DNA損傷応答(DNA damage response:DDR)は,損傷の検知,シグナル伝達,DNA修復,さらに細胞運命の決定(アポトーシスや細胞周期停止)に至るまでを統合的に制御する生体防御機構である1, 2).DDR関連遺伝子に先天的なホモ接合性変異がある場合には,ファンコニ貧血や色素性乾皮症といった,低年齢での高発がん性疾患の原因となり,ヘテロ接合性変異の場合には,LOH(loss of heterozygosity)を介して家族性腫瘍の発症に関与することがある3, 4).そのため,DDR研究はゲノム安定性維持機構の理解のみならず,がん化の分子機構を解明する上でも重要な分野として発展してきた.
がん化学療法は,1940年代のアルキル化剤の発見に始まり,白金製剤,トポイソメラーゼ阻害剤,タキサン系薬剤へと発展してきた.これらは一般に「殺細胞性抗がん剤」と一括りにされることが多いが,実際は標的分子の違いにより,DNA障害型抗がん剤と微小管阻害剤などに区別される.本稿では,白金製剤やトポイソメラーゼ阻害剤など,DNAに直接損傷を与えることで細胞死を誘導するDNA障害型抗がん剤に焦点を当てる.DNA障害型抗がん剤の作用下ではDDRが活性化する.DDRは本来,DNA損傷を検出して修復を促し,細胞の生存を担保するための保護的応答である.そのため,過度な損傷が蓄積しない限り,DDRはしばしば抗がん剤による細胞死を相殺する方向に働く5, 6).このことから,薬剤感受性の違いは,がん細胞の増殖速度に加えて,DDRの効率や特性(たとえば修復能力の差)に起因すると考えられる.これまでに多くのDNA修復因子や細胞周期チェックポイント分子が,効果予測バイオマーカーあるいは治療標的として検討されてきた7, 8).しかし2025年現在,化学療法において臨床検査として標準化された効果予測バイオマーカーは存在していない.一部の分子標的治療(PARP阻害剤)や免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤)においては,BRCA1/2変異やミスマッチ修復欠損などがバイオマーカーとして承認されているが,従来型のDNA障害型抗がん剤においては未確立なのである9, 10).
筆者らは,DNA障害型抗がん剤に対して,核内タンパク質SLFN11が臨床レベルで有効な効果予測バイオマーカーとなるという確信のもと,SLFN11を中心に据えた基礎研究および臨床研究を進めている.SLFN11は,増殖中の細胞がDNA損傷を受けた際に,損傷細胞を細胞死に導く機能が近年明らかになり,注目を集めている分子であり,DNA障害型抗がん剤における複数の未解決の医療課題(unmet medical needs)を包括的に解決しうる可能性を持つ.
2. DNA障害型抗がん剤におけるunmet medical needs
DNA障害型抗がん剤の代表である白金製剤(cisplatin, carboplatinなど)やトポイソメラーゼ阻害剤(irinotecan, etoposideなど)は,DNAに異なるタイプの損傷を与えるものの,その後の細胞応答はおおむね共通している11–13).すなわち,①DNAに化学的損傷を与える,②複製フォークを停止させ二重鎖切断を誘発する,③修復が不十分な場合には,アポトーシスや分裂異常(mitotic catastrophe)を介して細胞死が誘導される(図1).これらの薬剤は半世紀以上にわたり,がん治療の中心的役割を担ってきた.しかし,依然として三つのunmet medical needsが存在する(図2).
1)実用的な効果予測バイオマーカーの欠如
第一の課題は,DNA障害型抗がん剤に対して,実臨床で有用な効果予測バイオマーカーが確立されていないことである.その要因の一つとして,DDR関連遺伝子の変異頻度が低いことがあげられる.DDR関連遺伝子のうち薬剤感受性に寄与するものは多数存在するが,両アレルに機能喪失変異が生じている例はまれである14).その中において,相同組換え修復因子であるBRCA1およびBRCA2は,乳がんや卵巣がんにおいて比較的高頻度(数~20%)に両アレルの機能喪失変異が認められ15–18),その場合は白金製剤に感受性になる19).しかしながら,がん全体でみると,たとえば薬物感受性データベースGenomics of Drug Sensitivity in Cancer(GDSC)に登録された969株のうち,BRCA1の両アレル機能喪失変異は8株,BRCA2は4株にとどまる20, 21).白金製剤によるDNA鎖架橋の修復には相同組換え修復経路が必要であり,BRCA変異腫瘍が高感受性を示すことは確かである.しかし,BRCA変異がなくても高感受性を示す腫瘍は多数存在する.たとえば肺小細胞がんでは,BRCA変異がほとんど認められないにもかかわらず80~90%の症例で白金製剤が著効する22–24).つまり,個々のDDR因子は薬剤感受性に寄与しうるものの,これらを総合しても,白金製剤の効果を包括的に予測する指標とはなりにくい.
