痒みを標的とした創薬開発Drug development targeting pruritus in atopic dermatitis
京都大学大学院医学研究科皮膚科学Department of Dermatology, Kyoto University Graduate School of Medicine ◇ 〒606–8507 京都市左京区聖護院川原町54 ◇ 54 Shogoin Kawahara, Sakyo, Kyoto 606–8507, Japan
京都大学大学院医学研究科皮膚科学Department of Dermatology, Kyoto University Graduate School of Medicine ◇ 〒606–8507 京都市左京区聖護院川原町54 ◇ 54 Shogoin Kawahara, Sakyo, Kyoto 606–8507, Japan
慢性的に持続する痒みは皮膚の炎症やバリア障害に加え,睡眠障害などをもたらし生活の質を著しく低下させる.そのため痒みの治療は健康を保つ上で非常に重要な役割を持つ.近年,病態ごとの痒みの発症機序が明らかにされるとともに創薬の進歩も加わり,これまでコントロールが困難であった痒みに対して効果的な治療が望める時代に入った.本稿では,現在までに明らかにされている痒みの機序を,痒みメディエーターとそれを感知し伝達する神経系の観点から述べる.特に,IL-31を標的としたIL-31受容体抗体であるネモリズマブはわが国で開発された薬剤であり,現在アトピー性皮膚炎や結節性痒疹の痒みの治療薬として臨床応用されている.本稿では,痒みの改善に働く薬剤作用機序を解説し,今後の創薬の展望を述べる.
© 2025 公益社団法人日本生化学会© 2025 The Japanese Biochemical Society
通常,痒みは皮膚に付着した虫(たとえばダニやシラミ)のような外敵や異物を排除するための生理的な感覚であり,一種の防御反応である.しかし,慢性的に持続する過剰な痒みは,頻繁な引っ掻き動作を引き起こす.この引っ掻き動作を繰り返すことは,皮膚バリアの損傷,皮膚炎症の悪化を引き起こし,痒みをさらに増加させるだけでなく,場合によっては皮膚潰瘍や感染症などの二次的な問題をもたらす可能性がある.痒みは特に休息時や夜間に強く感じられがちで,睡眠障害を引き起こし,生活の質を大幅に低下させることもある.このように,慢性的な痒みが日常生活に及ぼす影響は重大であり,適切な治療はきわめて重要である.
痒みの誘因は疾患ごとに異なるが,知覚するまでの経路はおおむね同様である.痒みメディエーターが皮膚の中で産生・増加し,皮膚に分布する一次感覚神経の受容体に結合して神経を活性化し,その信号が脊髄後神経に中継され,最終的に脳で痒みとして知覚される.長年の研究により,多様な痒みメディエーターの存在や,末梢神経および中枢神経で痒みを知覚する経路が徐々に明らかにされた.さらに,痒みを呈する代表的皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎(atopic dermatitis:AD)への適応を中心に新規薬剤が登場しており,痒み治療はパラダイムシフトの真っただ中にある.そこで,痒み治療の標的を理解するために,現時点で明らかになっている痒みの機序について述べる.
かつては,痛みの弱い感覚が痒みであるとの考えが一般的であった.しかし,痒み特異的な神経が同定され,現在では痒みの伝達が痛みとは独立したメカニズムで制御されていることが明らかとなっている.
痒みメディエーターによる痒みの伝達経路は,ヒスタミン依存性経路とヒスタミン非依存性経路の二つに大きく分けられる.従来,比較的副作用が少ない止痒薬として処方されてきたH1受容体拮抗薬は,ヒスタミンの効果を抑制するが,多くの皮膚疾患における痒みへの効果は限定的である.この限定的な効果の一因として,ヒスタミン非依存性の起痒物質が複数存在することがあげられる(表1).たとえば,インターロイキン-31(IL-31)は,ヘルパーT2細胞(Th2)から分泌されるサイトカインであり,神経に直接作用して持続的な痒みを引き起こす1).IL-31は,ADなどの皮膚疾患だけでなく,全身疾患に伴う痒みにも関与している2).また,痒みの増強または減弱に寄与する物質を痒みモジュレーターと称し,特に痒みを増強するものはセンシタイザーと呼ばれる.IL-4はADの病態において中心的な役割を担い,単独では痒みを引き起こさない低用量のヒスタミンでも,IL-4の存在下では痒みを誘発することが明らかになっている3).したがって,IL-4は痒みセンシタイザーとして機能し,間接的に痒みの発生に寄与する.これらの物質の産生,分泌,およびシグナル伝達を抑制することによって,痒みの改善が可能であると考えられており,これらは痒みに対する新たな創薬の標的となっている.
