脂質は生体の恒常性維持に不可欠な三大栄養素の一つであり,その構成要素である脂肪酸は,エネルギー源としての役割にとどまらず,細胞膜の構造維持,細胞内シグナル伝達,エピジェネティクス,炎症反応など,多岐にわたる機能を担う生理活性分子である.これまで脂肪酸に関する議論では,その「量的側面」が主に注目されてきたが,近年では「質的側面」,すなわち脂肪酸の種類や構造の重要性が明らかになってきている.
脂肪酸の「質」は,飽和度(飽和脂肪酸vs不飽和脂肪酸),二重結合の数と位置(ω-3, ω-6, ω-9など),炭素鎖長(短鎖,中鎖,長鎖,極長鎖),立体化学(cis/trans)など,化学構造に由来する多様性によって規定される.また,脂肪酸は食事から供給されるだけでなく,de novo合成,炭素鎖の伸長(elongation),および脱水素化[不飽和化(desaturation)]といった代謝経路を介して体内でも合成・修飾される(図1).このような脂肪酸の質的変化は,生理的環境の調節のみならず,種々の病態,特に生活習慣病の発症・進展にも深く関与している.
本稿では,脂肪酸の「質」に焦点を当て,インスリン抵抗性,脂肪性肝疾患(MASLD/MASH),ミトコンドリア障害などに代表される生活習慣病との関係について,筆者らの研究成果を含めた最新の知見を概説する.あわせて,脂肪酸代謝酵素や脂質リモデリング機構への介入がもたらす疾患修飾的効果と,今後の創薬・個別化医療への展望(予防・治療戦略への応用可能性)についても考察する.
肥満とそれを背景とした2型糖尿病の有病率は世界規模で増加の一途をたどっており,その分子病態の解明と有効な予防・治療法の確立が喫緊の課題となっている.脂肪酸は,細胞膜の構成成分として膜流動性を制御し,またエネルギー源や生理活性脂質の前駆体として,細胞機能の維持に不可欠である.しかし一方で,脂肪酸が過剰に蓄積すると,臓器特異的にさまざまな障害を惹起することがあり,この状態は脂肪毒性(lipotoxicity)と総称される1–3).脂肪毒性は,肥満において過剰な栄養摂取,インスリン作用の低下による脂肪分解の促進,さらには肝臓などでのde novo脂肪酸合成の亢進により引き起こされる.これにより,血中および各臓器において脂質が過剰に蓄積し,インスリン抵抗性,膵β細胞の機能障害,ミトコンドリア機能不全,酸化ストレス,小胞体ストレス,炎症反応など多様な細胞障害が生じることが知られている.
これまで脂肪毒性の研究は,主に脂肪酸の「量的側面」に焦点が当てられてきたが,近年の研究により,脂肪酸の「質」,すなわちその鎖長,不飽和度,構造異性体の違いなどが,細胞機能や疾患感受性に重要な影響を及ぼすことが示されている.たとえば,飽和脂肪酸は細胞膜流動性を低下させ,炎症応答を誘導するほか,インスリンシグナルを抑制する.一方で,不飽和脂肪酸,特にn-3系多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acids:PUFAs)は,炎症を抑制し,インスリン感受性を改善する作用を有する.このように,脂肪酸の「質的特性」が脂肪毒性の発現とその帰結に与える影響はきわめて大きく,今後の生活習慣病研究においては,脂肪酸量の制御に加えて,その組成の精密な制御を標的としたアプローチが不可欠である.
