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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(2): 207-214 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960207

特集Special Review

糖鎖バイオマーカーの新展開とレクチン治療New prospective for glyco-biomarkers and lectin therapy

大阪大学大学院医学系研究科生体病態情報科学講座分子生化学研究室Osaka University, Graduate School of Medicine, Department of Molecular Biochemistry and Clinical Investigation ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘1–7 ◇ 1–7 Yamada-oka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2024年4月25日Published: April 25, 2024
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本稿では,我々が長年研究を続けてきた糖鎖バイオマーカーであるフコシル化ハプトグロビンに関する研究を中心に概説し,次世代型糖鎖抗体(糖鎖とペプチドを同時に認識する抗体)の出現によってみえてきた新しい展開を紹介する.nativeな糖タンパク質を認識できる抗体の作製は予想どおり至難で,我々が作製した次世代型糖鎖抗体10-7G mAbは,糖鎖の構造変化に伴って出現した新たなエピトープを認識したものであったが,その抗体によってハプトグロビンの前駆体ががん患者の血中に存在することに気づいた.そして,10-7G値が新たながんバイオマーカーであることを見いだした.また,特定の糖鎖構造を捉えるレクチンは,糖鎖解析のツールとして用いるだけでなく,一部の疾患の治療薬に利用できるかもしれない.本稿ではコアフコースを認識するレクチンが秘める,B型肝炎ウイルスの新しい治療薬としての可能性に関しても言及する.

1. はじめに

第三の生命鎖とも呼ばれる糖鎖が,革新的な医療技術として応用されることへの期待度が,ますます高まってきた.実際に臨床応用されている腫瘍マーカーの多くが糖鎖に関連したものといえる.近年の微量解析技術の進歩に伴って,さらに新しい糖鎖バイオマーカーが開発されつつある.本稿では,我々が長年研究を続けてきたフコシル化ハプトグロビンに関する研究を中心に概説し,次世代型糖鎖抗体(糖鎖とペプチドを同時に認識する抗体)の出現によってみえてきた新しい展開を紹介する.さらに,レクチンを用いたB型肝炎ウイルスの新しい治療薬としての可能性に関しても言及する.

2. 糖鎖バイオマーカーの歴史と最新の動向

糖鎖は細胞の表面のタンパク質,脂質に結合する糖分子の鎖状構造のことであり,正常細胞とがん細胞で大きくその構造が変わることから“細胞の顔”とも呼ばれる.がん化に伴って出現する異常糖鎖に対するモノクローナル抗体は,腫瘍マーカーとして臨床検査に使われている.その歴史を振り返ってみると1980年代の腫瘍マーカー黄金期に多くの糖鎖バイオマーカーが開発されたが,この時期にはまさにモノクローナル抗体という画期的な科学技術の革新があった(図1A).がん細胞が産生する異常タンパク質は1980年以前にがん胎児抗原として発見されていた.がんにおける異常はがん胎児抗原といった新しいタンパク質の遺伝子発現の増加よりも,むしろ糖鎖などタンパク質の翻訳後修飾が大きく変化するという現象の方が多いのかもしれない.2000年前後よりゲノム科学と微量分析の技術が進歩し,いわゆるOMICS研究が進歩した.OMICS研究によって,無数ともいえるバイオマーカーの候補が登場し,それと同時にいくつかのバイオマーカーを組み合わせた指標が登場するようになった.

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図1 腫瘍マーカーの歴史と肝臓がんの新しい糖鎖バイオマーカー

(A)1980年代にモノクローナル抗体開発技術の出現によって腫瘍マーカーの黄金時代を迎え,今日臨床で用いられている多くの腫瘍マーカーが,この時期に生まれた.微量解析技術の進歩に伴い,21世紀は第二の腫瘍マーカー黄金期を迎えている.赤色は肝臓がんに関連したバイオマーカー.腫瘍マーカー臨床マニュアル(1999, 大倉久直他編,医学書院)p.4の図1を改変して引用.(B)各種肝疾患における血中グリピカン3(GPC3)濃度.肝臓がんで特異的に上昇が認められた.Capurro M, et al. (2003) Gastroenterology 125(1):89-97よりp.95のFig.5を改変して引用.(C)肝臓の線維化進展に伴う血中M2BPGi値.シスメックス社のMac-2結合蛋白(M2BP)糖鎖修飾異性体キットの添付文書(2023年3月,第6版),p.3の図を引用.

