
実験結果を進化に照らし合わせて考察してみたForeword
九州大学名誉教授
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私は,リポ多糖(LPS)やβ-1, 3-D-グルカン(BDG)で誘導されるカブトガニの体液凝固系を研究してきた.その成果は,組換えタンパク質を用いたLPS測定用試薬として結実した1).この体系凝固系は,LPS経路(LPS+ProC・ProB・ProCE・コアギュローゲン),そしてBDG経路(BDG+ProG・ProCE・コアギュローゲン)からなる.LPSはグラム陰性菌の,BDGは真菌や藻類の細胞壁成分であり,ProC, ProB, ProCE, ProGは,セリンプロテアーゼの前駆体である2).カブトガニは,節足動物門・鋏角亜門・節口綱・剣尾目に属している.カブトガニの体液凝固系は,同じ鋏角亜門のクモ・ダニ・サソリ(クモ形綱)には見られない.地質時代のどの時点で,カブトガニの祖先は体液凝固系を獲得したのであろうか.
ゲノム解析から,クモ形綱はProC・ProB・ProCEを保持しているが,コアギュローゲンとProGを保持していないことが判明した3).また,鋏角亜門から最初にダニ,次にクモが分岐し,カブトガニとサソリの系統が分岐したのが,古生代シルル紀の4.40億年前と解析された.カブトガニは,米国産1種(リムルス系統)と日本・東南アジア産3種(タキプレウス系統)からなり,コアギュローゲンのアミノ酸配列解析から,両系統の分岐年代は中生代白亜紀の1.35億年前であった4).以上の実験結果から,体液凝固系の獲得時期は4.40億年前~1.35億年前となる.
1988年,鋏角亜門の最古の化石種であるサンクタカリス(Sanctacaris uncata:鉤爪をもつ聖なるカニの意味)が,カナダの古生代カンブリア紀のバージェス頁岩動物群(5.08億年前)から発見された.それまで三葉虫(節足動物門・三葉虫綱)がカブトガニの祖先であると考えられていたが,この発見によりその説は否定された.2008年,カナダマニトバ州にある古生代オルドビス紀の地層(4.45億年前)から,剣尾目最古となるルナタスピス(Lunataspis aurora:夜明けの三日月型の楯の意味)が発見された.今から200年以上も前に,ドイツの中生代ジュラ紀地層(1.50億年前)から,剣尾目のメソリムルス(Mesolimulus walchi:中間のカブトガニの意味)が報告されていた.これらの化石種の地層年代から,体液凝固系の獲得時期は4.45億年前~1.50億年前となり,実験結果と良く一致する.リムルス・タキプレウス系統の分岐年代とメソリムルスの地層年代が近いので,メソリムルスは体液凝固系をすでに獲得していたと推測される.
カブトガニのProCは体液凝固系だけでなく,補体C3因子と相互作用して捕体系を誘導する5).ProCは鋏角亜門の種間で保存されているので,サンクタカリスにおいてもProCは補体因子として機能していたに違いない.また,LPS経路の一部(ProB・ProCE・コアギュローゲン)は,キイロショウジョウバエの体軸形成のプロテアーゼカスケードの一部(Snake・Easter・Spätzle)と相同である6).したがって,ルナタスピスは補体因子であったProCと既存のカスケードの一部を借用して,LPS経路を獲得したことになる.一方,ProGはBDGを認識するサブニットαとプロテアーゼドメインのサブユニットβとからなり,サブニットαは土壌細菌から水平伝播したセルロース分解酵素とのハイブリッドである7).個人的には,ルナタスピスはBDG経路をまず獲得し,LPS経路を構築することで体液凝固系を完成させたと考えている.
古生代カンブリア紀から,動植物の繁栄と衰退にリンクして,5回の大量絶滅が起きている.地殻プレートの移動による超大陸の形成と分裂にともなう火山活動,巨大隕石の衝突等が原因とされる.その最大が,古生代ペルム紀と中生代三畳紀の境界(2.52億年前)であり,全生物種の~95%が絶滅した.ルナタスピスに始まる剣尾目は,すべての大量絶滅を生き延びてきた.今,その子孫であるカブトガニは,人為的な環境破壊のために絶滅の危機にある.ホモサピエンスとチンパンジーの共通祖先が分岐したのは,わずか0.090億年前~0.069億年前である8).自ら作った凶器を用いて,同種討ちを繰り返してきた生物種はホモサピエンスのみである.大量絶滅の間隔は,0.95億年±0.28億年と計算される.はたして,第6回目の大量絶滅をホモサピエンスの子孫は生き残れるのだろうか.
1) Mizumura, H., Ogura, N., Aketagawa, J., Aizawa, M., Kobayashi, Y., Kawabata, S., & Oda, T. (2017) Genetic engineering approach to develop next-generation reagents for endotoxin quantification. Innate Immun., 23, 136–146.
2) 川畑俊一郎,柴田俊生(2022)リポ多糖を介したプロテアーゼ前駆体の自己触媒的活性化機構.生化学,94, 37–48.
3) Zhou, Y., Liang, Y., Yan, Q., Zhang, L., Chen, D., Ruan, L., Kong, Y., Shi, H., Chen, M., & Chen, J. (2020) The draft genome of horseshoe crab Tachypleus tridentatus reveals its evolutionary scenario and well-developed innate immunity. BMC Genomics, 21, 137.
4) Srimal, S., Miyata, T., Kawabata, S., Miyata, T., & Iwanaga, S. (1985) The complete amino acid sequence of coagulogen isolated from Southeast Asian horseshoe crab, Carcinoscorpius rotundicauda. J. Biochem., 98, 305–318.
5) Tagawa, K., Yoshihara, T., Shibata, T., Kitazaki, K., Endo, Y., Fujita, T., Koshiba, T., & Kawabata, S. (2012) Microbe-specific C3b deposition in the horseshoe crab complement system in a C2/Factor B-dependent or -independent manner. PLoS One, 7, e36783.
6) Smith, C.L. & Delotto, R. (1992) A common domain within the proenzyme regions of the Drosophila snake and easter proteins and Tachypleus proclotting enzyme defines a new subfamily of serine proteases. Protein Sci., 1, 1225–1226.
7) Seki, N., Muta, T., Oda, T., Iwaki, D., Kuma, K., Miyata, T., & Iwanaga, S. (1994) Horseshoe crab (1,3)-β-D-glucan-sensitive coagulation Factor G. J. Biol. Chem., 269, 1370–1374.
8) Shao, Y., Zhou, L., Li, F., Zhao, L., Zhang, B.-L., Shao, F., Chen, J.-W., Chen, C.-Y., Bi, X., Zhuang, X.-L., et al. (2023) Phylogenomic analyses provide insights into primate evolution. Science, 380, 913–924.
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