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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(4): 478-486 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970478

特集Special Review

植物–病原菌の相互作用におけるRac/Ropファミリー低分子量GTP結合タンパク質の役割Role of Rac/Rop family small GTPases in plant-pathogen interactions

1理化学研究所環境資源科学研究センターCenter for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ 〒230–0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1–7–22 ◇ 1–7–22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku Yokohama-shi, Kanagawa 230–0045, Japan

2立命館大学薬学部薬学科College of Pharmaceutical Sciences, Ritsumeikan University ◇ 〒525–8577 滋賀県草津市野路東1–1–1 ◇ 1–1–1 Nojihigashi, Kusatsu, Shiga 525–8577, Japan

3岡山大学資源植物科学研究所Institute of Plant Science and Resources, Okayama University ◇ 〒710–0046 岡山県倉敷市中央2–20–1 ◇ 2–20–1 Chuo, Kurashiki, Okayama 710–0046, Japan

発行日:2025年8月25日Published: August 25, 2025
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Rac/Ropファミリー低分子量GTP結合タンパク質は,植物におけるさまざまな細胞内シグナル伝達の重要な分子スイッチとして機能している.主にイネやオオムギを用いた研究により,植物は,植物特有のRac/Ropサブファミリーを発展させ,パターン認識免疫受容体やnucleotide-binding domain and leucine-rich repeat containing receptor(NLR)型免疫受容体の下流で,活性酸素種の産生やMAPKカスケードの活性化といった多層的な免疫制御機構を構築していることが示されてきた.加えて,Rac/Ropファミリーは植物免疫のみならず,植物と土壌微生物との共生においても重要な役割を担っていることが明らかになってきた.本稿では,植物免疫および植物–微生物共生におけるRac/Ropファミリーのさまざまな役割について,最新の研究成果を交えつつ包括的に論じたい.

1. はじめに

Rhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質は,Rasスーパーファミリーのサブファミリーの一つである.動物のRhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質では,Rho, Rac, Cdc42をはじめとする八つのサブファミリーが存在する.一方,植物は独自のRho of plants(Rop)サブファミリーを形成している.動物のRacサブファミリーと最も相同性が高いことからRacサブファミリーとも呼ばれている1).本稿では,これらを「Rac/Ropファミリー」と呼ぶ.

病害虫の被害により約15億人分の食料が失われていると試算されており,穀物,野菜,果樹などの耐病性の向上は重要な課題である.Rac/Ropファミリータンパク質が,植物免疫のシグナル伝達や,植物と利益のある関係を築いて生活する土壌微生物との共生にも重要な役割を果たすことが明らかになってきた.植物は,パターン認識免疫受容体とNLR型免疫受容体という2種類の異なる受容体を有している.細胞膜上に存在するパターン認識免疫受容体は,真菌由来のキチンや細菌由来のフラジェリンなど,微生物が共通して持つ分子構造パターンを認識し,パターン誘導性免疫を誘導する.病原体は,宿主植物の免疫を阻害もしくは撹乱するために,自身のエフェクタータンパク質を植物細胞内に注入する.NLR型免疫受容体は細胞内受容体であり,その病原体由来のエフェクタータンパク質を認識して迅速かつ強力なエフェクター誘導性免疫を引き起こす.本稿では,はじめに,パターン認識免疫受容体とNLR型免疫受容体の下流のシグナル伝達経路に着目し,主要な穀物であるイネとオオムギにおけるRac/Ropファミリーの役割を概説する.その後に,植物–微生物共生におけるRac/Ropファミリーの役割も紹介する.

