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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 97(6): 798-804 (2025)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2025.970798

特集Special Review

脂肪組織での代謝リモデリングによる老化・寿命制御Metabolic reprogramming in adipose tissue contributes to aging and lifespan

東京理科大学薬学部生命創薬科学科分子病理・代謝学研究室Molecular Biology and Metabolic Disease, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Tokyo University of Science ◇ 〒125–8585 東京都葛飾区新宿6–3–1 ◇ 6–3–1 Niijuku, Katsushika-ku, Tokyo 125–8585, Japan

発行日:2025年12月25日Published: December 25, 2025
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長期の総摂取カロリーの制限(caloric restriction:CR)は,加齢性疾患の発症を抑制し,平均および最大寿命を延伸する再現性の高い唯一の介入方法として老化研究で広く応用されている.我々は,CRによる有益な効果には,特に脂肪組織における脂質合成のマスターレギュレーターであるSREBP-1cの発現増加に起因したミトコンドリア生合成の亢進が重要であることを明らかにしてきた.加えて最近,ミトコンドリアタンパク質成熟化に関与するペプチダーゼMIPEPの発現上昇が,ミトコンドリアプロテオスタシスを維持する上で重要であることを示した.本稿では,我々が得た新規知見を含め,CRがもたらす脂肪組織内の生理的・分子的変化のメカニズムについて総括的に論じる.

1. はじめに:カロリー制限による健康寿命延伸効果

カロリー制限(caloric restriction:CR)とは,特定の栄養素を制限することなく,生存に必要な栄養素を与えたうえで,継続的に総摂取カロリーを60~70%程度に制限する方法である.CRは,代謝を改善し,加齢に伴う生理的変化を遅延するとともに,悪性腫瘍をはじめとするさまざまな加齢性疾患の発症を抑制し,平均および最大寿命を延伸する.CRによる抗老化・寿命延伸作用は,短命な酵母や線虫,ショウジョウバエなどからげっ歯類を含む哺乳類まで,種を超えて報告されており,普遍的な寿命延伸法として認識されている.酵母,線虫を含む無脊椎動物などの種は遺伝子操作が簡便であること,低コストであること,寿命が短いことなどから,CRによる寿命延伸メカニズムの解明にはこれらの種が多く使用されてきている1–3).マウス,ラットを含む実験用げっ歯類のほとんどの系統においても,CRは寿命の中央値および最大値を延伸し,悪性腫瘍をはじめとするさまざまな加齢性疾患の発症を抑制する4, 5).ヒトと同じ霊長類へのCR効果の知見として,1980年代後半から,米国ウィスコンシン大学と国立老化研究所がそれぞれアカゲザル(rhesus monkey,学名Macaca mulatta)におけるCR研究が実施された.ウィスコンシン大学は2009年と2014年に「CRには寿命延伸効果がある」と発表した6, 7).一方,国立老化研究所は2012年に「CRによる有意な寿命延伸効果はみられない」と発表した8).この相違について,両研究施設はデータを持ち寄り,生存率,体重,食物摂取量,空腹時グルコース値,加齢に関連した罹患率について直接比較した.この論文の中ではCRのコントロールとなる自由摂食群の摂餌量と方法,摂餌成分,開始年齢,アカゲザルの起源が異なるため両者の結果の単純比較は難しいとしたうえで,どちらのCR研究においても老化関連疾患(がん,心疾患,サルコペニアなど)の罹患率はCRにより有意に減少しているとして,「CRによる健康上の有益な効果はサルでも保存されている」と2017年にNature Communicationに共著で発表している9).この論文などによりCRによる健康への有益な効果はヒトの健康にも応用できる可能性が高いことが示唆され,CRメカニズムの解明は現在でも老化研究のホットトピックである.CRのメカニズムとして,NAD代謝,サーチュインの活性化,GH/IGF-1シグナルの抑制などが議論されている.本稿ではCRとGH/IGF-1シグナルとの関与について解説し,最新の研究成果を踏まえた新たなCRメカニズムについて考察する.

