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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(2): 199-206 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960199

特集Special Review

糖鎖の深層理解のための分析技術糖鎖の定量解析技術が果たす役割Analytical techniques for deep understanding of significance of glycan: Roles and responsibilities of quantitative glycan analysis in biochemistry

1近畿大学薬学部創薬科学科Department of Pharmaceutical Sciences, Kindai University ◇ 〒577–8502 大阪府東大阪市小若江3–4–1 ◇ 3–4–1 Kowakae, Higashi-osaka, Osaka 577–8502, Japan

2大阪大谷大学薬学部Faculty of Pharmacy, Osaka Ohtani University ◇ 〒584–8540 大阪府富田林市錦織北3–11–1 ◇ 3–11–1 Nishikiori-kita, Tondabayashi, Osaka 584–8540, Japan

発行日:2024年4月25日Published: April 25, 2024
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ヒトのゲノム解読後,タンパク質や脂質に無限の多様性を与える糖鎖の情報を読み取ろうと,さまざまな糖鎖解析技術が開発されてきた.レクチンアレイやオービトラップ型質量分析装置の登場は,糖鎖研究のメインストリームとして活用され,プロテオミクスとの境界領域に踏み込んだ研究をも加速化させた.一方,既存の技術は時間平均的な糖鎖構造をながめているにすぎない場合が多く,必ずしも糖鎖特有のダイナミクスを把握できているとはいえない.糖鎖研究には,現状の解析技術をもってしてもカバーできていない領域が残されていると予想される.本稿では,これら糖鎖の未知領域に踏み込むための定量的糖鎖解析法として,マイクロチップ電気泳動による高スループット化技術や硫酸化/リン酸化などの糖鎖の二次修飾解析のための技術について紹介する.

1. 糖鎖解析技術の現状と糖鎖の深層理解に必要な分析技術

タンパク質や脂質を修飾する糖鎖は,マンノース(mannose:Man),ガラクトース(galactose:Gal),N-アセチルグルコサミン(N-acetyl-glucosamine:GlcNAc),N-アセチルガラクトサミン(N-acetyl-galactosamine:GalNAc),N-アセチルノイラミン酸(N-acetyl-neuraminic acid:NeuAc),フコース(fucose:Fuc)などの限られた単糖から構築され,生合成マシナリーも比較的厳密であるため,多様性は低いように思われがちである.実際には,単糖どうしがグリコシド結合を介して,糖鎖特有の分岐構造を含めた多様な構 造を形成するため多様性に富んでいる1).このような糖鎖の多様性は,糖転移酵素群の発現レベルの違いに左右されるだけでなく,糖転移酵素のドナー基質となる糖ヌクレオチド量にも影響を受ける.糖転移酵素のドナー基質依存性の観点からみてみると,たとえばN結合型糖鎖の分岐に関わるGlcNAc転移酵素は,その特異性ごとにUDP-GlcNAcに対するKm値が100倍以上も異なる2, 3).このことからも,N結合型糖鎖の分岐構造がUDP-GlcNAcレベルにも依存することが予想できる.一方,糖ヌクレオチドは,グルコース,グルタミン,アセチルCoAなどの代謝物ポートフォリオと考えれば,細胞内代謝の変化が糖鎖構造に影響することは容易に想像できるが,細胞内代謝と糖鎖構造の関係に着目した研究はあまり見当たらない.また,糖鎖基本構造の変化は,リン酸化や硫酸化など糖鎖の二次修飾にも影響し,種々の生体分子との相互作用に影響を及ぼしているはずである.糖鎖の面白さは,糖鎖の基本構造自体の変化が,NeuAcやFucによる末端修飾,リン酸化や硫酸化による修飾の変化につながるところにあり,その制御の仕組みに,糖鎖が持つ未知なる可能性が潜んでいるように思われる.

