ヒト病原性糸状菌であるAspergillus fumigatusは,日和見感染症である侵襲性アスペルギルス症の主要な原因菌である.本感染症は,特に臓器移植,がん化学療法,免疫抑制剤治療などにより免疫機能が低下した患者において,しばしば致死的な経過をたどる重篤な疾患として知られている1, 2).その治療には,真菌の細胞膜成分であるエルゴステロールの生合成を阻害するアゾール系抗真菌薬が第一選択薬として用いられているが,近年,環境中および臨床現場でのアゾール耐性菌の出現が世界的に深刻な問題となっている3–5).この耐性菌の拡大は,侵襲性アスペルギルス症の治療をいっそう困難にしており,既存の薬剤とは作用機序がまったく異なる,新規抗真菌薬の開発が急務である.
抗真菌薬の有望な創薬ターゲットとして,真菌の生存に必須でありながら,ヒト細胞には存在しない「細胞壁」が古くから注目されている6, 7).細胞壁は,浸透圧からの細胞の保護や形態の維持だけでなく,外部環境との相互作用や,病原菌においては宿主との接着・免疫回避などといった多様な生命現象に関わるきわめて重要な細胞外構造である(図1上)8, 9).糸状菌の細胞壁は,β-(1→3)-グルカン,キチン,α-(1→3)-グルカン,ガラクトサミノガラクタン(GAG),ガラクトマンナン(GM)から構成されている10).これらの細胞壁多糖のうち,β-(1→3)-グルカン,キチン,α-(1→3)-グルカン,GAGは,細胞膜上に局在する合成酵素により生合成される(図1下)11–19).一方で,GMは,小胞体およびゴルジ体を輸送される過程で生合成され,細胞表層へと運ばれる20, 21).β-(1→3)-グルカン11, 12)およびキチン13, 14)は,細胞膜直上に配置され,骨格構造を形成する(図1上).これらの骨格構造の表側には,α-(1→3)-グルカン15, 16)が存在し,さらにその外側をGAG17–19)が覆っている(図1上).GMは,骨格構造の隙間を埋めるように分布し,細胞膜近傍から表層に至るまで多層的に存在する(図1上)10).これらの多糖が複雑に絡み合うことで,強靭かつ柔軟な三次元的細胞壁ネットワークが形成されていると考えられている(図1上)10).特にGMの構成糖であるガラクトフラノース(Galf)は,五員環構造を持つ特殊な糖であり,細菌や一部の原生生物,真菌にはみられるものの,ヒトを含む哺乳類や植物には存在しないという際立った特徴を持つ20, 21).この生物種特異性から,Galfの生合成経路は,選択性が高く副作用の少ない新規抗真菌薬や農薬を開発するための理想的な標的として,世界的に研究が進められている22).このような背景から,筆者らの研究グループは,このGM生合成経路の解明に注力してきた.本稿では,GM構造の発見から診断抗原として利用された歴史的背景に加えて,近年,筆者らや国内外の研究グループによる精力的な研究によって次々と同定されたGM生合成関連酵素の機能と分子メカニズムに至るまで,この魅力的な糖鎖生合成研究の軌跡を概説する.
侵襲性アスペルギルス症は,その進行の速さから早期診断が予後を大きく左右するが,特異的な臨床症状に乏しく,確定診断はきわめて困難であった.特に,感染のリスクが最も高い免疫不全患者では,糸状菌に対する十分な抗体産生が期待できないため,患者血清中の抗体を検出する従来の間接的な診断法には限界があった23, 24).この課題を克服するため,菌体から血中などに放出される特異的な「抗原」を直接検出するアプローチが模索された.1992年にLatgéらのグループは,A. fumigatusの細胞壁成分であるGMを特異的に認識するラットIgMモノクローナル抗体EB-A2の開発に成功した25).その後の詳細な解析により,EB-A2抗体はGMの側鎖を構成するβ-(1→5)-結合Galfオリゴ糖のうち,特に4糖以上の鎖長を持つものを主要なエピトープとして認識することが明らかにされた26).このEB-A2抗体を利用して開発されたサンドイッチELISAキット(プラテリア アスペルギルスAg EIA, Bio-rad社)は,患者の血清や気管支肺胞洗浄液中の微量なGM抗原を検出することを可能にした27).これにより,培養検査で菌が検出されるよりも早期に治療を開始することが可能となり,特に好中球減少症の患者や造血幹細胞移植後の患者のモニタリングにおいて,その臨床的有用性が確立された24, 28).その特異性は,β-(1→3)-グルカンのようなほかの真菌マーカーと比較して優れており,現在,侵襲性アスペルギルス症の診断における最も重要な検査の一つと位置づけられている.一方で,慢性肺アスペルギルス症やアレルギー性気管支肺アスペルギルス症など,免疫応答が比較的保たれている慢性型のアスペルギルス関連疾患では,GMに対するIgG抗体の産生が認められるため,これを検出するキット(プラテリア アスペルギルスIgG抗体,Bio-rad社)が診断補助に用いられている29–31).
