細胞内鉄・ヘムを検出可能な蛍光プローブの開発と応用Development and application of fluorescent probes for labile iron and heme
岐阜薬科大学Gifu Pharmaceutical University ◇ 〒501–1196 岐阜市大学西1–25–4 ◇ 1–25–4 Daigaku-nishi, Gifu-shi, Gifu 501–1196, Japan
鉄はほぼすべての地球上に存在する生物が保有しており,さまざまな生命機能を担う重要な金属種である.一方で,その高い酸化還元力は,酸化ストレスの原因にもなるため,生体は精巧な鉄代謝システムにより,鉄の量・化学形態を厳密に制御している.細胞内では,遊離の鉄(II)イオンやヘムが存在し,酸化ストレスやシグナリングに関わることが示唆されているものの,その挙動や動態については未解明な部分が多い.本稿では,細胞内,体内における鉄(II)イオン・ヘムを検出できる蛍光プローブ・化学プローブについて,この10年程度の技術開発と応用例を中心に紹介する.
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鉄は我々の体内において最も多く存在する遷移金属種である.また,現在確認されている地球上の生物はほぼすべて鉄を保有しており,さまざまな重要な生命機能を担っている.我々人類においては,酸素運搬,酵素反応,エネルギー生産等,タンパク質の補因子として機能している1).これらの機能の大半は,鉄イオンが鉄(II)イオンと鉄(III)イオンを容易に行き来できる,レドックス活性な性質によるところが大きい.一方,タンパク質とは結合していない,あるいは弱く結合している鉄イオン(=遊離鉄)も細胞内に存在し,その濃度検知システムが細胞内の鉄恒常性を担っている2, 3).細胞内が還元環境であることや,鉄シャペロンタンパク質4, 5)やトランスポーター6)が認識することから,遊離鉄のほとんどは鉄(II)イオンであると考えられる(図1).一方,鉄イオンのレドックス活性は両刃の剣であり,鉄恒常性維持機構が破綻し,遊離鉄濃度が上昇すると,細胞内では酸化ストレスが亢進する(図1)7).酸化ストレスの根源といわれるフェントン反応では,鉄(II)イオンが過酸化物と反応することで,ヒドロキシルラジカル等の高反応性活性酸素種が生成し,これが細胞内の生体分子を損傷する8).実際,鉄過剰は発がんをはじめ,肝炎,神経変性疾患等の重度疾患との関連が報告されている3, 9).さらに,近年盛んに研究されているフェロトーシス(鉄依存的細胞死)10, 11)は,鉄(II)イオンによる脂質過酸化が細胞死の直接的なトリガーとなっており,鉄(II)イオンの多寡により細胞死が誘導されるか否かが決定される現象であるといえる.このように細胞内の鉄(II)イオンは,細胞内の鉄恒常性だけでなく,破綻時における酸化損傷誘発化学種にもなりうる.また,フェロトーシスにおいては,細胞の生死を握る鍵となる.したがって,鉄の細胞生物学を進める上では,鉄(II)イオンの挙動を知ることが重要となる.
これまで,誘導結合プラズマ(ICP)分光分析装置,原子吸光光度計等を使った分光測定や,鉄キレート剤を使った吸光度法が鉄イオンの分析に利用されてきたが,これらの方法は非常に正確な定量測定が可能であるものの,組織や細胞サンプルを破砕し,均一化する必要があり,細胞内での位置情報や上記の遊離鉄のような準安定的な化学種を測定・可視化することは原理的に難しかった.また,生細胞のイメージングに使用される蛍光プローブもいくつか報告されていたものの,酸化状態を認識した鉄イオン検知は難しく,さらに,鉄イオンとの結合に伴い,蛍光が消える蛍光消光型であること,金属選択性が低く,鉄イオン以外の金属に対しても応答してしまう等,使用に制限があった12).そのため,細胞内での鉄(II)イオンの挙動については,多くの部分が未解明なままであった.鉄(II)イオンに加えて,ヘムも鉄の生命科学を進める上では欠かすことのできない重要な化学種である1, 13).その機能および挙動は鉄(II)イオンと類似しており,タンパク質の補因子となると同時に,遊離ヘムが存在し,さまざまな細胞シグナル機能を担っている(図1)14, 15).しかしながら,ヘムの細胞内挙動についてはほぼ未知なままであり,実際のところ,遊離鉄の挙動よりもわかっていない部分が大きい16).これはヘムを検出するような化学ツールが圧倒的に不足していることが要因であり,新たな技術開発が待たれている.
