GPI合成酵素PIGBによる核ラミナの高次構造形成の制御PIGB maintains nuclear lamina organization in skeletal muscle of Drosophila
立教大学理学部生命理学科Department of Life Science, Rikkyo University ◇ 〒171–8501 東京都豊島区西池袋3–34–1 ◇ 3–34–1 Nishi-ikebukuro, Toshima-ku, Tokyo 171–8501, Japan
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核は,細胞の遺伝情報を守るオルガネラであり,核膜によって細胞質と隔てられている.核膜は外膜と内膜から構成されており,両者の間を核膜孔複合体が貫通して,細胞質と核内の物質輸送が行われる.外膜は小胞体につながっており,翻訳などにも関与している.一方,内膜の直下にはラミンと呼ばれる中間径フィラメントのメッシュワークが広がっており,核の構造を維持するとともに,ここには核膜局在タンパク質やクロマチンが結合して,核ラミナと呼ばれる領域を形成している1).ラミンにはA/CタイプとBタイプの2種類の分子種が存在していて2),ラミン自身のアミノ酸変異や,ラミン結合タンパク質であるエメリンの変異が,核膜病という筋疾患,脂肪疾患,神経疾患,および早老症を引き起こすことが知られている3, 4).しかし,ラミンのメッシュワークが核膜直下に均一に拡がることの重要性については,これまで明らかでなかった.我々は偶然,タンパク質を細胞膜につなぎとめる役割を担うグリコシルホスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidylinositol:GPI)合成酵素の一つであるPIGBのショウジョウバエ変異体では,骨格筋の核で,ラミンのメッシュワークが不均一になることを見いだした.本稿では,PIGB変異体の解析から浮かび上がってきた,秩序正しく組織化された核ラミナの重要性を,核の物性や機能,さらに個体レベルの役割という観点から紹介したい.
酵母および哺乳動物細胞では,GPIは小胞体で合成されると考えられており5),GPI合成に関わる酵素も小胞体に局在する6).しかし我々は,ショウジョウバエにおいてGPI合成酵素の一つであるPIGB(DmPIGB)が,核膜に局在することを見いだした(図1A).ショウジョウバエでもその他のGPI合成酵素は主に小胞体と一部核膜に局在するのに対し,DmPIGBだけは強固に核膜のみに局在する.果たしてDmPIGBは核膜に局在する必要があるのかどうか明らかにするために,小胞体に局在するPIGBを作製し,それをPIGB変異体に導入することで,変異体の表現型を回復できるか検討することにした.ヒトPIGBをショウジョウバエの培養細胞に発現させると小胞体に局在するので,ヒトPIGBはショウジョウバエで核膜に局在するための配列を持たないと考えられる.そこでDmPIGBの核膜局在に必要な部位を決定し,そこに対応するヒトの配列を同定した.DmPIGBの核膜局在配列を対応するヒトの配列に置き換えることによって小胞体に局在するPIGBを作製した.さて,PIGB変異体は3齢幼虫で致死となるが,小胞体局在PIGBはこれをレスキューできるであろうか? 結果は,成虫が生まれてくるものの,野生型の核膜局在PIGBを発現させたものに比べてその数は約半分で,小胞体局在PIGBは十分な機能を持たないことが明らかになった(図1B).また,小胞体局在PIGBがリソソームで分解されている様子も確認された.すなわち,DmPIGBは核膜に局在している必要があるのである7).
DmPIGBが核膜に局在するメカニズムを明らかにするために,プロテオーム解析によってDmPIGBに結合するタンパク質を同定し,それらの分子の発現をノックダウンしてDmPIGBの局在が変化するものをスクリーニングした.その結果,核膜の裏打ちタンパク質であるBタイプラミンの欠失で,DmPIGBが核膜から消失することを見いだした.生化学的な実験から,DmPIGBとBタイプラミンは,核内膜直下で直接結合していることが明らかになった.ラミンはさまざまな核膜タンパク質やクロマチンと結合することにより足場として機能していることが知られているので,PIGBもそのようなラミン結合タンパク質の一種であると考えられた8).しかし驚いたことに,我々はDmPIGBがBタイプラミンの分布を制御していることを見いだしたのである(図2A)9).すなわち,野生型の骨格筋核ではBタイプラミンは核膜直下で均一に張り巡らされているのに対し,PIGB変異体では不均一になり,ラミンが薄い部分と濃い部分に分離して島状になっていることを見いだした.A/Cタイプラミンの分布も,Bタイプラミンよりは表現型が弱いものの不均一になり,また核質での凝集体が認められた.我々はショウジョウバエのPIGB以外のラミン結合タンパク質にもPIGBのようにラミンの分布を制御するものがあるかどうか検討した.ラミンとクロマチンの結合を介するLEMドメインタンパク質であるOtefin, Bocks,ラミンと細胞骨格を結ぶSUNタンパク質の一つであるKoi,核膜局在タンパク質のラミンB受容体など,それらの変異体におけるラミンの分布を観察したが,ラミンの分布に影響を与えるものはなかった.また哺乳動物でもラミン自身の変異によって分布が異常になる例は知られているが,ラミンの分布に影響を与えるラミン結合分子があるかどうか,明らかにされていない.つまりDmPIGB変異によってラミンの分布が不均一になることは,ラミンの均一な分布の形成と維持に必要な分子が存在することを示した初めての例と考えられる.
