浸透圧とは,溶質を通さず溶媒のみを通す膜(半透膜)によって溶液と純溶媒が隔てられた状態において,純溶媒側から溶液側へと溶媒が移動し,濃度を均一にしようとする際に発生する圧力のことである.この圧力は溶液そのものが持つ物理化学的性質であり,直感的にはイメージしにくいが,細胞膜が半透膜の性質を有しているため生命科学においても非常に重要な概念である.つまり,細胞内液と細胞外液の溶質濃度が異なる場合,浸透圧差が生じ,それが細胞内外で水分子の流出入を引き起こす駆動力になる.たとえば腎臓では,組織レベルで浸透圧勾配を能動的に形成することで水の再吸収を制御しており,生体は浸透圧を巧みに利用して生命活動を維持している.
同時に,生体内は動的環境であり,細胞内液と細胞外液の浸透圧は絶えず変動する.こうして生じる細胞内外の浸透圧差は,細胞にとって恒常性維持を乱すストレス,すなわち「浸透圧ストレス」として作用する.特に外傷による急激な細胞外液の浸透圧変化や,代謝異常による持続的な細胞内液の浸透圧変化は,水分子の一方向の流出入を引き起こし,強制的に細胞を膨張・収縮させる.よって浸透圧ストレスは,細胞骨格系による物理的抵抗を上回るほど作用することが可能で,メカニカルストレスの一つと捉えることもできる.実際,臨床応用の観点でも,静脈注射などに用いられる生理食塩水はヒトの細胞外液と同等の浸透圧に調整されており,赤血球の破裂(溶血)など生体への物理的損傷を抑えるように考慮されている.
このように,細胞の浸透圧ストレス応答機構は生体にとって根本的かつ重要な仕組みであり,数十年以上にわたって研究されてきた.特に電気生理学・薬理学的研究によって,イオンチャネルなどエフェクター分子を中心とする応答機構に関して多くの知見が蓄積されている.一方,特に哺乳類細胞における浸透圧ストレス感知機構については,さまざまなセンサー分子が断片的に提唱されて混沌としており,いまだ不明な点が多い.しかし近年,液–液相分離という物理化学現象が,浸透圧ストレス感知機構を体系的に理解するブレイクスルーになりつつある.そこで本稿では,細胞レベルでの浸透圧ストレス応答機構の既存知見を概説するとともに,本分野における液–液相分離という新しい視点を紹介する.
水分子は小さくて電気的に中性であるため疎水性の脂質二重膜をある程度透過する.ただ,水チャネルであるアクアポリン(aquaporin)ファミリーがほぼすべての哺乳類細胞に広く発現していることで,細胞膜の水透過性は非常に高く保たれている1).つまり細胞膜は半透膜の性質を有するため,細胞外液の浸透圧が細胞内液よりも低い状態になると,細胞外の水分子が細胞内へと流入し,細胞は強制的に膨張させられる.逆に細胞外液の浸透圧が高い状態になると,細胞内の水分子が細胞外へと流出し,細胞は収縮させられる.これらの体積変化は数秒スケールで急激に生じる現象であり,細胞内の分子濃度を一挙に変化させることで化学反応の平衡を移動させ,細胞内生体分子の緻密な制御を大きく乱す.したがって,細胞内液と細胞外液に浸透圧差の生じた状態は細胞にとってストレスであり,「浸透圧ストレス(osmotic stress)」と呼ばれる.特に細胞外液の浸透圧が細胞内液よりも低い状態(=細胞膨張が誘発される方)は低浸透圧ストレス(hypoosmotic stress),細胞外液の浸透圧が細胞内液よりも高い状態(=細胞収縮が誘発される方)は高浸透圧ストレス(hyperosmotic stress)と呼ばれる.
浸透圧ストレスに対して細胞は,細胞内液の浸透圧を制御することで逆方向の水の流出入を引き起こし,数分~数時間のスケールで体積を元に戻す応答機構を備えている(図1)2, 3).ここで主な制御対象は,細胞内液と細胞外液の組成の大部分を占めて浸透圧に大きく寄与するナトリウムイオン(Na+)・カリウムイオン(K+)・塩化物イオン(Cl−)であり,これらはNa+/K+-ATPaseと電荷均衡によって定常状態から細胞内外で濃度勾配が生み出されている.つまり,低浸透圧ストレスで誘発された細胞膨張後,細胞はCl−チャネルやK+–Cl−共輸送体(K+–Cl− cotransporters:KCCs)などのエフェクター分子群を活性化させることで細胞内のK+とCl−を細胞外へ汲み出す.これにより細胞内液の浸透圧が減少するため,同時に水分子も流出され,細胞体積が回復する.この体積回復機構はregulatory volume decrease(RVD)と呼ばれる.一方,高浸透圧ストレスで誘発された細胞収縮後には,Cl−/HCO3−交換体(Cl−/HCO3− anion exchangers:AEs)と共役するNa+/H+交換体(Na+/H+ exchangers:NHEs)やNa+–K+–2Cl−共輸送体(Na+–K+–2Cl− cotransporters:NKCCs)など別のエフェクター分子群を活性化させて細胞外のNa+とCl−を細胞内へ汲み入れ,細胞内液の浸透圧を増加させることで水分子を流入させ,細胞体積を回復する.この体積回復機構はregulatory volume increase(RVI)と呼ばれる.
ただ,RVDやRVIはいわば応急処置的な体積回復機構であり,細胞内イオン濃度・強度の変化はタンパク質の安定性や機能へ影響を及ぼすといった副作用を伴う.そこで細胞は,続く数時間~数日のスケールで,シャペロンの産生と糖・アミノ酸などの低分子有機物[オスモライト(osmolyte)]の産生を遺伝子発現制御によって調節し,増減させたイオンとオスモライトを置換することで新たな定常状態へと移行,つまり浸透圧ストレス環境に適応する.