2. パターン認識免疫受容体によるイネ低分子量GTP結合タンパク質OsRac1を介したパターン誘導性免疫の制御

1)OsRac1を制御する上流因子

パターン認識免疫受容体とは,細胞膜上に局在する免疫受容体の総称であり,膜貫通型受容体とGPIアンカー型受容体が含まれる.パターン認識免疫受容体は,細菌の鞭毛成分であるフラジェリンや,真菌の細胞壁を構成するキチンなど,病原体が有する特徴的な構造を認識する役割を果たす.本項では,最も解析が進んでいるパターン認識免疫受容体のシグナル伝達経路におけるイネ低分子量GTP結合タンパク質Oryza sativa Rac1(OsRac1)の役割について概説する.イネゲノム上には,7種類のRac/Ropファミリー遺伝子(OsRac17)が存在する.主要な穀物であるイネは,真菌であるいもち病菌と細菌である白葉枯れ病菌が主要な病原菌として知られている.恒常的活性型OsRac1を過剰発現したイネでは,いもち病菌および白葉枯れ病菌に対する抵抗性が顕著に向上しており,OsRac1が真菌と細菌のどちらに対する免疫においても正の因子として働くことが示された2).反対に,OsRac4とOsRac5はイネ免疫を負に制御する因子であるが,その分子メカニズムは未解明である3).キチンとスフィンゴ脂質の二つのエリシター(植物の免疫応答を引き起こす分子)に対するOsRac1の機能については解析が進んでいる.OsRac1は,キチン受容体である受容体様キナーゼOsCERK1が形成する複合体の中に存在する(図1A4).OsCERK1がキチンを認識すると,OsCERK1が植物特異的なplant-specific Rop nucleotide exchanger(PRONE)型guanine nucleotide exchange factor(GEF)であるOsRacGEF1のC末端548番目のセリン残基を直接リン酸化し,OsRacGEF1のGEF活性が亢進する5).GEFは,低分子量GTP結合タンパク質に結合しているGDPを解離させ,細胞内に高濃度に存在するGTPと結合可能な状態を作り出すことで低分子量GTP結合タンパク質を活性化する.そして,OsRacGEF1によりOsRac1が活性化し,防御遺伝子の発現や活性酸素種の産生が上昇し,いもち病菌に対する抵抗性が誘導される.イネ免疫におけるOsRac1の重要性から,動物のRasスーパーファミリー低分子量GTP結合タンパク質の活性を生細胞でモニターすることができるFörster resonance energy transfer(FRET)プローブ,Ras and interacting protein chimeric unit(Raichu)プローブセンサーを改良したバイオイメージングツール(Raichu-OsRac1)が開発されている.このプローブによる解析から,キチン処理後3分からOsRac1が細胞膜上で活性化され,その活性化は少なくとも1時間以上持続することが明らかとなった.そのため,OsRac1はイネ免疫の初期応答に関わる鍵因子であると考えられている5, 6).キチンのシグナル伝達に関わるGEFとして,Dbl homology and pleckstrin homology(DH-PH)型GEFであるSWAP70も同定されており,ヒトのDH-PH型RhoGEFであるSOS1と高い相同性がある7).SWAP70は,OsRac1特異的なGEFとしてキチン受容体の下流で活性酸素種の産生や防御関連遺伝子の発現に関与するが,キチン受容体からSWAP70までのシグナル伝達経路は明らかにされていない.SWAP70のアラビドプシスホモログもパターン誘導性免疫とエフェクター誘導性免疫の両方に関与することから,SWAP70の機能が進化的に保存されていると考えられる8).スフィンゴ脂質のシグナル伝達においては,GEF以外のOsRac1の上流因子として三量体GTP結合タンパク質の存在も示唆されている9).GTPase-activating protein(GAP)は,GTP結合型の活性型OsRac1に結合し,その内在性GTPase活性を亢進させ,OsRac1を不活性型に移行させる.OsRac1に対するGAPであるSPIN6をノックアウトすると,OsRac1が活性化し,キチンエリシター誘導性の活性酸素種や防御遺伝子の発現が上昇するため,白葉枯れ病菌に対する抵抗性も向上する10)

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図1 イネ低分子量GTP結合タンパク質OsRac1による免疫の制御機構

(A)OsRac1によるパターン誘導性免疫の制御機構.(B)OsRac1によるエフェクター誘導性免疫の制御機構.

