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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 86-90 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960086

みにれびゅうMini Review

脳の発生および構造から見たアルギニン残基のメチル化制御Regulation of protein Arginine methylation during brain development

近畿大学東洋医学研究所分子脳科学研究部門Division of Molecular Brain Science, Research Institute of Traditional Asian Medicine, Kindai University ◇ 〒589–8511 大阪府大阪狭山市大野東377–2 ◇ 337–2 Ohno-Higashi, Osaka-Sayama, Osaka 589–8511, Japan

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
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1. はじめに

遺伝暗号に従い翻訳されたタンパク質は,さまざまな翻訳後修飾を受けて機能的多様性を獲得する.このタンパク質の翻訳後修飾に関しては全世界的に主にリン酸化および脱リン酸化を中心とした研究が行われ,他の翻訳後修飾の解析は遅れをとっていた感が大きい.1967年になりアルギニンにメチル基が含まれることが報告されたものの,その生理学的意義に関しての解析では,その後の進展があまりみられない状況が続いていた1).このようにメチル化を受けたタンパク質が脳内に豊富に存在するとの報告のみであったが,1997年にPC12細胞でのNGF依存的神経突起伸展にタンパク質のメチル化が必要であることが生化学的に示され,著者らが注目するきっかけとなった2)

タンパク質の翻訳後修飾の一つとしてのアルギニン残基のメチル化修飾は,当時から主にがん領域での検討を中心にその機能解析が進んでいたものの,神経系領域においてはまだ十分な検討が行われていなかった3).しかし著者らが注目してから20年以上が経過する間に,神経系領域での研究は目覚ましい進展を遂げた4)

タンパク質のアルギニン残基のメチル化制御は,細胞内情報伝達においてのみでなく転写調節やmRNAスプライシング,DNA修復など非常に幅広い細胞活動において重要な役割を持っていることが以前から報告されている.また,アルギニン残基のメチル化異常ががんなどの疾患の発症や悪性度に関与することや炎症を含む免疫応答異常などとも関連していることなども報告されており,個体発生から病態生理というさまざまな状況下での脳内タンパク質のアルギニン残基のメチル化制御機能の重要性が本格的に解明され始めている3–5)

近年,著者らは脳神経系においてその機能解析の十分に進んでいない領域であるグリア細胞の一つのオリゴデンドロサイトの脳内発生におけるタンパク質アルギニン残基のメチル化制御の重要性に関する新たな知見を得ることができた(図16).本稿では,ヒストンメチル化に関連する総説は他家に譲り,これまでの脳内タンパク質アルギニン残基のメチル化修飾の役割に関する我々のいくつかの知見とともに今後の展望について概説する.

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図1 オリゴデンドロサイトの増殖・分化・髄鞘化へのタンパク質アルギニン残基メチル化酵素CARM1の関与

CARM1の発現が強い胎生期のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の増殖レベル維持だけでなく,生後に進行するオリゴデンドロサイトの分化から髄鞘形成に至る過程にもCARM1の発現が必要である.詳細は文献6を参照のこと.

2. タンパク質アルギニンメチルトランスフェラーゼ

タンパク質のアルギニン残基メチル化は,タンパク質アルギニンメチルトランスフェラーゼ(protein arginine N-methyltransferases:PRMTs)が触媒することがすでに知られている3–5).PRMTsの活性中心ドメイン構造は進化上高度に保存されており,その機能の重要性が容易に想定される.哺乳類においてPRMTsはこれまでに11個のサブタイプが同定されており,メチル基供与体であるS -アデノシルメチオニン(AdoMet, SAM)からのメチル基転移様式により3種に分類されている.さらに例外があるもののサブタイプによりRGG,RGR,AGRやRXRといったある程度の特異性を持った標的配列が存在している(図2).

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図2 タンパク質アルギニン残基メチル化機構

アルギニン残基はまず各PRMTsによりモノメチル化される(MMA).PRMTsはアルギニン側鎖δ-グアニジノ基のω-窒素原子に一つのメチル基転移を触媒する.その後,PRMT7以外のPRMTsによりもう一つのメチル基が付加されジメチル化される.ジメチル化の経路は2種類ある.Type IのPRMTsサブタイプにより,モノメチル化されたのと同一のω-窒素原子に二つ目のメチル基が付加する(ADMA).また,Type IIのPRMTsサブタイプでは,モノメチル化されていないもう一つのω-窒素原子に二つ目のメチル基が付加する(SMDA).詳細は文献3~5を参照のこと.

