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公益社団法人日本生化学会
Journal of Japanese Biochemical Society 96(3): 359-363 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960359

みにれびゅう

呼吸鎖酵素の新規アロステリック調節機構に基づく抗菌剤開発への展開

国立循環器病研究センター・分子薬理部 ◇ 〒564–8565 大阪府吹田市岸部新町6–1

発行日:2024年6月25日
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1. はじめに~薬剤耐性問題と呼吸鎖~

薬剤耐性(antimicrobial resistance:AMR)は世界保健の一大脅威である.このまま何も有効な対策がとられないと2050年にAMRによる年間死亡者数ががんによる死亡を抜いて全世界で1000万人を超え,社会的,経済的にも大きな損失となることが予測されている.従来の抗菌剤の標的は,細胞壁合成阻害や核酸合成阻害など増殖期に有効であるが,結核菌のように感染病態のライフサイクルにおいて休止期が存在するような菌は消失させることが困難であるため,休止期病原菌にも有効な新規メカニズムによる抗菌剤の開発が強く求められている.

呼吸鎖は電子伝達系とそれに共役するATP産生から構成される機構である.真核生物の持つミトコンドリアは,約20億年前に好気性細菌であるαプロテオバクテリアが古細菌に取り込まれ,細胞内共生を成立させて進化をとげてきた細胞小器官である.αプロテオバクテリアの呼吸鎖は細菌,古細菌にもひろく伝播しており,したがって,呼吸鎖は真核生物を含む生命の3ドメインに保存される基本的な生体エネルギー産生機構である.電子伝達系の最後に位置する呼吸鎖複合体IVは好気呼吸における酸素消費の実体であり,真核生物のミトコンドリアではシトクロムc酸化酵素(cytochrome c oxidase:mtCcO)がそれにあたる.エネルギー産生を担う生命の根幹にある重要な機構であるため,その機能障害はミトコンドリア病をはじめ多くのヒト疾病の原因となる.呼吸鎖・エネルギー産生系は,病原菌の生存,特に休止期においても必須の機構であるため,その阻害剤は,有望な抗菌剤の創薬標的であり,これまでに結核菌をはじめ,真菌症,寄生虫感染症においても呼吸鎖を標的とした化合物が開発され,臨床試験や承認薬として開発されている1)

2. 抗菌剤としてのアロステリック阻害剤開発の課題

しかしながら,上記呼吸鎖を標的とした化合物のほとんどが,基質結合部に対する拮抗阻害剤であることは注意すべき点である.呼吸鎖・エネルギー産生系は,細菌から真核生物まで広く保存される細胞の生存にとって必須の機構であるがゆえに,呼吸鎖酵素のタンパク質構造,特に基質結合部位である活性中心を含むコアの構造の保存性が高い.また基質であるシトクロムcやユビキノールが共通であるため,基質結合部位に対する拮抗阻害剤は,複数の菌種の酵素を阻害する広域スペクトラムを呈する可能性が高く,新たなAMRを発生させる誘因となること,さらに宿主であるヒトタンパク質との交叉反応による副作用も懸念される.そのため,基質結合部位を標的としないアロステリック阻害剤の開発がより望ましい.一般にアロステリック部位は,種間の配列保存性は低く,そのため高い選択性と安全性が期待されるためである.この高い選択性は,拮抗阻害剤に比べて狭いスペクトラムの抗菌剤の開発を可能とし,選択性が高く,宿主の常在細菌叢を乱さない抗菌剤が望まれるAMR対策のニーズにより適している.しかしながら,アロステリック部位の探索について,系統的かつ有効な探索法は存在しない.

mtCcOは,ヒトでは13種のサブユニットから構成される複合体である.このうちミトコンドリアDNAでコードされる三つのサブユニット(subunit I, II, III)は原核生物である細菌から真核生物であるヒトまで広く保存されており,ヘム銅酸化酵素(heme copper oxidoreductase:HCOs)と呼ばれるスーパーファミリーを形成する.ヒトのHCOすなわちmtCcOには細菌のHCOが持たない10個のサブユニットが存在するが,それらの役割は不明な点が多い.膜タンパク質ではないが,リボソームやRNAポリメラーゼといった生物の生存にとって必須の酵素も,コアの構造は原核生物から真核生物まで広く保存されているが,ヒトや哺乳類では付加的なサブユニットが加わり,タンパク質のサイズも巨大化している.興味深いことに,リボソームやRNAポリメラーゼにおけるこれらのサブユニットの一部には酵素の機能調節が報告されている2, 3)

