RNAは,機能的にタンパク質合成のためのアミノ酸配列をコードしたメッセンジャーRNA(messenger RNA:mRNA)と,コードしていないRNA[ノンコーディングRNA(non-coding RNA)]に分類される.かつては,RNAの医薬応用といえば,標的遺伝子の発現を抑制する低分子干渉RNA(small interfering RNA:siRNA)や標的RNAを切断するRNA酵素(リボザイム),標的分子に特異的に結合してその機能を阻害するRNAアプタマーといったノンコーディングRNAが注目されていた1).しかしその状況はmRNAワクチンの登場によって一変した.
mRNAを遺伝子発現ベクターとして利用するというアイデア自体は新しいものではないが,その実現にはRNAの不安定さや免疫原性の高さ,RNAの合成法や送達法といった問題を解決する必要があった.修飾塩基を利用することで免疫応答を抑制できるというKarikoらの発見2, 3)や,周辺技術の発展により,人工mRNAの実用化に向けた準備が整いつつある中で,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が発生した.迅速にmRNAワクチンが開発され,その効果が世界中で実証されたことで,人工mRNAはRNA医薬の中心的存在として一気に台頭した.
ベクターとしてのmRNAには多くの利点がある4, 5).mRNAは細胞質で機能するため,核内まで到達させる必要がない.そのため,非分裂細胞を含む多くの細胞で利用可能である.配列の設計は容易で,RNAポリメラーゼ酵素を用いた試験管内転写反応による合成も比較的簡単である.原理的に外来遺伝子がゲノムに組み込まれる心配もない.ゲノムに対する安全性の高さは特に,ヒトを対象とする医療分野において重要な特性であり,心不全に対する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)mRNA治療6)や,山中因子と呼ばれる一群のリプログラム因子をコードしたmRNAによるヒト体細胞からの人工多能性幹細胞(iPS細胞)へのリプログラミング7, 8)などで成果を上げている.これらはほんの一例にすぎず,人工mRNAはワクチンを超えた幅広い用途での応用が期待され,基礎および臨床の両方で研究が進められている9).
さまざまな用途での利用が期待される人工mRNAだが,化学的・生物学的安定性の低さや,それに起因する効果の持続性の低さについては,依然として改善が求められている.用途によっては,タンパク質発現の強度も不十分である.生体への応用を考慮すると,副作用・副反応をいかに抑えるかも重要な課題である.これらの課題に対して非常に多様な研究が進められているが,ここではRNAそのもののエンジニアリングに焦点を当て,RNAの構造領域(図1)ごとに紹介する.
1)塩基の化学構造
外来RNAは非常に強力に免疫系を刺激する.アジュバント活性として有益な場合もあるが,過剰な免疫応答は細胞死を引き起こすなど,不利益を生じる場合も多い.外来RNAによる免疫応答にはToll様受容体やRIG-I, PKRなどさまざまな因子が関与している10).Karikoらは,mRNA中の塩基を5-メチルシトシン(5-methylcytosine:m5C)やシュードウラシル(pseudouracil:ψ)といった修飾塩基で置換することで効果的にそれら免疫系の活性化を回避できることを発見した2, 3).それにより,細胞毒性の低減とタンパク質発現強度の改善が実現された.その後,Uのメチルシュードウラシル(N1-methylpseudouracil:m1ψ)への置換が,ψへの置換よりも優れた性能を示すことがわかり11),ワクチンをはじめ広く利用されている.
引き続き有用な修飾塩基の探索は行われており,ヒト細胞にも存在するアセチルシトシン(N4-acetylcytosine)12)や,人工的な化合物である5-フルオロシトシン[(C)5-fluorocytosine]13),シアノバクテリアに感染するファージが持つ2-アミノアデニン(2-aminoadenine)14)などの有効性が報告されている.しかしながら,m1ψが細胞の種類やmRNAの配列によらずに普遍的に効果が高く,単独で十分な性能を示す場合が多い.そのため,現状ではUのm1ψへの置換が標準的となっている.
2)5′キャップ
ヒトを含む真核生物のmRNAは,その5′末端に7-メチルグアノシンキャップ構造を持つ.キャップは翻訳開始因子eIF4Eと直接相互作用し,翻訳開始をつかさどる.また,RNAを分解する5′→3′エキソヌクレアーゼからmRNAを保護するという役目も担う.人工mRNA分野におけるキャップに関する最初の課題は,キャップ構造を持つRNAをいかに効率よく合成するかであったが,キャップ構造が付加されたジヌクレオチドを転写反応系に加えて取り込ませることで一応の解決をみた15).その後,トリヌクレオチド型のキャップアナログが開発され,キャップを持つRNAの収率の改善と+1位のヌクレオチドの2′-O-メチル化(キャップ1構造)による免疫原性の低減がなされている16).
