Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(5): 677-681 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970677

みにれびゅうMini Review

超硫黄代謝による心臓の頑健性維持機構Mechanism for maintaining cardiac robustness by supersulfide metabolism

1生理学研究所心循環シグナル研究部門Division of Cardiocirculatory Signaling, National Institute for Physiological Sciences ◇ 〒444–8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5–1 ◇ 5–1 Higashiyama, Myodaiji-cho, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan

2生命創成探究センター心循環ダイナミズム創発研究グループCardiocirculatory Dynamism Research Group, Exploratory Research Center on Life and Living Systems ◇ 〒444–8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5–1 ◇ 5–1 Higashiyama, Myodaiji-cho, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan

3九州大学大学院薬学研究院生理学分野Department of Physiology, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Kyushu University ◇ 〒812–8582 福岡市東区馬出3–1–1 グリーンファルマ研究所401 ◇ 3–1–1 Maidashi, Higashi-ku, Fukuoka 812–8582, Japan

発行日:2025年10月25日Published: October 25, 2025
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1. はじめに

心不全とは,心臓に起こる何らかの異常によって心臓のポンプ機能が低下し,全身に十分な血液を送り出せなくなった状態である.日本では高齢化に伴い心不全患者数は増加の一途をたどっており,現在,全国の心不全患者数は120万人超,予備軍は5500万人に上るとも推定されている.心不全の5年生存率はいまだ50%程度で,これは全がんの生存率68.6%を大きく下回っている.また,心不全患者は入退院を繰り返すことから医療費負担も大きく,入院医療費全体の25%を占めるに至っている.このような現状から心不全パンデミックと称されるほどの社会問題に発展しており,その対策が急務となっている.

心臓は一生涯にわたり拍動し続ける臓器であり,これは心臓を構成する筋肉細胞である心筋細胞が収縮・弛緩を繰り返すことで引き起こされる.この収縮弛緩反応を維持するために心臓は常に大量のエネルギーを産生し続ける必要があり,心筋細胞の体積の約3割はエネルギー産生器官であるミトコンドリアで占められている.何らかの理由でミトコンドリアでのエネルギー産生能が低下すると心筋細胞はたちまちエネルギー枯渇状態に陥ることになり,組織や細胞の恒常性を維持することが困難になってしまう.それゆえに,ミトコンドリアの機能低下は心不全を含むさまざまな疾患との関連が示唆されており,ミトコンドリアを標的とした創薬開発が注目されている.

2. ミトコンドリア分裂融合のダイナミクスと心不全

ミトコンドリアは分裂と融合を繰り返しながらその形態をダイナミックに変化させる.この動的形態変化はミトコンドリアの品質管理に重要であり,ミトコンドリアの品質管理異常は心疾患をはじめさまざまな疾患で確認されている.ミトコンドリアの分裂はDrp1(Dynamin related protein 1),ミトコンドリア内膜の融合はOpa1(Optic atrophy 1),外膜の融合はMfn1/2(Mitofusin-1/2)というGTP結合タンパク質群によってそれぞれ制御されている1).これら遺伝子を心筋細胞特異的に欠失させた遺伝子改変マウスはミトコンドリアの過剰融合(分裂阻害)や過剰分裂(融合阻害)を引き起こすが,いずれのマウスも心不全の表現型を示すことからミトコンドリアの分裂と融合のバランスをとることが心臓の機能維持に重要であることが知られている2, 3)

心臓は高血圧などによる血行力学的負荷の増加に対して,心臓の収縮力を維持するために肥大する.このような心臓の形態的・構造的変化をリモデリングと呼び,心臓リモデリングの初期に起こる心肥大は心機能低下を代償するための保護機構として働く(代償的心肥大).しかしながら心臓の外的負荷が慢性化すると線維化や細胞死,心筋老化といった不可逆的な応答が進行することで心機能は徐々に破綻していき,最終的には心不全に至る.特に心筋細胞の早期老化は心機能低下やストレスに対する抵抗性の減弱を招き,心不全の予後悪化の主たる要因の一つと考えられている4).我々は心筋梗塞モデルマウスを用いた解析から,心筋ミトコンドリアの過剰分裂が早期老化の引き金になっていること,また,その機序として虚血により引き起こされる低酸素ストレスがDrp1の過剰活性化を引き起こすことを明らかにしてきた5)