このような浸透圧ストレス応答機構の研究の歴史は長く,特に電気生理学や薬理学的研究によってイオンチャネルなどエフェクター分子に関する知見は蓄積してきた.しかし,この「古い」研究分野において,RVDやRVIシステムは浸透圧ストレス応答に限らず細胞体積変化を伴うほかの細胞機能においても働いている可能性が近年示唆されている(図2).たとえば,アポトーシスの形態学的な特徴として細胞収縮はよく知られるが,細胞収縮自体がアポトーシス誘導に必要であり,RVDと同一のエフェクター分子群が浸透圧差を介して細胞収縮(apoptosis volume decrease:AVD)を達成している4).また,低浸透圧ストレスによる細胞膨張とRVDはインフラマソームの活性化を誘導することが示されており,体積変化が魚類から哺乳類に至るまで保存された原始的な炎症応答誘導機構だと提唱された5).さらに,細胞遊走(cell migration)においては,前方でRVIによって膨張し,後方でRVDによって収縮するモデルが提唱されており,がん細胞は微小環境でも浸透圧差を駆動力として移動することが可能である6).
生体内においてRVDやRVIシステムが体積変化を伴う細胞機能にどの程度寄与するのかなど課題は多いものの,今後の臨床応用へ向けた進展が期待され,浸透圧ストレス応答研究は「古くて新しい」分野だといえる.
細胞が浸透圧ストレスに対してRVDやRVIを誘導するためには,まず細胞体積変化を正確に感知する必要がある.この浸透圧ストレスの感知から応答に至る分子機構は数十年以上にわたって研究されてきたものの,多種多様なセンサー分子や感知機構が報告されており,体系的な理解は困難をきわめている.一つの有名な体系化としてHoffmannらは,細胞体積変化に伴う細胞内環境変化を①高分子クラウディングの変化,②特定イオンの細胞内強度・濃度の変化,③細胞膜での物理化学的変化の大きく三つに分類し,細胞がこれら三つの変化を総合的に感知しているとまとめた(図3)2).
一つ目の高分子クラウディング(macromolecular crowding)とは生体高分子が高濃度で存在する混み合った状態を意味し,細胞内の定常状態は高分子クラウディング環境であることが知られる7).このような環境では,かさ高い分子ほど立体障害によって自由に移動できる空間が制限されることから,高分子クラウディングの程度は溶液中の分子の挙動や反応速度に多大な影響を与える.主にin vitro実験の知見に基づいているが,細胞体積変化によって高分子クラウディングの程度が変化すると,タンパク質の構造変化や化学反応の平衡移動などが生じ,これらがシグナルとして最終的にエフェクター分子へ伝達されると考えられている.
二つ目の細胞内イオン強度・濃度の変化は,特にタンパク質の構造や機能へ直接的な影響を与えることが解明されてきている.たとえば,RVDのエフェクター分子であるleucin-rich repeat-containing 8s(LRRC8s,図1)は,低イオン強度によって直接活性化することがin vitro再構築系で直接的に示され8),エフェクター分子かつセンサー分子だと考えられている.また,with-no-lysine[K](WNK)キナーゼはリン酸化経路によってRVDのエフェクター分子KCCs(図1)を不活性化,RVIのエフェクター分子NKCCs(図1)を活性化するが9),Cl−が直接WNKsに結合することでWNKsを不活性化状態に維持することが示唆され10),WNKsはCl−濃度センサー分子である可能性が提唱されている.
三つ目の細胞膜での物理化学的変化は,細胞膜の張力変化,細胞膜脂質の組成・局在変化,細胞骨格系の変化などが含まれる.たとえば低浸透圧ストレス時,細胞膨張に伴う細胞膜の張力増加がtransient receptor potential(TRP)ファミリーやPiezo1/2といった機械受容チャネル(mechanosensitive channel)を活性化し,Ca2+依存性K+チャネルなどエフェクター分子の活性化を誘導する.また,定常状態のカベオラ(caveolae)は細胞膜張力のバッファー機能を有するとともに,その消失が細胞膨張の感知機構として働くというモデルも提唱されている11).
これら三つの変化のうち,外界と接する細胞膜での変化は概念的に最も理解しやすく,具体的な分子が同定されれば創薬ターゲットとしても最適であることから,2000年代以降盛んに研究されてきた.一方,高分子クラウディングやイオン強度といった細胞内変化に着目した研究は比較的過小評価されてきた.しかし近年,これら細胞内の変化を液–液相分離という新しい物理化学現象の枠組みで捉えることで,浸透圧ストレス感知機構を時空間的に理解できるようになりつつある(図4).
物理的状態や化学的組成が一様である物質系の形態は相(phase)と呼ばれ,2種類の異なる物質系が互いの性質を保ちながら混ざり合わずに界面を形成して共存する物理化学現象は相分離(phase separation)と定義される.特に液–液相分離(liquid–liquid phase separation:LLPS)は2種類の物質系がともに液相の場合を指し,水と油が混ざり合わず分離している現象が代表例である.もともと生命科学分野においても,核小体やストレス顆粒など,オルガネラとは異なり,一過性で脂質膜に囲まれない細胞内の構造体は数多く報告されてきた.近年これらさまざまな構造体は共通して相分離の原理に従って形成されていることが明らかになり,まとめて生体分子凝集体(biomolecular condensates)と呼ばれている12).
