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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(6): 745-754 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970745

特集Special Review

NAD代謝と老化NAD metabolism in aging

富山大学学術研究部医学系分子医科薬理学講座Department of Molecular and Medical Pharmacology, Faculty of Medicine, University of Toyama ◇ 〒930–0194 富山県富山市杉谷2630 ◇ 2630 Sugitani, Toyama, Toyama 930–0194, Japan

発行日:2025年12月25日Published: December 25, 2025
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ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)は,広範な生化学反応に関与し,すべての生物にとって不可欠な分子である.体内のNAD量の減少は老化の進行と密接に関係しており,さまざまな老化関連疾患の引き金になると考えられている.一方,ニコチンアミドリボシド(NR)やニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)などのNAD前駆体の投与は,生体内のNADレベルを上昇させることで抗老化効果が期待されており,これらを用いた臨床試験が現在,活発に行われている.さらに近年の研究により,NAD前駆体の利用経路を含むNAD代謝の機構が,従来の想定よりもはるかに複雑であることが明らかになってきた.そこで本稿では,NAD前駆体の体内動態と,それを用いた臨床試験に関する最新の知見を紹介する.

1. はじめに

ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)は,古くから酸化還元反応に関与する補酵素として知られ,エネルギー代謝を調節する重要な分子である.また,寿命制御因子として注目されている脱アセチル化酵素サーチュイン(Sirtuin:SIRT)がNADを基質として利用することから,近年は老化研究の分野でもNADの重要性が注目されている.実際に,体内のNAD量は加齢に伴って減少することが広く知られており,老化に伴う生理的変化を特徴づける“hallmarks of aging”の多くにNADが関与すると考えられている1).たとえば,ヒトにおいても骨格筋中のNAD量は加齢とともに減少し,さらに骨格筋のNAD量が筋力や運動能力と正の相関を示すことが報告されている2).加えて,サルコペニア患者では健常者に比べて骨格筋のNAD量およびミトコンドリア機能がともに低下していることも示されており,NADの減少と老化関連疾患の発症との関連が示唆されている3).一方で,体内のNAD量を増加させることによって,インスリン抵抗性の改善,骨格筋機能の向上,さらには神経変性疾患の予防など,さまざまな疾患予防・改善効果が得られることも前臨床試験によって明らかにされてきた.特に,NADの前駆体を利用するNAD補充療法が広く用いられており,現在ではヒトを対象とした多数の臨床研究が進行している.また,NAD前駆体の体内動態や利用経路に関しても,近年新たな知見が次々と報告されており,その生理的役割や応用可能性に関する理解が急速に進展している.そこで本稿では,NAD前駆体の利用経路と,それを用いた臨床試験に関する最新の知見を紹介する.

2. 前駆体からのNAD合成経路

ヒトを含めた哺乳類では,NADを直接栄養素として取り込むことはできず,アミノ酸の一つであるトリプトファンに加え,水溶性ビタミンであるニコチン酸(NA)とニコチンアミド(NAM)などのNAD前駆体を取り込んで,生体内で合成されることが知られている.NADの合成経路は用いられる前駆体に応じて,de novo経路,Preiss-Handler経路,サルベージ経路に分類することができる(図1).また,それらに加えてNAMのヌクレオシド体であるニコチンアミドリボシド(NR)が栄養素中に含まれるNAD前駆体として同定されている.これらNAD合成過程は,中間代謝物がその構造中にNAとNAMのいずれを持つかによって大別される.具体的には,de novo経路とPreiss-Handler経路は脱アミド型の経路に,サルベージ経路とNRの経路はアミド型の経路に分類される.

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図1 NAD代謝の全体像(文献15を改変)

NAD前駆体は細胞に取り込まれ,de novo経路,Preiss-Handler経路,サルベージ経路によってNADに変換される.紫:de novo経路,青:Preiss-Handler経路,赤:サルベージ経路,緑:還元型経路.NAM:ニコチンアミド,NR:ニコチンアミドリボシド,NMN:ニコチンアミドモノヌクレオチド,NAD:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド,NRH:ジヒドロニコチンアミドリボシド,NMNH:ジヒドロニコチンアミドモノヌクレオチド,NA:ニコチン酸,NAR:ニコチン酸リボシド,NAMN:ニコチン酸モノヌクレオチド,NAAD:ニコチン酸アデニンジヌクレオチド,Trp:トリプトファン,QA:キノリン酸.

