親電子性植物成分スルホラファンによるNrf2非依存的なセレノプロテインP発現低下機構
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セレンは生命の維持に必須な微量元素であり,ヒトから細菌に至るまで,幅広い生物種において,21番目のアミノ酸;セレノシステイン(システインの側鎖の硫黄がセレンに置換されたもの)に組み込まれ,還元酵素等の活性部位として多様な機能を発揮する.セレノシステインを含むタンパク質は,セレノプロテインと総称され,ヒトでは25種類知られる1).このような生理的なセレンの要求と相対し,近年では過剰なセレンに起因する病態形成が注目を浴びている.たとえば,高血糖に伴う血中セレノプロテインP(SeP)の増加による糖尿病リスクの増大が報告されている2).また,悪性腫瘍においては,抗がん剤耐性や予後の悪化にセレノプロテインであるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)やチオレドキシン還元酵素(TrxR)等の発現増加が関わる3).すなわち,セレンの代謝を理解し制御を可能とすることで,生活習慣病やレドックスが関与する各種病態の予防・治療に貢献できると考えられるが,その介入方法はほとんど理解されていない.
これまで我々は,主に肝臓で合成されて血漿中に分泌されるSePについて解析を進めており,SePが血流を介してさまざまな組織にセレンを供給することで,セレン代謝を駆動する重要な因子であることを報告してきた1, 4)
.糖尿病患者において血漿中SeP量が増加すること,SePに対する中和抗体によって糖尿病マウス病態の改善可能であることも見いだしたことから,SePは糖尿病のバイオマーカーかつ治療標的として有効であると考えられる5).また,脳腫瘍において発現増加するSePは,GPxの誘導を介して抗酸化能(フェロトーシス耐性)の獲得に関わることも見いだした6)(図1).SePの発現制御を介してセレンの代謝制御にアプローチできると考えられたことから,我々はSeP発現抑制剤の開発を進めてきた.これまでの研究から,我々は親電子的なお茶成分であるエピガロカテキンガレートがSePの発現を抑制することを見いだした7).上記知見をヒントとし,親電子性物質がセレン代謝制御の上で重要なファクターになると予想した.今回,親電子的な植物成分・スルホラファンによるSeP発現抑制作用について,親電子応答をつかさどるマスターレギュレーター・転写因子Nrf2の関与も含めて検証を行ったので,関連する周辺研究も含めて紹介したい.
ブロッコリースプラウト等に多く含まれるスルホラファンは,通常,配糖体(グルコシノレート)として存在している.本分子は,咀嚼などで植物細胞から逸脱したミロシナーゼによって活性化し,イソチオシアネート基(–N=C=S)を有するスルホラファンへと変換される(口腔内での変化の他,腸内細菌による変換も報告されている8)).親電子的であるイソチオシアネート基は生体内では求核性のリシン側鎖のアミノ基や,システインのチオール基と共有結合することで,チオウレアやジチオカルバメートを形成する.舌の神経に発現するTRPA1(transient receptor potential ankyrin 1)チャネルは,冷感–痛み受容体であるが,細胞内ドメインに存在するシステイン残基でこのような親電子物質と共有結合し,それを感知・活性化し,痛みという感覚に変換するための親電子受容体でもある9).そのため,スルホラファンの存在と反応性は,辛味という感覚で直感的に認識できる(類縁物質はさまざまなアブラナ科野菜に含有されており,カラシ,ワサビ,大根等も同様).一方,多くの細胞は細胞質内に親電子センサーとなるタンパク質Keap1(Kelch-like ECH-associated protein 1)を発現している.ヒトのKeap1は1分子内に27個のシステイン残基を保持し,ホモ二量体として機能する.Keap1は転写因子Nrf2のアダプター分子であり,E3ユビキチンリガーゼであるCullin3を介したNrf2分解をサポートする.そのため,通常Nrf2は分解されることで活性が抑制されているが,スルホラファンのような親電子物質がKeap1のシステイン残基に付加すると,その分解が抑制され,新たに合成されたNrf2が核移行することで活性化し,プロモーター上の抗酸化剤応答配列/親電子性物質応答配列(ARE/EpRE)下流の遺伝子(第一相,第二相解毒代謝酵素群)を転写活性化する.また,ARE/EpRE配列の依存・非依存等未知の部分もあるが,Nrf2は炎症性サイトカイン類のプロモーター領域に結合して,転写抑制因子として振る舞うことで,抗炎症に関わることも知られる10).そのため,上記のような野菜成分が健康増進に役立つと考えられ,糖尿病予防作用等も含め,ヒトレベルで有効性に関わるデータが蓄積しつつある.そこで,糖尿病増悪因子であるSePの抑制が本効果に寄与しているとの仮説のもと,検討を進めた.