生体分子凝集体の形成や消失は,相図(phase diagram)で描かれるように(図5),温度・pH・体積など細胞系の熱力学・化学的状態変数に従う.一方,分子レベルでは,静電相互作用・双極子相互作用・π–π相互作用・疎水性相互作用・水素結合などの分子間相互作用が多価的に形成されており,含有する生体分子の性質や濃度が状態変数に影響している.つまり生体分子凝集体は,特定の生体分子群を凝縮・隔離することで化学反応やシグナル経路を特異的に促進・抑制するなど細胞内の組織化を担うことができ,細胞内生体分子の時空間制御を理解する上で重要な概念として幅広い生命科学分野で近年急速に注目されている12–14).また,生体分子凝集体の物性は生体内環境で液相にとどまらず,条件次第でゲルや固相などへと相転移(phase transition)することが明らかになっている.特に神経変性疾患において観察される異常な構造体の蓄積は固相への相転移が引き金となっている可能性があり,臨床応用の観点でも期待されている.
さて,このような液–液相分離の原理を踏まえると,浸透圧ストレスは細胞体積やイオン強度といった複数の状態変数を瞬時に変化させるため,生体分子凝集体の形成や消失を誘導する可能性がある(図5).実際,転写因子・RNA制御因子・タンパク質品質管理因子など,多様な生体分子が浸透圧ストレス下で生体分子凝集体を形成するという報告が近年相次いでいる(表1)15–22).これらの報告の多くでは高浸透圧ストレスを単なる相分離誘導法として扱っているが,以降では,浸透圧ストレス応答キナーゼであるapoptosis signal-regulating kinase 3(ASK3)をモデルとして,より一般に液–液相分離が浸透圧ストレス感知機構の一つであることを提唱するに至った我々の研究成果19, 23)を詳述する.
表1 浸透圧ストレス下で生体分子凝集体を形成する報告例| 生体分子 | 分類 | 生体分子凝集体の役割 | 原著論文 |
|---|
| PtdIns(4,5)P2 | 細胞膜構成脂質 | TORC2不活性化の場形成 | Riggi, M. et al. Nat. Cell Biol. 2018 |
| YAP1 | 転写調節共役分子 | 核内で転写活性化の場形成 | Cai, D. et al. Nat. Cell Biol. 2019 |
| PSMB2 | プロテアソーム構成分子 | リボソームタンパク質などの分解 | Yasuda, S. et al. Nature 2020 |
| DCP1A | P-body構成分子 | 不明(P-bodyと異なる) | Jalihal, A.P. et al. Mol. Cell 2020 |
| ASK3 | 浸透圧ストレス応答キナーゼ | ASK3不活性化制御 | Watanabe, K. et al. Nat. Commun. 2021 |
| FLOE1 | シロイヌナズナのプリオン様タンパク質 | 脱水環境下での発芽抑制 | Dorone, Y. et al. Cell 2021 |
| BAG2 | シャペロン関連分子 | ユビキチン非依存性タンパク質分解制御 | Carrettiero, D.C. et al. Nat. Commun. 2022 |
| WNK1 | 浸透圧ストレス応答キナーゼ | 下流シグナル分子活性化 | Boyd-Shiwarski, C.R. et al. Cell 2022 |
セリン・トレオニンキナーゼのASK3は,ストレス応答性mitogen-activated protein kinase(MAPK)経路の上流に位置するMAPK kinase kinase(MAP3K)の一つMAP3K15であり,細胞死誘導などに関わるASK1やASK2と相同性の高い新規ASKファミリー分子としてホモロジー解析によって同定された24).一方,ASK1やASK2とは異なり,ASK3は腎臓(特に尿細管上皮細胞の管腔側)に多く発現するという特徴的な発現パターンを示した.そこでASKファミリーがストレス応答性キナーゼであることを踏まえ,培養細胞系で浸透圧ストレスに対する応答性を検証した結果,ASK3は低浸透圧ストレスでリン酸化・活性化するのに対して,逆に高浸透圧ストレスでは脱リン酸化・不活性化することが判明した(図6)24).しかも浸透圧ストレスに対するASK3の両方向の活性変化は,数十mOsmの浸透圧差で生じるほど鋭敏で,数分で生じるほど迅速であり,さらには浸透圧ストレスの解除に対して可逆的であった.よって,ASK3は浸透圧ストレス応答機構の比較的上流で浸透圧ストレスの強度と方向性をリン酸化シグナルに変換している可能性が想定された.
実際,酵母ツーハイブリッド法によってASK3の結合分子を探索すると前述のWNK1が同定され,ASK3がキナーゼ活性依存的にWNK1リン酸化経路を負に制御することが明らかになった24).つまり,低浸透圧ストレス下でASK3が活性化すると,WNK1リン酸化経路が抑制されることで,RVDのエフェクター分子KCCsが活性化,RVIのエフェクター分子NKCCsが不活性化するため,RVDを誘導可能な状態になる(図6).そこでASK3を発現抑制すると,確かに低浸透圧ストレス時のRVDが抑制され,さらに極度の低浸透圧ストレスで生じる細胞破裂に対しても脆弱性を示した25).よって,ASK3は低浸透圧ストレス時のRVD誘導に必要なことが示唆された.