近年,包括的ゲノムプロファイリング(comprehensive genome profiling:CGP)検査により,複数のDDR関連遺伝子変異を一括解析することが可能となった.CGP検査の結果は国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に集約され,レポートには検出された遺伝子異常に基づいて推奨される治療薬が一覧で示される.しかし,推奨治療薬は分子標的薬など,バイオマーカーを前提に開発された薬剤が対象となるため,現時点でバイオマーカーがないDNA障害型抗がん剤は含まれていない.また,仮にバイオマーカー候補があったとしても,DNA障害型抗がん剤はすでに長年臨床で広く用いられているため,前向き臨床試験による検証が困難(スポンサーがつきにくい)という実務上の制約があるのかもしれない.こうした事情が,長年にわたるDDR研究の成果が蓄積されているにもかかわらず,実用的な効果予測バイオマーカーがいまだ確立されていない背景にあると考えられる.
2)獲得耐性および内因性耐性の克服
第二の課題は,薬剤耐性の獲得および内因性耐性である.DNA障害型抗がん剤は初期治療で高い奏効率を示す一方,再発を繰り返す例が多く,長期的な治療効果の維持がしばしば困難である.耐性化の要因としては,DNA修復経路の活性化,細胞周期制御の変化,薬剤排出機構の増強などが知られている25).また,腫瘍の細胞内不均一性(heterogeneity)により,もともと耐性を持つ細胞群が選択的に増加してドミナントになることもある26).これらの獲得耐性と内因性耐性を合わせた分子基盤の解明と克服は,長年にわたりがん化学療法研究の中心的課題である.
3)副作用と治療継続性の問題
第三の課題は,副作用による治療継続性の制限である.DNA障害型抗がん剤は,がん細胞のみならず,造血幹細胞,毛包細胞,腸上皮など,増殖の盛んな正常細胞にも障害を与える.その結果,汎血球減少,脱毛,消化器症状,腎障害などの副作用が高頻度に発生し,治療中断やQOL(quality of life)低下の主要因となっている27).これらの副作用は薬剤の作用機序に由来する不可避な問題とされ,基本的には対症的治療が行われている.しかし,正常組織におけるDDRの特性を理解することで,がん細胞選択性を高めつつ毒性を軽減する,より選択的かつ低毒性の治療戦略を設計できる可能性がある.
4)SLFN11研究によるunmet medical needs解決への展望
これら三つの課題を同時に解決しうる因子として,筆者らはSLFN11に注目している28).SLFN11は,後述するように,正常細胞・がん細胞を問わず,増殖中の細胞がDNA損傷を受けた際に損傷細胞を選択的に排除する機能を有する.がん種にもよるが約50%の腫瘍で発現が認められているため,効果予測バイオマーカーとして理想的な発現頻度を示す29).SLFN11は遺伝子変異による失活がきわめてまれであり,主としてエピジェネティックな発現制御を受けている.TP53のように変異失活すると再活性化が困難な因子とは異なり,SLFN11は発現誘導によって機能回復が可能である30).また,一部の増殖する正常細胞ではSLFN11が恒常的に発現しており,例えば造血系細胞に発現するSLFN11は,汎血球減少などの副作用を増悪させる要因として関与している可能性が考えられる.したがって,がん細胞においてはSLFN11の発現を高めることで耐性克服,正常細胞においてはSLFN11の発現を抑えることで副作用低減といった,がん化学療法の精密化に向けた新たな展開が期待される(図2).
