シアノバクテリアの新奇な中性脂質代謝系Unique pathway of neutral lipids in cyanobacteria
埼玉大学大学院理工学研究科Graduate School of Science and Engineering, Saitama University ◇ 〒338–8570 埼玉県さいたま市桜区下大久保255 ◇ 255 Shimo-okubo, Sakura-ku, Saitama, Saitama 338–8570, Japan
埼玉大学大学院理工学研究科Graduate School of Science and Engineering, Saitama University ◇ 〒338–8570 埼玉県さいたま市桜区下大久保255 ◇ 255 Shimo-okubo, Sakura-ku, Saitama, Saitama 338–8570, Japan
© 2025 公益社団法人日本生化学会© 2025 The Japanese Biochemical Society
脂質は,細胞の定義を満たすための外界との隔離を担う生体膜の形成に必須な生体物質である.その分子構造は多様性に富んでおり,細胞膜の形成だけでなく,細胞内小器官の区画化と識別,膜タンパク質の構造維持や活性制御など,さまざまな生体機能に関与している.脂質二重層を構成する脂質の多くは,リンや糖などで構成される親水性基と脂肪酸で構成される疎水性基を持つ両親媒性の分子である.一方で,トリアシルグリセロール(triacylglycerol:TAG)などの中性脂質は,親水性基を持たず,それだけで脂質二重層を構成することはできない.TAGは,リン脂質とタンパク質で保護された細胞内の構造体である脂肪滴(lipid droplet:LD)に集積され,主に窒素やリンなどの栄養が欠乏したときの炭素源の貯蔵物質となる.植物では,LDに蓄積したTAGは,種子の発芽過程や栄養欠乏からの回復過程において,脂肪酸およびアセチルCoAへと分解されて,脂質合成などの炭素源として利用される.TAG合成能およびLDの蓄積は,真核生物において広く保存されているが,原核生物の多くは,TAGよりもポリヒドロキシ酪酸(polyhydroxybutyrate:PHB)やポリヒドロキシ酢酸(polyhydroxyacetate:PHA)などを主に蓄積し,TAGを蓄積するのは,Actinobacteriaなどの一部の系統に限られる1).貯蔵物質は,発生や環境応答に広範かつ大きな影響を与えるため,中性脂質の代謝経路や生理機能を明らかにすることで,細胞の新たな生存戦略を明らかにできる可能性がある.また,脂質に含まれる脂肪酸はメチルエステル化されることでバイオディーゼルへ転用可能であることから,最近,脱炭素社会の実現を後押しする観点で特に注目されており,光合成生物を用いたTAG生産技術の確立を目指して,世界中で熾烈な競争が繰り広げられている.そのような背景のもと,我々は,原核光合成生物であるシアノバクテリアから新奇の中性脂質であるアシルプラストキノール(acylplastoquinol:APQ)を発見した.APQは,2023年に,日本の異なる三つの研究グループによって独立に報告された日本発の新規中性脂質である2–4).2025年には,ドイツや米国の研究グループからもその検出が報告されており5, 6),APQは光合成生物の中性脂質において最もホットな分子であるといえる.本稿では,APQの発見から中性脂質代謝およびその生理学的機能について,発見の裏話を交えながら解説する.
伝統的な脂質解析手法によるTAG定量では,まず,中性脂質用の展開溶媒を用いた薄層クロマトグラフィー(thin-layer chromatography:TLC)により,脂質抽出液を展開する.そして,TAG標準物質と同様の位置に現れるスポットをかきとって脂質成分を抽出し,メチルエステル化処理により遊離した脂肪酸誘導体を,ガスクロマトグラフィーによって定量する.電子顕微鏡画像においては,TAGが集積しているLDは,TAGの求電子的な性質から黒点として観察される.これらの手法により,細胞内におけるTAGの蓄積が,窒素固定型の糸状性種であるNostoc属などにおいて報告されてきた7).しかし,脂肪酸残基をアルコール残基から解離させてから定量する上記の方法では,検出された脂肪酸誘導体が本当にTAG由来であるかどうかは不明である.また,その定量結果もバックグラウンドを超えるか超えないかのわずかな値であるのに加え,Actinobacteria等のTAG産生細菌細胞内のLDと比べ,シアノバクテリア細胞内に検出される黒点は微小なものである.加えて,シアノバクテリアはActinobacteria等のTAG産生細菌が保持する細菌型の二機能性TAG合成酵素WS/DGAT(wax ester synthase/diacylglycerol acyltransferase)を保持しない.以上の結果より,シアノバクテリアが本当にTAG合成能を持つのかどうかは未解明であった.