一方,ASK3はキナーゼであるため,高浸透圧ストレス時にASK3が不活性化することの意義を検証するには高浸透圧ストレス下でもASK3活性を維持する方法が必要になる.そこで384-wellプレート上での免疫蛍光細胞染色を利用して,ASK3活性を直接の指標とする半自動ゲノムワイドsiRNAスクリーニング系が構築され,高浸透圧ストレス時にASK3不活性化を制御する遺伝子候補が網羅的に探索された25).得られた候補遺伝子を生化学・分子生物学的手法で詳細に解析した結果,直接のASK3不活性化分子として脱リン酸化酵素protein phosphatase 6(PP6)が同定され,PP6とASK3の結合は低浸透圧ストレスで減弱し,高浸透圧ストレスで増強することが明らかになった(図6).そしてPP6を発現抑制して高浸透圧ストレス下でもASK3活性を維持すると,高浸透圧ストレス時のWNK1リン酸化経路活性化が抑制されるとともに,RVIが抑制され,その後の細胞死が亢進した25).よって,高浸透圧ストレスにおけるASK3不活性化はRVI誘導に必要なことが示唆された.
これらの結果をまとめると,浸透圧ストレスに対する両方向のASK3活性変化は,RVD・RVIという両方向の細胞体積回復応答を制御することが実証されたことになる.なお,個体レベルでも,ASK3ノックアウトマウスは高食塩食負荷や加齢時に高血圧症状を呈した24).この表現型は,腎臓でWNK1リン酸化経路の過剰活性化が観察されたことから,腎臓における水の再吸収亢進による結果だと解釈される.また,淡水魚のイトヨ(Gasterosteus aculeatus)を海水で飼育すると腎臓でASK3 mRNAが減少していた26).さらにこの腎臓RNA-seqデータではPP6ホロ酵素のサブユニットであるPPP6R2やANKRD52のmRNAは増加しており,遺伝子発現レベルでも高浸透圧ストレス時にASK3活性を下げる方向に応答している可能性が推察される.
以上の知見から,ASK3は浸透圧ストレス応答における重要分子だといえる(図6).したがって,浸透圧ストレスに対するASK3活性変化の分子機構を解明することは,より一般に哺乳類細胞が浸透圧ストレスを感知して応答に至る一連の分子機構の解明につながると想定され,我々はASK3を足掛かりに浸透圧ストレス感知機構の全貌理解を目指していた.
6. 高浸透圧ストレスによって形成されるASK3凝集体とその意義
ASK3解析の一環で細胞内局在を観察したところ,ASK3が定常状態では細胞質に一様に存在するのに対し,高浸透圧ストレス下では細胞質全域に丸い凝集体を大量に形成することに気づいた(図7).このASK3凝集体は,ストレス顆粒など既存のマーカーとは共局在せず,免疫電子顕微鏡観察によって脂質膜に囲まれていない構造体であることが判明した.また,ライブセルイメージングで観察すると,ASK3凝集体は高浸透圧ストレス後わずか数秒で形成され,その後も細胞質内を活発に動き回って融合を繰り返し,数十分後には徐々に消失した.つまりASK3凝集体は,単なるタンパク質の非特異的な凝集(aggregation)ではなく,液体のように動的な性質を有することが示唆された.そこで直接的に物性を検証するため,すばやく動くASK3凝集体に対してfluorescence recovery after photobleaching(FRAP)法を最適化して解析したところ,ASK3凝集体の内外をASK3分子が自由に行き来する様子が確認でき,確かにASK3凝集体は液体の物性を持つことが確認された.さらにASK3タンパク質を精製してin vitro系でpolyethylene glycol(PEG)などのクラウディング誘導剤を添加すると,ASK3凝集体が形成し,凝集体形成能はASK3自身の分子特性に由来するものだとわかった.これら一連の結果を踏まえると,高浸透圧ストレス時に観察されるASK3凝集体は液–液相分離によって形成された生体分子凝集体であると結論づけられた.
続いて高浸透圧ストレス依存的ASK3凝集体形成の意義に迫るため,凝集体形成不能ASK3変異体の作製を試みた.キナーゼドメインを中心にASK3タンパク質を大きく3部位に分けたところ,ASK3のC末端欠損(ASK3 ∆C)変異体では高浸透圧ストレス下でも凝集体形成がみられず,ASK3のC末端フラグメント(ASK3 CT)では定常状態から凝集体が形成した(図8a).よって,ASK3のC末端領域が凝集体形成能に必要十分であることが明らかになった.ASK3のC末端領域には二つのintrinsically disordered region(IDR),一つのcoiled-coil(CC)ドメイン,一つのsterile alpha motif(SAM)ドメイン,そしてSAMドメイン内に一つのlow complexity region(LCR)といった特徴的なドメインが存在する.そこでASK3 CTから各ドメイン欠損変異体を作製したところ,ASK3 CT凝集能にはCCドメインとLCRドメインの二つが必要であった.実際,ASK3全長からC末端CC(CCC)ドメインとC末端LCR(CLCR)ドメインを両方欠損させたASK3 ∆CCC∆CLCR変異体は,ASK3 ∆C変異体と同様に,高浸透圧ストレス下で凝集体を形成できなかった(図8a, b).なお,ASK3凝集体形成にCCドメインとLCRが必要なことは相分離一般の観点でも興味深い.なぜなら液–液相分離はIDRのような可変構造による弱い結合が重要だと一般的には考えられていたのに対し,CCドメインのような比較的強い結合でも液相の生体分子凝集体形成に寄与できる説を支持するためである27).また,ポリユビキチン鎖による生体分子凝集体形成の報告28)とともに,相分離するRNA結合タンパク質は高頻度でアルギニンとグリシンのRGG/RGモチーフ配列を含むことが知られるが29),ASK3のLCRにはユビキチンC末端配列「LRLRGG」が含まれることはほかの生体分子凝集体との関連可能性の意味でも興味深い.