| 分類 | メディエーター センシタイザー | 受容体/チャネル |
|---|---|---|
| アミン | ヒスタミン | H1受容体,H4受容体/TRPV1 |
| セロトニン(5-HT) | 5-HT2A受容体,5-HT7受容体/TRPA1, TRPV4 | |
| サイトカイン ケモカイン | IL-31 | IL-31受容体/TRPV1, TRPA1 |
| IL-33 | IL-1RAcP, ST2 | |
| TSLP | TSLP受容体/TRPA1 | |
| IL-4 | IL-4受容体 | |
| IL-13 | IL-13受容体 | |
| IL-17 | IL-17受容体 | |
| CXCL10 | CXCR3 | |
| Mrgprアゴニスト | クロロキン | MrgprX1(ヒト),MrgprA3(マウス)/TRPA1 |
| BAM8-22 | MrgprX1(ヒト),MrgprC11(マウス)/TRPA1 | |
| β-アラニン | MrgprD | |
| プロテアーゼ | カリクレイン5, 7, 14 | PAR2 |
| トリプターゼ | PAR2 | |
| カテプシンS | PAR2, PAR4, MrgprC11 | |
| mucunain | PAR2, PAR4 | |
| SLIGRL | PAR2, MrgprC11 | |
| AYPGKF | PAR4 | |
| ペプチド類 | サブスタンスP | NK1受容体,MrgprA1 |
| エンドセリン-1 | ETA受容体 | |
| α-MSH | MC1受容体,MC5受容体 | |
| 脂質メディエーター | PAF | PAF受容体 |
| LPA | LPA5受容体/TRPA1 | |
| ロイコトリエンB4 | BLT1受容体/TRPV1, TRPA1 | |
| 12-HETE | BLT2受容体 | |
| トロンボキサンA2 | TP受容体 | |
| オピオイド | β-エンドルフィン | μオピオイド受容体(MOR) |
| ダイノルフィン | κオピオイド受容体(KOR) | |
| その他 | 胆汁酸 | MrgprX4(ヒト),TGR5(マウス)/TRPA1 |
| ビリルビン | MrgprX4(ヒト),MrgprA1(マウス) | |
| ペリオスチン | Integrin αvβ3/TRPV1, TRPA1 | |
| poly (I:C) | TLR3 | |
| イミキモド | TLR7 | |
| 酸化ストレス | TRPA1 | |
| miR-711 | TRPA1 | |
| 5-HT:5-hydroxytryptamine, IL-1RAcP:interleukin-1 receptor accessory protein, PAR:protease-activated receptor, NK1:neurokinin-1, ETA:endothelin A, α-MSH:α-melanocyte-stimulating hormone, MC:melanocortin, PAF:platelet-activating factor, LPA:lysophosphatidic acid, BLT:leukotriene B, 12-HETE:12-hydroxyeicosatetraenoic acid, MOR:μ opioid receptor, KOR:κ opioid receptor, TGR:transmembrane G protein-coupled receptor, TLR:toll-like receptor(文献32の表を元に作製). | ||
皮膚には,末梢感覚神経線維が広範に分布し,真皮上層から表皮内に向けてその終末が伸びている.これらの末梢神経によって知覚される痒みは,末梢性の痒みと称される.近年,末梢感覚神経の細胞体が存在する後根神経節(dorsal root ganglion:DRG)に関する主にマウスを用いた研究が進み,さまざまなサブセットが存在することが明らかにされた.非ペプチド作動性(non-peptidergic:NP)神経群には,ヒスタミン受容体(H1受容体),インターロイキン-31受容体,インターロイキン-4受容体,thymic stromal lymphopoietin(TSLP)受容体,Mas関連Gタンパク共役受容体(Mas-related G protein-coupled receptor:Mrgpr)など,痒みメディエーターやセンシタイザーを認識する受容体が発現している4).これらの受容体を介したシグナル伝達の阻害により,痒みの抑制が期待されるため,創薬研究の重要な対象となっている.また,温度やpHを知覚するイオンチャネル受容体であるtransient receptor potential(TRP)は,痒みや痛みの知覚にも関わっており,特にTRP ankyrin 1(TRPA1)やTRP vanilloid 1(TRPV1)は,上記受容体からのシグナルによって活性化され,痒みの伝達に寄与する5).
