DNAX分子細胞生物学研究所DNAX Research Institute of Molecular and Cellular Biology
東京大学定量生命科学研究所Research Institute for Quantitative Bioscience, The University of Tokyo ◇ 〒113–0032 東京都文京区弥生1–1–1 ◇ 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–0032, Japan
東京大学定量生命科学研究所Research Institute for Quantitative Bioscience, The University of Tokyo ◇ 〒113–0032 東京都文京区弥生1–1–1 ◇ 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–0032, Japan
医薬品開発におけるゲームチェンジャーとなった遺伝子組換え実験はStanford大学から始まった.そこから誕生したスタートアップのDNAX分子細胞生物研究所は,若い分子生物学者と免疫学者の緊密な連携により,次々とサイトカインの遺伝子クローニングに成功し,創立後短期間で免疫学・血液学のフロントランナーに躍り出た.筆者はこの間のドラマを目のあたりするとともに,サイトカイン受容体とシグナル伝達の研究に携わった.本稿では,遺伝子組換え実験からバイオベンチャーの誕生,そしてDNAXでのサイトカイン研究の歴史を述べる.DNAXの成功の礎となったのは,製薬企業に支えられながらも,自由で開放的な研究環境を構築したこと,とりわけポスドクプログラムの導入による柔軟な研究者の雇用であった.
© 2026 公益社団法人日本生化学会© 2026 The Japanese Biochemical Society
私は大学院生のころからずっと生化学会の会員であり,学会誌「生化学」を愛読してきたので,創刊100周年記念の特別寄稿に執筆の機会をいただいたことは光栄の至りである.私はポスドクとしてアメリカにわたり長らくDNAX研究所に在籍した.そこで体験した自由で開放的な研究環境は,今日のアメリカでは劇的に変化してしまった.現政権のサイエンスに対する無理解と研究費の大幅削減などさまざまな敵対的で排他的な施策にはただただ驚くばかりだ.以前のような自由で開放的な研究環境に戻ることを願いつつ,私が体験したDNAX研究所での思い出を記したい.
私は1975年に大学院生として東京大学医科学研究所化学研究部(上代淑人教授)に入門した.研究テーマは,当時始まったばかりのDNA組換え技術を使ってタンパク質合成伸長因子EF-Tuの遺伝子をクローニングして遺伝子発現制御機構を解析するというものであった.DNA組換え実験は,Stanford大学のDepartment of Biochemistryで始まった1).ここではDNAポリメラーゼの発見でノーベル賞を受賞したA. Kornbergを中心に,P. Berg, R. Lehman, D. Hogness, D. Kaiser, R. Davisら多くの著名な研究者が遺伝子・DNAを扱う研究を活発に展開していた.P. Bergは1972年に,λファージとSV40のDNAを試験管内でつなぎ合わせたという歴史的な組換え実験を報告した(図1)1).しかし,組換え実験の危険性が指摘されたことから,彼はいったん実験を止め,1975年に関連する研究者をカリフォルニア州アシロマの国際会議場に集めて組換え実験に関する会議を開き,実験施設の安全基準(物理的封じ込め,P1~P4)と宿主生物を制限する研究指針を研究者自らが定めた2).一方,StanfordのS. CohenとUCSF(University of California San Francisco)のH. Boyerはより簡便な方法で遺伝子組換えプラスミドの作製法を開発し3),StanfordとUCSFが特許を取得した.この特許は非独占で200以上のバイオ企業に利用され,大学発の研究を社会実装するモデルとなった.さらにH. Boyerは投資家のR. Swansonとともに1976年にベンチャー企業Genentechを設立した.Genentechは成長ホルモンやインターフェロンの遺伝子をクローニングしたり,ソマトスタチンやインスリンを大腸菌で発現したりするなど次々に成果をあげて1980年に株式公開した.このとき,取引開始20分で株価は35ドルから80ドルに急騰したという.こうしてGenentechはバイオベンチャーの先駆けとなった.もっとも成長ホルモン遺伝子はGenentechの研究者がUCSFでクローニングしたものをGenentechに持ち込んだものであることが判明し,USCFが提訴した.10年に及ぶ係争はGenentechがUCSFに2億ドルを支払うことで決着した4).アシロマ会議は,研究者自らが研究を規制した歴史的な会議となり高い評価を得たが,近年ではその会議に産業界の関与がなく知財問題などが議論されなかったとの指摘もある.もっとも産業界が関与したら,アシロマ宣言はまとまらなかったかもしれない.Bergはその後,動物細胞でのcDNA発現ベクターの開発を進め,それは後述のDNAXでのサイトカインハンティングの礎となった.彼は遺伝子組換え研究の貢献により1980年にノーベル化学賞を受賞した.
