糖鎖ケミカルバイオロジーの最前線Frontiers in glyco-chemical biology
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糖鎖は,細胞表面を覆うグリコカリックスの主要構成要素であり,細胞間相互作用やシグナル伝達,免疫応答の調節といった基本的な生体機能に深く関与している1).タンパク質や脂質に付加される糖鎖は,数千通り以上の多様な構造を持ち,その複雑さゆえに,同一の生体分子であっても異なる糖鎖修飾により機能が変化することがある.このような構造的多様性は,細胞内外の情報伝達,病原体の認識,免疫寛容の形成,さらには腫瘍の進展や転移といった病理過程にも密接に関与している2).DNAは遺伝情報を記録する「第一のコード」,タンパク質は立体構造と機能を規定する「第二のコード」と呼ばれるが,糖鎖はタンパク質や脂質の機能を制御し,細胞認識やシグナル伝達に関わるため,「第三のコード」とも称されている.
生体における糖鎖の重要性が示される一方で,機能解析には多くの技術的課題が伴っていた.非鋳型的な合成経路,構造異性体の存在,微量での発現,さらに糖鎖を選択的に認識・操作する分子ツールの不足などにより,その研究は長年にわたって停滞していた.糖鎖は細胞の動的な状態に応じて変化するため,同一の細胞でも時期や環境により異なる糖鎖パターンを示す.また,糖鎖の構造解析には高精度な技術が必要とされ,その取得と定量化には時間と労力を要する.こうした技術的障壁が,糖鎖生物学の進展を妨げてきた側面がある.
しかし近年,化学合成技術の進展とともに,糖鎖修飾分子の精密制御や構造機能解析が飛躍的に発展している.質量分析やレクチンアレイ技術,クリックケミストリーなどの進歩により,糖鎖構造の同定や視覚化,細胞機能との相関解析が現実のものとなった.こうした背景のもと,糖鎖ケミカルバイオロジーは今や,がん研究,再生医療,免疫制御といった応用分野においても重要な位置を占めつつある.
本稿では,筆者らが開発してきた抗体糖鎖修飾技術や合成糖鎖提示細胞を中心に,糖鎖ケミカルバイオロジーの最新の動向と今後の展望について詳述する.
筆者らは,抗体分子に対して合成糖鎖を部位選択的に導入することで,細胞表面での滞留性を向上させ,補体依存的細胞傷害(complement-dependent cytotoxicity:CDC)活性を高精度に制御する新たな戦略を開発した3).本技術では,活性エステルを介して,N-グリカン様のガラクトース末端合成糖鎖を抗体のリシン残基に非特異的に導入する.これにより,細胞表面に存在するβ-ガラクトース認識レクチンであるGalectin-3(Gal-3)との相互作用を引き起こし,抗体が細胞膜上に長時間滞留するよう設計されている.Gal-3はβ-ガラクトースを認識するレクチンであり,細胞外で糖タンパク質と架橋して格子様の構造を形成することが知られている.
従来の抗体医薬では,標的抗原に結合した後,速やかに細胞内へと取り込まれることが多く,抗体の細胞表面での作用時間が限られるという課題があった.そこで筆者らは,Gal-3による糖鎖認識を利用して抗体を細胞表面に滞留させ,補体成分(C1qなど)との反応時間が延長することでCDC活性の向上を図った.具体的には,ガラクトース末端を有する合成糖鎖を導入した市販の抗HER2抗体(トラスツズマブ)を,ヒト乳がん細胞株BT-474に添加したところ,Gal-3存在下で有意なCDC活性の増強が確認された(図1).
本手法は,細胞種や抗原発現レベルに応じた糖鎖のカスタマイズが可能なプラットフォーム技術としての応用が期待される.また,この技術は抗体の基本構造を保持したまま,糖鎖による外部インターフェースを付与することができるため,薬物動態や分解抵抗性の改善にも貢献する可能性がある.
我々はまた,Gal-3以外のレクチン(例:Galectin-1, Siglec群)との相互作用についても,それぞれに特異的な結合能を有する合成糖鎖を用いた先行的な解析を行っている.今後は,これらの糖鎖とレクチンの組み合わせを基盤とした,多様なレクチン制御型抗体医薬の設計が可能になると考えられる.
さらに,本研究で開発した糖鎖修飾技術は,IgG抗体にとどまらず,キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T),ナノボディ,二重特異性抗体(bsAb)などの次世代バイオ医薬品への応用も見込まれる.また,ドラッグデリバリーキャリアへの応用においても,糖鎖による細胞接着制御がターゲット指向性の向上に寄与することが期待される.
以上のように,本手法は糖鎖を用いた新たな分子設計戦略として,抗体医薬の機能強化と個別化に寄与するものであり,今後の臨床応用に向けた研究展開が大いに期待される.