3. PRMT1

PRMTsファミリー中でPRMT1は細胞内の最も主要なサブタイプであり,ファミリー中の存在比率が8割以上を占めるとの報告もある.酵母におけるアルギニンメチル化酵素Hmt1/Rmt1のホモログであり,インターフェロン受容体(IFNAR)と相互作用する因子として同定されるとともに初期応答遺伝子TIS1/BTG1やTIS2/BTG2と相互作用する因子としても見いだされた.そこで,著者らは神経突起伸展におけるPRMT1とその基質の一つとして同定された初期応答遺伝子BTG2の役割について検討した.その結果,PRMT1は主に核内に局在し,アルギニン残基のメチル化によるBTG2タンパク質の核内発現量の確保が神経突起伸展に必要であることを見いだした7)

PRMT1はホモ二量体を形成することでその酵素活性を示し,RNA代謝やゲノム安定性などに関与する.さらにPRMT1自体として七つのアイソフォームが選択的スプライシングによって生成される.それらはN末端配列特異的な基質選択性を持ち,核内だけでなく細胞質に局在するアイソフォームも存在することが知られている.PRMT1のノックアウト(KO)マウスは胎生初期に致死であることが報告されており,個体発生におけるPRMT1による全身の器官・組織でのアルギニンメチル化はその生存に必須であることは間違いない.さらに,この数年でPRMT1の脳特異的なコンディショナルKO(cKO)マウスの検討結果も複数報告され,髄鞘形成不全により生後2週間前後しか生存できないことや,その原因として炎症抑制機能の低下が関与している可能性が見いだされており,今後のさらなる研究の展開に期待が持たれる8)

4. PRMT3

PRMT3はPRMT1のホモロジー検索により見いだされ,PRMTsサブファミリーの中で唯一そのN末端にZnフィンガードメインを有することが報告されているのみであった.そこで,著者らはまずPRMT3の脳内局在および細胞内局在の検討から実施した.その結果,PRMT3は神経細胞の細胞体および樹状突起に局在すること,成体マウスの脳内においては大脳辺縁系や運動神経核,小脳,海馬神経などでその発現が観察されること,PRMT1の脳内発現が生後約1週で低下していくにもかかわらず,PRMT3は胎生後期から脳内での発現が増加し,生後1週から4週にかけてその高発現が維持されることを見いだした9).ほぼ同時期に,PRMT3はリボソームタンパク質をメチル化するとの報告がなされたことから,成体脳におけるPRMT3の細胞質や樹状突起での機能に興味が持たれた.そこで,細胞体および樹状突起にPRMT3が高発現している海馬神経細胞におけるシナプス形成機構へのPRMT3の関与について検討したところ,リボソームタンパク質rpS2がPRMT3によるメチル化により安定化するとともに,シナプスのspine形成に重要な役割をするαCaMKII発現量が維持されるというメカニズムを明らかにすることができた10)

5. CARM1

4番目のPRMTsサブファミリーであるPRMT4はp160ステロイド受容体コアクチベーターGRIPをbaitとするYeast Two-Hybrid法により同定されたことから,現在ではcoactivator-associated arginine methyltransferase 1 (CARM1)として認知されている.CARM1はその局在が核内であることから転写コアクチベーターとして直接転写因子をメチル化し転写活性化するだけでなく,PRMTsサブファミリーであるPRMT5のメチル化にも関与している.CARM1の活性化はCBP/p300アセチルトランスフェラーゼなどで調節され,CARM1の発現量は,miR-15, miR-181c, miR-223等のmicroRNAsによって制御されていることがすでに報告されている.またCARM1のKOマウスは胎生後期あるいは出生後すぐ致死になることから,個体発生においてCARM1の機能が重要であることが容易に想定できた.そこで,著者らは脳の発生時期に制御されなければならない機能の一つである神経細胞の増殖や分化機構へのCARM1の役割について検討を実施した.その結果,RNA結合タンパク質HuDがCARM1と相互作用し,特定のアルギニン残基がメチル化される事実を見いだすとともに,メチル化HuDによりp21cip1/waf1 mRNAの安定性が低下し,神経細胞の増殖状態が維持されるという分子メカニズムを明らかにした11).さらに,最近著者らは脳発達過程における脳梁オリゴデンドロサイト前駆細胞にCARM1が高発現して増殖レベルを調整する可能性だけでなく,CARM1発現抑制により成熟オリゴデンドロサイトへの分化抑制および髄鞘形成阻害が生じる事実も見いだし,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖分化から髄鞘形成までの成熟化機構へのCARM1の積極的な関与について明らかにした(図16)

