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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(1): 96-100 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960096

みにれびゅうMini Review

オオムギYellow stripe 1(YS1)トランスポーターによる鉄錯体の認識と輸送の構造基盤Structural basis of iron-phytosiderophore recognition and transport by barley Yellow Stripe 1 transporter

理化学研究所・生命機能科学研究センターRIKEN Center for Biosystems Dynamics Research ◇ 〒230–0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1–7–22 ◇ 1–7–22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama, Kanagawa 230–0045, Japan

発行日:2024年2月25日Published: February 25, 2024
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1. はじめに

鉄はすべての生物種にとって必須の元素である.特に植物では葉緑体合成に鉄イオンが深く関わっており,鉄の不足は深刻な生育不良を引き起こす.土壌中の鉄はほとんどが難溶性の三価鉄として存在しており,植物による鉄獲得を困難にしている.ムギ,トウモロコシ,イネなどのイネ科の植物はムギネ酸類と呼ばれるキレート剤(フィトシデロフォア)を根から分泌し,土壌中の三価鉄と結合した可溶性のムギネ酸鉄複合体を取り込む(図1).ムギネ酸は日本人研究者によってムギの根から発見されたもので,英語でもmugineic acidと表記される1).現在,全陸地のおよそ1/3はアルカリ性の不良土壌であるが,アルカリ性土壌では三価鉄への酸化がさらに進む.そこで,ムギネ酸類を利用してアルカリ性不良土壌を耕作可能な土壌に改善する試みが進められている.たとえば,化学合成したムギネ酸やその類縁体を土壌に散布してイネなどの作物の生育不良を改善する試み2)や,遺伝子改変によってムギネ酸類の分泌を高めたイネの開発などの例が報告されている3)

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図1 ムギネ酸類を利用した鉄獲得機構

ムギネ酸類は根内でメチオニンから合成された後,TOM1と呼ばれるトランスポーターを介して土壌中に分泌される4).土壌中で形成されたムギネ酸鉄複合体は,Yellow stripe 1(YS1)/Yellow stripe 1 like(YSL)トランスポーターによって根内に吸収される5).YS1はその遺伝子欠損によって葉や茎が黄色に変色することから名づけられた.酵母やアフリカツメガエル卵母細胞にys1遺伝子を発現させることにより,YS1/YSLがプロトン依存的にムギネ酸類と結合した金属イオンを運搬すること,金属イオンの選択性がYS1/YSLの間で異なることが明らかとなっている6, 7).しかし,YS1/YSLの立体構造に関してはそのホモログも含めて解析例はなく,YS1によるムギネ酸鉄の認識や輸送機構の詳細については不明であった.

我々は,オオムギ由来のYS1の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析法を用いて決定した8).アポ体に加えて,ムギネ酸類の一つであるデオキシムギネ酸(DMA)と鉄との錯体(Fe–DMA),さらにデオキシムギネ酸の人為的類縁体であるプロリンデオキシムギネ酸(PDMA)と鉄との錯体(Fe–PDMA)が結合した状態の構造解析に成功した.また,分子動力学計算を用いて輸送機構についての示唆を得ることができた.

2. YS1の二量体構造

まず,オオムギ由来のYS1を昆虫細胞(Sf9細胞)を用いて発現させ,カラムクロマトグラフィーを用いて精製した.コレステロール類縁体であるコレステロールヘミコハク酸(CHS)を加えて精製したときに,YS1が二量体を形成することを見いだした.理化学研究所・横浜事業所の加速電圧300 kVのクライオ電子顕微鏡を用いてYS1二量体の透過像を撮影し,単粒子解析法によってその構造を決定した.今回我々が構造解析した三つの状態のすべてでYS1はほぼ同じ構造であるため,これ以降は2.7 Å分解能で決定されたYS1–Fe–DMA複合体を中心に述べる(図2a).