SV40 DNAとλdvgal DNAをエンドヌクレアーゼで切断して直鎖状にしてエキソヌクレアーゼで5′を削り,ターミナルトランスフェラーゼでdAまたはdTを付加する.アニーリングしてからDNAポリメラーゼIでギャップを埋め,DNAリガーゼで2本のDNAを連結した.図はYi, D. & Mertz, J.E. (2024) Paul Berg and the origins of recombinant DNA. Cell, 187, 1019–1023から転載.
さて,私の学生時代の日本では,制限酵素やDNAリガーゼなどの入手は簡単ではなく,研究者が自ら精製して研究者間で融通しあっていた.私もいくつか酵素の精製を行った.東大医学部の本庶佑先生の研究室に行って制限酵素産生細菌(多分Pst1だったと思う)を寒天プレートに塗ってもらい,医科研に持ち帰り10 L培養して制限酵素を精製したこともあった.そんな中,宝酒造が制限酵素を精製して販売を始めたのは1979年であった.一方,上記のように海外ではすでに遺伝子ハンティングが活発に始まっていた.上代研究室の先輩である長田重一さんは,1980年に留学先のC. Weissmann研究室(Zurich大学)でα-インターフェロン(INFα)cDNAのクローニングに成功し5),Times誌などでも大きく取り上げられた.日本における遺伝子組換え実験と欧米の研究レベルの差は如何ともしがたい状況にあった.
私は大学院修了後に2年ほど静岡大学で助手を勤めてからアメリカに留学した.留学先は,Stanford大学教授のKornberg, Berg, C. Yanofskyと起業家のA. Zaffaroni(drug delivery systemのパイオニア,ALZAの創設者)が1981年に設立したスタートアップのDNAX分子細胞生物学研究所であった6).私が修士課程で指導を受けた新井賢一先生は3年ほどのKornberg研究室に留学中にJBCなどに10本ものDNA複製に関する論文を発表して帰国したが,帰国後すぐにDNAXの分子生物学部長として招聘された.私はDNA組換え技術の発祥の地であるStanfordに対する憧れや,留学先としてBerg研究室を考えていたこともあり,新井先生に誘われるままに設立直後のDNAXに参加した.創設者のほかにG. Palade, I. Weissmann, L. Hood, J. Folkman, A. Goldsteinら錚々たる方々がアドバイザーに名前を連ねていたが,設立直後で何の実績もない研究所であり,恩師の上代先生は私がDNAXに参加することを勧めはしなかった.
DNAXは1981年にPalo AltoのStanford Research Parkに設立された.その後もZaffaroniとKornbergは資金集めに奔走して複数の日本企業を含む多くの製薬企業と交渉したが,支援は得られなかった.Kornbergはグラントの応募で不採択になったことはないが,製薬企業からの出資は絶望的であったと彼の著書で述べている6).私は1982年1月にDNAXに参加したが,そのころにはすでに資金不足に陥っていて,1982年4月にDNAXはアメリカの製薬企業Schering-Ploughに買収された.Schering-Ploughには免疫学や分子生物学の実績はなかったが,長田さんがクローニングしたINFαの開発を進めていたベンチャー企業のBiogenと組んで大腸菌でINFαの産生を始めていた.おそらく,バイオ医薬品分野への進出を加速するために免疫学や分子生物学の大御所を多数アドバイザーに迎えていたDNAXに魅力を感じたのだろう.DNAXの運営は創設者とSchering-Ploughの役員からなるPolicy Boardで決めるというもので,DNAXは資金の心配はなくなり,運営に関しては創設者の意向が強く反映されるようになった.
