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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(2): 277-280 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960277

みにれびゅうMini Review

自然免疫の記憶における遺伝子発現制御Regulatory mechanism of gene expression in innate immune memory

東北大学大学院薬学研究科Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Tohoku University ◇ 〒980–8578 仙台市青葉区荒巻字青葉6–3 ◇ 6–3 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980–8578, Japan

発行日:2024年4月25日Published: April 25, 2024
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1. はじめに

病原体から個体を守る免疫機構は,生物が自然界で生き残るために必要不可欠な機能である.免疫機構は,自然免疫と獲得免疫の二つに大別される.獲得免疫は脊椎動物の系譜で進化した免疫機構であり,抗体などを使って病原体を特異的に認識して排除する.一方,自然免疫は,多細胞生物全般に保存された原始的な免疫機構であり,抗菌ペプチドの産生や貪食などを通して多様な病原体を排除する.獲得免疫では,一度遭遇した病原体を記憶し,再び同じ病原体に遭遇したとき,増強されたすばやい免疫応答を行うことができる.一方,自然免疫には,このような記憶の機能が存在しないと,長年考えられてきた.しかし,近年の報告から,自然免疫にも感染を記憶する仕組みが存在することが示されている1–3).たとえば,自然免疫のみで生体を防御している節足動物に,事前に病原体を感染させ訓練しておくと,その後の感染に対して高い抵抗性を持つことが示されている2)図1A, B).また,哺乳類においても,自然免疫を担うマクロファージなどの細胞において,訓練による免疫増強が観察されており,免疫記憶は自然免疫の基本的な機能の一つであると考えられている4, 5).このような機能は,免疫プライミング(immune priming)や訓練免疫(trained immunity)とも呼ばれ,研究者によって言葉の定義や使い分けが異なっているが,本稿では広義に捉えられている自然免疫の記憶(innate immune memory)を使用したい.

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図1 訓練による自然免疫の増強

(A)節足動物(たとえばショウジョウバエ)に対して事前に1次感染(訓練)を行うと,2次感染(本感染)時に免疫の増強が観察される.(B)たとえば,訓練ありの個体は,訓練なしの個体よりも,本感染後の生存率が上昇する.(C)訓練による免疫増強が観察された場合,一度定常状態に戻った免疫活性が再活性化しているのか(免疫の記憶),または免疫活性が長期間維持されているのか(免疫の持続)明確にする必要がある.

2. 自然免疫の記憶の先行研究

自然免疫の記憶の分子メカニズムは,哺乳類のマクロファージなどの細胞を使った実験から詳細に調べられており,ヒストン修飾などのエピゲノム制御が重要な役割を果たすことが示されている4, 5).エピゲノム制御は,環境変化に応答した遺伝子発現の継続的な制御機構であり,自然免疫の記憶のメカニズムとして広く受け入れられている.また,別のメカニズムとして,代謝経路の変化も重要である.免疫訓練に伴い,好気的解糖系やコレステロール代謝系の亢進などが観察されており,実際にこれらの経路が免疫記憶に必要であることが示されている6).このように,自然免疫の記憶のメカニズムは現在盛んに調べられているが,いまだ不明な点も多く残されている.免疫訓練がどのようにしてエピゲノム情報に転換されるのか,明らかではない.また,自然免疫の記憶において個体レベルで何が起こっているのか,よくわかっていない.たとえば,個体の恒常性を維持するためには,組織間の連携も重要であると予想できるが,自然免疫の記憶における組織連関は不明のままである.また,自然免疫の記憶は,多くの場合,特異的な反応ではなく,多様な病原体に対抗できる免疫増強として検出されているが,いくつかの例で,一度感染を受けた病原体に対して特異的に免疫応答が増強される現象も観察されている2, 3).しかし,これらの反応が共通のメカニズムで制御されるのか,異なるメカニズムで制御されるのか,よくわかっていない.さらに,より基本的な問題として,訓練による免疫増強が観察されたとき,それは免疫の記憶を意味しているのか,それとも訓練による持続的な免疫応答を意味しているのか,多くの実験系で区別されていない(図1C).

3. ショウジョウバエの免疫記憶

我々は,ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いて,自然免疫の記憶のメカニズムを個体レベルで明らかにすることを目指している.ショウジョウバエは,遺伝学ツールが豊富にそろっており,洗練されたデータベースを用いてゲノム網羅的な解析を行うこともできる.ショウジョウバエのモデル生物としての利点を生かし,免疫記憶において個体全体で起こる生理的な変化を網羅的に分子レベルで明らかにすることを目的とした.

