Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会
Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 711-715 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960711

テクニカルノート

神経ホルモン物質オキシトシンを可視化する蛍光センサーの開発

大阪大学大学院医学系研究科統合薬理学 ◇ 〒565–0871 吹田市山田丘2–2

発行日:2024年10月25日
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

オキシトシンは「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」と呼ばれる脳内で産生される情報伝達分子である.発見当初は,メス個体の出産や授乳時に血中に分泌される末梢ホルモンとしてとらえられていたが,後に脳内でも直接作用し多様な生体機能を制御することも明らかになった.その二つ名が示すとおり,育児・絆・社会的行動と強く関わる他,食欲や代謝の制御,ストレス軽減など,幅広い機能を持つことが知られている.最近では,自閉スペクトラム症や統合失調症といった難治性脳疾患や過食・肥満の治療標的としての可能性も期待されている.このように今やオキシトシンは,世界中の脳研究者から最も注目される分子の一つとなっていると言っても過言ではない状況である.しかしながら,生きた脳内においてオキシトシンの動態を直接捉えることは既存技術では困難が多く,オキシトシンがどのようなコンテクストで機能しているかはまだまだ謎が多い.すなわち,これまでの多くの先行研究では,脳脊髄液の直接的回収やマイクロダイアリシス法による透析液の間接的回収により,脳内オキシトシンの濃度変化が推定されてきたが,これらの手法では1回のサンプル回収に時間を要する(一般に数十分から数時間程度)ため,特定の刺激を受けたときに脳内でオキシトシンがどのように変動しているかをリアルタイムに追跡することは困難である.

近年,蛍光センサーを用いた光学計測により,自由行動下動物の脳内における情報伝達の動態解析が展開されている.特に最近では,さまざまな神経伝達物質/神経修飾物質に対するGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor:GPCR)をベースとした蛍光センサーの開発が進められ,生きた脳内でそのダイナミックな動きを直接捉えることが実現できるようになってきた.そのような先駆的研究から感化され,筆者は脳内オキシトシンを高感度に感知できるGPCR型蛍光センサーの開発を行った.本稿では筆者が開発した蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTの開発戦略とin vivo計測の応用例について紹介したい.

2. GPCR型蛍光センサー

一般に遺伝子コード型蛍光センサー(genetically encoded fluorescent biosensor)は,標的分子が結合するセンサータンパク質に蛍光タンパク質を付加したキメラタンパク質として構成される(図1a

).標的分子(リガンド)の結合により惹起されるセンサータンパク質の構造変化と,付加した蛍光タンパク質の特性変化が「うまく」共役するとこのキメラタンパク質はセンサーとして機能する.特に蛍光タンパク質としては,蛍光団がN末端とC末端付近に位置した円順列変異型緑色蛍光タンパク質(circularly permutated green fluorescent protein:cpGFP),もしくは波長特性の異なる円順列変異型蛍光タンパク質を付加した,単一波長蛍光強度変化型の蛍光センサーが最も広く開発されてきている.

Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 711-715 (2024)

図1 遺伝子コード型蛍光センサーの設計

(a)遺伝子コード型蛍光センサーはリガンドを認識するセンサータンパク質と蛍光タンパク質から構成される.リガンドの結合に応答して蛍光タンパク質の明るさが変化する.(b)GPCR型蛍光センサーは上記のセンサータンパク質部位としてGPCRを用いたものである.細胞に発現させると細胞膜に局在し,リガンド結合に応答して細胞膜の明るさが変化する.

