悪性腫瘍が「悪性」と定義される最大の理由は,遠隔臓器への転移能を有する点にある.実際,悪性腫瘍による死亡の多くは原発巣そのものではなく転移の発生によって引き起こされており,ノルウェーで行われた統計調査によると,2005年から2015年の間に固形がんによる死亡と診断された例のうち,転移が寄与因子として記録された症例は66.7%にのぼると報告されている1, 2).転移を伴わないがんは局所的な治療によって制御可能な場合が多いが,転移が生じると治療の難易度は格段に上がり,予後にも深刻な影響を及ぼす.本邦におけるがんの罹患率や死因別死亡率は上昇を続けており,転移が生じるメカニズムの解明とその制御は最重要課題の一つである.
がん細胞が遠隔臓器に到達し,新たな腫瘍を形成するまでには,複数の段階を経る必要がある(図1)1, 3, 4).転移過程における最初期のステップは,がん細胞の原発腫瘍からの脱離と,浸潤の開始である.この段階にあるがん細胞は,組織学的に腫瘍塊から離れた単一細胞あるいは小規模な細胞クラスターとして観察され,現象としては腫瘍の出芽・簇出(tumor budding)と呼ばれている.tumor buddingの頻度は予後不良との強い相関が認められており,早期播種の指標として,また臨床病理学的な予後予測因子としても重視されている5).浸潤を始めたがん細胞は,血管やリンパ管への侵入を果たし,いわゆる血中循環がん細胞(circulating tumor cell:CTC)として,血流に乗って遠隔部位へと移動する.そして,新たな組織環境に生着することに成功したがん細胞は,転移巣を形成し,最終的に二次腫瘍へと成長する.肝臓や肺はほかの臓器と比較して転移が起こりやすいことが知られるが,CTCの到達性が高いことに加えて,がん細胞が生着しやすい微小環境が存在することが理由であると考えられている.
転移の制御メカニズムを理解する上で重要な観点の一つは,このような一連の変遷を経る中で,がん細胞は,酸素や栄養分子の激しい変動,循環系に入ったことで生じるせん断応力,免疫応答の惹起による影響など,さまざまな生物学的負荷を受けていることである.これらの負荷は転移の障害となるため,がん細胞がいかにそれらに適応するか,そして,場合によってはそれらの負荷をむしろ転移の推進力として利用する能力が,転移の成否を左右する重要な要因となる.とりわけ,転移の各ステップにおいて随伴し,細胞の挙動に複雑に影響する負荷としてきわだっているのが活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)の蓄積による酸化ストレスである.本稿では一連の転移過程においてがん細胞が経験するROSの産生源とその機能的意義について,近年のめざましい基礎研究の成果に基づき概説するが,臨床研究においても,全身性の酸化ストレス指標が高い患者群において,無病生存期間や全生存期間の短縮,術後の再発率や死亡率の上昇といった相関が報告されており,酸化ストレスは転移進行に関与する可能性の高い因子として注目が高まっている6, 7).
2. 転移過程におけるがん細胞内因性/外因性のROS産生
生体や細胞において生じる代表的なROSにはスーパーオキシドアニオン(•O2−),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(•OH)などがあり,これらが細胞の抗酸化防御機構による消去能を超えて蓄積することにより酸化ストレスは生じる8, 9).これらのROSは好気性代謝の副産物として酸素を基質として不可避的に生成されるものであり,特にミトコンドリアにおける酸化的リン酸化は,ROSの主要な産生源とされている.酸化的リン酸化における電子伝達系では,還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NADH)や還元型フラビンアデニンジヌクレオチド(flavin adenine dinucleotide:FADH2)から供給された電子が酸素へと受け渡される過程でアデノシン5′-三リン酸が産生されるが,一部の電子が漏出し,酸素と反応することで•O2−が生成される.•O2−は細胞内に存在するsuperoxide dismutaseなどの酵素によってH2O2へと変換される.H2O2は•O2−に比べて反応性は低いものの,ROSの中では比較的安定であり,細胞内外のシグナル伝達や酸化的修飾に広く関与するため,酸化ストレス応答の誘導において中心的な役割を担う分子とされている.