糸状菌のGMは単一の分子ではなく,異なる糖鎖構造の総称である.マンノース(Man)とGalfで構成されるオリゴ糖もしくは多糖をGMと呼んでいる(図2)32–35).糸状菌のGM構造には2種類があり,一つは真菌型GM(FTGM)で,もう一つはO-Man型GM(OMGM)である.FTGMの構造は,1994年にLatgéらのグループによって提唱された(図2)32).FTGMは,α-(1→6)-結合を介して連結したα-(1→2)-マンノテトラオースの繰り返し単位からなるマンナン主鎖と,その主鎖にβ-(1→3)-結合またはβ-(1→6)-結合で付加されたβ-(1→5)-Galfオリゴ糖の側鎖(ガラクトフラン側鎖)から構成される(図2)32).このモデルは,その後のGM生合成研究の基盤となった.その後の2015年,Shibataらのグループによる詳細な解析により,この構造はさらに複雑であることが示された34).彼らは,ガラクトフラン側鎖にはβ-(1→5)-結合だけでなくβ-(1→6)-結合も存在すること,そして側鎖がマンナン主鎖にβ-(1→2)-結合を介して連結しているという,新たな構造モデルを提唱した(図2)34).このようにGM構造には複数の構造モデルが存在するが,本稿ではこれらの構造を総称してFTGMと呼ぶこととする.一方で,GMはFTGMのような多糖としてだけでなく,タンパク質を修飾するオリゴ糖鎖としても存在することが明らかとなった.2003年,OMGMの存在が報告された(図2)33).これは,タンパク質のセリン・トレオニン残基にO-結合したManを起点とし,そのMan残基上にGalf側鎖が付加した構造を持つ.詳細な構造解析により,[β-Galf-(1→5)]4-β-Galf-(1→6)-α-Man-Ser/Thrといった特徴的な構造が同定され,このOMGMもまた,患者血清によって強く認識される主要な抗原エピトープの一つであることが示された33).さらに,Kudohらは,この構造にもβ-(1→6)-結合Galfを介したGalf伸長構造があることを報告している34).さらに,タンパク質のもう一つの主要な糖鎖であるN-グリカンにおいてもGalf修飾が見いだされている34).2005年の研究では,A.fumigatusが分泌するホスホリパーゼCやフィターゼといった糖タンパク質を解析し,その高Man型N-グリカンの非還元末端に,単一のGalf残基がα-(1→2)-結合で付加していることが発見された.そして,このたった一つのGalf修飾が,EB-A2や患者血清に対する強力な抗原性の原因の一つとなることが報告されている36).これらの構造的多様性に加え,GMの構造は動的であることも報告されている.前述のKudohらの研究では,A.fumigatusの培養条件(富栄養培地vs. 最少培地)によって,ガラクトフラン側鎖の長さが変化することも明らかにされた34).富栄養培地では短い側鎖が,最少培地では長い側鎖が形成され,これがEB-A2への反応性にも影響を与えることが示された34).このガラクトフラン側鎖長の調節には,糸状菌が分泌するβ-ガラクトフラノシダーゼが関与している可能性が示唆されている34, 37).このように,GMは構造的に多様かつ環境に応じて変化する糖鎖であり,その生合成が複雑な制御下にあることが予想される.
4. 糖ヌクレオチドの生合成とゴルジ体内腔への輸送
GMをはじめとするすべての糖鎖は,細胞内で合成された活性化型の単糖,すなわち糖ヌクレオチドを糖供与体として,糖転移酵素によって1残基ずつ連結されて生合成される.したがって,GM生合成の全体像を理解するためには,まずその主要な構成要素であるGalfとManが,どのようにして糖転移酵素が利用可能な形,すなわちUDP-GalfとGDP-Manとして供給されるのかを理解する必要がある.まず,これらの糖ヌクレオチドの生合成と,糖転移反応の場であるゴルジ体内腔への輸送メカニズムについて解説する(表1,図3).
表1 糸状菌におけるガラクトマンナンおよびマンナン生合成関連酵素・輸送体| 酵素名・輸送体名 | 機能 | 機能の説明 | 参考文献 |
|---|
| Srb1 | GDP-Manピロホスホリラーゼ | GTPとMan-1-リン酸からGDP-Manを生成 | 47 |
| Uge5 | UDP-Glc 4-エピメラーゼ | UDP-GlcをUDP-Galpへ変換 | 38 |
| GlfA/Ugm1 | UDP-Galpムターゼ | UDP-GalpをUDP-Galfへ異性化 | 43, 44, 45 |
| GlfB | UDP-Galf輸送体 | UDP-Galfを細胞質基質からゴルジ体内腔へ輸送 | 46 |
| GmtA | GDP-Man輸送体 | UDP-Manを細胞質基質からゴルジ体内腔へ輸送 | 48 |
| CmsA/Ktr4 | α-(1→2)-Man転移酵素 | FTGMのマンナン主鎖のα-(1→2)-Man残基を付加 | 61, 62, 70 |
| CmsB/Ktr7 | 推定α-(1→2)-Man転移酵素 | FTGMのマンナン主鎖の生合成に関与 | 61, 62 |
| AnpA | α-(1→6)-Man転移酵素 | FTGMのマンナン主鎖のα-(1→6)-Man残基を付加 | 63 |
| Pmt1 | プロテインO-Man転移酵素 | タンパク質のSer/Thr残基に最初のManを転移 | 55 |
| Pmt2 | プロテインO-Man転移酵素 | タンパク質のSer/Thr残基に最初のManを転移 | 55 |