そのような状況下で我々は,光合成研究のモデルシアノバクテリア種であるSynechocystis sp. PCC 6803においてTAG標準物質と同様の位置に現れるスポットに含まれる中性脂質を,メチルエステル化処理を経ずに直接LC-MS/MSで解析し,その主成分はTAGではない未知脂質であることを報告した(図1)8).これに続く以下の研究は,すべて日本の研究グループにより進められたものであり,まさに日本の独壇場となった.まず,LC-MS/MS解析に加えて,1H-NMRや13C-NMRを用いた詳細な化学構造解析によって,この未知脂質が,光合成電子伝達で働く主要なキノンの一種であるプラストキノール(plastoquinol:PQH2)の頭部に脂肪酸が結合したAPQであることが明らかになった2, 3).さらに,APQの合成に関わると考えられるアシルトランスフェラーゼ(acyltransferase:AT)3, 4)や分解に関わるリパーゼ9)が同定され,その代謝経路が明らかになった(図2).また,緑藻Chlamydomonas reinhardtiiや,陸上植物Spinacia oleraceaなどの真核光合成生物においても,LC-MS/MS解析からAPQの存在が確認されている10).しかしながら,MSスペクトルの計算に誤りが指摘される11)など,LC-MS/MS解析のみに依存するAPQの同定・定量を疑問視する見方もあり,実際に光合成生物一般にAPQが存在するかどうかは,NMRによる化学構造解析などによる,今後の検証が必要である.PQH2は,酸素発生型光合成を行う生物が,共通して光合成電子伝達に使用する物質であることから,APQは単に新規中性脂質であるというだけでなく,光合成電子伝達の制御に関わる可能性があるという点においても,研究の新展開が期待される.
TLC上でTAG標準物質(TAG std.)と同様の位置に展開され,脂肪酸を含むため,これまでTAGとして報告されてきた中性脂質が,APQであることを明らかにした.
シアノバクテリアの脂質は,ホスファチジン酸(PA)を初発物質として合成される.PAが,PAホスファターゼ(PAP)によって脱リン酸化されることで,ジアシルグリセロール(DAG)が合成される.一方,プラストキノン(PQ)は,光化学系II(PSII)によって還元されてプラストキノール(PQH2)となる.DAGあるいはPQH2が,アシルトランスフェラーゼ(AT)によってアシル化されることで,それぞれトリアシルグリセロール(TAG)とアシルプラストキノール(APQ)が合成される.TAGとAPQは,エステル加水分解酵素であるリパーゼ(LipAおよびApl)によって脱アシル化され,DAGとPQH2へと変換される.
光エネルギーは,水分解から還元力生成に至るまでの光合成電子伝達反応の駆動力である一方,過剰な光エネルギーは,水分解反応から得られた電子を使ってプラストキノン(plastoquinone:PQ)をPQH2に還元する光化学系II(photosystem II:PSII)を損傷させる(光損傷).損傷したPSIIは,細胞内では迅速に修復されて活性型に戻るが,損傷の速度が修復の速度を上回ると,光合成活性の低下が顕在化する(光阻害)12).修復過程は,多くのアデノシン5′-三リン酸(adenosine 5′-triphosphate:ATP)や還元力を要求する.しかし,不活性化したPSIIは,ATP合成に必要なチラコイド膜内外のプロトン濃度勾配の形成や,PQのPQH2への還元を行えないため,強光ストレス条件下などでPSIIが完全に失活した際には,ATPや還元力が不足して,損傷したPSIIを修復できないというジレンマを抱えることになる.我々は,主要な三つのPQ類であるPQ, PQH2, APQの動的変化を明らかにするために,ポストカラム還元HPLCを構築し,野生株を異なる光強度下に移した際のPQ類の量比の変動を経時的に解析した9).ポストカラム還元HPLCでは,PQ類をODSカラムで分離後,還元溶液を流路に加えてすべてのPQ類を蛍光型であるPQH2に還元した後に定量する.その結果,野生株では,強光ストレス条件下でAPQが蓄積し,弱光下に移すと迅速にAPQがPQH2へと変換されるとともに,PSIIの修復が進行した.一方,APQをPQH2と脂肪酸に分解するリパーゼの変異株では,APQからPQH2への変換がみられず,PSII修復の活性が低下した.これらの結果は,APQが強光ストレス下において,電子を安全に保存する電子リザーバーとしての役割を持ち,PSII修復が必要な際にはAPQをリパーゼによって分解して,PQH2を光合成電子伝達系に供給することで,PSII修復におけるジレンマを解消している可能性を強く示唆している(図3).
