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公益社団法人日本生化学会
Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 690-694 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960690

みにれびゅう

黄麹菌由来キシログルカン分解酵素の機能と構造

1香川大学農学部応用生物科学科 ◇ 〒761–0795 香川県木田郡三木町池戸2393

2産業技術総合研究所機能化学研究部門 ◇ 〒739–0046 広島県東広島市鏡山3–11–32

発行日:2024年10月25日
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1. はじめに

植物はその進化の過程において多種多様な多糖類を合成する能力を獲得し,微生物は分解者として植物が生産するさまざまな多糖類を分解する能力(=酵素)を獲得してきたと推察される.黄麹菌Aspergillus oryzaeは醸造において重要な糸状菌であり,糖質分解酵素やタンパク質分解酵素など,さまざまな分解酵素を生産している.黄麹菌がデンプンを分解する酵素を高生産していることは広く知られているが,デンプン以外にもさまざまな植物由来多糖類を分解する酵素を生産している1)

.筆者らはキシログルカンを分解するために黄麹菌が生産する酵素を研究しており,酵素学的側面から黄麹菌がいかにしてキシログルカンに適応してきたのかを明らかにしてきた1)

キシログルカンは陸上植物の細胞壁や種子に含まれている多糖類であり,β-(1→4)-グルカン主鎖にキシロース側鎖がα-(1→6)-結合で付加している.キシロース側鎖にはさらにガラクトースやアラビノースなどが付加することもあり,その側鎖構造は植物によって異なっている2)

.キシログルカンの側鎖構造は1文字で表記され,キシロース側鎖の付加していないグルコース残基は「G」,キシロース側鎖のみが付加した部位は「X」,キシロース側鎖にガラクトース残基が付加した部位は「L」,キシロース側鎖にガラクトース残基とフコース残基が付加した部位は「F」によって示される(図1).キシログルカンは細胞壁においてセルロース微繊維と水素結合を形成することでセルロース微繊維間を架橋している.キシログルカンの主鎖はセルロースと同じくβ-(1→4)-グルカンであるが,側鎖構造を有するため,セルロースを分解する酵素ではキシログルカンを完全に分解することはできず,多くの微生物はキシログルカン専用の分解酵素を用いてキシログルカンを分解している.黄麹菌の場合,キシログルカンはまずキシログルカン特異的エンド-β-1,4-グルカナーゼ(キシログルカナーゼ)によってオリゴ糖(キシログルカンオリゴ糖)化され3),その後,キシログルカンオリゴ糖はイソプリメベロース生成酵素(IpeA)4)やβ-ガラクトシダーゼ5),α-キシロシダーゼ6, 7)などが共同で分解する.

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図1 キシログルカンオリゴ糖の構造

キシログルカンオリゴ糖とその側鎖構造に基づいた一文字表記およびIpeAの切断部位を示す.青色の丸:グルコース残基,オレンジ色の星:キシロース残基,黄色の丸:ガラクトース残基,赤色の三角:フコース残基.

2. イソプリメベロース生成酵素の基質特異性

キシログルカンオリゴ糖はβ-(1→4)-グルカン主鎖を有するが,キシロース側鎖が障害となるためβ-グルコシダーゼではβ-(1→4)-グルカン主鎖を分解することができない.イソプリメベロース生成酵素IpeAはキシログルカンオリゴ糖の非還元末端からイソプリメベロース(キシロース-α-(1→6)-グルコース)を遊離する糖質加水分解酵素である.黄麹菌がイソプリメベロース生成酵素を生産することは約40年前に報告されており8)

,筆者らは当該酵素をコードする遺伝子(ipeA)を同定した4).糖質加水分解酵素はそのアミノ酸配列に基づいて糖質加水分解酵素ファミリー(GH)に分類されるが,黄麹菌のイソプリメベロース生成酵素IpeAはGH3に属する.GH3に属する酵素は細菌や真菌,植物などに幅広く存在しており,主にβ-グルコシダーゼやβ-キシロシダーゼなど,加水分解によってオリゴ糖の非還元末端から単糖を遊離する酵素が属している.これに対し,イソプリメベロース生成酵素IpeAはオリゴ糖から二糖(イソプリメベロース)を遊離するのが特徴である.