| Pmt4 | プロテインO-Man転移酵素 | タンパク質のSer/Thr残基に最初のManを転移 | 55 |
| Mnt1 | α-(1→2)-Man転移酵素 | OMGMの2番目のMan残基をα-(1→2)-結合で転移 | 56, 57 |
| GfsA | β-(1→5)-Galf転移酵素 | FTGMおよびOMGMのβ-(1→5)-Galf糖鎖を伸長 | 35, 58, 74, 76 |
| GfsB | β-(1→5)-Galf転移酵素 | FTGMおよびOMGMのβ-(1→5)-Galf糖鎖を伸長 | 58 |
| GfsC | β-(1→5)-Galf転移酵素 | FTGMおよびOMGMのβ-(1→5)-Galf糖鎖を伸長 | 58 |
| Mnn9 | α-(1→6)-Man転移酵素 | G3Manおよび菌糸N-グリカン外鎖様マンナンの主鎖を合成 | 83, 85 |
| Van1 | α-(1→6)-Man転移酵素 | G3Manおよび菌糸N-グリカン外鎖様マンナンの主鎖を合成 | 83, 85 |
| Mnn2 | α-(1→2)-Man転移酵素 | 菌糸N-グリカン外鎖様マンナンにα-(1→2)-Man側鎖を付加 | 85 |
| Mnn5 | α-(1→2)-Man転移酵素 | 菌糸N-グリカン外鎖様マンナンにα-(1→2)-Man側鎖を付加 | 85 |
1)UDP-Galfの生合成と輸送
Galfの前駆体は,より一般的な六員環構造の糖であるガラクトピラノース(Galp)である.細胞がグルコースを炭素源として利用する場合,UDP-グルコース(Glc)がUDP-Glc 4-エピメラーゼ(UGE)によってUDP-Galpへと変換される(表1,図3).Aspergillus属糸状菌は複数のUGEを持っており(A. fumigatusではUge3, Uge4, Uge5, A. nidulansではUgeA, UgeB),これらが異なる糖鎖の生合成経路に基質を供給する巧みな機能分担を行っていることが明らかになっている38, 39).詳細な遺伝子破壊株の表現型解析および生化学的解析により,主にUge5(A. nidulansではUgeA)がGM合成に必要なUDP-Galpの供給を担っており(表1,図3),Uge3(A. nidulansではUgeB)がGAGの合成に必要なUDP-GalpおよびUDP-N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)の合成に関与することが示されている38, 39).Galf生合成における最も特徴的なステップは,GlfA/Ugm1(UDP-Galpムターゼ)によって触媒されるUDP-GalpからUDP-Galfへの環構造の転換反応である(表1,図3).このユニークな酵素反応の存在は,1970年にBaddileyらのグループによってPenicillium属菌の無細胞抽出液を用いた実験で初めて見いだされた40, 41).しかし,その反応を担う酵素の遺伝子は長らく不明であった.最初に,大腸菌K-12株におけるrfb領域のorf6遺伝子産物が,UDP-GalpをUDP-Galfへと異性化する酵素,すなわちUDP-Galpムターゼであることが同定された42).その後,2005年,Routierらのグループが,真核生物で初めてglfA遺伝子をA. fumigatusからクローニングしたことで,分子レベルでの研究が可能となった43).その後の遺伝子破壊株(ΔglfA)の解析から,この酵素がA. fumigatus内の全Galf糖鎖合成に必須であることが明らかになった.ΔglfA破壊株は,EB-A2抗体で検出されるGMや,Galf含有糖脂質(GIPC),N-グリカン上のGalf修飾を完全に失った.その結果,菌糸の細胞壁が顕著に薄くなり,高温環境下での生育が阻害され,各種抗真菌薬に対する感受性が増大するなど,細胞壁の脆弱化に起因する深刻な表現型を示した44).また,細胞表層のGalf層が失われることで下層のマンナン層が露出し,ガラスやヒトの気道上皮細胞への接着性が逆に亢進するという興味深い現象も報告されている45).病原性への影響については,二つの主要な研究グループから相反する結果が報告されている.Routierらのグループは,ΔglfA破壊株がマウスモデルにおいて病原性が減弱することを示した44).一方で,Latgéらのグループは,異なる菌株とマウスモデルを用いた実験で,病原性に変化はみられないと報告した45).この不一致は,Galfと病原性の関係が単純ではなく,糸状菌株の遺伝的背景やマウスの免疫抑制状態によって変化しうる複雑なものであることを示唆している.次に,細胞質基質で合成されたUDP-Galfは,糖鎖伸長の場であるゴルジ体の内腔へと輸送される必要がある.この輸送を担うのが,ゴルジ体膜に局在するUDP-Galf輸送体GlfBである(表1,図3)46).この遺伝子は,染色体上でglfA遺伝子に隣接する推定糖ヌクレオチド輸送体であることから候補として見いだされ,2009年にRoutierらのグループによってその機能が明らかにされた46).彼らは,ΔglfB破壊株がΔglfA破壊株とよく似た表現型,すなわちGalf含有糖鎖の完全な欠損と生育異常を示すことを明らかにした46).このことは,GlfBがA. fumigatusにおいてUDP-Galf輸送の主要かつ唯一の輸送体であることを示している46).