哺乳動物の生体内の脂肪酸の供給源は,食事由来の外因性脂肪酸と,主に肝臓で行われるde novo脂肪酸合成に大別される.哺乳動物では肝臓が主要な脂肪酸合成の場となり,過栄養の状態では,炭水化物は脂肪酸新規合成系を介して飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸(monounsaturated fatty acids:MUFAs)へと変換される(図2).脂肪酸新規合成系は,細胞質においてアセチルCoAを出発物質としてパルミチン酸(C16:0)を合成する反応系と,小胞体膜上において細胞質で合成されたパルミチン酸や食事由来の脂肪酸の鎖長伸長および不飽和化を行う反応系が存在する4).脂肪酸合成は非常に複雑な多段階反応であるが,細胞質ではアセチルCoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:ACC)と脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase:FAS)によって段階的に行われ,パルミチン酸まで合成される.哺乳類の脂肪酸合成における主要な最終産物はオレイン酸(C18:1n-9)やバクセン酸(C18:1n-7)などの炭素数18の脂肪酸である.脂肪酸伸長酵素ELOVL fatty acid elongase 6(Elovl6)がパルミチン酸およびパルミトオレイン酸にマロニルCoAを付加して2炭素分の鎖長伸長を行いステアリン酸(C18:0)およびバクセン酸を合成し,脂肪酸不飽和化酵素stearoyl-CoA desaturase(SCD)がステアリン酸およびパルミチン酸に二重結合を導入し,オレイン酸およびパルミトオレイン酸(C16:1n-7)を合成する.これらの脂肪酸はエネルギー源,生体膜の流動性の調節,シグナル分子の前駆体として重要である.脂肪酸の炭素鎖の伸長と不飽和化は,細胞内の脂質多様性を生み出す鍵となるプロセスであり,そのバランスの破綻は脂肪肝やインスリン抵抗性などの代謝異常と密接に関連する.
インスリン抵抗性は2型糖尿病発症の最も重要な基盤の一つであり,脂肪酸の質がこれに直接的に関与することが多数の研究から示されている.特に飽和脂肪酸(パルミチン酸,ステアリン酸など)は,細胞内に蓄積してセラミドやジアシルグリセロール(DAG)の合成を促進し,インスリンシグナル伝達経路,特にAktのリン酸化を阻害することで,インスリン感受性を低下させる5).また,飽和脂肪酸は細胞膜の流動性を低下させ,Toll様受容体4(TLR4)を介した炎症性シグナルを活性化し,慢性炎症の惹起に寄与することも報告されている6).一方,不飽和脂肪酸(オレイン酸,パルミトオレイン酸など)は,膜流動性の維持やセラミド合成の抑制を通じてインスリン感受性を維持する作用を示す5).また,n-3系PUFAs[エイコサペンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA)など]は,核内受容体であるPPARを介して抗炎症シグナルを活性化し,インスリン抵抗性の改善に寄与することが明らかとなっている7, 8).さらに,脂肪酸合成系酵素であるElovl6やstearoyl-coenzyme A desaturase 1(SCD1)は,細胞内で最も豊富なC16~18脂肪酸の鎖長や飽和度などの構造的特性質を制御する重要な分子であり,これらの酵素活性がインスリン感受性に大きな影響を及ぼす.
SCD1は,飽和脂肪酸であるステアリン酸(C18:0)およびパルミチン酸(C16:0)にcis-二重結合を導入し,それぞれオレイン酸(C18:1n-9)およびパルミトオレイン酸(C16:1n-7)を生成する9).この反応産物であるMUFAsは,トリアシルグリセロール(TAG),コレステロールエステル,リン脂質などの主要構成成分として細胞内に広く存在する.SCDにはマウスでは四つ(Scd1~4),ヒトでは二つ(SCD1, SCD5)のアイソフォームが存在し,なかでもScd1(SCD1)の研究が最も進んでいる.肥満や代謝性疾患モデルではSCD1の発現亢進とMUFAの蓄積が認められ10),Scd1欠損マウスはMUFAの低下と飽和脂肪酸の蓄積により,脂質合成の抑制,摂食量増加に相反する体脂肪減少,インスリン感受性の改善といった表現型を示す11, 12)(図3).これらの代謝改善効果は,肝臓および骨格筋におけるAMPK活性化を介した脂肪酸β酸化の亢進によるものである.
一方で,肝臓または脂肪組織特異的Scd1欠損マウスでは,高脂肪食に対するインスリン抵抗性改善効果は認められず13),SCD1によるエネルギー代謝調節には皮膚組織における役割が大きいことが明らかとなっている.皮膚特異的Scd1欠損マウスでは皮脂欠損に起因する体温保持機構の活性化によりエネルギー消費量が亢進し,肥満に対する抵抗性が付与された14).また,肝臓特異的Scd1欠損マウスは高炭水化物食負荷に対して脂肪肝や肥満の抑制を示し,これは肝内オレイン酸の欠如が脂質合成転写因子sterol regulatory element-binding protein(SREBP)-1およびChREBPの活性を低下させ,脂肪酸合成系の抑制を引き起こすことによると報告された13).この表現型は,オレイン酸の食餌補充によって回復し,オレイン酸が肝臓における糖代謝や脂肪合成経路の正の制御因子であることを示唆する.