トリプトファンからのNAD合成経路であるde novo経路では,トリプトファンは六つの酵素反応と一つの自発的変換を経て,ニコチン酸モノヌクレオチド(NAMN)に変換される.また,ニコチン酸はnicotinic acid phosphoribosyltransferase(NAPRT)によってNAMNに変換されるため,de novo経路とPreiss–Handler経路はNAMNを共通の中間代謝物とする.その後,NAMNはnicotinamide mononucleotide adenylyltransferase(NMNAT)によってニコチン酸アデニンジヌクレオチド(NAAD)に変換され,続いてNAD synthetaseによりグルタミン依存的にNADが合成される.また,近年Preiss–Handler経路の新たな前駆体として植物アルカロイドであるトリゴネリンが報告された4).トリゴネリンはニコチン酸のメチル化体であり,脱メチル化によってニコチン酸へと変換され,Preiss–Handler経路によって利用されると考えられている.しかしながら,実際にこの経路がin vivoで機能しているかについては明らかではなく,生理的な代謝についてはさらなる検討が必要である.de novo経路やPreiss–Handler経路を活性に有する臓器は主に肝臓や腎臓などに限られ,多くの組織はサルベージ経路に依存してNADを合成している.特に肝臓はNAD代謝のハブ臓器として機能しており,トリプトファンやNAからNADを合成する一方で,その分解で生じた過剰なNAMを血中に放出し,ほかの組織におけるNAD合成を支援している(図25).さらに,近年の研究では,肝臓でde novo経路から合成されたニコチン酸リボシド(NAR)や,経口投与されたNARが腎臓へと輸送されたのち,腎臓でNAMへと変換され,血中へ放出される新たな代謝経路の存在が報告されている6).このように,NAD代謝は臓器間で前駆体をやりとりする代謝ネットワークを形成しており,単一臓器で完結するものではないことが明らかとなっている.今後は,このような臓器間NAD前駆体輸送の生理的意義や制御機構の解明が重要な研究課題となる.

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図2 NAD代謝の臓器間ネットワーク

NRやNMN, NAMといったNAD前駆体は腸内細菌の作用によってNAに変換され,宿主のNAD合成に利用される.肝臓はTrpやNAから合成したNAMを血中に放出し,骨格筋などの末梢組織にNAD源を供給する.また,肝臓でNAから合成されるNARは腎臓でNAD合成に利用される.腎臓でNAD分解によって生じたNAMは血中に放出され,ほかの臓器のNAD恒常性に寄与している.さらに,NAMやNRには胆汁を介して腸管に移行する経路が存在する.

サルベージ経路では,nicotinamide phosphoribosyltransferase(Nampt)によってNAMがニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)に変換され,続くNMNATの触媒作用によってNADが合成される.また,NRはnicotinamide riboside kinase(NRK)によってNMNに変換されることで,同様にNAD合成に用いられる.近年NRやNMNの還元型であるNRHやNMNHも生体で利用できるNAD前駆体として報告されている.NRHは細胞内に取り込まれたのち,アデノシンキナーゼによって還元型NMNであるNMNHに変換され,さらにNMNATによってNADHへと変えられる7).NMNHは同様に前駆体として用いられるが,取り込まれる前に細胞外で脱リン酸化されNRHになると考えられている8).加えて,NMNHの利用は従来の前駆体とは異なる代謝的影響をもたらすことが報告されており,解糖系やTCA回路を抑制し,細胞の成長を遅延させることが示されている9).この効果はNADの還元型であるNADHが増加することによると予想されるが,このような代謝の変化は老化や代謝異常の改善において有益である可能性がある一方,長期的に生体にどのような影響を及ぼすかについては不明であり,今後の検証が必要である.