Schering-Ploughから所長としてDNAXに派遣されたA. Waitzは,同社の副社長でBiogenとの調整役を務めていた.Stanfordで自由で開放的な研究環境を作り上げたKornbergの薫陶を強く受けた新井先生は,DNAXの研究環境をそれに近いものにしたいと考え,Waitzとともに体制の整備を行った.WaitzはSchering-Ploughの中枢にいたにもかかわらず,DNAXの運営を本社体制から切り離して自由な研究環境を作り出した.重要なことに,製薬企業の研究所であるにもかかわらず,学会発表や論文発表で制約されることはなかった.研究費は潤沢で必要な物は基本的に何でも入手できた.さらに週末に働く研究者(ほぼ日本人)のための保育所プログラム,英語を母国語としない研究者のための語学研修,公開セミナー,柔軟な人事制度,最小限の安全規制など.とりわけ,製薬企業の研究所ではほとんど例のないポスドクプログラムの採用はDNAXの成功に大いに貢献した.さらに,研究の発展に伴い,優秀なポスドクをSenior Research Associateという准スタッフポストで長期雇用を可能にする制度ができた.このポストを経由して正規スタッフになったり,外部機関のPIとして活躍したりする研究者もいた.私のグループからもこのキャリアーパスでPIとして活躍した研究者が複数いる.こうしてDNAXに在籍した研究者の国籍は実に20あまりに及んだ.DNAXにはStanfordの学生やポスドクが自由に出入りしており,大変開放的な研究環境であった(図2).
Schering-Plough傘下でのDNAXの中心テーマはT細胞由来のサイトカンのクローニングになったが,縛りはなく,新井先生は東大の大学院生の正井久雄さんと中山直樹さんをDNAXに連れてきてDNA複製の研究を継続していた.1985年には酵母遺伝学者の松本邦弘さんが鳥取大学から異動してきて,酵母のシグナル伝達の研究を私の妻の郁子らと展開した.私は酵母を使った遺伝子発現系や接合因子の受容体・シグナル伝達の研究を行い,サイトカインのcDNAがクローニングされてからは酵母などでの組換え体の発現とサイトカイン受容体の解析を行った.このように大変自由で恵まれた研究環境であったが,年に何回か開かれるアドバイザーの集まりでは研究報告会があり,錚々たるメンバー(最盛期には5名のノーベル賞学者と複数のアメリカ科学アカデミー会員)を前にしての研究発表は緊張した.
設立当初のDNAX研究所は,39歳の新井先生を筆頭に分子生物学や免疫学の30歳前後の若い研究者の集まりであった.後にTh1/Th2ヘルパーT細胞パラダイムを提唱した免疫学者のT. MossmanやR. Coffmanも当初からDNAXに参画した.当時の遺伝子クローニングは,精製したタンパク質のアミノ酸配列を基にプローブを作製してハイブリダイゼーションにより遺伝子を探す方法が一般的であった.新井先生が率いるチームは,Berg研究室で岡山博人さんが開発したcDNAをCOS7細胞で直接発現するクローニング法(Okayama–Berg法)7)を早々に導入した.この方法で活性化T細胞からcDNA発現ライブリーを作製してCOS7細胞に導入し,培養上清の活性を免疫グループが評価した.Okayama–Berg法は何段階ものステップがあり高度な技術が要求されたが,この方法を使って私の上代研での同期生の横田崇さんが卓越した実験技術で最初にクローニングしたのがマウスのマスト細胞増殖因子(mast cell growth factor:MCGF)であった8).St. Jude Children’s Research HospitalのJ. Ihleが「T細胞を刺激する因子」IL-3を精製してN末端のアミノ酸配列(20アミノ酸残基)を決定しており,これがクローニングされたMCGFと一致した.さらに組換え体MCGFの活性評価から,それが多能性造血前駆細胞の増殖分化を促進するmulti-CSF(colony stimulating factor)活性を示すことが明らかとなった.一方,IL-3がT細胞増殖因子であるとの過去の報告に反してMCGFにはその活性はなかった.こうしたcDNAクローニングの結果,IL-3はT細胞増殖因子ではなく,種々の造血細胞に対する増殖因子multi-CSFであることが明らかになった9).その後,DNAXではIL-2, IFNγ, GM-CSFなどのcDNAクローニングにも次々と成功した10).