これまでさまざまなセンサータンパク質をベースに蛍光センサーの開発が進められてきたが,2018年に北京大学のYulong Liとカリフォルニア大学Davis校のLin Tian(現Max Planck Florida Institute for Neuroscience)からGPCRの細胞内第3ループにcpGFPを挿入したデザインの単一波長蛍光強度変化型のGPCR型蛍光センサーが発表された(図1b

1–3).このタイプのセンサーは,GPCRへのリガンド結合により惹起される細胞内第3ループの構造変化とcpGFPの蛍光強度変化を共役させることで機能するものであり,Liらのセンサーレパートリーの総称である“GRABセンサー(GPCR-activation based sensor)”の名で呼ばれていることも多いかもしれない.当初発表されたのはドパミンとアセチルコリンの蛍光センサーであったが,GPCRは数百種類にわたる生理活性分子の標的となる受容体ファミリーであることから,同様のストラテジーでさまざまなGPCRリガンドの計測が実現されていくと期待が高まった.実際,その後数年の間にノルアドレナリン,セロトニン,アデノシンなど主要な小分子型神経修飾分子に対するセンサーが次々と発表され4–6),細胞外伝達物質の可視化解析研究の幕明けを感じた読者も少なくないのではないだろうか? オキシトシン受容体もGPCRであるため,上記のデザインでセンサー開発が理論上可能である.そこで筆者は2019年春ごろから本分野に参入し,以下に示すようなストラテジーを独自に考案し,オキシトシンに対する蛍光センサーの開発を行った7)

3. 蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTの開発ストラテジー

蛍光センサー開発においては,大腸菌のような原核生物発現系を用いたスクリーニングが用いられることが多いが,膜タンパク質であるGPCRの場合には適用が困難である.そこで筆者は,ヒト胎児腎293T細胞[human embryonic kidney 293T(HEK293T)細胞]を用いた系で,以下のとおりに蛍光オキシトシンセンサーの開発を進めた.

細胞外の伝達分子を高感度に検出するには,センサータンパク質の細胞膜への強い局在が重要となってくる.そこで6種の脊椎動物(ヒト,マウス,ニワトリ,ヘビ,カエル,メダカ)のオキシトシン受容体の細胞膜への局在を解析した.HEK293T細胞に発現させたところ,メダカ由来のオキシトシン受容体が最も強い細胞膜局在を示した.本結果を受け,メダカ由来のオキシトシン受容体の細胞内第3ループにcpGFPを挿入し,蛍光センサーの開発を進めることにした.

続いてオキシトシン受容体とcpGFPが融合したキメラタンパク質に変異を導入し,オキシトシン結合に応答して蛍光強度変化を示す変異体をスクリーニングにより見いだした(図2

).変異の導入は,1)細胞内第3ループとcpGFPの間のリンカー配列;2)リガンド結合依存的に構造変化が大きく起こる領域(細胞内第3ループから膜貫通ヘリックス途中までの配列);3)cpGFPの内部配列の順に3段階で行った.なお,この過程の変異導入では,部位飽和変異PCRを用いることで効率よく変異を導入した.すなわち変異導入したいコドンに対し,NNK(N:A, T, G, or C;K:G or T)のDNA配列を持つ混合プライマーを用いてPCRを行い,標的の配列に対し,20種類すべてのアミノ酸に対するコドンを持ったクローンDNAを一度に得た.作製した多数の変異体遺伝子をそれぞれHEK293T細胞に発現させ,オキシトシンに対する応答を顕微鏡下で解析した.本スクリーニングを通じ,オキシトシンに対し,最大約8倍もの蛍光強度変化を示す高感度蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTを得ることに成功した.MTRIAOTのオキシトシンに対する50%効果濃度(EC50)は約20 nMであった.さらに,MTRIAOTのようなGPCR型センサーは下流効果器と相互作用する細胞内第3ループの配列を欠損しているため,Gタンパク質やβ-アレスチンといった効果器との共役能は喪失している.すなわち,センサー発現による内因性のシグナル伝達の攪乱効果はほぼ考慮せずに使用できると考えられる.

Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 711-715 (2024)

図2 高感度蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTの開発

3段階の変異導入によるセンサースクリーニング.1)リンカー部位,2)細胞内第3ループから膜貫通ヘリックスにまたがる領域(TM-to-loop),3)cpGFP内部配列にそれぞれランダム変異を加え,作製した変異体センサーのスクリーニングを行った.最終産物をMTRIAOTと名づけた.文献7より改変して使用.meOTR:メダカオキシトシン受容体,OT:オキシトシン.