2)GDP-Manの生合成と輸送
GMのもう一つの主要な構成糖であるManは,GDP-Manを糖供与体として糖鎖に組み込まれる.GDP-Manは,解糖系の中間代謝物であるフルクトース-6-リン酸から,3段階の酵素反応を経て生合成される.まず,ホスホManイソメラーゼ(PMI)によりMan-6-リン酸に変換され,次いでホスホマンノムターゼ(PMM)によってMan-1-リン酸へと異性化される.最後に,GDP-Manピロホスホリラーゼ(GMPP)の作用により,Man-1-リン酸とGTPからGDP-Manが合成される.A. fumigatusにおいて,このGMPPをコードするsrb1遺伝子は生育に必須であることが示されており,GDP-Man生合成経路が糸状菌の生命維持に不可欠であることが明らかとなっている(表1,図3)47).UDP-Galfと同様に,細胞質基質で合成されたGDP-Manもまた,ゴルジ体内腔で利用されるために輸送されなければならない.このGDP-Manのゴルジ体内腔への輸送を担うのがGmtAである48).2012年,gmtAは,Routierらのグループにより出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeにおけるGDP-Man輸送体遺伝子vrg4のオルソログとしてクローニングされた48, 49).Engelらは,GmtAが糖タンパク質のMan修飾や正常な細胞壁構築に必須であり,その欠損が細胞壁の異常およびマウスに対する病原性の低下を引き起こすことを報告した48).このことから,GmtAはA. fumigatusの生存と病原性発現において重要な役割を担うGDP-Man輸送体であることが明らかとなった(表1,図3)48).ΔgmtA破壊株は,GMだけでなく,GIPCなどのほかのMan含有糖鎖の合成にも異常を来し,きわめて深刻な生育障害を示した48).これらの知見は,GMが糖ヌクレオチド輸送体によってゴルジ体内腔へと供給される糖ヌクレオチドを用いて合成されることを強く裏づけるものであり,キチンやβ-グルカンが細胞膜上で合成されるのとは対照的な,細胞壁多糖の生合成モデルを提唱するものであった48).
1)小胞体でのO-マンノシル化の開始
OMGMは,FTGMと並ぶAspergillus属菌の主要なGMの一つであり,その生合成はタンパク質の分泌経路と密接に連携して行われる.そのプロセスは,小胞体(ER)での糖鎖付加の開始反応と,ゴルジ体内腔における糖鎖の伸長反応という,空間的に区切られた二つの段階に大別される.OMGMの生合成は,小胞体において,プロテインO-Man転移酵素(Pmt)ファミリーが,新生ポリペプチド鎖上のセリンまたはトレオニン残基に最初のMan残基を転移させることで開始される(表1,図3)50).この反応には,糖供与体としてドリコール-リン酸-Man(Dol-P-Man)が用いられる(図3)50).出芽酵母では複数のpmt遺伝子ファミリーが存在し,それぞれが異なる基質特異性を持つことが知られていたが51),糸状菌における役割は不明であった.筆者らは,モデル糸状菌A. nidulansや黒麹菌のpmt遺伝子機能解析を行い,A. nidulansはpmtA, pmtB, pmtCという3種類のpmt遺伝子を持つこと,そしてそれぞれの遺伝子破壊株が異なる表現型を示すことを見いだした52–54).ΔpmtA株やΔpmtC株は細胞壁の脆弱化を示すのに対し,ΔpmtB株は菌糸の極性維持に異常を来した54).このことは,糸状菌のPmtファミリーが,単に冗長的に機能しているのではなく,それぞれが異なる標的タンパク質を認識し,細胞壁構築や形態形成,分化といった多様な生命現象を分担して制御していることを示唆するものであった.このO-マンノシル化の重要性は,病原菌であるA. fumigatusにおいても同様である55).Latgéらのグループによる研究では,A. fumigatusのpmtファミリー遺伝子にはpmt1, pmt2およびpmt4がある(表1,図3).pmt2破壊は致死であり,pmt1およびpmt4の単独遺伝子破壊では致死とならないものの,pmt1とpmt4の二重破壊株は合成致死となり,生育に必須であることが示された55).これらの知見は,タンパク質上のOMGMが,糸状菌の生存において重要であることを明確に示している.
2)ゴルジ体におけるMan残基の付加
最初のManが付加された糖タンパク質は,小胞体からゴルジ体へと輸送され,そこでさらなる糖鎖修飾を受ける.OMGMの基本構造は,Manが少なくとも二つα-(1→2)-結合で連結したマンノビオースを基本構造としていることが報告されている34).しかし,この2番目のManを付加するα-(1→2)-Man転移酵素は不明であった.筆者らの研究グループは,出芽酵母のKTR/MNTファミリーのホモログであるmnt1遺伝子に着目し,その破壊株を解析した.Δmnt1株は高温感受性を示し,マウスに対する病原性を失うことが報告されていたが,酵素の機能は不明であった56).筆者らは,Galf糖鎖の合成を止めたΔglfA株をバックグラウンドとしてΔmnt1との二重破壊株を作製し,O-Man型糖鎖の構造を解析した57).その結果,ΔglfAΔmnt1株ではマンノビオース構造が完全に消失し,単一のManのみが残存していた57).これは,Mnt1がOMGMの2番目のManを転移する主要なα-(1→2)-Man転移酵素であることを示す証拠となった(表1,図3)57).さらに,Mnt1はOMGMだけでなく,N-グリカンのMan鎖伸長にも関与する酵素であることが明らかとなった57).