こうした中で,DNAXの免疫グループがIL-2とは異なるT細胞増殖因子TCGF-2と,MCGFとは異なるMCGF-2の活性をT細胞の培養液中に見いだした.cDNAクローニングの結果,それらは同一分子であった11).1985年ごろのSan Francsico Bay Areaでは,夜11時にNHKニュースが放映されていた.ある日,私が帰宅後にいつものようにニュースをみていたら,京都大学の本庶佑教授がB細胞刺激因子のクローニングに成功したと伝えられた12).TCGF-2/MCGF-2にもB細胞刺激活性があることがわかっていたので,本庶因子はDNAXの因子と同一である可能性が考えられた.すぐに新井先生に電話でこの話を伝えた.新井先生は,本庶先生も参加予定の大阪での学会に行くことになっていたので,当初予定していなかったTCGF-2/MCGF-2のクローニングを発表することして大阪に向かった.大阪の学会では,これらが同一因子であることがわかりIL-4と名づけられた11, 12).
その後もDNAXではいくつかのサイトカインのcDNAクローニングに成功し,DNAXは設立後わずか数年でサイトカインハンティングの最前線に躍り出た10).さらに,MossmanとCoffmanらは,クローニングされたサイトカイン遺伝子の発現をさまざまなT細胞クローンで解析し,Tヘルパー細胞は二つのグループTh1とTh2に分けられることを見いだした.Th1はB細胞やキラーT細胞などを活性化する細胞性免疫を担い,一方,Th2はB細胞からの抗体産生を誘導する液性免疫を担うというもので,Th1/Th2パラダイムに関するMossmanとCoffmanらの1986年のJ. Immunologyの論文は何年にもわたり高い引用数を維持した13).
私は,DNAX参加後数年間はサイトカインクローニングには直接関与しなかったが,クローニングされたサイトカインの組換え体を作ることでサイトカインプロジェクトに関与した.私がDNAXに参加して取り組んでいたのは,酵母の変異株を使って動物細胞の遺伝子をクローニングする方法の開発であった.Okayama–Berg法を酵母用に改変して,動物細胞のcDNA発現ライブラリーを作り,酵母の変異株に導入して相補性試験により動物の遺伝子をクローニングしようというものであった.モデル実験はできたが,当時の酵母への遺伝子導入効率があまりにも低くて実用には至らなかった.これと並行して,酵母接合因子の分泌系を使ってサイトカインを酵母の培養液に分泌させるシステムの開発も行い,IL-2などの調製を行った14).一方,IL-3の大腸菌や酵母での調製は難航していた.そこで,鳥取大学の前田進さん(故人)が開発したバキュロウイルスを使ったカイコの発現系を試した.COS7細胞を使うと培養プレート100枚から1 mg程度のIL-3が得られるだけであったが,前田さんから送られてきたカイコの体液はいくら希釈しても活性が検出された15).カイコの幼虫1匹のわずかな体液から実に1 mg以上が得られ,大変驚いた.
大量のマウスIL-3(mIL-3)が得られたので,IL-3受容体の研究を開始した.DNAXでは数多くのサイトカイン遺伝子がクローニングされていたが,私がIL-3受容体の解析を行うことにした理由は,単に組換え体が大量に調製できたという理由だけではなく,IL-3が多能性コロニー形成因子(multi-CSF)であり,当時IL-3が造血幹細胞に作用する可能性が考えられていたことでもあった9).もっともその後,IL-3が造血幹細胞増殖因子であるという可能性は否定された.