中枢神経にも痒みを特異的に認識する経路が存在し,そこで知覚される痒みは中枢性の痒みと呼ばれる.ガストリン放出ペプチド(gastrin-releasing peptide:GRP)やnatriuretic polypeptide b(Nppb)は,末梢神経(一次求心神経)の脊髄後角終末から放出され,Nppbはさらにその受容体を持つ介在神経に作用してGRPを放出させる6–8).GRPは,その受容体(GRP receptor:GRPR)を有する介在性神経に作用し,痒み情報を脳に伝達する.また,GRPR神経は,抑制性介在神経であるBasic helix-loop-helix b5(Bhlhb5)神経による抑制を受け,これによって痒みの伝達が抑制されている9).特に,μオピオイド受容体(μ opioid receptor:MOR)は痒みの誘導に,κオピオイド受容体(κ opioid receptor:KOR)は痒みの抑制にそれぞれ作用する.たとえば,モルヒネなどのMOR作動薬は,MOR1D(MORスプライシングバリアント)と結合すると,GRPRとのヘテロ二量体を形成して痒みを誘導する10).一方で,Bhlhb5神経は内因性リガンドであるダイノルフィンを分泌し,KORを介してGRPR神経を抑制し,痒みを抑制する11).
痒みの機序に基づき,痒みを抑制するための戦略は主に二つ考えられる.一つ目は痒みメディエーターまたはセンシタイザーの産生を抑制すること,二つ目は痒みを知覚する神経の活性化(脱分極)やシグナル伝達を抑制することである.前者のアプローチでは免疫細胞が主な標的であり,後者では神経が標的である.以下に,痒み改善に有効な薬剤とその特性を詳述する(図1).
皮膚および脊髄での痒み伝達経路における,痒みに有効な薬剤(緑色の四角)の主たる作用点の概略を図示する.ダイノルフィン以外の痒みメディエーター・センシタイザー(青色のだ円)は痒みを誘発する方向に働き,各薬剤はそれを阻害することで効果を発揮する.KOR作動薬(ダイノルフィンはKOR内因性リガンド)は痒みの抑制に直接作用している.JAK:Janus kinase, PDE:phosphodiesterase, TSLP:thymic stromal lymphopoietin, IL:interleukin, Mrgpr:Mas-related G-protein-coupled receptor, Nppb:natriuretic polypeptide b, GRP:gastrin-releasing peptide, KOR:κ opioid receptor, Bhlhb5:basic helix-loop-helix b5.
H1受容体を阻害する作用を持つ薬剤群は,抗コリン作用による眠気や口渇を引き起こす第一世代と,抗コリン作用が少ない第二世代に大別される.第二世代は抗アレルギー薬としても分類される.蕁麻疹に対しては抗ヒスタミン薬が第一選択薬として推奨され,多くの症例で単剤使用により寛解する.これは蕁麻疹における膨疹や痒みが主に肥満細胞から放出されるヒスタミンによって引き起こされるためである.しかし,ADなどの他の慢性皮膚疾患においては,ヒスタミン以外のメディエーターが関与するため,抗ヒスタミン薬のみでは効果が不十分な場合が多い.
副腎皮質ステロイドは細胞質内のグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor:GR)に結合し,活性化したGRが核内に移動して炎症関連遺伝子の発現を制御する.これにより,抗炎症作用および免疫抑制作用を発揮する.ステロイドは直接的な止痒効果を持たず,その抗炎症効果によって間接的に痒みを抑制する.
カルシニューリン(calcineurin:CN)は細胞内シグナル伝達に関わる酵素であり,抗原提示細胞上のMHC-抗原ペプチド複合体がT細胞上のT細胞受容体に結合した際に活性化される.この活性化により,複数の転写因子が核内に移動し,IL-2の発現を促進する.IL-2はヘルパーT細胞の活性化,サイトカインの産生促進,細胞傷害性T細胞およびNK細胞の機能を向上させる.これに対してカルシニューリン阻害薬は,細胞内でイムノフィリンとタンパク質複合体を形成し,カルシニューリンに結合することでIL-2の誘導を抑制し,免疫抑制効果を発揮する.