.そこで我々は,「HCOすべてに共通に保たれるコア構造と哺乳類が有するサブユニットとの境界面にアロステリック活性調節部位が存在するのではないか?」と仮説をたてた.そういったアロステリック活性調節部位の構造は,哺乳類のみが有するサブユニットによって細菌と哺乳類では大きく異なることが予想されるため,細菌の酵素特異的な阻害剤の創出,ひいては特異性の高い抗菌剤の開発へとつながるはずである.

3. mtCcOの新規アロステリック阻害部位の発見と作用機序解明

この仮説を実験的に検証するため,まず条件に合致するアロステリック部位を探索することが必須である.我々は,mtCcOが呼吸鎖で律速段階となっていることに注目し,その活性制御剤(活性化剤はミトコンドリア病の治療薬へ,阻害剤は本稿で述べるアロステリック阻害剤へ応用するため)の探索に取り組んできた.mtCcO精製標品に対して,低分子化合物で構成される20万化合物のランダムスクリーニングを実施し,複数の活性化剤と阻害剤を同定した.ヒット化合物の中から酵素反応パラメーター測定により,アロステリック阻害剤と予想される阻害化合物を選出した.続いて,それらの結合部位・作用機序を調べるためにX線結晶構造解析で複合体構造の決定を行った.ここではこのスクリーニングにより同定された阻害剤T113について述べる.複合体構造におけるT113の結合部位は,哺乳類mtCcOだけに存在する核ゲノムでコードされるCOX7Cサブユニット(図1

)により外側を覆うように囲まれ,タンパク質内部に埋め込まれていた.また,基質である酸素やシトクロムcの結合部位や,電子やプロトンの通り道からも離れていた4).複合体構造ではタンパク質側の有意な構造変化が認められなかったため,筑波大学の森田・重田らとの共同研究により分子動力学計算によるシミュレーションを試みた.その結果,化合物と接する4本の膜貫通ヘリックスのうち,transmembrane helix 2(TM2)のみが化合物の結合により屈曲することが示唆された.そしてこの構造変化が,さらにTM2を挟んで反対にある酸素パスの狭窄を引き起こすことが示唆された4).並行して,兵庫県立大学の柳澤・久保との共同研究により実施した共鳴ラマン分光実験では,mtCcOが持つハイスピンヘム/ヘムa3の配位状態を示すピークに注目した.ヘムa3は二核中心(binuclear center:BNC)の構成要素であり,同部位に酸素分子が結合し水分子へと還元される.化合物存在下の実験結果は,ヘムa3から水分子が解離した後,酸素分子の再結合が起きないことを示していた(図2A4)

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図1 mtCcOで見いだした新規アロステリック阻害部位

mtCcOの阻害剤は,HCOに保存されたコア構造であるsubunit I(青色)に結合し,哺乳類HCOだけに存在する核ゲノムでコードされるサブユニットCOX7C(赤色)によって,外側を覆うように囲まれていた(左,pdb 7xmd).これに対し,病原菌のNORは同じコア構造を持つが,追加のサブユニットを持たないため,そのアロステリック阻害部位は露出していた(右,pdb 3o0r).subunit Iの中でも特に新規アロステリック部位を囲う3本のヘリックスを濃青色で示し,mtCcOの核ゲノム由来のサブユニットは黄色で示した.