さて,凝集体形成不能ASK3変異体を作製できたため,続いて高浸透圧ストレス依存的ASK3凝集体形成の意義を探索した.特に,高浸透圧ストレス後ASK3凝集体形成は数秒,ASK3の不活性化は数分で起きる時間差を踏まえて,ASK3凝集体のASK3不活性化への影響を検証した.その結果,凝集体形成不能なASK3 ∆C変異体や∆CCC∆CLCR変異体は高浸透圧ストレスで脱リン酸化・不活性化できず(図8c),高浸透圧ストレスによるASK3不活性化にはASK3凝集体形成が必要だと明らかになった.さらに,ASK3の脱リン酸化酵素PP6のサブユニットANKRD52も高浸透圧ストレス下で凝集体を形成し,興味深いことにASK3凝集体と完全共局在するのではなく界面を共有するように部分的に共局在していた(図8d).後述する数理モデル解析など現在までのデータを踏まえると,PP6によるASK3の脱リン酸化反応はこの部分的に重なる界面領域で効率的に進行していると示唆されている.
以上の結果から,高浸透圧ストレス時に液–液相分離によって形成したASK3凝集体は単なる付随的現象ではなく,ASK3不活性化の場を提供する時空間的機能を有することが明らかになった.
7. 数理モデルにおけるシミュレーション解析の活用
1)液–液相分離による浸透圧ストレス感知の一般化
興味深いことに,高浸透圧ストレス強度を高くすると,細胞内に形成されるASK3凝集体の数が増加してサイズは減少した(図7).この強度依存的な現象は,一つの観察結果として軽視されるような点ではあるが,よく考えてみると直感に反する結果にも思えた.なぜならASK3分子の全体数はストレス前後で一定であり,高浸透圧ストレス強度を高くすれば細胞がより収縮してASK3凝集体は衝突・融合しやすくなるため,ASK3凝集体の数が減少してサイズは増加するといった真逆の結果も想定できるためである.
そこで,この現象を理解するため,Dineらによって構築された生体分子凝集体の簡易数理モデル(図9a)30)を用いてシミュレーション解析を行った.このモデルでは,2次元グリッドスペースにおいて1マス分に相当するモノマー分子を複数配置して,各モノマー分子は8方向へランダムに移動可能であり,隣接するモノマー分子群をクラスター,つまり生体分子凝集体とみなす.すると各モノマー分子の動き方は,移動前後の状態に応じて「①単純拡散」,「②クラスター内の分子交換」,「③クラスターからの乖離」の三つの速度定数で規定される.この簡易的な数理モデルにおいて各モノマー分子の動きをrejection kinetic Monte Carlo(rKMC)法でシミュレーションすれば,クラスター動態が生体分子凝集体の振る舞いを反映できる30).ここでrKMC法とは,モノマー分子とその動く方向をランダムに決定し,発生させた乱数が速度定数未満の際にだけ移動イベントを受け入れる,といったサイクルを繰り返す単純なアルゴリズムである.特に「③クラスターからの乖離」において,移動後に隣接しなくなるモノマー分子数(∆n)に応じて乖離に必要なエネルギーが大きくなる(=ペナルティーを加える)ような速度定数を用いることで,モノマー分子間の結合が大きいほど移動イベントを発生しにくくさせている点が本モデルのポイントである.
この数理モデルにおいて,ASK3はモノマー分子,高浸透圧ストレスによる細胞収縮はモノマー分子数を変えずにグリッドスペースを小さくすることに相当すると考えられる.そこでグリッドスペースを小さくしてからrKMC法でシミュレーションしてみたところ,グリッドスペースが小さくなるにつれてクラスターの数が減少し,サイズは増加する条件が現れた(図10a, b).つまり,モデルでは当初の直感どおりの結果が得られ,実際の細胞観察結果を理解するには想定外の物質・法則の必要性が示唆された.
ここでモデルと細胞の大きな違いとして,高分子クラウディングの存在7)が考えられる.実際,高浸透圧ストレス時には細胞内でNaClも増加するが,前述のin vitro系でのASK3凝集体形成実験においてクラウディング誘導剤ではなくNaClを添加してもASK3凝集体は形成されず,高浸透圧ストレス時の高分子クラウディング増加こそが形成駆動力だと示唆された.そこで,モノマー分子同様に1マス分を占有してランダムな「①単純拡散」の移動は可能なものの,ほかの分子とは作用しない「障害物分子」を追加することで,高分子クラウディング環境を反映させる改良を行った(図9b).この改良モデル(General Cluster Model:GCM)において再度rKMCシミュレーションを行った結果,グリッドスペースが小さくなるにつれてクラスターの数が増加し,サイズは減少するという,細胞結果に一致する結果が得られた(図10c, d).したがって,高浸透圧ストレス強度依存的なASK3凝集体の形成動態は高分子クラウディングによって特徴づけられていることが示唆された.
さらに,シミュレーション解析結果で予測されることを細胞系で検証する実験も行った.改良した数理モデルGCMにおいてグリッドスペースを小さくしてから元に戻すといったrKMCシミュレーションを行うと,クラスターの数は単調減少するものの,サイズが一時的に増加してから減少するという動態が予想できた(図10e).そこで細胞系において,高浸透圧ストレスを処置してから等浸透圧に戻すという操作をしてみると,確かにASK3凝集体の一時的なサイズ増加が観察された(図10f).このような発見はまさにシミュレーション解析のメリットを物語るものである.
これらの結果はASK3をモノマー分子と想定してシミュレーション解析を行ったが,多価的な自己結合能を有する分子という普遍的な制約条件のみに依存する数理モデルを用いたため,ASK3以外にも高浸透圧ストレスによって形成される機能的生体分子凝集体の存在が推測される.実際,高浸透圧ストレスによって誘導されるほかの液滴例が同時期に相次いで報告された(表1).そこで,より一般に細胞は高浸透圧ストレスを細胞内部の液–液相分離によって感知するという新規概念が提唱されるに至った(図4)19, 31).