3)ゴルジ体におけるGalf鎖の付加と伸長
OMGMの生合成におけるもう一つの重要な反応は,ゴルジ体で起こるβ-(1→5)-Galfオリゴ糖側鎖の付加である.Man残基への最初のGalf付加は,未同定の糖転移酵素(仮にMgfとする)によって行われると考えられている(図3).その後のGalf鎖の伸長には,筆者らが同定したGfsファミリーに属する三つのβ-(1→5)-Galf転移酵素,GfsA, GfsBおよびGfsCが関与している(表1,図3)58).Galf糖鎖が付加されたタンパク質は分泌経路を経て細胞表層へと輸送される.O-マンノシル化は真核生物に広く保存された翻訳後修飾であるが,糖鎖がさらにGalfで修飾される修飾様式は糸状菌に特異的であり59, 60),OMGMは糸状菌の細胞壁の構造的独自性を特徴づける重要な要素である.また,筆者らの解析により,A. fumigatusのO-グリカンには,これまでに知られていたManやGalf以外にも未知の単糖が存在する可能性が示唆されている57).したがって,糸状菌におけるOMGMの構造多様性やその生合成経路の全容解明には,なお多くの課題が残されている.
1)マンナン主鎖の生合成
FTGMの骨格構造であるマンナン主鎖は,α-(1→2)-マンノテトラオースとα-(1→6)-結合の繰り返し構造からなる.まず,α-(1→2)-テトラマンノース単位を合成する酵素として,GT15ファミリーに属するCmsA/Ktr4およびCmsB/Ktr7が同定された(表1,図3).筆者らの研究に続いてLatgéらの研究が報告されたが,これら二つの研究はそれぞれ独立に,ほぼ同時期に実施された61, 62).筆者らは,cmsA/ktr4およびcmsB/ktr7の遺伝子破壊株では,マンナン主鎖構造が完全に失われ,菌糸の著しい生育阻害や形態異常を引き起こされることを明らかにした61, 62).さらに,筆者らは,組換えCmsA/Ktr4タンパク質を用いたin vitro酵素活性測定により,CmsA/Ktr4がα-(1→2)-マンノビオースおよびα-(1→6)-マンノビオースの両方を良好な受容基質として認識し,α-(1→2)-結合でMan残基を転移する活性を有することを生化学的に明らかにした61, 62).CmsBの酵素機能は未解明であるが,CmsAはin vitroにおいて4番目のMan残基の転移活性を示さないことから,CmsBがこの4番目のMan残基の転移に関与している可能性がある.あるいは,FTGMのキャリアー分子であるGPIアンカーへのMan残基の転移に関与している可能性が考えられる.CmsBの酵素機能の解明には,今後さらなる解析が必要である.
次に筆者らは,出芽酵母のα-(1→6)-Man転移酵素ホモログであるGT62ファミリーに属する九つの遺伝子群に注目し,それぞれの破壊株を構築して機能解析を行った63).その結果,唯一anpAの破壊株のみがFTGMのマンナン主鎖構造を欠失しており,AnpAがこの反応を担う主要な糖転移酵素であることが示された(表1,図3)62).さらに,組換えAnpAタンパク質を用いたin vitro活性測定から,AnpAはα-(1→6)-マンノビオースを受容体としては認識せず,α-(1→2)-マンノビオースに対してのみ,α-(1→6)-結合でMan残基を転移する活性を示すことが明らかとなった62).
GT15およびGT62ファミリーはいずれも子嚢菌門の真菌に広く保存されており,出芽酵母においても,GT15にはN-グリカンやO-グリカンのα-(1→2)-Man残基の伸長に関与するKre2/Mnt1, Ktr1~Ktr7, Yur1などが64–66),GT62にはN-グリカンの糖外鎖構造の生合成に関与するMnn9, Van1, Anp1などが属している67).このように,出芽酵母にもFTGMのマンナン主鎖合成に関与すると考えられる糖転移酵素と類似した酵素群は存在するものの,糸状菌にみられるような特徴的なα-(1→2)-結合とα-(1→6)-結合からなるジグザグ状のマンナン主鎖構造はこれまでに報告されていない.この糖鎖構造の違いを生む要因の一つは,糖転移酵素の基質特異性にある.たとえば,出芽酵母のGT15酵素は,非還元末端がα-(1→6)-Man残基である受容体に対してはほとんど活性を示さないのに対し68),糸状菌のCmsAは非還元末端がα-(1→2)-Man残基だけでなく,α-(1→6)-Man残基に対しても高い転移活性を示す柔軟な基質認識能を備えている61, 62).また,出芽酵母のGT62酵素はα-(1→6)-Man残基のみを基質として認識するのに対し69),糸状菌のAnpAはα-(1→6)-Man残基には作用せず,α-(1→2)-Man残基に対してのみManをα-(1→6)-結合で転移する活性を有しており,基質特異性の点で明確な違いがある63).これらの知見は,CmsAとAnpAが持つ基質特異性によって糸状菌のマンナン主鎖に特徴的なジグザグ状の構造が生合成されていることを示している.