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図2 HCO阻害剤のアロステリック阻害メカニズム

(A)共鳴ラマン分光実験で示されたヘムの変化.ここではBNCを構成するヘムa3の還元状態を示すスペクトルピークに注目した.阻害剤がない場合,還元処理(レーザー照射による光還元)によって酸素が水へと還元され,BNCから酸素が解離するためピークが増大するが[(1)→(2)],還元処理を止めると酸素が再結合するため減少する[(2)→(3)].これに対し阻害剤存在下では,還元処理を止めてもピークが減少しない,つまり酸素が再結合しないことを示した.(B) mtCcOのBNCへの酸素結合速度は阻害剤により延長した.ここでは,還元したmtCcOのBNCへ酸素が結合する速度をstopped flow法により測定した.(C) EcoUqOのBNCへの酸素結合速度は阻害剤により延長した.ここでは,還元したEcoUqOのBNCへ酸素が結合する速度をstopped flow法により測定した.図は文献4より引用改変.

これらの結果は,化合物の結合により引き起こされた構造変化が酸素パスを狭窄し,BNCへの酸素の結合を阻害する可能性を示唆した.そこで,これを実験的に証明するために,兵庫県立大学の當舎との共同研究によりBNCへの酸素結合に伴う吸光度変化速度をstopped-flow法を用いて測定し,化合物の存在下では酸素の取り込み・結合速度が5分の1以下まで低下することが示された(図2B

4)

以上より,阻害剤結合がドミノ倒し的に離れた酸素パスを狭窄し,活性部位であるBNCへの酸素の結合を阻害することが,T113のアロステリック阻害機構であることを証明した.

結晶構造解析で同定されたT113の結合部位を囲む4本のヘリックスのうち,3本はsubunit Iであり,これらの3本のヘリックスの位置関係・立体配座は,これまでに構造が明らかとなっている,真核生物,細菌を含めたすべてのHCOsにおいて保存されているコア構造である(図1

).外側の1本は真核生物のみが保有するヘリックスである.すなわち,T113が結合する部位は「コア構造と哺乳類が有するサブユニットとの境界面に存在するアロステリック阻害部位」であり,T113は我々の仮説を検証するために最適な化合物である.

4. 細菌のHCO特異的な阻害剤の探索

細菌のHCO特異的な阻害剤を戦略的に創出するため,mtCcOの阻害剤T113の誘導体を探索した.これらの誘導体は,立体構造が保存されている細菌のHCOにも結合する化合物を含む可能性が高い.しかしながら,mtCcOのみに存在するCOX7Cの存在と,周辺のアミノ酸配列の違いによって,標的酵素により化合物結合部位の表面構造が異なるため,mtCcOは阻害せず標的酵素のみを阻害する化合物を効率よく獲得できるのではないか,と考えた(図1

).

そこで理化学研究所の本間・幸らとの共同研究により,複数の化合物記述子を利用した多面的in silico類縁化合物探索を用いてmtCcO阻害剤の類縁化合物を探索し,あるいは,in silico dockingを利用してmtCcOの阻害剤結合部位に結合する化合物を選出することで,化合物カスタムライブラリを作成した.まず,仮説の検証のため,シトクロムcではなくユビキノールを電子供与体として利用する大腸菌ユビキノール酸化酵素(E. coli ubiquinol oxidase:EcoUqO)を用いた.EcoUqO精製標品を用いてカスタムライブラリをスクリーニングしたところ,予想どおり,mtCcO阻害剤だけでなく,mtCcOとEcoUqOの両方を阻害する化合物や,EcoUqO特異的な阻害剤が得られた.EcoUqO特異的阻害剤N4は,酵素反応パラメーター測定ではアロステリック阻害様式を示した.加えて,クライオ電子顕微鏡(cryoEM)を用いた単粒子解析により複合体構造を決定することで,その結合部位が低スピンヘムと3本のヘリックスで構成される共通のアロステリック阻害部位であることを証明した.酸素パスへのアミノ酸置換実験では,変異の導入により阻害剤効果が減弱した.さらに,mtCcOの場合と同様のstopped-flow実験でも,BNCへの酸素結合の遅延が化合物によって引き起こされることが示され,阻害部位だけでなく,アロステリーそのものが保存されていることを明らかにした(図2C

4)