グリコカリックスは,細胞間相互作用や免疫応答の調整などに関与する一方で,その構造多様性ゆえに機能解明が難航してきた.筆者らはこの課題を克服する手段として,HaloTag(Promega社より販売)を用いた新規糖鎖提示技術を開発し,細胞表面の特定タンパク質に合成糖鎖を部位特異的に導入することで,外部糖鎖コードの機能解析を可能にした4).本手法では,HaloTag融合タンパク質にクロロアルカン基で修飾した蛍光標識合成糖鎖を結合させ,標的膜タンパク質に高精度で糖鎖を導入する.これにより,細胞本来の糖鎖環境を保持したまま,導入糖鎖の構造と機能の因果関係を単一分子レベルで解析することが可能となった.
この技術を用いて,筆者らは末端にガラクトースを有する糖鎖とGal-3との相互作用を検討した.リコンビナントGal-3を添加した条件下でガラクトース末端糖鎖を提示する膜タンパク質の側方拡散を,光褪色後蛍光回復法(fluorescence recovery after photobleaching:FRAP)により解析した結果,Gal-3との結合によってその移動が抑制されることが明らかとなった.一方,Gal-3と結合しない糖鎖構造(例:N-アセチルグルコサミン末端を有する糖鎖)では,この現象は認められず,糖鎖構造依存的な分子認識と細胞機能制御との関係が実証された(図2).これらの成果は,外部糖鎖コードが膜タンパク質の動態や細胞間情報伝達機構に対しきわめて大きな影響を与えることを意味し,糖鎖を介した細胞機能の設計が可能であることを初めて明示した.
(A)HaloTag融合タンパク質を発現する細胞に,蛍光標識した合成糖鎖を共有結合させた細胞表面の概念図.(B)細胞膜への発現を蛍光顕微鏡により確認.(C)糖鎖構造の異なる膜タンパク質とGal-3との相互作用により生じる膜流動性の変化を,光褪色後蛍光回復法(FRAP)により評価.
本手法の意義は,細胞全体の糖鎖合成経路に依存せず,標的タンパク質に任意の糖鎖構造を導入できる点にある.従来の糖鎖改変技術では制御が困難であった均一性や分子選択性を克服し,分子標的治療の分野などにおいて,糖鎖を用いた精密機能制御の新たな層を提供する技術基盤となる.将来的には,炎症性疾患や免疫疾患における糖鎖–レクチン相互作用の制御など,臨床応用への展開が期待される.
糖鎖ケミカルバイオロジーの進展は,上述以外の分野にも広がっている.がんや免疫,再生医療など幅広い分野に応用が進み,糖鎖構造と機能の網羅的解析が加速している.多様かつ可変な糖鎖を正確に捉えるには,高感度・高解像度・高スループットな解析技術が不可欠である.
近年,質量分析(MS)技術の飛躍的進歩により,糖鎖の微量構造までを同定可能なレベルで解析することが可能となっている.特に,MALDI-TOF-MS, LC-MS/MS, MSn解析といった手法により,糖鎖の分岐構造や末端修飾(シアル酸,フコース等)を高感度に検出できるようになった.また,定量的な比較を行うための標識法(例:permethylationやiTRAQ)や糖ペプチドレベルでの解析手法も整備され,プロテオミクスとグライコミクスの融合解析が現実のものとなっている5).
一方で,糖鎖の機能をよりマクロな視点で捉えるためには,レクチンマイクロアレイやフローサイトメトリーを用いた糖鎖プロファイリング技術も有用である.レクチンアレイでは,数十種以上の糖結合タンパク質を並列配置し,標的分子や細胞表面糖鎖の全体的な「糖鎖シグネチャー」を把握することが可能である.これは,がん細胞と正常細胞の識別,分化ステージの判定,疾患マーカーの探索などに応用されており,糖鎖の病態マーカーとしての有用性を示す強力なツールとなっている6).
加えて,代謝ラベル化法(metabolic glycan labeling)とクリックケミストリーを組み合わせた糖鎖イメージング技術は,細胞や組織中の糖鎖の空間分布と動態をライブセルで観察可能にする革新的アプローチである.たとえば,1,3,4,6-テトラ-O-アセチル-N-アジドアセチルアミノマンノース(Ac4ManNAz)などのアジド基(–N3)を持つ代謝的糖タンパク質標識試薬を細胞に取り込ませることで,アルキン標識蛍光プローブとのクリック反応を通じて,細胞膜・小胞・細胞内オルガネラにおける糖鎖の分布を時系列で追跡できる7).これは,細胞の活性状態や分化・がん化といった現象に伴う糖鎖の動的変化を可視化する手段として,非常に大きな意義を持つ.