NRの細胞内取り込みには,equilibrative nucleoside transporter(ENT)が関与していることが知られている.また,NRHの取り込みもENT阻害剤NBTIによって抑制されるため,NRHもENTを介して細胞内に輸送されると考えられる7).さらに注目すべきは,ヌクレオシド構造を持たないNAMですらENTによって輸送されることが最近報告され,ENTファミリーの基質特異性は従来の理解よりも広い可能性がある10).一方,NMNはその輸送体としてSlc12a8が同定されている11).しかしながら,NMNが細胞外でNRに分解された後,ENTを介して再取り込みされる経路も並行して存在することが報告されており,臓器・状況依存的に輸送経路が変化する可能性が示唆されている12).これらの知見は,ENTファミリーがNAD代謝で中心的な役割を担っていることを示している.今後,これらの輸送体の組織特異性,発現制御,病態との関連を含めて,NAD代謝におけるENTの生理的意義をさらに詳細に検討する必要がある.

従来,NRやNMNなどのNAD前駆体は輸送体を介してそのまま細胞内に取り込まれ,上述したNAD合成経路によって直接的にNADに変換されると考えられてきた.実際に培養細胞を用いた実験ではNRやNMNが直接そのまま取り込まれることが示されている.一方で,個体レベルでのNAD前駆体の動態解析により,腸内細菌との相互作用を含む新たな側面が明らかになっている.NAD前駆体は,前臨床試験・臨床試験ともに経口投与で使用されることが多いため,消化管内において宿主酵素や腸内細菌による代謝の影響を受けることが想定される.Shatsらは経口投与されたNAMが腸内細菌によりNAに変換されることを報告した13).腸内細菌を除去したマウスでは,NAの生成が減少し,肝臓でのNAD合成も抑制されていたことから,宿主におけるNAD合成では腸内細菌との協調が必要であることが示された13).また,筆者らの研究においても,NRおよびNMNの経口投与によるNAD合成において,腸内細菌によるNAへの変換が必要であることが明らかになった14, 15).これらの知見は,腸内細菌によるNAD前駆体の分解が宿主のNAD代謝に深く関与していることを強く示唆している.加えて,これらの知見は,NRやNMNを経口投与した場合,前駆体が腸内細菌により変換されるため,各組織に直接的に作用させることが難しい可能性があることも示している.一方で,経口投与されたNRは血中でほとんど検出されないのに対し,還元型のNRHは経口投与後も高濃度で血中に検出されることが確認されており,NRHはNRに比べてより安定で,強力なNAD前駆体として期待されている7)

NAD前駆体の投与経路として,経口投与のほかに経静脈投与も検討されている.経静脈投与では,前駆体が血中を循環し,細胞に直接取り込まれて利用されると考えられてきた.しかし,Chellappaらの研究により,循環中のNAMが腸管へ移行し,腸内細菌によってニコチン酸へと変換されていることが示された16).さらに筆者らの研究により,静脈投与されたNRおよびNMNは速やかにNAMへと分解され,その後胆汁を介して腸管に排出されていることが明らかとなった15).また興味深いことに,NAD前駆体を投与していない状態でも,胆汁中にはNRが主要なNAD代謝物として検出された.このことから,宿主は通常時にもNAD前駆体を腸内に供給しており,腸内細菌叢との代謝的共生関係を形成している可能性がある.こうした宿主と腸内細菌の協調的な代謝ネットワークは,NAD代謝の理解に新たな視点を与えるものであり,その生物学的意義や制御機構の解明が今後期待される.

3. NAD前駆体を用いた前臨床試験

NAD前駆体の投与は,体内のNAD量を増加させることで寿命や老化関連疾患の予防・治療に寄与すると考えられている.寿命延長効果は主に線虫やショウジョウバエにおいて確認されており,また老化関連疾患に対する効果についてはマウスやラットを用いたさまざまな疾患モデルで検討されている.