Schlafen(Slfn)ファミリーの名称は,ドイツ語の“Schlafen(眠る)”に由来する31).Slfnファミリーは真獣類以降で顕著に拡大しており,マウスには少なくとも9種類(Slfn1~5, 8~10, 14),ヒトには6種類(SLFN5, 11, 12, 12L, 13, 14)が存在し,霊長類間での保存性は高い32, 33).Slfn遺伝子群は,進化的に保存された複数のドメイン構造を持ち,その構成によりGroup I~IIIに分類される.すなわち,N末端側にNuclease/SLFN boxを持つ短鎖型のGroup I,そのC末端側にSWAVDLドメインを付加したGroup II,さらにそのC末端にHelicase/ATPaseドメインを有する長鎖型のGroup IIIである34).多くのSlfn遺伝子はインターフェロン刺激遺伝子(interferon-stimulated genes:ISGs)として発現誘導され,後述するウイルス防御機能を示すことから,Slfnファミリーの基本的な生理的役割は抗ウイルス作用にあると考えられている35, 36).
ヒトにおけるSLFNファミリーは染色体17qにクラスターとして存在し,マウスのSlfnクラスターとのsynteny(相同染色体上の遺伝子配列保存性)が維持されている32).このことから,遺伝子重複を繰り返すことで現在の構成に至ったと推定される.この中でも,Group IIIに属するSLFN5, SLFN11, SLFN13, SLFN14には抗ウイルス作用が報告されている37).さらに,SLFN11, 13, 14については,tRNAやrRNAの切断を介してウイルスRNA翻訳を阻害する機構が明らかにされている36, 38, 39).しかしながら,DNA障害型抗がん剤に対する感受性を高めるのはSLFN11のみであり,この特徴的な機能分化はSLFN11研究の重要な基盤となっている(図3).
SLFN11の重要性は,米国国立がん研究所(National Cancer Institute:NCI)が主導したNCI-60プロジェクトにおける網羅的薬剤感受性解析によって,2012年に初めて報告された.NCI-60とは,60種類のヒトがん細胞株に対して2万種類を超える化合物の薬剤感受性を評価し,それらを遺伝子発現プロファイルと統合的に解析した大規模がん細胞データベースである40).この解析により,SLFN11のmRNA発現量が,多くのDNA障害型抗がん剤に対する感受性ときわめて強く相関することが明らかとなった41).同年,Cancer Cell Line Encyclopedia(CCLE)を用いた独立した解析においても,トポイソメラーゼI阻害剤camptothecinに対する感受性とSLFN11発現量との強い相関が報告された42).
これらの結果は,SLFN11がDNA障害型抗がん剤に対する感受性を規定する新規因子であることを強く示唆した.興味深いことに,この相関はトポイソメラーゼ阻害剤(camptothecin, topotecanなど),白金製剤(cisplatin, carboplatin),核酸アナログ(cytarabine),代謝拮抗薬(gemcitabine)といった薬理作用の異なる複数の薬剤群に共通して観察された41, 43, 44).すなわち,SLFN11はDNA損傷あるいはDNA複製阻害を標的とする薬剤全般において,その細胞感受性をmRNA発現量で説明できるきわめてユニークな遺伝子として同定された.
SLFN11はDNA配列変異ではなく発現レベル(転写量)によって薬剤感受性が決まる分子として見いだされた点が,当時としてきわめて革新的であった.2012年当時,SLFN11に関する報告はほとんど存在せず,「まったく未知の遺伝子の転写量が薬剤感受性を最もよく説明する」という結果を,DDR研究コミュニティがすぐに受け入れるのは容易ではなかったと推察される.筆者自身も,実際に自らの手で実験を行うまでは,半信半疑であった.
SLFN11の抗がん剤感受性への関与が報告されてから13年が経ち,その多面的な機能が次第に明らかとなってきた.発現量と薬剤感受性との有意な相関はSLFN11に特異的であり,他のSLFNファミリー分子(SLFN5, 12, 13, 14)では認められない.SLFNが共通して有するN末端側のtRNA切断ドメインおよびC末端側のHelicase/ATPaseドメインはいずれも薬剤感受性に必須であるが,これらのドメインはSLFN11に特有のものではない.では,なぜSLFN11だけがDNA障害型抗がん剤の感受性を増強できるのか.
