大脳皮質発達期の神経細胞移動における細胞外マトリクスの機能
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思考・認知・記憶など脳の高次機能を司る大脳皮質は,機能や形態が異なる神経細胞群が集合し秩序だった6層構造を有する.大脳皮質の層構造は,発生期に生まれた神経細胞が脳表層に移動することで形成される.胎仔期のマウス大脳皮質は脳表層から辺縁帯,皮質板,サブプレート/中間帯,脳室下帯/脳室帯という領域に分かれており,脳室帯に存在する神経幹細胞(放射状グリアとも呼ばれる)から未熟な神経細胞が生産される(図1a).分化したばかりの未熟な神経細胞は,短い突起を複数本持った多極性の形態を示し,ゆっくりと上下左右に移動しながら中間帯の下部まで侵入する.中間帯上部へ移動する際に,多極性神経細胞は,先導突起(将来の樹状突起)と軸索を有する双極性神経細胞へと形態を変化させる.次に双極性神経細胞は,神経幹細胞から伸長する突起を足場にしながら皮質板の最上部まで放射状に移動し(ロコモーションと呼ばれる),配置が完了したのちに成熟する.このステップが繰り返されることで大脳皮質の6層構造が形成される1–3)
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(a)脳室帯の神経幹細胞から生まれた神経細胞は中間帯で多極性神経細胞から双極性神経細胞へと形態を変化させ,皮質板の最上部へと移動する.(b)神経細胞が活発に移動する胎生16日目の大脳皮質において,ヒアルロン酸,ニューロカン,テネイシン-Cはサブプレート/中間帯に局在する.(c)白い矢印で示したように,三者複合体はGFP標識した移動中の神経細胞の周囲に形成される.
この中間帯で起こる多極性から双極性への形態変化は大脳皮質形成においてきわめて重要なステップである.初代培養神経細胞を用いたin vitroの研究から,神経突起形成において重要なシグナル伝達分子や転写因子が解明されている4).しかし,in vitroとin vivoの形態変化では細胞周囲の環境は大きく異なる.なぜなら,脳組織の三次元構造は細胞外マトリクスにより構成されるからである.我々は以前,中間帯には細胞外マトリクスの主成分である多糖のヒアルロン酸が豊富に存在することを報告した5).しかしながら,このヒアルロン酸を含む細胞外マトリクスが大脳皮質発生においてどのような機能を持つかは不明であった.そこで本稿では,最近我々が明らかにした,胎仔期大脳皮質において形成される細胞外マトリクス複合体の機能について解説する6).
ヒアルロン酸は,数キロから数千キロダルトンのきわめて長い直鎖状の多糖であり,さまざまな細胞外マトリクス分子と相互作用し複合体を形成する足場として機能する.近年,中枢神経系の研究分野では,成体脳においてヒアルロン酸を足場として形成される細胞外マトリクスであるペリニューロナルネットが注目されている7).ペリニューロナルネットは,成熟した神経細胞の細胞体と近位の突起を囲む網目状の構造であり,神経可塑性を制御することが知られている8).本研究では,胎仔期大脳皮質の中間帯に存在するヒアルロン酸も他の細胞外マトリクス分子と複合体を形成することで大脳皮質発生に関与するのか検証した.
我々は,細胞外マトリクス分子のなかでもコンドロイチン硫酸プロテオグリカンに着目した.コンドロイチン硫酸プロテオグリカンとは,コアタンパク質に糖鎖であるコンドロイチン硫酸鎖が付加した分子の総称であり,コアタンパク質の違いから複数種類存在する.脳で発現している主なコンドロイチン硫酸プロテオグリカンは,アグリカン,ニューロカン,バーシカン,ブレビカンである.この4種のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンはN末端側にG1ドメイン,C末端側にG3ドメインと呼ばれるホモロジーの高い球状ドメインを持ち,G1ドメインがヒアルロン酸結合性を示す.胎仔期のマウス脳で発現している主要なコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの同定を試みたところ,ニューロカンが豊富に存在していた.ヒアルロン酸を用いたプルダウンアッセイからも,ニューロカンがヒアルロン酸と結合することが確かめられた6).次に,ニューロカンのC末端領域と相互作用する分子を同定するため,組換え型ニューロカンを用い大脳皮質ライセート中のタンパク質をプルダウンした.質量分析の結果,分泌性の糖タンパク質であるテネイシン-Cが同定され,これは先行研究の報告とも一致した9).以上のin vitroの結果より,胎仔期大脳皮質の中間帯ではヒアルロン酸を足場としてヒアルロン酸/ニューロカン/テネイシン-Cの三者複合体が形成されていることが示唆された.