化学合成したキャップアナログを利用する場合,キャップ部位にさまざまな化学修飾を導入することが可能である.たとえば,mRNAとキャップ間のリン酸基をホスホロチオエート化したり,キャップ部のリボースを修飾したりすることによって翻訳活性を向上させることができる16).また,mRNAの安定性や翻訳活性の改善のみならず,蛍光色素のような機能性分子の付加17, 18)や,eIF4Eとの相互作用を阻害する光感受性の保護基で修飾し,光照射により翻訳活性が発現するという発現制御系の開発19, 20),光照射によって除去できる疎水性タグで修飾し,高純度なmRNA精製を実現する方法21)など,キャップ修飾のさまざまな活用が報告されている.
キャップ構造は,転写後に酵素を使って形成させることも可能である.そのためにはキャッピング反応の効率が良好で市販もされているワクシニアウイルスのキャッピング酵素(Vaccinia virus capping enzyme:VCE)が広く利用されている22).VCEを使えば修飾ヌクレオチドをキャップとして付加させることも可能であり,翻訳活性の高い非天然型のキャップや蛍光色素標識キャップなども合成できる23).最近,VCEよりも幅広い温度域で高い活性を示すファウストウイルス(Faustovirus)のキャッピング酵素24)が複数メーカーから発売され,キャップを持つRNAを合成するための選択肢は充実しつつある.
3)非翻訳領域
タンパク質コード領域の上流および下流に位置する5′および3′非翻訳領域(untranslated region:UTR)は,mRNAの安定性と翻訳活性,細胞内局在を制御している25–27).人工mRNAにおいては,安定性を高める目的で,ヒト細胞内で半減期が長いことが知られるα-またはβ-グロビンmRNA由来のUTR配列が広く使われている.天然のmRNA配列からの効果的なUTR配列のスクリーニング28)によって得られたより安定な配列もあり,これは新型コロナウイルスワクチンにも使用されている.最近では機械学習を利用して,翻訳活性や安定性を最大化するUTR配列の設計もなされている29).機械学習やAI技術の成長は著しく,今後AIを活用したmRNAの設計が主流となるかもしれない.また,配列の最適化以外にも,翻訳開始因子eIF4Gに結合する配列を導入することで翻訳活性を高める30)といった足し算的なアプローチや,逆に,必須ではない不確定要素と見なしてUTRを計4ヌクレオチドまで最小化する31)という引き算的なアプローチによる研究も行われている.
UTRには,タンパク質発現を制御するための機能性配列を持たせることも可能である.これまでに,タンパク質や低分子化合物に応答して翻訳開始反応やmRNAの安定性を制御できるさまざまなシステムが報告されている32, 33).ここでは汎用性の高さとデザインの容易さから,我々のグループが開発したマイクロRNA応答性OFFスイッチを紹介する.マイクロRNAは,真核生物にみられる20数ヌクレオチド長の短いノンコーディングRNAである34).ゲノムにコードされているマイクロRNA遺伝子から転写され,複数段階のスプライシングを受けてマイクロRNAへと成熟する.その後,RISC(RNA-induced silencing complex)と呼ばれるタンパク質複合体へと取り込まれ,配列相補的に標的mRNAと相互作用し,翻訳の抑制やmRNAの分解を誘導し,遺伝子発現を抑制的に制御する.このメカニズムを利用し,遠藤らは任意のマイクロRNAの相補配列をUTRに挿入することで,その標的マイクロRNA非存在下ではタンパク質が発現される(ON)が,マイクロRNA存在下ではタンパク質発現が抑制される(OFF)というシステムを開発した(図2).我々はこれをマイクロRNA応答性OFFスイッチと呼んでいる35).ヒトでは2500種類以上のマイクロRNAが見つかっており,細胞の種類や発生段階,生理学的な状態によって異なる発現プロファイルを示すため36–38),マイクロRNAは細胞を識別するためのマーカーとなりうる.実際に,マイクロRNA応答性OFFスイッチによって,対象とする細胞でのみ外来タンパク質を発現させることができ,細胞種特異的なマイクロRNA活性に基づく細胞種の識別や選別が可能となった.ワクチンでも同様のシステムが副作用を低減するために利用されており39),人工mRNAの遺伝子発現特異性を制御できる非常な有用な技術である.