4. ファイバーフォトメトリーによる脳内オキシトシンシグナル動態の計測

上記で開発した蛍光センサーを脳内においてオキシトシン受容体の最も発現量の高い領域の一つである前嗅核8)

に導入し,自由行動下の成体マウスにおける応答を計測した.センサーの遺伝子導入はアデノ随伴ウイルスを用いて行った.ウイルス注入部位に光ファイバーカニューレを留置し,ファイバーフォトメトリーによる計測を行った.本計測により得られた結果の一部を以下において紹介したい.

成体マウスを給餌・給水条件下でケージ内を自由行動させたところ,約2時間周期で振動するオキシトシンの一過性上昇が観察された(図3a

~d).我々はこの現象を“オキシトシン振動(oxytocin oscillation)”と名づけた.マウスの行動とオキシトシン振動を対比して解析すると,マウスが餌を摂取するタイミングでオキシトシン振動は発生していた.では,オキシトシン振動の発生に摂食は必要なのであろうか? 本命題を検証するために,絶食時にオキシトシン振動への影響が観察されるかを解析した.興味深いことに,絶食後約半日において,脳内オキシトシン応答は消失せず,振動の振幅が大きく変動するような乱れたオキシトシンの変動パターンが観察された(図3e, f).この現象を我々は“オキシトシン乱流(oxytocin turbulence)”と名づけた.オキシトシン乱流は,再び給餌を行うことで消失し,再び正常なオキシトシン振動が発生することから,オキシトシン乱流は絶食時特異的な脳内信号であることが確認された.オキシトシン乱流発生中のマウスは,心が乱されたようにケージ内を暴れ回っていた点を鑑みると,オキシトシン乱流は心の乱れをコードする信号となっている可能性が推測される.

Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 711-715 (2024)

図3 自由行動下のマウス脳内におけるオキシトシン応答測定

(a~c)MTRIAOTを用いたin vivo脳内オキシトシン動態測定.脳内でオキシトシンが約2時間周期で振動していること(オキシトシン振動)を発見した.(d~e)絶食による脳内オキシトシン動態の変動.絶食中にオキシトシン振動の波形が乱れること(オキシトシン乱流)を発見した.文献7より改変して使用.AON:anterior olfactory nucleus(前嗅核).

また,ホルモンの動態は加齢により変動する可能性が示唆されているが,脳内のオキシトシン動態がどのように変化するかについては不明であった.そこで,さまざまな週齢のマウス(2か月,6か月,1年,2.5年)からの脳内オキシトシン応答を計測した.すると2か月齢において,約2時間周期であったオキシトシン振動が,加齢とともに頻度が減少していき,2.5年齢では約1日周期まで減少した(図4

).すなわち,オキシトシン振動の減少は脳の加齢とリンクしている可能性が推測される.

Journal of Japanese Biochemical Society 96(5): 711-715 (2024)

図4 老化と関連したマウス脳内におけるオキシトシン応答測定

(a, b)さまざまな週齢・月齢のマウス脳からのオキシトシン動態測定を行うことで,加齢により脳内のオキシトシン振動の周期が減少していくことを発見した.文献7より改変して使用.

5. おわりに

筆者らの蛍光オキシトシンセンサーの開発により,生きた動物の脳内からオキシトシン濃度変化をリアルタイムに計測することが実現できるようになった.しかしながら,今回実験を実施したのは限られた条件下のみであり,オキシトシンとの関連が示唆されている生理機能・病態機能はまだ数多く残されている.今後幅広い研究への応用により未知現象の解明に貢献できると期待している.Addgeneにおいて哺乳類細胞発現用やアデノ随伴ウイルス作製用のプラスミドDNA(ID:184594–6)を配布しているので,興味のある方は利用していただければ幸いである.