3. 超硫黄分子によるDrp1のレドックス修飾と活性調節

Drp1の活性調節機構としては,セリン616番とセリン637番のリン酸化による制御機構が広く知られている6).一方,心筋梗塞モデルマウスの心臓ではこれらリン酸化の変化が確認できなかったことから別の制御機構を介してミトコンドリアの過剰分裂が引き起こされることが予想された.Drp1はリン酸化に加え,酸化還元(レドックス)修飾による制御が報告されている7, 8).ヒトゲノムには含硫アミノ酸であるシステインが200,000以上もコードされており,このうちの10~20%程度がレドックス活性の高いシステインと考えられている.これらシステインのチオール基が酸化物や親電子物質により修飾されることで,タンパク質の構造や活性が制御される.Drp1には九つのシステインがあり,このうちの最もC末側に存在するシステイン644番(Cys644)はS-ニトロソ化やスルフェニル化修飾などを受けることが報告されている7, 8).我々はDrp1 Cys644をセリンに置換したDrp1C644Sマウスを作製し,Drp1 C644S変異がミトコンドリアの過剰分裂を誘導し,心筋梗塞後の予後を野生型マウスよりも悪化させることを見いだした.このことから心筋細胞のDrp1 Cys644は定常時において自身の活性化を抑制するようなレドックス修飾を受けていると予想された.そこで東北大学の赤池孝章教授グループとの共同研究から質量分析を用いてDrp1 Cys644のレドックス修飾状態について解析を行い,心筋細胞においてチオール基に硫黄が付加された超硫黄化(Cys-SnSH)を同定した9)

硫黄は酸素と同じ第16族に位置する元素であり,化学的には−2から+6までの複数の酸化数をとることができる電子授受能に優れた性質を有している.硫黄は生物にとって必須の元素であり,ヒトにおいては7番目に多い元素となっている.硫黄原子は生体内において,主に含硫アミノ酸であるシステインとメチオニン,そしてその代謝物,さらには腐乱臭を示す硫化水素として存在している.硫黄は酸素と違い単一原子で複数個直鎖状につながる構造(カテネーション構造)をとることができる.システインのチオール基がカテネーション構造を持ったシステインパースルフィドやトリスルフィドは化学的に合成可能であることは古くから知られていたが,このようなカテネーション構造を持った硫黄代謝物が我々の生体内にどの程度存在するかは長らく不明であった.ここ10年の硫黄代謝物を測定する質量分析技術の発展によって,日本を中心にカテネーション構造を持った硫黄代謝物が我々の生体内に豊富に存在することが明らかになった(図110, 11).従来のチオール基の硫黄原子が電子を引き渡す性質(求核性)を有しているのに対して,硫黄カテネーションは硫黄原子間で電子の偏りが生じることで求核性と求電子性(電子を引き抜く性質)の両方の性質を併せ持ったユニークな特性を示す.そこで,これら硫黄カテネーションを有する硫黄代謝物を「超硫黄分子」と呼び,エネルギー代謝をはじめとするさまざまな生物学的プロセスの制御に関与することが現在明らかになりつつある12).また,硫黄カテネーションはシステインやグルタチオンなどの低分子だけでなくタンパク質のシステイン側鎖でも確認され,これはタンパク質超硫黄化と呼ばれている13)

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図1 超硫黄分子の構造と種類

超硫黄分子は硫黄原子が直鎖状につながったカテネーション構造を有する.