がん細胞ではしばしば代謝機構に変動が生じており,ミトコンドリアの機能異常により生理的範囲を超えたROSの産生が引き起こされる(図2)8, 9).酸化的リン酸化の異常,TCA回路の変調,さらには好気性解糖への依存度の増加(Warburg効果)といった代謝的変化が生じるが,その背景にはRASやMYCなどを介したがん関連シグナル経路の活性化や腫瘍内部の低酸素状態が複合的に関与している.こうしたミトコンドリア由来のROS産生に加え,一部のがん関連シグナル経路の下流ではNADPHオキシダーゼ(NADPH oxidase:NOX)の発現が亢進し,非ミトコンドリア性のROS産生も促進される.NOXは電子伝達系と同様に,電子を酸素へ受け渡す反応を触媒し,•O2−を生成する.
こうしたがん細胞内因性のROSに加えて,腫瘍微小環境に由来する外因性のROSも,腫瘍内の酸化ストレスの増強に寄与する.特に,炎症性細胞はNOXを介したROS産生を活発に行っており,その腫瘍組織への浸潤は,局所的なROS濃度の上昇をもたらす要因となる(図2).近年我々は,がん細胞に発現する表面抗原に対する抗体に蛍光センサー分子を結合させた「抗体–センサー複合体」を基盤とした腫瘍標的型H2O2プローブを開発し,in vivoにおける腫瘍内部のROS産生の可視化を試みた.その結果,腫瘍内でH2O2が高濃度に蓄積する領域が存在し,好中球の浸潤部位と空間的に一致することが明らかとなった10).これらの知見は,免疫細胞によって媒介される酸化ストレスの“hotspot”が,腫瘍微小環境の構造的特徴として存在していることを示唆している(図2).さらに,このhotspotではtumor buddingが高頻度に生じていることも明らかとなった(詳細は次節にて述べる).
がん細胞が血管内へ侵入を果たし,循環系へと移行すると,細胞外マトリックス(extracellular matrix:ECM)からの剥離,血流によるせん断応力,循環系内の免疫細胞との接触など,原発巣とは大きく異なる環境に直面する(図3).これらの変化は,いずれも細胞内ROSの急激な上昇を引き起こす要因とされている.ECMとの接着の喪失はグルコース代謝の破綻11, 12)やミトコンドリア機能障害を引き起こし13),ROSの蓄積とともに,アノイキス(ECMからの剥離によって誘導される細胞死)やフェロトーシス(鉄依存性脂質過酸化による細胞死)への感受性を高める11, 12, 14, 15).また,血流によるせん断応力は,NOXファミリーの一つであるNOX2の機械刺激依存的な活性化を介してCTCにおけるROS産生を促進すると考えられている16–18).循環器内の免疫細胞との接触に関しては,好中球がCTCと直接接着するか,あるいは好中球が活性化時に放出する網状のDNA構造(neutrophil extracellular traps:NETs)を介してCTCを捕捉し,局所的に酸化ストレスを増強する19–21).また,CTCと多形核骨髄由来抑制細胞(polymorphonuclear-myeloid-derived suppressor cells:PMN-MDSC)とのクラスターが,がん患者血中で検出されており,これらの細胞間相互作用もROSの蓄積に関与するとされる22).CTCのROSレベルに関する研究では,メラノーマにおいて,皮下腫瘍やリンパ節に存在する細胞よりも,血中に存在する細胞の方が高いROSレベルを示すことが報告されているが23),これらの要因が複合的に影響しているものと考えられる.