1990年代にFilmus博士によって発見された小腸の分化に関わる遺伝子グリピカン3(GPC3)は,最後の肝臓がん単一バイオマーカーと呼べるものかもしれない.GPC3は肝臓がんに非常に特異的に発現し,血中GPC3の濃度も慢性肝疾患に比較して有意に上昇していた1)図1B).GPC3はプロテオグリカンの一つで,まさに糖鎖バイオマーカーである.AFP, PIVKA-II, AFP-L3に続く第四の肝臓がんの腫瘍マーカーとして非常に期待されたが,今日まで臨床応用には至っていない.当時,筆者らは日本の肝硬変患者の血清でGPC3を測定した結果,数例で陽性を示した.Filmus博士は日本の肝臓がん診断は本当に正しいのか?と疑問を抱かれたが,何とこれらの肝硬変患者の多くで2~3年後に肝臓がんが発見された.肝臓がんの診断におけるGPC3のマーカーとしての精度は非常に高いのではないかと今も思っている.一方,産総研の成松らによって,グライコプロテオミクスの手法を用いて同定された肝臓の線維化マーカーであるM2BPGi(Mac-2 binding protein glycosylation isomer)は,まさに最新の糖鎖バイオマーカーといえる2).健常人でも血中に存在する糖タンパク質であるM2BPは,肝臓の線維化の進展に伴って糖鎖構造が変化し,レクチンアレイを用いた解析の結果WFA(Wisteria floribunda agglutinin)と反応する糖鎖修飾が増加していくことが明らかになった.シスメックス社製の全自動免疫測定装置HISCLの登場によりM2BPGiの簡易測定が可能となり,肝線維化進展度を反映する新規糖鎖バイオマーカーとして,2015年1月には保険収載もされている(図1C).レクチンの特異性の低さや糖鎖との結合力の弱さから開発当初は,臨床応用が困難であると考えられていた.測定キットの開発社であるシスメックス社はM2BPが生体内では多量体を形成していることに注目し,WFAと多点結合を可能にするような方法を開発し,avidity(多価)効果を利用することで,わずか17分での測定を可能にした.その後の研究で,M2BPGiは肝臓の線維化マーカーだけでなく肝発がん予測の指標となるとともに3, 4),M2BPタンパク質そのものも肝硬変の予後予測を可能とするバイオマーカーとしても注目されている4).糖鎖バイオマーカーはAFP-L3を除き,特異性が必ずしも高くないのが問題点だが,さまざまな疾患で測定してみると当初の発想を超える多様性を秘めた波及効果を呼ぶのではないだろうか.

3. フコシル化ハプトグロビンの発見と臨床応用

我々の研究室では,フコシル化(フコースによる糖鎖修飾)とがんに関する研究を永らく続けてきた.ちょうど分子生化学研究室が立ち上げられた当初,大学院生の一人が膵臓がんの患者血清中に健常者ではみられない分子量4万のフコシル化タンパク質を見つけ,質量分析の結果フコースが結合したハプトグロビン(Hp)であることがわかった(図2A5).その後Hpのポリクローナル抗体(F(ab)2化)を固相化し,ビオチン化したAAL(Aleuria aurantia lectin)を二次抗体として血中フコシル化ハプトグロビン(Fuc-Hp)を測定するレクチン抗体ELISA(enzyme-linked immunoassay)キットの開発に成功した(図2B).このキットを使って多くの臨床検体を測定した結果,Fuc-Hpは多くのがん患者や肝疾患で上昇することがわかった6).その後の検討でわかったことだが,固相化抗体をHpのモノクローナル抗体に変えたり,レクチンをPhoSL(Pholiota squarrosa lectin)に変えたりすると測定値も変わることがわかった.その原因としてはレクチンと糖鎖の結合力の弱さ/特異性の問題と血中Hpの分子構造の複雑さによると考えられる.実際にHpには遺伝子型がHp1-1, Hp1-2, Hp2-2の3種類存在し,Hp1-1の人(日本人の5~10%)では,Hpがフコシル化されていても,上記のキットを用いて測ったFuc-Hpの測定値は感度以下になることもわかった7).M2BPGiの場合は多量体を形成することを利用してレクチンとの結合を強め臨床応用を可能にしたが,今後新しく発見されるすべての糖鎖バイオマーカーが同様にうまくいくとは限らない.またFuc-HpとM2BPGiいずれの場合も,これらのタンパク質と結合する他の糖タンパク質が存在した場合,AAL-ELISA法では過大に評価されたり,偽陽性として検出されることが懸念される.