1)一重鎖DNA(ssDNA)結合を介した薬剤感受性
SLFN11は水溶性核画分に多く存在するが,薬剤投与下では一部がクロマチン画分に移行する.2016年,MuらはSLFN11が一重鎖DNA(ssDNA)結合タンパク質であるRPA1にC末端ドメインを介して結合することを報告した45).SLFN11は薬剤投与下でRPA1を介してクロマチン画分に移行することが示されている.2022年にドイツの研究グループがクライオ電子顕微鏡による構造解析を行い,SLFN11にssDNA結合部位(K652)が存在することを明らかにした46).筆者らが,このssDNA結合部位に1アミノ酸変異を導入した変異体(K652D, K652E)を作製したところ,SLFN11は薬剤投与下でクロマチン画分へ移行できなくなり,薬剤感受性も消失した47).興味深いことに,SLFN13は,SLFN11が有する機能ドメインとの配列保存性がきわめて高いが,ssDNA結合部位のアミノ酸は異なっており,SLFN11ではK652, SLFN13ではE652である(図3).筆者らが,SLFN13に核移行シグナル(NLS)を付与し,さらにE652K変異を導入したところ,SLFN13が薬剤投与下でクロマチン画分へ移行するようになり,SLFN11に類似した薬剤感受性を示した47).これらの結果から,SLFN13に薬剤感受性を示さないのは,ssDNAに結合できないからであり,また,SLFN11がssDNAに結合することは薬剤感受性増強の必要条件であることが明らかとなった.
2)SLFN11による複製フォーク上での複製ブロック
では,どのような状況でゲノム上にssDNAが形成されるのだろうか.正常のDNA複製時に,ラギング鎖でssDNAが形成されるが,速やかにRPAで保護されて即座にDNA合成で埋められる(図4A).SLFN11が感受性を高めることが知られているDNA障害型抗がん剤や複製阻害剤は,ATRキナーゼ依存的S期チェックポイントを活性化し,ゲノム全体の複製速度を抑制する,いわゆる複製ストレス(replication stress)を誘導する48).この過程で,複製フォーク上においてDNAヘリカーゼの進行とDNAポリメラーゼの合成が解離し,その結果としてゲノム全体にssDNAギャップが形成される(図4B).通常,ATRキナーゼ依存的S期チェックポイントによる複製停止は一過的であり,数時間後にはssDNAを伴いながらも複製が再開する.また,ATR阻害剤を併用した場合にはS期チェックポイントが抑制されるため,複製停止は起こらないというのが,これまでの「複製ストレス研究の常識」であった(図4C)49).
SLFN11はこの常識に物申す遺伝子だった.筆者らは,まず複製ストレス下においてSLFN11が複製フォークに結合することを明らかにした(図4D)50).SLFN11陽性の親細胞と,それをもとにSLFN11をノックアウトした細胞を比較したところ,SLFN11が複製フォークに結合すると,複製が持続的にブロックされ,細胞は永続的なS期停止を経て細胞死に至った.SLFN11陽性細胞ではATR阻害剤を併用しても複製ブロックが解除されなかったが,SLFN11ノックアウト細胞では複製ブロックが解除された.この結果から,SLFN11はATRとは独立して,複製ストレスに応答して複製ブロックを行うと結論づけられた.
さらに,ヘリカーゼドメイン変異体(E669Q),tRNA切断ドメイン変異体(E209A/E214A),およびssDNA結合部位変異体(K652D, K652E)のいずれも,複製を停止させることができず,薬剤感受性も増強しなかった47, 51).それ以外にも,SLFN11の薬剤感受性に必須の部位がいくつか存在する.これらの結果は,SLFN11の複製ブロック活性には複数のドメインが協調して必要であることを示している.SLFNファミリー間でこれらの薬剤感受性必須ドメインを比較すると,SLFN5, 12~14のいずれかでは重要アミノ酸残基の保存性が欠如しており,これがSLFN11特有の複製ブロック能=薬剤感受性増強能をもたらしている要因と考えられる(図3).
なお,抗がん剤であるPARP阻害剤投与下では,PARP1/2タンパク質がOkazakiフラグメントの5′末端に結合(PARP-DNA複合体形成)するために,複製フォークの後方にssDNAが形成されるが,このssDNAに結合したSLFN11は複製を止めない(図4E)52).このことからも,複製フォーク上のSLFN11が複製ブロックを実行すると,筆者らは考えているが,そのメカニズムについては明らかではない.
3)SLFN11による翻訳停止とアポトーシス(図5)
SLFN11依存的な翻訳停止と,それに伴うまたは伴わないアポトーシス経路が複数報告されている.SLFN11は,セリンやロイシンをコードするtype II tRNAを特定のC末端領域で切断することが知られている46).この切断活性は,SLFN11がssDNAに結合することで増強される.報告にもよるが,薬剤投与後約24時間で,type II tRNAの総量はおおよそ半減する.特に,希少(レア)コドンを認識するtRNA(Leu-UAA)は枯渇しやすく,これを多く含む配列を持つATRやATMの翻訳が停止することで薬剤感受性が増強されると報告されている53).