糖鎖の深層理解のために欠けている技術要素を分析的な観点から考えた場合,高スループットな定量解析技術があげられる.細胞内代謝と糖鎖構造の関係に踏み込もうとすると,統計解析処理を可能とするレベルのデータ量が必要であり,そのような研究テーマの実行には分離分析法のスループットの向上は不可欠であり,マルチキャピラリーDNAシーケンサーのような技術革新が望まれる.わが国で開発されたエバネッセント蛍光スキャナ/レクチンアレイは,糖鎖解析の高スループット化の道を拓いた革新的な技術であり,糖鎖プロファイリングの実行時の検出感度も高い.しかしながら,レクチンアレイは糖鎖エピトープを検出する手法であるため,個々の糖鎖の構造を定量的に解析できないという弱点もある.糖鎖の深層理解のために必要なもう一つの技術要素として,リン酸化や硫酸化による糖鎖の二次修飾があげられる.これらは,質量分析法で取りこぼしやすい構造情報であり,レクチンアレイでも検出できない.特に,リン酸化や硫酸化は質量分析において,m/zに基づく識別精度にも課題が残されている.結局のところ,プロテオーム解析の場合と同様に糖鎖分析においても,スループット性の改善とリン酸化や硫酸化による糖鎖の二次修飾の精度の高い解析法の開発が,糖鎖の深層理解に不可欠な要素であるように思われる.

2. キャピラリー電気泳動による血清グライコームの加齢変動解析

血清グライコームは,加齢や種々の疾患に伴う生体内の環境の変化を反映する.著者らは,ラットの血清グライコームの加齢による変動を,キャピラリー電気泳動法を利用して解析している4).キャピラリー電気泳動法は,高速液体クロマトグラフィーをしのぐ分離能を有し,レーザー励起蛍光検出器を利用した高感度検出が可能であり,キャピラリーカラムの洗浄や平衡化時間も短く,糖鎖分析の高スループット化を実現できる最有力候補といえる.

ラットの血清グライコームは,ヒトのそれと同様に非還元末端にNeuAcを持つN結合型糖鎖がほとんどであるが,ラットの場合はO-アセチル化されたNeuAcが観察される.Wisterラット血清グライコームについて,1週間ごとにその変化を追跡すると,N結合型糖鎖の分岐構造に大きな変動はみられないが,加齢に伴いNeuAcのO-アセチル化が亢進することがわかった(図1).NeuAcのO-アセチル化はO-アセチル転移酵素により触媒されるが,そのドナー基質がアセチルCoAであること,O-アセチル転移酵素の活性がCoA/アセチルCoA比により制御されることなどから,観察されたNeuAcのO-アセチル化の亢進は,加齢に伴う生体内の環境の変化を反映する可能性が示唆された.また,興味深いことに,加齢に伴うNeuAcのO-アセチル化は,高脂肪食摂取により抑制され,カロリー制限により顕著に亢進することもわかった.これらの成果は,高い分離能を有する分離分析によりなせる技によって得られたものであり,高速液体クロマトグラフィーによる分離では,NeuAcを持つN結合型糖鎖を,NeuAcのO-アセチル化の違いに基づき分離すること自体が困難であることからも,定量的糖鎖分析の重要性を示す好例といえる.最近,Jonesらによって,関節リウマチ患者血清中の免疫グロブリンGのN結合型糖鎖が,B細胞非依存的に血中に分泌された後にNeuAc修飾を受けることが報告された5).この例は,糖転移酵素群の発現解析情報からは病態に関連して変動する糖鎖構造を予測できない場合が存在すること,生命現象の中には糖鎖の定量解析からしかみえてこない情報が存在することを意味している5)

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図1 キャピラリー電気泳動による血清グライコームの加齢変動解析

ラット血清から調製した蛍光標識化N結合型糖鎖をレーザー励起蛍光検出キャピラリー電気泳動装置で分析し,ジシアロ二本鎖について,Neu5Ac/Neu5Ac型(a1),Neu5Ac/Neu5,9Ac型(b1),Neu5,9Ac/Neu5,9Ac型(c1)の加齢に伴う変化を追跡した.