転移巣が形成されるためには,血管外への脱出後,がん細胞は新たな組織環境に適応する必要がある.各臓器はそれぞれ代謝特性や酸素濃度が異なるため,転移先に応じて酸化ストレスの程度も大きく変化する(図4).たとえば,肺は酸素濃度が高く,転移細胞は急激な酸化還元環境の変化にさらされる.実際,乳腺同所移植腫瘍モデルにおいては,肺の微小転移巣が脳転移巣や原発腫瘍と比較して高い酸化ストレスを示すことが報告されており,転移先ごとのがん細胞が受ける酸化ストレス圧は異なることが示唆されている4, 24).肺転移巣では酸化的リン酸化およびTCA回路の活性が原発腫瘍よりも高く,これが酸化ストレスの増加に寄与している可能性がある25, 26).また,肝臓への転移においては,肝細胞がミトコンドリア呼吸やチトクロームP450酵素系を介して活発にROSを産生するため,がん細胞は強い酸化ストレス圧にさらされると考えられる27).
以上のように,酸化ストレスは転移の各段階においてがん細胞が細胞内外から直面する,多面的かつ持続的な因子である.次節からは,こうした酸化ストレスが転移のステップごとにがん細胞の挙動にどのように影響するかについて,最新の知見を概説する.
ROSは本質的に細胞毒性を有する分子であり,核酸の損傷,脂質の酸化,タンパク質の変性を引き起こす.そのため,原発腫瘍細胞,とりわけ転移の過程にあるがん細胞においてROSが過剰に蓄積すると,細胞生存に対する重大な脅威となり,酸化ストレスに対する防御機構が不十分な細胞を淘汰する選択的障壁として機能する.しかしながら,複雑かつ不均一性の高い腫瘍の生態系においては,ROSは単なる障害因子にとどまらず,転移を促進する分子プログラムを活性化する因子としても機能することが明らかになりつつある(図5).つまりがん細胞は,このようなROSの二面的な性質の狭間で,細胞毒性を抑制・回避しつつ,ROS依存的に悪性化につながるシグナルを働かせるというきわめて複雑な状況にある.このバランスは,ROSを消去するための抗酸化経路の活性によっても左右されており,なかでも核因子赤血球系2-関連因子2(nuclear factor erythroid 2–related factor 2:NRF2)は,酸化ストレス下で活性化し,酸化ストレスを緩和する転写プログラムを統括する中心的な転写因子として位置づけられている28, 29).したがって,転移におけるROSの役割を理解するには,ROSそのものの作用に加えて,NRF2をはじめとする抗酸化システムの活性化や,抗酸化剤による介入効果も含めて総合的に評価する必要がある.
1)ROSが担う転移促進機構
転移の最初期過程であるtumor buddingは,一部のがん細胞が腫瘍から分離されるという形態的変化と,運動能を有するという機能的変化を伴う.これらの変化を駆動する中心的な機構として,上皮間葉転換(epithelial–mesenchymal transition:EMT)が知られている.EMTは細胞間接着分子の喪失による腫瘍からの脱離と,運動性の向上を可能にする,転移過程において重要な表現型変化である1, 5, 30).EMTを誘導するシグナル伝達機構にはROSが関与することが複数のin vitroでの実験により示唆されている.たとえば,トランスフォーミング増殖因子β(transforming growth factor-β:TGF-β)や上皮成長因子(epidermal growth factor:EGF)はEMTを誘導する主要なサイトカインであるが,その下流ではNOXの活性化を介してROSが産生され,抗酸化剤を処置することでROSを低減させるとEMTの進行が抑制されることから,ROS産生に依存してEMTが誘導されることが示されている31, 32).また,これらのサイトカインの刺激がなくとも,ROSの直接的な添加や,抗酸化システムの抑制,ROS誘導物質の投与,放射線照射などによる間接的なROSレベルの向上により,mitogen-activated protein kinase活性の亢進33, 34)や,SNAIL, TWIST1, ZEB1, MYCなどの主要なEMT関連転写因子の発現が誘導され,EMTが促進されることが報告されている10, 35–38).