6. PRMT8

PRMT8はデータベース検索により活性中心の配列がPRMT1と顕著な相同性(80%以上)を示した因子として同定され,そのN末端はPRMT1よりかなり長い配列を有している.その後,PRMT8は細胞膜にも局在することや,そのN末端にミリストイル化配列を持つことが見いだされた.さらにPRMT8は他のPRMTsファミリーとは異なり,中枢神経系のみの発現を示していた.当時はPRMT8を特異的に認識する良い抗体がなく,著者らが抗体作製を試みながら,まずはPRMT8 mRNAの脳内局在をin situ hybridization法により検討した.著者らは,マウス胎仔のwhole mount切片および成体脳切片から,PRMT8 mRNAは脳および脊髄のみの発現であること,さらにはグリア細胞にはPRMT8 mRNAの発現がみられず神経細胞のみの発現であることを明らかにした12).その後,PRMT8を特異的に認識する抗体が完成し,生後28日をピークにPRMT8タンパク質が発現増加することや海馬や扁桃体の神経細胞で発現が強いことを見いだすことができた.しかし,著者らが作製したPRMT8抗体は神経細胞内のPRMT8の局在がほぼ核内で観察される結果となり,これまでに報告されているPRMT8の細胞膜局在とは異なる結果となった.そこで著者らは次にこの原因追究のためPRMT8のN末端の翻訳開始コドンの検討を行った13).その結果,翻訳開始メチオニンの可能性として3か所が見いだされ,1stメチオニンの配列で強制発現すると確かに細胞質だけでなく細胞膜にも局在を示した.さらに2ndメチオニンの配列で強制発現すると細胞質のみの局在を示し,ミリストイル化配列がなくなる3rdメチオニンの配列で強制発現すると主に核内の局在を示すことを明らかにした.そして脳抽出サンプル中のPRMT8の分子量と一致したのが3rdメチオニンの配列で翻訳開始したPRMT8であったことから,脳内では何らかの制御機構によりミリストイル化配列がない少し短いPRMT8の発現が神経細胞PRMT8としてdominantである可能性を見いだした13).最近になり他家から,PRMT8はタンパク質メチル化機能だけではなく神経細胞膜のホスファチジルコリンの加水分解酵素であるホスホリパーゼ活性も有するとの報告や,シナプスのspine成熟化機構において,RNA結合タンパク質であるG3PB1と翻訳開始因子eIF4Eとの相互作用レベルをPRMT8によるG3PB1のタンパク質メチル化が制御していることが見いだされるなど,中枢神経系における今後のPRMT8研究の推進に大きな期待を抱いている14, 15)

7. おわりに

本稿で紹介した著者らのPRMT1,PRMT3,CARM1,PRMT8に関するさまざまな研究により,胎生期および生後発達から脳の成熟後にまでタンパク質のアルギニン残基のメチル化がPRMTsの各サブタイプにより適切に制御を受けることで,神経細胞やオリゴデンドロサイトの発達・成熟に多彩で重要な役割を果たすことが明らかになってきた.脳内PRMTsの機能に関しては,ここでは紹介しきれない数多くの内容の研究成果がすでに見いだされているが,サブタイプが11個もあることからも,脳神経系においてまだまだ未知のPRMTsの機能が豊富に存在すると考えられる.さらに脱メチル化にまでその視野を広げるとさまざまな神経系の疾患発症機序へのタンパク質のアルギニン残基のメチル化の重要性が明らかになる可能性を大いに秘めている4, 5)

謝辞Acknowledgments

本PRMTs研究を開始したのは,大阪大学大学院医学系研究科神経機能形態学講座の大学院博士課程在籍時であります.当時の主任教授であり,現在もご指導いただいております遠山正彌博士(現 大阪大学名誉教授,大阪府立病院機構理事長)および大学院生当時に直接ご指導いただきました森泰丈博士(現 国際医療福祉大学医学部解剖学教授)に心より感謝申し上げます.また,大阪大学在籍当時の教室員の皆様には大変お世話になりました.さらに近畿大学の当ラボスタッフである助教の清水尚子博士と現在PRMTs研究を積極的に推進している講師の石野雄吾博士,さらには実験補助や秘書の皆様,共同研究に関わっていただいております先生方には日ごろから本当に大変お世話になっております.この場を借りまして関係した皆様に心よりの御礼を申し上げます.