Elovl6はC12~16の飽和脂肪酸・MUFAsを基質とし,C18のステアリン酸(C18:0)およびバクセン酸(C18:1n-7)を合成する脂肪酸伸長酵素である.我々は,SREBPの標的遺伝子としてElovl6をクローニングし,肝臓や脂肪組織などのエネルギー代謝臓器において,Elovl6の発現が絶食後の再摂食や高ショ糖食および高脂肪食の摂取で増加すること,また絶食やPUFAsの摂取で減少することを明らかにした15).
Elovl6欠損マウスの各臓器では,野生型マウスと比較してステアリン酸およびオレイン酸(C18:1n-9)が減少し,パルミチン酸,パルミトオレイン酸(C16:1n-7)およびバクセン酸が増加する.高脂肪高ショ糖食を与えると,Elovl6欠損マウスは野生型マウスと同様に肥満と脂肪肝を呈するにもかかわらず,インスリン抵抗性の改善が認められた16).このインスリン抵抗性の改善は,肝臓における脂肪酸組成の変化がインスリン受容体基質-2(IRS-2)/Aktシグナルを保持し,DAG/プロテインキナーゼCε(protein kinase C-ε:PKCε)経路を抑制するためであった.すなわち,Elovl6の欠損により肝臓の脂肪酸組成を変化させると,肥満と脂肪肝が持続した状態でもインスリン抵抗性が発症しにくいと考えられ,Elovl6は生活習慣病の治療標的として期待される17).
さらに,我々は肝臓特異的Elovl6欠損マウスを作製し,エネルギー代謝やインスリン感受性における肝臓のElovl6の役割とその分子機序を解析した18).Elovl6全身欠損マウスとは異なり,肝臓特異的Elovl6欠損マウスでは高脂肪高ショ糖食により惹起されるインスリン抵抗性は抑制されなかった.これは肝臓特異的Scd1欠損マウスと同様の表現型であり,高脂肪食誘導性のインスリン抵抗性の改善には,他の臓器のElovl6の阻害あるいは肝臓の非実質細胞(Kupffer細胞,星細胞,類洞内皮細胞など)におけるElovl6の阻害が必要である可能性が示唆される.一方,高ショ糖の給餌により肝臓での脂肪酸de novo合成を活性化させると,コントロールマウスに比べて肝臓特異的Elovl6欠損マウスでは血糖値および血中インスリン値の低下および肝臓のインスリン感受性の亢進が認められた.トランスクリプトーム解析により,高ショ糖食で発現が増加し,かつ肝臓特異的Elovl6欠損マウスで発現が低下する遺伝子として,脂肪滴に局在しTAGリパーゼ活性を有するpatatin like phospholipase domain containing 3(Pnpla3)を見いだした.アデノウイルスを用いて肝臓特異的Elovl6欠損マウスの肝臓にコントロールマウスと同レベルのPnpla3を発現させると,肝臓特異的Elovl6欠損マウスで認められたインスリン感受性の亢進が部分的にキャンセルされたことから,Pnpla3の発現低下がインスリン感受性の亢進に関与していることが示唆された.さらに,肝臓のリピドミクス解析により,Elovl6の欠損またはPnpla3の補充によりその量が変化し,インスリン感受性と相関する脂質分子種として,セラミド(d18:1/C18:0)を見いだした.セラミド(d18:1/C18:0)をヒト肝がん由来細胞株HepG2細胞にふりかけると,インスリン刺激に伴うAktのリン酸化が減弱した.セラミドはPKCやprotein phosphatase 2A(PP2A)を活性化することによりAktを脱リン酸化し,インスリンシグナルを阻害するが,セラミド(d18:1/C18:0)はPP2Aの内因性阻害因子SET/I2PP2Aに結合してSET/I2PP2AをPP2Aから解離させ,PP2Aを活性化させることにより,Aktの脱リン酸化を亢進し,インスリン感受性を減弱させるという新しい分子機序が明らかとなった(図4).すなわち,Elovl6はセラミドの側鎖長を制御することにより肝臓のインスリン感受性を制御することが新たに明らかとなった.肥満において肝臓や脂肪組織に蓄積するC16:0-セラミドがインスリン抵抗性やミトコンドリア機能不全を引き起こすことが報告されているが,脂肪酸合成が活性化した肝臓ではC18:0-セラミドもインスリンシグナルを負に制御すると考えられる.Elovl6のスフィンゴ脂質代謝を介したインスリン感受性制御メカニズムのさらなる解析が,インスリン抵抗性の分子機構の解明や生活習慣病の新規治療法の開発につながると期待される.
