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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(5): 700-704 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970700

みにれびゅうMini Review

モルフォゲンシグナルの再構成による多細胞パターン形成原理の探求Reconstructing morphogen signaling to explore design principles of multicellular patterning

大阪大学蛋白質研究所Institute for Protein Research, The University of Osaka ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘3番2号 ◇ 3–2 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2025年10月25日Published: October 25, 2025
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1. はじめに

多細胞生物の発生は一つの受精卵から始まり,単純な細胞塊から複雑な構造をした組織や臓器が形成される.その過程で,細胞は増殖,分化,遊走などダイナミックな振る舞いを示すが,多細胞組織を正確に構築するには,各細胞が正しい場所で正しく振る舞わなければならない.そこで,細胞の振る舞いを空間的に制御する仕組みの一つとして,細胞に位置情報を与える物質であるモルフォゲンの存在が提唱された(図1左)1).モルフォゲンは,ある特定の細胞から分泌されて,組織内を拡散して濃度勾配を形成する.その周囲の細胞はモルフォゲンの濃度の高低を感知して「自分がどう振る舞うべきか」を判断する.実際に,BMPやWnt, Hedgehogなどの多くの分泌性シグナル分子がモルフォゲンとして作用し,時空間的に細胞運命を制御して多細胞パターン形成,ひいては生物のかたちづくりに寄与することが明らかにされてきた.しかし,組織発生におけるモルフォゲンの重要性に疑いはない一方,モルフォゲンの拡散はばらつきを伴い,また,単純拡散ではなく多数の生体分子と相互作用している.さらに,モルフォゲンを受容する細胞も増殖や分化など挙動を変化させるため,発生中の組織内ではさまざまな反応が同時に起こっている.このような状況の中でも,モルフォゲンが明確な細胞領域からなる多細胞パターンを正確に形成できる仕組みはいまだに明らかではない.

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図1 モルフォゲンシグナルの再構成

モルフォゲンは組織内を拡散して濃度勾配を形成し,細胞は濃度を感知することで,位置に応じて異なる運命(青・白・赤)を選択する.しかし,実際のパターン形成過程には濃度勾配だけでなくさまざまな現象が関わっていることが報告されており,生体外で個々のメカニズムを再構成して解析することで,正確なパターン形成を実現する細胞間相互作用の解明を目指す.

2. モルフォゲンシグナルの再構成

これまでのモデル生物を用いた解析から,モルフォゲンによるパターン形成過程には,分子の拡散以外にもさまざまな現象が関わることが報告されている.たとえば,モルフォゲンと細胞外マトリックスの相互作用,モルフォゲン動態を制御するフィードバック回路,受容細胞内の遺伝子制御ネットワーク,異常細胞を排除する細胞競合,受容細胞の細胞間接着の変化など,分子レベルや細胞レベルのさまざまな現象が正確なパターン形成を支えるメカニズムとして提唱されてきた(図1中)2–7).しかし,このように多数の要素が絡み合う生体組織を解析する場合,すべての要素を一つ一つ切り離すことが難しく,提唱されたメカニズムの背景に言及されていないほかの要素が関与している可能性がある.そのため,組織形成メカニズムを実証するには,組織形成能を持たない細胞集団にそのメカニズムを導入したときにその細胞集団が特定の組織構造を形成する,つまり組織形成過程を再構成する必要がある(図1右)8–10).そこで培養細胞を用いて,モルフォゲン分子を分泌する細胞と,モルフォゲン分子を受容する細胞を作製して培養皿上でモルフォゲンシグナルを再構成するアプローチが報告された.このアプローチにより,Sonic Hedgehog(Shh)は,負のフィードバック制御によって産生量の変動に対して安定した勾配を形成できることや,BMP分子の分布を制御する「シャトリング」に必要な要素が明らかにされた11, 12).さらに我々は,天然のモルフォゲン分子や受容体を介したシグナル経路が持つ内在的な反応を排除するため,「ある細胞がシグナル分子を分泌し,別の細胞がシグナル分子を受容して運命決定を誘導する」というモルフォゲン制御系自体を一から合成し,パターン形成過程を再現するのに必要なメカニズムを探索する「つくる」アプローチを考案した.