イソプリメベロース生成酵素IpeAが基質に作用するためにはオリゴ糖の非還元末端側にイソプリメベロースユニットが存在することが必須であり,非還元末端にキシロース側鎖を有さないオリゴ糖は分解することができず,また,キシロース側鎖が何らかの糖(ガラクトースなど)によってさらに修飾されたオリゴ糖も分解することができない4)

.IpeAは比較的小さいキシログルカンオリゴ糖(XG:Glc2Xyl1)よりも大きなキシログルカンオリゴ糖(XXXG:Glc4Xyl3)に対して高い親和性と比活性を示すことから,IpeAは非還元末端のイソプリメベロースユニットに加えてキシログルカンオリゴ糖の複数の糖残基を認識していることが推察された4)

余談ではあるが,多糖類(特に枝分かれや側鎖を有する多糖類)の構造を決定することは分析機器のみでは困難である.しかし,多糖類やオリゴ糖に対して特異的に作用する酵素をさまざまな組合わせで作用させ,その反応生成物(単糖やオリゴ糖など)を分析することによって,多糖類の構造を推察することが可能である.イソプリメベロース生成酵素はイソプリメベロースを特異的に認識・遊離するため,構造的多様性に富んだキシログルカンの構造決定にこれまで利用されてきた2)

3. イソプリメベロース生成酵素IpeAのネガティブサブサイト

筆者らはイソプリメベロース生成酵素IpeAとイソプリメベロースならびにキシログルカンオリゴ糖(XXXG:Glc4Xyl3)との複合体構造をX線結晶構造解析によって明らかにした9, 10)

図2はIpeAおよびIpeAと構造類似性が高いGH3酵素であるAspergillus aculeatusのβ-グルコシダーゼ[Bgl1, Protein Data Bank(PDB):4IIH]11)ならびにオオムギ(Hordeum vulgare subsp. vulgare)のexo-β-1,3-1,4-グルカナーゼ(ExoI, PDB:1IEX)12)の活性部位をサーフェイスモデルで比較したものである.Bgl1とExoIは小さな基質結合部位であるのに対し,IpeAは明らかに大きな基質結合部位を有しており(図2A),この大きな基質結合部位のゆえにIpeAはキシログルカンオリゴ糖のような側鎖構造を有する大きなオリゴ糖に対して高い分解活性を持つと推察された.IpeAとイソプリメベロースの複合体構造解析から,イソプリメベロースはIpeAの二つのネガティブサブサイト(グルコース残基を認識するサブサイト−1とキシロース残基を認識するサブサイト−1′)によって認識されることが明らかとなった9).IpeAの二つの触媒残基(求核触媒:Asp300,酸塩基触媒:Glu524)を含むサブサイト−1において基質を認識する残基はBgl1とExoIでも高く保存されていたが,キシロース側鎖を認識するサブサイト−1′はIpeAに特徴的であり,他のGH3には存在していない(図2).IpeAにおいてイソプリメベロースのキシロース側鎖の認識にはGln58とTyr89が関与しており,Gln58はキシロース側鎖の二つの酸素原子(O2およびO3)と水素結合を,Tyr89はキシロース側鎖とスタッキング(積み重ね)相互作用を形成している.一方,Bgl1とExoIではIpeAのサブサイト−1′の部分がそれぞれTrp281ならびにTrp286で占有されているため,IpeAのようにキシロース側鎖が結合することができない.このことから,IpeAはGH3酵素の中でも側鎖構造を有するキシログルカンオリゴ糖を特異的に認識することができるユニークな酵素であるといえる.

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図2 IpeAと他のGH3酵素の構造比較

IpeA(茶色)–イソプリメベロース(水色)の複合体(A)9),β-グルコシダーゼ(Bgl1;薄緑色)–チオセロビオース(黄色)の複合体(B)11),ならびにexo-β-1,3-1,4-グルカナーゼ(ExoI;薄青色)–チオセロビオース(黄色)の複合体(C)12)のサーフェイスモデル図とリボンモデル図.IpeAのイソプリメベロース結合残基(触媒残基含む)と同位置にあるBgl1とExoIのアミノ酸残基をスティックモデルで示す.IpeAのみサブサイト−1, −1′とイソプリメベロース間の水素結合を黒点線で示す.

