Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 96(6): 731 (2024)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2024.960731

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Journal of Biochemistry誌への思い

東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野教授

発行日:2024年12月25日Published: December 25, 2024
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日本生化学会は公式な欧文誌としてJournal of Biochemistry誌(以下JB)を刊行しています.JBは1922年に初代編集委員長柿内三郎先生のご尽力で創刊された100年を超える歴史を持つ日本で最も歴史のある英文科学雑誌です.柿内先生はBiochemistryに対して生化学という日本語名を命名し,日本生化学会の創立に携わるなど,日本の生化学の父とも言える存在で,当時(大正4年)では珍しくアメリカ留学を経験されています.日本生化学の世界におけるプレゼンスを向上するためにいち早く私費を投じてJBを英語誌として発刊されました.アメリカ留学を経て英語が世界の公用語になるとの思いがあったのでしょうか,先見の明があったと言わざるを得ません.

私は2022年よりEditor-in-Chief(編集委員長)を務めていますが,その前のAssociate EditorやEditor時代を含めると10年近くJBに関わっております.私が大学院の学生であった頃(1980年代)は,JBを含めてアメリカ生化学・分子生物学会が刊行するJBC誌や,英国生化学会のBiochemical Journal誌,ヨーロッパ生化学会のEuropean Journal of Biochemistry(現在のFEBS Journal)は研究成果を発表する目標とする雑誌で,これらに論文が採択されれば一人前の生化学者として認められると思っておりました.JBを含めてこれらの雑誌は幅広い生化学や分子生物学分野を網羅的に掲載しており,採択に際しては分野の合致性と研究の質が重要視されるといった特徴がありました.従って必然的に掲載論文数も増えて,当時のJBC誌などは月3回も電話帳のような冊子が刊行されておりました.

インパクトファクター(以下IF)はアメリカのInstitute for Scientific Information(ISI)社のユージン・ガーフィールドにより考案されたもので,1970年代からジャーナルサイテーションレポートに掲載されている雑誌に対して毎年計算されていました.これが現在のように論文評価,ひいては研究者評価に一般的に用いられるようになったのは,1990年代にISI社が買収されてトムソンISIとなり,IFが商業的に用いられるようになってからです.IFが広く世間に知られるようになり人事や研究費採択に影響を与えるようになって欧文科学雑誌の世界は一変しました.一流商業雑誌の多くはIFを重要視したとも思われる戦略をとり,姉妹誌を発刊してさらに投稿論文を増やしています.これらの商業雑誌はトピック性のある課題を扱うことが多いですから,研究者もこれら雑誌に掲載されることを望むため必然的にトピック性のある研究分野に集中することになります.もちろん,このような状況に危惧を感じる研究者や学術機関の一部はサンフランシスコ宣言(IFのみによる研究者評価や研究費採択を行わない)を起草し,正しい評価法の確立を模索しております.

さてこのような状況の中,以前は生化学論文の受け皿となっていたJB誌はどのように対応していけば良いのでしょうか? 私の学位論文は1988年にJB誌に採択していただきました.当時,それこそ必死で初めて書いた英語論文をJB誌に提出したところ,査読者からそれは丁寧に一つ一つ新しい実験計画から,文章の書き方,単語の一つまでご指摘を受け,当時では珍しく2回リバイスを求められるなど本当に勉強になりました.査読者の先生は大学院生の私に対して教育者として大きな心を持って育てようと感じていたのかもしれません.その結果,最初の提出時からは見違えるような素晴らしい論文ができたと自負しております.この時の教えがこれまで執筆してきた私の科学論文の礎として今も生き続けております.JB誌として,一流の研究成果をいち早く科学界に届けるということが重要であることは間違いありませんが,日本の若手生化学者を育てるということもまたJB誌にしかできない大きな使命と考えております.柿内先生はJB誌を発刊するときに,「JB誌が豊かな未来を築き,真の知識の普及のために貢献したい」と述べておられます.私もJB誌の編集委員長を通して若手生化学者の育成に微力ながら貢献したいと切に思っております.

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