2. CRによるGH/IGF-1依存的/非依存的シグナル

1996年に下垂体の分化に関連する転写因子Prop-1遺伝子に変異があり成長ホルモン(growth hormone:GH)などの分泌不全を呈するAmes dwarfマウスが長寿であると報告された10).これは単一遺伝子の突然変異が哺乳類の寿命を延ばすことを示した最初の報告である.これ以降,GH刺激により肝臓などから分泌されるインスリン様成長因子1(insulin-like growth factor-1:IGF-1)受容体欠損マウス11),アンチセンスGH遺伝子の導入によりGH発現を抑制したトランスジェニック(Tg)ラット12)も,野生型に比べ長寿であると報告された.これらの結果は,寿命制御におけるGH/IGF-1シグナル抑制の重要性を示唆している.GHの作用により肝臓から分泌されたIGF-1がIGF-1受容体に結合すると,インスリン受容体結合基質(insulin receptor substrates:IRS)のリン酸化により,AktやMAPKシグナルを活性化させ,forkhead box O(FOXO)の抑制およびmechanistic target of rapamycin(mTOR)を活性化する.FOXOファミリーであるFOXO1, FOXO3, FOXO4, FOXO6はAktによるリン酸化により核外へ移行するため,転写活性が負に制御される.CRによる抗腫瘍形成効果および寿命延伸効果はそれぞれFOXO1欠損,FOXO3欠損マウスでキャンセルされことが示されており13, 14),CRによるGH/IGF-1シグナルの抑制は,FOXO1やFOXO3を介することが示唆されている.AktおよびAMPK下流で制御されるmTOR complex 1(mTORC1)はタンパク質合成や細胞増殖を活性化させるほか,オートファジーを抑制することが知られる15).mTORの発現レベルを減弱させたマウス16),mTORC1下流で活性化されるS6K1を欠損させたマウス17),ラパマイシン投与によりmTORC1活性が阻害されたマウス18)はそれぞれ寿命が延伸する.以上の結果は,CRによる寿命延伸効果は,GH/IGF-1シグナル抑制が重要であることが重要であることを示唆する.

一方で,前述した長寿のAmes dwarfマウス19)およびアンチセンスGH-Tgラット20)にCRを行った結果,野生型と同様にCRにより寿命が延伸することが示されている.この結果は,CRの寿命延伸効果にはGH/IGF-1依存的な制御だけでなく,GH/IGF-1非依存的な制御も存在することを示唆する.

3. CRによるWATでのSREBP-1発現制御機構

白色脂肪組織(white adipose tissue:WAT)は,主に皮下や内臓に分布し,体内に摂取した栄養分を中性脂肪として貯蔵する「エネルギー貯蔵の場」として知られる一方,WATがホルモン,サイトカイン,増殖因子といった多数の内分泌タンパク質を放出する内分泌臓器であることも1990年代後半から明確に認識されるようになってきた.WATが少ないマウスは長寿であるという報告21)を踏まえ,9か月間の長期CRを行ったマウスのWATを解析した.その結果,WATを構成する脂肪細胞の小型化,WATから分泌されるアディポネクチンの血中レベルの増加,WATのインスリン感受性の増大,などの表現型が得られた22).また,オリゴヌクレオチドマイクロアレイの結果,エネルギー代謝に関する因子の発現増加などが観察された22, 23).また,アンチセンスGH-TgラットとCRラットのWATにおける遺伝子発現の変化を網羅的に解析した結果,脂肪酸合成関連遺伝子群がGH非依存的にCRにより増加することを見いだした24).以上の結果は,GH/IGF-1シグナル非依存的なCRの有益な効果には,WATの代謝リプログラミングが重要であることを示唆する.