一方,Boonらは,tRNA(Leu-UAA)の枯渇によって,翻訳阻害剤で生じるようなリボソーム停止(ribosome stalling)が誘発され,これによりintegrated stress response(ISR)が活性化し,翻訳全体が低下すると報告した54).彼らによると,ISRによる翻訳低下はアポトーシスに直接関与しない.しかし,リボソーム停止によりZAK-JNK経路を介したMAPK–JNKシグナルが活性化して,TP53非依存的なアポトーシスが誘導されると述べている.DNA損傷依存的ではないが,SLFN11依存的にISRが活性化し,ATF4およびCHOPなどのストレス応答転写因子を介してアポトーシスに至るという報告もある(https://doi.org/10.1101/2025.09.10.675313).
筆者らは最近,SLFN11が核小体でrRNA合成を抑制し,翻訳抑制を誘導することを明らかにした51).複製ストレスを受けた細胞では,SLFN11依存的にRNAポリメラーゼI(POLR1)がrDNA上で停滞し,rRNA転写が停止する.この反応は薬剤投与後4時間以内に生じ,同時にモノソーム(mRNA上に一つのリボソームしか結合していない状態)が増加し,翻訳全体が低下した.短時間でリボソーム数が減少するわけではないため,モノソーム増加の機構は未解明である.なお,アクチノマイシンDやBMH-21などのPOLR1阻害剤でもrRNA転写停止とモノソーム増加が観察される(ただし細胞周期非依存的かつSLFN11非依存的)ことから,rRNA転写停止がこの反応のトリガーであると考えられる.モノソームの極端な増加は,翻訳抑制を合理的に説明しうる.プロテオーム解析の結果,SLFN11陽性細胞では薬剤投与6時間以内に,半減期の短いタンパク質群(MCL1, MYB, CCND3, CDC6など)が急速に減少することが明らかとなった.特にMCL1(半減期約1時間)はミトコンドリア局在の抗アポトーシスタンパク質であり,その急速な減少がTP53の有無にかかわらずアポトーシスを誘導することが確認された.
これらの知見を総合すると,SLFN11はDNA複製,rRNA転写,翻訳という細胞の中核的プロセスを階層的に抑制し,最終的に細胞死を誘導する分子であると考えられる.ただし,現時点では作用機序が完全に整理されているとは言いがたく,SLFN11のどの機能がどのステップに直接作用しているのかについてはさらなる検討が必要である.筆者らの観察では,SLFN11による複製停止,rRNA転写停止,翻訳停止はいずれも薬剤投与後約4時間でほぼ同時に生じる50, 51).ただし,細胞死のタイミングは細胞株によって異なり,MCL1タンパク質量が低下する,薬剤投与4時間程度でアポトーシスが観察されるものもあれば,MCL1が減少しても直ちにアポトーシスを起こさない細胞もある.それでも複製停止は持続するので,24時間程度で細胞死が誘導される.ISRの下流では,細胞生存と細胞死のシグナルが拮抗しており,どの経路が最終的な細胞死を決定するのかについては,ATF4-CHOP経路以外の可能性も含めて今後の検討が必要である.SLFN11のその他の機能報告については,文献紹介にとどめる53, 55–60).
6. SLFN11の効果予測バイオマーカーとしての臨床的有用性
SLFN11の分子機構解析と並行して,その臨床的有用性の検証を目的とした病理学的および臨床データ解析も蓄積している.筆者らは,広島大学病理学教室との共同研究により,免疫組織化学(immunohistochemistry:IHC)を用いたがん種横断的SLFN11発現解析を世界に先駆けて実施した29).その結果,約16臓器・700症例を対象とした解析において,多くのがん種で数十%の割合でSLFN11発現が認められた.一方で,大腸がんや前立腺がんではSLFN11陽性腫瘍はほとんど検出されなかった.最近,米国国立がん研究所(NIH)からも約7000症例を対象とした大規模ながん種横断的SLFN11発現解析が報告され,SLFN11を研究の対象とするがん種を検討する上で,貴重なリソースとなっている61).なお,SLFN11は一部の腫瘍浸潤リンパ球や血管内皮細胞に高発現するため,組織RNA-seq解析では腫瘍細胞における陰性評価が困難である.したがって,IHCによる腫瘍細胞のSLFN11タンパク質発現評価が最も信頼性が高いことを筆者らは強調している.なお,SLFN11は一部の例外的報告を除き,核だけが染色される62).Human Protein Atlas63)に登録されている抗体では染色特異性が低く,SLFN11が適切に染まっていないことには注意が必要である.
