エンハンサー領域における非コードRNA転写の生物学的機能
東京大学定量生命科学研究所 ◇ 〒113–0032 東京都文京区弥生1–1–1 生命科学総合研究棟404
© 2024 公益社団法人日本生化学会
エンハンサーとは,配列特異的な転写因子との結合を介して,標的とする遺伝子の転写活性を制御するゲノム中の調節領域である.最新のENCODEプロジェクトによる解析によると,ヒトゲノムには90万以上のエンハンサー領域が存在すると見積もられている1).さらに遺伝子自体が無傷であっても,エンハンサーに変異が生じることによって転写制御が乱れ,結果としてがんをはじめとするさまざまな疾患を引き起こすことが数多く報告されている2).興味深いことに,活性化状態にあるエンハンサー領域の多くから,いわゆるエンハンサーRNA(enhancer RNA:eRNA)と呼ばれる非コードRNAが生み出されることが知られている3, 4)
.一方で,エンハンサー領域で起こるeRNAの転写が,どのような機能的役割を果たすのかに関してはさまざまなモデルが提唱されており,依然として明確な分子作用機序は明らかとなっていない.そこで我々は,エンハンサー領域におけるeRNAの転写と,エンハンサーが制御している標的遺伝子領域の転写という二つの過程を,生きたショウジョウバエ初期胚において同時可視化する新規実験系を新たに開発することで,詳細な分子機構の解明に挑んだ5).
これまで我々は,MS2/MCPライブイメージングと,PP7/PCPライブイメージング技術を組み合わせることにより,二つの遺伝子の活性を一細胞解像度で同時にライブ計測する実験系を独自に開発していた6).MS2およびPP7はバクテリオファージ由来のステムループ配列であり,それらを特異的に認識するMCPおよびPCPと蛍光タンパク質との融合タンパク質を利用することで,転写反応を生きた細胞で可視化することができる.本研究ではこの手法を応用することにより,エンハンサー領域からのeRNA転写をPP7/PCPシステム,遺伝子からの転写をMS2/MCPシステムを用いて可視化することに成功した.このとき,人工的に設計したレポーター遺伝子座のエンハンサー領域における転写開始点の有無を厳密に制御することにより,eRNA転写が起こる場合と起こらない場合とで,どのように標的遺伝子の転写活性が変化するのかを詳細に比較した.その結果,興味深いことにエンハンサー内部からeRNA転写が起こらない場合の方が,eRNA転写が起こる場合に比べて顕著に高い転写活性を示していた(図1A).すなわち,これまで提唱されていた画一的なモデルとは異なり,エンハンサー内部からのeRNA転写は,遺伝子の活性化を適切なレベルに抑え込むという,抑制的な役割を持つ可能性が示唆された.
ショウジョウバエでは哺乳細胞とは異なり,エンハンサーおよび遺伝子からの転写の大部分が一方向性に起こることが知られている7).そこで転写開始点を含む155塩基対の配列のみを特異的に反転させることで,エンハンサーの外側に向かってeRNA転写が起こるようにレポーター遺伝子座を設計した.その結果,先ほどみられていたeRNA転写による抑制的な作用はみられなかった(図1B).このことから,eRNA転写時にRNA polymerase II(Pol II)がエンハンサー内部を通過することが,エンハンサーによる標的遺伝子の転写活性化を減弱させる仕組みとして働くことが示唆された.別のアレルからトランスにeRNA転写を誘導しても,標的遺伝子の転写活性には影響を及ぼさなかったことから,エンハンサー内部から産生されたeRNAそのものに抑制的な機能があるわけではないことが示された.
以上の結果を踏まえると,Pol IIがエンハンサー内部を通過する際に,エンハンサーに結合している転写因子に衝突することで,エンハンサー上において転写因子やコアクティベーターが局所的に濃縮された「転写活性化のハブ(transcription hub;転写ハブ)」の形成が阻害されているという新たな可能性が示唆された(図2).そこで本仮説を実験的に検証するために,ゲノム編集を用いてDorsalと呼ばれるショウジョウバエ背腹軸の形成に必須な転写因子にGFPタグを付与し,核内における存在様式を直接可視化することにした.ちなみに本実験でモデルとして用いているエンハンサーは,Dorsalに依存して標的遺伝子を活性化することが知られている.エンハンサー内部に向かって転写が起こるとき(抑制的環境)と,エンハンサー外部に向かって転写が起こるとき(非抑制的環境)において,レポーター遺伝子座におけるDorsalの局所濃度がどのように変化しているのか,Zeiss社のAiryscanシステムを用いた超解像顕微鏡解析により解析した.非抑制的環境下では,Dorsalがレポーター遺伝子座に顕著に濃縮することで,転写ハブを形成していた(図2左).この実験結果は,先行研究におけるDorsalの可視化解析結果とよく一致している8).一方で,抑制的環境ではDorsalによる転写ハブの形成度合いが顕著に低下していることが明らかとなった(図2右).以上の結果を踏まえると,エンハンサー上における転写ハブの形成は,Pol IIによるエンハンサー内部への転写伸長によって抑制的に制御されることが示唆された.