2)OsRac1が制御する下流因子

筆者らを中心とした解析から,OsRac1は15種類以上のタンパク質で構成されるDefensomeと呼ばれる免疫シグナル分子複合体を形成することが明らかにされている4, 11–14).このDefensomeは,イネ抵抗性誘導においてきわめて重要な役割を果たしており,OsRac1を中心とした複雑なシグナルネットワークが形成されている.主要なDefensome構成分子に関して,その役割を以下にまとめる.

a.Rboh

活性酸素種は,直接的な抗菌活性に加え,植物の細胞壁強化や免疫シグナル伝達のセカンドメッセンジャーとして機能し,耐病性において重要な役割を果たす.恒常的活性型OsRac1をイネ培養細胞に発現させると活性酸素種の産生量が顕著に増加することから,OsRac1が活性酸素種産生における重要な調節因子であることが明らかになった15).OsRac1は自身の活性化に依存して,低分子量GTP結合タンパク質が下流の標的分子と結合するのに重要な領域として知られているスイッチ1領域に構造変化を引き起こし,動物のNADPHオキシダーゼ触媒サブユニットgp91phoxのホモログであるrespiratory burst oxidase homolog B(RbohB)のN末端と界面活性剤不溶性膜画分において直接結合する(図1A16–19).これにより,RbohBの酵素活性が上昇し,活性酸素種の産生が惹起される.この過程では,スフィンゴ脂肪酸2-ヒドロキシラーゼによる脂肪酸の修飾が,OsRac1の界面活性剤不溶性膜画分への移行とOsRac1-RbohB相互作用に重要な役割を果たす.一方,メタロチオネインは,低分子量かつシステインに富む金属結合タンパク質であり,その抗酸化機能を通じて活性酸素種を除去するスカベンジャーとして機能する.OsRac1の活性化に依存してOyza sativa Metallothionein 2bOsMT2b)のmRNA発現量が抑制され,これにより活性酸素種の産生が増加し,耐病性が強化される20).以上のように,OsRac1は,NADPHオキシダーゼであるRbohBの酵素活性の上昇と,スカベンジャーであるOsMT2bの転写抑制の二つの経路を使用して活性酸素種の産生を制御している.

b.MAPK

MAPキナーゼ(MAPK)カスケードは,植物においても主要なシグナル伝達経路の一つである.OsRac1はスフィンゴ脂質エリシターによって活性化されると,MAPK3とMAPK6と複合体を形成しキナーゼ活性を上昇させるだけでなく,MAPKタンパク質の安定性にも寄与する(図1A21, 22).MAPK3/6の基質としてbHLH(basic helix-loop-helix)型の転写因子であるRAI1とAP2型の転写因子であるOsRap2.6が同定され,MAPK3/6によるこれらの転写因子のリン酸化により転写活性が上昇し,防御遺伝子の発現が誘導されると考えられている22, 23).さらに,シグナル伝達分子の足場タンパク質として働き,WD40ドメインを七つ保有するRACK1Aも,OsRac1相互作用分子として同定されている24).RACK1Aには,MAPKKK, MAPKK, MAPKおよびOsRac1が結合することが報告されており,OsRac1によるMAPKカスケードの効率的な活性化に寄与すると推測される24, 25).RACK1Aは,MAPKだけでなくNADPHオキシダーゼであるRboh,コシャペロンであるRAR1, SGT1,転写因子であるRap2.6とも複合体を形成するため,さまざまなシグナル伝達分子に関与する足場タンパク質として働いている可能性が高い23, 24)

c.シャペロン,コシャペロン

シャペロンとコシャペロンは,タンパク質のフォールディング,構造維持,機能を補助する重要な分子であり,細胞内のタンパク質の恒常性維持において重要な役割を果たす.OsRac1は,コシャペロンであるHop/Sti-1, RAR1,およびシャペロンであるHSP70, HSP90と複合体を形成する26)RAR1の発現をRNA干渉(RNAi)により抑制した植物体とHSP90阻害剤であるゲルダナマイシンを用いた実験から,OsRac1依存的に誘導される抵抗性遺伝子の発現やいもち病菌に対する耐病性にRAR1とHSP90が関与することが示されている.恒常的活性型OsRac1を過剰発現すると,RAR1 mRNAの発現が上昇することが確認されており,OsRac1はRAR1をタンパク質活性とmRNA発現調節の両面で制御している(図1A).Hop/Sti-1は,キチン誘導性の防御遺伝子の発現およびいもち病菌に対する抵抗性に関与する27).Hop/Sti-1とHSP90は,小胞体内でキチン受容体OsCERK1の品質管理に貢献しており,ゲルダナマイシンで処理すると,小胞体内で異常なOsCERK1の蓄積が観察される.プロセッシングされたCERK1受容体は,Hop/Sti-1とHSP90を介してOsRac1と複合体を形成し,小胞体からゴルジ体へのCOPII依存的な輸送を介して細胞膜に輸送される.

