Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(1): 8 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970008

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オルガネラ研究に魅せられて

1九州大学高等研究院特別主幹教授・名誉教授

2兵庫県立大学特任教授

発行日:2025年2月25日Published: February 25, 2025
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「日本生化学会設立百周年」誠におめでとうございます.

私自身,生化学会に育てて頂きましたし,日本生化学会名誉会員の一人として,大変嬉しく思います.

生命体の基本構成要素であり生命維持を担う酵素など,いわゆるタンパク質研究の歴史は非常に長く,私が学生の頃はタンパク質化学が隆盛の時代で,主として酵素の構造と機能解明が盛んでした.学位取得後(1976年)も,米国に留学し「脳下垂体ホルモンFSHの構造と機能解明」に取り組みました.三年を経て,“タンパク質の生合成”にも興味を持っていたことから,細胞小器官(オルガネラ)と呼ばれる大きな構築物が,如何にして造り上げられるかその過程を解き明かしたいと強く思いました.Rockefeller大学のペルオキシソームの発見者C. de Duve教授研究室のテーマの一つ,ペルオキシソーム形成機構の解明に取り組み,「成長と分裂」(Growth & Division)による形成機構モデルを提唱,自身の研究の方向性を定めました.

1985年に帰国後,二つの重要課題,ペルオキシソーム形成機構とペルオキシソーム欠損症病因の解明研究を開始しました.はじめに,ペルオキシソーム欠損性哺乳動物(CHO)変異細胞モデル系を確立し,順行遺伝学(forward genetics)を用いて最初のペルオキシソーム形成因子(ペルオキシン)遺伝子PEX2(cDNA)をはじめ一連のPEX遺伝子クローニングに成功しました.ついで,Zellweger症候群などペルオキシソーム欠損症(形成異常症)の病因遺伝子(PEX2)を世界で初めて単離,続いて多くの相補性群(遺伝子型群)に分類される本症に対し網羅的に病因遺伝子を解明,さらにはモデルマウスを確立し(小脳)病態発症機構も解明できました.これら14種のペルオキシンのペルオキシソーム形成過程における機能研究により,ペルオキシソームの膜形成とマトリックス酵素群輸送機構および分裂の分子機構の解明など,独創的成果を発信してきました.これらの成果は,ペルオキシソームの形成機構を明らかにし,オルガネラ欠損病の概念を確立したとして高く評価されています.まさに生化学と細胞生化学における挑戦と歓喜の歴史です.

ここで,日本の基礎科学研究の問題に触れてみたいと思います.

長い研究生活において大切にしてきたことは,「知的好奇心あるいは興味や疑問に基づいた研究が最も重要」ということです.自分の興味に基づく問いかけを大切にし,夢を持つことです.しかし,現状は興味・関心から研究を始める「若い研究者が減っている」と言われています.最近は「この研究をやって何の役に立つのですか」と質問する学生も多いようです.たしかに目的思考の研究も大切です.一方で自分自身の純粋な好奇心・興味に基づく研究をしたいという若い研究者が減っているのではないでしょうか.役に立つことが分かっているということは,それはすでに分かっていることの応用です.純粋な好奇心に基づく探究なしに,人類の知の地平線を広げることはできません.応用の可能性を広げることもできないでしょう.日本社会が好奇心に基づく純粋な基礎科学を容認し,応援する文化を持つことが重要だと思います.

基礎研究は日本の文化そのものです! 世界から高く評価されていますが,“いました”になりつつあります.研究者の好奇心に基づく純粋な基礎科学が軽視されがちな傾向は,すでに表れています.2022年のデータでは,日本の大学や企業の研究開発費は米国,中国に次いで3位ですが,論文数はこの20年で世界2位から5位に落ちました.引用率トップ10%に入る重要論文数もG7の中で最下位,世界12位です.

日本の各種科学研究システムは,どうも目的・応用性の高いものに資金をたくさん注ぎ込む傾向にあるように感じます.たしかに少子高齢化も問題ではありますが,興味・関心を大切にして人材を育成しないと,日本の基礎科学は持たないと思います.やはり,基礎的な研究が重要なのです.これまでは,自分の興味・関心で研究できる文化・土壌がありましたが,現状のままだと,今後は厳しいのではないでしょうか.

——最後に,若い研究者へのメッセージをとして,私の持論は自明なことですが「努力なくして佳い結果は出ない」です.研究の世界はチャンスが平等であり,夢があります.自分の興味・関心に基づいて研究して欲しい.基礎科学の重要性が再認識されること,そして興味・関心に基づく研究を行う若い研究者が増える環境を整えることが,今の日本に重要と思われます.

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