ステロール調節因子結合タンパク質(sterol regulatory-element binding proteins:SREBPs)はLDL受容体のステロール制御エレメント(sterol regulatory element:SRE)配列を認識するタンパク質として1993年に同定されたbasic-helix-loop-helix-leucine zipper(bHLH-Zip)ファミリーに属する転写因子であり25),生体内で脂質の生合成を担う重要なタンパク質である.ヒト染色体17p11.2にコードされるSREBP-1,ヒト染色体22q13にコードされるSREBP-2が存在し,SREBP-1には転写開始点の相違によって,SREBP-1aとSREBP-1cという二つのスプライシングアイソフォームが存在する26).マウスやラットの組織ではSREBP-1aよりSREBP-1cとSREBP-2の発現が優勢であり,特にSREBP-1cは脂肪酸合成,SREBP-2はコレステロール合成に必要な遺伝子を優先的に活性化することが知られている27, 28).我々は,CRを行ったWistarラットのWATにおいて,Srebp-1cのmRNA量が,Srebp-1a, Srebp-2に比べて顕著に増加することを示した29)

さらに,0.5, 1, 2, 3, 6か月間CRを行ったラットを作製し,CRの効果を経時的に解析した.その結果,興味深いことに脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase:FASN),アセチルCoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase alpha:ACC),リンゴ酸脱炭素酵素(malic enzyme 1:ME1)のタンパク質量,およびATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase:ACLY)のリン酸化レベルは,CR期間0.5から2か月にかけて徐々に減少し,その後6か月にかけて増加するV字型の変動を示した.このとき,Srebp-1c mRNA量も同様の変化がみられたことから,SREBP-1cの遺伝子発現がCR期間2から3か月を境にしたV字型の発現増加に関与していると考えられた30).そこで,SREBP-1の遺伝子発現に関与することが既知であるインスリンとレプチンに着目し,CRへの関与を検討した.インスリンは,SREBP-1の転写を促進するが,特にSREBP-1cの発現を強く誘導する31).この転写機構は,SREBP-1cの転写を抑制するFOXO1を,インスリン下流で核内移行したリン酸化AKT(pAKT)がリン酸化し,核外移行させることで,Srebp-1cのmRNA量を増加させる32).我々は,0.5か月間のCRにより,核内pAKT量が増加する一方,CR期間が長いほどpAKTが減少することを明らかにした30).このことは,短期のCRによりWATのインスリン感受性が高まったことに起因すると考えられる.レプチンは,脂肪細胞から放出されるホルモン(アディポカイン)の一種であり,脳の視床下部に作用して食欲を抑制する.レプチン遺伝子に変異がありレプチン産生がないマウス(ob/obマウス)33),レプチン受容体に変異があるマウス(db/dbマウス)34)は肥満病態を呈し,肥満または2型糖尿病モデルとして用いられている.レプチンを腹腔内投与したマウスのWATでは,SREBP-1とFASN, ACLY, ME1などの脂肪酸合成因子の発現が減少することが報告され,レプチンシグナルはSREBP-1およびその下流シグナルを抑制することが示唆されている35).我々は,CRにより,WATでのレプチンmRNA量,タンパク質量,および血中レプチン量は減少することを見いだした30, 36).この結果は,CRによりWAT由来のレプチン放出量が減少することを示唆する.さらに,レプチン受容体遺伝子に変異があり,肥満型を呈するZucker fattyラット(fa/faラット)においてCRを行った結果,WATにおいて,CRによって増加する脂肪酸生合成因子のタンパク質発現増加が抑制された30).これらの知見は,CRによるWATのリモデリングに伴うレプチン発現および分泌の低下は,オートクライン/パラクライン経路を介してレプチン受容体下流のシグナル伝達を低下させ,レプチンシグナルの抑制に伴うSREBP-1c発現増加がCRによる脂肪酸合成を増加させたと考えられる.レプチンシグナルの低下がSREBP-1cの発現を増加させる機構はいまだ不明であるが,CRの有益な効果におけるGH/IGF-1非依存的経路として,レプチンとその受容体の活性低下を介したSREBP-1c発現制御機構があることが示唆された.