d.CCR1

Cinnamoyl-CoA reductase 1(CCR1)は,フェニルプロパノイド代謝経路の重要な酵素であり,植物の二次代謝や細胞壁の構成成分であるリグニンの生合成に関与し,細胞壁を強化することによって,防御機能に関与している.活性型OsRac1は,CCR1に直接結合することでCCR1の酵素活性を上昇させ,リグニンの生合成を増加させ,細胞壁を強化する(図1A28)

3. NLR型免疫受容体によるイネ低分子量GTP結合タンパク質OsRac1を介したエフェクター誘導性免疫の制御

NLR型免疫受容体は植物の免疫応答における主要な細胞内受容体で,病原菌が植物細胞内に送り込むエフェクター分子と直接的または間接的に結合することで,エフェクター誘導性免疫を誘導する.OsRac1は,これまでに真菌であるいもち病菌に対する五つのNLR型免疫受容体,Pit, Pia, PiD3, Pi9, Pigm-1の下流で機能することが明らかにされており,イネのNLR型免疫受容体の下流で働く主要な免疫スイッチ分子と考えられている(図1B2, 3, 29–33).非常に興味深いことに,これら五つのうち四つのNLR型免疫受容体が,DOCK homology region 2(DHR2)ドメインを持つGEFであるOsSPK1と結合することによりOsRac1が活性化し,その結果,エフェクター誘導性免疫が誘導される.NLR型免疫受容体Pitを用いた解析から,PitのN末端のコイルドコイルドメインにOsSPK1が,中央のNB-ARCドメインにOsRac1が結合して三者複合体を形成することが明らかにされている29).前述のRaichu-OsRac1バイオセンサーを用いた解析から,PitがOsSPK1を介してOsRac1を細胞膜上で活性化することが示されている29, 34).NLR型免疫受容体PID3とPi9のN末端のコイルドコイルドメインにはOsSPK1だけでなく,キチンエリシターとOsRac1の下流で働くbHLH型の転写因子RAI1も結合する(図1B31, 32)RAI1 RNAiまたは強力な転写抑制ドメインとして機能するERF-associated amphiphilic repression(EAR)モチーフを付加したRAI1変異体の過剰発現体では,PID3とPi9によって誘導される防御遺伝子が抑制されることから,PID3とPi9はRAI1を介して防御遺伝子を制御すると考えられる.

非常に興味深いことに,動物においては植物とは異なり,NLR型免疫受容体の上流にRhoファミリーGTP結合タンパク質が存在する35).動物の病原体エフェクターは自身が持つGEFまたはGAPドメイン,または酵素活性によって低分子量GTP結合タンパク質を修飾することで,活性調節を行い,免疫を撹乱する35).ヒト培養細胞を用いた実験から,サルモネラ属菌のエフェクターでGEFドメインを有するSopEを過剰発現させると,Rhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質であるRac1とCdc42が活性化され,NLR型免疫受容体であるNod1が活性化する36).これにより,Nod1とアダプター分子であるRip2の結合が促進され,NF-κB依存的な炎症反応が引き起こされる37)mefv遺伝子は,家族性地中海熱などの自己炎症性症候群を通じて発見され,mefv遺伝子がコードするNLR型免疫受容体であるPyrinは,Rhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質の活性化状態を監視することで病原菌の侵入を検知している35).低分子量GTP結合タンパク質を調節する毒素には,TcdAおよびTcdB(Clostridium difficile由来),VopS(Vibrio parahaemolyticus由来),IbpA(Histophilus somni由来)などがあり,これらは糖鎖化,ADP-リボシル化,アデニリル化,脱アミド化という四つの異なる修飾でRhoファミリーGTP結合タンパク質の活性状態を変化させる38–41).特に興味深いのは,PyrinがRhoファミリーGTP結合タンパク質の中でもRhoAの活性状態を特異的に感知している点である.毒素によってRhoAの活性が阻害されると,RhoAの標的タンパク質であるprotein kinase N1(PKN1)およびPKN2のキナーゼ活性が減少し,PKN1/2によるPyrinのリン酸化も減少する.このリン酸化レベルの減少により,足場タンパク質である14-3-3タンパク質がPyrinから解離し,最終的にPyrinが活性化されサイトカインであるIL-1βの分泌を引き起こす40, 41).細菌毒性因子によるRac2の活性化はNLR型免疫受容体であるNLRP3によって感知される.Rac2の活性化は,Rac2の標的タンパク質であるp21-activated kinase(PAK1)およびPAK2のキナーゼ活性を上昇させる42).このPAK1/PAK2の活性化により,NLRP3がリン酸化され,セリントレオニンキナーゼであるNima-related kinase(NEK7)とNLRP3の結合が促進され,NLRP3が活性化する43)