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図2 フコシル化ハプトグロビン(Fc-Hp)について

(A)膵臓がん患者の血清中に,分子量約4万のAALと強い親和性を示し,タンパク質量は変化しないバンドを見つけ,MS解析の結果ハプトグロビンのβ鎖であることを同定し,フコシル化も確認した.文献5のFig.1を改変して引用.CBB:Coomassie Brilliant Blue染色法,WB:Western Blotting法.(B)F(ab)2化した抗ハプトグロビン抗体を固相化し,捉えたハプトグロビンの糖鎖にAALレクチンが結合するという,レクチン-抗体ELISAの原理.(C)Hpの遺伝子型がHp1-1の場合,フコシル化の有無にかかわらずHV(健常人)とPC(膵がん症例)のFuc-Hpは感度以下となり,実際に測定することができない.Hp2-1およびHp2-2の場合は,PCの方がHVに比較してFuc-Hpの値は有意に高かった.文献7のFig.3Aを改変して引用.(D)Hpの表現型によるHpの立体構造.文献7より改変して引用.

これらの問題を解決するために,糖鎖とタンパク質を同時に認識する次世代型糖鎖抗体の作製に取り組んだ.Fuc-Hpを直接認識する抗体を獲得するため独創的なスクリーニング法を使って樹立された次世代型糖鎖抗体10-7G mAbは,Fuc-HpだけでなくHpの前駆体であるプロハプトグロビン(prohaptoglobin:proHp)も認識することがわかった8).市販のフコシル化されていないHp製剤とがん細胞由来のFuc-Hpを100 : 1で混ぜたサンプルを,10-7G mAb抗体アフィニティーカラムで解析した結果,溶出画分には分子量4万のフコシル化されたHpのβ鎖と分子量7万のproHpが検出されたのである.10-7G mAbのエピトープ解析を行った結果,予想に反してエピトープは糖鎖修飾が起こるアミノ酸配列をもたないHpのα鎖にあった.つまりproHpのα鎖を10-7G mAbは認識できるが,成熟したHpのα鎖はβ鎖に覆われて10-7G mAbが認識できない.しかしβ鎖に結合するN型糖鎖がフコシル化されるとHp全体の立体構造が変化して,10-7G mAbのエピトープにあたるα鎖の部分が露出するのである.つまり,10-7G mAbはHpのコンフォメーションを認識する抗体で,直接糖鎖を認識しているわけではないが,フコース構造をもつ糖鎖によって修飾されたHpの立体構造も認識するため,proHpとともにFuc-Hpを特異的に認識する抗体であることが明らかになった.10-7G mAbを使ったELISAで血中Fuc-Hpを測定した10-7G値は,膵臓がんの他に大腸がん,炎症性腸疾患なども高値を示すことがわかった(図2C, D).特に炎症性腸疾患の一つである潰瘍性大腸炎の場合,現在臨床で使われているどのバイオマーカーよりも大腸内視鏡で観察した腸管の炎症の程度と10-7G値は強い相関を示した9).10-7G mAbがproHpを捉えているのかFuc-Hpを捉えているのか判断するには,現状ではウェスタンブロッティングによる検証が必要である.従来のAALレクチン-抗体ELISA(AAL-ELISA)法で測定したFuc-Hpと10-7G値の相関係数は,疾患によって異なるが,0.2~0.3程度で必ずしも高くはない.つまり,二つのFuc-Hp測定キットは,別のタイプのFuc-Hpを測定していることになる.10-7G ELISA法の測定値はAAL-ELISA法に比較すると安定しており,実際の臨床診断キットとして活用できるのではないかと期待している.

4. proHpの生物学的作用生物学的機能の可能性

10-7G mAbの樹立によってその重要性が明らかになったproHpはハプトグロビンの前駆体である.proHpは主に肝臓で産生され,これを成熟化させるプロテアーゼC1RLは肝臓特異的に産生されるため,10-7G mAbによって検出されたproHpは疾患に関わる臓器や細胞で異所性に産生されていると考えられる.データベース検索によると,ハプトグロビンを少量だが産生する組織として腎臓や肺,血球系細胞がある(The Human Protein Atlas:https://www.proteinatlas.org/).実際にヒト血球細胞株でproHpの産生を検討した結果,予想どおり一部の細胞でHpの遺伝子発現とproHpの産生を確認でき,腫瘍内の低酸素環境に曝された細胞や単球から分化したマクロファージでproHpの産生が増加することを見いだした10).また10-7G mAbを使った免疫組織学的な検討から,proHpはがん細胞周辺の血球細胞や炎症が強く起こっている炎症性腸疾患の腸管リンパ球で産生されていることがわかった.血中proHpをがんや炎症性腸疾患のバイオマーカーとして報告してきたが8, 9),今後はその生物学的機能を探索していくフェーズになりつつあると考えられる.最近我々は,腎臓がん患者の血中proHpは免疫チェックポイント阻害薬の治療予測効果に重要であるという論文を発表した11).したがってproHpはがん微小環境での免疫調節に関与する可能性がある.

