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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(5): 686-690 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970686

みにれびゅうMini Review

多発性硬化症における腸内細菌叢の株レベル解析と病態進行への関与Strain-level analysis of the gut microbiome in multiple sclerosis and its role in disease progression

国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部Department of Immunology, National Institute of Neuroscience, National Center of Neurology and Psychiatry ◇ 〒187–8551 東京都小平市小川東町4–1–1 ◇ 4–1–1 Ogawahigashi-machi, Kodaira-shi, Tokyo 187–8551, Japan

発行日:2025年10月25日Published: October 25, 2025
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1. はじめに

腸内細菌叢に対する理解は,近年のオミクス技術の革新により飛躍的に進展している.かつては16S rRNA遺伝子配列を用いた解析が主流であり,属あるいは種といった分類単位で細菌群を捉えることが一般的であった.しかし,メタゲノム解析やメタボローム解析といった多層的手法の導入により,腸内細菌叢全体の代謝機能や相互作用がより包括的に評価可能となってきた.さらに,ロングリードシークエンシング技術の進化に伴い,従来のショートリードでは困難であった完全長ゲノムの配列取得が可能となり,これにより腸内微生物の株(strain)レベルでの解像度が現実のものとなった.このような技術革新は,細菌種名が同一であっても機能的に異なる株の存在を明らかにしており,従来の分類学的枠組みを超えた新たな視点からの疾患関連菌の探索を可能にしている.多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は自己免疫性の中枢神経脱髄性疾患であるが,我々の研究グループでは,MSにおける病態進行と腸内細菌叢の関連性を,特に株レベルで精査する試みを行ってきた.その中で,再発・寛解型MS(relapsing-remitting MS:RRMS)に比べて,神経障害が改善することなく蓄積していく難治病型である二次進行型MS(secondary progressive MS:SPMS)患者の腸内において,特定の細菌株が有意に増加していることを突き止めた.これらの菌株が病態の悪化に関与している可能性が示唆され,株レベルでの機能的評価の重要性があらためて認識されつつある.本稿では,我々の一連の研究成果を中心に,MSに関する腸内細菌研究の進展を概観しつつ,今後の研究課題および展望について考察する.

2. 再発・寛解型多発性硬化症(RRMS)における腸内細菌叢研究

かつてMSは,日本国内においてはきわめてまれな疾患と認識されており,登録患者数は1000人未満にとどまっていた.しかし,過去数十年間でその有病率は急激に上昇し,現在では20倍以上の増加が確認されている.この現象の背景には,食生活を含むライフスタイルの欧米化が関与している可能性があると考えられ,我々は疫学的データおよび動物モデルを通じてこの仮説の検証を行ってきた.中でも注目されたのは,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)とMSに共通する発症動態である.両疾患においては,近年患者数の著しい増加が観察されており,IBDの病態が腸内細菌叢の変化と密接に関係していることから,MSにおいても同様の病因的機序が関与している可能性が示唆されている.さらに,実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoallergic encephalomyelitis:EAE)モデルを用いた研究では,抗菌薬によって腸内細菌叢を除去すると,炎症性T細胞であるTh17細胞の中枢神経浸潤が抑制され,神経障害が著しく軽減されるという報告や1),無菌環境で飼育したマウスではEAEを発症しないとする報告2)が複数存在する.これらの知見は,腸内環境と中枢神経系との関連性を裏づける重要な証拠となっている.我々は2015年に,日本人RRMS患者の腸内細菌叢に関する初の16S rRNA遺伝子解析を実施し,健常対照群との比較により複数の菌種において相対的な増減を明らかにした3).具体的には,2菌種の増加と19菌種の減少がRRMS群において認められ,特に減少した19菌種には短鎖脂肪酸(short-chain fatty acids:SCFA)の産生に関与するClostridia cluster XIVaおよびIVに属する菌種が多数含まれていた.酪酸産生菌として知られるEubacterium rectaleや,プロピオン酸を生成するMegamonas funiformisの減少は,SCFA産生能の低下を示唆する重要な知見であった.この16Sベースの解析結果は,メタゲノム解析および糞便メタボローム解析によっても裏づけられ4),RRMS患者の糞便中における酪酸およびプロピオン酸の濃度が著しく低下していることが明らかとなった.酪酸は制御性T細胞(Treg)に直接働きかけ分化を促進するほか5),脱髄抑制や再髄鞘化促進といった神経保護機能を有することが報告されている6).また,プロピオン酸については,ヒトを対象とした臨床試験において長期投与によりTreg細胞の増加および機能の向上が認められ,臨床再発率や障害進行,脳萎縮の抑制など,多面的な治療効果が示されている7).SCFAの経口補充は,EAEモデルにおいても炎症抑制作用を発揮し,神経症状の軽減が報告されている8, 9).これらの知見は,腸内細菌由来の代謝産物がMS病態の形成および進行に深く関与している可能性を強く支持するものである(図1).さらに,Akkermansia muciniphilaについては,米国および欧州の複数の研究グループによって,RRMS患者において有意に増加していることが報告されており10, 11),日本人MSコホートにおいても同様の増加が確認されている4)A. muciniphilaは,ナイーブT細胞を炎症性Th1細胞へと分化させる能力をin vitroで有する一方10),別の研究ではEAEモデルにおいて炎症抑制効果を持つ可能性も示唆されている12)図1).これらの結果は,特定の腸内細菌がMS病態の修飾因子として作用しうることを示すとともに,それらの機能が同一菌種内の菌株レベルで大きく異なる可能性を示唆している.このため,今後の研究においては,より高精度な分類および機能的解析がいっそう求められる.