以上の解析は,もともとeRNA転写を行わないエンハンサーに対して人工的な改変を導入することで,異所的にエンハンサー内部からの転写を誘導した際の効果を解析したものであった.次に内在でeRNAを高レベルで転写しているエンハンサーの機能解析を行うこととした.そこで初めに,ショウジョウバエ初期胚におけるCAGE-Seqデータを解析することにより,内在性eRNA産生エンハンサーとしてHox遺伝子であるUltrabithorax(Ubx)遺伝子を制御するUbx BREエンハンサーを同定した.興味深いことにUbx BREエンハンサーは自身からeRNAを活発に転写しているにもかかわらず,同時に標的遺伝子を効率的に転写活性化する様子が,ライブイメージング解析によって明らかとなった.Ubx BREエンハンサー内部における転写開始点,および転写因子結合部位の位置関係に着目すると,Ubx BREエンハンサー内部ではPol IIと転写因子が互いに衝突し合わないよう位置関係で配置されていた.すなわちエンハンサー内部における転写開始点は,転写因子の結合に影響を及ぼさない方向に存在していた.同様の位置関係は,他の内在性eRNA産生エンハンサーについても観察された.次に,人工的にこの位置関係を改変しPol IIが転写因子に向かって伸長するレポーター遺伝子座を用いて解析を行ったところ,Ubx BREエンハンサーの活性が大きく低下している様子が観察された.以上の結果をまとめると,内在性eRNA産生エンハンサーの一部は,Pol IIと転写因子の衝突を巧みに回避することで,eRNA転写と標的遺伝子の転写を同時かつ高効率に誘導していることが示唆された.
これまでの結果を踏まえると,遺伝子間領域における新規転写開始点の獲得は,ゲノム進化の過程においてエンハンサー活性に多様性を生み出す原動力として働くことが考えられる.この仮説を実験的に検証するため,ゲノム編集を用いてもともとeRNAを産生していない内在性エンハンサーに対して,転写開始点を人為的に付与した際の内在遺伝子の発現変動について解析を行った.その結果,たった155塩基対の転写開始点を含む最小配列を付与しただけで,エンハンサー内部から異所的なeRNA産生が誘導され,結果として標的遺伝子の転写活性が減弱する様子が観察された.興味深いことに,このとき初期胚内における標的遺伝子の空間的な発現パターンは維持されたまま,全体的な転写活性のみが低下していた.以上の結果は,「遺伝子間領域における新規転写開始点の獲得が,遺伝子発現の空間パターンを損なわずにエンハンサー活性を多様化するための原動力として働く」という新たなモデルを支持するものである.
今回我々は,転写開始点の有無や方向性といった個別のパラメーターを厳密に制御可能な新規実験系を新たに構築することで,遺伝子発現制御やゲノム進化におけるeRNA転写の生物学的機能の一端を明らかにすることに成功した5).過去の研究では,eRNA転写量と標的遺伝子の転写活性は正に相関することが数多く報告されている3, 9)
.具体的には哺乳細胞において,eRNAがエンハンサーへのcohesinの呼び込みを促進することで転写を活性化する例や,リシンアセチル化酵素であるCBP/P300との結合を介してH3K27Acなどのヒストン修飾の導入を促進する例などが報告されている.一方でショウジョウバエでは,エンハンサー領域における転写量と標的遺伝子の転写活性の間には必ずしも強い正の相関がみられないことや(ρ=0.24)10),あるいは弱いながらも負の相関関係が存在すること(ρ=−0.20)が報告されている11).今回の研究によって,Pol IIがエンハンサー内部を転写伸長する際に,エンハンサー上における転写因子の結合が不安定化され,結果として転写ハブの形成が抑制されることが示された.興味深いことに,酵母では栄養条件の変化に応じて遺伝子間領域における非コードRNAの転写が誘導され,ゲノム上からの転写因子の解離が引き起こされる例が知られている12).酵母以外の生物種においても,eRNA転写の強度や方向性が,環境要因や発生段階に応じて動的に変化することで,エンハンサー上における転写ハブの形成を柔軟に制御している可能性も十分考えられる.今後,エンハンサー中の転写因子結合部位とeRNA転写の相対的な位置関係やその強度といった新たなパラメーターに着目した解析によって,ゲノム機能の理解がよりいっそう進展すると期待される.