proHpの生物学的機能については,腸管のタイトジャンクションの調整因子であること,がん組織での血管新生を促進する因子の一つであること,肝臓がんの上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transformation:EMT)を抑制する機能を持つことなどが報告されているが,真の機能はまだわかっていない.我々は以前に10-7G値を測定した大腸がん患者99症例の血清中のproHpを,ウェスタンブロッティングによる半定量で測定した12)図3A, B).すると10-7G mAb ELISAでみられたようなStage IVでのFuc-Hpの増加は認められず,各臨床病期での優位な変化は認められなかった.肝臓の転移を伴わない腎臓がん患者の血清でAAL-ELISA法,10-7G mAb ELISA法,10-7G mAbによるウェスタンブロッティング法でFuc-Hp, proHpの測定値を比較したところ,AAL-ELISAと10-7G mAb ELISAとの相関関係は上述のようにあまり高くないが,10-7G mAb ELISAとウェスタンブロッティング法の測定値は非常に高い相関係数を示した(図3C, D).proHpの高値/低値の二群に分けて大腸がん患者の予後を検討したところ,proHp高値例ではproHp低値例に比較して術後無再発期間,生存期間が有意に低かった.さらに,いくつかの大腸がん細胞株にproHpを過剰発現させたところ形態変化とE-cadherinの発現低下を認めた(図3E).ウェスタンブロッティングの結果からもE-cadherinタンパク質の発現低下とsnailの発現低下が確認できたので,proHpの過剰発現は大腸がん細胞のEMT様変化を誘導するのかもしれない.この結果は肝臓がん細胞とは逆の結果になるため,もしかしたらproHpは細胞ごとに受容体が変わり,その生物学的作用も多彩であるのかもしれない.いずれにしても大腸がんにおいて,proHpは生物学的作用を持つ新しいバイオマーカーといえる.大腸がん,腎臓がんのバイオマーカーとしてのproHpの意義に関する研究を行った感触として,これまでAAL-ELISA法で測定したFuc-Hpとはまったく異なり,がんの微小環境の炎症,免疫状態を反映するとともに,proHpにはがん細胞に対しても何らかの生物学的相互作用を示す可能性がと考えている.今後,遺伝子改変技術などを用いてさらなるproHpの生物学的機能の解明,proHp受容体の同定,proHpの発現制御機構に関して研究を続けてゆきたいと思う.

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図3 大腸がんのバイオマーカーとしてのproHpの意義

(A)10-7G抗体を使ったウエスタンブロット解析.大腸がん患者血清4例とproHp過剰発現させたHEK293細胞の培養上清(PC).*は,proHp断片を示す.(B)大腸がんの臨床病期とウエスタンブロットで半定量した血中proHpとの関係.(C)AAL-ELISA法で測定したフコシル化ハプトグロビン(Fc-Hp)と10-7G値との相関.(D)ウエスタンブロットで半定量した血中proHp値と10-7G値との相関.(E)ProHpを過剰発現させたヒト大腸がん細胞株HCT116細胞の抗E-cadherin抗体を用いた蛍光免疫染色.E-cadherinの局在部位が緑色で,DAPIにより染色された核が青色で示されている.文献12より改変して引用.

5. B型肝炎ウイルスに対するレクチン治療の可能性

糖鎖は細胞表面に大量に存在し,プロテオグリカンや糖タンパク質の糖鎖で構成される糖衣,すなわちグライコカリックス(糖衣)として電子顕微鏡で可視化される.同様に,ウイルスも外膜表面にびっしりと糖鎖の衣をまとい,宿主への感染効率を上げたり,免疫系の監視の目を欺いたりするのに利用しているという多数の論文が発表されている.近年注目度が高いCOVID-19(coronavirus disease 2019)が宿主への感染効率を上げるのに糖鎖を用いている例を一つ紹介する.