胎生13.5日から生後6週齢の脳に存在するニューロカンとテネイシン-Cをウエスタンブロット法で検出すると,どちらも胎生18.5日前後でタンパク質量がピークを迎えていた.ヒアルロン酸とテネイシン-Cのどちらとも結合することができる完全長のニューロカンは発生初期にしか存在せず,成体脳では,ニューロカンがマトリクスメタロプロテアーゼによりコアタンパク質の中央付近で切断されていた10).また,テネイシン-Cは成体脳ではわずかにしか存在しておらず,三者複合体は胎仔期特異的に形成されることが示唆された.次に,in situハイブリダイゼーション法を用いてニューロカン,テネイシン-CのmRNA分布を調べた.その結果,ニューロカンのmRNAは皮質板から脳室帯まで幅広く分布しているのに対し,テネイシン-CのmRNAの分布は先行研究にもあるとおり脳室帯に限定されていた9).つまり,ニューロカンは神経細胞と神経幹細胞から分泌されるのに対して,テネイシン-Cは主に神経幹細胞が合成,分泌することが示された.両者のmRNA分布はヒアルロン酸が豊富に存在する中間帯とは大きく異なっていた.しかし,胎生16.5日の脳切片を用いて免疫組織染色によりニューロカンおよびテネイシン-Cタンパク質を検出すると,中間帯においてヒアルロン酸と共局在していた(図1b).次に実際にin vivoにおいてヒアルロン酸/ニューロカン/テネイシン-Cが相互作用し三者複合体を形成していることを明らかにするため,ヒアルロン酸の分解によりニューロカンとテネイシン-Cの局在が変化するのか調べた.胎生14.5日マウスの脳室にヒアルロン酸分解酵素を注入し,2日後に免疫組織染色によりニューロカン,テネイシン-Cを可視化した.ヒアルロン酸分解酵素の投与により,ヒアルロン酸が除去されるだけでなく,ヒアルロン酸と直接相互作用するニューロカン,および,ニューロカンを介してヒアルロン酸と結合するテネイシン-Cのどちらも顕著に減少していた.ウエスタンブロット解析の結果,大脳皮質中に含まれるニューロカンとテネイシン-Cの量は,ヒアルロン酸消化により約4割減少した.つまり,ヒアルロン酸はニューロカンとテネイシン-Cを大脳皮質組織内にとどめるために必要だと考えられた.これらの結果から,in vivoにおいてヒアルロン酸/ニューロカン/テネイシン-Cの三者複合体が形成されていることが明らかとなった.
神経細胞の周囲における細胞外マトリクス複合体の局在を解析するため,子宮内電気穿孔法を用いて緑色蛍光タンパク質を導入し,移動中の神経細胞と三者複合体の時空間的相互作用を可視化した.すると,中間帯において三者複合体は移動中の神経細胞を囲うように局在し,細胞体や神経突起に接触することがわかった(図1c).そこで,三者複合体の機能を明らかにするために,ニューロカンとテネイシン-C遺伝子を欠損させたダブルノックアウトマウスを作製し,神経細胞移動にどのような影響が及ぶのか調べた.具体的には,胎生14.5日の胎仔脳室に蛍光色素を注入し,脳室に接する神経細胞を標識し,2日後に蛍光標識された神経細胞がどのように移動したのか調べた(フラッシュタグ法).その結果,野生型マウスの神経細胞は中間帯を抜け皮質板に到達し始めているのに対し,ダブルノックアウトマウスの神経細胞は中間帯で蓄積していた(図2a).この結果から,神経細胞が中間帯を通過して皮質板に進入するには三者複合体が必要であることがわかった.
(a)野生型マウスとニューロカン,テネイシン-C欠損マウスの胎生14日生まれの神経細胞を蛍光標識し2日後に細胞移動を解析した.野生型と比較しダブルノックアウトマウスの神経細胞移動は顕著に遅れる.(b)野生型マウスと比較して,ダブルノックアウトマウスは双極性の形態を示す神経細胞が少なく,形態変化に遅れが生じる.(c)ヒアルロン酸はニューロカン,テネイシン-Cの足場となる.また,ニューロカンとテネイシン-Cが形態変化を促進するシグナルを伝える.
