野島庄七先生を悼む
帝京大学
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野島先生を一言で語るとすれば,リン脂質研究のパイオニアとして世界をリードする指導者であったと言って過言ではないと思います.1960年代においてリン酸を含む脂質としては卵黄レシチンなどが知られてはいましたが,今日では機能もよく知られるカルジオリピンにしても構造すら定まっていませんでした.そのころからリン脂質に注目し,一生をその代謝,機能の解明にささげられたことになります.
国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)において,結核菌細胞壁の脂質としてホスファチジルイノシトールにマンノースが複数結合した脂質を発見されたこと(1959)から先生のリン脂質研究が始まりました.結核菌成分の免疫増強作用(アジュバント作用)の一翼を担う脂質と想定されていましたが最近になりそれが実証されるに至っています.
先生のリン脂質研究は広範に及びますが,大別すると,1.細菌脂質の代謝と酵素,2.免疫化学,3.膜における動態,4.生物活性となります.ここでは字数の制限もありますので1と2に主眼を置いて述べることとします.
東京大学薬学部微生物薬品化学教室においては,結核菌,大腸菌リン脂質の同定から始まり脂肪酸組成,細胞内分布,代謝を明らかにするなど多くの成果を挙げられました(1965~1969).
予防衛生研究所化学部長時代になって,細菌リン脂質の代謝研究の延長としてホスホリパーゼ研究に乗り出されました.
大腸菌にホスホリパーゼ活性を見出すことに世界中が挑戦していましたが,先生は界面活性剤であるDDSの存在下でホスファチジルエタノールアミン(PE)をlysoPEと脂肪酸に分解する酵素活性を発見されました(1969).後に界面活性剤に耐性の酵素としてDR-ホスホリパーゼAと命名されますが,他にホスファチジルグリセロールを特異的に分解する界面活性剤に弱い酵素(DS-ホスホリパーゼA)も見つかりました(1973).これらの酵素の遺伝子座の決定,さらに欠損変異株の単離も成功されましたが,野生株との生理的差異がなかなか見いだされずに苦心されていました.
一方で結核菌の一種であるMycobacterium phleiの膜結合性酵素,ホスホリパーゼB(27Kと45K)の精製にも成功しています(1974).膜にタイトに結合した酵素タンパク質の可溶化,精製の成功は世界的に注目を集めました.リン脂質のアシル基を加水分解する酵素の精製としては,蛇毒や膵臓由来の水溶性ホスホリパーゼA2以外では初めてでした.M. phleiでの精製の技法が後の大腸菌酵素の精製だけでなく動物細胞由来のホスホリパーゼAの精製にも多大のヒントを与えたことは疑う余地はありません.
1974年に東大薬学部に衛生化学・裁判化学教室の教授として戻られ,大腸菌リン脂質代謝に絞って検討を進められました.内膜にリゾホスホリパーゼを,細胞質に別のリゾホスホリパーゼを発見(1978),外膜に存在するDR-ホスホリパーゼAの精製に成功されました(1977).精製酵素は1位のアシル基と2位のアシル基も分解する活性に加えてトリアシルグリセロールも分解するリパーゼ活性も持っていました.精製品は界面活性剤やリン脂質共存下で熱に耐性になるという特異な性質も明らかになります.両酵素のクローニングにも成功,一次構造の決定に至ります(1984).蛇毒や膵臓のホスホリパーゼA2以外では初めてとなります.既知の酵素とはホモロジーが皆無,halfcysteineが全くない点が驚異でありました.
1960年代は免疫化学の勃興期でLandsteinerの抗原特異性に関する教科書などが世界的に広く読まれるようになっていました.タンパク質や多糖の抗原特異性の研究は盛んでしたが,脂質への注目はありませんでしたので,カルジオリピンの免疫化学的研究は世界的にも画期的でした(1967).先生がカルジオリピンにこだわりを持たれた理由は“梅毒患者にカルジオリピンに対する抗体があるらしいが由来は不明,このリン脂質の構造が分かっていない,研究生活を始めた初期に動物細胞以外で結核菌,大腸菌に存在することを明らかにしたからかな”と語っておられたのを思い出します.カルジオリピン分子が抗原決定基の中心をなすことを明らかにしましたが,カルジオリピン単体では抗体との反応は示しません.梅毒の血清診断試薬として知られるVDRL抗原はカルジオリピン,ホスファチジルコリン,コレステロールの混合懸濁物でした.カルジオリピンに対する抗体を脂質とメチル化アルブミンの複合体を注射することで作製することに成功,この際もカルジオリピン単独ではだめで,ホスファチジルコリン,コレステロールの共存が必要でした.さらにホスファチジルイノシトール等に対する抗体作製にも成功されました(1970).メチル化アルブミンと脂質複合体を免疫原とするこの方法は脂質抗原に対する抗体作成に広く活用されました.
1960年代には,リン脂質が生体膜の主要構成分であることは明らかになってきましたが,どのような存在状態でどのような機能を発揮しているかは長い間不明でした.1972年にSinger とNicolsonによる“流動モザイクモデル”が提唱されて以来,リン脂質が生体膜における脂質二重層構造の主体をなすことが一般に認識されるようになります.先生も電顕,ESR,示差熱分析計を用いた脂質の動態研究を積極的に展開されています.脂質抗原“カルジオリピン,ホスファチジルコリン,コレステロールの混合懸濁物”が実はリポソームであり,抗原‒抗体反応が脂質二重膜の表面で起こっていることが判明しました(1980).リゾホスファチジルコリンの溶血反応のメカニズム解明(1978)などは他の追随を許さぬ独自性の極めて高い成果でした.水溶液中で多種類の脂質分子が巨大な集合体を構成し,そこに代謝酵素などのタンパク質が働きかけるメカニズムの実態解明には先生もストラグルされました.今日技術の進歩で個々の脂質分子の機能の解明が進みつつあるとはいえ,機能と動態との関連の解明など命題が残されていると感じます.
The Journal of Biochemistry(JB)の編集委員長をお務めの際は,ご自身の論文はすべて“JBに投稿”の姿勢で臨まれました.オリジナリティの高い内容であれば雑誌の質に関係なく評価されるはずとの信念を貫かれました.「泡となるような研究はするな!」は先生の口癖でした.事実の解明を一歩一歩着実に進める先生の厳格ともいえる姿勢をいまさらながらかみしめています.
帝京大学 井上圭三
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