(A)ショウジョウバエ幼虫の骨格筋核におけるBタイプラミン(上)および核膜孔複合体(下)の分布.左:野生型,右:PIGB変異体.スケールバーは,10 µm.(B)lamina-associated domain(LADs)の分類と,変異体における変化.野生型とPIGB変異体に保存されているLADをcLAD, 野生型のみに存在するLADをfLAD, 変異体で新たに出現したLADをfiLADとしてカウントしたところ,fiLADの顕著な増加が認められた.(C)野生型とPIGB変異体の骨格筋のアクチンフィラメントをファロイジンで染色して構造を観察した.PIGB変異体では,矢印で示すように,VL1の筋肉に裂傷が認められる.スケールバーは,500 µm. VL:ventral longitudinal(文献9より改変).
なおPIGBのBタイプラミンの分布制御に,GPI合成活性は必要ない.GPI合成活性のないPIGBを変異体に発現させてラミンの分布を検討したところ,野生型のPIGBを発現させた場合と同様に,ラミンの分布は均一に復帰していた.つまり,DmPIGBは,GPI合成酵素であると同時に核の機能をつかさどる,多機能分子である可能性が示唆された.
これまでにラミンメッシュワークが不均一になる変異体は報告されておらず,その均一性の意義については未解明のままであった.そこでPIGB変異体の核を解析することで,ラミンの均一性が果たす役割にアプローチできるのではないかと考えて,以下の検討を行った.
まず,ラミンは核ラミナの主要な成分であるので,核ラミナに局在するほかのタンパク質の分布を調べたところ,核膜孔複合体やLEMドメインタンパク質も不均一な分布を示した(図2A).特に核膜孔複合体は,野生型ではラミンと結合してラミンの形成するメッシュワークの中に散在して分布しているが,PIGB変異体では,ラミンと完全に分離してクラスター化していた.以上の結果は,PIGBが秩序正しく組織化された核ラミナの形成と維持に必要であることを示している.
また核ラミナにはタンパク質だけでなくクロマチンも結合して,クロマチンの3次元構造の形成および遺伝子発現の調節に深く関わっている10).そこで核ラミナに結合しているクロマチン領域(lamina-associated domain:LAD)に違いがあるかどうか,検討した.野生型に比べて変異体では,動原体付近のLADが減少していることが示されたが,その他の部分のLADでは大局的なパターンの差は認められなかった.しかし野生型と変異体で保存されているLADをcLAD,変異体で失われたLADをfLAD,変異体で新たに出現したLADをfiLADとして,その数と大きさを検討したところ,特にfiLADの数は増加していることが明らかになった(図2B).つまり変異体の核では,野生型のLADに加えて新しいLADが形成されていると考えられる.新たに形成されたLADに含まれる遺伝子のオントロジー解析を行った結果,筋の構造や発生に関わる分子が濃縮されていた.LADのクロマチンは一般的にはヘテロクロマチンの様相を呈し,転写は不活性と考えられている.したがって新たにLADに含まれるようになった遺伝子群では転写量が減少していることが期待される.そこで変異体で新たに形成されたLADの中から骨格筋の形成や維持に関わる分子の発現量を定量的PCRで検討したところ,10遺伝子のうち6遺伝子において発現量の低下が認められた.先にも述べたとおり,PIGBはGPI合成にも関わる多機能分子であるため,遺伝子発現の変化がLADの変化に起因すると言い切ることはできない.しかしPIGBの欠失によって核ラミナの恒常性が撹乱され,その結果クロマチンの構造変化および遺伝子発現の変化が引き起こされている可能性は十分に考えられる.