3. マイクロチップ電気泳動による高スループット糖鎖解析とその応用

細胞内代謝と糖鎖構造の関係に着目し研究を行う場合,定量性を保ちながら多検体の高スループットな解析が求められる.特に糖鎖自体を対象とするグライコーム解析の場合,クロマトグラフィーに基づく分離分析法と蛍光検出あるいは質量分析を組み合わせて用いるが,分離分析工程の高速化と並列化が困難であり,本質的なスループット性の向上が難しい.著者らは,糖鎖の分離分析の高速化を実現できる技術として,マイクロチップ電気泳動法を活用する方法を開発している6).マイクロチップ電気泳動では,分離有効長が数cmと短く,糖鎖分析の高スループット化を実現できる上,複数の分離流路が形成されたマイクロチップを用いて分析するため,多検体の一斉解析も可能となる.現在,いくつかの機器メーカーよりマイクロチップ電気泳動装置が市販されているが,核酸類の分離を目的とした全自動装置を糖鎖分析に利用できる.検出方式は青色LED(475 nm)を励起光源とする蛍光検出であり,励起波長と蛍光波長がマッチする8-aminopyrene-1,3,6-trisulfonate(APTS)を蛍光標識剤として糖鎖をラベル化すれば高感度検出も可能である.糖鎖分離用のゲルバッファーとAPTS標識糖鎖溶液を数µL準備し,装置にセットし分析プログラムを始動すれば約3時間で96試料の分析が可能である.マイクロチップ電気泳動装置を用いた例として,抗体医薬品中糖鎖の分析について検討した.マイクロチップ電気泳動の分離能は高くないものの,抗体特有のモノガラクト二本鎖糖鎖異性体(G1FとG1F′)の分離は可能であり,非ヒト型のαGalエピトープを含む二本鎖糖鎖を含めて100秒以内での分離が可能であった.抗体医薬品中の糖鎖は,生物学的半減期や抗体依存性細胞障害活性などと密接に関わる他,非ヒト型糖鎖の混入と副作用発現の関係がしばしば問題となり,マイクロチップ電気泳動装置による分離分析技術は,抗体医薬品の重要品質特性を簡便かつ迅速に分析可能な糖鎖分析法となりうる.

糖鎖生合成に関わる細胞内代謝の変化は,がん治療標的である種々の増殖シグナルによって変化する.特に,ヘキソサミン生合成経路(hexosamine biosynthetic pathway:HBP)は,種々の細胞増殖シグナル経路を介して活性化され,グルコースやグルタミンの細胞内への流入と糖ヌクレオチド合成における利用率増加により,糖転移酵素のドナー基質となるUDP-GlcNAc量を増加させる.一方,N結合型糖鎖の高分岐化にかかわる糖転移酵素ほどUDP-GlcNAcに対するミカエリス定数(Km値)が高く,細胞内UDP-GlcNAc量と糖鎖の高分岐化は密接な関係がある.ヒトHepG2細胞をFGF(fibroblast growth factor)で刺激し,分泌糖タンパク質を分析すると,N結合型糖鎖量の増加とともに,複合型四本鎖糖鎖の相対含量が顕著に増加した(図2).特に,複合型四本鎖糖鎖のうち,Fucを2残基以上付加した糖鎖(図2中のピーク10, 11)の増加が顕著であった.このような複合型四本鎖糖鎖の増加は,上述したHBPの活性化によるものと推測しているが,糖鎖の変化自体がタンパク質の分泌制御の変化や,細胞増殖に関わる膜タンパク質のターンオーバー遅延などに関わっているのかもしれず,興味深い結果である.このような糖鎖–代謝連関に着目した解析を行う場合,コントロール群と薬物処理群,および併行精度評価のためのポイント数の増加などを考慮すると分析すべき試料数は膨大なものとなり,従来の分離分析法を用いてチャレンジするには覚悟がいるが,マイクロチップ電気泳動法の高スループット性を活用すれば,ELISA(enzyme-linked immunoassay)のような感覚でグライコーム解析に着手できるかもしれない.