これらの手法を統合的に活用することで,従来困難であった「糖鎖の因果関係に基づく機能解析」が可能となっている.たとえば,iPS細胞や幹細胞における分化誘導過程での糖鎖変化を追跡し,特定の糖鎖がどの分化経路に関与しているかを同定する研究も進んでいる.また,腫瘍微小環境における糖鎖プロファイル変化をモニタリングすることで,免疫回避や転移能といったがんの悪性形質との関係を解析することも試みられている.
さらに近年では,三次元培養系やオルガノイド,動物モデルといったin vivoに近いシステムと糖鎖解析技術を組み合わせることで,組織レベルでの糖鎖機能の理解が進んでいる.特に,ヒト臓器由来オルガノイドにおける糖鎖構造の比較解析は,臓器特異的な糖鎖パターンの解明や,疾患モデリングへの応用に向けた有望なアプローチとなっている8).
将来的には,AIによる糖鎖構造の自動解析,シングルセルレベルでの糖鎖プロファイリング,糖鎖データベースと連動した網羅的機能予測なども期待されており,糖鎖ケミカルバイオロジーはまさに次世代型の生体分子解析学として発展を続けている9).
糖鎖ケミカルバイオロジーは,これまでの技術的課題を克服しつつあり,分子設計から応用展開に至る幅広い領域に革新をもたらしている.筆者らの抗体糖鎖修飾技術やHaloTagを用いた合成糖鎖提示細胞の活用はその一例であり,今後,糖鎖構造の多様性を活かした分子機能制御技術として,さらなる発展が期待される.
今後の課題としては,導入糖鎖のin vivo安定性,免疫原性制御,生体内での糖鎖–タンパク質相互作用の網羅的理解などがあげられる.また,糖鎖研究は基礎科学と応用研究の融合が求められる分野であり,ケミカルバイオロジー・糖鎖工学・免疫学・材料科学といった多領域の協働が重要となる.糖鎖に関する社会的認知度や教育の充実も,今後の発展において欠かせない視点である.国際的な共同研究やデータベースの整備,標準化技術の確立を通じて,糖鎖研究はさらなる国際競争力を獲得しうる可能性がある.
本稿の執筆にあたり,共同研究を行った大阪大学大学院理学研究科の真鍋良幸准教授,深瀬浩一教授(現・同大学放射線科学基盤機構特任教授),三浦彩音博士ならびに関係各位に深く感謝申し上げます.
1) Varki, A., Cummings, R.D., Esko, J.D., Stanley, P., Hart, G.W., Aebi, M., Darvill, A.G., Kinoshita, T., Packer, N.H., Prestegard, J.H., et al. eds. (2017) Essentials of Glycobiology, 3rd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York.
2) Reily, C., Stewart, T.J., Renfrow, M.B., & Novak, J. (2019) Glycosylation in health and disease. Nat. Rev. Nephrol., 15, 346–366.
3) Manabe, Y., Iizuka, Y., Yamamoto, R., Ito, K., Hatano, K., Kabayama, K., & Fukase, K. (2023) Improvement of antibody activity by controlling its dynamics using the glycan-lectin interaction. Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202304779.
4) Miura, A., Manabe, Y., Suzuki, K.G.N., Shomura, H., Okamura, S., Shirakawa, A., Yano, K., Miyake, S., Mayusumi, K., Lin, C.C., et al. (2024) De novo glycan display on cell surfaces using HaloTag: Visualizing the effect of the galectin lattice on the lateral diffusion and extracellular vesicle loading of glycosylated membrane proteins. J. Am. Chem. Soc., 146, 22193–22207.
5) Wang, Z., Zhang, J., & Li, L. (2025) Recent advances in labeling-based quantitative glycomics: From high-throughput quantification to structural elucidation. Proteomics, 25, e202400057.
6) Stewart, N. & Wisnovsky, S. (2022) Bridging glycomics and genomics: New uses of functional genetics in the study of cellular glycosylation. Front. Mol. Biosci., 9, 934584.
7) Laughlin, S.T. & Bertozzi, C.R. (2007) Metabolic labeling of glycans with azido sugars and subsequent glycan-profiling and visualization via Staudinger ligation. Nat. Protoc., 2, 2930–2944.
8) Nakahashi, H., Oda, T., Shimomura, O., Akashi, Y., Takahashi, K., Miyazaki, Y., Furuta, T., Kuroda, Y., Louphrasitthiphol, P., Mathis, B.J., et al. (2024) Aberrant glycosylation in pancreatic ductal adenocarcinoma 3D organoids is mediated by KRAS mutations. J. Oncol., 2024, 1529449.
9) Potel, C.M., Burtscher, M.L., Garrido-Rodriguez, M., Brauer-Nikonow, A., Becher, I., Le Sueur, C., Typas, A., Zimmermann, M., & Savitski, M.M. (2025) Uncovering protein glycosylation dynamics and heterogeneity using deep quantitative glycoprofiling (DQGlyco). Nat. Struct. Mol. Biol., 32, 1111–1126.
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