脂肪肝は単なる脂質の肝内蓄積にとどまらず,進行性の慢性肝疾患である代謝異常関連脂肪肝(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)や,その炎症性病態である代謝機能障害関連脂肪肝炎(metabolic dysfunction-associated steatotohepatitis:MASH)へと進展するリスクを有する19, 20).特に肥満や2型糖尿病を背景とするMASLD/MASHの有病率は世界的に増加しており21),公衆衛生上の重大な問題となっている.
MASLDの病態形成においても,肝臓における脂肪酸の「量」だけでなく「質」,すなわち脂肪酸の組成・炭素鎖長・不飽和度などの変化が重要な役割を果たしている.MASLD患者および動物モデルでは,肝臓内に飽和脂肪酸が蓄積し,PUFAsが減少するという脂肪酸組成の変化が観察されている22).これにより,炎症,小胞体ストレス,酸化ストレスといった肝細胞障害が誘発され,MASHへの進展が加速される.
脂肪酸伸長酵素や不飽和化酵素は,肝内脂肪酸の質を決定づける重要な因子である.脂肪酸伸長酵素Elovl5はC18~20のPUFAsの伸長に関与し,その発現はSREBP-1cや肝臓X受容体α(liver X receptor α:LXRα),ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)により制御される23).Elovl5欠損マウスではC18からC20へのPUFAsの伸長活性が著しく低下するため,C20~22系PUFAsが減少する24).PUFAsは脂質合成転写因子SREBP-1cの活性化を抑制するが,その効果は鎖長が長いほど,また不飽和結合数が多いほど強い.したがって,Elovl5欠損マウスの肝臓ではSREBP-1cが過剰に活性化され,脂質合成が亢進し脂肪肝が進行する.
一方,我々は,Elovl6欠損マウスではMASHの進展が抑制されることを報告した25).Elovl6欠損マウスに高脂肪・高コレステロール食を与えると,野生型マウスと同様に高度な脂肪肝を来したが,酸化ストレス,炎症,線維化,肝障害といった一連のMASH発症機序が抑制された.Elovl6欠損マウスの肝細胞では,Elovl6の基質であるパルミチン酸(C16:0)によるNLRP3インフラマソームの活性化が抑制されることから,Elovl6を介したパルミチン酸の鎖長伸長および細胞内代謝が重要な炎症起点である可能性が示唆される.また,脂肪肝やMASHにおいては,エクソソーム中の脂肪酸組成も重要な因子であると考えられている.MASLD患者由来のエクソソームは,パルミチン酸/オレイン酸比が高く,肝細胞においてRIP1(receptor interacting protein 1)のリン酸化,TNFα発現,ROS産生を促進することが報告されており26),Elovl6の抑制はこれらの悪影響を緩和することが示されている.
さらに,脂肪酸の質はMASLDにおけるミトコンドリア障害にも関与する.Elovl5欠損マウスでは,食餌誘発性MASHモデルにおいて,肝脂肪蓄積,炎症細胞浸潤,線維化の進行といったMASH様表現型が強く現れた27).これには,ミトコンドリア特異的リン脂質であるカルジオリピンの脂肪酸組成が短鎖不飽和脂肪酸へ変化することや,呼吸鎖複合体I/IIIの機能低下など,ミトコンドリア脂質リモデリングの破綻が関与する可能性が示唆されている.我々も,肥満モデルob/obマウスと肝臓特異的Elovl6欠損マウスの二重変異マウスにおいて,短鎖型・飽和型脂肪酸を持つカルジオリピンの増加,ミトコンドリアの形態および機能の改善,ミトコンドリア超複合体形成の正常化を確認している(未発表データ).これは,Elovl6の阻害がミトコンドリア膜脂質の質的制御を通じて,脂肪肝に伴うミトコンドリア機能障害を軽減する可能性を示す.