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図2 ヒト培養がん細胞のFGF刺激によるN結合型糖鎖構造の変化の追跡

HepG2細胞を無血清培養液中FGFで24時間刺激した後,分泌タンパク質の糖鎖をAPTS標識し,マイクロチップ電気泳動装置で分析した.観察されるピークについては,入手可能な糖鎖標準品と種々の特異的グリコシダーゼ処理を組み合わせて帰属した.

4. 微細不均一性こそ糖鎖の本質?~マイナー酸性糖鎖解析~

前節で記載した多検体解析を可能にする簡便迅速な糖鎖分析技術は,マーカー探索研究やバイオ医薬品の品質評価等のさまざまな局面で利用されることが見込まれる.さらに,これらの手法を利用することで,大量の糖鎖解析データが取得可能となるため,より解像度の高いグライコミクスが今後展開されていくと期待される.一方で,簡便迅速な分析技術は,生体中グライコームのメジャー成分の検出が優先される傾向にあるため,グライコームマイナー成分を見逃す危険性を有している.質量分析装置の選択的イオン検出法を利用すれば,ある程度マイナー成分の測定にも対応可能であるが,あらかじめ測定する糖鎖構造の種類を選出しておく必要があるため,構造未知の微量糖鎖への対応は困難であると考えられる.

グライコームのマイナー成分としてあげられるのが,硫酸,リン酸およびグルクロン酸等の酸性分子を有した糖鎖群(マイナー酸性糖鎖)である.これらのマイナー酸性糖鎖は,さまざまな疾患への関与が示唆されている.たとえば,硫酸化糖鎖の一種は高内皮細静脈上に存在することが知られており,リンパ球上のL-セレクチンと結合することで,リンパ球のホーミング現象を促す.この,硫酸化糖鎖とL-セレクチンとの相互作用は,慢性胃炎や慢性大腸炎の発症にも関与すると考えられている7, 8).一方,リン酸化糖鎖の一種は,筋組織中の細胞表面に存在するα-ジストログリカン上に見いだされており,基底膜に細胞をつなぎ止めるため,細胞外マトリクスと結合している9).このリン酸化糖鎖の生合成に異常が生じると,基底膜と細胞の結合が失われ,筋組織が崩壊し,筋ジストロフィーを発症することが明らかにされている10).また,グルクロン酸糖鎖の一種は神経組織に存在し,神経ネットワークの形成に重要な役割を果たすことが明らかになっており11),ニューロパチーやアルツハイマー病の発症に関与することが示唆されている12, 13).したがって,マイナー酸性糖鎖の構造変化や発現量変動の追跡は,グライコミクスにおける優先度として決して低いものではないが,含量の低さから前述する大規模迅速分析法では対応しにくい.このような背景から,マイナー酸性糖鎖に焦点を当てた解析手法が必要になると考えられる.

1)マイナー酸性糖鎖解析手法の開発

マイナー酸性糖鎖を解析する上でまず問題となるのは,生体グライコームからこれらの糖鎖を分画する方法である.特定のエピトープや構造を有する糖鎖群を分画する場合には,レクチンや抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーが選択されるが,マイナー酸性糖鎖を網羅的に捕捉できるレクチンや抗体は現在のところ存在しない.リン酸化糖鎖についてはPhos-tagや金属アフィニティークロマトグラフィー等のリン酸化プロテオミクス14)で使用される手法も適用できるが,糖鎖上に存在するリン酸基はGlcNAcやリビトール等が付加したジエステル構造を形成することがあるため9, 15),リン酸化プロテオミクス手法では捕捉できないリン酸化糖鎖が存在する.一方,硫酸化糖鎖については,完全メチル化法と陰イオン交換クロマトグラフィーを組み合わせたSulfoglycomicsが報告されているが16),本法ではリン酸化糖鎖やグルクロン酸化糖鎖は回収できない.このように,マイナー酸性糖鎖の分画法の開発は進められているが,万能と呼べる手法は確立していない.また,前述する分画法に加えて,硫酸化糖鎖とリン酸化糖鎖の識別がマイナー酸性糖鎖解析の技術課題としてあげられる.糖鎖上に存在する硫酸基(HSO3;Mw=79.9568)とリン酸基(H2PO3;Mw=79.9663)の質量差はごくわずかであり,微量糖鎖の主な分析手段となる質量分析での両者の識別には労力が求められる.高分解能な質量分析装置を用いることで,両者の区別が可能といわれているが,生体試料中の微量かつ複雑な構造を有する糖鎖を解析する場合には,装置の性能を発揮できない場合が多い.