がん細胞が浸潤し,循環系に侵入するためには,ECMの分解が必要であり,ROSはがん細胞によるECMのリモデリング機構にも関与している.たとえば,NOX4依存的なミトコンドリアROSの増加は,RAS変異がん細胞株において,ECM分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ9(matrix metalloproteinase-9:MMP-9)の発現を亢進させることが報告されている39).また,腎臓がん細胞においても,ROSの蓄積がMMP-2およびMMP-9の発現を誘導することが示されており,これらのプロテアーゼ活性がECM分解を介して腫瘍細胞の浸潤性を高める一因となっている40).逆に,細胞内H2O2濃度を低下させるペルオキシダーゼ活性の薬理学的増強はMMP活性を抑制することが報告されており,ROS依存的なプロテアーゼ活性により,ECM分解を介して腫瘍細胞の浸潤および転移播種を可能にしていることが示されている.
2)原発腫瘍からの播種に対するROSの寄与
ROSによるEMTおよび浸潤促進作用はin vitroにおいては広く実証されているが,生体内における原発腫瘍からの播種過程に対するROSの寄与については議論が続いている.興味深いことに,N-アセチルシステイン(N-acetylcysteine:NAC)やビタミンEなどの抗酸化剤を長期的に投与した場合や,がん細胞においてNRF2の抑制因子であるKEAP1を欠失させることでNRF2を恒常的に活性化させた場合に,原発腫瘍の浸潤および転移がむしろ促進されることが報告されている41–43).これらの結果はROSが転移を抑制する方向に働くことを示唆しており,そのメカニズムとしては,転写抑制因子BTB domain and CNC homolog 1(BACH1)の安定化が関与するものとして理解されている.BACH1はROSの存在下では分解されるが,抗酸化剤の投与などによってROSが消去されることで分解は抑制され,細胞移動や転移に関与する遺伝子群の発現が亢進するとされる42, 43).一方で,NRF2や,同じく抗酸化システムの制御因子であるTP53 induced glycolysis regulatory phosphatase(TIGAR)の欠失が,KRAS変異を有する膵管腺がんモデルにおいて,ROS依存的にEMT,浸潤,転移を促進することも報告されている34).さらに,肝臓がんの同所移植モデルにおいてもNACの投与は肺転移を有意に減少させることが示されている44).この研究においては,NACの投与は腫瘍細胞のE-カドヘリンの分解を抑制し,上皮性の保持に働くことで転移抑制に寄与すると考えられている.同様に,膵臓がんのモデルマウスにおいて,ミトコンドリア標的型抗酸化剤であるMitoQの投与は,EMT,浸潤,肺転移を抑制することが報告されている45).これらの知見を踏まえると,転移の初期過程におけるROSの作用は,EMT誘導性転写因子の活性化とBACH1の抑制のいずれが表現型に与える影響として優位に働くかに応じて,がん細胞種ごとに異なるものと考えられる(図5).また,遠隔転移の最終的な成立には,各転移ステップにおけるROSの作用が複合的に関与している点にも留意すべきである.
近年見いだされつつある重要な知見は,がん細胞外に局所的にROSが蓄積することが,転移関連の細胞挙動を駆動する要因となることである.たとえば,がん細胞の三次元腫瘍スフェロイドにおいて,周辺部にはミトコンドリアからのROS産生に依存して空間的なH2O2の濃度勾配が形成され,この勾配ががん細胞の走化性を誘導するケモアトラクタントとして機能することが示されている46).機構としては,細胞骨格動態の主要な制御因子であるがん原遺伝子チロシンキナーゼSrcの活性化およびRhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質RhoAの抑制を介して,濃度勾配に応じた方向性を持った細胞移動が促進される.ミトコンドリアクリステ構造の維持に関与するタンパク質群,特にアクチンモーターであるミオシン19(myosin 19:Myo19)の発現が低下し,酸化的リン酸化が阻害されると,細胞外に生じるH2O2の濃度勾配は増幅し,腫瘍細胞の走化性播種が促進される.Myo19は複数の腫瘍種において発現が低下しており,その発現量はin vivoにおける転移能と逆相関することから,ミトコンドリア構造の乱れがROS依存的なシグナル伝達を介して浸潤性の亢進を引き起こす可能性が示唆される.