ポスドクのJ. Schreursが,mIL-3受容体の生化学的解析を行ったところ,mIL-3には高親和性と低親和性の受容体があり,約120 kDaと約70 kDaの結合分子の存在が示唆された.しかし,当時知られていたEGFなどの増殖因子受容体のほとんどがチロシンキナーゼを持った単一分子であり,しかもIL-3でチロシンリン酸化が誘導されるという結果もあり,IL-3受容体はEGF受容体などと同様のチロシンキナーゼ受容体であることが想定されていた.こうした予想に反する我々の結果は受け入れられず,論文はことごとく不採択となった.以下に述べるように,実際に受容体cDNAのクローニングにより我々の生化学的な解析結果が支持されるまで,Schreurs論文は世に出せなかった.この経緯はやや複雑だが,以下に述べるのでおつき合いいただきたい.
結合実験から推定されたmIL-3受容体の数は細胞あたり数百からせいぜい数千であり,mIL-3受容体の生化学的な精製には大変な困難が予想された.そこで我々はさまざまな発現クローニング法を試みた.1987年にB. SeedがCOS7細胞に一過性にcDNAライブラリーを発現させて,特定の細胞膜タンパク質を発現する細胞のみを抗体を使って集めて,cDNAを回収するという画期的な方法を開発していた16).私は,この方法を受容体cDNAクローニングに応用することとした.そのために,受容体を認識する可能性のあるモノクローナル抗体を探していくつか試したが,いずれもうまくいかなかった.そんなとき,東京都立臨床研(現東京都医学研)の米原伸さんがIC2というmIL-3依存性細胞に結合する抗体(AIC2)を持っていることを知った.その抗体をもらってcDNAクローニングを試みたところ,この抗体の認識する細胞膜タンパク質のcDNAが見つかった.しかもよく似た2種類のクローンが得られた.AIC2抗体が認識する抗原ということでAIC2AとAIC2Bと名づけ,これらをCOS7細胞に発現させてmIL-3との結合を調べたところ,AIC2A cDNAを発現するCOS7細胞のみが低親和性の結合能を示した17).一方のAIC2B cDNAはAIC2Aとアミノ酸配列で91%相同であるにもかかわらず,mIL-3との結合は認められなかった18).cDNAから予測されるタンパク質は約120 kDaの膜タンパク質であり,細胞外にはfibronectin type IIIドメインが見いだされたが,約400アミノ酸残基からなる細胞内ドメインには,キナーゼ構造は認められなかった17, 18).SchreursのIL-3受容体の生化学的解析の論文はJBCなどからことごとく不採択となり,Growth Factorsという新しい雑誌に投稿した.Editorの本庶先生から,面白い結果だが審査員が不採択と判断したという通知を受けていたので,このクローニングの結果をお伝えして論文を受理していただいた19).
クローニングの結果をScienceに発表したところ17),St. JudeのIhleから,低親和性でしかもキナーゼでもないのに,IL-3受容体というのはおかしいというクレームの電話があった.Ihleは600 LのWEHI3細胞の培養液からIL-3を精製した研究者で,しかもIL-3受容体の精製を試みていた.彼は1300 Lの培養細胞からIL-3受容体チロシンキナーゼの精製を試みていたという話を後に聞いた.
マウスではIL-3依存性の細胞株は多数樹立されていたが,ヒトIL-3(hIL-3)に依存して増殖する細胞株がなく,hIL-3受容体の研究はほとんどされていなかった.東大血液内科の北村俊雄さんはhIL-3依存性のヒト血液細胞株TF-1を樹立しており,ちょうどAIC2 cDNAがクローニングされたころに,彼はその細胞株を持って私のグループに参加した.そこで,林田一洋さんがTF-1のcDNAライブラリーを作り,ハイブリダイゼーションによりマウスAIC2Aに相同の分子を一つ見つけた.しかし,マウスとは異なりいくら探しても2種類のAIC2 cDNAは見つからなかった.しかも,AIC2のヒト相同分子はhIL-3に結合しなかった20).
北村さんは,TF-1細胞がhIL-3のみならずhGM-CSFやhIL-5にも応答すること,さらに,hIL-3, hGM-CSF, hIL-5のTF-1への結合は互いに競合阻害するという興味深い結果を得ていた.しかも,架橋実験からマウスIL-3と同様に高分子量と低分子量の結合分子の存在が示唆されていた.そこで,これら三つのサイトカインの受容体には共通のサブユニットがあり,それを互いに奪い合っているという可能性が考えられた21).
