細菌の細胞分裂タンパク質FtsZの分子メカニズム
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細胞分裂とは一般に,細胞の中央でくびれが生じてほぼ等しい二つの細胞に分かれる現象を指す.この細胞分裂の制御には,大腸菌では30種以上のタンパク質が関与しているとされる1).そのなかで中核をなすタンパク質がFtsZである.FtsZは1991年に発見された細菌の細胞分裂に必須のタンパク質で2),その後ほとんどの真正細菌およびアーキアの多くで保存されていることがわかった.チューブリンホモログであるFtsZは細胞の中央の細胞膜の内側でGTP依存的にフィラメント状に会合し,さらにそれらのフィラメントは寄り集まってZ-ringと呼ばれるリング状の構造体を形成する(図1).このZ-ringに他の細胞分裂タンパク質群が結合し,それらのタンパク質とZ-ringが協調しながら,細胞膜を陥入させると考えられている.また,細胞分裂タンパク質は抗菌薬の標的になりうるが,なかでもFtsZは抗菌薬の標的としても注目されてきた3).このように微生物学および薬学において重要なFtsZであるが,最近の超解像顕微鏡,1分子イメージング,クライオ電子顕微鏡(CryoEM)の発展により,FtsZの機能と構造に関する研究が飛躍的に進んだ.本稿では,進展著しいFtsZ研究に焦点を当て,その機能と構造の研究について解説する.
何が細胞膜を陥入する力を生み出しているのか.この問いについて,長年さまざまな議論がなされてきた.2000年ごろ,GTP/GDPの結合によるFtsZフィラメントの構造の違いが陥入力の発生源とするモデルが主流を占めた.図1に示すようにGTPに結合したFtsZは,GTPをもう1分子のFtsZと挟み込むようにしてフィラメントを形成する.FtsZ分子間でGTPがGDPに加水分解されるとFtsZ分子はフィラメントから離脱する.電子顕微鏡観察で,GTP結合型FtsZでは直線フィラメント,そしてGDP結合型FtsZでは湾曲フィラメントが観察されたため,このFtsZフィラメントの構造の違いが陥入力を生み出すというモデルが提案された4).その後,FtsZをリポソーム膜にリンカーで接続することによってリポソーム膜が陥入・分裂する様子も観察され5),さらに分子動力学(molecular dynamics:MD)シミュレーションによってGTP/GDPの違いがFtsZフィラメントの構造変化を起こすことが報告されたため6),FtsZが単独で陥入する力を生むとするモデルに落ち着くかに思われた.ところが,2017年ごろからその様相が一変する.超解像顕微鏡を使って,FtsZよりはむしろ細胞壁合成酵素群によって膜を陥入する力が生み出されるという説が提案された7, 8)
.このモデルでは,FtsZフィラメントの集合体であるZ-ringが一方向に回転するトレッドミリング運動をして,その運動がZ-ringと相互作用する細胞壁合成酵素群の配置や運動に影響することで細胞壁を合成して細胞膜を陥入させる.このトレッドミリング運動とは,図1に示したようにGTP結合型FtsZがフィラメントの+端に重合してフィラメント内でGTPを加水分解した後に−端で解離する現象である.見かけ上はフィラメントが一方向に動いているようにみえるが,実際にはFtsZ分子が重合と解離を繰り返している.これらの新しい膜陥入モデルが提案された後,FtsZのトレッドミリング運動が膜陥入の始動に必須であること9),FtsZフィラメントどうしを密に集合させることが細胞分裂に必須であること10),そして細胞分裂タンパク質群がFtsZフィラメントの集合を担っていることなど10, 11)
,超解像顕微鏡と1分子イメージングによって,FtsZとその周りの細胞分裂タンパク質群の機能が相次いで再定義されている.このようなFtsZの機能の再定義に伴って,FtsZの分子メカニズムにも再び関心が向けられている.
