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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(1): 9 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980009

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「使える」生化学を目指してForeword

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)教授

発行日:2026年2月25日Published: February 25, 2026
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私は歯学部の出身で当然生化学は勉強したのですが,「歯医者になるのに生化学はいらないだろう」などと言いつつ情けない成績で何とか単位だけは取りこぼさなかったような学生でした.学生時代に生化学と出会ってその魅力に引きつけられたという読者も多いと思いますのでお恥ずかしい限りです.研究の世界に入って生化学をきちんと勉強し直さなければと思いつつも,それを避けて何とかやり過ごしてきたのですが,その後二度に渡ってこのような過去を痛烈に反省することになります.

まずは,かれこれ二十年程前になりますが,当時興味を持った新規分子(現在はPGAM5と呼ばれています)がホスホグリセリン酸ムターゼと近縁の分子であることが分かった時です.そうです,誰もが生化学で学ぶ解糖系を担う酵素です.最終的にこの分子は糖代謝酵素としてではなくプロテインホスファターゼとして機能することが分かったのですが,同時にミトコンドリアの内膜に局在することも分かったので,それからはミトコンドリアの機能と生化学を懸命に勉強しました.

二度目は,十数年前に現所属の長崎大学薬学部に着任した際です.4月に着任早々,年間30コマの生化学講義が待っていました.それからはまさに自転車操業で毎週準備をして講義に臨みましたが,当然のことながら付け焼き刃的な講義となってしまいました.その後は毎年改善を心がけながら講義をしていますが,未だに前の年には不十分な説明しかできていなかった点に気づきます.最初は学生時代に生化学をサボったバチが当たったと思って後ろ向きの気持ちで講義をしていましたが,今では講義を行いながら生化学の奥行きとその面白さを感じられるまでになりました.この感覚は,研究を進める上で必要となることだけを調べて学ぶことでは得られなかったような気がします.

他の学問も同じだと思いますが,最初は一次元的な理解(教科書で言うと各章の理解)から始まり,それを二次元的な理解(教科書で言うと章と章の関係の理解)へと深めていくことで初めて「使える」学問になっていくのだと思います.それを私は講義を担当することで深め,さらに三次元的な理解とでも言いましょうか,周辺の学問領域との関係の理解を自身の研究で深めてきたような気がしています.

実は最近,楽器演奏は認知機能の維持に良いなどという話も年相応に気になって,中高生時代に少しかじったことのあるギターの練習を四十数年ぶりに再開しました.ギターは6本の弦をもち,それぞれの弦をネック部分の指板のどこで押さえるかで音高が決まります.ピアノなどの鍵盤楽器とは異なり,ギターでは同じ音高を複数箇所で出せるため,指板上の音名を把握しておくことが必要です.基本的には各弦の指板位置と音名との対応を付けられれば指板全体を把握できることになりますが,実際にはこれでは演奏にはまったく役立ちません.つまり指板位置と音名との対応を記憶しているだけでは不十分で,指板上のすべての音を視覚的に見渡すように把握し,曲の進行に合わせて必要な指板位置に自然と焦点が合うところまで持っていかなければならないようです.もちろん私はそんな域にはまったく達していませんが,できればそんな感覚をいずれ味わってみたいと思い,『ギター指板把握のための「フィンガーボード・ビジュアリゼーション」』(高免信喜氏著)という教則本を手に取りました.この本では指板把握のための多角的なトレーニング方法が紹介されていて,それに則って「記憶」と「把握」の違いを実感しつつ少しずつですが練習を進めています.楽器演奏に堪能な読者も多いと思いますので誠に僭越ですが,生化学のような学問の修得と意外と似ているような気がして紹介させていただきました.

近年,メタボローム解析が広く普及し,生化学の実践的な知識や考え方の重要性が再認識されています.研究に邁進している若手の皆さんにとっては講義をする側となるとかなり面倒な印象を受けるかもしれませんが,すでにお持ちの知識を最大限に活かして「使える」生化学につなげるきっかけになると思いますので,機会があれば積極的に臨んでいただければと思います.

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