前述のとおり,我々の最近の研究では,腫瘍内に局所的に蓄積した好中球が放出するH2O2によりhotspotが形成され,その場が顕著なtumor budding領域となっていることを見いだした10).H2O2分解酵素であるカタラーゼを投与するとH2O2のhotspotは減少し,tumor buddingの頻度も低下したことから,局所的な細胞外H2O2の蓄積がtumor buddingを誘導することが明らかとなった.機構としては,H2O2濃度の上昇がストレス応答性キナーゼp38およびMYCシグナルを活性化し,細胞間接着を保持したまま集団で浸潤する部分的EMT(partial EMT)表現型を誘導する.tumor buddingを起こしているがん細胞は,完全なEMTとは異なり,細胞間接着を部分的に保持したまま集団で浸潤する「部分的」な形態をとることが特徴であり,本結果はその性質と一致する.すなわち,一部のがん細胞には,H2O2濃度の上昇に応答して運動能を亢進させ移動を開始するという機構が備わっており,その挙動が組織学的にはtumor buddingとして観察されると考えられる.
腫瘍の形成過程において,ROSに対する強固な防御機構の獲得はがん細胞の生存に不可欠である.一部のがん細胞では,抗酸化遺伝子の発現を促す転写因子NRF2が強く活性化しており,これが抗酸化能力の亢進に寄与していると考えられている.しかし,NRF2が過剰に活性化しているがん細胞はごく一部に限られており,がん全体に共通する普遍的な機構とはいいがたい.我々は,さまざまながん細胞株においてNRF2の活性をスコア化し,H2O2処置に対する間葉系遺伝子の発現上昇や運動能の変化との相関を解析した.その結果,NRF2活性の低いがん細胞ほどpartial EMT様の応答が顕著であり,NRF2が過剰に活性化しているがん細胞では応答が乏しい傾向がみられた.さらに,マウス異種移植モデルおよび患者腫瘍検体の両方において,NRF2活性はtumor buddingの頻度と逆相関することが確認されている.一方で,がん化していない正常上皮細胞においては,H2O2処置によるpartial EMTの誘導は観察されなかった.これらの結果から,H2O2により誘導されるpartial EMTおよびそれに伴うtumor buddingは,ROSの高い領域からの「逃避機構」として機能し,NRF2の過活性化に代わる防御機構として,がん化した細胞が獲得したものであることが示された.
これらの知見が示すように,がん細胞近傍に形成される空間的なROSの勾配は,転移挙動を駆動する新たな主要因として浮上しつつあり,腫瘍が示す性質の多様性とそのレドックス構造とを結びつける重要な要素である.
4. CTCの運命に対するがん細胞内因性/外因性ROSの多様な役割
原発腫瘍部位における細胞外ROSの局所的な上昇が転移促進的に作用することとは対照的に,ECMからの離脱や血流によるせん断応力などによってCTC内に蓄積するROSは,基本的に転移進行の障壁として認識されつつあり,CTCの運命を規定する上で,ROSの「由来」と「文脈」がきわめて重要であることを示している(図6).複数の研究により,がん細胞の抗酸化システムの活性化や抗酸化剤の投与によってCTCにおける細胞死が抑制され,それが転移の成立に必要な前提条件となることが示されている.一方で,免疫細胞や原発腫瘍由来のエクソソームから供給される細胞外ROSは,CTCに対して酸化還元感受性を有するシグナル伝達経路の修飾やNET形成の促進を介して,転移促進的に作用することが報告されている.