このころ,メルボルンのWalter & Eliza Hall Institute(WEHI)の血液学の大御所であるD. MetcalfとN. NicolaのグループがhGM-CSFに低親和性の結合を示す約70 kDaの分子のcDNAをクローニングしていた22).我々はマウスAIC2に相同性を示す分子はGM-CSF受容体の一部であると考えて,林田さんがその検証実験を行った20).WEHIのhGM-CSF受容体cDNAを単独で発現した場合には,低親和性の結合しか認められなかった.しかし,ヒトのAIC2相同分子を共発現すると,hGM-CSFの高親和性の結合が認められ,架橋実験で高分子量と低分子量の分子がhGM-CSFに結合することが示された.すなわち,高親和性のhGM-CSF受容体はヒトAIC2相同分子と70 kDaの低親和性hGM-CSF受容体のヘテロ二量体であることが示された20).
TF-1の結合実験を基にしたモデルから,ヒトのAIC2相同分子はhIL-3の受容体の一部となっている可能性が示唆されていた21).この可能性を検証するために,北村さんは,ヒトAIC2相同分子cDNAとTF-1細胞のcDNAライブラリーをCOS7細胞に導入し,放射性ヨードで標識したhIL-3の結合をemulsion autoradiography法で検出することにより,hIL-3受容体cDNAをクローニングした.得られたcDNAのコードする約70 kDaの分子はhIL-3に対してきわめて低い親和性で結合し,ヒトAIC2相同分子と共発現すると高親和性の結合を示した23).一方,原孝彦さんはマウスAIC2AのmIL-3に対する低親和性結合を高親和性に変換する分子のcDNAクローニングを行い,約70 kDaの低親和性mIL-3結合分子を得て,それがAIC2Aとともに高親和性mIL-3受容体を構成することを示した24).
この一連の実験から,我々はIL-3に低親和性で結合する分子をIL-3R α鎖,低親和性のGM-CSF受容体をGM-CSFR α鎖,そしてAIC2相同分子を共通のβ鎖(βc)と呼ぶこととした23, 24).さらに,我々はこのβ鎖はIL-5受容体のサブユニットでもある可能性を考えていた.事実,我々がhIL-3受容体の再構成実験をCellに発表したとき,ベルギーのJ. Tavernierらが同時にIL-5受容体α鎖のクローニングとGM-CSF受容体β鎖,すなわちβcによる高親和性受容体の再構成の結果を報告した(図3)25).
WEHIのMetcalfグループはhGM-CSF受容体α鎖をマウスIL-3依存性細胞に発現させると,低親和性にもかかわらず,hGM-CSFに応答して増殖するという結果を報告していた26).彼らの主張は,α鎖が単独でシグナルを伝えるというものであったが,α鎖の細胞内ドメインは50アミノ酸ほどしかなく,単独でシグナルを伝えるという説に我々は疑問を抱いていた.そこで,hGM-CSFRαをmIL-3依存性のBaF3細胞(AIC2AとAIC2B発現細胞)に発現させると,WEHIの報告のとおり,hGM-CSFに応答して増殖したが,高濃度のhGM-CSFを必要とした.我々は,この結果はhGM-CSFRαがマウスAIC2AかAIC2Bを介してシグナルを伝えると考えた.そこで,AIC2AもAIC2Bも発現してないIL-2依存性のCTLL2細胞にhGM-CSFRαをAIC2AまたはAIC2Bとともに発現させた.その結果,hGM-CSFRαとAIC2Bを共発現した細胞はhGM-CSFに応答して増殖した.この結果から,AIC2BがGM-CSFRのβ鎖であることが示された27).
当時,熊本大でIL-5の研究を精力的に展開していた高津聖志先生のグループはIL-5Rの抗体を使って約60 kDaのタンパク質をコードするcDNAをクローニングしていた.この分子はmIL-5に対して低親和性の結合を示したが,結合実験から高親和性受容体にはもう一つのサブユニットの存在が示唆されていた.これが,AIC2AまたはAIC2Bである可能性を検討した結果,AIC2Bとのみ高親和性の受容体を形成することが明らかとなった28).