PSIIは,光エネルギーによる水分解反応を経て得られた電子を使ってPQをPQH2へと還元し,細胞内へ還元力(e−)を供給している.環境ストレスなどで,反応中心であるD1タンパク質(D1)や酸素発生複合体(oxygen-evolving complex:OEC)が損傷したPSIIは,多くの還元力を用いて修復される.しかし,過酷な環境ストレスによってPSII活性が極端に低下すると,PSIIを修復する還元力が不足する悪循環に陥る.このとき,APQがPQH2へと変換され,PSII活性を伴わずに細胞内へ還元力を供給することで,PSIIの修復系が駆動して,PSIIを修復することができると考えられる.
APQやTAGの合成は,脂肪酸転移酵素であるATの基質特異性に依存している.Synechocystis sp. PCC 6803においてAPQ合成酵素として同定されたATは,真核生物のTAG合成酵素であるDGAT2(diacylglycerol acyltransferase 2)と相同性を示し,シアノバクテリア間に広く保存されている.このATはClade-AとClade-Bの二つの系統に分けられ,そのうちClade-Aが,APQの合成に関わることが示されている3).しかしながら,始原的シアノバクテリアであるGloeobacter violaceus PCC 7421は,Clade-AとClade-BのどちらのATも持たないにもかかわらずAPQを蓄積することから,DGAT2オーソログ以外のATによりAPQを合成している可能性がある13).一部の海洋性シアノバクテリアもDGAT2オーソログを持っていない3, 4, 9).これらの種では,TAGやAPQなどの中性脂質が解析されていないが,Gloeobacterと同様にDGAT2オーソログ以外のATによって,中性脂質を合成しているのかもしれない.シアノバクテリアがTAG合成能を有するかどうかについては,これまでの報告における蓄積量がいずれも微量であることから,TLCやLC-MS/MSだけでなく,NMRを用いた構造解析など,複数の手法を用いた慎重な検討が必要である.一方で,Synechocystis sp. PCC 6803においてTAGを分解するリパーゼが同定されており,DGAT2オーソログを持つ種は,TAGあるいはAPQを分解するリパーゼのどちらかあるいは両方を持つことから,シアノバクテリアにおいてAPQとTAGの合成・分解の両経路がともに保存されていることが示唆されている14).
低炭素社会の実現を目指した取り組みとして,光合成生物を用いたバイオ燃料生産の研究が盛んに行われている.シアノバクテリアは遺伝子改変が容易であることから,バイオ燃料生産研究のプラットフォームとして幅広く使われている.さらに,脂肪酸を分解するβ酸化経路を持たず,生合成した脂肪酸を細胞外へと放出する活性があることから,抽出コストを低減したバイオ燃料生産系の開発も進められている.新たに同定されたAPQ合成酵素であるDGAT2オーソログとTAG分解酵素であるリパーゼの遺伝子発現を調整したり,TAG合成の基質であるジアシルグリセロール(diacylglycerol:DAG)量を増加させたりすることで,効率的な燃料生産を実現できる新たな可能性が浮上してきた.
日本人らしいきめ細かな生化学的研究が功を奏したAPQの発見は,優れた日本の研究文化を示すことができた世界に誇れる研究成果であるといえる.この発見により,光合成生物において中性脂質代謝が,光合成機能へ寄与する新たな可能性が示された.今後は,シアノバクテリアにおいて中性脂質が細胞内でどのように合成されて蓄積しているのか,光合成機能へどの程度関与しているのかを明らかにすることが課題となる.応用面では,中性脂質を高蓄積するシアノバクテリア株の開発が加速するだろう.
LC-MS/MSによるリピドーム解析は活況である一方で,その定性および定量精度の信頼性にはまだ課題が残る.APQのように未知の脂質分子が多く存在することに加えて,結合している脂肪酸分子の不飽和度によってイオン化効率に違いが出るため,一般に用いられている内部標準法による定量は,不正確である可能性をはらんでいる.おそらくドイツ・米国の研究グループは,脱炭素に関わる大型研究費の成果要請に加えて,リピドーム解析を過信したために,APQの存在を見過ごしてしまったのではないだろうか.脂質は生物にとって重要な生体物質であるが,その分析には脂質特有の難しさがある.MS/MS解析はさまざまな研究領域に浸透しており,あたかも万能な方法であるかのように思われているが,MS/MS解析が示す脂質の構造情報に関しては,少し慎重になるべきだと思われる.