筆者らは2020年にCmsA/Ktr4の立体構造を明らかにした(図4A)70).CmsAは多くの糖転移酵素に共通するGT-Aフォールドと呼ばれる基本構造を持つ一方で,そのN末端およびC末端領域が,出芽酵母のKre2/Mnt1やKtr4にはみられない71, 72),ユニークで幅の広い溝(クレフト)構造を形成していることが明らかになった(図4A).ドッキングシミュレーションを用いて,この溝にマンナン主鎖の非還元末端構造(α-Man-(1→6)-α-Man-(1→2)-α-Man-OMe)を配置させ,分子動力学計算したところ,このマンナン鎖が広い溝に沿って安定的に保持されることが示された70).これは,出芽酵母の酵素が短い糖鎖しか認識できないのに対し,CmsAがマンナン主鎖のような長い多糖鎖を受容体基質として効率よく認識し,反応を進行させるための構造的基盤となっていることを示唆するものである70).また,非還元末端のα-(1→6)-結合-Man残基の2位水酸基が,GDP-ManのGDPとManをつなぐリン酸の酸素に最も近づいていた(約3.59 Å)70).これらの結果は,CmsAがマンナン主鎖生合成に特化するために,分子レベルでその構造を最適化させてきたという,見事な進化的適応の証拠を提示するものであった70).
2)ガラクトフラン側鎖の生合成
1930年代にはすでに,糸状菌Penicillium charlesiiが産生するガラクトカロロース(galactocarolose)が,9~10個のβ-(1→5)-Galf残基からなる直鎖構造を持つことが報告されており,Galf糖鎖の存在が示されていた73).この構造は哺乳類や植物はもちろん,出芽酵母にさえ存在しない,糸状菌に特有の糖鎖であった.このようなGalf構造を合成する糖転移酵素の探索にあたり,筆者らは,「Gal転移酵素はGalf糖鎖を持たない出芽酵母には存在せず,糸状菌のみが持つ推定糖転移酵素遺伝子の中にある」という仮説を立てた74).その仮説に基づいて候補遺伝子の破壊株を構築し,それら破壊株の細胞壁から抽出した可溶性糖鎖画分とEB-A2との反応性が低下することを指標にスクリーニングを行った74).この戦略により,真核生物で初めてのβ-(1→5)-Galf転移酵素であるGfsAが同定された74).GfsAは一次構造レベルでは,既知のいかなる酵素とも相同性を示さない新規な酵素であった74).gfsA遺伝子の破壊株では,菌糸の伸長や分生子(無性生殖によって形成される胞子)形成に著しい低下がみられ,菌糸が湾曲するなどの形態異常も確認された74).組換えGfsAは,糖供与体であるUDP-Galfを用いて,受容体となるGalf残基に対してβ-(1→5)-Galfを転移する活性を示し,in vitroではβ-(1→5)-Galf糖鎖を最大で7残基まで転移する活性を持つことが示された(表1,図3)35, 58).さらに,GfsAと相同性を持つGfsBおよびGfsCも同様に解析され,これらもβ-(1→5)-Galf転移活性を有することが示された58).GfsAおよびGfsCの二重破壊株(ΔgfsAΔgfsC)では,GM中のβ-(1→5)-Galf糖鎖が完全に消失し,これら二つの酵素がFTGMおよびOMGMに存在するβ-(1→5)-Galf糖鎖の生合成を担う主要な酵素であることが明らかになった(表1,図3)58).次に筆者らは,GfsAの5位特異的転移メカニズムの解明を目指した.細菌類にもGalf転移酵素は知られている(GlfT2)が,それはβ-(1→5)-結合とβ-(1→6)-結合を交互に転移する二機能性酵素であり75),GfsAの厳密なGalf転移特異性は謎であった.2024年,筆者らはGfsA, UDPおよびGalfと複合体を形成した状態での結晶構造を明らかにした(図4B)76).GfsAは単量体が互いに逆向きに結合することでホモ二量体を形成しており,その活性中心の溝の底に,補因子であるマンガンイオン(Mn2+),糖供与体であるUDP,そして受容基質であるGalf分子が結合していた(図4B)76).活性中心に存在する二つのアスパラギン酸残基(D335, D360)が,Galf分子の水酸基を巧みに認識・固定することで,5位の水酸基のみがUDP-Galfのアノマー炭素に対して求核攻撃を行える最適な距離(3.0 Å)と角度に配置されていた76).一方で,6位の水酸基の距離は,5.9 Åであり,物理的に反応が不可能な状態にあった76).これは,GfsAのβ-(1→6)-結合を形成せず,β-(1→5)-結合のみを厳密に形成する転移メカニズムを説明できる結果であった.この立体構造情報は,GfsAを特異的に阻害する新規抗真菌薬を合理的に設計するための重要な基盤となると考えている.