これまで多臓器について,SLFN11の後ろ向き研究結果が発表されており,最近のレビューによくまとめられている64–66).筆者らが共同研究者として携わった研究結果を紹介すると,胃がん67),頭頚部がん68),膀胱がん69),卵巣がん70),髄芽腫71),食道がん72)において,SLFN11高発現グループは低発現グループと比べ,DNA障害型抗がん剤を含む化学療法で治療された際に奏功率や生命予後がよいことを報告している.乳がん73),小細胞肺がん74),前立腺がん75)などで同様の傾向が報告されており,これらの結果はSLFN11が単なる研究上のバイオマーカーではなく,臨床的に信頼性の高い効果予測因子であることを強く示唆している.一方で,膵がんにおいてはSLFN11の発現と薬剤感受性に明確な関連を示さない報告もある76).なお,大腸がん77),前立腺がん,膵がんではもともとSLFN11陽性率がかなり低い.どのがん種を対象にして研究を進めるのか,陽性陰性の境をどこに設定するのかなど,今後の課題である.ClinicalTrials.govで“SLFN11”を検索すると,11件登録されており,今後の前向きな臨床的検証が期待される.
8. 正常組織におけるSLFN11の機能と副作用への関与
がん化学療法は,治療効果と副作用のせめぎ合いの上に成り立っている.DNA障害型抗がん剤はがん細胞の複製を標的とする一方で,正常組織の中でも造血幹細胞,毛包細胞,腸上皮細胞など,増殖の盛んな細胞群を同様に攻撃する.その結果として,汎血球減少,脱毛,消化器毒性といった副作用が不可避的に発生する.これらは長年,治療上避けられない事象として受け止められてきたが,もしその背景に分子レベルの制御因子が存在するならば,副作用を「制御可能な生物学」として扱える可能性がある.筆者らは,その鍵の一つがSLFN11であると考えている.
SLFN11は,造血幹細胞・前駆細胞55),腸管間質リンパ球,腫瘍浸潤リンパ球,血管内皮細胞29),毛包組織80)など,増殖および分化の盛んな正常細胞でも発現していることが報告されている.これらのSLFN11発現細胞ではDNA障害型薬剤によってSLFN11依存的細胞死が誘導されると推測される.この観点からみると,SLFN11は「がんを殺す因子」であると同時に,「副作用を増強する因子」という二面性を持つことになる.現時点ではこの仮説は検証段階にあるが,筆者らは今後,マウス個体レベルでの解析を通じて,SLFN11が化学療法の副作用にどのように関与しているかを実証し,副作用を“防ぐ”ための分子制御戦略の確立を目指している.なお,マウスSlfn8, Slfn9はSLFN11と類似する機能(クロマチンリクルート,薬剤感受性)が報告されている81).
9. 臨床応用に向けたSLFN11の位置づけと実装戦略
これまでみてきたように,SLFN11は化学療法に対する感受性を規定する分子として,化学療法の個別化医療(precision chemotherapy)の実現に向けた有力な効果予測バイオマーカーである.本節では,臨床現場における具体的な活用可能性(図6)と,臨床応用に向けて今後解決すべき課題を整理する.
1)標準治療選択における指標
頭頚部扁平上皮がんでは,標準治療として白金製剤を併用した化学放射線療法(chemoradiotherapy:CRT)が広く行われている.喉頭がんや下咽頭がんでは,根治的治療として手術(喉頭全摘・咽喉食摘)またはCRTのいずれかが選択されるが,手術では失声などの重篤な機能障害を生じるため,CRTが選択される症例も多い.しかし,CRTへの反応性には大きな個人差があり,治療前に反応性を予測する手段は確立していない.また,残存病変や再発を来した場合には,根治的手術が困難となる.したがって,喉頭温存を希望する患者の腫瘍がSLFN11陽性である場合,SLFN11による白金製剤感受性を根拠としてCRTを選択する臨床判断を支持できる可能性がある.実際に,Hamadaらによる頭頚部扁平上皮がん161例の解析では,SLFN11陽性群は陰性群に比べて無増悪生存期間(PFS)および全生存期間(OS)が有意に良好であったことが報告されている68).