鉄(II)イオンに応答する蛍光プローブについては,筆者らが2013年に世界で初めての蛍光増大型かつ鉄(II)イオンに選択的に応答する蛍光プローブ17)を開発し,生細胞内での鉄(II)イオン可視化に成功してきた経緯があり,その後もいくつかの有用な蛍光プローブを報告してきた18).一方,ヘムを検出する蛍光プローブについては,先に蛍光タンパク質を使ったもの19, 20)が報告されており,その後,小分子型蛍光プローブ21)が開発されてきた.本稿では,鉄(II)イオンおよびヘムを可視化できるイメージングプローブに関して,この約10年の技術進歩を原理と応用例を交えながら紹介する.
鉄イオンは鉄(II)イオン,鉄(III)イオンが安定な化学種である.細胞内では上述の理由から鉄(II)イオンの挙動を知ることが鉄代謝研究では重要となる.従来の蛍光プローブは鉄イオンとのキレートを利用したもの12, 22, 23)であったが,これらはすべて蛍光が消える「消光型」のプローブである(図2a, c).これは,鉄(II)イオン,鉄(III)イオンの両者が強力な蛍光消光作用を有するためであり,キレートによりこれら鉄イオンと結合するプローブでは,原理的に消光型の応答様式となることを避けられない(図2a).このことから,筆者らは,キレート型を原理とした分子設計ではなく,化学反応を基盤とした新たなプローブ設計により,鉄イオンの蛍光消光作用を回避し「蛍光増大型」かつ「鉄(II)イオン選択性」を実現することとした(図2b).
(a)キレート型蛍光プローブ.(b)化学反応型蛍光プローブ.(c)キレート型蛍光プローブの代表例:Calceinの構造と作用機序.強蛍光性のCalceinに蛍光消光作用を持つ鉄イオン(二価,三価問わず)が結合すると蛍光が減少する.
筆者が着目したのがN-オキシドと呼ばれる化学種である.N-オキシドは第三級アミンを酸化(酸素化)することで得られ,鉄による還元反応により元の第三級アミンに戻すことができる(図3a).本反応は還元反応であるため,鉄(III)イオンよりも鉄(II)イオンがより高い反応性を示す.すなわち,鉄(II)イオンによりN-オキシド→第三級アミンへの還元(脱酸素化)反応が水溶液中でも起これば,鉄(II)イオンを検出する化学反応として利用できる.さらに,この反応を使って蛍光のスイッチングを行うため,ローダミンBの片側のジエチルアミノ基をN-オキシド化することとした.ローダミンBが蛍光を示すための構造要件として,両側のアミノ基の孤立電子対が非局在化する必要がある.N-オキシド化すると,孤立電子対が酸素との共有結合に使われるため,非局在化が起こらず,蛍光が減弱する.鉄(II)イオンにより脱酸素化されると元の強蛍光性化合物に戻るため,蛍光が増大する,という仕組みである.ローダミンBをN-オキシド化した化合物(RhoNox-1)は,予想どおり蛍光性が大きく減弱しており,ここに鉄(II)イオンを添加したところ,蛍光強度が増大した(図3b, c)17).この蛍光増大反応は鉄(II)イオンに選択的であり,鉄(III)イオンを含むほかの金属種にはまったく応答せず,RhoNox-1が高い金属選択性を有する蛍光増大型プローブであることがわかった(図3d).さらに,生細胞イメージングにおいても鉄(II)イオンの検出に成功し,細胞で使える初めての蛍光増大型鉄(II)イオン蛍光プローブとして報告した(図3e).RhoNox-1は,フェントン反応性の鉄イオン(=遊離の鉄(II)イオン)を検出できることが特徴である.そのため,酸化ストレス研究とは非常に親和性が高い.最初の応用例は,過剰鉄発がんモデルでの近位尿細管組織への鉄(II)イオン蓄積の検出24)であり,他にも加齢黄斑変性症モデル細胞において,視細胞への光照射により,時間依存的に鉄(II)イオンが増大してから減少に転じる25)ことを明らかにした.
(a)第三級アミンとN-オキシドの化学反応.(b)N-オキシド型鉄(II)イオン蛍光プローブRhoNox-1(FeRhoNox-1)の構造と作用機序および励起・蛍光波長.(c)RhoNox-1(2 µM)に鉄(II)イオン(20 µM)を加えた際の蛍光スペクトル変化.破線:プローブのみ,実線:鉄(II)イオン添加後5分ごとの蛍光スペクトル.(d)RhoNox-1の金属選択性試験.(e)RhoNox-1を使った鉄(II)イオンの生細胞蛍光イメージング.