外用薬として用いられるタクロリムスは,特にTh1サイトカインの抑制を中心とする免疫抑制作用により皮膚炎を改善する.また,タクロリムスは神経に直接作用し,止痒効果を発揮するとされ,この効果はTRPV1を介すると考えられる.塗布部位の刺激性や熱感の副作用は,この経路と関連している.
内服薬としては,シクロスポリンが重症のADや乾癬などの皮膚疾患に使用される.シクロスポリンは免疫抑制作用に加え,早期から痒みを抑制することが知られており,この痒みの抑制にはIL-31やIL-31受容体との関連が示唆されている12, 13).シクロスポリンは免疫抑制による炎症の改善だけでなく,痒みメディエーターの産生抑制や痒みを感知する神経への直接作用により,止痒効果を発揮していると考えられている.
ホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase:PDE)は,細胞内でcAMPやcGMPを加水分解する酵素であり,11種類のサブファミリーが存在する.PDE4は,ヘルパーT細胞やマクロファージ,樹状細胞などの免疫細胞に広く分布しており,その活性が亢進することで細胞内cAMP濃度が低下し,炎症性サイトカインの産生が促進される.PDE4阻害薬は,幅広い炎症反応を抑制することで疾患の改善を促す.AD治療におけるPDE4阻害薬の有効性は,FDAで承認された外用薬crisaboroleなどにおいて確認されている.crisaboroleは,中等症のADを対象とした臨床試験で,投与開始から早期に重症度スコアおよび痒みスコアの改善が認められた14).また,PDE4阻害剤であるE6005の外用薬が痒みを抑制する効果を持つことが動物実験で報告されており,この作用は後根神経節や感覚神経C線維のTRPV1を介した脱分極の抑制によるものと考えられる15).日本では,ジファミラストの外用薬がADにおける重症度スコアおよび痒みスコアの改善を示し,使用が可能となっている16).
ヤヌスキナーゼ(Janus kinase:JAK)は,細胞内シグナル伝達経路であるJAK/シグナル伝達兼転写活性因子(signal transducers and activators of transcription:STAT)経路の最も上流に位置するチロシンキナーゼファミリーである.JAK1, JAK2, JAK3, TYK2の4種類が存在し,各々が異なるサイトカイン受容体と結合する.JAK阻害剤はJAKに結合し,サイトカインによる刺激が細胞内でシグナル伝達されるのを防ぎ,細胞分化や炎症性サイトカインの産生を抑制する.
本邦ではADに対して,デルゴシチニブ(外用薬),バリシチニブ,ウパダシチニブ,アブロシチニブ(内服薬)が承認されている.これらはIL-4, IL-13, IL-31などのTh2サイトカインを抑制し,炎症と痒みの軽減に寄与すると考えられる.神経特異的JAK1欠損マウスでは,MC903誘導性のAD様症状による掻破行動が著しく低下するが,炎症の程度はコントロール群と差がない.デルゴシチニブ外用薬は自然発症ADモデルマウスにおける痒みを抑制し,皮膚の神経線維密度を減少させる17).これにより,JAK阻害薬は神経に直接作用し,痒みの伝達抑制や神経の減少に寄与する可能性が示唆される.現在ADに承認されている薬剤は,外用薬,内服薬ともにJAK1阻害作用を持ち,Th2サイトカインの抑制による間接的な作用と神経への直接的な作用から痒みの改善に寄与している可能性がある.
IL-4受容体α(IL-4Rα)を標的とするデュピルマブは,IL-4受容体およびIL-13受容体を抑制し,ADに対する有効性が確認されている.臨床試験では,皮膚炎の重症度だけでなく,痒みスコアの改善も観察された18).IL-4は痒みにおいてセンシタイザーと考えられ,デュピルマブはこれらの経路を抑制することで痒みの知覚を弱め,炎症の改善と合わせて止痒効果を発揮すると推測される.デュピルマブは,結節性痒疹や水疱性類天疱瘡など他の強い痒みを呈する皮膚疾患においても有用性が報告されており(国内保険適用外),広範囲にわたる痒みの緩和に効果が期待される.