さらに核ラミナは,核の物理的特性の維持にも重要な役割を果たしている.核膜タンパク質の不均一な分布やLADの変化は,核膜の物性に影響を与えているだろうか? 我々は顕微鏡下で骨格筋の核を2本のマイクロニードルで挟み,核を変形させることで物性を計測する技術11)を用いて,核膜の硬さと弾性を測定した.PIGB変異体の核は野生型の核と同様に,力を加えても破裂することはなかった.また力を加えると変形するが,その力を解除するとすばやくもとの形にもどるため,弾性も保たれていた.しかし弱い力を加えただけで核は大きく変形し,柔らかくなっていることが示された.この傾向はラミンの変異体でも同様であった.ラミンの量や,ラミンAタンパク質とラミンBタンパク質の比が,核の硬さに影響を与えていることはこれまでにも知られていたが12, 13),それを維持するためにはラミンのメッシュワークが均一である必要があって,不均一になると,本来ラミンによって保たれている核の物性が損なわれることが明らかになった.
PIGB変異体幼虫の骨格筋は,3齢幼虫の初期には正常に発生分化しているが,後期になると変性が認められた(図2C)9).この変性はGPI合成活性のないDmPIGBの発現によって軽減できるため,これまでに述べたような核での調節不全が,筋の変性に関わっていると考えられる.進行性の筋構造の破綻や機能の低下は,A/Cラミンの変異による筋ジストロフィーでも報告されており14),核ラミナの組織化の撹乱がこれらの疾患にも関与している可能性が考えられる.
以上の結果から,ショウジョウバエではPIGBが,ラミンのメッシュワークを均一に保つのに必要であり,核ラミナの均一性が乱れたPIGB変異体の骨格筋核では,核ラミナに局在するタンパク質の不均一な局在,クロマチンの局在や遺伝子発現の変化,核膜の物理的特性の変化などが起きていると考えられる(図3).我々の一連の研究成果によって,ラミンの均一なメッシュワークの形成が核ラミナの恒常性の維持に不可欠であり,核の正常な機能に必要であることを初めて示すことができた.
野生型(左)では,Bタイプラミン,核膜孔複合体,およびラミン結合タンパク質は,核膜上,あるいは直下に均一に分布し,秩序立って配置されている.一方,PIGB欠損核(右)では,Bタイプラミンとラミン結合タンパク質は不規則に蓄積し,核膜孔複合体はクラスタリングしている.さらに,小さなLADsが増加し,動原体が核周縁部から乖離している可能性がある(文献9より改変).
興味深いことに,PIGB変異体での核ラミナの不均一性は骨格筋でのみ観察され,神経,脂肪組織,上皮細胞などの核では正常なラミンの分布を示す.このことはヒトにおけるラミン変異で発症するラミノパチーが筋肉に異常を来す場合が多いことを想起させる.弛緩と収縮を繰り返す筋組織の核は,常に大きな物理的ストレスにさらされるため,ラミンメッシュワークの異常がより強調されて観察されるのかもしれない.
残された課題として,哺乳動物においてラミンのメッシュワークを均一に保つ分子の探索があげられる.最近,哺乳動物のPIGBも核膜に局在することが報告されている15).しかし我々は筋芽細胞株であるC2C12細胞でPIGBをノックダウンし,その細胞に伸展刺激を加えた後にラミンの分布を観察したが,ショウジョウバエの核のような不均一なメッシュワークは認められなかった.昆虫ではPIGBがGPI合成と組織化された核ラミナの形成と維持という複数の機能を兼ねているが,進化の過程で分子機能の分化が起き,哺乳動物では核ラミナにおける機能は別の分子が担うようになったと推測される.今後,哺乳動物におけるラミンのメッシュワークを均一に維持する分子を特定し,核ラミナの高次構造形成が核の正常な機能発現に果たす役割に加え,核膜損傷時の修復プロセスや核膜を起点とする疾患への影響についても解明していきたい.
本研究は,慶応大学岩崎由香博士(現理研),有浦勝博士,国立遺伝研 島本勇太博士,田中真仁博士,立教大学川口航平博士(現東京科学大学)との共同研究の成果である.またLADの解析に関してご支援いただきました,先端ゲノム支援に感謝申し上げます.
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