引用文献References

1) Paik, W.K. & Kim, S. (1967) Enzymatic methylation of protein fractions from calf thymus nuclei. Biochem. Biophys. Res. Commun., 29, 14–20.

2) Cimato, T.R., Ettinger, M.J., Zhou, X., & Aletta, J.M. (1997) Nerve growth factor-specific regulation of protein methylation during neuronal differentiation of PC12 cells. J. Cell Biol., 138, 1089–1103.

3) Bedford, M.T. & Richard, S. (2005) Arginine methylation an emerging regulator of protein function. Mol. Cell, 18, 263–272.

4) Blanc, R.S. & Richard, S. (2017) Arginine methylation: The coming of age. Mol. Cell, 65, 8–24.

5) Chang, K., Gao, D., Yan, J., Lin, L., Cui, T., & Lu, S. (2023) Critical roles of protein arginine methylation in the central nervous system. Mol. Neurobiol., 60, 6060–6091.

6) Ishino, Y., Shimizu, S., Tohyama, M., & Miyata, S. (2022) Coactivator-associated arginine methyltransferase 1 controls oligodendrocyte differentiation in the corpus callosum during early brain development. Dev. Neurobiol., 82, 245–260.

7) Miyata, S., Mori, Y., & Tohyama, M. (2008) PRMT1 and Btg2 regulates neurite outgrowth of Neuro2a cells. Neurosci. Lett., 445, 162–165.

8) Hashimoto, M., Murata, K., Ishida, J., Kanou, A., Kasuya, Y., & Fukamizu, A. (2016) Severe hypomyelination and developmental defects are caused in mice lacking protein arginine methyltransferase 1 (PRMT1) in the central nervous system. J. Biol. Chem., 291, 2237–2245.

9) Ikenaka, K., Miyata, S., Mori, Y., Koyama, Y., Taneda, T., Okuda, H., Kousaka, A., & Tohyama, M. (2006) Immunohistochemical and western analyses of protein arginine N-methyltransferase 3 in the mouse brain. Neuroscience, 141, 1971–1982.

10) Miyata, S., Mori, Y., & Tohyama, M. (2010) PRMT3 is essential for dendritic spine maturation in rat hippocampal neurons. Brain Res., 1352, 11–20.

11) Fujiwara, T., Mori, Y., Chu, D.L., Koyama, Y., Miyata, S., Tanaka, H., Yachi, K., Kubo, T., Yoshikawa, H., & Tohyama, M. (2006) CARM1 regulates proliferation of PC12 cells by methylating HuD. Mol. Cell. Biol., 26, 2273–2285.

12) Taneda, T., Miyata, S., Kousaka, A., Inoue, K., Koyama, Y., Mori, Y., & Tohyama, M. (2007) Specific regional distribution of protein arginine methyltransferase 8 (PRMT8) in the mouse brain. Brain Res., 1155, 1–9.

13) Kousaka, A., Mori, Y., Koyama, Y., Taneda, T., Miyata, S., & Tohyama, M. (2009) The distribution and characterization of endogenous protein arginine N-methyltransferase 8 in mouse CNS. Neuroscience, 163, 1146–1157.

14) Kim, J.D., Park, K.E., Ishida, J., Kako, K., Hamada, J., Kani, S., Takeuchi, M., Namiki, K., Fukui, H., Fukuhara, S., et al. (2015) PRMT8 as a phospholipase regulates Purkinje cell dendritic arborization and motor coordination. Sci. Adv., 1, e1500615.

15) Dong, R., Li, X., Flores, A.D., & Lai, K.O. (2023) The translation initiating factor eIF4E and arginine methylation underlie G3BP1 function in dendritic spine development of neurons. J. Biol. Chem., 299, 105029.

著者紹介Author Profile

宮田 信吾(みやた しんご)

近畿大学東洋医学研究所分子脳科学研究部門 教授.医学(博士).

略歴

三重県生まれ.大阪大学大学院博士課程修了.2002~05年日本学術振興会特別研究員(DC1),05~12年大阪大学医学系研究科助教,12~16年近畿大学東洋医学研究所分子脳科学研究部門准教授,16年より現職.

研究テーマと抱負

神経科学研究の中ではニッチな領域であると思われる,タンパクメチル化,オリゴデンドロサイトそして漢方という全くまとまりの感じられない研究テーマ達にドッグファイトで挑戦中(スタッフの先生方に超感謝).

ウェブサイト

http://www.med.kindai.ac.jp/toyo/study/index.html

趣味

マラソン大会参加,旅行,観葉植物栽培.

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