糸球体の形態が全体的に小さくなっており,「1糸球体–1受容体」の投射様式にも乱れが生じていた.さらに,行動解析実験では,マウスが匂いを検知して識別する能力に低下がみられた.以上のことから,hnRNP A/Bは正常な嗅神経回路を形成し,匂いを高精度に検知する上で必要な因子であることが明らかとなった.

5. hnRNP A/Bは軸索mRNAに結合し,軸索末端における発現を促進する

hnRNP A/BはどのようなmRNAをどのように制御することにより,嗅神経回路の形成に寄与するのだろうか.著者らは嗅上皮の細胞質画分からhnRNP A/B抗体を用いたRNA免疫沈降を行い,hnRNP A/Bの嗅神経細胞における標的mRNAを探索した.その結果,hnRNP A/Bは軸索で発現し,軸索投射や神経成熟に関連するmRNA群と結合することがわかった.特に,プロトカドヘリンα (Pcdha)や神経接着因子2 (Ncam2/Ocam)などの神経接着因子をコードするmRNAが多く,標的mRNAの約11%を占めていた.この中には,嗅神経細胞の軸索投射やシナプス形成に関与することが示されている神経接着因子のmRNAも多く含まれており,hnRNP A/B遺伝子欠損マウスでみられた表現型と合致した結果だといえる.これら遺伝子の発現様式を解析すると,hnRNP A/B遺伝子欠損マウスでは,PCDHAとNCAM2タンパク質の発現レベルが,軸索末端だけで局所的に低下していた.このことから,hnRNP A/Bは標的遺伝子の軸索末端におけるタンパク質発現を促進することで,嗅神経回路の形成に寄与していることが示唆された.

6. RTSを介したhnRNP A/Bとの結合が標的遺伝子の軸索末端における発現に関与する

hnRNP A/B標的mRNAの配列解析から,嗅神経細胞でhnRNP A/Bと結合する神経接着因子のmRNAの多くは,RTS相同配列を含むことがわかった.RTS相同配列はmRNAの5′側非翻訳領域(5′-UTR),コード配列,3′側非翻訳領域(3′-UTR)のいずれにもみられたが,3′-UTRが最も高頻度であった.Pcdha mRNAにおいても3′-UTRにRTS相同配列を見いだした.そこで,Pcdha遺伝子の3′-UTRからRTSを含む領域を欠失させたマウスをCRISPR/Cas9を用いて作製して解析したところ,Pcdha-UTR欠失マウスではPcdha mRNAとhnRNP A/Bとの結合に低下がみられた.また,嗅神経細胞の細胞体側におけるPCDHAタンパク質の発現に変化はみられないのに対し,軸索末端におけるPCDHAタンパク質の発現には有意な低下がみられた.重要なことに,Pcdha-UTR欠失マウスでは,細胞体側のPCDHAタンパク質発現が正常であるにもかかわらず,糸球体サイズの減少と,嗅神経軸索の投射様式の乱れが生じていた.このようなPCDHAタンパク質の軸索末端における発現低下と,軸索投射様式の異常は,hnRNP A/B遺伝子欠損マウスの表現型と類似する.また,糸球体サイズの減少と,軸索投射様式の乱れは,Pcdha遺伝子欠損マウスでも報告されている13)

7. おわりに

上記の結果から,hnRNP A/Bは認識配列RTSを介して軸索投射や神経成熟に関わる因子のmRNAに結合し,それら因子の軸索末端におけるタンパク質発現を促進することにより,嗅神経回路の形成と高精細な匂い認識に寄与していることが示された(図2).hnRNP A/BとRTSとの結合は,神経接着因子によって神経回路形成を担うRNA regulonを決定づける組合わせの一つであると考えられる.hnRNP A/Bが嗅神経細胞でのmRNA翻訳の過程においてどのような役割を担うのかはまだ不明であるが,精子細胞ではhnRNP A/Bのスプライスバリアントの使い分けが標的mRNAの翻訳状態(on/off)の切り替えに関与することがわかっている10).嗅神経細胞においても同様に,hnRNP A/Bバリアントの使い分けが局所発現の制御に関与しているのかは今後の興味深い課題である.最近,hnRNP A/Bの遺伝子変異が自閉症などの神経発達症の数例と関連づけられた14).実際に,嗅神経細胞から同定したhnRNP A/Bの標的mRNA群は自閉症の原因遺伝子を多く含んでいる4).今後,他の神経系におけるhnRNP A/Bの機能解析を行うことで,神経細胞の形成や機能に果たす役割や,疾患との関連に対する理解が深まると期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究成果は,新潟大学脳研究所 武井延之博士,同大学院医歯学総合研究科 福田智行博士,理化学研究所脳神経科学研究センター 吉原良浩博士,東京大学大学院農学生命科学研究科 東原和成博士,ニューヨーク大学アブダビ校/ストックホルム大学Piergiorgio Percipalle博士らとの共同研究で行われました.共同研究者の方々に感謝申し上げます.また,新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野のメンバーに感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

福田 七穂(ふくだ ななほ)

新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野准教授.博士(生命科学).

略歴

2005年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了.理化学研究所脳科学総合研究センター,カロリンスカ研究所,奈良先端科学技術大学院大学を経て,18年に現所属に着任.22年より現職.

研究テーマと抱負

mRNAの非翻訳領域を介した遺伝子発現制御が,どのように生体機能に関わっているのかを明らかにしていきたい.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/nanahof

趣味

散歩.

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