脳発生過程におけるミクログリアの定着プロセス
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ミクログリアは,脳や脊髄などの中枢神経系に存在する免疫系の細胞である.ミクログリアは,アストロサイトやオリゴデンドロサイトとともにグリア細胞として分類されるが,ミクログリアだけは起源の異なる細胞集団である.すなわち,アストロサイトやオリゴデンドロサイトはニューロンと同じく,脳実質の脳室面近傍に並ぶ神経幹細胞から生み出される.これに対し,ミクログリアは発生初期に卵黄嚢において生じる前駆細胞に由来する.さらに,アストロサイトやオリゴデンドロサイトは胎生後期以降(マウスでは胎生17~18日目以降)に出現するが,ミクログリアは胎生9日目から脳に定着を始める.つまり,ミクログリアは他のグリア細胞と比べて早い時期から脳に定着を開始する.本稿では,ミクログリアがいかにして脳に定着するのかに関して調べた最新研究を紹介するとともに,脳定着プロセスの実態を明らかにすることで後述するような機能あるいは性質多様性の理解にどのようにつながるのか,という可能性について議論したい.
ミクログリアの細胞特性や機能については長年の研究から明らかになってきた.成体脳における機能に関しては,ニューロンのシナプスやスパインの形成・除去を通じて神経回路のリモデリングを行うこと,異物や死細胞を貪食することにより脳内環境を整えることなどが知られている1).また,神経変性疾患,感染症,脳梗塞等の病態時においては,炎症応答や組織修復に関わることが報告されている2).
ミクログリアの成体脳における機能について先に研究が進んだ一方,2010年代以降,胎生期から生後にわたる脳発生過程での機能について研究が進展した.ミクログリアは成体脳では脳を構成する全細胞のうち約10%を占めるのに対し,胎生期の脳では約1%しか存在しない.胎生期のミクログリアは非常に少ない細胞集団だが,ライブイメージングによりその動態を観察すると,突起をその場で伸縮させるだけでなく細胞体自体も活発に動き,脳実質内の幅広い領域を監視できることがわかっている3).実際に機能的な貢献を果たすことが報告されており,たとえば神経幹細胞から中間型前駆細胞への分化促進3, 4)
,貪食を通じた神経前駆細胞の数の調節5),大脳基底核から皮質原基(将来,ニューロンの6層構造からなる新皮質となる)に進入する介在ニューロンの移動の制御に関わる6)ことや,脳の形作りにも貢献する7)ことが報告されている.一方,胎生期のミクログリアが血管構造の保持や透過性を制御することも知られている8).興味深いことに,ミクログリアは大脳皮質原基において胎齢の進行に伴い局在を変化させることがわかっている9).したがって,上記のような機能を適切な時期・場所で発揮するには,その分布を制御する機構が円滑に働くことが肝心であることがうかがえる.
中枢神経系には,ミクログリアに加えて,非常によく似た性質を持つも異なる細胞集団である脳境界マクロファージが存在する.脳境界マクロファージは,脳膜(胎生期での呼称)やその後の髄膜(硬膜,くも膜,軟膜),脳室,血管周囲スペース,脈絡叢といった血管・間葉組織系と脳実質の境界に位置する細胞集団である10).以前は,ミクログリアと脳境界マクロファージを明確に見分けることが困難であったことから,それぞれを明瞭に区別して解析した報告は少なかった.たとえば,CX3CR1やIBA1といったミクログリアのマーカーとして知られる分子は,脳境界マクロファージにも共通して発現する.
しかし近年急速に発展したシングルセル解析等によって,両者を区別できる程度に発現量の異なる遺伝子群が同定された10).具体的には,ミクログリアはP2ry12,Tmem119,Hexb,Slc2a5,Sall1等の遺伝子,脳境界マクロファージはMrc1 (Cd206),Pf4,Lyve1,Msr1等の遺伝子を高発現するという特徴がわかっている.