蛍光団の蛍光構造に関与する窒素原子をN-オキシド化するというストラテジーは,その原理上,ローダミンB以外の蛍光団にも応用できる.筆者らが開発したクマリン,ロドール,ケイ素ローダミンの窒素原子をN-オキシド化した化合物CoNox-1, FluNox-1, SiRhoNox-1(図4a~c)は,RhoNox-1と同様,鉄(II)イオンに対して選択的に蛍光応答を示し(図4d~f),生細胞中でも機能した(図4g~i)26).興味深いことに,色素の構造により,鉄(II)イオンとの応答性が異なり,最も長波長であるSiRhoNox-1がこれら四つの蛍光プローブの中ではよい応答性を示した.SiRhoNox-1の深赤色領域の吸収・蛍光波長を利用して,がん細胞スフェロイドにおける低酸素領域における鉄(II)イオン濃度の上昇を可視化することに成功している(図4j).低酸素領域では,鉄(II)イオンと鉄(III)イオンのバランス(図1)が還元側(=鉄(II)イオン)に偏ることで,鉄(II)イオンが上昇することが明らかになった.
(a)CoNox-1,(b)FluNox-1,(c)SiRhoNox-1の構造および励起・蛍光波長の最大値.(d~f)CoNox-1(d),FluNox-1(e),SiRhoNox-1(f)に鉄(II)イオンを加えた際の蛍光スペクトル変化.点線:プローブのみ,実線:鉄(II)イオン添加1時間後.プローブ濃度:2 µM,鉄(II)イオン:20 µM.HEPES buffer (50 mM, pH 7.4).(g~i)CoNox-1(g),FluNox-1(h),SiRhoNox-1(i)を使った鉄(II)イオンの生細胞イメージング.(j)SiRhoNox-1を使ったがん細胞スフェロイドのイメージング.中央部でSiRhoNo-1由来の蛍光が観察されており,この部分で鉄(II)イオンが上昇していることがわかる.
このN-オキシド化ストラテジーは,筆者のグループ以外からもさまざまな色素とN-オキシドの組合わせによる鉄(II)イオン蛍光プローブが報告されている27).N-オキシドが,シンプルかつ堅牢な鉄(II)イオン応答性化学構造として認知され始めている証拠であり,今後も広く普及していくことが期待される.
次に,細胞小器官を標的とした鉄(II)イオン蛍光プローブ開発を進めた.現在までに標的化に成功しているのは,リソソーム28),ミトコンドリア29),小胞体26),ゴルジ体30),および細胞膜31)である(図5).ミトコンドリア標的型プローブMito-FluNoxおよびゴルジ体集積型プローブGol-SiRhoNoxは,ミトコンドリア集積性およびゴルジへの局在性が報告されている官能基を導入した構造を有している.一方,リソソーム,小胞体への局在性プローブLyso-RhoNoxとSiRhoNox-1は,色素骨格がそれぞれの標的小器官へと集積する形となっている.細胞膜への局在能を持つMem-RhoNoxは,二つのパルミトイル基(脂質)の腕が細胞膜にアンカリングする.この際,カルボキシ基が腕の途中に導入されていることで,膜を通過せずに,プローブ部位が細胞外を向いて固定されるように設計されている.
まず,これら蛍光プローブ群のなかから,Mito-FluNox, SiRhoNox-1, Lyso-RhoNoxを同時に使用した例について紹介する32).これらの三つの蛍光プローブはそれぞれ鉄(II)イオンへの応答性が類似しており,かつ,異なる小器官集積性,異なる励起・蛍光波長を示すことから,同時に使用することで多色小器官イメージングが可能である.そこで,この三つの蛍光プローブを混合し,フェロトーシスにおける鉄(II)イオンイメージングへと応用した.フェロトーシスは2012年にStockwellらにより報告された新規プログラム細胞死であり,エラスチン等の薬剤により誘導され,鉄依存的であること,脂質過酸化が細胞死の最終トリガーであることが知られている.これまでに多くの研究がなされ,抗酸化系の破綻と過酸化脂質の蓄積が必須であることがわかっていた10)が,鉄,特にフェントン反応性の鉄(II)イオンの小器官レベルでの挙動については未解明であった.エラスチン処理5時間後(細胞死は8時間後から),リソソームおよび小胞体にて鉄(II)イオンが上昇する様子が観察され,鉄(II)イオンの上昇が小器官ごとに起こっていることがわかった(図6).これらの小器官では,フェロトーシス誘導時初期に脂質過酸化が惹起されることがほかのグループからも報告され,筆者らの観察結果と一致する.以上のことから,これら小器官における鉄(II)イオンの上昇が膜の傷害に関与していることが示唆された.
HT1080細胞にエラスチン(10 µM)を添加し,5時間後の各プローブの蛍光顕微鏡画像.