4. オオムギにおけるRac/Ropファミリーによる免疫制御機構

イネ以外では,オオムギのRac/Ropファミリー低分子量GTP結合タンパク質Hordeum vulgare RacB(HvRacB)に関して解析が精力的に行われている.HvRacBのRNAi個体では,うどんこ病菌(Blumeria graminis f. sp. hordei)に対する抵抗性が低下しており,HvRacBはうどんこ病菌に対する感受性因子として働いていると考えられている44).HvRacB以外にもHvRAC3, HvROP6も同様にうどんこ病菌に対する感受性因子として働く45).HvRacBは,HvRacBが持つアクチン細胞骨格の制御機構がうどんこ病菌によって操作されることにより,感受性因子として機能しているようである46, 47).さらに,HvRacB RNAi個体では,うどんこ病菌が植物に侵入する際に使用する特殊な器官である吸器とオオムギの核の距離が広がっていることも発見されており,この物理的な距離がうどんこ病菌による核内の遺伝子発現の撹乱を抑制している可能性がある47).うどんこ病菌感染時のHvRacB活性化に関与するGEFは同定されていないが,GAPに関してはHvMAGAP1が同定されている48)HvMAGAP1 RNAi個体では,うどんこ病菌の侵入が促進され,反対にHvMAGAP1を過剰発現した場合には,うどんこ病菌の侵入が抑制されることから,HvMAGAP1は抵抗性における正の制御因子であると考えられている.HvMAGAP1はGAPドメインを有することから,HvRacBの内在性GTPase活性を促進し,HvRacBを負に制御する.うどんこ病菌の侵入部位には,宿主側の極性を持った微小管の集積が観察されるが,うどんこ病菌の感染部位への微小管の集積と耐病性の間には正の相関がある.これらのことよりHvMAGAP1は,うどんこ病菌の感染部位への微小管集積を介して耐病性を制御していると考えられる.

HvRacBは,サブファミリーVI_Aに属する受容体様細胞質キナーゼRop binding protein kinase 1(HvRBK1)を介して,微小管の動態を制御している可能性が高い49)in vitroのキナーゼ活性解析の結果から,HvRacBの活性化依存的にHvRBK1のキナーゼ活性が上昇することが示されている.HvRBK1のRNAi個体では,微小管の安定化が観察され,うどんこ病菌に対する抵抗性が向上する.HvRBK1は微小管の制御だけでなく,HvRacBのタンパク質レベルでの安定性にも関与しており,SCFユビキチンE3リガーゼ複合体の一つであるHvSKP1様タンパク質を介してプロテアソーム分解系を利用してHvRacBのタンパク質レベルを調節している50).HvMAGAP1以外にもHvRacBに結合するROP-interactive CRIB(Cdc42/Rac interactive binding)motif containing protein of 171 amino acids(RIC171)とRIC157が同定されている51, 52).RIC171とRIC157の過剰発現体は,恒常的活性型HvRacBの過剰発現体と同様に,うどんこ病菌に対する抵抗性が減少している.さらに,RIC171/157は,HvRacBとともにうどんこ病菌の侵入部位に濃縮されることから,RIC171とRIC157は,HvRacBの下流の標的タンパク質として機能していると推測されている.