1)CTCの生存および遠隔転移の成否に対する腫瘍細胞内因性ROSの障壁的役割
三次元腫瘍スフェロイドにおいて,中心部に位置する細胞はECMからの支持を失い,酸化ストレスにさらされることで選択的に排除される.この過程にはアポトーシスおよびフェロトーシスの両経路が関与しており,これらはNRF2の活性化によって抑制され,抗酸化剤の処置によっては部分的に緩和されることが報告されている11, 14).これらの知見と一致して,上皮がん細胞を非接着性のディッシュで浮遊培養すると,NRF2シグナルが活性化され,ヘムオキシゲナーゼ-1の発現上昇を介して酸化ストレスおよび細胞死が軽減される47–49).またNRF2をノックダウンすると,子宮頚がんのマウス異種移植モデルにおける転移能が低下することが示されている48).ECM離脱による酸化ストレス応答と並行して,血流によるせん断応力も細胞内ROSの増加を引き起こすことが知られており,ドキソルビシンやシスプラチンなどのROS産生性抗がん剤に対するがん細胞の感受性を増強する一方で,パクリタキセルやエトポシドなどROS非依存性薬剤に対しては影響が最小限にとどまることが示されている50).
in vivo腫瘍モデルから得られた知見は,CTCが播種の過程において高度な酸化ストレスにさらされることをさらに支持している.メラノーマに由来するCTCは循環系における高度な酸化ストレスに対処するため,抗酸化分子の産生に必要なNADPHの供給に重要な役割を担う葉酸経路への依存性を高める代謝的適応を示すことが報告されている51).このレドックス緩衝機構の意義を支持する知見として,抗酸化剤の投与は皮下原発メラノーマ腫瘍の増殖には影響を及ぼさないにもかかわらず,血中のCTCの数および肺転移の頻度を増加させることが示されている.同様に,乳がんモデルにおいても酸化ストレスは転移巣の形成を制限する要因として機能しており,がん細胞におけるE-カドヘリンの発現を欠失させることで,腫瘍からの細胞の離脱が増えるものの,循環中の酸化ストレスとアポトーシスが増強されることで血中のCTCの数は減少することが報告されている52).NACの投与によってCTCの数は回復することからも,酸化ストレスがこの現象に中心的に関わっていることが確認されている.
ペントースリン酸経路におけるNADPH産生の主要な制御因子である酵素グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(glucose-6-phosphate dehydrogenase:G6PD)は,CTCの抗酸化防御において重要な役割を担っている.メラノーマモデルにおいては,体細胞変異によってG6PD活性が低下すると,皮下腫瘍の増殖にはほとんど影響を及ぼさない一方で,CTC数の減少に伴い,自発的転移が著しく阻害されることが示されている53).膵臓がんモデルにおいても,G6PDのノックダウンは尾静脈注射後の転移播種を抑制し,逆にG6PDの強制発現は播種効率を高めることが報告されている54).さらに,腫瘍の播種効率は,加齢によって変動する,がん細胞の酸化的リン酸化活性およびそれに伴う酸化ストレスに依存することがごく最近に報告されている55).この現象は,メラノーマ細胞を皮下投与して原発腫瘍形成からの自発的転移を評価する系と,心内あるいは尾静脈経由で投与して全身循環を通じた播種を評価する系を用い,若齢マウスと加齢マウスを比較することで検証されている.若齢の皮膚間質環境では,メラノーマ細胞が皮下脂肪細胞由来の脂質を取り込み,酸化的リン酸化が亢進される.この脂質の取り込みはPI3K–AKTシグナルを活性化し,酸化代謝を促進することでROSレベルを上昇させ,転移進行を制限する.一方,加齢した皮膚間質環境では脂質供給が不十分であり,OXPHOS活性の低下と酸化ストレスの減少により,転移播種の亢進が認められる.抗酸化剤の投与やOXPHOSの薬理学的阻害によって,これらの加齢依存的な転移効率の差異は解消されることから,酸化ストレスがCTCの生存および遠隔転移通過に対する重要な障壁であることがあらためて強調される.