FtsZの機能解析と同様に,FtsZのX線結晶構造解析(X-ray diffraction:XRD)も長年にわたって行われてきた.FtsZはチューブリンホモログであり,立体構造全体,GTP結合様式,活性部位等,構造的にチューブリンと類似している点が多い.フィラメントを形成する性質も類似し,GTPを分子間で加水分解する点も似通っている.
これまでにさまざまな細菌種のFtsZのXRD構造が解析されたが,FtsZの機能解析結果を構造から説明できないケースが多く出てきた.前述したように電子顕微鏡では,明らかにGTP/GDPによってFtsZのフィラメント構造が異なる4).にもかかわらず,GTP結合型FtsZとGDP結合型FtsZの結晶構造においては違いがみられない12).つまり,図1で四角と丸で示した,GTP/GDPとFtsZ分子の重合/解離の相関が構造的にみられなかったのである.その後,黄色ブドウ球菌FtsZ(SaFtsZ)の結晶解析が行われ13),また我々も遅れてSaFtsZを構造解析したところ,GDP結合型SaFtsZが異なる2種類の構造をとることが分かった14).これら異なる構造のうち一つは,GTPase反応を触媒する活性部位に隣接分子のループ(T7 loop)が入り込みGTPの加水分解に適した構造となっていて,もう一方はそのT7 loopが活性部位から離れて,フィラメント内の接触面積が小さくなっていた(図2).このことから,前者が直線型フィラメントに相当する状態(T型,図1中で四角で示した)で,後者が湾曲型フィラメントに相当する状態(R型,図1中で丸で示した)に相当すると考えられた.
しかし,本来GTP結合型FtsZは直線型フィラメントに相当するT型で,GDP結合型FtsZが湾曲型フィラメントに相当するR型となるはずである.にもかかわらず,前述のXRD構造は,GDP結合型StsZがT型とR型の両方のコンホメーションをとるという不思議な結果となっている.他のXRDによる構造研究も,FtsZの振る舞いを説明できるものがなかった.そこで構造研究を行っていた研究者らは,XRDそのものに原因がある可能性に気づき始めた.XRDは結晶内の分子をみる方法である.そのため,当然結晶内では分子が規則的かつ高密度に並ぶという制約を受けてしまう.この方法では,FtsZフィラメントの構造を正しく捉えていないのではないかと.
そのような状況のなか,CryoEMという新しい構造解析法が開発された.この方法では溶液中のタンパク質の構造解析が可能なため,XRDの問題を解決できる.そのため多くの研究者がCryoEMによるFtsZの構造解析に取り組んだと予想される.しかし,FtsZフィラメントは細く柔軟なために高分解能での構造解析が困難で,最近まで,CryoEMを用いた7.8 Å分解能のFtsZの構造が1例報告されているのみであった15).
この問題を解決するため,我々は測定条件の最適化,由来細菌種の選択,FtsZに結合する抗体様タンパク質の利用などの工夫によって,高分解能でのFtsZのCryoEM構造を報告できた(図3)16).では,このCryoEM構造はXRD構造とどの点が異なっていたのか.その詳細を以下に述べる.
まず我々はGTPアナログであるGMPCPP結合型の肺炎桿菌FtsZを解析した.以前の低解像度の電子顕微鏡でのフィラメント構造と同様にGMPCPP結合型FtsZが直線型フィラメントを形成することを確認し4),その構造を3.0 Å分解能で構造解析できた(図3).解析したCryoEM構造の主鎖についてはSaFtsZの結晶構造のT型のフィラメント構造(PDB id:5H5G)と類似していた[平均二乗偏差(root mean square deviation:rmsd)は0.96 Åであった].しかし,最も重要と考えられるGMPCPPの結合様式が異なっていた.結晶構造と溶液構造を比べると,結晶構造ではGMPCPPのリボースとGlu138の間に水素結合があるが,溶液構造ではそのような水素結合は確認できず,代わりにリボースとArg142が水素結合を形成していた.またGMPCPPのコンホメーション自体も異なっており,GMPCPPのγリン酸基が加水分解を担うT7 loopに近づいているいることからより加水分解されやすい状態になっていると考えられる.あらためてさまざまなXRD構造について結晶内の分子パッキングを確認してみると,やはり隣接分子とGMPCPP結合部位とが接触しているケースが多くみられた.つまりこれまで報告されたFtsZのXRD構造は,結晶内環境の影響を少なからず受けており,FtsZ単独の本来の姿とは異なる可能性が示された.また見方を変えると,FtsZはわずかな相互作用の違いによって構造を変化させる,非常に繊細なタンパク質であることも示唆された.