上記のような技術課題を解決するため,我々はマイナー酸性糖鎖の網羅的な解析手法を開発している17).我々の手法は,まず生体試料から調製した蛍光標識化糖鎖をノイラミニダーゼで消化し,糖鎖上のシアル酸類を除去する.この操作により,シアル酸修飾の情報は失われるが,負電荷を有する糖鎖がマイナー酸性糖鎖群のみとなる.この糖鎖試料をセロトニン固定化カラムに導入すると,負電荷を有するマイナー酸性糖鎖のみがカラム中に保持され,他のグライコーム成分と分離することができる.また,カラムに保持されたマイナー酸性糖鎖は低濃度の揮発性塩の水溶液で溶出されるため,減圧乾固すれば特別な脱塩操作なしにマイナー酸性糖鎖を回収することができる.この方法であれば,リン酸化プロテオミクス手法では回収できないホスホジエステル構造を有する糖鎖も回収することが可能である.さらに,マイナー酸性糖鎖画分をNH2カラムを用いた親水性相互作用クロマトグラフィー(hydrophilic interaction chromatography:HILIC)で分離すると,硫酸化糖鎖,リン酸化糖鎖およびグルクロン酸化糖鎖をグループセパレーションできる.すなわち,HILIC分析を用いることで,硫酸化糖鎖とリン酸化糖鎖の識別と,マイナー酸性糖鎖の定量解析が可能である.上記の2種類の分離分析技術を組み合わせることで,生体試料中のマイナー酸性糖鎖の網羅的な解析を可能にした.

2)培養がん細胞中のマイナー酸性N結合型糖鎖の解析

開発した手法を用いて,分化度の異なる2種類の胃腺がん細胞中のマイナー酸性N結合型糖鎖を解析した(図317).細胞から調製したマイナー酸性糖鎖画分をHILICで分析すると,両細胞ともに溶出時間35~42分に硫酸化複合型糖鎖が,溶出時間50分以降にリン酸化高マンノース型糖鎖が観察された(図3A).さらに42~45分に,リン酸ジエステル含有糖鎖が検出された.両細胞間のクロマトグラムを比較すると,リン酸ジエステル構造を有する糖鎖の発現状況が大きく異なっていた.さらに,クロマトグラム上に観察されるピーク面積値から各酸性糖鎖の含量を算出し,両細胞間で比較すると,硫酸化糖鎖とリン酸化糖鎖の発現量は,低分化型胃腺がん細胞(MKN45細胞)の方が,高分化型胃腺がん細胞(MKN7細胞)よりも高いことが明らかになった(図3B).一方,リン酸ジエステル含有糖鎖の発現量は,MKN7細胞の方が著しく高かった.リン酸ジエステル含有糖鎖はリン酸化糖鎖の生合成の過程で合成される中間体であり,リン酸ジエステル構造から末端に存在するGlcNAcが除去されることで,リン酸化糖鎖に変換される(図3C15).したがって,MKN7細胞ではMKN45細胞に比べてリン酸化糖鎖の中間体が多く発現していることが示唆された.また,各糖鎖の定量値から全リン酸化糖鎖に占めるリン酸ジエステル含有糖鎖の割合を算出したところ,MKN45細胞では20%以下であるが,MKN7細胞では50%近くがリン酸ジエステル含有糖鎖であることが明らかになった(図3D).この結果から,MKN7細胞ではリン酸化糖鎖の生合成(図3C経路①)がMKN45細胞に比べて亢進しているというよりは,ホスホジエステル含有糖鎖からリン酸化糖鎖への変換(図3C経路②)が滞っている可能性が高いと考えられる.一般的に,リン酸化高マンノース型糖鎖は,リソソーム酵素上に発現しており,ゴルジ体膜上のM6P receptors(MPRs)を介したリソソーム酵素の輸送に関与している15).リン酸化糖鎖の生合成の起点(図3C経路①)を担うN-acetylglucosamine-1-phosphotransferase(GNPT)の発現や機能異常は,種々のリソソーム病を引き起こすことが知られている15).一方,ホスホジエステル構造からリン酸化糖鎖への変換反応(図3C経路②)を担う,N-acetylglucosamine-1-phosphodiester α-N-acetylglucosaminidase(NAGPA)については,非症候群性吃音発症に関連するとの報告例18)もあるが,疾患との関係はほとんど明らかにされていない19).我々の取得した結果は,がん細胞の分化とNAGPAが関与する生合成経路に何らかの関連があることを示唆するものであり,謎の多いNAGPAの機能解析研究を進める上で有用な情報であると考えられる.