4. CRによるWATでのSREBP-1cの機能

CRにより増加するSREBP-1cが,どのようなメカニズムによりCRの有益な効果に寄与するのかを調べるために,Srebp-1cノックアウト(KO)マウスを用いて解析し,2017年に以下の報告をした.まず,SREBP-1cの下流で制御されるFASN, ACC, ACLYおよびME1などの脂肪酸合成因子のタンパク質発現をWATで調べたところ,CRにより顕著に発現が増加し,Srebp-1c KOマウスで抑制された37).CRはミトコンドリア生合成も促進させることが知られている38).そこで,ミトコンドリア外膜タンパク質(translocase of outer mitochondrial membranes 20 kDa:TOM20),電子伝達系構成因子の一つであるシトクロムcオキシダーゼサブユニット4(cytochrome c oxidase subunit 4:COX4),ミトコンドリアに局在する脱アセチル化酵素Sirtuin 3(SIRT3)を調べたところ,これらのタンパク質発現量はCRで増加し,Srebp-1c KOマウスでは減少した.SREBP-1cとミトコンドリアの関係を詳細に調べるためにSrebp-1c KOマウスと野生型マウス由来のマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を作製しクロマチン免疫沈降(ChIP)を行った結果,SREBP-1cがFASNだけでなく,ミトコンドリア生合成の主要転写因子であるperoxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator-1 alpha(Pgc-1α)のプロモーター領域に結合することが明らかになった.実際,in vivoにおいてもCRによりWATで増加するPgc-1α mRNA量はSrebp-1c KOマウスでキャンセルされた.しかし,肝臓をはじめほかの臓器では,CRによるSREBP-1c依存的な脂肪酸合成やミトコンドリア生合成の活性化は観察できなかった.最後に,野生型マウスで観察されたCRによる寿命延伸効果は,Srebp-1c KOマウスでキャンセルされたことから,CRによる寿命延伸効果には,WATにおける脂肪酸合成の促進だけでなく,SREBP-1cの発現増加を介したPgc-1αの転写活性化によるミトコンドリア生合成促進が重要であることが示唆された37)

さらに我々は,CRにより,WATにおいてSREBP-1cの下流で制御される因子としてfibroblast growth factor 21(Fgf21)を見いだし,以下の知見を報告している39).WATにおいて,FGF21は,FGF receptor 1(FGFR1)/beta-klotho(KLB)複合体に結合することでその下流シグナルを活性化し,グルコース取り込みに関わるグルコース輸送体(glucose transporter:GLUT1)の発現を増加させる40).解析の結果,CRを行ったマウスのWATで増加したFgf21のmRNA量およびタンパク質発現量は,Srebp-1c KOマウスでキャンセルされた.また,Fgf21 KOマウスから得たMEFを脂肪細胞に分化させた結果,Pgc-1αのmRNA量が減少した39).したがって,CRにおいて,SREBP-1cはPGC-1αの発現を直接増加させるだけでなく,FGF21の発現増加を介して間接的にPGC-1αの発現を増加させる可能性も示唆された.

5. CRによるWATでのSREBP-1c依存的なMIPEP発現制御

前述したミトコンドリアのサーチュインであるSIRT3は,その脱アセチル化活性を介してミトコンドリアマトリクス内のさまざまな酵素を活性化する41, 42).WATを用いたウエスタンブロットの結果では,抗SIRT3抗体により,分子量の異なる2本のバンド(約37 kDa, 28 kDa)が検出された.SIRT3を恒常的に過剰発現させた脂肪前駆細胞3T3-L1においてプロテアソーム阻害剤MG132を処理すると,MG132処理時間依存的に37 kDa付近の高分子量バンドが蓄積した43).一方で,CRを行ったマウスWATのウエスタンブロットでは,SIRT3の28 kDaのバンドが増加した.Srebp-1c KOマウスではこの変化は観察されなかった44).これらの結果から,SIRT3の高分子量バンドは前駆体,低分子バンドは成熟体であり,CRを行ったマウスWATにおいて,SIRT3はSREBP-1c依存的にミトコンドリア内でプロセシングを受け成熟化することが示唆された.