さらに我々はGDP結合型FtsZのCryoEM解析も同時に行った.こちらも以前の低解像度の電子顕微鏡でのフィラメント構造と同様に湾曲型フィラメント,厳密にいうとヘリカル型フィラメントをネガティブ染色による電子顕微鏡では確認できたが4),柔軟なヘリカル型フィラメントの構造をCryoEMで解析することはできなかった.そこで,抗体様タンパク質であるモノボディをFtsZに結合させたところ,湾曲型フィラメントの構造を2.7 Å分解能で構造解析することができた.この解析で,GDP結合型FtsZは2本のFtsZフィラメントからなる直径約260 Åの二重らせん構造を形成すること(図3),そしてモノボディは2本のFtsZフィラメントの隙間を埋めるように結合しており全体の構造を安定化していることがわかった.モノボディがない場合でも,GDP結合型FtsZが類似したヘリカル構造をとるという結果も得られていることから,二重らせん構造あるいはその一部が生体内でも存在する可能性が高い.また,このヘリカル構造中で,これまでXRD構造では決定できなかったFtsZのN末端領域がフィラメント内の隣接分子と相互作用していたことから,N末端領域もフィラメント形成に寄与していることがわかった.さらにXRD解析の結果も取り入れて,異なる曲率で湾曲したフィラメントを比べてみたところ,FtsZの構造に大きな変化はみられなかった.この結果と一致することに,哺乳類のαβチューブリンでも立体構造とフィラメント曲率の間には相関がないと報告されている17).これらの結果より,FtsZはチューブリン同様に構造変化なしに曲率の異なるフィラメントを形成することが明らかとなった.このようなヘリカル構造をとる巨大分子は,繰り返し単位が巨大になるためにXRD解析はほぼ不可能である.したがってこの解析はCryoEMのメリットを最大限享受できた成果ともいえる.
このようにGMPCPP結合型,およびGDP結合型FtsZの構造において,FtsZの構造やフィラメント構造に違いがみられたことから,FtsZがGTP/GDPの違いや,わずかな相互作用の違いによって多様な集合形態をとりうることがわかった.そして,FtsZは単に他の細胞分裂タンパク質の足場としての機能だけでなく,他の細胞分裂タンパク質と相互作用することで容易に構造を変化させるとも予想された.筆者は個人的に,この繊細なFtsZの性質が,柔軟かつロバストな細胞分裂マシーナリーを支えているのではないかと考えている.
このように最近の超解像顕微鏡,1分子イメージング,そしてCryoEMの技術の進展によって,FtsZをはじめとする細菌の細胞分裂タンパク質の機能と構造が再定義され,その新しく見いだされた機能と構造との相関が明らかになりつつある.しかし,こと構造解析に関していえば,30種のタンパク質からなる細胞分裂タンパク質のたった1種類であるFtsZの構造が明らかになったにすぎない.細胞分裂タンパク質は互いに相互作用しながら協調して機能する.今後はこれらの本来の機能を調べるためにも,細胞分裂タンパク質複合体の機能と構造のさらなる研究が期待される.
本稿で紹介した研究は,大阪大学大学院生命機能研究科・日本電子YOKOGUSHI協働研究所,京都府立大学大学院生命環境科学研究科,立命館大学生命科学部の研究室で行われたものです.共著者含め,ご協力いただいたすべての皆様に感謝申し上げます.
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