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図1 MSのそれぞれの病期における腸内細菌叢の特徴

RRMS患者ではプロピオン酸の低下,酪酸の低下,Akkermansia muciniphilaの増加が特徴的であり,SPMS患者ではDNAミスマッチ修復機構の亢進,酸化ストレスの上昇,Tyzzerella nexilisの増加が特徴的である.文献4, 13より引用.

3. 二次進行型多発性硬化症(SPMS)における腸内細菌叢研究

RRMSに関する腸内細菌叢の研究が着実に進展する一方で,臨床的治療介入が限られるSPMSに関する知見は依然として乏しい状況が続いていた.我々はこの未解明な病態に対処するため,RRMSおよびSPMS患者由来の糞便検体を用いた包括的な全メタゲノム解析を実施し,それぞれの病期に特有の腸内微生物の機能的な違いに着目した.その結果,SPMS患者に特徴的な腸内細菌叢の遺伝子機能として,DNA損傷修復に関与するミスマッチ修復機構関連遺伝子群が顕著に上昇していることが判明した(図1).これは,SPMS患者の腸内環境が細菌のゲノム安定性を脅かすようなストレス状況にある可能性を示唆しており,さらに硫黄化合物代謝を中心としたメタボローム解析により,便中のポリスルフィド含量が高値を示すことが明らかとなった.ポリスルフィド化の程度は,環境中の酸化ストレスの強さを反映することが知られており,これらの結果は,SPMSにおいて腸管内の酸化ストレスが増加している可能性を示唆している.加えて,この酸化ストレスの増加に伴いDNA損傷の程度も上昇し,それに対応してミスマッチ修復経路の活性化が認められることから,SPMSにおける新たな腸内生態系の特徴が示唆される4).このような腸管環境の変化は,腸内に共生する多数の微生物にとって選択圧として作用し,生存可能な菌種や株の偏りを生じさせる.これをふまえ,我々は次なるステップとして,SPMS病態進行と関連する具体的な腸内細菌株の同定を目的とした探索的解析に着手した.

4. SPMS病態を促進する腸内細菌株の発見

SPMS患者とRRMS患者の腸内細菌叢の比較解析から,Tyzzerella nexilisという腸内細菌がSPMS患者で顕著に増加していることが明らかとなった13)図1).この菌種は,神経障害の進行度を評価するEDSS(Expanded Disability Status Scale)スコアとの正の相関を示し,糞便中の相対量もSPMS群で高値を示した.さらに,公的データベースを活用した検証解析により,T. nexilisの増加傾向は日本人にとどまらず,欧米の進行型MS患者においても共通して観察された.特筆すべきは,この菌種の相対頻度が,全体としてEDSSスコアとの間で正の相関を示しつつも,RRMSからSPMSへと移行する中等度のEDSSスコア領域(3~4.5)で顕著に増加していた点であり,病態の転換点において,腸内で特異的に増殖する可能性が示唆された.

我々は,従来の“種”という単位にとどまらず,株(strain)レベルでの多様性に注目し,T. nexilisの株間差異に関するゲノム解析を進めた.ビニング技術を活用したメタゲノムデータの再構築により,T. nexilisにはA株およびB株という大きく異なる2系統が存在し,SPMS群ではB株が選択的に優勢であることが明らかとなった.さらにロングリードシークエンス技術を活用したメタゲノム解析により,T. nexilisを多く含むMS患者の糞便検体から計六つ(A1株,A2株,A3株,B1株,B2株,B3株)のT. nexilis完全長ゲノムを取得した.興味深いことに,B株(B1~B3)はこれまでに知られていたT. nexilis株とは遺伝的系統を異にする新たなクレードであることが判明した.ゲノム的な特徴の観点からは,T. nexilis B株はA株と比較して,可動遺伝因子[プロファージ,integrative and conjugative element(ICE),insertion sequence(IS)など]を多く保持しており,全体のゲノムサイズも約1.2倍に拡大していた(図2A).また,CRISPR-Casや制限修飾系などの可動遺伝因子に対する防御機構の多くを欠損しており,B株が多様な外来遺伝子を獲得しやすい背景であると推察された(図2B).