以上の結果より,AIC2Bがマウスの共通β鎖であることが示された.すなわち,我々が最初に分離した低親和性のIL-3結合分子AIC2AはIL-3に特異的なβ鎖であり,しかもマウスにのみ存在することが明らかとなった.IL-3特異的βIL3鎖と共通βc鎖の遺伝子は並んで存在することから,遺伝子重複により生じた可能性が考えられた(図3).
IL-3, GM-CSF, IL-5は同じ細胞に作用した場合には,同様の効果を示す「機能的重複」が認められていた.一方,各因子に特有の活性はそれら受容体のα鎖の発現に依存する.我々はIL-5Rαを構成的に発現するトランスジェニックマウスを作製し,その骨髄細胞では,IL-5がIL-3と同様にmulti-CSF活性を示すことを明らかにした29).この結果は,βc鎖がシグナル伝達の中心分子でありα鎖がサイトカインに対する特異性を決めるというモデルを支持し,この三つのサイトカインの機能的な重複という現象をうまく説明することができた.
異なるサイトカインの受容体がサブユニットを共有することは,その後IL-6ファミリー,IL-4ファミリー,IL-10ファミリーなどで次々と見いだされたので,種々のサイトカイン受容体に共通の現象といえる30).
高親和性受容体の構造が明らかになったので,次にシグナル伝達の解析に取り組んだ.IL-3の高親和性受容体にはチロシンキナーゼがないにもかかわらず,チロシンリン酸化を誘導することから何らかのチロシンキナーゼの関与が予想された.事実,IFNシグナルの解析からJAKキナーゼが見つかり,JAK2がIL-3等のシグナル伝達における中心的な機能を果たすことがIhleらにより示された31).A. Muiは,IL-3により核内に約90 kDaのチロシンリン酸化タンパク質が出現することを見いだし,この同定を試みていた.ちょうどそのころ,スイスのFriedrich Miescher Instituteで若尾宏さんがヒツジ乳腺細胞で転写因子mammary gland factor(MGF)をクローニングしており,彼はそれを持ってDNAXに参加した.これを使ってMuiがマウスの遺伝子を探したところ,2種類の相同遺伝子が見つかり,それらをSTAT5A, STAT5Bと命名した32).これらがIL-3による増殖シグナルに必須であることが明らかとなった.当時,鹿児島大学の助教授だった吉村昭彦さんが夏休みを利用してDNAXにやってきたので,原さんが開発したcDNAライブラリーのsubtraction法でSTAT5の標的遺伝子を探してもらった.その結果,SH2ドメインのみを持つ分子が見つかり,それがチロシンリン酸化されたサイトカイン受容体に結合してシグナルを負に制御することが明らかになり,サイトカインで誘導されるSHタンパク質(cytokine inducible SH protein:CIS)と名づけた33).その後,CISに類似した遺伝子が続々と見いだされ,これらはsuppressor of cytokine signal(SOCS)と名づけられた.吉村さんはさらにSTAT5の標的遺伝子としてOncostatin M(OSM)を見いだした34).ヒトOSMはLIFによく似たサイトカインとして見いだされていたが,なぜかマウスの相同遺伝子が見つかっていなかった.我々はSTAT5により誘導される遺伝子の一つとしてこれを同定し,後に東大分生研で田中稔さんがOSM受容体をクローニングしてノックアウトマウスを作製して,この分子が血液,免疫,肝臓,神経などに作用することを示した35).とりわけ,OSMの肝細胞分化誘導機能は多能性幹細胞から肝細胞を分化誘導するサイトカインとして現在でも広く使われている.