一見異なる性質を持つプローブがMem-RhoNoxである(図5)31).このプローブは細胞の外を向いた状態で膜状にアンカリングされる.細胞への鉄取り込みの主経路は,トランスフェリン-トランスフェリン受容体によるエンドサイトーシス経路である(図7a).トランスフェリンに結合した鉄イオンは鉄(III)イオンであり,細胞内に取り込まれるにはエンドソーム内で還元されて鉄(II)イオンになる必要があるが,その現象を観察した例はなかった.筆者らは,N-オキシドの高い鉄(II)イオン選択性を利用し,Mem-RhoNoxを使った細胞への鉄取り込みのリアルタイムイメージングを実施した.細胞にプローブを処理し,膜上に配置後,トランスフェリンを添加して蛍光顕微鏡にて観察すると,添加直後から細胞内にドット状の輝点が観察され,時間経過とともに輝点の数は増加した(図7b).その後,細胞膜からの蛍光シグナルが上昇する結果がみられ,種々の対照実験結果と総合し,鉄取り込み時においてはエンドソーム内で鉄(II)イオンに還元されていることが明らかになった.さらに,本プローブを初代培養神経細胞での鉄取り込みのリアルタイムイメージングへと応用したところ,スパイン様の構造が可視化され,当該領域にて鉄の取り込みが活性化されていることが示唆された(図7c).
(a)細胞への鉄取り込み経路の模式図およびMem-RhoNoxの作用機序.(b)Mem-RhoNoxを使ったHepG2細胞へのトランスフェリン経由鉄取り込みのタイムラプスイメージング.(c)初代培養神経細胞の鉄取り込みイメージング画像.トランスフェリン投与20分後.緑色:神経細胞全体(緑色蛍光タンパク質由来),黄色:Mem-RhoNox由来の蛍光シグナル.
多色化・標的化への展開と同時に,高感度化への試みも実施した.RhoNox-1は鉄(II)イオンと混合すると,1時間で蛍光強度が約30倍に増大する.しかしながら,この応答性は十分とはいえず,特に細胞内の遊離鉄(鉄(II)イオン)濃度は数µM以下ときわめて微量であることから,より高感度な蛍光プローブが求められる.筆者らはさまざまな検討の中から,環状アミンN-オキシドを使用すると,鉄(II)イオンへの応答性が向上することを見いだしていた.そこで,さまざまな環状アミンN-オキシド構造を有する蛍光プローブ群(図8a)を合成し,それらの鉄(II)イオン応答性について調査した33).その結果,Boc-ピペラジンN-オキシド構造を持つRhoNox-4,エトキシカルボニルピペラジンN-オキシド構造を持つRhoNox-7,およびピバルピペラジンN-オキシド構造を持つRhoNox-8が,10分以内に100倍を超える蛍光応答を示した(図8b).また,生細胞イメージングでの評価においては,RhoNox-4のみがRhoNox-1を凌駕する蛍光応答性を示した(図8c).細胞での評価においてRhoNox-7, RhoNox-8が機能しなかった理由は明確ではないが,細胞膜透過性が低いためと推察される.RhoNox-4は,細胞内での応答性が著しくよかったことから,本プローブを使った細胞系でのハイスループットスクリーニング(HTS)へと応用した.細胞内での鉄(II)イオンの増減をみるには共焦点蛍光顕微鏡とRhoNox-1等の蛍光プローブを使う必要があったが,RhoNox-4により,プレートリーダーやハイコンテントイメージャーのような,高速解析装置を使った方法が可能になった.細胞内の鉄(II)イオンの量は,酸化ストレスと密接に関連すること,一方,生体の鉄濃度・鉄量については,それを制御する有用な方法論がないことから,細胞内鉄(II)イオン変動化合物は,新たな創薬候補化合物のシードとなりうる.そこで,東京大学創薬機構より供与いただいた3399化合物について,RhoNox-4を使ったHTSを適用し,細胞内鉄(II)イオンの変動を誘導する化合物探索を実施した.最終的には5 µMの濃度で有意な鉄(II)イオン上昇を示す化合物lomofunginをヒット化合物として決定した.種々の検討から,lomofunginはフェリチンの分解を促進すること,フェリチンから鉄イオンが流出し,還元されることで鉄(II)イオンが増大していることが明らかになった.なお,lomofunginによるフェリチン分解機構については不明であり,現在,さらなる調査を進めているところである.このRhoNox-4については,現在はFerroOrangeという名称で市販されており,多くの研究に利用されており,使用論文数は2000を超えている(2025年9月,Google Scholar調べ).
(a)RhoNoxシリーズの構造展開.RhoNox-4は製品名:FerroOrange.(b)合成したRhoNoxシリーズのうち,RhoNox-1, RhoNox-4, RhoNox-7, RhoNox-8についての蛍光応答性の比較.(c)RhoNox-1とRhoNox-4の生細胞イメージングでの性能比較.