5. 病原菌エフェクターによるRac/Ropファミリーシグナルの撹乱

病原体が自身の病原性を向上させるために,エフェクタータンパク質を宿主細胞に注入し,Rac/Ropファミリータンパク質を操作する戦略を進化させた事例を紹介したい.いもち病菌の病原体エフェクターであるAvrPiz-tは,OsRac1に結合し,OsRac1によって誘導される活性酸素種の産生を抑制する53).ジャガイモ疫病菌が持つ,RXLRモチーフ(Arg-X-Leu-Argアミノ酸配列)を持つエフェクターであるPi02860は,CULLIN3ユビキチンE3リガーゼであるNRL1とOsRac1に対するGEFであるSWAP70との相互作用を強めることによりSWAP70の分解を促進し,自身の病原性を高める54).以上のように,免疫のシグナル伝達においてRac/Ropファミリーの低分子量GTP結合タンパク質が重要であるがゆえに,病原体エフェクターが撹乱する絶好の標的分子となっているようである.

6. 植物–微生物共生におけるRac/Ropファミリーの役割

根圏(rhizosphere)および葉圏(phyllosphere)に潜む微生物のなかには,病原性を持つ菌とは異なり,植物との間で共生関係を結ぶ共生微生物も数多く存在する.植物と共生微生物との研究の歴史は古く,19世紀,ドイツ人の植物病理学者であるデ・バリーによって「共生」という言葉が定義され,イギリス人のビアトリクス・ポターらにより,地衣類と共生するシアノバクテリアの研究が行われた.21世紀に入り,研究手法が急速に発展したことに伴い,植物–微生物共生研究においても多くの新しい発見がなされてきた.なかでも,マメ科植物と根粒菌(こんりゅうきん)との間で起こる根粒共生,そして,幅広い陸上植物科と菌根菌(きんこんきん)の間で起こる菌根共生をモデルとした研究が推し進められてきた.ここでは,これら二つの共生における低分子量GTP結合タンパク質Rac/Ropファミリーの役割について概説する.