2)ASK3凝集体におけるASK3脱リン酸化反応の理解
前述のとおり,高浸透圧ストレス下で液–液相分離によって形成されるASK3凝集体はASK3不活性化に必要であることが実験的に示された.そこで,高浸透圧ストレス時のASK3不活性化(脱リン酸化)反応を数理モデル上で再現するため,先の改良モデルGCMを拡張し,ASK3不活性化特異的モデル(ASK3 Dephosphorylation Model, ADM)を構築した(図11a).この数理モデルADMでは,ASK3モノマー分子をリン酸化ASK3(p-ASK3)と非リン酸化ASK3(d-ASK3)としてリン酸化状態で区別するようにして,脱リン酸化酵素PP6分子もモノマー分子として導入した.そして,p-ASK3とd-ASK3が隣接する場合にはASK3の自己リン酸化反応によってd-ASK3がp-ASK3に変化する反応イベントと,p-ASK3とPP6が隣接する場合にはPP6によるASK3脱リン酸化反応によってp-ASK3がd-ASK3に変化する反応イベントを追加設定した.つまり,グリッドスペース内の全ASK3(p-ASK3+d-ASK3)に対するp-ASK3の割合が,細胞実験系における1細胞あたりのASK3活性レベルとして解釈できる.なお,PP6分子もPP6間での結合能を持たせてクラスター形成できるように設定したが,実際の細胞実験系ではASK3凝集体とANKRD52(PP6)凝集体が完全に共局在しなかったことから(図8d),本モデル内でもASK3とPP6クラスター間でのモノマー分子の交換は不可能な設定を用いた.
このADMにおいて単純にグリッドスペースを変化させたところ,p-ASK3の割合はほぼ一定であり(図11b),高浸透圧ストレス強度を大きくするほどASK3の脱リン酸化亢進が観察される細胞系での事実と一致しなかった.一方,前述のとおり,細胞観察ではANKRD52凝集体とASK3凝集体が界面を共有するように部分的に共局在しており(図8d),PP6によるASK3脱リン酸化反応はこの部分的に重なる界面領域で効率的に亢進していると推察された.そこで,フリーのp-ASK3はPP6分子と隣接しても脱リン酸化イベントが起きず,ASK3クラスターに属するp-ASK3のみがPP6分子によって脱リン酸化されるような制約条件を追加した.この条件下でrKMCシミュレーションを行うと,グリッドスペースを小さくするほどp-ASK3の割合は低下し(図11c),細胞観察結果に一致するようになった.裏を返せば,PP6によるASK3脱リン酸化反応はASK3凝集体で起きるという追加制約条件が重要だったことを意味し,高浸透圧ストレス下で混み合った細胞内環境においてASK3不活性化を効率的に行うためにもASK3凝集体という反応空間が必要であるという解釈を支持する.
8. ポリADPリボースによるASK3凝集体の液相制御
前述のゲノムワイドsiRNAスクリーニングではASK3の直接の脱リン酸化酵素としてPP6を見いだしたが25),スクリーニング結果で最上位の陽性分子はNAD+合成経路の律速段階反応酵素nicotinamide phosphoribosyltransferase(NAMPT)であった(図12a).実際,NAMPTの発現抑制や阻害剤実験などによって,NAMPT自体ではなくNAD+がPP6とASK3の結合変化に影響することで高浸透圧ストレス時のASK3不活性化に関与していることが確認できた.ここでNAD+は,さまざまな酸化還元反応の補酵素として知られるだけでなく,CD38/157, sirtuinファミリーやPARPファミリーなどの酵素反応における基質でもあり,細胞内において多様な機能を有する.そこでNAD+のターゲット候補を片っ端から順に検証していったところ,NAD+から合成されるポリADPリボース[poly(ADP-ribose):PAR]が高浸透圧ストレス時のASK3不活性化に必要であることを突き止めた(図12b).ただ,苦労して突き止めたものの,研究当初はそこから先へ進めることができず,停滞状況にあった.
一方,相分離の視点でASK3を解析するようになって,RNAが生体分子凝集体の形成を促進する機能を有することを知った32).そこで生化学の視点でみると,PARがアデニン・リン酸・リボースから構成され(図12c),RNA(特にpolyA)と物理化学的性質が似ていることに気づき,PARもASK3凝集体の制御に関与しうるのではないかという発想に至った.そこでPARとASK3凝集体の関係を検証したところ,期待とは裏腹に,細胞内のPAR量を減少させてもASK3凝集体の形成にはほぼ影響しなかった.しかし,細胞内のPAR量を減少させるとASK3凝集体のFRAP法による蛍光回復は抑制され,ASK3凝集体の物性が固相様へと相転移していることが示唆された.さらにPARと結合できないASK3変異体を作製して解析したり(図12d~f),in vitro ASK3凝集体再構築系でPARを直接添加したりといった数々の検証実験を経て,PARはASK3凝集体を液相に維持することでASK3不活性化を可能にすることが明らかになった.
もともとRNAの知見から期待したように,PARが生体分子凝集体の形成を促進するという機能については報告され始めていた33, 34).今回の結果は,さらにPARが生体分子凝集体の液相を維持する機能も有することを提示したことになる.PARはDNA修復や細胞死誘導シグナルとして古くから有名であったが,生体分子凝集体の制御を通した役割が明らかになってきたことで近年再注目されるに至っている35).