ダブルノックアウトマウスでみられた,中間帯において神経細胞が蓄積する原因として,1)神経細胞の多極性から双極性への形態変化が遅れること,2)双極性へと変化した神経細胞のロコモーションが遅れること,の二つが考えられた.子宮内電気穿孔法を用いて蛍光タンパク質で神経細胞を可視化し,神経細胞の形態解析を行った.すると,野生型と比較しダブルノックアウトマウスでは,蛍光標識された神経細胞のうち双極性の形態を示す神経細胞の割合が有意に低いことがわかった(図2b).以上の結果より,三者複合体は中間帯で神経細胞の形態変化を促進させる機能を持つことが示唆された.
さらに,三者複合体のうちどの分子が形態変化を促進させる作用を有するのか,初代培養神経細胞を用いて検討した.初代培養神経細胞は培養開始から1~2日間は,見かけ上等価の複数の神経突起を伸長および退縮させる.さらに培養すると,1本の神経突起が急速に伸長し軸索へと分化し,残りの突起は樹状突起になる.この形態変化は,in vivoでみられる多極性から双極性神経細胞へ変化に対応するといわれている4).子宮内電気穿孔法を用いて胎生14.5日生まれの野生型の神経細胞に蛍光タンパク質を導入し,1日後に神経細胞の分散培養を調製した.その際,神経細胞は,ヒアルロン酸,ニューロカン,テネイシン-Cがあらかじめコーティングされたカバーガラス上に播種した.2日後に神経細胞の形態を解析すると,テネイシン-Cにのみ最長神経突起の伸長を促進させる活性がみられた.この結果から,三者複合体の中でも神経幹細胞が分泌するテネイシン-Cには,多極性神経細胞を双極性神経細胞へと変化される活性があると考えられた.一方で,野生型の神経細胞に対して,ヒアルロン酸やニューロカンのコーティングが及ぼす効果はみられなかった.ただし,野生型の神経細胞は自身でヒアルロン酸やニューロカンを合成しているため,解釈には注意を要する.実際,我々は初代培養神経細胞の培地中にヒアルロン酸合成阻害剤を添加すると神経突起伸長が抑制されることを報告している5).さらに,野生型とニューロカン欠損マウスから得られた初代培養神経細胞の形態を解析すると,ニューロカンを欠損した神経細胞では,神経突起が抑制されていた.以上の結果から,細胞外マトリクスの三者複合体は移動中の神経細胞を取り囲むように形成され,多極性から双極性への形態変化を促進する機能をもつことが明らかとなった.
本稿では,発生期の脳で形成されるヒアルロン酸/ニューロカン/テネイシン-Cの三者複合体の機能について紹介した.脳に存在するヒアルロン酸の分子量は数十万から百万であり5),そこに多数のニューロカンやテネイシン-Cが結合することで,中間帯において巨大な分子複合体を形成すると考えられる.テネイシン-Cは神経細胞表面の細胞接着分子であるインテグリンやコンタクチンと結合し,神経細胞の形態成熟を促進させることが報告されている11, 12)
.ニューロカンがどのような分子機構で神経突起伸長を制御するのか不明だが,ニューロカンに付加されるコンドロイチン硫酸鎖が重要かもしれない.培養神経細胞に,コンドロイチン硫酸鎖を分解する酵素を添加すると神経突起伸長が抑制されることが報告されている13).過去の報告と我々の研究をあわせて考えると,ヒアルロン酸を足場としニューロカン,テネイシン-Cが複合体を形成することで,細胞外から細胞内に形態変化のためのシグナルが効率的に伝達されると考えられる(図2c).これまで神経幹細胞は,神経細胞の供給源となるだけでなく,ロコモーションの足場として機能することで大脳皮質発達に寄与することが知られていた.本研究では,これらに加えて神経幹細胞がテネイシン-Cを分泌することで,神経細胞の移動と形態変化を促進する微小環境を形成することを発見した.また,ニューロカンが三者複合体を形成するには完全長の分子として存在する必要がある.胎生期では完全長のニューロカンが発現するが,成体脳においてニューロカンはN末端とC末端断片に切断される.最近の研究により,ニューロカンのN末端断片はペリニューロナルネットの成熟に寄与し,C末端側断片は抑制性シナプスの形成に重要であることが明らかになってきた14, 15)
.同じ分子であっても,発達時期によってその状態や機能が異なることは非常に興味深い.今後,脳機能における細胞外マトリクスの理解がさらに深まることを期待している.
本稿で紹介した研究成果は共同研究者の協力により達成できた成果です.この場を借りて心から感謝申し上げます.
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