単独で移動するがん細胞と比較して,集団として血流中を移動するがん細胞は,顕著に高い転移形成能を示すことが知られており,現在では多くの転移が「集団的播種(collective dissemination)」を介して成立するという理解が広まりつつある56, 57).がん細胞のクラスター形成は,血流中におけるCTCの生存を高めると考えられており,その一因として酸素への直接的な曝露が制限されることによるミトコンドリアROS産生の抑制があげられている13).この仮説を支持するように,頭頚部扁平上皮がん由来のCTCの中には,E-カドヘリン依存的な機構を介して,せん断応力下で選択的にクラスター形成する腫瘍サブクローンが同定されている58).これらのクラスター形成細胞では,アノイキスに対する抵抗性と転移能の高さが認められている.注目すべきことに,これらのせん断応力適応型CTCは,E-カドヘリン結合タンパク質や細胞骨格制御因子の発現上昇を特徴とする遺伝子発現プロファイルを有しており,この遺伝子発現プロファイルは,局所再発および遠隔再発の頻度と相関することが示されている.これらの知見は,がん細胞の集団的クラスター形成がせん断応力によって誘導される酸化ストレスに対する抵抗性を高め,CTCの生存および転移能を規定する因子として機能することを示唆している.
2)CTCの生存および血管外浸潤に対する腫瘍細胞外因性ROSの役割
PMN-MDSCとCTCのクラスターは転移性メラノーマおよび乳がん患者の血流中で確認されており,CTCの生存および転移能を高めることが報告されている22).これらの異種細胞クラスター内では,CTCがNODALという因子を分泌し,パラクライン的に作用することでPMN-MDSCの腫瘍促進性分化を誘導するとともに,ROS産生を増加させる.このROSはCTC内のNRF2を活性化し,notch receptor 1(NOTCH1)の発現を亢進させることで,PMN-MDSC由来のNOTCHリガンドであるJAG1によるNOTCHシグナル活性化に対する感受性を高め,CTCの増殖および生存を支援する.NODALシグナルまたはROS産生のいずれかを阻害すると,この機序は破綻し,CTCの生存および播種能は著しく低下することが示されている.また,間質細胞や免疫細胞由来ではないものの,原発腫瘍から分泌されるエクソソームもCTCにおけるROS産生を誘導し,転移挙動を修飾することが知られている59).肝細胞がんにおいては,腫瘍由来エクソソームを介してSMAD3のタンパク質およびmRNAをCTCに供給し,SMAD3シグナルを亢進させることでNOXを介したROS産生を誘導する.このROSは,細胞接着関連分子の発現を促進し,CTCの接着能を高めるが,抗酸化剤の投与によってこの作用は抑制される.
細胞外ROSは,好中球におけるNET形成を誘導する上でも中心的な役割を担っている9, 19).好中球自身がNOX活性を介して産生するROS,あるいは他細胞由来のROSは,ミエロペルオキシダーゼ経路を活性化し,好中球エラスターゼ(neutrophil elastase:NE)による細胞骨格の分解を引き起こす一連のカスケードを誘導する.NEはその後核内へ移行し,ペプチジルアルギニンデイミナーゼ4の活性化を含むヒストン修飾を介して,クロマチンの脱凝縮を促進する.これらの連続的なイベントにより,細胞膜の破裂とともにNETが放出される.形成された細胞外線維状構造は,CTCを物理的に捕捉することで血管内皮細胞への接着を促進し,遠隔組織への血管外浸潤を助長することが示されている19).さらに,NETは血管内皮層において細胞間ギャップを形成することで,血管バリアを弱体化させ,腫瘍細胞の逸脱を促進するとされる60).