遊離鉄と同様,ヘムも一部,細胞内に遊離の形で存在しており,細胞内シグナリングや酸化ストレスに関与している13, 15, 16).細胞内の還元的環境から,遊離ヘム中の中心元素である鉄は鉄(II)イオンとして存在する.筆者らはN-オキシドの高い鉄(II)イオン選択性を考慮し,ヘムの検出にも利用できると考えた.しかしながら,遊離ヘムの濃度は,遊離鉄の濃度よりも10倍程度低濃度である20)ことが知られており,同じN-オキシド化学を使う場合においても,鉄(II)イオンとの反応性を抑制し,かつ,ヘムとの反応性を向上させる必要があった.ヘムによるN-オキシドの脱酸素化反応は,過酸とヘムによるO–O結合切断反応の類似反応と考え,過去のGrovesらによる報告34)から,N-オキシド部の近傍に電子求引性基を導入すれば,N–O切断反応を加速すると考えた.また,これまでの経験から,ロドールを色素とした場合,鉄(II)イオンによる脱酸素化速度が低下することがわかっていた.これらの知見を総合して考案したのがH-FluNoxである(図9a)35).N-オキシド部位には,4位にある二つのフッ素置換基が電子求引性基として機能するジフルオロピペリジンN-オキシド構造を利用した.ヘムおよび鉄(II)イオンと混合し,蛍光スペクトルを測定したところ,予想どおり,ヘムに対して鋭敏な蛍光応答を示した一方で,鉄(II)イオンに対しては数倍程度の蛍光増大にとどまった(図9b).さらに,他の金属イオン種には応答せず,ヘム選択的な蛍光プローブであることがわかった(図9c).H-FluNoxは,プローブ濃度0.1 µM,ヘム1 µMの条件下において10分以内に蛍光強度が200倍に増大し,その検出限界が10 nMと蛍光応答が非常に鋭敏であることが特徴である.H-FluNoxはそのままでは細胞膜透過性が低く,細胞イメージングができないため,アセチル化したプロドラッグ体Ac-H-FluNoxを作製し,生細胞でのヘム検出へと応用した.まず,5-アミノレブリン酸(5-ALA)をヘムの生合成活性化剤として用いた場合,細胞内蛍光シグナルが有意に上昇した(図9d).一方,5-ALAとヘム生合成阻害薬スクシニルアセトン(SA)共存下では蛍光シグナルの上昇はみられなかった.すなわち,生細胞中でもヘムを検出できることが証明された.他にも,前出のフェロトーシスでは鉄(II)イオンだけでなくヘムも上昇することが,Ac-H-FluNoxを使ったイメージング実験から明らかになった(図9e)35).
(a)H-FluNoxの構造および作用機序.(b)H-FluNoxのヘムおよび鉄(II)イオンに対する反応性の差.(c)H-FluNoxの蛍光応答の金属選択性試験結果.(d)Ac-H-FluNoxを使った生細胞イメージング.5-ALA:5-アミノレブリン酸,SA:スクシニルアセトン.(e)Ac-H-FluNoxとSiRhoNox-1を同時に使ったフェロトーシス誘導時のヘム・鉄(II)イオンの同時イメージング.DFO:デフェロキサミン(鉄キレーター).
H-FluNoxは生細胞イメージングにおいて有用なヘム蛍光プローブであるが,組織や動物個体では使用が困難である.その理由は小分子であるため,組織観察に不可欠な固定・洗浄操作により用意に流出してしまうためである.これを防ぐには,生体高分子(タンパク質やDNA)に共有結合させる必要がある.筆者らは,ヘムとN-オキシドの反応により,高原子価の鉄オキソ種が生成すると予想し,これを生体分子への共有結合形成反応にできないかと考えた.そこで考案したのがHeme-Trap(HT)と命名した化合物による戦略である(図10a)36).まず,HT分子のN-オキシドがヘムと反応し,ヘムを活性化する.HT分子はこのとき,脱酸素化され,電子豊富な芳香族化合物となる.活性化されたヘムは高い酸化力を有するため,前段階で生成した電子豊富芳香族化合物を速やかに酸化し,キノン化合物が生成する.これが求電子剤として生体分子上の求核剤(アミノ基,カルボキシ基等)と共有結合を形成する.以上の予測をもとに,電子豊富芳香族化合物のN-オキシド化体を合成し,ヘム存在下でのタンパク質との共有結合形成反応について調査した.その結果,メタ位にジエチルアミノ基を有する化合物が,ヘム存在下で選択的にタンパク質と共有結合することが明らかになった(図10b~d).また,反応中間体はキノンイミンであり,アルブミンの場合はリシン側鎖のアミノ基が付加することも種々の検討から明らかにした(図10a).次に,ヘムがミトコンドリアで生合成されることから,ミトコンドリアへの集積性が知られるローダミンを蛍光色素として導入したMito-HTを合成し,使用した(図10b).細胞イメージングでは,血清入り培地および冷メタノールにて洗浄・固定操作を実施しているが,5-ALA投与群でのみ細胞内の蛍光シグナルが観察された.