本研究に関して,東京大学大学院総合文化研究科の佐藤直樹名誉教授・和田元名誉教授から多くの指導をいただき,御礼申し上げます.また,多くの共同研究者・共著者の先生方にもこの場を借りて御礼申し上げます.
1) Alvarez, H.M. & Steinbüchel, A. (2002) Triacylglycerols in prokaryotic microorganisms. Appl. Microbiol. Biotechnol., 60, 367–376.
2) Mori-Moriyama, N., Yoshitomi, T., & Sato, N. (2023) Acyl plastoquinol is a major cyanobacterial substance that co-migrates with triacylglycerol in thin-layer chromatography. Biochem. Biophys. Res. Commun., 641, 18–26.
3) Ishikawa, T., Takano, S., Tanikawa, R., Fujihara, T., Atsuzawa, K., Kaneko, Y., & Hihara, Y. (2023) Acylated plastoquinone is a novel neutral lipid accumulated in cyanobacteria. PNAS Nexus, 2, pgad092.
4) Kondo, M., Aoki, M., Hirai, K., Sagami, T., Ito, R., Tsuzuki, M., & Sato, N. (2023) slr2103, a homolog of type-2 diacylglycerol acyltransferase genes, for plastoquinone-related neutral lipid synthesis and NaCl-stress acclimatization in a cyanobacterium, Synechocystis sp. PCC 6803. Front. Plant Sci., 14, 1181180.
5) Shajil Das, A., Shajil Das, A., Chen, Z., Peisker, H., Gutbrod, K., Holzl, G., & Dormann, P. (2025) Multifunctional acyltransferases involved in the synthesis of triacylglycerol, fatty acid phytyl esters and plastoquinol esters in cyanobacteria. Planta, 261, 123.
6) Susanto, F.A., Jones, A.D., Donnelly, S.L., & Lundquist, P.K. (2025) Cyanoglobule lipid droplets are a stress-responsive metabolic compartment of cyanobacteria and the progenitor of plant plastoglobules. Plant Cell, 37, koaf127.
7) Peramuna, A. & Summers, M.L. (2014) Composition and occurrence of lipid droplets in the cyanobacterium Nostoc punctiforme. Arch. Microbiol., 196, 881–890.
8) Tanaka, M., Ishikawa, T., Tamura, S., Saito, Y., Kawai-Yamada, M., & Hihara, Y. (2020) Quantitative and qualitative analyses of triacylglycerol production in the wild-type cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 and the strain expressing AtfA from Acinetobacter baylyi ADP1. Plant Cell Physiol., 61, 1537–1547.
9) Jimbo, H., Torii, M., Fujino, Y., Tanase, Y., Kurima, K., Sato, N., & Wada, H. (2024) Acyl-turnover of acylplastoquinol enhances recovery of photodamaged PSII in Synechocystis. Plant J., 120, 1317–1325.
10) Ito, R., Endo, M., Aoki, M., Fujiwara, S., & Sato, N. (2025) Evolutionary conservation of acylplastoquinone species from cyanobacteria to eukaryotic photosynthetic organisms of green and red lineages. Front. Plant Sci., 16, 1569038.
11) Sato, N. (2025) Commentary: Evolutionary conservation of acylplastoquinone species from cyanobacteria to eukaryotic photosynthetic organisms of green and red lineages. Front. Plant Sci., 16, 1603911.
12) Murata, N. & Nishiyama, Y. (2018) ATP is a driving force in the repair of photosystem II during photoinhibition. Plant Cell Environ., 41, 285–299.
13) Tanikawa, R., Sakaguchi, H., Ishikawa, T., & Hihara, Y. (2025) Accumulation of acyl plastoquinol and triacylglycerol in six cyanobacterial species with different sets of genes encoding type-2 diacylglycerol acyltransferase-like proteins. Plant Cell Physiol., 66, 15–22.
14) Jimbo, H. & Wada, H. (2023) Deacylation of galactolipids decomposes photosystem II dimers to enhance degradation of damaged D1 protein. Plant Physiol., 191, 87–95.
This page was created on 2025-11-18T20:23:46.827+09:00
This page was last modified on 2025-12-15T07:21:27.000+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。