9. 細胞内Na+流入による生体分子凝集体の液相制御
1)細胞内Na+流入によるASK3凝集体の液性制御
ASK3凝集体は,細胞外液にNaClやマンニトールを添加するいずれの高浸透圧ストレス誘導法でも観察されたため,特定の物質ではなく高浸透圧ストレスが誘導要因だと結論づけられた.しかし,より詳細に観察してみると,マンニトールよりもNaClによる高浸透圧ストレスの方がASK3凝集体の細胞内での移動や融合が活発であり,結果としてASK3凝集体の数やサイズ変化が早かった.また,マンニトールよりもNaCl誘導性の高浸透圧ストレスの方がASK3凝集体のFRAP法による蛍光回復は大きく,液性具合(流動性)が高いことが明らかになった.
これら2種類の浸透圧調整剤の違いを検証した結果,マンニトールよりもNaClの方が高浸透圧ストレス直後に細胞内へ流入するNa+量が多く,細胞内Na+濃度([Na+]in)が高いことが判明した.また,in vitro ASK3凝集体再構築系において,(クラウディング誘導剤に加えて)NaClを添加すると固相様のASK3凝集体が消失し,Na+がASK3凝集体の物性に直接関与している可能性が示唆された.さらに,疎水性相互作用を阻害する1,6-hexanediolでは固相様のASK3凝集体への影響がみられず,NaClの代わりにKClを添加しても固相のASK3凝集体の消失が観察された.したがって,Na+の静電遮蔽効果によって過剰なASK3分子どうしの結合(protein–protein interaction:PPI)が抑制されることがASK3凝集体の流動性制御機構として推察された.
そこでこの仮説を検証するため,前述の改良版数理モデルGCMを用いてシミュレーション解析を行った(図13a).モデルにおいて「②クラスターからの乖離」の速度定数kmov2と「③クラスター内の分子交換」の速度定数kmov3(注:論文間で逆に定義したため前述と番号が逆転している)はいずれもアレニウス式で定義できるが,一つの結合を切るための活性化エネルギー∆EがPPIの強さに相当すると考えられる.つまり,Na+の静電遮蔽効果によって∆Eは小さくなると想定できる.そこで,∆Eの値を変えてrKMCシミュレーションを行った結果,∆Eが小さく(=PPI結合が弱く)なるほどクラスターの数が減少してサイズは増加し(図13b),NaClによる高浸透圧ストレス誘導時の細胞内観察結果と一致した.よって,マンニトールとNaCl誘導時のASK3凝集体の流動性の違いは,Na+の静電遮蔽効果によってASK3分子どうしのPPI強度の違いによって生じていたことが示唆された.
さらに,前述のASK3特異的数理モデルADMにおいて,ASK3分子どうしのPPI強度∆EASK3–ASK3を「②クラスターからの乖離」の速度定数kmov2と「③クラスター内の分子交換」の速度定数kmov3でそれぞれ独立に変化させてrKMCシミュレーションを行った(図13c).興味深いことに,kmov2の∆EASK3–ASK3のみ大きくするとp-ASK3の割合は増加したが,ASK3クラスターの形状変化が起きにくくなってPP6によるアクセスが低下していた(図13d).同様に,kmov3の∆EASK3–ASK3のみ大きくしてもp-ASK3の割合は増加したが,この条件ではASK3クラスター内でd-ASK3が表面,p-ASK3が内部にとどまってPP6によるアクセスが低下していた(図13d).これらの結果は,ASK3凝集体の流動性がPP6によるASK3脱リン酸化をASK3凝集体表面で効率的に行うために重要であることを示唆する.同時に,本来細胞系ではkmov2とkmov3の∆EASK3–ASK3を独立して操作する実験は困難だが,数理モデルなら仮想実験を行うことができ,in silico解析の有用性を端的に物語る.そして(本来細胞実験で観察できる)kmov2とkmov3の両方で∆EASK3–ASK3を大きくすると,p-ASK3の割合が増加した.つまり,高浸透圧ストレス時の[Na+]in増加を抑制してASK3凝集体の流動性を低下させると,ASK3脱リン酸化・不活性化は抑制されると予測された.
よって,高浸透圧ストレス時に細胞内へNa+を流入させるイオン輸送体の同定を試みた.もともと高浸透圧ストレス応答の研究分野では,電気生理学・薬理学的実験によって,高浸透圧ストレス後に活性化するカチオンチャネル(hypertonicity-induced cation channel:HICC)の存在は知られていたが36),その分子実体は不明な点が多かった.ここでHICCの阻害剤flufenamateを処置すると,高浸透圧ストレスのASK3不活性化が少なくとも5 µMで抑制された.Flufenamateはさまざまなイオンチャネルを阻害・活性化するが,一価カチオン選択性があってIC50が5 µM未満であるイオンチャネルはTRPファミリーのtransient receptor potential melastatin 4(TRPM4)だけであった.そこでTRPM4の阻害剤や発現抑制実験を行ったところ,TRPM4が高浸透圧ストレス時のASK3不活性化に必要なことが明らかになった.そしてTRPM4阻害剤を用いて高浸透圧ストレス時のASK3凝集体を調べると,凝集体形成自体には影響がないものの,数やサイズ変化が遅くなってFRAP法による蛍光回復が抑制されるなど,TRPM4阻害下ではASK3凝集体の物性が固相様に変化していた.
したがって全体をまとめると,高浸透圧ストレス時にTRPM4チャネル活性化を介して[Na+]in増加が生じ,ASK3凝集体の流動性が適切に維持され,ASK3脱リン酸化・不活性化が生じるという分子機構が示唆された.