ミトコンドリアは,外膜と内膜の二重膜構造からなる細胞小器官であり,呼吸鎖およびミトコンドリア内リボソームRNAとtRNAを含む13遺伝子をコードする環状のミトコンドリアDNA(mitochondrial DNA:mtDNA)を有している.内膜では酸素呼吸に関わる呼吸鎖複合体が形成され,電子伝達系[酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation:OXPHOS)]により酸素呼吸を行う.内膜の内側のマトリクスには,TCA回路などのさまざまな酵素群が,また,外膜と内膜に挟まれた膜間腔にはアポトーシス制御に関わるタンパク質群が存在する.ミトコンドリア内で働くタンパク質の99%以上は核DNAにコードされている.核DNAから転写・翻訳されたミトコンドリアタンパク質は,それぞれのタンパク質が持つミトコンドリア移行シグナルによってミトコンドリア外膜タンパク質複合体(TOM/TIM complex)を介してミトコンドリア内に輸送される45).輸送されたミトコンドリアタンパク質は未成熟体であり,ミトコンドリアシグナルペプチダーゼ(mitochondrial signal peptidase:MtSPase)によるアミノ酸の切断により活性型となる.まずミトコンドリアプロセシングペプチダーゼ(mitochondrial processing peptidase:MPP)によりN末端に存在するミトコンドリア移行配列の切断を受ける.一部のタンパク質はMPPの切断により成熟化するが,MPPで切断タンパク質を基質として,mitochondrial intermediate peptidase(MIPEP)が2段階目の切断を行う.MIPEPは酵母で発見されたペプチダーゼであり,N末端濃縮したプロテオーム解析の結果から,N末端MPP切断部位から8アミノ酸を切断することが示され,酵母では8という意味のオクタペプチダーゼ(octapeptidase:Oct1)と呼ばれる46)

SIRT3はMPPによる切断を受けることが既知であったことから47),CRとMtSPaseの連関を解析した.CRにより,MPP構成タンパク質MPPαをコードするPmpca, MPPβをコードするPmpcbのmRNA量は変化しなかったものの,MipepのmRNA量およびタンパク質量が増加した43).SIRT3の脱アセチル化活性を,マンガンスーパーオキシドジスムターゼ2(Mn-superoxide dismutase 2:MnSOD2)の脱アセチル化を指標に定量したところ,shRNAによるMipepノックダウンにより減少した.以上の結果から,CRによりWATで増加するMIPEPはミトコンドリアタンパク質の成熟化を介してCRの有益な効果に寄与する可能性が示唆された.

6. 脂肪特異的MIPEP欠損マウスの解析

1)MIPEPが制御するミトコンドリアのプロテオスタシス

そこで,WATにおけるMIPEPの機能を明らかにするために,アディポネクチン-CreマウスとMipepflox/floxマウスの交配により,脂肪特異的MIPEP欠損(adipose tissue-specific Mipep knockout:aMKO)マウスを作製した.aMKO雌マウスの皮下脂肪,および性腺周囲脂肪の重量はaMKOマウスで顕著に減少した.このときWATではリポブラスト(lipoblast)と呼ばれる分化不全細胞が増加しており,実際に,脂肪細胞分化マーカーのmRNA量が減少した.一方,褐色脂肪組織(brown adipose tissue:BAT)では,BATを構成する脂肪細胞に脂肪が異常蓄積し,BATの白色化が起きていた.以上の結果から,MIPEPの欠損はWATおよびBATの質を低下させることが明らかになった48)

ミトコンドリア内でMIPEPの基質となるタンパク質として,前述した脱アセチル化酵素SIRT3,ミトコンドリア電子伝達系複合体4の構成タンパク質の一つであるCOX4, TCA回路の酵素でありリンゴ酸をオキサロ酢酸に変換するリンゴ酸デヒドロゲナーゼ2(malate dehydrogenase 2:MDH2)が既知である43, 46, 49).MnSOD2のアセチル化を指標としたSIRT3の脱アセチル化活性,COX4およびMDH2それぞれの脱酸素,脱水素活性はaMKOマウスで低下した.これらの結果は,MIPEP欠損によるMPP切断部位からの8アミノ酸欠失不全は,それぞれのタンパク質の成熟化を阻害することを示唆する.一方で,これらのタンパク質量をウエスタンブロットにより定量すると,SIRT3は変化がなく,COX4は顕著に減少し,MDH2は蓄積し,一様の挙動をとらなかった.ミトコンドリア内部に存在するタンパク質は,恒常的な濃度で正しく機能し,バランスを正しく保っているとされ,これをプロテオスタシス(タンパク質のホメオスタシスという意味の造語)と呼ぶ.つまり,MIPEPはミトコンドリア内タンパク質量を制御し,ミトコンドリアのプロテオスタシスを維持する重要な因子であることを示唆する.8アミノ酸の有無によるタンパク質量の変動には,ミトコンドリア内で不要タンパク質の分解を担うプロテアーゼが関与していると考えており,この詳細を現在解析中である.

