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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(3): i-ii (2026)
doi:10.14952//SEIKAGAKU.2026.98.3.i

追悼追悼

旭 正先生を偲んで

名古屋大学名誉教授,中部大学長

発行日:2026年6月25日Published: June 25, 2026
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Journal of Japanese Biochemical Society 98(3): i-ii (2026)

本会名誉会員であり,支部長そして理事を長く務められ,名古屋大学名誉教授,福井県立大学名誉教授の旭 正先生が2025年12月にご逝去されました.終生,学問の師,人生の道標として,門下生を見守ってくださった旭先生を偲び,研究,教育と後進育成への先生の思いの一端をご紹介させていただきます.

旭先生は,名古屋大学理学部の江上不二夫先生研究室で研究者の道を歩み始められ,1955年25歳で名古屋大学農学部に着任され,瓜谷郁三教授が主宰されていた生物化学研究室の助手として大学教員の一歩を踏み出されました.当時の日本は豊かとは言えない時代でしたが,大学も研究室も,世界に伍する独創的な研究をしたいという大きな情熱にあふれていました.そのためにも海外での研究経験が不可欠とされ,旭先生はミシガン州立大学(R. S. Bandurski教授)で酸化還元を含む硫黄代謝,ジョンズ・ホプキンズ大学(A. T. Jagendorf 教授)で葉緑体での電子伝達に関する研究をされ,J. Biol. Chem.(1961,2編),Arch. Biochem. Biophys.(1963)に成果を発表されています.これらのご研究がその後のミトコンドリア研究を展開される契機ともなりました.そして常に,一歩先の研究を考えておられました.1966年に助教授,1982年に教授となられ研究と教育に情熱を注がれました.

1992年春に名古屋大学を定年退職されましたが,福井県ご出身のご縁もあり,福井県立大学の設立のため事前準備にも協力され,1992年4月に同大学生物資源学部教授・大学評議員に就任され,1996年からは交流センター長も務められ,大学の発展と後進の育成にご尽力され2001年にご退職されました.1991年には農芸化学会賞,2000年には旭日中綬章を受章されています.

誌面をお借りして,門下生であった中山夏樹氏,中川強氏からの追悼文を合わせて掲載させていただきます.

旭先生には名古屋大学農学部生物化学研究室の大学院時代にご指導いただき,ミトコンドリアの構造と機能などについて多くのことを学ぶことが出来ました.またご夫妻に仲人もして頂きました.その後,大塚製薬(株)で心不全治療薬などの研究・開発に従事しましたが,旭先生から学んだ知識や研究哲学が大変役に立ちました.特に最後の10年間に医薬品のL-カルニチン製剤の“カルニチン欠乏症”への適応拡大などに取り組み成果を上げることが出来ました.旭先生は恩師である江上不二夫先生の「重要でない問題を重要にするのが本当の研究だ」という研究哲学を紹介しています(日本醸造協会誌,1991年,286ページ).カルニチンはミトコンドリアのエネルギー代謝などで極めて重要な栄養素ですが,日本や世界の医学界ではその重要性が忘れられており,様々な病因による重篤なカルニチン欠乏症が発症しています.そこで退職後に5年かけて『カルニチンのすべて~カルニチン欠乏症を起こさないために~』(2023年,医学図書出版)を出版し,本年5月にその英語版『Carnitine Deficiency and Insufficiency in Medicine』(Springer-Nature社)の電子書籍および書籍を出版致しました.英語版が完成した折にはご報告に伺おうと考えていたところ旭先生の訃報を知りました.これまでのご指導に感謝するとともに心よりご冥福を祈ります.

中山夏樹(元大塚製薬(株)エルカルチン担当シニアサイエンスマネージャー・顧問,カルニチン・サイエンス代表)

旭先生には名古屋大学農学部生物化学研究室にて学部から博士取得まで(1983~1989)ご指導いただきました.研究テーマは植物ミトコンドリア形成に関するもので,シトクロムc酸化酵素に着目した研究に従事させていただきました.当時,前島正義先生が,今まで単一のポリペプチドと考えていた同酵素サブユニットVが低分子量域の分離に優れたSDS-PAGEにより3本のバンドに分かれることを発見していました.そこで私は,これらサブユニットの構造解析に取り組ませていただくことになりました.近接している3本のバンドを切り出し精製するためには,十分に分離させる必要があります.そのためDNAシークエンスで使われていた50 cmガラスプレートを利用して長距離SDS-PAGEを行うことにしました(生化学,59,1040‒1042. 1987).この作戦は成功し,3本のバンドが完全に分離された巨大ゲルを教授室まで持ち込んで旭先生に見ていただきました.「わかれてるやん」と愉快そうな表情で労っていただいたことが今でも忘れられません.その後N末端アミノ酸配列決定,cDNAクローニングと進展結果も報告することができましたが,一番喜んでいただいたのは契機となった「巨大ゲルによるバンドの完全分離」を報告した時だったように思います.

旭先生は大変な名文家で,いつか自分もこのような文章が書けるようになりたいものと目標にしていました.また添削の達人でもあり,書家のような美しい字で直された原稿を通じてscientific writingの奥深さを学ばせていただきました.びっしり書き込まれた添削原稿たちは,私にとって生涯の宝物となっています.

旭先生は学生が自由に研究できることを何よりも大切にされていました.そのような旭研究室で,大学人として研究・教育に取り組む上で忘れてはならない多くのことを学ぶことができ,大変幸運だったと思います.感謝の念は尽きることがありません.旭先生,ありがとうございました.

中川 強(島根大学総合科学研究支援センター教授)

卒業研究,大学院,オーバードクターの間,旭先生に直接お世話になり,カリフォルニア大学ポスドク,出身研究室助手採用,その後の北海道大学,そして再びの出身研究室への転勤・分岐点で「人生の導きの神」としてお世話になりました.先生は,セミナー,研究発表会,歓迎会,送別会,忘年会,あるいは研究室のお茶部屋にも学生と話すために来てくださり,様々なことを20代の私達に語ってくださいました.思い出すことばのいくつかをご紹介します.

分子のレベルでの研究が不可欠.結果が見通せる研究ではなく,やってみなければ分からない泥臭い研究をしなさい.理学の人は理論を組み立て,結果を予測しながら研究を進めるけれど,君たちは未開の地に入りやってみなけりゃ分からいない研究をするのがいい.教育は一に忍耐,二に忍耐,三四が無くて五に忍耐.大学運営,学会大会運営では,せっかくのチャンスをもらったら何か一つでいいから新しい試みをしなさい.これらの言葉は,研究室を巣立った皆が生涯忘れず,羅針盤となっています.そして,私が北大に転出する時には,「栄機転進」と書かれた色紙を頂きました.ご冥福をお祈り申し上げると共に,私たちの心に生き続けておられることを書き添えます.

前島正義(名古屋大学名誉教授,中部大学長)

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