ミクログリアと脳境界マクロファージは起源が同じであることが知られており,どちらも卵黄嚢内で形成される血島から生じるerythromyeloid progenitor (EMP)に由来する11).EMPは転写因子のRUNX1,PU.1,IRF8依存的にA1細胞,A2細胞という前駆細胞へと順番に分化し,その後ミクログリアあるいは脳境界マクロファージとして脳に定着を開始する(図1).マウスにおいては胎生7~8日目に卵黄嚢で前駆細胞のEMPが誕生し,胎生9~10日目ごろからミクログリアあるいは脳境界マクロファージとして脳に定着を始める.ヒトでは胎生19日目ごろから卵黄嚢血島での原始造血が開始するとされるが,まだ不明な点が多く残される.
マウスにおけるミクログリアおよび脳境界マクロファージの発生の経過を示す.どちらも卵黄嚢で発生するEMPを起源とし,A1細胞,A2細胞を経てそれぞれに分化する.過去の研究から,A2細胞の段階でCD206陽性と陰性の細胞集団に分かれることがわかっている.
両者の運命選択がいつ・どこでなされるのかについては議論の余地がある.卵黄嚢に存在する前駆細胞のシングルセル解析により,A2細胞においては脳境界マクロファージのマーカー分子であるCD206の発現の有無で細胞集団が分かれることが判明したことから,卵黄嚢に存在する前駆細胞の時点で両者の運命選択がなされるのではないかというモデルが提唱された12).しかし,別の研究グループらによるCD206陽性細胞のフェイトマッピング解析によって,CD206を発現する前駆細胞が脳境界マクロファージだけではなくミクログリアにも分化できることが実証された13).すなわち,卵黄嚢に存在する時点では運命が完全に決まるのではなく,運命選択にまだ“ゆらぎ”があることが示唆された.
CD206陽性前駆細胞から脳境界マクロファージだけでなくミクログリアも生じることが明らかになった一方で,いつ・どこでそれぞれに運命づけられるのかについては未解明な点として残っていた.そこで我々は,ミクログリアあるいは脳境界マクロファージとして脳内に定着した後にまだ運命転換が起こりうる,つまり,周囲の環境に呼応して運命を選択する可能性を考え,その検証を行った.
まず,マウス胎生早期の脳におけるミクログリアおよび脳境界マクロファージの分布を免疫染色により調べた.胎生14日目以降は大脳皮質原基に存在するCX3CR1陽性細胞のほとんどがCD206陰性・P2RY12陽性でミクログリアの性質を示し,CD206陽性・P2RY12陰性の特徴を有する脳境界マクロファージは脳室や脳膜に限局し,両者の分布は明瞭に分かれていた.一方,胎生12日目では大脳皮質原基内にCD206陽性細胞が50~60%を占めていた.詳細に観察すると,脳室内腔には多数のマクロファージが脳室面に張りついた状態で存在しており,大脳皮質原基に向かってその細胞突起を侵入させている様子が観察された.そこで,胎生早期に脳室からマクロファージが流入し,その後脳実質内でミクログリアへと運命を転換する可能性を考えた.
ミクログリアと脳境界マクロファージが緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein:GFP)を発現するCx3cr1-gfp+/−マウスを用いて,脳スライスの培養下ライブイメージングを行った.脳室面に付着するマクロファージの挙動を観察したところ,マウス胎生12日目に大脳皮質原基内へと高頻度で侵入することを見いだした.これに対して,胎生13日目以降ではその侵入がほとんど起こらなかった.一方,胎生12日目から胎生後期にかけては,脳膜から大脳皮質原基への脳境界マクロファージの流入がほぼ起こらないことを確認した.これらの観察結果から,胎生12日目は脳室からの流入が起こりやすく,侵入を許容できる特有の時期であることが示唆された.
しかし,脳スライス培養の観察では脳に外科的侵襲を加えるため,その影響を否定できなかった.そこで,観察した現象が実際に生体内で起こるのかを調べるため,胎生12日目のマウス胎仔に対するin vivoライブイメージングシステムを新たに構築した(図2).胎生12日目のマウス胎仔に対し,胎盤を残した状態で母体から切り離し,温度・酸素供給を整えた外部環境下で生育することで,生きた状態で二光子顕微鏡による観察を行った.この方法を用いて,固定器具内で直立させた胎仔の頭頂部から脳内深部を観察し,脳室マクロファージが大脳皮質原基に侵入する瞬間を実際に捉えることができた.したがって,脳室からのマクロファージ流入は生体内でも起こる現象であることが示された.