上述したようにDrp1 Cys644は超硫黄化されていたことから超硫黄化が活性に与える影響を検討したところ,Cys644の超硫黄化によってDrp1のミトコンドリア分裂促進活性が負に制御されていることが明らかとなった.低酸素や環境化学物質(メチル水銀やタバコ煙)曝露によって早期老化を誘導した心筋細胞ではDrp1 Cys644の超硫黄化が減少していたことから,Drp1 Cys644の超硫黄化が心臓の頑健性制御と内的・外的ストレスによる心不全の発症に関与することが示唆された14, 15)

4. 心不全モデルマウスにおける超硫黄代謝の変化

心不全モデルマウスではDrp1 Cys644の超硫黄化が減少していたことから,内的・外的ストレスがDrp1などの超硫黄分子の代謝に与える影響について検討を行った.システインの超硫黄鎖は電子を受け取ることで還元的な異化反応によって超硫黄鎖から硫黄が外れて超硫黄鎖が短くなり,硫化水素が産生される.逆に,硫化水素酸化酵素SQOR(sulfide-quinone oxidoreductase)によって硫化水素が超硫黄鎖に取り込まれることで超硫黄鎖は伸長する(酸化的な超硫黄同化反応).そこで,心不全モデルマウスで超硫黄分子の異化・同化反応のバランス(超硫黄代謝)がどのように変動するかについて検証を行った.心筋梗塞モデルマウスの心臓スライスでは超硫黄分子が減少し,硫化水素が増加した.心筋虚血による低酸素ストレスによってミトコンドリア電子伝達系が阻害されるとそこから漏出した電子によって超硫黄異化反応が促進された9).また,心筋細胞は定常時には高いSQOR活性により硫化水素から超硫黄分子への同化反応を介して硫化水素を低い状態に維持しているが,虚血心筋ではSQORの発現が低下することで超硫黄同化反応が阻害されることも明らかとなった16).すなわち,心不全モデルマウスでは超硫黄異化反応の促進と超硫黄同化反応の阻害という二つの作用によって心臓内の超硫黄分子が減少し,Drp1 Cys644の超硫黄化も低下する.これがミトコンドリアの過剰分裂を介して心筋細胞の早期老化を誘導することを明らかにした(図2).SQORは脳の虚血耐性にも重要で,脳でのSQORの発現が低い雄マウスは雌マウスよりも低酸素時に硫化水素が蓄積しやすい.雌雄マウス脳でのDrp1超硫黄化の状態やミトコンドリア形態については不明であるが,虚血脳での硫化水素の蓄積はミトコンドリア電子伝達系を阻害し,エネルギー産生能を低下させることで神経細胞死を引き起こすことが報告されている17)

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図2 心不全時における超硫黄代謝の変化

超硫黄鎖から硫黄原子が外れる還元的な異化反応とSQORにより超硫黄鎖に硫黄原子が取り込まれる酸化的な同化反応によって超硫黄分子と硫化水素のバランスが保たれている.心不全時には,ミトコンドリアから漏出した電子によって還元的な異化反応が促進され,またSQORの発現低下により酸化的な同化反応が抑制されることで超硫黄代謝のバランスが崩れる.

5. 超硫黄代謝を標的とした心不全予後改善機構

心不全モデルマウスの心臓では超硫黄分子と硫化水素の間での異化・同化反応のバランスが崩れ,特にDrp1 Cys644の超硫黄鎖が削られることでミトコンドリアの過剰分裂,心筋細胞老化が引き起こされることから,超硫黄代謝の改善(Drp1 Cys644超硫黄鎖の保護)が心不全の予後改善につながるかについて検討を行った.運動は心不全の予後改善に有効である.そこで,運動マウスの心臓におけるDrp1のシステイン修飾について検討を行ったところグルタチオン化修飾を受けていることが明らかとなった9).生化学解析からDrp1のグルタチオン化は還元型グルタチオン(GSH)ではなく酸化型グルタチオン(GSSG)のみによって引き起こされること,また質量分析からCys644が最もグルタチオン化を受けやすいことも明らかになった.Drp1 Cys644の超硫黄化とグルタチオン化の関係性について検討を行ったところ,システイン超硫黄鎖はGSSGによるグルタチオン化を受けやすいこと,そしてグルタチオン化を受けたDrp1は低酸素ストレス刺激による活性化が阻害されることが明らかとなった.グルタチオンは我々の生体内に豊富に存在する抗酸化物質であり,これまではGSSGよりも抗酸化能を持つGSHの方が注目されてきた.しかしながらヒト臨床におけてGSHを含む抗酸化物質は慢性心不全に対する有効性があまり得られないことも近年報告されている.我々は,心筋梗塞モデルマウスの予後改善にはGSHよりもGSSGの方が有効であること,GSSGはDrp1 Cys644依存的にミトコンドリア過剰分裂を抑制することで心筋細胞の早期老化を阻害することを明らかにした(図3).