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図2 YS1–Fe–DMA複合体のクライオ電子顕微鏡構造

(a)YS1–Fe–DMA複合体のクライオ電子顕微鏡マップ.(b)YS1–Fe–DMA複合体のリボンモデル図.(c)YS1の二量体界面.(d)YS1–Fe–DMA複合体の断面図.単量体のみを示す.(e)結合しているFe–DMAのクライオ電子顕微鏡密度マップ.(f)Fe–DMAの結合部位の構造.

YS1のプロトマーは二量体界面を形成する足場ドメインとコアドメインに分けられる(図2b).足場ドメインとコアドメイン間に空洞(キャビティー)が形成されており,キャビティーが外側に開き内側に閉じた外向き開口構造であった.足場ドメイン,コアドメインともにN末端側とC末端側のサブドメインにさらに分けられ,それぞれのサブドメインは構造的に逆向き反復の関係にある.二量体界面では,C末端のβストランドがそれぞれ逆平行βシートを形成していた(図2c).βストランドのN末端側にジスルフィド結合(Cys671–Cys250)が存在し,逆平行βシートの安定化に寄与していると考えられた.さらに,多くの芳香族アミノ酸によるファンデルワールス相互作用もみられる.これらのタンパク質間相互作用に加えて,CHSが二量体界面に結合しており,コレステロールに依存した二量体化が構造からも明らかとなった.

3. デオキシムギネ酸鉄の認識機構

次に,デオキシムギネ酸鉄(Fe–DMA)とYS1の複合体構造を2.7 Å分解能で決定した.ムギネ酸類は植物で産生される量が少なく,天然から構造解析に十分な量を抽出するのは困難である.共同研究者の徳島大学大学院医歯薬学研究部の難波康祐教授らはDMAの効率的な化学合成法を確立しており9),これにより構造解析に十分な質と量のDMAを得ることができた.

YS1–Fe–DMA複合体もアポ体と同じく外向き開口構造であった.Fe–DMAは,コアドメインに結合しており,キャビティーの細胞外側に位置している(図2d).Fe–DMA結合部位は正電荷を帯びた結合ポケットを形成しており,カルボニル基を含むムギネ酸の結合に適合している.結合しているFe–DMAの構造は,これまでに報告されているムギネ酸・銅やムギネ酸・コバルトの錯体構造とほぼ同じである.YS1はFe–DMAのムギネ酸の主鎖部位をファンデルワールス結合と水素結合で認識している.一方で,金属イオンとYS1との間に相互作用はみられない(図2e).これは,YS1/YSLの広い金属イオン選択性を説明するが,YS1/YSL間でみられる選択性の違いとは矛盾しており,今後の解析が必要である.

次に,昆虫細胞によるアッセイ系を用いてFe–DMAの取り込みを測定した.昆虫細胞はFe–DMAを取り込むことができないが,YS1を発現させると細胞内への取り込むことができる.放射性ラベルした鉄とDMAを用いて,野生型と変異体YS1による取り込み活性を測定した.その結果,Fe–DMAの認識に関わる残基の変異体(F130A, Y451A, K482A, K482E, Y551A, Y551F)ではバックグラウンドのレベルまで取り込み能が低下しており,構造でみられた相互作用が正しいことが示された.

4. 分子動力学計算による輸送機構への示唆

YS1の輸送機構を理解するには,外向き開口構造から内向き開口構造への構造変化を知る必要がある.我々は,まずYS1が二量体や三量体を形成するトランスポーター類で多くみられるエレベーター型と呼ばれる輸送機構を持つと推察した10).エレベーター型の輸送機構では足場ドメインに対してコアドメインが剛体的に動いて,外向き・内向きの構造変化を起こす(図3a).そこで,グルタミン酸輸送体での例11)を基に,コアドメインと足場ドメインのN末端側・C末端側のドメインがそれぞれ構造的に逆向き反転にあることを利用して,内向き開口構造のモデルを構築した(図3b).

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図3 YS1のプロトン依存的な輸送機構

(a)エレベーター機構による輸送の概略図.(b)YS1の内向き開口モデル.単量体のみを表示.(c)Asp446/Asp490/Asp494がプロトン化された状態でのMDシミュレーション.TM6がコアから離れるように動く.(d) YS1の外向き開口構造から内向き開口構造へのプロトン依存的構造変化を伴った基質輸送のモデル.