はじめに,我々は,ショウジョウバエで免疫記憶を検出するための実験系の確立を目指した.低病原性細菌の感染で1次感染(訓練)し,6日後に高病原性細菌の2次感染(本感染)を行い,その後の生存率を調べるという実験系(図1A, B)で,さまざまな菌種を用いて訓練効果を調べた7).その結果,いくつかの菌種の組合わせで高い訓練効果が確認された.たとえば,Micrococcus luteus(Ml菌)で訓練を行い,Staphylococcus aureus(Sa菌)で本感染を行うと,訓練による生存率の顕著な上昇が検出された(図2A).また,Salmonella typhimurium(St菌)で訓練を行い,Pseudomonas aeruginosa(Pa菌)で本感染を行う条件でも訓練効果が確認された(図2B).本感染の菌種を入れ替えても,程度に違いがあるものの,生存率の上昇が検出されたことから,Ml菌やSt菌による訓練は非特異的な免疫増強であると考えられた.

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図2 ショウジョウバエの免疫増強の実験系

(A)ショウジョウバエにおいて,事前に低病原性のMl菌で訓練しておくと,Sa菌の本感染時の生存率の上昇が観察された.(B)同様に,低病原性のSt菌で訓練しPa菌で本感染した実験系でも訓練による生存率の上昇が観察された.(C, D)RNA-seq解析から同定した発現変動遺伝子(C:Ml菌訓練系の2077遺伝子,D:St菌訓練系の5965遺伝子)の発現変動パターン(Z-score)のヒートマップ.各条件の遺伝子発現の全体像を観察できる.左側面のカッコはグループ1(C)とグループ11(D)を示す.(E, F)Ml菌訓練系グループ1の398遺伝子(E)とSt菌訓練系グループ11の1431遺伝子(F)の発現変動パターンの箱ひげ図.文献7の図を改変.

4. 免疫訓練のRNA-seq解析

我々は,Ml菌訓練-Sa菌本感染とSt菌訓練–Pa菌本感染の二つの実験系を用いて,免疫訓練における遺伝子発現の変動を調べた7).コントロール,訓練のみ,本感染のみ,訓練+本感染の4条件で成虫個体からRNAを抽出し,RNA-seq解析を行った.発現変動遺伝子の変動パターンからヒートマップを作製したところ,二つの免疫訓練の実験系に大きな違いがみられた(図2C, D).Ml菌訓練の実験系では,訓練のみの条件はコントロールと似た遺伝子発現を示したが,St菌訓練の実験系では,訓練のみの条件は本感染のみや訓練+本感染の条件に似た遺伝子発現を示した.さらに,発現変動のパターンのクラスタリング解析を行い,発現変動遺伝子をグループ分けした.このうち,Ml菌訓練のグループ1とSt菌訓練のグループ11には免疫関連の遺伝子が有意に濃縮していることがわかった.Ml菌訓練のグループ1の遺伝子は,訓練のみではコントロールと同程度の発現であり,本感染時に発現上昇し,事前の訓練で本感染時の発現が増強された(図2E).一方,St菌訓練のグループ11の遺伝子は,訓練のみで遺伝子発現が上昇し,本感染のみや訓練+本感染でも同程度に発現が上昇した(図2F).これらの結果は,Ml菌訓練では6日後には免疫反応が定常状態に戻るが,St菌訓練では6日後でも免疫応答が持続していることを示唆している.すなわち,Ml菌訓練とSt菌訓練は,それぞれ免疫の記憶と持続によって訓練効果を発揮することが示唆された(図1C).実際に,Ml菌はハエ個体に感染後,徐々に菌数が減少し,完全に排除された後でも訓練効果を示すのに対して,St菌は長期間(おそらく生涯)にわたってハエ個体内で生存し続けることが示された.このことからも,Ml菌とSt菌の訓練が免疫の記憶と持続を惹起することが示唆された.

5. エピゲノム制御因子の関与

免疫記憶を示すMl菌訓練の実験系で,訓練によって本感染時の発現が増強するグループ1(図2E)に注目し,その遺伝子発現の制御機構について調べた.前述のように,このグループ1の遺伝子は免疫関連の遺伝子が濃縮しているが,論文データベースの検索から,Ada2b遺伝子の機能欠損変異で発現変動する遺伝子が有意に濃縮していることがわかった8).Ada2bは,ヒストン修飾(H3K9とH3K14のアセチル化)を誘導するSAGA(Spt-Ada-Gcn5 acetyltransferase)複合体の構成因子の一つである9).このことから,免疫記憶にAda2によるエピゲノム制御が関与する可能性が示唆された(図3).そこで,免疫記憶の実験系でAda2bの機能欠損変異個体やノックダウン個体の生存率を測定したところ,Ml菌の訓練による生存率の上昇が検出されなかった.さらに,前述のグループ1の遺伝子について,その発現をRT-qPCRで測定した結果,いくつかの遺伝子の発現がAda2b変異で変動した.このことは,免疫記憶における遺伝子発現制御にAda2bが関与することを示している.しかし,変異による遺伝子発現の変化は,予想とは逆の方向の変化であり,Ada2bの役割はいまだ明確ではない.今後,Ada2bやSAGA複合体の役割とともにヒストン修飾の変化を調べることによって,自然免疫の記憶におけるエピゲノム制御機構を明らかにしたい.