3. 蛍光分子GFPをモルフォゲンとして作用させる「人工モルフォゲン系」の開発

我々はまず,生理作用のない蛍光分子GFPをモルフォゲン分子と見立て,ある細胞がGFPを分泌し,別の細胞がGFPを受容して遺伝子発現や運命決定を誘導する「人工モルフォゲン系」を開発した13).具体的には,GFPを受容する細胞は,GFPを結合するナノボディと細胞膜貫通ドメインを融合した分子を発現することで細胞表面にGFPを捕捉する.さらに,ここにGFPを認識する人工受容体synNotchシステムを導入した.synNotchシステムとは,認識する分子と誘導する標的遺伝子を自由に設計することができる人工受容体であり,GFPを認識して蛍光レポーターなどの遺伝子発現を誘導する受容体の設計が可能である(図2A14).これにより,GFPを受容する細胞ではGFPを細胞表面に捕捉し,synNotchを介して標的遺伝子の発現が誘導される.以上のシステムにより,分泌されたGFPは,拡散しながら細胞の遺伝子発現を制御するモルフォゲン分子のように作用することができる.そこで,培養皿上にGFP分泌細胞領域とGFP受容細胞領域を作製したところ,初期胚の発生でみられるような,モルフォゲンの拡散による遺伝子発現の勾配が十分に形成された(図2B).

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図2 人工モルフォゲン系を用いたモルフォゲン勾配の再構成と制御

(A)synNotchシステム.細胞外ドメインに抗体やナノボディ,細胞内ドメインに人工転写因子,膜近傍領域にNotch受容体由来配列を持つ人工受容体である.抗原と結合すると膜近傍領域が切断され,転写因子が遊離して核へ移行し,標的遺伝子の発現を誘導する.(B)人工モルフォゲン系を用いたモルフォゲン勾配の制御原理の解明.細胞がGFPの分泌や受容を行う人工モルフォゲン系を用いて,培養皿上でモルフォゲン勾配を再構成し,勾配の伝達距離や安定性の制御原理を明らかにした.

このモルフォゲン再構成系を用いて,GFP分泌量や人工受容体の発現量などのパラメータを変動させることで,シグナル勾配の形状を決める条件を探索した.その結果,受容体の発現量や受容細胞密度が高いほど勾配の傾きが急峻になったことから,GFP分泌量とGFP消費量のバランスによって勾配の傾きや伝達距離が決まることを見いだした.また,モルフォゲン勾配の形状を決める重要な要素として,モルフォゲンを受容した細胞の応答がモルフォゲン勾配に影響を与えるフィードバック回路の存在が提唱されている5, 12).そこで,人工モルフォゲン系において,GFPを受容した細胞がさらなるGFPを産生する正のフィードバック回路や,逆にGFP阻害分子を産生する負のフィードバック回路を構築し,モルフォゲン勾配の変化を解析した.その結果,正のフィードバック回路によりモルフォゲンシグナルが長距離伝播することや,負のフィードバック回路により時間変化の少ない安定勾配が迅速に形成されることを見いだした.よって,モルフォゲン再構成系において細胞応答を作りこむことにより,モルフォゲン勾配制御におけるフィードバック回路の効果を実証することができた(図2B).

4. 拡散するモルフォゲンシグナルと細胞間接着の連動による多細胞パターン形成

さらに我々は,生体組織と同じ3次元組織において分泌因子がどうやって明確な細胞領域を形成するのか検証するため,人工モルフォゲン系を3次元スフェロイド(細胞塊)培養系に導入した「3次元人工モルフォゲン系」を開発した(図3A15).このとき,GFP分泌細胞に細胞間接着分子P-cadherinを発現させてGFP分泌細胞の凝集塊を形成することで,GFP受容細胞スフェロイドに対して局所的にGFPを産生するオーガナイザーを作製した.これにより,オーガナイザーから分泌されたGFPがGFP受容スフェロイド内をどのように拡散して多細胞パターンを形成するか解析することができる.まず,蛍光レポーターを誘導するGFP受容スフェロイドを用いた場合,GFPが拡散してオーガナイザーからの距離に応じた蛍光レポーターの勾配が形成された.しかし,勾配内の細胞の応答にはばらつきが多く含まれており,オーガナイザーから離れた位置でも強く活性化した細胞がまばらに存在するなど,乱雑な勾配が形成された.よって,単に拡散する分子を認識するだけでは正確なパターン形成には不十分であり,正確なパターン形成には蛍光レポーターに加えて何らかの細胞応答を誘導する必要があると考えられた.