透析患者や慢性肝疾患患者における難治性の痒みには,オピオイドが関与している場合がある.ナルフラフィンなどのKOR作動薬は,これらの痒みに有効性を示し,臨床で使用されている.また,MOR拮抗作用を持つKOR作動薬の開発も進められており,他の痒みを生じる疾患への適用も期待される.末梢性の痒みにおいても,オピオイドの役割は重要である.AD患者の病変表皮におけるKORやダイノルフィンの発現低下が治療により回復し,痒みの改善が同時に観察される19).ナルトレキソン含有クリームの塗布による痒み抑制効果は,末梢性だけでなく中枢性の痒みにも効果があることを示唆する20).
クロタミトンは,古くから一般用医薬品の外用剤に多く含まれている成分である.もともとは寄生虫駆除薬としてスクリーニングされたが,皮膚への刺激性が低いことから,痒みの緩和にも有効性が認められている.近年になって,TRPV4の活性化によって誘発される痒みがクロタミトンの塗布により軽減されることが明らかにされた21).根本的な皮膚疾患の改善は期待しにくいが,高い安全性と広い適用範囲を持つため,一過性の痒み抑制や他の治療の補助に利用しやすい.
ヘパリン類似物質を含む保湿剤(エモリエント)は,直接的に痒みを抑制するわけではないが,乾皮症が引き起こす痒みに対して有効であると考えられる.乾皮症では保湿成分の低下により表皮バリア機能が低下し,その結果,バリア機能が障害された表皮の角化細胞から痒みやTh2免疫反応に重要なサイトカインが放出される.また,神経成長因子の上昇により表皮内に伸長する神経の密度が高まり,痒みに対して過敏になる22–24).エモリエントによる保湿は,これらの機序を通じて痒みの軽減が期待される24).
IL-31はIL-6ファミリーに属するサイトカインで,活性化T細胞由来のcDNAからクローニングされた.IL-31を高発現させたマウスは重度の痒み,皮膚炎,脱毛を示し,AD様の症状を呈する.AD患者の皮膚組織内ではIL-31 mRNAの発現が上昇し,特に痒みの強い皮疹部での上昇がみられる.IL-31受容体はIL-31 receptor α(IL-31RA)とoncostatin M receptor β(OSMRβ)のヘテロ二量体で構成され,IL-31の結合により細胞内でのシグナル伝達が行われる(図2).一次感覚神経に発現するIL-31受容体からのシグナルは,強い痒みとして認識される.このため,IL-31受容体の阻害は痒みの抑制に有効であり,抗IL-31受容体抗体であるネモリズマブの開発が進められ,今日,臨床の現場で用いられるに至った.
ネモリズマブはIL-31RAを標的とするヒト化モノクローナル抗体で,IL-31とIL-31RAの結合を阻害し,効果を発揮する.本邦で行われた中等度から重度のAD日本人患者を対象とした第3相二重盲検ランダム化比較試験では,ネモリズマブ60 mgを4週間ごとに皮下投与するグループとプラセボグループに分け,外用治療の併用が可能であった.16週時点での痒みの評価にはvisual-analogue scale(VAS)が用いられ,ネモリズマブ群ではVASの変化率が−42.8%となり,プラセボ群の−21.4%と比較して有意な改善が示された25).投与翌日からの早期の痒み改善,皮膚炎の重症度,皮膚疾患関連の生活の質,睡眠障害の程度の改善が観察された.有害事象は大半が軽症または中等症で,ADの増悪がネモリズマブ群で24%,プラセボ群で21%の症例にみられたが,VASスコアは減少していた.ADの重症度の指標である血清thymus and activation-regulated chemokine(TARC)値はネモリズマブ群でのみ上昇がみられたが,eczema area and severity index(EASI)スコアとは相関しなかった.これらの逆説的事象の原因は未解明であり,さらなる研究が期待される.一方,強い痒みを特徴とする結節性痒疹に対しても有効性が報告されており26),IL-31が関係する痒みには広く効果があると考えられる.