さらに,Mito-HTの結合したタンパク質についてプロテオミクス解析を実施したところ,ミトコンドリアタンパク質が多く検出され,予想どおり,ミトコンドリアにてヘムと反応し,タンパク質と共有結合を形成したことが示された.次に,組織でのヘムイメージングを試みた.マウスに5-ALAを経口投与し,その4時間後,Mito-HTを脳室内に直接投与した.3時間後,マウスから脳を取り出し,切片を作製後,蛍光顕微鏡にて観察した(図10d).その結果,海馬近傍の組織を観察すると,有意な蛍光強度の差が観察され,5-ALA投与群で,蛍光強度の上昇がみられた(図10e).この蛍光プローブは蛍光のoff/on機能はないため,投与部位(脳室)近傍では蛍光強度が高すぎる点は今後の改善点であるものの,この結果はマウス脳内でのヘム検出に成功した初めての例である.さらに,組織の透明化サンプルでの3次元イメージングへと応用したところ,血管周囲にプローブ陽性の細胞が散見された.筆者らは,この細胞種を特定するべく,プローブ陽性細胞の一細胞RNA解析を実施した.5-ALA処理したマウス由来の脳組織細胞群と,コントロール群の細胞群を,それぞれプローブ由来の蛍光を指標にセルソーターで単離し,各細胞のRNAシーケンス解析を行ったところ,5-ALA投与群から得られた細胞では,ミクログリアマーカーRNA群が観察された.この結果から,5-ALA投与により,ミクログリア(今回はC1qc陽性ミクログリアと結論)でヘムが上昇し,プローブによりそれが可視化されていることが示唆された(図10g).本プローブは,細胞内のヘムイメージングだけでなく,プロテオミクスや組織でのヘムイメージング,さらには一細胞解析にも利用できる有用な化学ツールであり,従来の蛍光プローブに比較して応用範囲が広く,次世代の方法論といえるであろう.
(a)Heme-Trap分子の作用機序の概要.(b)Heme-Trap(HT)およびMito-HTの構造.(c)HTのHemin存在下でのウシ血清アルブミンに対する修飾反応の評価.CBB:Coomassie brilliant blue.(d)HTによる修飾反応の選択性試験の結果.(e)マウス脳におけるヘム生合成可視化および一細胞実験のプロトコル.(f)5-ALA投与マウスおよび生理食塩水投与マウスの脳スライス(海馬領域)におけるMito-HTによるヘムイメージング.(g)脳からMito-HTの蛍光量を指標に採取した細胞の一細胞RNAシーケンス解析結果.OPC:オリゴデンドロサイト前駆細胞.
フェロトーシスは制御性細胞死の一つとして2012年に報告された10).当初の知見では,エラスチン(erastin)という化合物がシスチン取り込み阻害(System Xc–阻害)を起こすことが初期作用点であること,シスチン不足により細胞内の抗酸化能力が低下し,脂質の過酸化が促進されること,最終的には後者により細胞膜が損傷され細胞死に至ることが報告されていた(図11a).また,エラスチンによる細胞死は,鉄キレート薬デフェロキサミン(DFO)により阻害されることが特徴であり,このことから,「鉄依存的」という意味を込めて鉄を意味する「フェロ」を冠したフェロトーシスと名づけられている.その後,RSL-3[glutathione peroxidase-4(GPX-4)の阻害薬]や細胞内鉄(II)イオンと直接反応するFINO2のようにほかの作用点からフェロトーシスを誘導する化合物が報告され,現在もその研究が盛んに行われている37–39)(図11a).フェロトーシスは最終的には必ず過酸化脂質の蓄積と膜傷害を伴う.この過酸化脂質と膜傷害のプロセスにおいて必須なのが鉄(II)イオンであり,過酸化物と反応することでラジカル種を生成,これが連鎖していくことで修復可能レベルを超え,細胞死につながる2).これまでに報告されているフェロトーシス阻害薬は2種類に大別される40).一つは鉄イオンを枯渇させる「鉄キレート薬(iron chelating agent:ICA)」,もう一つは脂質ラジカルを捕捉し,膜傷害を抑制する「ラジカルトラップ薬(radical trapping agent:RTA)」である(図11a).前者は,DFOによって阻害されることがフェロトーシスの語源にもなっており,他にも臨床で使われているICA[シクロプリオクス(CPX),デフェリプロン(DFP),デフェラシロクス(DFX)]などがフェロトーシス阻害効果を示すことが知られている.RTAについては,フェロトーシス発見当初からその選択的阻害薬探索が実施され,フェロスタチン-1(Fer-1)やリポキシスタチン-1, α-トコフェロール(ビタミンE)などが阻害作用を示す.一方,ICAは鉄枯渇を惹起すること,RTAはいずれも脂溶性の高さが課題であり,現在も,作用機序の多様化を含め,さらなる阻害薬の探索研究が行われている.