4)コーディング領域
コーディング領域の配列は,発現させるタンパク質のアミノ酸配列によって規定されるため,改変は同義コドン間での置換に限られる.しかし,コドンはmRNAの翻訳活性に大きく影響しており,最適コドンの使用により翻訳伸長速度の改善によるタンパク質発現強度の改善が期待できる.翻訳速度の低下はmRNAの安定性を低下させるため,コドン最適化はmRNAの安定化にもつながる40).最近では,分子内高次構造がmRNAの安定性と関連していることから41),二次構造などの要素も考慮した最適配列の設計なども盛んに研究されている42, 43).
5)ポリAテール
ポリAテールはポリA結合タンパク質との相互作用を通じて翻訳開始複合体の形成に関与する.また,mRNAの安定性を制御しており,脱アデニル化酵素によって短くなることでmRNAの分解が生じる44).一般的に,ポリAテールの長さが長いほどmRNAは安定でタンパク質発現強度も高い.しかし,合成上の制約もあるため,100~140ヌクレオチド長程度のポリAテールが多く利用されている.
脱アデニル化酵素による分解から保護するため,3′末端を非天然型のヌクレオチドとしたり45),蛍光色素を共有結合で付加させる46),ポリA内部にホスホロチオエート修飾を導入する47),3′末端の数ヌクレオチドへのホスホロチオエート修飾と末端へのチミジンヌクレオチドの3′-3′結合を組み合わせる48)といった修飾も報告されている.合成が複雑ではあるものの,これらの改変はmRNA安定性の改善に効果的である.
前節で紹介したエンジニアリングは,“5′キャップ-5′非翻訳領域-コーディング領域-3′非翻訳領域-ポリAテール”という天然のmRNA構造に基づいていた.しかし近年では,天然のmRNAの構造にとらわれない新たな人工mRNAが多数報告されている.
1)環状mRNA
人工mRNAの応用における最大の課題は生物学的な不安定さである.一過的に抗原を発現させればよいワクチンとは異なり,特に遺伝子補充療法のような用途の場合には効果の持続性が大きい方が望ましい.そこでRNAの末端を共有結合でつなげ,エキソヌクレアーゼに対する抵抗性を持たせた環状mRNAが注目されている.環状化によるRNAの安定化戦略は,siRNA49)やアプタマー50)といった比較的短いRNAにおいて採用されてきた.そこでは,リガーゼのようなタンパク質酵素による末端のライゲーションによる環状化が行われてきた.しかし,同様の方法でmRNAのような長鎖のRNAを効率的に環状化させることは難しかった.
実用に足る環状化効率を達成し,環状mRNAの有用性を示したのがWesselhoeftらの研究である51).彼らは,自己スプライシング反応を行うリボザイムであるグループIイントロンに注目し,リボザイムを分割してRNAの両端部に配置し,周辺配列を最適化した(図3a).分割されたリボザイムは溶液中で自発的に会合してスプライシング反応を触媒し,切り出されたリボザイム部分と環状化されたRNAを生じる.この機構により,Cas9のような大きな遺伝子を含むRNAをも良好な効率で環状化することができた.環状mRNAには末端がないため,5′キャップ構造を持たない.そこで,翻訳開始のためにキャップ非依存的な翻訳を可能にする内部リボソーム進入部位(internal ribosome entry site:IRES)を挿入している.こうしてできた環状mRNAは数日間にわたってタンパク質を発現し,直鎖状mRNAの数倍の発現持続性を示した.in vivoでも環状mRNAの高い持続性が確認でき52),Wesselhoeftらは環状mRNA技術を核とする会社を設立して医薬への展開を進めている.他にも多数の企業が環状mRNAに参入しており,熾烈な競争が行われている.
環状mRNAにおいて解決すべき課題として,合成法とタンパク質発現強度があげられる.RNAが長くなるほど環状化効率は低下する.また,環状化反応を促進するための配列が環状化後も存在することで免疫応答を引き起こしてしまう.そのため,環状化後に余分な配列が残らず,高い環状化効率を示すリボザイムや周辺配列のデザインが検討されている53, 54).また,IRESによる翻訳はキャップ依存性翻訳よりも効率が低い.そこで,より翻訳活性が高いIRESの探索やIRESの改変によるタンパク質発現強度の改善が試みられている55).