これまでの研究において,NAやNAM, NRが線虫の寿命を延長させることが報告されている17, 18).また,NMNはショウジョウバエの寿命を延長することも示されている19).一方,哺乳動物であるマウスにおける寿命延長効果については現時点で一貫した見解は得られていないが,NRおよびNMNの投与により寿命が延長したことを示す報告も存在する20, 21).たとえば,C57BL/6Jマウスに対して生後700日からNRを1日あたり400 mg/kg投与した実験では,平均寿命が約4.7%延長したことが報告されている20).また,13か月齢からNMNを1日550 mg/kg投与した場合,最大寿命および中間寿命がメスマウスで有意に延長した21).一方で,オスでは寿命の延長は認められなかったが,代謝指標の改善が確認されている.これらの結果は,NAD前駆体,特にNRおよびNMNが哺乳動物において寿命延長効果をもたらす可能性を示唆している.しかしながら,NMNによる効果に性差が認められることから,NAD前駆体の作用機序は性別によって異なる可能性がある.そのため,今後のヒトを対象とした応用研究や臨床試験においては,性差を十分に考慮する必要がある.

NADは糖代謝や脂質代謝といったエネルギー代謝の制御因子として古くから知られており,そのため,老化に伴う代謝異常に対するNAD前駆体の効果は広く検討されてきた.たとえば,NAは長年にわたり脂質異常症の治療薬として用いられており,またNAMには,高脂肪食により誘導される脂肪肝を抑制する効果があることが報告されている22).同様にNRとNMNは,加齢や食餌によって誘導される肥満や糖尿病モデルにおいて,血糖改善や脂肪肝改善などの効果を示すことが確認されている23, 24).NMNおよびNRは高脂肪食による脂質異常を改善する一方で,アテローム性動脈硬化のリスクを高める可能性があることが,マウスを用いた最近の研究で報告されている25).また,ヒトを対象とした臨床試験においても,スタチン治療にNAを併用することで,アテローム性動脈硬化症リスクと関連する因子が増加することが示されている26).これらの結果は,NAD代謝の調節が動脈硬化の発症リスクにどのように関与しているのかを再評価する必要性を示唆しており,今後のさらなる検討が求められる.

老化において筋機能を維持することは,転倒リスクの低減や生活の質(QOL)の向上の観点からきわめて重要である.近年のヒトおよびマウスを用いた研究により,筋機能とNAD量の間には正の相関があることが示されており,NAD前駆体を用いた介入による筋機能の改善が期待されている.たとえば,NRの投与は,老化マウスにおいて筋幹細胞の数を維持し,筋機能を改善する効果を示す20).また,骨格筋特異的なNampt欠損によって引き起こされる進行性の筋萎縮モデルにおいても,NRの投与は筋機能の改善に寄与することが報告されている27).さらに,NADは骨形成においても重要な役割を果たすことが明らかとなっており,NRが骨芽細胞の分化を促進し,骨の石灰化を促すことで,加齢マウスにおける皮質骨を増加させることが示されている28, 29).これらの知見は,NAD前駆体を用いたNAD補充療法が,老化に伴う筋力低下や骨量減少を抑制し,身体機能の維持に寄与する可能性を示唆している.

NAD前駆体は,神経保護作用に関しても広く研究されている.たとえば,アルツハイマー病モデルマウスにおいて,NRはアミロイドβの蓄積を抑制し,認知機能を改善することが報告されている30, 31).また,NRはアルツハイマー病の誘導によって変化した腸内細菌叢を改善する効果も持つことが明らかになっている32).一方,NMNは,アルツハイマー病モデルラットにおいてアミロイドβペプチドの毒性を抑制し,認知機能の改善をもたらすことが報告されている33).さらに,NAはリガンドとしてGPR109A(hydroxycarboxylic acid receptor 2)を活性化させることでミクログリアの活性を調節し,アルツハイマー病モデルマウスにおける認知機能を改善することが示されている34).また,NRの神経保護効果は難聴モデルにおいても確認されており,サーチュインファミリーに属するSIRT3依存的に神経突起の退縮を抑制することで,騒音誘導性難聴の進行を抑制することが報告されている35).加えて,NRを2か月齢から12か月齢まで長期投与したマウスでは,高音領域での聴力保持が確認されており,加齢性難聴の進行を抑制する効果が認められている36).これらの結果は,NAD前駆体が神経保護に有効である可能性を強く示唆している.さらに,この神経保護効果は,単なるNAD量の増加だけでなく,NAによる受容体シグナルの活性化や腸内細菌叢の改善を介した作用も含まれており,その作用機序は複雑で多面的であると考えられる.