これらの知見から,脂肪酸の質を制御する酵素群,特にElovl6およびElovl5は,MASLD/MASHの進展において中心的な役割を担うと考えられる.脂肪酸組成の変化を介してインスリン抵抗性,ミトコンドリア機能,炎症応答を制御することにより,疾患の進行を修飾する新たな治療標的として期待される.
細胞膜を構成するリン脂質の脂肪アシル組成は,膜の流動性,曲率,厚さなどの生物物理学的特性を規定し,膜タンパク質の構造や機能に多大な影響を及ぼす.最近の研究により,細胞は脂質代謝の変化に応答して膜リン脂質の構成を動的に調節する内因性機構を備えていることが明らかとなってきた.特に,リン脂質の再構成を担うLPCAT3(lysophosphatidylcholine acyltransferase 3)やMBOAT7(membrane bound O-acyltransferase domain-containing 7)は,リン脂質のアシル鎖組成を変化させ,膜の流動性や小胞体ストレス応答,ミトコンドリア機能,リポタンパク質分泌,脂肪肝の病態に深く関与する.
肝臓X受容体(LXR)のリガンド活性化は,リン脂質リモデリング酵素LPCAT3の転写誘導を介して,PUFAsのリン脂質への取り込みを促進する28).Lpcat3の活性亢進は,in vitroでは飽和遊離脂肪酸に,in vivoでは肝脂質の蓄積により惹起される小胞体ストレスを緩和する.一方,肝臓特異的なLpcat3欠損は小胞体ストレスおよび炎症反応を悪化させる.これは,Lpcat3による膜脂質組成の変化が,炎症性キナーゼの活性化抑制や,炎症性メディエーター産生の基質利用性制御を介して,炎症応答の調節に寄与していることを示唆する.
また,Lpcat3はアラキドン酸(C20:4n-6)を選択的にリン脂質へ導入することにより,トリアシルグリセロール(TAG)分泌の制御因子として機能する29).腸上皮特異的Lpcat3欠損マウスは,離乳期に成長障害を呈し,腸管内に脂質が蓄積,血漿中TAG濃度が著しく低下する.肝臓特異的Lpcat3欠損マウスでも同様にTAG分泌が減少し,アラキドン酸含有率が低いホスファチジルコリンを含むVLDLを分泌する.また,膜の脂質移動性に関する研究から,Lpcat3によるPUFAの取り込み,特にアラキドン酸の取り込みがリポタンパク質粒子の成熟と脂質化に必須であることが示されている.
LPCAT3は小胞体膜のリン脂質構成,とりわけホスファチジルコリンにおける多価不飽和の含量を制御することにより,SREBP-1cの成熟にも影響する30).LXR活性化によりLPCAT3の発現が誘導されると,小胞体膜におけるPUFAの取り込みが促進され,それに伴いSREBP-1cのプロセッシングが活性化される.逆に,LPCAT3の欠損は小胞体膜の飽和度を高め,核内SREBP-1cの蓄積を抑制し,摂食や肥満,LXR刺激に対する脂肪合成応答を減弱させる.
MASH患者の肝臓では,PUFA含有ホスファチジルコリンの濃度が著しく低下しており,これはLPCAT3を介した膜脂質リモデリングと密接に関連している31).ヒトMASH肝ではLPCAT3の発現が顕著に抑制されており,MASLD活動スコアおよび線維化ステージとの間に逆相関が認められている.肝臓特異的Lpcat3欠損マウスは,自然発症型および食餌誘導型MASHモデルの両方において病態の進行が促進される.分子機構として,Lpcat3欠損はミトコンドリア膜の飽和度を高め,ミトコンドリアの分断化,酸化ストレスの増大,オートファジーの異常活性化を引き起こす.一方で,Lpcat3過剰発現はMASHにおける炎症と線維化の改善に寄与することが示されている.