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図3 モルフォゲンシグナルと細胞間接着の連動による多細胞パターン形成

(A)3次元人工モルフォゲンシステム.(B)モルフォゲン単独では乱雑な勾配パターンを形成するが,モルフォゲンと細胞間接着分子カドヘリンの誘導を連動させることで,明確な境界を持った細胞領域が作り出された.(C)人工モルフォゲンGFPの拡散と細胞間接着分子カドヘリンの発現誘導を連動させた細胞領域形成プロセス.

そこで我々は,強く活性化した細胞どうし,弱く活性化した細胞どうしのそれぞれを凝集させることで勾配内のばらつきを修復するため,GFP受容細胞に細胞間接着分子E-cadherinの発現を誘導した.その結果,ねらいどおりに勾配内のばらつきが解消されたが,予想を超えてスフェロイド内が均一な活性化領域と非活性化領域に二分された正確なパターンが形成された(図3B).まず,このパターン形成過程を詳細に解析したところ,GFP分泌細胞から遠く離れた位置にもかかわらず異常に高い活性を示す細胞(ばらつきの原因となる細胞)は,E-cadherinの誘導によって配置が修正され,ばらつきが自然に解消される様子が観察された.加えて,GFP分泌オーガナイザー周囲には2 nM程度から減衰するGFP濃度勾配が形成されることを見いだしたので,精製したGFPを用いて異なる濃度のGFPを受容した細胞の挙動を調べた.その結果,0.1 nM程度の低濃度のGFPを受容してE-cadherinを弱く発現する細胞も,より高濃度のGFPを受容してE-cadherinを強く発現する細胞も,E-cadherinの発現量がある閾値を超えれば同等のコンパクション(細胞凝集)を引き起こした.さらに,両条件の細胞はE-cadherin発現量の違いがあるにもかかわらず混合して一つの細胞集団を形成できる可能性を見いだした15).したがって,GFP濃度勾配内において,閾値以上のE-cadherinを発現した細胞が互いに混ざり合うことにより,もともとGFPの受容量が少なかった細胞もさらにGFPを受け取ることになり,結果として均一に活性化した細胞領域が形成されると考えられた(図3C).さらに,シンガポール国立大学の平島剛志博士との共同研究により,上記の再構成系の仕組みを記述した数理モデルを構築し,パターン形成過程を解析した.このモデルでは,細胞が混合を開始するE-cadherinの閾値量を設定することで,モルフォゲンの濃度勾配から明確な境界を形成できることを理論的に実証した.モルフォゲンシグナルと細胞間接着の変化が連動してパターン形成を導く現象は,初期胚発生の過程でも観察されており,本研究において,その原理を実験的および理論的に実証することができた.さらに,再構成系でE-cadherinの発現量を精密に制御して細胞の振る舞いを解析することで,E-cadherinが持つスイッチ様の特性を発見することができた.

5. おわりに

本研究では,多様な細胞の振る舞いの中から細胞間接着のみを制御するモルフォゲンシグナルを再構成し,そのパターン形成能を検証した.夾雑なサンプルの中から目的とする生体分子を精製し,その機能を測定する生化学的アプローチのように,本研究では生体内の複雑な細胞間相互作用の中から,シンプルな細胞間相互作用を単離・再構成して,その機能を検証した.今後,このアプローチを発展させ,細胞間接着に限らず,細胞増殖や細胞死など,ある特定の細胞の振る舞いのみを制御するシンプルな細胞間相互作用が持つ能力を一つ一つ理解していくことを目指している.その理解を積み重ねていくことで,生体はゆらぎながらもなぜ正確で頑強であるのか,という問いに迫っていきたい.

謝辞Acknowledgments

本研究は,カリフォルニア大学サンフランシスコ校Wendell A. Lim研究室,金沢大学ナノ生命科学研究所,大阪大学蛋白質研究所にて実施されました.また,共同研究者のシンガポール国立大学平島剛志博士をはじめ,本研究に携わったすべての方々にこの場を借りて深く感謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

戸田 聡(とだ さとし)

大阪大学蛋白質研究所 准教授.博士(医科学).

略歴

1987年兵庫県生まれ.2009年京都大学工学部物理工学科卒業,14年京都大学大学院医学研究科卒業,15年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員,19年金沢大学ナノ生命科学研究所にて独立,24年より現職.

研究テーマと抱負

分子の集合,細胞の集合がどうやって生き物になるのかに興味があり,培養細胞の塊を「生き物」にすべく,細胞間相互作用のデザインや細胞の挙動を操作するツール開発を行っている.

ウェブサイト

https://sites.google.com/view/satoshitodalab/home

趣味

将棋,ドライブ,パン屋巡り.

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