まず,SeP発現が高い培養肝細胞であるHepG2細胞を用い,亜セレン酸(100 nM)添加で誘導したSePに対して,無毒性量のスルホラファンによる影響をmRNAレベルおよびタンパク質レベル(細胞内発現量と培地中への分泌量)で検証したところ,スルホラファン(6 µM)の24時間処理により,SePの発現量はすべて有意に減少した.上記条件のスルホラファンは,Nrf2を活性化するとともに,Nrf2下流遺伝子の一つであるヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)の発現を増加させた.一方,siRNAによってNrf2の発現を抑制すると,ベースのSeP mRNA,タンパク質レベルが増加し,Nrf2はSePの転写抑制に関わることが示された.他方,Nrf2の発現を抑制した条件下でも,スルホラファンによるSePタンパク質レベルの低下は変わらず認められた.つまり,スルホラファンによるSePの発現低下は,Nrf2依存的な転写抑制とNrf2非依存的なタンパク質発現低下作用の複合的な作用であることが示唆された(図2).細胞外に分泌されたSePは,エンドサイトーシスを経てリソソームで分解される.そこで,スルホラファンがリソソームに与える影響を検証したところ,LysoTrackerで染色される低pHのリソソームが増加するとともに,リソソーム酸性度に関わるATP6VA1の発現が増加した.そこで,リソソーム酸性度の増加がスルホラファンによるSeP減少の鍵になっていると仮定し,バフィロマイシンまたはクロロキンによってリソソームの酸性化を阻害したところ,スルホラファンによるSePタンパク質レベルの低下はいずれの阻害剤処理によっても抑制された.またNrf2の発現抑制はスルホラファンによるリソソームの酸性度増加には寄与しなかったことから,本作用はNrf2とは独立していることが示された.その分子機構について本研究では未解明であるが,少なくともスルホラファンによるリソソーム関連のマスター転写因子であるTFEB(transcription factor EB)の活性化がすでに報告されており,本因子の関与が考えられる11).
HepG2細胞にNrf2 siRNAを処理し24時間後,表記濃度のスルホラファンで24時間処理した.その後,細胞ライセートを回収し,SePの量についてウエスタンブロットで検討し,定量化した結果を示す(Mean±S.D. (N=3), *p<0.05 vs each control. one-way ANOVA, post-hoc test Dunnett method). Nrf2発現抑制ではSFNによるSeP発現抑制作用はキャンセルされなかった.データはX. Ye et al., 2023, Communications Biology誌の改変.
次に,マウスにスルホラファンを腹腔内投与すると,肝臓中のカテプシン成熟体(リソソーム酸性度の増加で成熟化するリソソーム内プロテアーゼ)が増加するとともに血漿中SePタンパク質は低下した.そこで最後に,SeP発現が増加する糖尿病モデルマウス(KKAy)にスルホラファンを投与したが,肝臓内の還元型グルタチオン(GSH)レベルが野生型マウスと比較し高いためか,スルホラファンのSeP発現低下作用を発揮するためには長期間の投与が必要であり(スルホラファンの親電子性はGSHにより抱合・消去されやすいと想定されるため),血糖値や耐糖能改善作用は限定的であった.以上,今回の研究からスルホラファンによるSeP低下メカニズム(Nrf2依存的な転写抑制と,Nrf2非依存的なリソソーム分解促進機構)はある程度クリアになったものの,実際の治療効果を狙うには,予防的な持続投与や,より作用や吸収のよい誘導体開発等が必要であることも合わせて示された12)(図3).これを受け,東北大学薬学部の合成制御化学分野(山越博幸先生,岩渕好治先生ら)と共同研究を展開しており,複数の食品中親電子物質と展開化合物のライブラリーを用いてSeP抑制作用について検証している.現在までにより低濃度で作用する数種類のヒット化合物を得ている.今後の研究に期待されたい.