1)植物と根粒菌との共生

マメ科植物は,根において窒素固定細菌である根粒菌と共生することにより大気中の窒素を栄養として利用することができる.この共生は,古くから農業においても利用されてきた.休閑期の水田でみられるレンゲなどは,窒素を多く取り込んだ植物体を水田へとすき込み,肥料とするために人為的に植えられているものである.マメ科植物の根において,根粒菌による窒素固定が稼働するためには,宿主植物の二つの応答が重要となる.その一つは,根粒菌を細胞内へと受け入れる「感染」の誘導である.マメ科のモデル植物となっているミヤコグサ(Lotus japonicus)や,タルウマゴヤシ(Medicago truncatula)では,根毛細胞から根粒菌が細胞内に侵入する.この際,宿主となる植物は,根毛細胞の先端を丸め込むように変形させ,変形した根毛細胞内に感染糸と呼ばれるトンネル状の感染経路を作る(図2A).この感染糸は,根の表皮細胞から皮層細胞へと進み,最後には,根粒内の個々の細胞へと根粒菌を送り込む役割を担っている.もう一つの応答として重要となるのが,「根粒形成」の誘導である.野外でマメ科植物を丁寧に根ごと採取すると,多くの場合,根に瘤状の構造物を見つけることができる.これが,マメ科植物と根粒菌の共生器官「根粒」であり,分化後の根の細胞がリプロミングされ,細胞分裂が誘導されることによって形成される.そして,成熟した根粒の内部において根粒菌による窒素固定が行われる.これらの二つの経路の開始には,根粒菌由来の共生シグナル因子Nod factors(NFs)の認識が必要となる.ミヤコグサでは,上述したOsCERK1と同じファミリーに属する膜貫通型の受容体Nod factor receptor 1(NFR1)およびNFR5がNFsを認識している55).ミヤコグサゲノムに存在する8種類のRopのうち,LjROP6は,根粒菌の感染経路および根粒形成経路の両方において機能している.また,LjROP6は,NF受容体であるNFR5と結合することも示されている56).LjROP6の活性化には,DOCK型のSPIKE1(LjSPK1)が寄与することが報告されている57).タルウマゴヤシのMtSPK1は,根粒共生時にNFP(NFR5のオーソログ遺伝子)依存的にリン酸化を受けるタンパク質として同定されているため,LjSPK1もリン酸化を受けることで活性化され,その後,LjROP6を活性化するのではないかと考えられる58).LjROP6の下流で機能する因子についての知見も得られている.ミヤコグサのクラスリン重鎖であるLjCHC1は,感染糸膜上にドット状に局在し,LjROP6と結合する59).LjROP6によってリクルートされたLjCHC1がエンドサイトーシスを引き起こすことで,「感染」と「根粒形成」を押し進めるのではないかと考えられる.タルウマゴヤシにおいては,MtRop10およびMtRop9が根粒共生に寄与していることが報告されている60, 61)MtRop10の恒常的活性型の過剰発現体では,根毛細胞が膨らんだ形態を示し,根粒菌を接種しても正常な根毛の形態変化を誘導できない61).また,PRONE型のGEFであるMtRopGEF2の過剰発現体では,MtRop10の恒常的活性型個体と同様に,膨らんだ根毛が観察されることから,MtRopGEF2はMtRop10の活性化因子であると考えられる62)MtRop10以外にも,MtRop9は,OsRac1のオーソログ遺伝子であり,RNAi個体では根粒数が減少する60).さらに,MtRop9の活性化因子として,MtRop10と同様にMtRopGEF2が同定されている.MtRopGEF2は,NF受容体であるLYK3(タルウマゴヤシにおけるNFR1のオーソログ遺伝子)によって,73番目のセリン残基がリン酸化されることで活性を得る62).これにより,MtRop9の活性化が可能となり,下流のシグナル伝達へとつながる.MtRopGEF2のRNAi個体での表現型や細胞内局在解析などから,MtRopGEF2-MtRop9は,MtROP10と協調し根毛細胞の形態変化を制御している可能性が高い.ダイズ(Glycine max)の根粒共生においては,GmRop9が根粒共生の制御に関与していることが明らかとなっている63).また,このGmROP9に対するGEFとして,根粒菌感染時に発現量が上昇するPRONE型のGmGEF2も同定されている63).そして,このGmGEF2もMtRopGEF2と同様に,リン酸化されることで活性化される.活性化されたGmGEF2は,GmRop9を活性化し,さらにGmRACK1とともに機能することで,根粒共生に関与する遺伝子の発現を誘導し,根粒共生を正に制御する63).ただし,GmRop9の機能欠損体では,根粒共生への根粒共生への影響は限定的であり,RNAi個体の方がより効果的に機能の減衰が観察されたため,遺伝的冗長性が存在することが示唆されている.

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図2 根粒菌の感染機構とRac/Ropファミリーの機能

(A)根粒菌の感染機構.①宿主細胞の根毛周囲に根粒菌が近づくとNFsが認識され,共生応答が開始される.②根毛細胞先端の脱極性が起こり,先端が膨らむ.③再び先端成長を始める.④先端がカーブし感染のためのスペースができ,そこに根粒菌が定着する.⑤宿主細胞膜が陥入することで感染糸を形成する.増殖した根粒菌は感染糸を通り,根の内部へと侵入していく.(B)ミヤコグサおよびタルウマゴヤシにおける根粒共生時のRac/Ropファミリーの機能.

2)植物と菌根菌との共生

グロムス門(Glomeromycota)に属する真菌の一種である菌根菌と植物との共生は,多くの陸上植物との間でみられる.この共生では,根圏に張り巡らされた菌根菌の菌糸が,リンなどの養分や水分を宿主植物に供給する.この共生を農業へと利用するために,菌根菌の胞子を含んだ農業資材も販売されている.これまで,この菌根菌との共生において,低分子量GTP結合タンパク質であるRopの役割についての報告は非常に限定的である.タルウマゴヤシのMtRop9のRNAi個体では,菌根菌の感染が亢進され,同時に,根内での活性酸素種の産生量が著しく減少していることが示された60).つまり,この感染の亢進は,MtRop9を介した活性酸素種の産生量が減少することに起因していると考えられる.MtRop9のRNAi個体では,同様に,病原性の卵菌であるAphanomyces euteichesの感染が亢進されることからも,MtRop9が共生菌と病原菌にかかわらず活性酸素種を介して菌の侵入を抑制していることがうかがえる.おそらく,タルウマゴヤシの根の内部では,共生菌である菌根菌の侵入時には,MtRop9による活性酸素種の生産が抑制される,もしくは,誘導された活性酸素種をうまく無毒化する仕組みが備わっているのではないかと思われる.