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図3 ショウジョウバエの自然免疫の記憶のモデル

我々の研究7, 10) から,Ml菌の訓練によって自然免疫の記憶が惹起され,その後のSa菌感染時の生存率が上昇することが示された.さらに,その制御にAda2bやAdgf-Aが関与することが示された.これらの因子は,エピゲノム制御や代謝制御を通じて,免疫応答を増強しているのかもしれない.今後,その機能を詳細に調べ,自然免疫の記憶の全体像にアプローチしたい.

6. アデノシン経路の関与

我々は,別のアプローチから,免疫記憶に関与する遺伝子を同定するために,ゲノムワイドQTL(quantitative trait loci)解析を行った10).ゲノム配列が決定されているDSPR系統11)の163系統について,Ml菌の訓練とSa菌の本感染を行い,生存率を測定した.その結果,系統間の生存率には大きな違いがあり,関連する遺伝子のDNA多型が原因であると考えられる.また,全系統のデータから訓練あり/なしのときの生存率の間には相関性がないことを見いだし,関連する遺伝子が異なることが示唆された.訓練なしのときの生存率は通常の免疫応答によって制御されると考えられるので,訓練効果は通常の免疫応答とは異なる経路によって制御されることが示唆された.訓練効果とゲノム配列との関連を統計的に解析することで,訓練効果に関連する遺伝子の候補として80遺伝子を同定した.いくつかの遺伝子について,ノックダウン個体で訓練効果を検討したところ,訓練効果に関与する遺伝子を複数同定した.そのうちの一つがAdgf-A遺伝子である.Adgf-Aは,細胞外のアデノシンをイノシンに変換する酵素であり,開放血管系のショウジョウバエでは,体液のアデノシン量を調節していると考えられている12).また,Adgf-Aは,免疫反応における全身性の糖代謝制御に関わることが示されており13),この代謝制御が免疫記憶にも関わる可能性もある(図3).今後,Adgf-Aやアデノシン経路の役割を明確にするとともに,糖代謝の変化を調べることによって,自然免疫の記憶における代謝制御にもアプローチしたい.

7. おわりに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による社会的な混乱は,新規の感染症に対する現代社会の脆弱性を浮き彫りにした.将来の新規の感染症に対しても,我々は何も対抗する手段を持っていないのだろうか? 以前から,結核菌に対するBCG(Bacillus Calmette-Guérin)ワクチンが,他の感染症に対しても抵抗性を付与できることが知られており,最近,この効果が自然免疫の記憶によることが明らかとなった14, 15).自然免疫の記憶は,非特異的な免疫増強であるので,将来の新規の感染症に対しても免疫効果を発揮できる可能性がある.このような期待から,自然免疫の記憶は応用面でも注目され,現在,盛んに研究されているが,いまだ不明な点も多い.なぜ,BCGワクチンは他のワクチンと違って自然免疫の記憶を惹起できるのか? 自然免疫による非特異的な免疫増強は,健康な個体にとって有害ではないのか? 自然免疫の記憶の詳細なメカニズムを明らかにすることは,多様な病原体に対抗できる新しいワクチンの開発につながる可能性がある.このようなワクチンは将来の新規感染症への対抗手段の一つになるかもしれない.

謝辞Acknowledgments

本研究に携わっていただいた,岡森千咲,唐暢,平井菊子,岡治良真の各氏に深く感謝いたします.また,さまざまな議論やアドバイスをいただいた,倉田祥一朗教授をはじめ研究室のメンバーに感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

布施 直之(ふせ なおゆき)

東北大学大学院薬学研究科 助教.博士(理学).

略歴

1965年神奈川県に生る.上智大学,同修士課程,新日本製鐵(株)を経て,95年総合研究大学院大学博士課程修了.ジョンズホプキンス大学,理化学研究所,国立遺伝学研究所,京都大学を経て,2016年より現職.

研究テーマと抱負

ショウジョウバエを用いて自然免疫の記憶のメカニズムを研究している.複雑な生命現象について,オミックスで全体像を見ながら,遺伝学で分子レベルに落とし込む,「森も見て木も見る」研究スタイルを追求したい.

ウェブサイト

http://www.pharm.tohoku.ac.jp/~seimei/seimei_original.html

趣味

登山,クライミング.

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