2)術前化学療法の薬剤最適化
食道がん,乳がん,膀胱がん,卵巣がんなどでは,腫瘍縮小および微小転移の抑制を通じて根治切除率や長期生存率を向上させることを目的に,術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy:NAC)が施行されることがある.病理学的完全奏効(pathological complete response:pCR)の達成は予後改善と強く相関する82–84).NACのレジメンはがん種によって異なり,たとえば食道がんではDCF療法(docetaxel+cisplatin+5-FU),乳がんではAC→T療法[doxorubicin(adriamycin)+cyclophosphamideに続いてpaclitaxel]など,いずれも多剤併用が一般的である.しかし,これらの薬剤については明確な効果予測バイオマーカーが存在せず,治療反応性の個人差が課題である.SLFN11の発現は生検検体でも評価可能であるため,その発現の有無に基づいてDNA障害型抗がん剤(例:cisplatin)を含むレジメンを選択するなど,より根拠に基づいた個別化治療が実現しうる.SLFN11評価を術前化学療法に組み込むことで,奏効率の向上および不要な毒性の回避が期待される.
3)循環腫瘍細胞を利用した病勢連動型の化学療法選択
再発や転移を伴う進行期がん症例では,複数の抗がん剤治療歴を有することが多く,薬剤耐性が形成されている場合が少なくない.そのため,最適な治療薬を選定することは容易ではない.また,SLFN11の発現状態が原発巣と再発・転移巣で異なる可能性も指摘されている.こうした状況において,リキッドバイオプシーによる循環腫瘍細胞(circulating tumor cell:CTC)解析は,病勢に応じたSLFN11評価を行う有効な手段となりうる.近年の技術革新により,CTCから腫瘍特異的な分子情報を非侵襲的かつ反復的に取得することが可能となっている.
CTCを用いたSLFN11発現評価法が確立されれば,治療中に動的に変化する薬剤感受性をリアルタイムに把握でき,薬剤耐性の早期検出やレジメン変更の最適化が期待される.すなわち,SLFN11は「治療前の予測因子」であるだけでなく,「治療中のモニタリング因子」としての価値も有する可能性がある.
4)原発不明がんへの応用
原発不明がん(cancer of unknown primary:CUP)は,臨床的および病理学的評価を行っても原発巣の特定が困難ながんである.CGPによって治療標的の探索が行われるが,有用なバイオマーカーや治療薬が検出されない症例も少なくない.原発巣の推定や組織像から特定臓器が強く疑われる場合には,臓器特異的レジメンを選択できるが,原発臓器が推定困難な場合には,白金製剤を含む二剤併用療法が国際ガイドラインにおいて標準的選択肢とされている85).ここで,SLFN11の有用性を踏まえると,その発現評価によりDNA障害型薬剤に対する感受性を推定でき,治療選択に分子生物学的根拠を与えることが可能となる.
5)CGPとの併用
約1000種類のがん細胞株の解析結果によると,SLFN11が高発現している場合には高率でDNA障害型抗がん剤に高感受性を示すが,SLFN11が低発現の場合は必ずしも低感受性とはなっていない42).そこには,DDR遺伝子の変異や発現低下によって,DDR機能低下を起こしている細胞株が含まれる可能性が考えられる.CGP解析の普及により,主要なDDR遺伝子の変異評価が可能となっている.現時点ではCGPを施行できるタイミングは,標準治療終了後であるが,将来的に標準治療開始前に施行できた場合は,DDR遺伝子変異とSLFN11発現解析を併用することにより,DNA障害型抗がん剤に対するかなり精密な効果予測が期待できる.
6)抗体薬物複合体における「dual biomarker」としての応用
近年,臨床応用が急速に拡大している抗体薬物複合体(antibody–drug conjugate:ADC)では,抗体標的抗原の発現が治療選択の主要なバイオマーカーとして利用されている.ADCに搭載される薬物(ペイロード)には,主にトポイソメラーゼI阻害薬や微小管重合阻害薬が使用されているが,それらペイロードに対するバイオマーカーは患者選択の際に十分考慮されていないのが現状である.