マウス胎生12日目のin vivo脳内イメージングシステムの概要.酸素供給と胎仔の体温管理をすることで,胎仔の生育を維持しながら脳内の細胞動態を観察することができる.Hattori, Y. et al. (2023) Cell Rep., 42(2): 112092のFig. 4Mを改変.
一方,脳室マクロファージが背側の間葉組織から蓋板と呼ばれる部分を通り抜けて供給されることを併せて捉えたことから,ミクログリアが脳にたどりつくまでの一つの経路として,「蓋板→脳室→大脳皮質原基」という経路が存在することを見いだした14).
次に,脳室から大脳皮質原基に侵入した脳境界マクロファージがその後ミクログリアに運命転換する可能性について検証した.まず,Cx3cr1-gfp+/−マウスから単離した脳境界マクロファージを野生型マウスの脳室内に移植し,その2日後に移植した細胞(GFP陽性)の性質を調べるという実験を行った.その結果,GFP陽性細胞は脳室に存在する時点ではまだ脳境界マクロファージの性質を保持していたが,大脳皮質原基に侵入した細胞はその性質を失い,代わりにミクログリアの性質を獲得していることがわかった.また,脳室内に微量の蛍光色素を投与することによって脳室マクロファージのみに蛍光色素を取り込ませ,その後の分布や性質を追跡する解析も実施した.その結果,脳室マクロファージが大脳原基内に入った後にミクログリアの性質を獲得することを確認した.以上の結果から,脳室マクロファージは大脳皮質原基内部の環境に呼応してミクログリアに分化できることが明らかとなった.
さらに,大脳皮質原基内のミクログリアのうち,脳境界マクロファージ由来の細胞がどのくらいの割合で存在するのかを調べるため,CD206陽性細胞のフェイトマッピング解析を行った.胎生11~12日目ごろにCD206を発現していた細胞を標識し,その後の細胞の性質を追跡解析したところ,胎生14日目や生後0日目の時点で,大脳皮質原基に存在するミクログリアのうち約6分の1の割合の細胞が過去にCD206を発現していた細胞であることが示された(図3).すなわち,ミクログリアには少なくとも二つの分布経路をつかって脳に定着し,胎生9~10日目ごろにミクログリアの性質を備えて脳に定着を開始する群に加えて,その後遅れて胎生12日目ごろに脳室から流入する群が存在することが明らかとなった14).
ミクログリアには多岐にわたる機能があることがみえてきた一方で,近年のシングルセル解析の発展により,胎生期から生後・成体期にわたって徐々に性質を変化させること,また,時間軸の変化だけでなく,同じ時期でも性質の異なる細胞集団が存在することが明らかとなっている15).しかし,ミクログリアがどのようにして機能的あるいは性質的多様性を獲得するのかは明らかにされていない.本稿で示したように,ミクログリアには異なる分布ルートを使って脳に定着する細胞集団が存在することが明らかとなった.由来・分布ルートの違いが将来獲得する性質を左右する可能性はありうると同時に,脳に定着したのちに周囲の環境によって性質が賦与される可能性も十分に考えられる.このような観点から,どの要因がミクログリアの多様性を制御しているのかについては今後解明が待たれる.また遺伝子発現の多様性が認められたとして,それが機能的な面で脳発生・高次脳機能にいかに貢献するのかといった,性質と機能の連関についても明らかにしていく必要がある.また生理条件下でのミクログリア機能の理解に加えて,さまざまな病態下における変容についても今後さらなる研究展開が期待される.
研究遂行に際して,所属研究室長である宮田卓樹先生を始め,共同研究者の先生方におかれましては,多大なるお力添えとご指導を賜りましたことを深く御礼申し上げます.また,技術職員ならびに技術補佐員の皆様には,日ごろよりサポートをいただき大変助けられました.皆様のお陰で研究を円滑に進めることができており,この場をお借りして心より感謝申し上げます.
1) Borst, K., Dumas, A.A., & Prinz, M. (2021) Microglia: Immune and non-immune functions. Immunity, 54, 2194–2208.
2) Li, Q. & Barres, B.A. (2018) Microglia and macrophages in brain homeostasis and disease. Nat. Rev. Immunol., 18, 225–242.
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