1993年に東大の応用微生物研究所が分子細胞生物学研究所(分生研)に改組されて4分野が新設され,私は1994年にそこに採用された.1990年代になるとゲノム科学の進展とともにDNAXでの発現クローニングによるサイトカインハンティングも終息し,NK細胞のL. Lanierや樹状細胞のY.-J. Liuらが加わり新たな免疫学を牽引した.しかし残念なことに,Schering-Ploughの経営陣が代わり2003年にはDNAXはSchering-Plough Biopharmaとなり,その看板は降ろされた.私はDNAXを離れてからも頻繁に昔の仲間に会いにPalo Altoの研究所を訪れていた.所長が3代目になりDNAXの看板が降ろされたころには,以前の自由な雰囲気から徐々に企業の雰囲気に変わった.研究所の受付チェックを受けないと昔の仲間に会えなくなり,大きな変化を実感した.さらに2009年には,Schering-PloughはMerckに411億ドルで買収された.2019年にSouth San Franciscoに新たなMerck研究所が完成するとPalo Altoの研究所はそちらに移った.
このように私はDNAXの自由で開放的な最も恵まれた時代に在籍したことになる.この研究環境の恩恵を受けたのは私だけではない.DNAXに在籍した日本人研究者は優に100名を超えていて,その多くが帰国後に主要な大学や研究機関のPIとして活躍している.DNAXのみならずバイオベンチャーの先駆けであるGenentechやAmgenなどで先端的研究を牽引していたのは,どこもほとんど30代の若い研究者たちであった.彼らの多くはその後,主要な大学,研究機関,製薬企業などで大いに活躍した.当時のアメリカにおける民間のスタートアップが研究者のキャリアーパスに果たした役割は小さくない.
私が東大分生研での研究を開始した1995年の日本では相変わらずポスドクという制度はなかった.当時の分生研所長の大石道夫先生にポスドクの必要性を訴えたところ,彼もアメリカでの研究生活が長くポスドクの重要性を十分理解されており,「分生研博士研究員」という身分を速やかに作り,寄付金から謝金を支払うことで研究員を雇用することを可能にしていただいた.この制度はその後多くの大学が採用することとなり,ついには科研費など公的研究費からでも研究員を雇用することが可能となった.その結果,国内のポスドクは劇的に増えた.それ自体は喜ばしいことではあったが,その後のキャリアーパスが整備されていないことが大きな問題になった.
私は生化学会や生物科学会連合でポスドク問題に関わったが,残念ながら有効な解決法は見つからなかった.国もポスドク支援事業を行ってはいるが十分ではなく,私はベンチャーの活性化こそが新たなキャリアーパスにつながると思っている.しかし,日本におけるベンチャー,とりわけ金と時間のかかるバイオベンチャーへの支援は依然として限定的である.製薬企業やベンチャーキャピタルは,失敗を恐れるあまり初期段階のシーズにはきわめて冷淡である.そもそもベンチャーとは,多産多死で生き残った者が大きく成長し,失敗しても再チャレンジできるのが本来あるべき姿であろう.失敗を極度に恐れる今の日本からは,残念ながらGenentechもAmgenも生まれないだろう.
「生化学」創刊100周年への記念寄稿を終えるにあたり,DNAXの創設者Kornbergが講演や著書で述べていた言葉6)を引用したい.
「常々言われる“必要は発明の母”言う諺は大抵の場合誤りであり,この逆こそが一般に真実なのである.つまり,“発明は必要の母”なのである.発明のプロセスは,保守的なビジネス戦略とはおよそ相いれない.新分野を開拓する発明は,企業が日常的に行ってきたものとは明らかに異なるのだ.企業側にすれば,そのような発明のビジネスとしての価値を判断できず,既存のビジネスより危険に映る.創造に要する行程の内実を理解し援助することが,社会や文化,または企業にとって,非常に重要なのだ.」
日本生化学会は新分野を開拓するチャレンジングな若手研究者の育成に励むとともに,日本が失敗を許容するチャレンジングな社会になることを切に願う.
1) Jackson, D.A., Symons, R.H., & Berg, P. (1972) Biochemical method for inserting new genetic information into DNA of Simian Virus 40: Circular SV40 DNA molecules containing lambda phage genes and the galactose operon of Escherichia coli. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69, 2904–2909.
2) Berg, P. (2008) Meetings that changed the world: Asilomar 1975: DNA modification secured. Nature, 455, 290–291.
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