これまでに示したように,トポイソメラーゼI阻害薬をペイロードとするADC(例: trastuzumab deruxtecan, sacituzumab govitecanなど)においては,抗体標的抗原の発現に加え,腫瘍細胞内でペイロードが作用した際にSLFN11が効果を増強することが予想できる.すなわち,①抗体標的抗原の発現(例:TROP2, HER2など),②SLFN11高発現によるペイロード感受性の両者をdual biomarkerとして組み合わせることで,治療効果の最大化が期待される.筆者らは,皮膚T細胞性リンパ腫(cutaneous T-cell lymphoma:CTCL)において,抗体標的抗原であるCD30とSLFN11が有意に共発現することを示した86).臨床で使用されているCD30標的ADCのペイロードは微小管重合阻害薬であるが,CD30とSLFN11がともに陽性である腫瘍に対しては,トポイソメラーゼI阻害薬,あるいは単剤でCTCLに適応となっているトポイソメラーゼII阻害薬(etoposide)をペイロードにした方が,合理的かもしれない.
1)基礎的視点から見たSLFN11の生理的役割
学会等ではしばしば,「SLFN11の本来の生理的役割は何か」という問いを受ける.Fujiwara47)らの結果によると,SLFN13と比較したときに,SLFN11はssDNA結合力と核移行シグナルを獲得しているので,SLFN11が核内でDNA損傷応答因子としての機能を持ち,SLFN13は細胞質で抗ウイルス因子としての機能を維持している可能性が考えられる.しかし,抗がん剤の歴史はわずか半世紀にすぎず,SLFN11が抗がん剤のDNA損傷応答のために進化したわけではない.生理的条件下で,SLFN11が細胞死を誘導するほどの強い複製ストレスが生じる状況があるのかどうかは不明である.しかし,筆者らは,B細胞の分化過程において,SLFN11の発現が胚中心で一過的にオフになることを報告している78).胚中心では,体細胞超変異(somatic hypermutation)やクラススイッチ組換え(class switch recombination)が活発に起こり,ゲノム再編成に伴う複製ストレスが生じる.そのため,SLFN11の一過的なサイレンシングは,このような生理的ゲノム動態に適応するための制御機構である可能性がある.
では,なぜヒトなど一部の生物がこの“危険な分子”SLFN11を獲得したのか.最近の報告によれば,SLFN11が核外に存在するssDNAに結合し,tRNA切断活性を介して自然免疫応答を高める可能性が示唆されている87).この論文では,遊離したssDNAに結合したSLFN11が核外へ移動し,tRNAを切断するというモデルが提唱されている.ここから考察するに,SLFN11はssDNAウイルスに対抗するために進化したのかもしれない.
そう考えると,人類が半世紀前から使い始めたDNA障害型抗がん剤の投与によって,ゲノム上にssDNAが生じることは細胞にとっては想定外の状況といえる.このような状況下で,SLFN11がゲノム上のssDNAに結合し,複製ブロックや翻訳停止を引き起こして,結果的に薬剤感受性を高めているのだとすれば,人類がその性質に気づき,医療に応用しようとしている現状は非常に幸運だといえるだろう.SLFN11の機能解析はまだ始まったばかりであり,PubMedに登録された関連論文は約250件にすぎない.今後,多くの研究者と異分野の専門家が協働し,この分子の全貌解明に向けた研究がさらに発展していくことが期待される.
2)臨床応用に向けた課題と展望
SLFN11がDNA障害型抗がん剤に対する薬剤感受性を高める分子であることについては,世界各国の研究機関によって追試がなされており,今後この知見が覆る可能性はきわめて低い.SLFN11の臨床的有用性は,前臨床研究および後ろ向き臨床研究によって徐々に蓄積しつつあるが,標準検査項目としての確立にはまだ距離がある.その実装に向けては,多職種・多分野の連携が不可欠である.治験医師や製薬企業においては,前向き臨床試験,特にADCや新規DNA障害型抗がん剤の開発に際し,SLFN11を層別化因子として組み込むことを提案したい.実臨床の場からは,SLFN11評価を組み込んだリアルワールドデータの蓄積が望まれる.その際,IHC評価(Hスコアや陽性率など)に基づく陽性・陰性の閾値を,がん種ごとにどこに設定するかが今後の課題である.さらに,IHC条件やスコアリング基準の標準化を進め,診断ガイドラインの整備を通じて,SLFN11検査の臨床的立ち位置を明確化する必要がある.また,検査会社には,高品質な抗SLFN11抗体や診断キットの商用化,および外部精度管理体制の確立を通じて,日常診療への導入を支える役割が期待される.筆者らは,これらの連携を通じてSLFN11検査の標準化と前向き臨床試験によるエビデンスの確立を進め,最終的にがん化学療法の精密医療化の実現を目指している.