NADおよびその合成酵素であるNamptは概日リズム(circadian rhythm)を有しており,Namptを阻害すると時計遺伝子の発現が低下することから,NADは組織における概日リズムの形成に重要な役割を果たしていると考えられている37, 38).この制御機構には,NAD依存性脱アセチル化酵素であるSIRT1が関与しているとされ,老化に伴うSIRT1活性の低下は,時計機能の減衰につながる可能性がある39).一方で,老化マウスにNRを投与すると,時計遺伝子の発現リズムおよび振幅が改善し,行動パターンが若年マウスに類似したパターンに回復することが報告されている.これらの結果は,NAD前駆体の補充によって概日リズムの異常を是正し,これに起因する疾患の発症を予防できる可能性を示唆している.

4. NAD前駆体を用いた臨床試験

NAD前駆体を用いた動物実験では各組織でのNAD量を増加させ,さまざまな疾患に対する有効性が確認されている.そのため,ヒトを対象とした臨床試験が世界中で精力的に進められており,NRおよびNMNに関しては,米国国立衛生研究所が運営する臨床試験データベース(ClinicalTrials.gov)に2025年7月現在で130件を超える試験が登録されている.

NRはこれまでに1日に100 mgから3000 mgまでの用量で,投与期間は最大12週間検討されており,重篤な副作用は報告されていない40–42).さらに,全血および末梢血単核細胞(peripheral blood mononuclear cell:PBMC)においてNAD量の増加が確認されており,NRのNAD補充効果がヒトでも実証されている40, 43, 44).また,NRの投与により,脱アミド型代謝物であるNARやNAADが全血,PBMC,骨格筋,尿中で増加することが報告されており,腸内細菌がNRの代謝に関与していることが示唆されている40, 41, 43).一方,骨格筋中のNAD量の増加は,現時点では確認されていない.

NRは,前臨床試験において肥満やインスリン抵抗性に対する有効性が示されているものの,ヒトを対象とした臨床試験では必ずしも同様の効果が再現されていない.たとえば,肥満患者に対して2000 mg/日のNRを12週間投与した試験では,ミトコンドリア機能や安静時エネルギー消費量に影響を与えなかった41, 45).また,インスリン抵抗性や膵島ホルモン分泌能においても,NRの投与による有意な変化は認められていない46).さらに,in vitroで褐色脂肪細胞におけるミトコンドリア脱共役作用が確認されたにもかかわらず,1000 mg/日のNRを6週間投与したヒト試験では,褐色脂肪組織の熱産生機能に対する影響は観察されなかった47).これらの結果から,NRのヒト臨床試験における効果は,前臨床試験で期待されたほどではない可能性が示唆される.

NRは,ヒト骨格筋のNAD量自体は増加させないものの,若年および高齢被験者に運動前(2時間前)に500 mg投与した試験では,高齢者において抗酸化物質であるグルタチオンの増加および脂質酸化マーカーの減少が認められた48).酸素消費量には影響がなかったが,身体機能の改善は高齢者群でのみ確認された.

また,パーキンソン病患者に対するNRの有効性も報告されている.新たにパーキンソン病と診断された患者に1000 mg/日のNRを30日間投与したところ,脳内NAD量の増加が確認され,血清および脳脊髄液中の炎症性サイトカインも減少した49).さらに,別の試験では,パーキンソン病患者に3000 mg/日のNRを4週間投与した結果,パーキンソン病を評価するMDS-UPDRSスコアのうち,特に運動機能の評価であるPart IIIが改善されていた42).ただし,この効果にはレボドパの投与間隔が影響している可能性もあり,NRの効果についてはさらなる検討が必要である.