2)細胞内Na+流入による生体分子凝集体の液性制御の一般化
Na+流入は細胞内全体へ影響すること,Na+の静電遮蔽効果を検討した数理モデルGCMではASK3特異的な性質を設定していないことを踏まえると,高浸透圧ストレス時のNa+流入による生体分子凝集体の流動性制御作用には一般性があると想定された.そこで,高浸透圧ストレス時に凝集体を形成する生体分子として,他グループから報告されたdecapping mRNA 1A(DCP1A)18)とWW domain-containing transcription regulator protein 1(WWTR1;別名TAZ)16)についても検証した.DCP1AとTAZはASK3凝集体とは共局在せずに異なる生体分子凝集体を形成したが,ASK3同様に,マンニトールよりもNaCl誘導性の高浸透圧ストレスの方が流動性は高く,TRPM4阻害時に流動性が抑制されるといった特徴を示した.一方,前述のASK3下流分子WNK1も高浸透圧ストレス時に(ASK3とは完全共局在しない)凝集体を形成するが22),[Na+]inを変化させてもWNK1凝集体の流動性に影響はなかった.この理由として,WNK1凝集体はイオン結合ではなく疎水結合によるPPIが主な形成駆動力になっているためと解釈されている.よって,高浸透圧ストレス時に流入するNa+は(すべてではないものの)多様な生体分子凝集体の流動性を維持することが示唆された(図14a).
さらに[Na+]in変化が高浸透圧ストレス時のタンパク質凝集(液相から固相への相転移)に関与する可能性を検証した.モデルとして神経変性疾患関連のpolyQタンパク質を用いた.polyQタンパク質はグルタミン残基数に応じて凝集体形成能や液相–固相転移が増強すると提唱されており,通常条件なら時間をかけて徐々に凝集体を形成するが,高浸透圧ストレスによって速やかに凝集塊を形成する37).この実験系において,NaClに比べてマンニトール誘導時の高浸透圧ストレスの方がpolyQの不溶性画分量が増加し,TRPM4阻害でもpolyQの凝集塊が増加した(図14b).したがって,高浸透圧ストレス時に流入するNa+は異常凝集体の抑制作用も有していることが示唆された.
以上まとめると,高浸透圧ストレスにおけるNa+流入は,単に浸透圧調整因子の一つとして細胞内浸透圧を直接上げることで細胞体積回復に貢献していると捉えられてきたが,幅広い生体分子凝集体の物性制御にも寄与するという新規概念が提示された.
高浸透圧ストレス時の生体分子凝集体の多くは高分子クラウディング増加が形成の駆動力になっているようだが,Na+による液性維持のようにイオンの強度・濃度変化も生体分子凝集体の機能制御に関わる.また,高浸透圧ストレスによる膜脂質の相分離も報告されており15),細胞膜での変化も生体分子凝集体に関連する.さらには低浸透圧ストレス側に関しても,植物の種において生体分子凝集体が水分存在下で形成され,脱水時の発芽を抑制することが報告されている20).よって液–液相分離は,従来のHoffmannらの三つの変化分類(図3)と相互に深く関連するものの,生化学・分子生物学の観点では理解しにくかった時空間的制御を説明する浸透圧ストレス感知機構の革新的な新しい視点である(図4).生命科学の歴史を振り返ると顕微鏡の進歩がブレイクスルーになっていることが多いが,まさに相分離という「レンズ」は細胞内の動的な分子世界を可視化し,理解するための新たな枠組みであるといえる31).
相分離は細胞内で多様な役割を担うことが急速に明らかになってきたが,生命科学の学問としては発展途上の領域である.しかし,すでに製薬企業は神経変性疾患関連タンパク質の異常凝集(固相の生体分子凝集体)を相分離の視点で消失させる方法の開発を進めている38).また,特定の代謝物合成反応を特異的に促進・抑制したり,ドラッグデリバリーシステムとして利用したりするなど,生体分子凝集体をデザイン・制御する応用研究も進んでいる39).よって浸透圧ストレス応答が細胞にとって必要不可欠な基本機能であることも踏まえると,液–液相分離という新しい視点が礎となってさまざまな基礎・応用研究へと発展していくことが期待される.
謝辞Acknowledgments
本稿は2024年度日本生化学会奨励賞の受賞に際して寄稿したものである.受賞理由となった一連の研究は,東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室にて実施した.相分離研究の流行に恵まれた面もあるが,その機を逃さずに成果としてまとめることができたのは数多くの方々とのご縁のおかげである.特に一條秀憲先生(現・東京科学大学特別栄誉教授),名黒功先生(現・順天堂大学教授),森下和浩博士(現・中外製薬株式会社研究員)には心より感謝申し上げる.
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著者紹介Author Profile
渡邊 謙吾(わたなべ けんご)徳島大学大学院医歯薬学研究部メディカルAIデータサイエンス分野 教授,徳島大学 フォトニクス健康フロンティア研究院 分子・システム生命医科学部門 卓越PI(兼任).博士(薬科学).
略歴1987年大阪府に生る.2010年東京大学薬学部を卒業.12年Cold Spring Harbor Laboratory, 13年École Polytechnique Fédérale de Lausanneで夏季留学.15年東京大学大学院薬学系研究科の博士課程修了.15~19年同研究科で日本学術振興会特別研究員・特任助教.19~24年Institute for Systems BiologyでVisiting Scientist・Postdoctoral Fellow・K. Carole Ellison Fellow in Bioinformatics. 24年より現職.
研究テーマと抱負計算(ドライ)と実験(ウェット)を融合させた次世代型基礎研究に加え,ヒトの大規模データを機械学習やシステム生物学的手法で解析することで,病気ではなく健康状態を中心とした新しい医学研究を展開中.
ウェブサイトhttps://researchmap.jp/ken5watanabe
趣味スポーツ観戦(サッカー・アメフト・F1など),ランニング.