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図2 Tyzzerella nexilis B株が持つユニークなゲノム的特徴

T. nexilisを多く含むMS患者の糞便検体から計六つ(A1株,A2株,A3株,B1株,B2株,B3株)のT. nexilis完全長ゲノムを取得.(A) T. nexilis A株およびB株のゲノム構造の差を示す.細菌ゲノム間を飛び交う遺伝子伝播領域としてプロファージ,integrative and conjugative element(ICE),insertion sequence(IS)の領域を図中に表示.(B) T. nexilis B株はA株よりも多くの可動遺伝因子をゲノム中に含み,可動遺伝因子に対する防御機構の多くを欠損している.文献13より引用.

さらに,B株は硫酸還元活性および鞭毛形成遺伝子を有しており,無菌マウスモデルを用いた機能検証の結果,B株を定着させたマウスでは腸管内の硫酸還元が促進されていた.特に注目されたのは,この硫酸還元に関与する遺伝子群が,ムチン分解性腸内細菌Ruminococcus gnavusの一部株とも共有されていた点であり,両者間で進化的に水平遺伝子伝播が生じた可能性が高いことを示唆している.

また,電子顕微鏡観察により,B株が鞭毛様構造を有することが確認された.この鞭毛様構造が,腸管樹状細胞上のToll様受容体5を刺激しIL-6の分泌を促進すること,ならびに腸上皮細胞からの血清アミロイドA(serum amyloid A:SAA)産生を促進することが示された(図3A).これらの炎症誘導因子は,病原性Th17細胞の腸管内誘導を加速させ,EAEモデルにおいてB株投与マウスは重篤な神経症状と広範な脱髄像を呈した(図3B).最終的に,これらの結果は,T. nexilis B株が病原性Th17細胞の誘導を通じて神経炎症を悪化させる直接的な惹起因子として作用している可能性を示している.さらに,鞭毛遺伝子クラスターも可動遺伝因子由来であることがゲノム構造上明らかとなり,本株が外来遺伝子を取り込むことで病原性を獲得してきた進化の過程が可視化された.

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図3 Tyzzerella nexilis B株が持つ機能的特徴と神経炎症に与える影響

(A) T. nexilis B株が持つ機能的な特徴をまとめたシェーマ図.T. nexilis B株は硫酸還元と鞭毛形成に関連する遺伝子をA株よりも多く持つ.B株が持つ鞭毛は,腸管の抗原提示細胞上のToll様受容体5への刺激と,腸管上皮への接着の促進を介して,炎症を誘導するTh17細胞を活性化する.(B) T. nexilis B株が神経炎症に与える影響をまとめたシェーマ図.T. nexilis B株を定着させたマウスでは,脳・脊髄と大腸において,炎症を誘導するTh17細胞が増加し,マウスの神経障害が悪化した.文献13より引用.

5. おわりに

これまで「種」という分類単位で進められてきた腸内細菌研究は,ロングリードシークエンス技術やマルチオミクス解析の進展により,「株」レベル,さらには機能遺伝子の解像度で新たな地平に到達しつつある.本研究は,同一種名を持つ細菌群の中に,病態進行と直接的に関連する機能的に異なる株が存在することを実証したものであり,腸内細菌叢研究に新たな視点をもたらす契機となると期待される.特に,Tyzzerella nexilis B株がMS病態,特にSPMSの進行において重要な役割を担っている可能性が示されたことは,将来的なバイオマーカーや治療標的としての応用の可能性を開くものである.また,外来遺伝子の取得を介して常在細菌が病原性を獲得し,それが慢性炎症性疾患に関与するという概念は,自己免疫疾患研究全体に新たな研究課題を提示するものと考えられる.今後は,腸内細菌に限らず,口腔細菌叢やファージ叢といった他の微生物群集にも着目し,全身性の免疫ネットワークと疾患との関連を包括的に理解することが求められる.MSに代表される神経免疫疾患を克服するためには,微生物と宿主免疫の動的な相互作用に基づく新たな治療戦略の開発が不可欠である.マイクロバイオーム研究のさらなる進展が,神経疾患の根治への道を切り拓くことを切に願う.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

竹脇 大貴(たけわき だいき)

国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部 研究員.2022年京都府立医科大学大学院神経内科学にて医学博士号取得.

略歴

2012年に京都府立医科大学を卒業後,初期研修を経て,京都府立医科大学脳神経内科での研修を開始.16年からは国立精神・神経センター脳神経内科・免疫研究部にて多発性硬化症に関する研究に従事.

研究テーマと抱負

NeuroimmunologyとMicrobial genomicsが交わる新たな研究領域において,ヒト検体,動物モデルの双方を用いたトランスレーショナルな研究を展開し,難治性神経疾患の新規治療法開発に貢献したい.

趣味

テニス.

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