コロナウイルスの表面タンパク質であるスパイクタンパク質をコンピュータシミュレーションしてみると,糖鎖がびっしりと巻きついているのが明らかになった13).しかし宿主への侵入に重要なスパイクの受容体結合ドメイン(RBD)だけ糖鎖はなくツルツルで,糖鎖の衣から飛び出ているような構造をしていた.むき出しのRBDの代わりにRBDの根元にある糖鎖がRBDが飛び出すのを支えるような構造をしていた.根元の糖鎖をコンピュータ上で削除すると,RBDの構造が見事に崩壊し,感染効率が低下するという非常に面白い結果になった.糖鎖に対して分子生物学的なアプローチだけではなく,コンピュータシミュレーションを使った研究手法をとることは,糖鎖研究者以外の研究者に対して糖鎖がいかにウイルスの感染に重要な役割を担っているかの理解を促す効果的なアプローチといえる.

このようにウイルスの糖鎖が感染効率に関与するということは,糖鎖をウイルス感染対策の対象にすることも可能ということである.実際,糖鎖を認識するレクチンは抗ウイルス作用を持つことが多く報告されている.植物由来のレクチンは自然由来のため,副作用の出現が比較的低く臨床応用できる可能性がある.我々が長年研究を続けてきたPhoSLというレクチンは食用キノコであるスギタケ由来のレクチンであり,コアフコースを特異的に認識する14).後述するように,このPhoSLを応用しB型肝炎を克服するための治療開発に向けた研究課題がAMEDプロジェクトに採択されていた.B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)はB型慢性肝炎の主な原因ウイルスであり,全世界で3億5000万人が感染しているといわれており,そのうち日本では約130万人が感染していると推定されている(日本肝臓学会「肝がん白書」より).この数字によると全世界の20人に1人,日本では100人に1人が感染している計算になる.近年はHBVワクチンの推奨によって,HBVキャリアの率は少し下がってきているものの,一部のB型慢性肝炎患者は慢性肝炎,肝硬変,さらには肝臓がんへと進行していくため依然として治療法の進歩が必要な疾患である.C型肝炎では,DAA(direct-acting anti-virus agent)と呼ばれるウイルスに直接作用する経口治療薬が2015年に登場し,完治可能なウイルス性肝炎になった.B型肝炎の治療薬である核酸アナログ製剤によってHBVの増殖を抑えることが可能であるが,投薬を中止できるケースは非常にまれである.またウイルスを排除できるインターフェロンの奏功率は20%前後と低く,副作用がある点が問題点といえる.そこでHBV研究者の総力をあげたHBV治療薬開発のためのAMED研究がスタートした.

多くの糖鎖改変肝臓がん細胞に対してHBVの疑似ウイルスであるBNC(Bionanocapsule)を用いた感染実験を行った結果,宿主細胞に発現する糖鎖構造のうち,コアフコース構造がBNCの感染に最も重要であることがわかった15).すなわち,遺伝子操作で肝がん細胞のコアフコースを減少させるとBNCは細胞表面に接着するが細胞内には取り込まれないことがわかった.そこでコアフコースを特異的に認識するPhoSLがヒトHBVの感染を阻害するか否かを検討した16).ヒトHBV受容体であるNTCP(sodium-taurocholate cotransporting polypeptide)を過剰発現させたHepG2細胞(C4細胞)をPhoSLで処理した後,濃縮したHBV粒子を感染させHBV関連タンパク質やHBV関連遺伝子の発現変化をみた.高濃度のレクチンには細胞障害活性があるため,事前に細胞障害を与えないPhoSLの使用濃度を検討した.図4Aに示すように,予想以上に強いHBV感染抑制効果が認められ,PhoSLの濃度に依存して細胞培養上清に分泌されるHBe抗原の量が低下した.さらに,細胞内HBV増殖複製の指標であるcccDNA(covalently closed circular DNA)もPhoSL濃度に依存して減少した(図4B).現在臨床的に使われている核酸アナログ製剤ではこのcccDNAが減少しないため,休薬によってHBVが再燃する.PhoSLをリード化合物として創薬を行うことでcccDNAを除去する作用をもった新薬が開発される可能性がある.薬の開発には,細胞表面に存在し,HBVの感染に関わるPhoSLの標的糖タンパク質の同定と感染成立のための分子機構を解明する必要がある.我々はPhoSLを用いたプルダウンアッセイ法でPhoSL認識糖タンパク質を濃縮した後,グライコプロテオミクスの手法を用いて,HBVの感染を阻害するPhoSL標的分子の同定を試みた.459の糖タンパク質を同定し,その中からウイルスの宿主細胞へのentryに関わるものを三つ選択し,ノックダウンなどの実験を試みたが,いずれの糖タンパク質をノックダウンしても,HBVの感染に変化はみられなかった.そこで少し以前に報告されたEGF受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)がHBVのentryに重要な役割を持ち,EGFRのリン酸化阻害剤である抗がん剤ゲフィチニブを用いるとHBV活動性が低下するという論文17)を参考に,PhoSL添加後のEGFRのリン酸化を調べてみた.するとPhoSLを添加すると濃度依存的にEGFRのリン酸化を抑制しており,その抑制効果は10 ng/mLのPhoSL投与でゲフィチニブと同レベルであった(図4C).つまりPhoSLはEGFRのリン酸化阻害を介してHBV抑制効果をもたらす.さらに食用キノコ由来のレクチンのため副作用も少ないと考えられる.詳細な実験データは紙面の都合で省略するが,コアフコースを生合成する糖転移酵素Fut8をノックアウトしたC4細胞でもPhoSL添加によってHBVの感染が阻害されたことから,PhoSLはEGFRだけでなくHBVそのものにも結合し,細胞内に取り込まれた後にHBVの増殖を抑制していることがわかった(図4D).