(a)フェロトーシス誘導薬(四角),フェロトーシス阻害薬(白文字),およびフェロトーシスの作用機序の概要.ICA:iron-chelating agent.RTA:radical-trapping agent.GSH:グルタチオン.GSSG:酸化型グルタチオン.DFO:デフェロキサミン.Fer-1:Ferrostatin-1.(b)各蛍光プローブのエラスチン誘導フェロトーシスに対する阻害効果.
そんな中,Tadokoroらから,ドキソルビシンにより誘導される心筋細胞のフェロトーシスがMito-FluNox(論文中では製品名Mito-FerroGreenと記載)により阻害されることが報告された41).しかしながら,Mito-FerroGreenはキレート部位を持たないにもかかわらず,当該論文では当初,「阻害効果はプローブのキレート効果によるもの」と説明されており(現在は訂正済),より合理的な作用機序を提唱する必要があった.筆者らが開発してきた上述のN-オキシド型蛍光プローブと鉄(II)イオンの反応では,蛍光プローブ側は脱酸素化(=還元)されるため,理論上,鉄(II)イオンは鉄(III)イオンに酸化されることから,鉄(II)イオンの酸化反応が,フェロトーシス阻害作用の要因であると予想できる.しかしながら,これまでずっとプローブ側の反応物しか追跡しておらず,鉄(II)イオンの反応後の酸化状態については未確認であった.そこで,プローブとの反応前後における鉄イオンの酸化状態を確認するべく,XANES(X線吸収端近傍構造)スペクトルを測定したところ,予想どおり,鉄(II)イオンは,N-オキシドとの反応後,鉄(III)イオンに酸化されていることがわかった42).N-オキシドが(フェントン反応性の)鉄(II)イオン選択的であること,これまでの蛍光プローブで細胞毒性は観察されていないことから,上述の報告で使われていたMito-FerroGreen以外にも,N-オキシド型蛍光プローブが同様にフェロトーシスを阻害できる可能性がある.そこで,筆者らの研究室で開発した種々のN-オキシド型蛍光プローブについて,そのフェロトーシス阻害作用を調査した.使用したのは,RhoNox-1, RhoNox-4, SiRhoNox-1, Mito-FluNox, Lyso-RhoNox, Mem-RhoNox,およびH-FluNoxである.また,フェロトーシスの誘導実験には,発見当初から使われているエラスチン+HT1080細胞(ヒト線維肉腫細胞)の実験系を使用した.あらかじめ10%生存率になるエラスチン濃度(10 µM)を決めておき,当該濃度のエラスチンと各プローブ存在下での細胞生存率を調査したところ,RhoNox-1, RhoNox-4, SiRhoNox-1, Lyso-RhoNoxが,DFO(陽性対照化合物)と同等以上の阻害作用を示すことがわかった(図11b).興味深いことに,エラスチンにより誘導されるフェロトーシスでは,前述の結果と異なり,Mito-FluNoxはまったく作用しなかった.細胞膜結合性のMem-RhoNoxはまったく阻害作用がなかった.また,ヘム選択的蛍光プローブであるH-FluNoxも阻害作用は示さず(図11b),ヘムはフェロトーシス時に上昇するものの,細胞死に直接関与しているわけではない,という筆者らの過去の報告35)にも合致する.さらに,作用点の異なるフェロトーシス誘導剤RSL-3, FINO2やFIN56を使った検討においても阻害効果がみられた一方,ロテノンやスタウロスポリン,過酸化水素等,アポトーシスやネクローシスによる細胞死に対しては効果がなく,これらのプローブがフェロトーシス選択的阻害薬になることがわかった42).ここで,阻害効果のあったプローブ群に共通していることは,小胞体・ゴルジ・リソソームへの集積性を有する点である(図11b).一方,効果がみられなかったプローブは,細胞基質やミトコンドリア,細胞外膜への集積性を示した.蛍光プローブであるがゆえにその局在を判定できたことが一因であるが,局在性の違いがフェロトーシスの阻害作用の差を生む要因になったことは興味深い.Stockwellらは,脂質分子をラベル化することで,フェロトーシスの脂質過酸化は小胞体で始まっていることを報告しており43),また,リソソームにおける鉄(II)イオンによる脂質酸化もフェロトーシスのトリガーとして重要であることも別グループより報告されている44, 45).筆者らの結果を合わせて考えると,小胞体・リソソームがフェロトーシス誘導時における鉄(II)イオン誘発ラジカル連鎖反応の場であり,これら小器官において鉄(II)イオンを酸化することで,フェロトーシスを抑制することができることが示唆された.