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図3 培養がん細胞中のマイナー酸性N結合型糖鎖の解析

(A)高分化型胃腺がん細胞(MKN7細胞)と低分化型胃腺がん細胞(MKN45細胞)から調製した蛍光標識化マイナー酸性糖鎖画分をNH2カラムを用いたHILICで分析した.(B) HILIC分析で得られたクロマトグラムから硫酸化糖鎖,リン酸化糖鎖およびリン酸ジエステル含有糖鎖の総量(5.0×105細胞あたり)を算出し,MKN7細胞とMKN45細胞間で比較解析した.(C)一般的なリン酸化N結合型糖鎖の生合成経路を示す.リン酸化糖鎖の生合成はホスホジエステルを形成する経路①とホスホジエステル結合でつながれたGlcNAcが切除される経路②を経て行われる.(D)リン酸化糖鎖量とホスホジエステル含有糖鎖量の総和を100%としたときの,ホスホジエステル含有糖鎖の割合を算出し,2種類の細胞間で比較した.

3)ヒト血清中のマイナー酸性N結合型糖鎖の解析

我々は,細胞だけでなくヒト血清中のマイナー酸性N結合型糖鎖解析を実施した20).ヒト血清から調製したマイナー酸性糖鎖画分をHILICで分析すると,溶出時間38~42分に硫酸化複合型糖鎖が,53分にリン酸化混成型糖鎖が観察された(図4A).さらに,44分付近に硫酸化糖鎖やリン酸化糖鎖に帰属できない,非常に強度の強いピークが観察された.このピークを分画し質量分析すると,グルクロン酸化されたN結合型糖鎖が観察された(図4B20).一般的に,グルクロン酸化されたN結合型糖鎖は,付加したグルクロン酸が硫酸化されHNK-1エピトープ構造を形成することが多く,硫酸基を有さないグルクロン酸化N結合型糖鎖の存在は一部の臓器に限定されると考えられている.しかしながら,我々の解析手法を用いてヒト血清中のN結合型糖鎖を解析すると,多くの健常者血清で非硫酸化グルクロン酸化糖鎖が観察された.したがってこれらのグルクロン酸化糖鎖はヒト血清中に普遍的に存在していると考えられる.これまで,ヒト血清中のN結合型糖鎖解析は非常に多くの研究機関が実施しており,多検体を対象とした大規模解析例の論文も多く報告されている.しかしながら,いずれの論文にも我々が見いだしたグルクロン酸化糖鎖やリン酸化糖鎖については報告されていなかった.この点から我々の分析アプローチは,既存の解析手法で見逃される糖鎖群の検出に有用であると考えられる.さらにいくつかの健常者血清と膵臓がん患者血清中のマイナー酸性糖鎖を比較解析すると,膵臓がん患者血清中で,硫酸化糖鎖の増加とグルクロン酸化糖鎖の減少が観察された(図4C).特に,一部の膵臓がん患者血清ではグルクロン酸化糖鎖の含量が著しく低下していた.血中グルクロン酸化N結合型糖鎖の発現変動に関するグルクロン酸転移酵素の情報はこれまでにないが,異物のグルクロン酸抱合に関与するUDP-グルクロン酸転移酵素の活性の低下は腫瘍のリスク要因となることが知られている21).さらに,がん組織ではUDP-グルクロン酸転移酵素の活性が低下することも報告されており22),組織のがん化に伴いグルクロン酸化反応が低下しているとうかがえる.これらの報告例は,膵臓がん患者血清でグルクロン酸化N結合型糖鎖の発現量が低下するという結果と相関しているように思われる.今後さらなる調査が必要であるが,グルクロン酸化糖鎖の腫瘍マーカーへの応用が期待される.以上のようにマイナー酸性糖鎖に焦点を当てた解析を実施することで,今まで見逃されていた糖鎖修飾の変化が観測できるようになった.