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図4 PhoSLのin vitro実験におけるHBVの感染・増殖に対するPhoSLの抑制効果

(A)NTCPを強制発現させた細胞に対してHBVを感染させ,PhoSLを添加したときのHBeAgの産生量の変化.***P<0.001. (B)PhoSL添加によるcccDNAの変化.(C)PhoSLおよびゲフィチニブを添加したときのEGF受容体(EGFR)のリン酸化.ゲフィチニブはEGFRの抗体阻害薬で,positive control. (D)Fut8をKOしたときのPhoSLのHBV感染および増殖抑制に対する効果.文献16より改変して引用.**P<0.01.

6. おわりに

微量解析技術の進歩とともに,次々と新しいバイオマーカーと測定技術が開発されつつある.細胞レベルもしくは組織レベルでの糖鎖変化が疾患や病態に密接に関係することはほぼ間違いないが,それを臨床検査として応用するための道のりは必ずしも短くない.また抗体医薬,核酸創薬,化合物,免疫調節薬などが全盛期の今の時代において,やや古典的な意味を持つレクチンも多彩な生物機能を含んだ新しい可能性を秘めている.本稿では,次世代型糖鎖抗体の作製によって発見されたプロハプトグロビンのバイオマーカーとしての意義とPhoSLが新しいHBV治療薬開発の創薬標的となりうる可能性を示した.糖鎖研究が5~10年後さらに進歩し,ライフサイエンスのルネッサンスと呼ばれる時代が来ることを夢見ている.

謝辞Acknowledgments

本研究の遂行にあたりご協力いただいた鎌田佳宏教授(大阪大学医学系研究科生体物理工学講座),上田啓次教授(大阪大学医学系研究科ウイルス学),森下康一博士(大阪大学招へい研究員,塩野義製薬),大内田経徳博士(東北大学)他研究室の多くのOB/OGの皆さまに深謝いたします.

引用文献References

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16) Ouchida, T., Maeda, H., Akamatsu, Y., Maeda, M., Takamatsu, S., Kondo, J., Misaki, R., Kamada, Y., Ueda, M., Ueda, K., et al. (2023) The specific core fucose-binding lectin Pholiota squarrosa lectin (PhoSL) inhibits hepatitis B virus infection in vitro. Sci. Rep., 13, 6175.

17) Iwamoto, M., Saso, W., Sugiyama, R., Ishii, K., Ohki, M., Nagamori, S., Suzuki, R., Aizaki, H., Ryo, A., Yun, J.H., et al. (2019) Epidermal growth factor receptor is a host-entry cofactor triggering hepatitis B virus internalization. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 8487–8492.

著者紹介Author Profile

左近 太佑(さこん だいすけ)

大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻博士後期課程1年.修士(保健学).

略歴

1999年鳥取県に生る.2022年大阪大学医学部保健学科検査技術科学専攻卒業.24年同大学院医学系研究科保健学専攻後期博士課程に入学.

研究テーマと抱負

糖鎖研究の難しさを日々感じていますが,大きなイノベーションが生まれそうな予感もします.糖鎖とがんに関する研究を続け,将来は大学もしくは企業の研究者になりたいと思っています.

趣味

バドミントン.

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