4. イソプリメベロース生成酵素IpeAのポジティブサブサイト

先述のように,IpeAは小さなキシログルカンオリゴ糖(XG:Glc2Xyl1など)より大きなキシログルカンオリゴ糖(XXXG:Glc4Xyl3)に対する分解活性が高い.著者らは不活性型IpeA変異体(IpeA-Glu524Ala)とキシログルカンオリゴ糖(XXXG)の複合体結晶構造から,IpeAが大きなキシログルカンオリゴ糖を認識するメカニズムを明らかにした10)

.IpeAはキシログルカンオリゴ糖(XXXG)のうち溶媒領域に露出している+3グルコース残基とは相互作用していなかったが,+1グルコース残基と+2グルコース残基をまたぐようにTrp515がスタッキングしていた(図3).この相互作用により,IpeAの触媒残基が加水分解するグリコシド結合(−1グルコース残基と+1グルコース残基の間)に正しく配置されることが示唆された.これは,計算化学によるIpeAとXXXGの相互作用シミュレーションの結果からも支持されており,Trp515がXXXGのグルカン主鎖の動きに合わせてフレキシブルに動いている様子がみられた.また,IpeAのポジティブサブサイトにある二つのチロシン残基(Tyr268とTyr445)が触媒反応に重要な役割を果たしており,Tyr268はイソプリメベロース生成の代謝回転数,Tyr445は酸塩基触媒(Glu524)の安定化に寄与することが変異体実験から推察された10)

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図3 不活性型IpeA変異体とキシログルカンオリゴ糖の複合体構造

不活性型IpeA変異体(Glu524Ala)とキシログルカンオリゴ糖(XXXG)の複合体構造10)において,XXXGと相互作用するIpeAのポジティブサブサイトにあるアミノ酸残基をハイライトで示す(左図).右図は左図のアミノ酸残基ならびにXXXGの位置関係を便宜的に示したもの.赤丸点線は−1グルコース残基と+1グルコース残基間のクリコシド結合のねじれを表す.黒三角形はIpeAの切断箇所を示す.

興味深いことに,キシログルカンオリゴ糖中の−1グルコース残基と+1グルコース残基間のグリコシド結合がIpeAにより大きくねじれていた10)

.このクリコシド結合のねじれは,IpeAのネガティブサブサイト(Gln58とTyr89)とポジティブサブサイト(Tyr268, Tyr445およびTrp515)の協調的な働きによるものだと考えられる.Trp515は+1と+2のグルコースをスタッキングし,Tyr268と連動して−1グルコース残基と+1グルコース残基間のグリコシド結合を触媒部位までスライドさせる.このように,基質のキシログルカンオリゴ糖はIpeAと結合することで反応が進行しやすい構造に変化すると考えられる.

以上のように,X線結晶構造解析から,IpeAはキシログルカンオリゴ糖を効率的に分解するために,大域的な基質認識機構によって触媒部位のクリコシド結合を巧みに構造変化させていることが示唆された.

5. おわりに

黄麹菌A. oryzaeは複数のキシログルカン専用の分解酵素を生産することでキシログルカンを分解しており,本稿ではイソプリメベロース生成酵素IpeAの機能と構造について紹介した.IpeAが生成したイソプリメベロースはα-キシロシダーゼによってグルコースとキシロースに分解されるが,黄麹菌のα-キシロシダーゼはキシログルカンオリゴ糖(たとえばXXXG)よりもイソプリメベロースを好んで分解するため6)

,IpeAがキシログルカンオリゴ糖をイソプリメベロースに分解することによってキシログルカンオリゴ糖の単糖への分解がスムーズに進行すると推察される.糸状菌でも種によってキシログルカンを分解する酵素セットは少しずつ異なっている13).これら糸状菌のキシログルカン分解酵素群は転写制御因子によって発現が制御されており,同調的に発現することで協働していると推察される4, 5).また,細菌は黄麹菌とはまた少し異なった進化起源のキシログルカン分解酵素のセットを生産しており,これらの分解酵素はゲノム上で遺伝子クラスターを形成していることが報告されている14).また,一部の細菌は黄麹菌と同様にイソプリメベロース生成酵素を生産していることも報告されており15),キシログルカンの分解の流儀は微生物によって少しずつ異なっている.黄麹菌はその糖質分解酵素が活発に研究されてきた微生物であるが,そのゲノム中にはまだまだ多くの機能未知の推定糖質分解酵素をコードする遺伝子が存在している.これらの酵素の地道な酵素学的解析によって黄麹菌の多糖類(植物)を分解するための戦略を紐解いていきたい.

引用文献

1) Matsuzawa, T. (2024) Plant polysaccharide degradation-related enzymes in Aspergillus oryzae. Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 276–282.

2) Kato, Y., Ito, S., & Mitsuishi, Y. (2004) Study on the structures of xyloglucans using xyloglucan specific enzymes. Trends Glycosci. Glycotechnol., 16, 393–406.