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図3 酸化型グルタチオンによるDrp1のグルタチオン化と心保護効果

虚血時の低酸素ストレスによる超硫黄分子から硫化水素への異化反応の促進はDrp1 Cys644超硫黄鎖を削ることでDrp1を活性化させ,ミトコンドリアの過剰分裂,心筋細胞老化を引き起こす.酸化型グルタチオン(GSSG)はDrp1 Cys644超硫黄鎖と反応しグルタチオン化修飾を誘導することでDrp1の過剰活性化を抑制し心保護作用を示す.

プラズマ照射は多様な活性種を産生するだけでなく,標的の分子構造を原子レベルで変化させることができる.近年,低温かつ大気圧でプラズマ照射を行うことが可能となり,低温大気圧プラズマ照射により誘導される化学反応が殺菌,創傷治癒,抗腫瘍効果などの生物学的活性に及ぼす影響を検証するプラズマ生物学が注目されている.我々はプラズマ照射システイン溶液を心筋細胞に処置するとSQORの発現が増加することを見いだした.そして,このプラズマ照射システイン溶液を虚血マウスの心臓内に導入することによって超硫黄代謝異常が改善され,虚血ストレスに対して強くなることを見いだした16).虚血ストレス時にはSQORの発現低下により硫化水素から超硫黄分子への超硫黄同化反応が阻害されるが,プラズマ照射システイン溶液を用いて心筋細胞の超硫黄同化反応を高めることによって超硫黄代謝が改善され,心筋ミトコンドリアの機能回復を介して心保護効果が得られることが明らかとなった.

6. おわりに

これまでレドックス恒常性の破綻と心不全の関連性については,主に酸化ストレスに焦点が当てられてきた.心不全の動物実験モデルにおいて,抗酸化療法を対象とした研究から多くの有望な結果が示されてきたが,ヒトの実臨床ではあまり有効性を示せないことも報告されている18).今後は,酸化ストレスだけでなく超硫黄分子や硫黄代謝など包括的な視点からレドックス恒常性をとらえた研究が重要となってくるだろう.超硫黄分子の発見から約十年,超硫黄分子の合成・代謝経路,心臓を含むさまざまな臓器における役割など多くのことが明らかになりつつある12).今後は,基礎研究のみならず臨床研究への発展が期待される.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

西村 明幸(にしむら あきゆき)

自然科学研究機構生理学研究所生理学研究所心循環シグナル研究部門,生命創成探究センター心循環ダイナミズム創発研究グループ 特任准教授.博士(バイオサイエンス).

略歴

2002年豊橋技術科学大学工学部エコロジー工学科卒業.07年奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士後期課程修了.10年まで同大学院で博士研究員をした後,アメリカコーネル大学獣医学研究所にポスドク研究員として留学.14年より生理学研究所心循環シグナル研究部門特任助教.18年九州大学大学院薬学研究院講師をへて,2020年より現職.

研究テーマと抱負

心臓の頑健性構築を制御するレドックスシグナルの研究

ウェブサイト

https://www.nips.ac.jp/circulation/

趣味

休日に家族と公園で遊ぶこと.

西田 基宏(にしだ もとひろ)

九州大学大学院薬学研究院生理学分野/自然科学研究機構生理学研究所心循環シグナル研究部門,生命創成探究センター心循環ダイナミズム創発研究グループ 教授.博士(薬学).

略歴

1973年兵庫県姫路市生まれ.96年東京大学薬学部卒業.2001年同大学院薬学系研究科博士後期課程修了,自然科学研究機構生理学研究所助手,九州大学大学院薬学研究院講師,准教授を経て,13年より現職.

研究テーマと抱負

レドックスの視点から心筋の頑健性を高める手法を見出し,健康社会に貢献したい.

趣味

水泳,国際飲みニケーション.

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