環状mRNAは効果の持続性が高いため,副反応・副作用の影響が大きいことも予想される.そこで我々は環状mRNAからのタンパク質発現を細胞種特異的に制御することに取り組んだ56).環状mRNAの非翻訳領域に標的マイクロRNAの相補配列を導入し,マイクロRNA存在下ではタンパク質発現が生じない“マイクロRNA応答OFFスイッチ”とした.直鎖状の人工mRNAの場合と同様に,標的マイクロRNAの存在に基づくタンパク質発現制御が実現でき,目的細胞のみで機能する環状mRNAの構築に成功した.
2)分岐状RNA
高分子化学ではデンドリマーのような分岐した形状を持つポリマーがよく知られている.天然のRNAにも,スプライシング後のイントロンにおいてラリアットと呼ばれる分岐構造が存在している.そして最近,分岐状構造を持つ人工mRNAの合成が報告された57).Chenらは,化学的に合成したポリA鎖を,クリックケミストリーとリガーゼによるライゲーションによって連結し,複数のポリAテールを持つ分岐状mRNAを合成した(図3b).ポリAテールの化学修飾パターンや本数を最適化した分岐状mRNAのタンパク質発現持続期間は,通常の直鎖型mRNAの2倍以上となった.in vivoでも改善された持続性を示し,マウスにおける低用量のCas9 mRNAでのゲノム編集の達成など,高い有効性を示した.
合成の複雑さから実用性には疑問符がつくものの,新規な分子構造でありさまざまなバリエーションが可能であるため,どれだけ天然と異なる構造のmRNAを合成できるのか,また,どこまでmRNAとしての機能を向上できるのかなど興味はつきない.
3)自己増幅RNA
環状や分岐状mRNAが従来のmRNAよりも安定性に優れるとはいえ,徐々に分解は進む.細胞が分裂すれば細胞内mRNAも分配されて半減してしまう.このように,環状や分岐状mRNAでもやはりRNAの効果は経時的に減少していき,mRNAの効果の持続性が低いという問題を完全に解決できてはいない.その改善が期待されるのが自己増幅RNA(self-amplifying RNA: saRNA)である.自己複製RNA(self-replicating RNA: srRNA)やレプリコン(replicon)とも呼ばれる.
遺伝子導入ベクターとしての自己増幅RNAは,一本鎖のプラス鎖RNAをゲノムに持つアルファウイルス,特にベネズエラ馬脳炎ウイルス(Venezuelan equine encephalitis virus:VEEV)やセムリキフォレストウイルス(Semliki forest virus:SFV),シンドビスウイルス(Sindbis virus:SINV)由来のシステムがよく利用されている58, 59).この自己増幅RNAが細胞に導入されると,RNAの増幅を担う非構造タンパク質(non-structural proteins:NSPs)が発現する.そのRNA依存性RNAポリメラーゼ活性により,プラス鎖を鋳型としたマイナス鎖の合成およびマイナス鎖を鋳型としたプラス鎖の合成が行われ,RNAが増幅される.また,マイナス鎖RNAを鋳型としてサブゲノミックプロモーターからサブゲノミックRNAの合成が行われる.このサブゲノム領域に外来遺伝子を導入することで,外来遺伝子の持続的な発現が実現される(図3c).
ワクチンとしては,エボラウイルスやHIV,ジカウイルスといったウイルス感染症やマラリア,各種がんに利用する研究が進められてきた60).2023年11月には,自己増幅RNAワクチンとして初めて,新型コロナウイルスに対するワクチンが承認された61).他社からも自己増幅RNAを利用した新型コロナウイルスワクチンの承認申請がなされている.自己増幅RNAを使うことによって,効果の持続性の改善はもちろん,低用量化による副反応の低減も期待されている.また,高い安全性と持続性に着目し,ヒト体細胞からiPS細胞を作製するための山中因子発現ベクターとしての利用もなされている.通常のmRNAによる方法では,mRNAの効果の持続性の低さのため,複数回のRNA導入が必要とされる.対して,自己増幅RNAを使えば一度のRNA導入でiPS細胞が得られる62, 63).山中因子をコードした自己増幅RNAはキットとして市販もされており,現在ヒトiPS細胞を樹立するための選択肢の一つとなっている.自己複製RNAの受託合成サービスを開始する企業も現れており,実験ツールとしての利用も今後一般的になるかもしれない.