次に,東京大学大学院農学生命科学研究科の寺田透准教授らとの共同研究により,構造変化に関わる残基を分子動力学計算によって推定した.YS1は,プロトン駆動型のトランスポーターであることが知られている.プロトン化によって構造変化を惹起するアミノ酸残基として,キャビティー内の三つのアスパラギン酸残基(Asp446, Asp490, Asp494)が候補として考えられた.POPC膜にCHSをコレステロールに置換したYS1–Fe–DMA複合体構造を埋め込み,三つのアスパラギン酸残基のプロトン化状態をそれぞれ変えて分子動力学計算を行った.その結果,まずAsp490がプロトン化された状態でFe-DMAの揺らぎが最も小さくなっており,クライオ電子顕微鏡で決定した構造はこの状態であると考えられた.次に,Asp490をプロトン化した上でさらに二つのアスパラギン酸残基のプロトン化状態を変えて分子動力学計算を行ったところ,Asp446/Asp490/Asp494の三つがすべてプロトン化された状態ではFe–DMAはYS1に結合したまま,膜貫通ヘリックスTM6がコアドメインから離れる構造変化が観察された(図3c).外向き開口構造と内向き開口構造のモデルとの比較ではコアドメインはTM6上をあたかも滑り降りるように移動しているようにみえる.三つのアスパラギン酸のプロトン化によってTM6がコアドメインから離れる,すなわちコアドメインとTM6の相互作用が弱まることにより,コアドメインがTM6上を滑り降りるようにして内向き開口構造へと構造変化するモデルが考えられた(図3d).

5. 人為的ムギネ酸類縁体

本研究に先立って,難波らは安価に合成でき,かつ安定な新規のムギネ酸類縁体の開発に取り組んできた.その中で,DMAの四員環を五員環に置換したプロリンデオキシムギネ酸(PDMA)を開発した2).PDMAはDMAと比べて1/10,000のコストで合成できる.またPDMAは安定性も飛躍的に向上しており,DMAが土壌中では1日程度で消失するのに対しPDMAは1か月程度残存できる.我々はFe–PDMAとYS1との複合体の構造を2.9 Å分解能で決定した.予想どおり,Fe–PDMAはFe–DMAと同様の結合様式で結合していた(図4a).実際にPDMAをアルカリ性土壌に散布すると,イネの生育が大幅に改善することも確認できている(図4b).今回の構造解析はPDMAがDMAと同様の機構で働くことを示しており,PDMAの実用化を後押しする結果といえる.

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図4 ムギネ酸類縁体(PDMA)による植物の生育改善

(a)YS1のFe–PDMA結合部位の構造.Fe–PDMAのクライオ電顕密度マップをメッシュで示す.(b)ムギネ酸類によるアルカリ土壌でのイネの生育改善.鉄のみを散布した場合(左)に比べて,鉄とDMAを散布すると生育改善がみられる(中央).鉄とPDMAの場合でも優れた生育改善が確認できた(右).

6. おわりに

ムギネ酸は日本で発見されて以来,その基礎研究や応用は日本が主流となって育んできた.現在,ムギネ酸類を肥料として利用しようという試みだけでなく,鉄の含有量を増やした作物の作製や鉄の吸収を助けるサプリメントとして利用する試みなどが進められており,その応用範囲はますます広がっていくと期待される.今回,構造生物学・合成化学・計算科学の三つの異分野が融合することによりYS1によるムギネ酸鉄の認識・運搬機構の解明が大きく前進した.今後,本研究で得られた構造情報を基にムギネ酸類の新規類縁体の合成や新たな応用展開が進むことを期待したい.