本稿では,細胞内の鉄(II)イオンおよびヘムのプローブ分子について,筆者らが開発してきたN-オキシド型プローブを中心に,小分子かつ細胞・生体で使用可能なものを紹介してきた.現在,N-オキシドとRensloらにより開発された1,2,4-トリオキソラン(本稿では紙面の都合上割愛)46–48)が,鉄(II)イオンとヘムの検出プローブの設計原理として主流である.1,2,4-トリオキソランを使ったプローブは,合成難易度が高い点がネックではあるものの,蛍光プローブ46, 47, 49)だけでなく,PETプローブ50)やプロテオミクスプローブ51)等,さまざまなプローブ開発に利用されてきている.N-オキシドについては合成の簡便さゆえ,多くの類縁化合物が報告され27),鉄(II)イオンの選択的化学反応部位として一般化され始めている.開発された鉄(II)イオン蛍光プローブは,さまざまな生命科学研究に応用されており,酸化ストレス研究や病態の解明研究に用いられてきた.また,鉄(II)イオン蛍光プローブ開発と時を同じくしてフェロトーシス研究が発展してきたことは,RhoNox-4(製品名FerroOrange)の普及に大きく関係しており,筆者らの成果が当該領域の発展にも少しは貢献できていることを願う.
一方,N-オキシドが鉄(II)イオンを酸化することでフェロトーシス阻害作用を示すのに対して,エンドパーオキシド型化合物FINO238)や,1,2,4-トリオキソラン構造を持つFINO351)はフェロトーシス誘導作用を示す.1,2,4-トリオキソランはN-オキシドと同様に「鉄(II)イオン反応性」を有し,化学プローブに利用されているが,両化学モチーフがフェロトーシスに対してまったく正反対の作用を示すことは興味深い.この活性の差については現在のところ想像の域を出ないが,鉄(II)イオンによるO–O結合の開裂がラジカル的(一電子の移動による)であるのに対して,N–O結合の開裂ではヘテロ開裂(二電子移動型)であることの違いによるものではないかと考えている.また,N-オキシド型プローブでわかったように,細胞内での局在性が影響しているのかもしれない.本文中では紙面の都合上,割愛させていただいたが,ヘムの蛍光プローブについては,蛍光タンパク質を使ったFRET型プローブが小分子型プローブよりも先に報告されている19, 20).細胞内に遊離のヘムが存在することを最初に明らかにしたのは,これらのプローブを使った検討によるものであり,ヘムの細胞生物学研究において大きな貢献をしたことにはここで言及しておきたい.
鉄(II)イオンおよびヘムの蛍光プローブは,消光型かつ非選択的な蛍光プローブしかなかった2010年ごろまでのこと12)を考えると,この10年で大きく進歩した.現在市販されているFerroOrangeは最も簡単に使える鉄(II)イオン蛍光プローブであり,培地に1 µM程度の濃度で添加し,一定時間(30分程度)後に蛍光顕微鏡で観察すれば細胞内鉄(II)イオン濃度を計測・比較することができる.最近では,植物の根部での鉄(II)イオン検出もできることが,共同研究から明らかになっている52).また,ヘムの蛍光プローブAc-H-FluNoxも現在はHemeGreenという名称で市販されており,細胞内ヘムも比較的簡便に蛍光顕微鏡にて観察できるようになっている.鉄の生命科学研究においては,これまでに多くのことが明らかにされてきたが,依然として不明なことが多い.特に,鉄・ヘムは哺乳類から細菌に至る,ほぼすべての生物が保有している1)ことから,鉄の生命科学研究の対象となる生物種は無数に存在する.現状ではこれらのプローブの応用例は,哺乳類細胞と一部の植物に限定されており,他の生物種での機能については未知数である.今後もできる限りの力で,あらゆる生命体の鉄代謝を明らかにするべく,さらなる化学ツールの開発を目指して研究を続けていきたい.
ここで紹介した研究は,日本学術振興会(科研費),科学技術振興機構,および各財団(上原記念生命科学財団,内藤記念科学振興財団,武田科学振興財団,五十音順)の助成により実施したものであり,お礼申し上げます.また,研究に尽力いただいた研究室スタッフ,学生諸氏,共同研究者の方々に深く感謝申し上げます.
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