5. 転移先臓器におけるROSを介した腫瘍細胞の選択的排除
転移先臓器におけるROSの上昇は,ニッチの再構築や腫瘍細胞の増殖促進に寄与する可能性が示唆されているものの,腫瘍細胞に対する直接的な影響については十分に解明されていない.近年の研究では,ROSが転移巣形成の促進因子として機能するという側面よりも,臓器特異的に腫瘍細胞の定着を妨げるストレッサーとしての作用に注目が集まっている(図7).特に顕著な例として,骨格筋におけるROS産生があげられる.骨格筋は腫瘍細胞の浸潤を受ける頻度が高いにもかかわらず,転移巣形成が著しく制限されている.この抵抗性は,骨格筋組織の高度に酸化的な環境に起因することが示されている61).肺および骨格筋における転移巣の比較メタボローム解析により,骨格筋に定着した腫瘍細胞はグルタチオン代謝への依存性が高まっていることが明らかとなっており,これは骨格筋特有の酸化ストレス環境に対する代謝的適応と考えられる.重要なことに,腫瘍細胞の抗酸化能を強化すると骨格筋への定着能が向上することから,酸化ストレスがこの組織における転移形成を制限する一方で,抗酸化防御の強化によってその障壁は克服可能であることが示唆される.
これらの知見は,逆説的な疑問を提起する.酸化ストレスが転移の障壁となるのであれば,なぜ高い酸素分圧,代謝活性,免疫細胞密度を特徴とする肺や肝臓が転移好発部位となっているのだろうか.この矛盾は,転移進行における酸化ストレスの複雑な役割に起因すると考えられる.転移先組織でのROS上昇は腫瘍細胞の定着を制限しうる一方で,肺や肝臓は組織特異的な抗酸化システムによって酸化ストレスを緩衝しうる微小環境を備えている可能性,あるいはROSが腫瘍細胞の生存や増殖を促進する酸化還元シグナルとして機能する程度の適度な環境である可能性など,複数の仮説が考えられ,今後の実証的検討が求められる.
本稿では,腫瘍種,実験系,そして播種・循環・生着の各段階に応じて多様に変化する,酸化ストレスおよび抗酸化プログラムの複雑かつ文脈依存的な作用を概説した.これらの知見から導かれる重要な点は,遠隔転移とはレドックスが正負両方向に大きく関与する現象であり,転移促進的・抑制的な効果の総和として成立する動的過程であるという点である.この観点は,抗酸化剤の投与やレドックスバランスの操作が転移に与える影響を検討した研究において,しばしば相反する結果が報告される理由を説明する理論的基盤となる.具体的には,ROSが主に転移促進性のシグナルとして機能し,がん細胞が強固な抗酸化防御機構を有する腫瘍においては,抗酸化剤の投与が播種を抑制する可能性がある.一方で,酸化還元緩衝能が限られた腫瘍では,抗酸化剤がROS感受性の高い転移性細胞を酸化的ストレスから保護することで,生存を促進し,結果として転移形成を助長する可能性がある.この考え方と一致するように,我々が最近行った異種移植モデルにおいても,抗酸化剤の投与やNRF2の強制活性化が,使用したがん細胞株に応じて転移巣の形成に相反する影響を示すことが明らかとなった10).
近年の研究が示唆する重要な知見の一つに,ROSの由来(腫瘍細胞内因性か外因性か)によって,がん細胞に及ぼす影響が大きく異なることがあげられる.がん細胞内で生じるROS,特にCTCや転移先に侵入した細胞で産生されるものは,一般に細胞毒性を示し,転移の抑制因子として機能する.一方で,間質細胞や免疫細胞などによって産生される細胞外ROSは,腫瘍のリモデリングや細胞生存を促進し,転移を助長する傾向がある.この二面性は,腫瘍細胞内因性の酸化ストレスを転移の障壁として保持しつつ,細胞外ROSを選択的に標的とする治療戦略がきわめて妥当であることを示唆している.これまでの抗酸化介入を検討した多くの研究では,NACやビタミンEなど,主に細胞内ROSを中和する作用を持つ薬剤が用いられている.このような作用機序は,酸化ストレスによって生存が制限されている腫瘍細胞において,意図せぬ形で転移能を亢進させる可能性がある.この課題に対処するためには,膜透過性を持たない抗酸化剤の開発や,腫瘍微小環境および転移ニッチに限定して作用する送達システムの設計など,空間的に制御されたアプローチが有用であると考えられる.