プロテオスタシスの破綻は,細胞内のストレス応答を引き起こす.特にミトコンドリアのプロテオスタシス破綻は,ミトコンドリアアンフォールデッドストレス応答(mitochondrial unfolded protein response:UPRmt)という反応を惹起する50).UPRmtのメカニズムは線虫でよく解析されており,主に転写因子ATFS-1(stress activated transcription factor atfs-1)がその中心を担っていると考えられている.ATFS-1はN末端にミトコンドリアシグナル配列(mitochondrial targeting sequence:MTS),C末端に核移行シグナル(nuclear targeting sequence:NTS)を持つタンパク質である.通常状態ではATFS-1はミトコンドリアに輸送されてミトコンドリアプロテアーゼの一つであるLONP1により分解を受けるが,ミトコンドリアストレスがかかるとATFS-1のミトコンドリア移行が阻害され,核への移行が優先される51).哺乳類のUPRmtはATFS-1のホモログであるAtf5(activating transcription factor 5)に加え,Atf4(activating transcription factor 4),CHOP(C/EBP homologous protein)がこの役割を担っている.これらの転写因子は,核DNAにコードされている分子シャペロン(mtHsp70, Hsp60, Hsp10),プロテアーゼ(ClpX, ClpP, Parl, Lonp1),ミトカイン(ミトコンドリアストレス由来サイトカイン,Gdf15, Fgf21)の発現を増加させることで,ミトコンドリアプロテオスタシスの恒常性を維持するとされている52).aMKOマウスにおいてこれらのUPRmtに関わる転写因子,応答因子のmRNA量を解析した結果,Atf4, Atf5, CHOPなどの既知の転写因子の発現は増加する一方で,興味深いことにシャペロン,プロテアーゼの発現は変化せず,ミトカインの発現のみが増加する非典型的なUPRmtの応答を示した48).典型的なUPRmtは,アンフォールデッドタンパク質の蓄積53),mtDNAの減少54),ミトコンドリアリボソームの劣化55, 56),活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)の増加57),OXPHOSの阻害51),ミトコンドリアタンパク質トランスロケーター(translocase of inner mitochondrial membrane 23:TIM23)阻害58)などのミトコンドリアストレスにより惹起されることが報告されているが,MIPEP欠損による8アミノ酸切断不全によるミトコンドリアストレスは,上記のストレスとは異なるのかもしれない.MIPEP欠損の際のミトコンドリアストレスと既報のミトコンドリアストレスの違いは何か? MIPEP欠損時のミトコンドリアストレス応答はどのようなシグナルか?という問いの解明は,線虫から哺乳類細胞が持つUPRmtの新たな意義を見いだす上で重要である.

