多機能酵素によるロイコトリエンの代謝
群馬大学名誉教授,帝京平成大学副学長,本会永年会員
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ロイコトリエン(LT)類はアラキドン酸由来の生理活性脂質で,炎症やアレルギーの主要なメディエーターである.私はLTB4の産生酵素,不活性化酵素,受容体,シグナル伝達の研究を行ってきた.私が関わった三つのロイコトリエン代謝酵素はいずれも多機能酵素であった.ただし,その多機能ぶりは異なっていた.
アラキドン酸は5位に酸素が添加されて5-HPETEとなり,次いで不安定なエポキシドをもつLTA4に変換される.この二つの酵素反応が5-LOによって行われる.このことは,清水孝雄(東京大学名誉教授)のジャガイモの5-LOを用いた研究により発見され,後に哺乳動物細胞の5-LOでも確認された.アイソトープを用いた酵素反応の解析などによって,5-LO反応ではアラキドン酸の7Dの水素の引き抜きが初発反応であり,LTA4合成反応では基質のフレームシフトが起こり10Dの水素が引き抜かれることが初発反応であることが明らかになった.
グリセロリン脂質から2位の脂肪酸を切り出す酵素がホスホリパーゼA2(PLA2)であり,哺乳動物には50種以上のPLA2が存在するが,アラキドン酸の切り出しに最も関わるのがcPLA2αである.この酵素は細胞が刺激を受けると細胞質から核膜および核周囲に移行し,リン酸化を受けて活性化しアラキドン酸を遊離する.
5-LOも細胞が刺激を受けると細胞質から核膜へ移行するが,機能を発揮するためには,FLAP(5-リポキシゲナーゼ活性化タンパク質)が必要である.FLAPは核膜の膜タンパク質で,5-LOの基質利用を高めるとされる.アラキドン酸の切り出し,FLAPと5-LOの局在,これら全てが,LTA4は核膜において生成されることを示している.
LTA4加水分解酵素によってLTA4に水分子が添加されてLTB4になる.この酵素も多機能酵素であった.南通子(元 東京学芸大学教授)によりクローニングされたLTA4加水分解酵素には,亜鉛含有金属プロテアーゼと共通のアミノ酸配列があり,実際にプロテアーゼ活性を有していた.変異体の解析により,いずれの活性にも亜鉛は必要であるが,活性中心は異なっていることが示された.その後,LTA4加水分解酵素の生理学的基質の一つが,好中球の化学誘引物質であるPro-Gly-Pro(PGP,慢性閉塞性肺疾患のバイオマーカーでもある)であるとの報告がされた.LTA4加水分解酵素は強力な好中球の化学誘引物質であるLTB4を産生する一方で,PGPを分解して炎症の解消に関与していることになる.
生体の炎症部位では,白血球で産生されたLTA4が,5-LOは持たないがLTA4加水分解酵素を発現している細胞に取り込まれることで大量のLTB4が産生されて炎症を増強するとされる.不安定なLTA4がどのような仕組みで細胞間を移動するのかはわかっていない.
好中球や肝細胞では,LTB4はチトクロームP450によってω酸化を受け20-hydroxy-LTB4に,次いで20-carboxy-LTB4に変換され不活性化される.横溝岳彦(現 順天堂大学教授)は,NADP+存在下にLTB4が12-水酸基脱水素酵素によって12-keto-LTB4に代謝されることによって不活性化される経路があることを示した.後にこの酵素は15-keto-プロスタグランジン類の13位の二重結合を還元する酵素(15-ketoprostaglandin 13-reductase)と同一であることがわかった.ただし,この酵素反応はNADP+ではなくNADH/NADPHを必要とし,LTB4が基質の場合とは補酵素要求性が異なっていた.
複数の異なる反応を触媒する能力を持つ多機能酵素は,生命の進化において,反応の柔軟性,ゲノムの効率性,適応力の向上などの利点をもたらし,生物が多様な環境で存続し繁栄するために重要な役割を果たしていると考えられる.全酵素のなかでの多機能酵素の割合は不明だが,LTB4の代謝に関する三つの酵素がいずれも多機能酵素であったことは偶然だろうか.それとも生命の進化の中でロイコトリエンが果たしてきた役割と何らかの関係があるのだろうか,と妄想してみるが答えは出ない.
私のロイコトリエン研究は,恩師である清水孝雄先生の指導のもとに行われたものである.ここで紹介した研究以外にも多くの研究がなされたが,紙面の関係で紹介できなかった.LTB4の研究は横溝岳彦教授の受容体研究へと大きく発展した.
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