謝辞Acknowledgments

本研究は公益財団法人サントリー生命科学財団の村田佳子特任研究員との11年以上にわたる共同研究によるものです.この場を借りて村田佳子氏に深く御礼申し上げます.本研究を支えてくださった難波康祐教授(徳島大),寺田透准教授(東京大),深井周也教授(京都大学),白水美香子チームリーダー(理研)に感謝申し上げます.また,PDMAによるイネの生育改善の写真の提供をご快諾いただいた愛知製鋼・鈴木基史博士にこの場を借りて御礼申し上げます.

引用文献References

1) Takagi, S. (1976) Naturally occurring iron-chelating compounds in oat- and rice-root washings. Soil Sci. Plant Nutr., 22, 423–433.

2) Suzuki, M., Urabe, A., Sasaki, S., Tsugawa, R., Nishio, S., Mukaiyama, H., Murata, Y., Masuda, H., Aung, M.S., Mera, A., et al. (2021) Development of a mugineic acid family phytosiderophore analog as an iron fertilizer. Nat. Commun., 12, 1558.

3) Takahashi, M., Nakanishi, H., Kawasaki, S., Nishizawa, N.K., & Mori, S. (2001) Enhanced tolerance of rice to low iron availability in alkaline soils using barley nicotianamine aminotransferase genes. Nat. Biotechnol., 19, 466–469.

4) Nozoye, T., Nagasaka, S., Kobayashi, T., Takahashi, M., Sato, Y., Sato, Y., Uozumi, N., Nakanishi, H., & Nishizawa, N.K. (2011) Phytosiderophore efflux transporters are crucial for iron acquisition in graminaceous plants. J. Biol. Chem., 286, 5446–5454.

5) Curie, C., Panaviene, Z., Loulergue, C., Dellaporta, S.L., Briat, J.F., & Walker, E.L. (2001) Maize yellow stripe1 encodes a membrane protein directly involved in Fe(III) uptake. Nature, 409, 346–349.

6) Schaaf, G., Ludewig, U., Erenoglu, B.E., Mori, S., Kitahara, T., & von Wirén, N. (2004) ZmYS1 functions as a proton-coupled symporter for phytosiderophore- and nicotianamine-chelated metals. J. Biol. Chem., 279, 9091–9096.

7) Murata, Y., Ma, J.F., Yamaji, N., Ueno, D., Nomoto, K., & Iwashita, T. (2006) A specific transporter for iron(III)-phytosiderophore in barley roots. Plant J., 46, 563–572.

8) Yamagata, A., Murata, Y., Namba, K., Terada, T., Fukai, S., & Shirouzu, M. (2022) Uptake mechanism of iron-phytosiderophore from the soil based on the structure of yellow stripe transporter. Nat. Commun., 13, 7180.

9) Namba, K., Murata, Y., Horikawa, M., Iwashita, T., & Kusumoto, S. (2007) A practical synthesis of the phytosiderophore 2′-deoxymugineic acid: a key to the mechanistic study of iron acquisition by graminaceous plants. Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 46, 7060–7063.

10) Drew, D. & Boudker, O. (2016) Shared Molecular Mechanisms of Membrane Transporters. Annu. Rev. Biochem., 85, 543–572.

11) Crisman, T.J., Qu, S., Kanner, B.I., & Forrest, L.R. (2009) Inward-facing conformation of glutamate transporters as revealed by their inverted-topology structural repeats. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 20752–20757.

著者紹介Author Profile

山形 敦史(やまがた あつし)

理化学研究所生命機能科学研究センター 上級研究員.博士(理学).

略歴

1997年大阪大学理学部卒業.2002年同大学院理学研究科博士課程修了.02~07年米国スクリプス研究所ポストドクトラルフェロー.07~18年東京大学定量生命科学研究所助教.19年より現職.

研究テーマと抱負

タンパク質複合体や膜タンパク質の構造と機能の解明.脳神経系に関わる分子の機能解明とその破綻による病気発症の仕組みの解明や,植物の光合成や膜輸送に関わる分子の構造・機能解明.

ウェブサイト

https://www.bdr.riken.jp/ja/research/labs/shirouzu-m/index.html

趣味

山登り,写真.

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