加えて,NRは単剤ではなく,複数の代謝活性化物質との合剤としても使用されている.たとえば,L-セリン(12.35 g),N-アセチル-L-システイン(2.55 g),NR(1 g),L-カルニチンタルトレート(3.73 g)を含む合剤を28日間1日1回,以降56日間1日2回投与したパーキンソン病のフェーズ2試験では,認知機能の評価指標であるMoCAスコアの改善が報告されている50).また,この合剤はCOVID-19患者においても血漿中の炎症関連タンパク質の改善や回復促進効果が確認されている51).NRとレスベラトロールの合剤(NRPT)も試験されており,NRPT(NR 500 mg/日,レスベラトロール100 mg/日)を6か月間投与した非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)患者の試験では,安全性が確認されるとともに,肝逸脱酵素(ALT, γ-GT)の低下が認められた52)

また,ステージDの心不全患者に2000 mg/日のNRを5~9日間投与すると,炎症性サイトカインの産生が抑制された53).さらに,末梢動脈疾患を有する患者に500 mg/日のNRを6か月投与した試験では,プラセボ群と比較して6分間歩行距離が有意に改善され,追加でレスベラトロールを投与しても効果の上乗せはみられなかった54).これらの結果から,NRは循環器系疾患の治療にも有用である可能性が示されており,さらなる大規模臨床試験が求められる.

慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)患者を対象としたNRの試験では,1日2 gを6週間投与することで,COPDに関連するサイトカインであるIL-8の喀痰中濃度が低下し,気道におけるゲノム安定性関連遺伝子の活性化や細胞老化の抑制が示唆された55).ただし,これらの効果については今後の追試・検証が必要である.

非常に興味深いことに,遺伝性早老症であるウェルナー症候群患者を対象としたクロスオーバー試験において,1日1 gのNRを26週間投与した結果,動脈硬化の指標および皮膚潰瘍面積が有意に改善された.また,皮膚潰瘍数およびかかとの脂肪厚にも改善傾向が認められた56).本試験はサンプルサイズの小さいパイロット研究であるため,今後はより大規模な臨床試験による検証が求められる.さらに,生活の質や合併症への長期的影響についても検討を進める必要がある.

NMNについては1日に100 mgから2000 mgの用量で,期間は最大60日まで検討されており,どの試験でも重篤な副作用は確認されていない57–61).NMNはNRと同様にヒトにおいてPBMCや血中のNADを増加させるが,骨格筋中のNADを増加させる効果は認められていない59, 61, 62).しかしながら,前糖尿病の閉経後の女性肥満者を対象に250 mgのNMNを10週間投与すると,骨格筋のインスリン感受性が向上した62).また,肥満患者に対して1日あたり1000 mgのNMNを28日間投与すると,血中コレステロール値と拡張期血圧がプラセボ群と比較して改善した61).また,1日250 mgのNMNを12週間投与すると,動脈壁の硬化が軽減された63).加えて,NMNを点滴静脈投与すると投与後速やかに血漿中の中性脂肪の量が低下することが報告されている58).これらの結果はNMNが代謝性疾患の予防や治療に有効である可能性を示唆している.

また,骨格筋機能についてはアマチュアランナーに1日最大1200 mgのNMNを6週間投与すると,酸素摂取量が増加し,有酸素運動能力が向上したことが報告されている58).さらに,高齢者に対して250 mgのNMNを12週間投与すると,4メートル歩行時間が短縮した64).一方で,250 mgのNMNを65歳以上の糖尿病患者に対して24週間投与しても握力や歩行速度に影響がなかったとする報告もある65).近年のメタアナリシスではNRとNMNは高齢者の筋量や機能に影響を与えるという考えは支持されておらず,投与量の探索やほかの要因との関連を明らかにすることが重要であると考えられている66)