近年,急速な感染拡大により問題視されている薬剤耐性菌の一つにNeisseria gonorrhoeae(淋菌)がある.淋菌はきわめて耐性獲得が速く,現在淋菌治療に用いられるすべての抗菌剤に対する耐性株が出現し,世界的に拡大している.そこで,我々の仮説を展開し,淋菌特異的な新規抗菌剤への応用を目指し,HCOの一種である一酸化窒素還元酵素(nitric oxide reductase:NOR)を標的とした.NORは嫌気呼吸・エネルギー産生に必須の酵素であるが,局所一酸化窒素濃度がバイオフィルム形成・散逸のトリガーとなること,また感染状況では,宿主のマクロファージが産生する一酸化窒素を還元・無毒化するためにも必要である.ヒト感染状況において,淋菌がバイオフィルムを形成することが知られており,NOR阻害は複数の異なるメカニズムで淋菌の生育・増殖に影響を与える,新規抗淋菌薬の標的となる可能性がある.

発現精製したNORに対してカスタムライブラリを用いてスクリーニングを行ったところ,期待どおり,mtCcOともEcoUqOとも交差しないNOR特異的なアロステリック阻害剤Q275を同定した(図3A

).Q275に対しても,cryoEMを用いた単粒子解析により複合体構造を決定し,保存されたアロステリック部位への結合を確認した.国立感染症研究所の志牟田らとの共同研究により,スーパー耐性淋菌として感染拡大が始まっているセフトリアキソン耐性株に対して抗菌作用を調べたところ,Q275は十分に低い濃度で菌の増殖を抑制した(図3B4)

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図3 HCOに保存されるアロステリック部位を標的とした抗菌剤開発

(A) mtCcOは阻害せずNORを特異的に阻害する阻害剤Q275を同定した.(B)阻害剤Q275は,淋菌の標準株(WHO F株)ならびにセフトリアキソン耐性株(FC428)に対して,亜硝酸存在下で抗菌効果を示した.図は文献4より引用改変.

5. おわりに

AMRに対して,特に2013年以降世界規模の対策が行われてきたにもかかわらず,すでに有効な治療薬がなくなりつつある病原菌が複数存在する.我々の研究室では,これまでに複数の菌種の酸化還元酵素を検証し,菌の酵素特異的な阻害剤の同定に成功してきた.すなわち我々の戦略により,狭いスペクトラムの抗菌剤の開発が可能であることを示唆しており,宿主の常在細菌叢を乱さないAMR対策として求められている要件に合致している5)

我々はmtCcOの新規なアロステリーを発見し,その阻害機構を明らかにした.このアロステリック部位は,祖先型ではタンパク質表面に露出していたのに対して,ミトコンドリア型では進化の過程で獲得したサブユニットによって危険な部位が埋められた,と考察することもできる.この戦略は,他の呼吸鎖酵素,あるいは,他の生命活動に必須な酵素にも適用可能と考える.人類の叡智が結集され,AMRによる脅威を克服できることを強く願う.

謝辞

本研究は多くの共同研究者の惜しみない協力により進めることができました.この場を借りて深謝いたします.

著者紹介

西田 優也(にしだ ゆうや)

国立循環器病研究センター分子薬理部 室長.博士(理学).

略歴

2015年より大阪大学医学部にてポスドク,16年博士(理学,大阪大学),19年より国立循環器病研究センターにて上級研究員,23年より現職.

新谷 泰範(しんたに やすのり)

国立循環器病研究センター分子薬理部 部長.博士(医学).

略歴

1997年大阪大学医学部卒業,4年間の臨床経験ののち,2005年博士(医学,大阪大学),07年よりQueen Mary University of Londonにてポスドク,13年より大阪大学大学院医学系研究科医化学講座にて助教,准教授,2019年6月より現職.

研究テーマと抱負

呼吸鎖酵素のアロステリック活性調節機構の解明と応用.多くの共同研究者の先生方と取り組んできたCcO活性調節機構の解明と創薬研究をすすめ,患者さんと臨床の場に還元できる治療薬の創出を目指しています.国循には大学院生,ポスドクを支援する制度があります.ご興味のあるかた,ぜひ御連絡ください.

ウェブサイト

https://ncvc-molpharm.jp/

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