3)FTGMの細胞壁への組込み:DFGファミリーによる切断と架橋
FTGMは,Aspergillus属菌の細胞壁を強固にする多糖であり,その生合成は,ゴルジ体で合成された後,細胞壁へと組み込まれるプロセスを経て完成する.タンパク質をキャリアー分子とするOMGMとは異なり,FTGMの生合成は,グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーをキャリアー分子として開始されると考えられている(図3)77).2005年,Latgéらのグループは,A. fumigatusの細胞膜画分から,GPIアンカーに結合したFTGM,すなわちGPIアンカー結合型FTGMを単離・同定した77).この発見は,糸状菌類の多糖がGPIアンカー型タンパク質と同様にGPIアンカーを介して合成・輸送されるという,まったく新しいパラダイムを提唱するものであった77).このモデルによれば,FTGMはゴルジ体でGPIアンカー上に構築された後,細胞膜表面へと輸送され,そこから最終的に細胞壁へと組み込まれることになる(図3).ゴルジ体で完成したGPIアンカー結合型FTGMは,細胞表面へ輸送された後,細胞壁の主要骨格であるβ-(1→3)-グルカンへと共有結合で架橋される(図3).この細胞壁への組込みを担うのが,GH76ファミリーに属するDFGファミリーの酵素群である(図3).2019年,Latgéらのグループは,A. fumigatusのDFGファミリー遺伝子の多重破壊株を構築し,その機能を解析した78).dfg遺伝子の多重破壊株では,FTGMは正常に合成されるものの,細胞壁に組み込まれずに,細胞膜に蓄積したり培地中に放出されたりすることが明らかになった78).このことは,DFGファミリーが合成されたFTGMをGPIアンカーから切り離し,β-(1→3)-グルカンへと転移させる機能を持つことを強く示唆していた78).2020年には好熱性糸状菌であるChaetomium thermophilum由来のDfg5の立体構造が明らかになり,分子基盤が明らかにされた79).まず,DfgはGPIアンカーのコア糖鎖(α-Man-(1→2)-α-Man-(1→6)-α-Man-(1→4)-α-GlcN)全体を認識する.次に,α-Man-(1→4)-α-GlcN結合を切断し,活性残基D134がManのアノマー炭素に求核攻撃し,一時的にアスパラギン酸残基と共有結合された中間体を形成する.最終的に,この中間体にアクセプターであるβ-(1→3)-グルカン鎖が結合し,GPIアンカー由来のコア糖鎖がその非還元末端へと転移される.この一連の反応により,DFGファミリーは一種のトランスグリコシダーゼとして機能する79).ただし,この分子機構は,GPIアンカー型タンパク質の切断・転移メカニズムが対象であり,GPIアンカー結合型FTGMが同様の分子機構によって細胞壁に組み込まれるかについては検証されていない.したがって,DFGファミリーによるGPIアンカー結合型FTGMの転移機構については,今後さらなる研究が必要である.
7. 分生子特異的マンナンと出芽酵母N-グリカン外鎖様マンナンの発見
1)分生子特異的マンナン「G3Man」の発見
A. fumigatusのゲノムには,出芽酵母でN-グリカンの「外鎖」合成に関与するMan転移酵素群(ScMnn9, ScVan1, ScAnp1, ScMnn2, ScMnn5, ScOch1など)のホモログが多数存在しているが80, 81),糸状菌におけるこれらの遺伝子の機能は不明であった.Henryらは,これらの出芽酵母ホモログ遺伝子11種をすべて破壊した「11重破壊株」を構築し,詳細な表現型解析を行った82).その結果,菌糸の生育や細胞壁中のマンナン量には大きな影響がみられなかった一方で,分生子ではマンナン量の著しい減少や生存率の低下が観察された83).これを踏まえ,Liuらは,分生子の細胞壁多糖を詳細に解析し,分生子に特異的な新規α-(1→6)-結合マンナンである「G3Man」を発見した.G3Manは,α-(1→6)-結合マンナンを主鎖とする糖鎖で,β-(1→4)-Galp単糖,β-(1→4)-Glcに加え,β-(1→4)-Galpにα-N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が結合した二糖を側鎖に持つ,非常にユニークな構造をしていた(図5)83).さらに,GT32ファミリー(Och1~Och4)の四重破壊株およびGT62ファミリー(Mnn9, Van1, Anp1)の三重破壊株ではG3Manが消失しており,これらの酵素がG3Man合成に関与することが示唆された83).