前述したようにスルホラファンは代表的な食品中親電子物質であり,生体内ではタンパク質中のシステイン残基と結合することで,辛味や抗酸化応答等の生理的応答を引き起こす.一方,SePのセレノシステイン残基は,システインと比較して強力な求核基であり,スルホラファンがセレノシステイン(セレノール)と共有結合することも想定される.そこで我々が開発したシステイン残基に対する付加体の競合的検出法biotin PEAC5 maleimide labeling assay(BPML)を改変することで,セレノシステイン選択的な付加体検出を実施した13).SeP精製タンパク質およびヒト血漿を用いたin vitroでの検討の結果,スルホラファンはセレノシステイン残基を介してSePに付加することが示唆された.精製SePに対してスルホラファンを反応させ,スルホラファン-SeP付加体を調製し,本分子を培養細胞の培地にセレン源として添加する実験を行ったところ,本付加体は通常のSePと同様に細胞内に取り込まれるものの,セレン供給活性が阻害されることを見いだした(未発表データ;under review).すなわち,スルホラファンは肝臓でSePの合成を阻害するだけでなく,血漿中でSePと結合した場合はそのセレン輸送機能も阻害する二重の作用によって,過剰なセレン供給に起因するような病態改善に寄与する可能性が考えられる.
これまで,親電子的なストレスによりGPxやTrxRの活性や発現が低下することが知られており14),酸化ストレスや毒性という文脈でよく理解されている.一方,今回の研究から,過剰なセレンに起因する病態においては,親電子物質でセレン代謝をコントロールして病態の改善に貢献できる可能性がみえてきた.真に上記の可能性を追求する上で,親電子物質と毒性の問題は切り離すことはできず,安全性の高い親電子物質(今回は食品成分に注目した)を用いることが重要な課題になるであろう.そのシーズ化合物探索を含め,現在セレン代謝制御研究は萌芽期であり,今後,正負両面の“セレン代謝リモデリング”をコントロールする技術開発で,レドックスが関わる病態改善に向けて,新しい側面からアプローチができるようになると期待される.
本研究を遂行するにあたり,東北大学大学院薬学研究科 叶心瑩氏,東京大学大学院農学研究院 田口恵子先生,および東北大学大学院医学系研究科医化学分野 山本雅之先生にご協力いただきました.厚く御礼申し上げます.
1) Saito, Y. (2021) Selenium transport mechanism via selenoprotein P-its physiological role and related diseases. Front. Nutr., 8, 685517.
2) Kohler, L.N., Foote, J., Kelley, C.P., Florea, A., Shelly, C., Chow, H.S., Hsu, P., Batai, K., Ellis, N., Saboda, K., et al. (2018) Selenium and Type 2 diabetes: Systematic review. Nutrients, 10, 1924.
3) Kalimuthu, K., Keerthana, C.K., Mohan, M., Arivalagan, J., Christyraj, J., Firer, M.A., Choudry, M.H.A., Anto, R.J., & Lee, Y.J. (2022) The emerging role of selenium metabolic pathways in cancer: New therapeutic targets for cancer. J. Cell. Biochem., 123, 532–542.
4) Mizuno, A., Toyama, T., Ichikawa, A., Sakai, N., Yoshioka, Y., Nishito, Y., Toga, R., Amesaka, H., Kaneko, T., Arisawa, K., et al. (2023) An efficient selenium transport pathway of selenoprotein P utilizing a high-affinity ApoER2 receptor variant and being independent of selenocysteine lyase. J. Biol. Chem., 299, 105009.
5) Mita, Y., Nakayama, K., Inari, S., Nishito, Y., Yoshioka, Y., Sakai, N., Sotani, K., Nagamura, T., Kuzuhara, Y., Inagaki, K., et al. (2017) Selenoprotein P-neutralizing antibodies improve insulin secretion and glucose sensitivity in type 2 diabetes mouse models. Nat. Commun., 8, 1658.
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11) Li, D., Shao, R., Wang, N., Zhou, N., Du, K., Shi, J., Wang, Y., Zhao, Z., Ye, X., Zhang, X., et al. (2021) Sulforaphane Activates a lysosome-dependent transcriptional program to mitigate oxidative stress. Autophagy, 17, 872–887.
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