自己増幅RNAは人工mRNAで一般的なψやm1ψ修飾を導入すると機能を失ってしまう.そのため修飾塩基によって免疫原性を低下させることができず,場合によっては細胞毒性が問題となっていた.しかし最近,自己増幅RNAが許容できる修飾塩基について報告された64).自己増幅RNAにおけるCのm5Cへの置換は,自己増幅や導入遺伝子の発現を阻害せずに,RNA導入時のインターフェロン応答を効果的に抑制する.人工mRNAにおけるm1ψのように,今後自己増幅RNAにおいてはm5Cを使うことが一般的になるかもしれない.
自己増幅RNAは,NSPs遺伝子のみで約7.5キロ塩基(kb)とサイズが大きいため,全長が長大となる.しばしば10 kbを超え,コードさせる目的遺伝子によっては20 kb近くになることもある63).これほど長いと,合成や精製,品質管理が容易ではない.そこで,NSPsをコードしたmRNAおよび,それによって複製されるRNA[trans増幅RNA(trans-amplifying RNA)]へと分割した系が開発されている65–67).
他にも,NSPs変異体の人工的な進化68)や,宿主免疫を抑制する因子の利用69, 70),温度感受性変異体による自己増幅RNAの除去制御71)といった多様な改変が試みられている.自己増幅RNAは,RNAの安定性や持続性の低さといった課題を一気に解決できる可能性を秘めており,今後最もホットなモダリティとなりえる.
4)ランタン型RNA
生体分子を材料としたナノテクノロジーの分野において,RNAからさまざまなナノスケールの形状を持つ構造体を構築する研究がなされてきた72).mRNAを使ってそのような立体的な球状構造体を作った例を紹介する.Huらは,細胞に導入したい人工mRNAを,それに対して部分的に相補的な配列を持つ2本のステープルRNAとハイブリダイズさせ,コンパクトな球状構造体“ナノランタン”を形成させた(図3d)73).提灯の枠組みのようなその構造により血清中での安定性が増したが,mRNAとしての翻訳活性も維持された.ステープルRNAには,大腸がん細胞で過剰発現している受容体に対して結合するRGDペプチドを付加した.マウスにおいて,ナノランタンはそのコンパクトな形状とRGDペプチドによって大腸がん細胞に取り込まれ,コードするSMAD4タンパク質による症状改善効果を示すことに成功した.
このナノランタンは裸のRNA分子として投与されていた.人工mRNAを細胞内に導入する際には脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle:LNP)と複合体を形成させることが多いが,構造によってはRNA単体でも導入できるというのは興味深い.心臓の細胞に対して人工mRNAが裸のままで効率よく導入できることが知られているが74, 75),そのようなケースでナノランタン化によるさらなる導入効率の向上はみられるのであろうか.
また,ステープルRNAに新たな機能を持たせることも可能かもしれない.たとえば,特定のタンパク質に結合するRNAアプタマー配列を導入することで細胞内局在を制御する,ステープルRNAが特定の内在性RNA分子とハイブリダイズすることでmRNAをより弛緩した構造へと変換させて翻訳を促進させる,あるいは強固な二次構造を形成させて翻訳を抑制する,といった制御が考えられる.今後の展開に期待したい.
5)マイクロRNA応答性ONスイッチ
最後に我々のグループが開発した,新たなRNA構造を利用したタンパク質翻訳制御系を紹介したい.藤田は,RNAのポリAテールのさらに下流に非ポリA配列を付加することでタンパク質発現が抑制されることを見いだし,これを利用してマイクロRNA応答性ONスイッチを開発した76).これは,ポリA鎖の直下に任意のマイクロRNAの標的配列(完全相補配列),さらにその下流に翻訳を抑制するための付加配列を持つ(図4a).標的マイクロRNAが存在しない場合には,3′末端の付加配列によって翻訳が抑制されタンパク質は発現しない(OFF).一方で,標的マイクロRNAが存在すると,マイクロRNAにより標的配列部で切断が起こり,付加配列が除去され,翻訳が開始される(ON)(図4b).したがって,特定のマイクロRNAが発現している細胞でのみ外来遺伝子を発現させることができる.外来遺伝子として細胞死誘導タンパク質を利用すれば,マイクロRNAプロファイルに基づいて目的細胞を選別するといった応用が可能である.しかしながら,付加配列による翻訳抑制は完全なものではなく,OFF状態でも一定量のタンパク質が発現してしまう.より精密で使いやすい遺伝子発現制御系の確立を目指して,付加配列による翻訳抑制メカニズムの解明とONスイッチの改良を現在進めている.