さらにNMNが睡眠に与える影響も検討されている.250 mgのNMNを1日1回,12週間投与すると,Pittsburgh sleep quality index(PSQI)において,日中機能障害および全体スコア(Global PSQI)がNMN群で有意に低下しており,NMNによって睡眠の質が改善されたことが示唆された64).また,250 mgのNMNを1日1回,12週間投与する際に,投与時間を午前と午後で区別した試験では午後にNMNを摂取することにより,高齢者の下肢機能を有意に改善し,日中の眠気を軽減する効果があることが示唆された64)

5. 抗老化戦略としてのNAD分解抑制

これまでに述べたように,NAD前駆体は前臨床試験で著明な効果を示したが,一方ヒトに対する効果は限定的である.特にNRやNMNはその不安定さから経口投与で用いた際に各組織に直接輸送されることが困難であり,このことが臨床試験での結果の原因の一つにあると考えられる.そのため,NAD前駆体の投与に代わる新たなNADのブースト法が求められている.

体内のNAD量はその合成と分解のバランスによって決定される.このため,加齢に伴うNAD量の減少には,NAD合成の低下と分解の亢進が関与していると考えられている.実際,NAMからのNAD合成における律速酵素であるNamptの発現は,加齢により減少することが報告されており,特に脂肪組織や骨格筋でその変化が顕著である.一方で,安定同位体で標識したトリプトファンおよびNAMを用いたin vivoトレーサー実験では,肝臓,腎臓,脳,骨格筋,腸といった主要なNAD代謝臓器において,若齢マウスと高齢マウスの間で取り込み速度に有意差は認められなかった67).すなわち,老化しても各組織のNAD合成能力は維持されていることが示唆された.一方で,NAD分解によって生じるNAMの各組織や血中への蓄積が高齢マウスで顕著にみられたことから,NADの分解が加齢に伴い促進されていることが示されている.

老化に伴うNAD分解の増加には,poly ADP-ribose polymerase(PARP)およびCD38が関与すると考えられている.PARPはDNAの一本鎖切断を認識し,NADを基質としてDNA修復に関与する酵素である.老化に伴う活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)の増加はDNA損傷の頻度を高め,これに応じてPARPが活性化されることで,NAD分解が促進されると考えられる.実際に,マウスにおいてPARPを阻害すると,SIRT1依存的にミトコンドリア機能が改善し,筋機能が向上することが報告されている68, 69).また,線虫においてもPARP活性の阻害によって寿命が延伸することが報告されている17).ただし,PARPはDNA修復に不可欠な酵素でもあり,その阻害はNAD量の維持効果と引き換えにDNA損傷の蓄積を招く可能性がある.実際,がん治療において用いられているPARP阻害薬は,DNA修復不全細胞に対して選択的に細胞死を誘導する一方で,長期的に正常細胞に対して影響を与える恐れがある.抗老化目的でのPARP阻害の応用に際しては,こうしたトレードオフを踏まえた慎重な検討が求められる.

近年,NAD分解酵素の中でもCD38が特に注目されている.CD38は主に細胞膜に局在し,グリコシドヒドロラーゼ活性によりNADやNMNを分解する.また,ADP-リボシルシクラーゼ活性を介してNADからセカンドメッセンジャーであるcADPリボース(cADPR)を産生し,細胞内カルシウムシグナルを制御する.CD38は多くの組織に発現しており,老化に伴って肝臓,脂肪組織,脾臓,骨格筋などで発現が増加することが知られている.加えて,CD38の発現は老化細胞が分泌するSASP(senescence-associated secretory phenotype)に含まれる炎症性サイトカインによって誘導されるため,老化細胞が個体の加齢に与える影響の一因であると考えられている70).CD38を遺伝的に欠損させたマウスでは,NAD量が顕著に増加し,SIRT3依存的にミトコンドリア機能が改善するとともに,加齢マウスにおいて耐糖能が改善することが示されている71).さらに,CD38欠損は高脂肪食誘導性の肥満を抑制し,アルツハイマーモデルマウスにおけるアミロイドβプラークの蓄積抑制や空間記憶能力の改善にも寄与する72, 73).これらの報告からCD38は老化関連疾患の魅力的な治療標的であると考えられる.