3) Matsuzawa, T., Kameyama, A., Nakamichi, Y., & Yaoi, K. (2020) Identification and characterization of two xyloglucan-specific endo-1,4-glucanases in Aspergillus oryzae. Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 8761–8773.

4) Matsuzawa, T., Mitsuishi, Y., Kameyama, A., & Yaoi, K. (2016) Identification of the gene encoding isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase in Aspergillus oryzae. J. Biol. Chem., 291, 5080–5087.

5) Matsuzawa, T., Watanabe, M., Kameda, T., Kameyama, A., & Yaoi, K. (2019) Cooperation between β-galactosidase and an isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase is key for xyloglucan degradation in Aspergillus oryzae. FEBS J., 286, 3182–3193.

6) Matsuzawa, T., Kameyama, A., & Yaoi, K. (2020) Identification and characterization of α-xylosidase involved in xyloglucan degradation in Aspergillus oryzae. Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 201–210.

7) Matsuzawa, T., Watanabe, M., Nakamichi, Y., Kameyama, A., Kojima, N., & Yaoi, K. (2022) Characterization of an extracellular α-xylosidase involved in xyloglucan degradation in Aspergillus oryzae. Appl. Microbiol. Biotechnol., 106, 675–687.

8) Kato, Y., Matsushita, J., Kubodera, T., & Matsuda, K. (1985) A novel enzyme producing isoprimeverose from oligoxyloglucans of Aspergillus oryzae. J. Biochem., 97, 801–810.

9) Matsuzawa, T., Watanabe, M., Nakamichi, Y., Fujimoto, Z., & Yaoi, K. (2019) Crystal structure and substrate recognition mechanism of Aspergillus oryzae isoprimeverose-producing enzyme. J. Struct. Biol., 205, 84–90.

10) Matsuzawa, T., Watanabe, M., Nakamichi, Y., Akita, H., & Yaoi, K. (2022) Structural basis for the mechanism of action in glycoside hydrolase 3 isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase. FEBS Lett., 596, 1944–1954.

11) Suzuki, K., Sumitani, J., Nam, Y.W., Nishimaki, T., Tani, S., Wakagi, T., Kawaguchi, T., & Fushinobu, S. (2013) Crystal structures of glycoside hydrolase family 3 β-glucosidase 1 from Aspergillus aculeatus. Biochem. J., 452, 211–221.

12) Varghese, J.N., Hrmova, M., & Fincher, G.B. (1999) Three-dimensional structure of a barley β-D-glucan exohydrolase, a family 3 glycosyl hydrolase. Structure, 7, 179–190.

13) Matsuzawa, T., Watanabe, A., Shintani, T., Gomi, K., & Yaoi, K. (2021) Enzymatic degradation of xyloglucans by Aspergillus species: A comparative view of this genus. Appl. Microbiol. Biotechnol., 105, 2701–2711.

14) Déjean, G., Tauzin, A.S., Bennett, S.W., Creagh, A.L., & Brumer, H. (2019) Adaptation of syntenic xyloglucan utilization loci of human gut Bacteroidetes to polysaccharide side chain diversity. Appl. Environ. Microbiol., 85, e01491-19.

15) Yaoi, K., Hiyoshi, A., & Mitsuishi, Y. (2007) Screening, purification and characterization of a prokaryotic isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase from Oerskovia sp. Y1. J. Appl. Glycosci., 54, 91–94.

著者紹介

松沢 智彦(まつざわ ともひこ)

香川大学農学部 助教.博士(農学).

略歴

1985年岡山県生まれ.2008年香川大学農学部卒業,10年同大学院農学研究科修了,13年九州大学大学院生物資源環境科学府修了,13年産業技術総合研究所研究員,17年同主任研究員,21年より現職.

研究テーマと抱負

微生物は如何にして植物を分解するのか?

趣味

軽登山,釣り.

渡邊 真宏(わたなべ まさひろ)

産業技術総合研究所機能化学研究部門 主任研究員.博士(理学).

略歴

1979年福岡県生まれ.2002年東海大学理学部卒業,05年横浜市立大学大学院総合理学研究科修了,09年横浜市立大学大学院国際総合科学研究科修了,09年理化学研究所 特別研究員,13年産業技術総合研究所研究員,16年~現在 同主任研究員,19~20年カリフォルニア大学デービス校客員研究員.

研究テーマと抱負

酵素をはじめとするタンパク質の高機能化.

ウェブサイト

https://unit.aist.go.jp/ischem/ischem-bcv/

趣味

トレッキング,読書.

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