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図4 ヒト血清中のマイナー酸性N結合型糖鎖の解析

(A)ヒト血清から調製した蛍光標識化マイナー酸性糖鎖画分をNH2カラムを用いたHILICで分析した.(B) HILCのクロマトグラム中のピークXを分画し,MALDI-QIT-TOF MS(matrix assisted laser desorption/ionization-quadrupole ion-trap-time of flight mass spectrometry)で測定した.(C)健常者17検体,膵臓がん患者15検体からマイナー酸性糖鎖を調製し,各マイナー酸性糖鎖の相対量を算出し,健常者と膵臓がん患者間で比較した.

5. おわりに

糖鎖の解析手法を概観すると,LCによる定量情報取得とESI-MSによる構造推定を組み合わせた分析法であるLC-ESI-MS(MSn)とレクチンアレイ法に落ち着きつつあり,目覚ましい進展は見受けられない.一方,ゲノム/プロテオーム解析に目を向けると,次世代シーケンシング技術,デジタルPCR,シングルセルウェスタンブロッティングなど次々と新規技術が登場し,それに呼応するかのように未踏領域への挑戦が続いている.糖鎖はゲノム/プロテオームと異なり,解析が困難な対象であることは間違いないが,それゆえに未踏領域の範囲も広いはずである.本稿冒頭にも述べたように,現在の糖鎖解析技術は時間平均的な糖鎖構造をながめているにすぎないが,その原因は解析できる範囲に制約があったからにすぎず,本稿で紹介した高スループット定量的糖鎖解析技術や硫酸化/リン酸化などの糖鎖の二次修飾解析技術が,これまで見逃されてきた(あるいは目をつぶってきた?)糖鎖の変化を捉え,その機能の深層理解につながるものと期待される.

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21) Hu, D.-G., Mackenzie, P.-I., McKinnon, R.-A., & Meech, R. (2016) Genetic polymorphisms of human UDP-glucuronosyltransferase (UGT) genes and cancer risk. Drug Metab. Rev., 48, 47–69.

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著者紹介Author Profile

木下 充弘(きのした みつひろ)

近畿大学薬学部 教授.博士(薬学).

略歴

1997年近畿大学薬学部卒業.99年同大学院薬学研究科博士前期課程修了.99年近畿大学薬学部助手.2008年近畿大学薬学部講師.16年近畿大学薬学部准教授.22年より現職.

研究テーマと抱負

既存の分析技術をより汎用性の高い糖鎖解析技術へ改良し,生命科学研究者に広く利用される分析技術を開発しています.また,糖鎖の定量解析に基づき,糖鎖-代謝連関を理解し,細胞レベルでの糖鎖の時空間的役割の解明を目指しています.

趣味

海釣り,ハードロック鑑賞,歴史小説.

山田 佳太(やまだ けいた)

大阪大谷大学薬学部 講師.博士(薬学).

略歴

2005年近畿大学薬学部卒業.10年同大学院薬学研究科博士後期課程修了.10年香川大学研究推進機構総合生命科学研究センター助教.12年近畿大学薬学部研究員.14年大阪大谷大学薬学部助教.16年より現職.

研究テーマと抱負

グライコミクスで見逃されるマイナー成分を標的とした分析技術の開発を進めています.更なる分析技術の向上と,取得した糖鎖分析結果を機能解析に応用することが今後の課題です.

趣味

ドライブ,音楽,神社参拝.

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