1) Moore, J.E., Purcaro, M.J., Pratt, H.E., Epstein, C.B., Shoresh, N., Adrian, J., Kawli, T., Davis, C.A., Dobin, A., Kaul, R., et al.; ENCODE Project Consortium. (2020) Expanded encyclopaedias of DNA elements in the human and mouse genomes. Nature, 583, 699–710.
2) Kvon, E.Z., Zhu, Y., Kelman, G., Novak, C.S., Plajzer-Frick, I., Kato, M., Garvin, T.H., Pham, Q., Harrington, A.N., Hunter, R.D., et al. (2020) Comprehensive in vivo interrogation reveals phenotypic impact of human enhancer variants. Cell, 180, 1262–1271.e15.
3) De Santa, F., Barozzi, I., Mietton, F., Ghisletti, S., Polletti, S., Tusi, B.K., Muller, H., Ragoussis, J., Wei, C.L., & Natoli, G. (2010) A Large Fraction of extragenic RNA Pol II transcription sites overlap enhancers. PLoS Biol., 8, e1000384.
4) Kim, T.K., Hemberg, M., Gray, J.M., Costa, A.M., Bear, D.M., Wu, J., Harmin, D.A., Laptewicz, M., Barbara-Haley, K., Kuersten, S., et al. (2010) Widespread transcription at neuronal activity-regulated enhancers. Nature, 465, 182–187.
5) Hamamoto, K., Umemura, Y., Makino, S., & Fukaya, T. (2023) Dynamic interplay between non-coding enhancer transcription and gene activity in development. Nat. Commun., 14, 826.
6) Fukaya, T., Lim, B., & Levine, M. (2016) Enhancer control of transcriptional bursting. Cell, 166, 358–368.
7) Core, L.J., Waterfall, J.J., Gilchrist, D.A., Fargo, D.C., Kwak, H., Adelman, K., & Lis, J.T. (2012) Defining the status of RNA polymerase at promoters. Cell Rep., 2, 1025–1035.
8) Yamada, S., Whitney, P.H., Huang, S.K., Eck, E.C., Garcia, H.G., & Rushlow, C.A. (2019) The Drosophila pioneer factor Zelda modulates the nuclear microenvironment of a Dorsal target enhancer to potentiate transcriptional output. Curr. Biol., 29, 1387–1393.e5.
9) Kaikkonen, M.U., Spann, N.J., Heinz, S., Romanoski, C.E., Allison, K.A., Stender, J.D., Chun, H.B., Tough, D.F., Prinjha, R.K., Benner, C., et al. (2013) Remodeling of the enhancer landscape during macrophage activation is coupled to enhancer transcription. Mol. Cell, 51, 310–325.
10) Henriques, T., Scruggs, B.S., Inouye, M.O., Muse, G.W., Williams, L.H., Burkholder, A.B., Lavender, C.A., Fargo, D.C., & Adelman, K. (2018) Widespread transcriptional pausing and elongation control at enhancers. Genes Dev., 32, 26–41.
11) Rennie, S., Dalby, M., Lloret-Llinares, M., Bakoulis, S., Dalager Vaagensø, C., Heick Jensen, T., & Andersson, R. (2018) Transcription start site analysis reveals widespread divergent transcription in D. melanogaster and core promoter-encoded enhancer activities. Nucleic Acids Res., 46, 5455–5469.
12) Martens, J.A., Laprade, L., & Winston, F. (2004) Intergenic transcription is required to repress the Saccharomyces cerevisiae SER3 gene. Nature, 429, 571–574.
This page was created on 2024-05-21T09:01:21.268+09:00
This page was last modified on 2024-06-11T10:13:13.000+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。