7. おわりに

単子葉植物では,イネのOsRac1やオオムギのHvRacBを中心に,免疫制御機構についての詳細な解析が進んだ.一方で,モデル植物であるシロイヌナズナに代表される双子葉植物におけるRac/Ropファミリーの解析はまだ限定的であり,今後の研究による進展が期待される.これらの分子の作用機序についての理解が深まることで,病害抵抗性の高い作物品種の開発が進むと考えられる.特に,植物免疫を負に制御するRac/Ropファミリー関連分子をターゲットにしたゲノム編集技術や薬剤の開発が進めば,これまでにない新しい抵抗性誘導機構が実現する可能性がある.

植物の免疫応答と共生応答は表裏一体であり,植物はそのバランスをうまく保っている.しかし,免疫応答と共生応答の使い分けについては,Rac/Ropファミリーの機能を含め,まだまだ多くの謎が残されている.今後,宿主植物の両研究分野が互いに補完し合いながらますます発展していくことを期待している.

謝辞Acknowledgments

本稿は,近畿大学の川﨑努先生のご協力を賜りながら執筆しました.また,本稿は奈良先端科学技術大学院大学の故島本功先生の卓越した研究業績が基盤となっています.ここに心より感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

赤松 明(あかまつ あきら)

理化学研究所環境資源科学研究センター 研究員.博士(バイオサイエンス),奈良先端科学技術大学院大学.

略歴

兵庫県出身.2007年近畿大学卒業,09年奈良先端科学技術大学院大学修士課程修了,13年同博士課程修了.14年より英国John Innes研究所にて博士研究員,17年より関西学院大学助教を経て,24年から現職.

研究テーマと抱負

根粒共生が主な研究テーマである.この共生は農業的に利用価値があるとともに,植物細胞に細菌が共生するという稀有な例でもある.この共生を使って,植物–微生物相互作用の理解を深めたい.

ウェブサイト

https://www.csrs.riken.jp/jp/labs/psrt/index.html

趣味

塊根植物の栽培.

河野 貴子(かわの たかこ)

立命館大学薬学部 准教授.博士(バイオサイエンス),奈良先端科学技術大学院大学.

略歴

大阪府出身.京都薬科大学卒業,奈良先端科学技術大学院大学博士過程修了.奈良先端科学技術大学院大学,奈良女子大学,名古屋大学男女共同参画室で研究および女性研究者支援活動に従事後,立命館大学助教を経て現職.

研究テーマと抱負

血管のバリア機能の制御原理を理解し,この破綻によって生じる疾患の予防法を提案したい.数式にしてしまえば,血管のバリア機能制御も植物の免疫機構も扱える数理解析に憧れを抱いている.

ウェブサイト

https://takanek9.wixsite.com/cellsystems

趣味

温泉とお酒がセットのトレッキング.

河野 洋治(かわの ようじ)

岡山大学資源植物科学研究所 教授.博士(バイオサイエンス),奈良先端科学技術大学院大学.

略歴

山口県出身.1997年鳥取大学卒業,99年奈良先端科学技術大学院大学修士修了,2001年同博士修了.名古屋大学,獨協医科大学,奈良先端大での研究職を経て,2015年中国科学院准教授,19年同教授,20年岡山大学教授に就任.

研究テーマと抱負

私達は,イネ免疫の主要な構成因子である免疫受容体と低分子量Gタンパク質OsRac1の研究を行っている.免疫受容体とOsRac1機能の包括的な理解により,イネ免疫をデザインできるようにしたい.

ウェブサイト

https://www.rib.okayama-u.ac.jp/research/pid-hp

趣味

猫と戯れることとサイクリング.

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