2)菌糸体におけるN-グリカン外鎖様マンナンの発見
筆者らの研究グループは,同時期に,同様のMan転移酵素群の機能を,異なる戦略で解析していた.筆者らは,出芽酵母においてN-グリカン外鎖構造の側鎖であるα-(1→2)-結合Man残基の生合成に関与するScMnn2およびScMnn5のホモログに着目し84),A. fumigatusにおいてこれらを単独または二重に破壊した.各単独破壊株では顕著な表現型はみられなかったが,Δmnn2Δmnn5二重破壊株では分生子形成の低下と菌糸伸長の遅延が確認された85).この株の菌糸体から可溶性糖鎖を抽出し1H-NMR解析を行ったところ,α-(1→6)-結合マンナンに特有のケミカルシフト(4.9 ppm)が検出された84).これは,菌糸体にもα-(1→6)-結合マンナンが存在し,そのα-(1→2)-結合Man側鎖の形成をMnn2およびMnn5が担っていることを示していた(図5)84).次に,このΔmnn2Δmnn5株をバックグラウンドとしてmnn9またはvan1を破壊した三重破壊株を構築し,同様の糖鎖構造解析を実施した結果,いずれの株でも4.9 ppmのシグナルが消失した84).これは,Mnn9およびVan1がα-(1→6)-結合マンナンの骨格合成に関与することを強く示唆していた(表1).さらに,Mnn9とVan1を大腸菌により共発現させた.Mnn9にのみ6x Hisタグを付加して精製を行ったところ,Van1も共精製され,両者が複合体を形成することが明らかになった84).精製されたMnn9/Van1複合体は,糖供与体としてGDP-Manを,受容基質として4MU-α-Manを用いたMan転移反応において,in vitroで少なくとも20残基までのマンナンを伸長することが確認された84).生成されたマンナンは,α-(1→2,3,6)-マンノシダーゼで消化され,α-(1→2,3)-マンノシダーゼで消化されなかったことから,α-(1→6)-結合マンナンであることが明らかになった84).なお,単独のMnn9もしくは単独のVan1ではMan転移酵素活性は検出されなかった.以上の結果から,菌糸体におけるこの新規マンナンの主鎖構造が,Mnn9/Van1複合体により生合成されていることが明らかとなった.A. fumigatusにおいてN-グリカンの外鎖構造が報告された例はこれまでにないことから,本糖鎖がN-グリカンに結合しているのか,あるいは他の生体分子に結合しているのかは未解明である.これらの研究成果は,Aspergillus属におけるマンナンの構造が,これまでの予想以上に多様で複雑であることを示している.
1970年代から1990年代にかけて,遺伝学における黄金時代を迎えていた出芽酵母の細胞壁マンナン構造とその生合成に関する基盤的知見が精力的に蓄積された86–92).一方で,同じ子嚢菌でありながら,糸状菌の細胞壁マンナンに関する研究は長らく手つかずの領域であり,構造や生合成機構の多くが未解明のままであった.しかし,糸状菌の全ゲノム情報の整備や93–96),遺伝子破壊株の効率的な構築を可能にする遺伝子ターゲッティング技術の進展により97–100),2000年代よりAspergillus属糸状菌の遺伝学的解析が急速に進展した.そういった時流の中で,GMの生合成経路に関する理解も飛躍的に進展した.かつてブラックボックスであったこの経路は,糖ヌクレオチドの供給・輸送,糖鎖生合成,細胞壁への組込みといった一連のステップにおける,分子レベルの知見が蓄積されつつある.
糸状菌のマンナンは単一構造ではなく,FTGM, OMGM,分生子特異的マンナン,N-グリカン外鎖様マンナンなど,複数の種類から構成される.これらの糖鎖は,部分的に出芽酵母のマンナン構造と共通するが,相違点も多く,糸状菌が独自に糖鎖構造を進化させてきた結果と考えられる.それぞれの糖鎖は異なる局在と存在量を示し,細胞壁の構造維持,形態形成,病原性発現といった糸状菌特有の生命現象に深く関与していると推察される.特に注目すべきは,GMの構成糖であるGalfが哺乳類や植物には存在しないことである.Galf糖鎖の生合成には糸状菌に特異的な酵素群が関与しており,哺乳類や植物には相同酵素が存在しない.この生物種特異性を持つGalf糖鎖生合成経路は,新規抗真菌薬の標的としてきわめて有望であると考えられる.
「なぜ同じMan転移活性を有する酵素が異なる糖鎖の生合成に関わるのか」という根本的な問いは依然として未解明である.AnpAやCmsAの解析から,基質特異性の違いが一因と考えられているが,それだけでは多種のMan転移酵素がどのように多様なマンナン構造を作り分けているのかを説明しきれない.酵素間の相互作用,膜局在の差異,糖供与体の局所濃度勾配,翻訳後修飾や発現タイミングの制御など,複合的な要因が関与している可能性が高い.また,「GM生合成の制御機構」全体については未解明な点が多く,たとえば培養する際の栄養条件によってGalf鎖の長さが変化する現象の分子機構や調節因子は明らかにされていない.こうした鎖長の多様性が,培養条件,発育段階,ストレス応答といった環境変化に応じて動的に制御され,細胞壁の物性変化,宿主免疫応答の回避,病原性の発現といった糸状菌の適応戦略にいかに寄与しているのかを明らかにすることは,今後の研究においてきわめて重要である.
今後は,OMGMおよびFTGMにおけるα-マンノシドβ-Galf転移酵素(仮称Mgf)や,N-グリカンの非還元末端に付加しているα-Galf残基の転移酵素(仮称Gft),分生子特異的マンナン側鎖の生合成に関与する未同定の糖転移酵素群などの同定と機能解析が求められる.また,FTGMがGPIアンカー依存的に合成・輸送され,最終的にβ-グルカン骨格へと架橋される過程における切断・転移機構や,その空間的制御についての理解も進める必要がある.そして,GfsAやCmsAなどの真菌特異的な糖転移酵素を標的とした構造ベースの阻害剤設計と,それらの機能評価は,創薬に直結するきわめて実用的な研究領域である.
本稿で紹介したGM生合成研究の進展は,糸状菌特異的な細胞外糖鎖ネットワークの構築機構に関する理解を大きく前進させた.今後,構造生物学,糖鎖生物学,感染症学といった分野横断的な連携により,GMを標的とする新規抗真菌薬や診断法の開発が進展することを期待したい.