ネモリズマブの主な特徴は,痒みの改善を目的としている点にある.これは痒みに特化した薬剤であり,この特徴の理解を深めるために,同じ抗体医薬であるデュピルマブとの比較を通じて考察される.デュピルマブは,IL-4受容体およびIL-13受容体からのシグナル伝達を阻害し,ADの臨床症状を改善する.IL-4とIL-13は,ADの炎症を引き起こす重要なTh2サイトカインである.しかし,痒みに関しては,IL-4とIL-13は他の痒みメディエーターの反応閾値を下げることで間接的に作用すると実験的に示されている.つまり,デュピルマブはTh2型炎症の抑制を主な目的とし,間接的に痒みの抑制にも寄与する.一方で,IL-31はIL-4やIL-13と同じような強い炎症作用を持たず,直接的に痒みを引き起こす.そのため,ネモリズマブによるIL-31シグナル伝達の阻害は,炎症よりも痒みの抑制に主に作用すると考えられる.ネモリズマブの保険適用の効能・効果は「アトピー性皮膚炎に伴うそう痒(既存治療で効果不十分な場合に限る)」であり,純粋な「アトピー性皮膚炎」とは区別される.また,臨床試験では,皮膚炎や睡眠障害の改善も示されているが,これは直接的な作用というよりも,掻破行動の抑制に伴う副次的な影響が大きいと考えられる.
IL-13は,皮膚バリア障害および慢性的なTh2炎症を引き起こすサイトカインであり,ADの病態において重要な役割を担っている.トラロキヌマブはIL-13に結合し,その受容体からのシグナル伝達を阻害する.国内外で実施された第3相試験では,ADに対する有効性が確認され,痒みに対しても効果が認められている27).2022年1月には国内での承認申請が発表され,使用が可能となった.IL-13受容体サブユニットにはα1とα2があり,IL-13Rα2はデコイ受容体と考えられている.近年,皮膚へのかき動作はIL-4αやIL-13α1ではなく,IL-13Rα2の発現を選択的に上昇させ,さらにADの病変皮膚でIL-13Rα2も過剰発現していることが報告された28).ADの病態形成におけるIL-13Rα2の役割はまだ明らかではないが,トラロキヌマブがこの受容体にも作用する可能性がある.
TSLPは主に表皮角化細胞から産生されるサイトカインであり,TSLP受容体を持つ免疫細胞に作用して,IL-4やIL-13などのTh2サイトカインやケモカインの産生を促進し,Th2免疫応答を誘導する.TSLP受容体は神経にも発現しており,直接痒みを誘導すると考えられている.これらのシグナルを阻害するテゼペルマブは,皮膚の炎症と痒みの両方を改善できる可能性があり,現在ADに対する第2相臨床試験が進行中である.
最後に,上記とは異なるアプローチとして,Mrgprの可能性についてふれたい.Mrgprのいくつかは痒みに関連していることが明らかであるが,その内因性リガンドは長い間未解明であった.ヒトのMrgprX2(マウスのオルソログはMrgprb2)はもともと感覚神経のスクリーニングから同定されたが,後に肥満細胞で優位に発現していることがわかった.肥満細胞はMrgprX2が認識するさまざまな化合物や神経ペプチド(サブスタンスPなど)によって活性化され,トリプターゼなどを介して非ヒスタミン依存性の痒みを誘発する29).このことから,肥満細胞がIgEとは別の即時応答経路を持つことが明らかになり,ADを含むさまざまな疾患の痒みに関与する可能性が示唆された.最近,MrgprX2の構造の理解と拮抗薬の開発が進展したことから,将来的にはMrgprX2拮抗薬が痒みの治療における臨床的効果をもたらすことが期待される30, 31).
痒みは多くの場合,さまざまな原疾患に伴って生じる.そのため,痒みの改善には原疾患の治療が優先されるべきである.しかし,原疾患の根治やコントロールが困難な場合,痒みに焦点を当てた治療が重要になる.痒みの発症メカニズムには多様な要因が複雑に関与しており,ステロイドや免疫抑制剤など,複数のメディエーターを抑制する治療が合理的である.一方,デュピルマブのように特定の経路のみを抑制しても痒みや炎症が全体的に改善することも,興味深い事実である.基礎研究と臨床試験から痒みの機序がさらに明らかになり,より効果的な治療法が開発されることが期待される.
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