LPIAT1(lysophosphatidylinositol acyltransferase 1)は,アラキドン酸(C20:4n-6)をホスファチジルイノシトール(PI)に導入する酵素であり,MASLDと強く関連する遺伝子多型(rs641738 C>T)が報告されている.肝細胞特異的Lpiat1欠損マウスは,自然発症的に脂肪肝を呈し,高脂肪食により線維化が進行する32).LPIAT1欠損により,PIのアシル鎖リモデリングが抑制され,代償的にPIの合成および分解が亢進する.特にホスホリパーゼCを介したPI分解により生成されるDAGが,トリグリセリドの前駆体として蓄積し,脂肪肝の進展を促す.さらに,PUFAを欠いた異常なPIの蓄積は,SREBP-1cの活性化や炎症を伴わない肝線維化の促進にも関与することが示されている33).
このように,LPCAT3やLPIAT1(MBOAT7)は,PUFAをリン脂質に導入するリモデリング酵素として,膜構造・機能および脂質代謝の恒常性維持に中心的な役割を果たしている.これらの酵素の機能異常は,脂肪肝から線維化,さらに肝がんに至る疾患進展に関与しており,標的分子としての意義が高い.
脂肪酸は,エネルギー代謝における基本的な役割に加え,細胞膜の構造維持,シグナル伝達,エピジェネティクス,免疫応答といった多様な生理機能に関与するきわめて重要な分子である.近年の研究により,脂肪酸の「質」,すなわち飽和度,不飽和度,炭素鎖長,構造異性体およびこれらの存在比率が,生活習慣病の発症・進展において中心的な役割を果たすことが明らかになってきた.
特に2型糖尿病やMASLD/MASHにおいては,脂肪酸の質的異常がインスリン抵抗性,脂肪毒性,炎症,小胞体ストレス,ミトコンドリア機能障害など多岐にわたる病態に関与することが示されている.一方で,特定の脂肪酸やその代謝物が病態改善に寄与する可能性も報告されており,脂肪酸の組成を操作することで疾患進展を制御する新たな戦略が見いだされつつある.
本稿では,Elovl6, SCD1, FADS, LPCAT3, MBOAT7など,脂肪酸の質を制御する代謝酵素群が生活習慣病の病態修飾因子として注目されていることを紹介した.これらの分子は,脂質プロファイリングを活用した個別化医療の進展とともに,次世代の創薬標的としてきわめて高い潜在力を有している.とりわけ,我々の研究で明らかにしたElovl6の機能は,MASLD/MASHにおける脂肪酸組成,インスリン感受性,ミトコンドリア機能,炎症・線維化といった多層的な病態に対して有益な影響を及ぼしうることを示しており,Elovl6は疾患修飾的標的分子として有望である.
今後の課題としては,ヒトにおける脂質プロファイリングや介入試験を通じた実証研究の推進,加えて,食事・栄養学的介入との統合的理解が求められる.また,脂肪酸組成の変化がもたらす疾患特異的な病態進展機構の解明と,それに基づく個別化脂質治療の実装が,生活習慣病の予防・診断・治療を包括的に革新する鍵となるだろう.脂肪酸の質に基づく多角的なアプローチは,今後の代謝研究と臨床応用の架け橋として,ますます重要性を増していくと期待される.
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著者紹介Author Profile
松坂 賢(まつざか たかし)筑波大学医学医療系内分泌代謝・糖尿病内科トランスボーダー医学研究センター 教授.博士(医学).
略歴2005年筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科修了.05~07年筑波大学大学院人間総合科学研究科助手.07~11年筑波大学大学院人間総合科学研究科助教.11~19年筑波大学医学医療系准教授.19年より筑波大学医学医療系教授,現在に至る.
研究テーマと抱負脂肪酸伸長酵素Elovl6に関する研究を通じて,脂質多様性の生理的・病態生理的意義の解明と脂肪酸組成制御による各種疾患の新規治療法の開発を目指しています.
ウェブサイトhttps://sites.google.com/view/matsuzakalab-tsukuba/home
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