今後の課題としては,センサー感度の向上や取得した信号の定量化といった点があげられる.学会等で本話題を発表する際には,最新型の遺伝子コード型の蛍光Ca2+センサーとの性能差について問われることがあるが,約20年の歴史の差がありまだまだ比較できるレベルに達しているとはいえない状況である.また,今回開発した単一波長の蛍光強度を計測するタイプのセンサーは,基準値からの「相対値」を計測できるが,「絶対値」の定量は困難である.さらなる改良を重ねて,感度のよい計測や定量的な計測を実現できる「次世代型の蛍光オキシトシンセンサー」の開発を目指していかなければならない.

引用文献

1) Patriarchi, T., Cho, J.R., Merten, K., Howe, M.W., Marley, A., Xiong, W.H., Folk, R.W., Broussard, G.J., Liang, R., Jang, M.J., et al. (2018) Ultrafast neuronal imaging of dopamine dynamics with designed genetically encoded sensors. Science, 360, eaat4422.

2) Sun, F., Zeng, J., Jing, M., Zhou, J., Feng, J., Owen, S.F., Luo, Y., Li, F., Wang, H., Yamaguchi, T., et al. (2018) A genetically encoded fluorescent sensor enables rapid and specific detection of dopamine in flies, fish, and mice. Cell, 174, 481–496.

3) Jing, M., Zhang, P., Wang, G., Feng, J., Mesik, L., Zeng, J., Jiang, H., Wang, S., Looby, J.C., Guagliardo, N.A., et al. (2018) A genetically encoded fluorescent acetylcholine indicator for in vitro and in vivo studies. Nat. Biotechnol., 36, 726–737.

4) Feng, J., Zhang, C., Lischinsky, J.E., Jing, M., Zhou, J., Wang, H., Zhang, Y., Dong, A., Wu, Z., Wu, H., et al. (2019) A genetically encoded fluorescent sensor for rapid and specific in vivo detection of norepinephrine. Neuron, 102, 745–761.

5) Wan, J., Peng, W., Li, X., Qian, T., Song, K., Zeng, J., Deng, F., Hao, S., Feng, J., Zhang, P., et al. (2021) A genetically encoded sensor for measuring serotonin dynamics. Nat. Neurosci., 24, 746–752.

6) Peng, W., Wu, Z., Song, K., Zhang, S., Li, Y., & Xu, M. (2020) Regulation of sleep homeostasis mediator adenosine by basal forebrain glutamatergic neurons. Science, 369, eabb0556.

7) Ino, D., Tanaka, Y., Hibino, H., & Nishiyama, M. (2022) A fluorescent sensor for real-time measurement of extracellular oxytocin dynamics in the brain. Nat. Methods, 19, 1286–1294.

8) Newmaster, K.T., Nolan, Z.T., Chon, U., Vanselow, D.J., Weit, A.R., Tabbaa, M., Hidema, S., Nishimori, K., Hammock, E.A.D., & Kim, Y. (2020) Quantitative cellular-resolution map of the oxytocin receptor in postnatally developing mouse brains. Nat. Commun., 11, 1885.

著者紹介

稲生 大輔(いのう だいすけ)

大阪大学大学院医学系研究科 特任講師(常勤).博士(医学).

略歴

1983年神奈川県生まれ.2005年京都大学薬学部卒業.11年東京大学大学院医学系研究科医学博士課程修了・博士(医学)取得.理化学研究所博士研究員・金沢大学助教などを経て21年より現職.

研究テーマと抱負

シグナル伝達の動態を生きた細胞・個体内において捉えるためのイメージングツールの開発を進めている.生きたまま計測することで視えてくる,ダイナミックな生命現象を追求していきたい.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/daisukeino

趣味

カメラ,野球観戦.

This page was created on 2024-08-30T14:13:52.457+09:00
This page was last modified on 2024-10-17T09:21:10.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。