2)MIPEP欠損による白色・褐色脂肪組織でのストレス応答の差異

また,aMKOマウスのミトカイン(FGF21, GDF15)のmRNA量,およびGdf15, Fgf21の転写を担うChop, Atf4, Atf5のmRNA量は,WATに比べてBATでより顕著であった.このときBATでは,さまざまな細胞内ストレスにより惹起される統合的ストレス応答(integrated stress response:ISR)経路により活性化されるeIF2α(eukaryotic translation initiation factor 2A)59)のリン酸化レベルも増加した.実際に,小胞体ストレスマーカーであるspliced XBP1(X-box binding protein 1)mRNA量はBATでのみ増加しており,BATではMIPEP欠損によるミトコンドリアストレスだけでなくほかの細胞内ストレスも同時に惹起されていると考えられる.WATとBATの応答の違いは,ストレス応答だけでなくミトコンドリアの形態にも顕著に表れている.aMKOマウスのWATのミトコンドリア像を走査型電子顕微鏡で取得した結果,aMKOマウスのミトコンドリアはコントロールマウスに比べてクリステ構造が破綻し,丸い構造をとっていた.一方でBATでは,WATほど顕著な変化はなかった.この結果は,MIPEP欠損により惹起されるストレス応答が,BATにおいてより効果的であった可能性を示唆するが,この詳細はいまだ不明であり,プロテオーム解析やミトコンドリア構成リン脂質に着目して解析を進める必要がある.

3)脂肪特異的MIPEP欠損が個体に及ぼす影響

WATのRNAシーケンスを行った結果,aMKOマウスにより増加する因子は炎症に関わる因子が多く濃縮された.実際に定量的PCRを行ったところ,マクロファージマーカーであるF4/80(adhesion G protein coupled receptor E1:Adgre1),Mcp-1(monocyte chemoattractant protein 1),炎症性サイトカインであるTNFα(tumor necrosis factor α)の発現がaMKOマウスで有意に増加した.この際に増加の主因となる細胞を明らかにするためにフローサイトメーターによりWAT中の炎症性細胞数を定量した結果,CD45 F4/80 CD11bで分離されるマクロファージ量が有意に増加した.このうちさらに,MHCIIhigh/low CD11clowで分離される脂肪細胞にドミナントに存在するマクロファージ,MHCIIhigh CD11chighで分離される浸潤性マクロファージもaMKOマウスで増加した.112種類の血中サイトカインを定量した結果,aMKOマウスでは32個のサイトカインが1.5倍以上増加したことから,aMKOマウスはWATでの炎症を起因として血中サイトカイン量が増加しており,慢性的な炎症状態にあることがわかった.さらに,雄マウスにおいて寿命を測定した結果,aMKOマウスはコントロールマウスに比べて有意に平均寿命が短縮した.以上の結果から,脂肪組織のMIPEPは,ミトコンドリアタンパク質のプロテオスタシスを維持することで脂肪組織の質および個体の寿命に寄与していることが明らかになった48)

7. おわりに

本稿では,CRによる抗老化作用および寿命延伸効果において,脂肪組織におけるSREBP-1cの発現増加が脂質代謝を促進し,MIPEPがミトコンドリアプロテオスタシスの維持に寄与することを示した.これらの作用は,GH/IGF-1に依存しない経路として,CRの有益な効果の根幹に位置づけられる可能性がある.現在,我々は,脂肪組織特異的MIPEP欠損マウスにCRを実施し,その脂肪組織における応答の詳細な解析を進めている.CRによって脂肪組織の質が改善される機構において,MIPEP——ひいてはミトコンドリアの機能——が果たす役割の解明は,老化制御の理解を深めるのみならず,加齢に伴う疾患予防や健康寿命の延伸に向けた新たな介入戦略の開発につながると期待される.本研究が,超少子高齢化社会を迎えた本邦において,個人の健康のみならず社会全体の活力維持にも資する知見となることを願ってやまない.

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著者紹介Author Profile

野崎 優香(のざき ゆうか)

東京理科大学薬学部生命創薬科学科 嘱託助教.博士(薬科学).

略歴

1992年千葉県生まれ.2015年3月東京理科大学薬学部生命創薬科学科卒業.20年3月東京理科大学大学院博士後期課程修了.博士(薬科学).20年4月から国立がん研究センター先端医療開発センター外来研究員.21年4月より東京理科大学薬学部生命創薬科学科分子病理・代謝学研究室(PI:樋上賀一教授)にて現職.

研究テーマと抱負

まるで独自に生きているかの如く細胞内でふるまうミトコンドリアに魅了されて研究を続けています.なぜ真核生物細胞との共生を選んだのか?と彼らへの問いは尽きません.

趣味

ビール,日本酒,散歩.

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