CD38は細胞膜に局在することから,抗体による阻害が可能である.実際,抗CD38抗体であるダラツムマブは多発性骨髄腫の治療薬として臨床使用されている.また,この抗CD38抗体をアルツハイマー病モデルである5xFADマウスに投与した研究では,神経炎症の抑制と認知機能の改善が報告されている74).加えて,CD38に対して高い特異性と強力な阻害活性を有する低分子化合物78cが開発されており,多くの前臨床試験において用いられている75).78cは老化マウスにおける耐糖能や骨格筋機能の改善,さらには寿命の延長にも寄与することが示されている76, 77).具体的には,オスマウスにおいて最大寿命および中間寿命を延長させた一方で,メスマウスにおいては寿命自体には影響を与えなかったものの,55週齢ごろまでの生存率が投与群で有意に高かった77).このような性差の背景には,性ホルモンや代謝特性の違いが関与している可能性があり,今後の研究課題となっている.さらに,78cは虚血再灌流障害からの心保護効果や,コラーゲン誘導性関節炎の病態抑制効果も有することが報告されている78, 79).これらの知見は,CD38阻害剤が単に寿命の延長だけでなく,筋機能,代謝能,認知機能などを通じて健康寿命の延伸にも寄与する可能性を示唆している.

また,CD38を阻害した状態でNAD前駆体を投与することにより,前駆体単独での投与よりも効率的かつ強力なNAD補充効果が得られる可能性が考えられる(図3).このようなNAD分解抑制とNAD前駆体の併用戦略は,今後のNAD補充療法における有望なアプローチと考えられており,さらなる研究の進展が期待される.

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図3 NAD分解抑制とNAD前駆体投与によるNAD補充の相乗効果

個体老化が進行すると,蓄積した老化細胞から分泌されるSASPがCD38の発現を誘導し,NAD分解を促進することで慢性炎症の惹起因子となる.これに対し,CD38阻害剤の併用とNAD前駆体の投与という異なる作用機序を組み合わせることで,NADの補充効果が相乗的に高まり,慢性炎症の抑制効果がより顕著になることが期待される.

6. おわりに

NADは100年以上前に発見された古典的な補酵素ではあるが,PARPやサーチュイン,CD38の基質としても作用し,これらの老化に重要な経路の上位に位置することから,現在では老化制御因子として広く認識されている.実際,NRやNMNを用いたNAD補充療法はマウスなどの動物実験で老化抑制効果や老化関連疾患に対する予防・治療効果が認められた.一方で,ヒト臨床試験では,動物実験でみられたほどの顕著な効果は得られていない.この理由の一つとして,NAD前駆体の腸内細菌による分解をはじめとした,生体内でのNAD代謝が予想外に複雑であることがあげられる.また,どのライフステージにおけるNADの量的変動が老化に影響を及ぼすのか,そのタイミングや時期特異的な老化制御機構については未解明な点が多いことも課題である.今後,こうした課題を考慮に入れながら,NAD補充療法やNAD代謝を標的とした創薬の発展が期待される.

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著者紹介Author Profile

夜久 圭介(やく けいすけ)

富山大学学術研究部医学系分子医科薬理学講座 准教授.博士(生活科学).

略歴

1987年京都府生まれ.2009年大阪市立大学生活科学部卒業.14年同大学院生活科学研究科後期博士課程修了.14~15年アイオワ大学.15年富山大学.25年より現職.

研究テーマと抱負

NAD代謝に関する基礎研究.生化学反応の中心的な役割を担うNADの新たな側面を調べることで,医療・産業分野への応用が可能な興味深い発見をしたいと考えています.

ウェブサイト

http://www.med.u-toyama.ac.jp/pharma/

趣味

運動,登山(今年から),楽器演奏(ギター,ベース),TRPG.

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