リン脂質スクランブラーゼの作動原理The action mechanism of phospholipid scramblases
大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫・生化学Immunology Frontier Research Center, Osaka University ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘3–1 ◇ 3–1 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan
真核細胞の細胞膜を構成するリン脂質は通常,脂質二重層の内層と外層で非対称的に分布しており,ホスファチジルセリン(PtdSer)はそのほとんどが内層に存在する.ところが,この非対称分布は生体内のさまざまな場面で崩壊し,PtdSerが細胞表面に露出され,死細胞の貪食や血液凝固を促すシグナルとして作用する.この過程で働くのが,リン脂質を区別なく双方向に輸送する膜タンパク質,スクランブラーゼである.これまでに,カルシウム依存的スクランブラーゼTMEM16Fおよびカスパーゼ依存的スクランブラーゼXKR8が同定された.これらのスクランブラーゼはどのようにリン脂質を認識し輸送するのか,その活性はいかにして制御されるのか? 立体構造解析を中心とした研究により,その作動原理の一端が明らかとなってきた.
© 2026 公益社団法人日本生化学会© 2026 The Japanese Biochemical Society
細胞膜を構成するリン脂質は通常,脂質二重層の内層と外層で非対称的に分布している.すなわち,ホスファチジルセリン(PtdSer)やホスファチジルエタノールアミン(PtdEtn)は内層のみに存在するが,ホスファチジルコリン(PtdCho)やスフィンゴミエリン(SM)は主に外層に存在する.一方,生体内のさまざまな局面で細胞膜リン脂質の非対称分布が崩壊し,これにより細胞表面に露出されたPtdSerはシグナル分子として作用する1).たとえば,アポトーシス細胞に露出されたPtdSerは,マクロファージに対する“eat me”シグナルとして機能し,死細胞の速やかな除去に不可欠である.また,活性化血小板に露出したPtdSerは,血液凝固因子の足場として作用し,凝固因子の活性化を促進する.細胞どうしが融合する際にも,融合前の細胞の表面にPtdSerが露出することが知られており,融合のシグナルとして作用すると考えられている2).
それでは,細胞膜リン脂質の分布はどのような仕組みで制御されているのだろうか? 親水性のリン脂質頭部が脂質二重層の疎水領域を横断するには莫大なエネルギーを必要とするため,リン脂質が細胞膜の内層と外層の間を自発的に横断することはほとんどない.そこで細胞は,フリッパーゼおよびスクランブラーゼと呼ばれる2種の膜タンパク質を用いてリン脂質分布を制御している(図1).フリッパーゼは,ATP依存的にPtdSerとPtdEtnを外層から内層へ移層させる酵素である.哺乳類の細胞膜で作用する主なフリッパーゼはP4型ATPaseであるATP11AとATP11Cである3, 4).通常の細胞では,フリッパーゼの活性により細胞膜におけるリン脂質の非対称分布が維持されている.一方スクランブラーゼは,特定の条件において活性化され,リン脂質を区別なく,細胞膜の内層・外層間で双方向に輸送,すなわち“スクランブル”するタンパク質である.PtdSerが迅速に細胞表面に露出されるためには,フリッパーゼが不活性化されるだけでなく,スクランブラーゼが活性化されることが必須である.スクランブラーゼの分子実体は長い間不明であったが,長田重一研究室の鈴木淳博士(現 京都大学)らが,発現クローニング法を用いて2種のスクランブラーゼ(TMEM16FとXKR8)を同定した.TMEM16Fは細胞内カルシウム濃度の上昇に応答して活性化するスクランブラーゼであり,活性化血小板におけるPtdSer露出に必須である5).ヒトにおいてはTMEM16Fの欠失変異がスコット症候群と呼ばれる血液凝固異常症の原因となる.一方XKR8は,アポトーシス細胞のPtdSer露出に必須なスクランブラーゼである6).XKR8はC末端の細胞内領域にカスパーゼ認識配列を持っており,この部位でカスパーゼによって切断されると活性化する.XKR8欠損マウスではアポトーシス細胞がPtdSerを露出しないため,効率よく貪食されず,全身性エリテマトーデス様の自己免疫疾患7)や乏精子症を発症する8).
通常の細胞では,ATP依存的にPtdSer, PtdEtnを細胞膜の外層から内層に移層するフリッパーゼの活性により,リン脂質分布の非対称性が維持される(左).アポトーシス細胞や活性化血小板では,フリッパーゼが不活性化されるとともに,リン脂質を区別なく双方向に輸送するタンパク質,スクランブラーゼが活性化し,PtdSerが細胞表面に露出される(右).
スクランブラーゼの分子実体が同定されたことにより,この分野は急速に発展した.しかし,これらスクランブラーゼがどのようにリン脂質を輸送するのか,その活性はどのように制御されるのか,についてはほとんどわかっていなかった.これらの疑問に答えるため,我々は細胞生物学的手法,および構造解析を含む生化学的手法で研究を進め,スクランブラーゼの作動原理の一端を解明した.本稿ではこれまでの研究成果を,その試行錯誤の過程にもふれつつ紹介したい.
スクランブラーゼの作動原理を理解する上で,その活性を正確に測定することは必須である.スクランブラーゼ活性の測定法としては主に細胞を用いた方法と,リポソームを用いた方法がある.細胞ベースのアッセイでは,スクランブラーゼにより細胞膜の内層から外層に移層されたPtdSerやPtdEtnを,これらに結合するプローブによって検出する方法と,ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)などで蛍光標識したリン脂質(PtdChoやSM)を細胞へ添加し,外層から内層へ取り込まれたリン脂質の量を測定する方法がある5).これらの方法で定性的なスクランブル活性の評価は可能だが,細胞膜に存在するスクランブラーゼの分子数を正確に知ることが難しいため,速度論的解析には向いていない.また,細胞膜には着目する分子以外に多数の膜タンパク質が存在することから,この分子が単独でスクランブラーゼとして作用するかどうかを検証することはできない.細胞を用いない方法としては,NBDで蛍光標識したリン脂質を含むリポソームに精製タンパク質を再構築する方法が報告されている9).リポソーム膜にスクランブラーゼが存在しない場合は,ジチオン酸ナトリウムを溶液に添加するとリポソーム膜の外層に存在する蛍光脂質のみが消光し蛍光強度が半分になるのに対し,スクランブラーゼが存在する場合,リン脂質は内層・外層間を行き来するため,ほぼすべての蛍光リン脂質が消光し,蛍光強度が0に近づく,という原理である.この方法であれば,ある分子が単独でスクランブラーゼとして作用するか検証することが可能であるが,細胞ベースの方法と同様の理由で速度論的解析にはあまり適していない.さらに,この方法でphospholipid scramblase 1(PLSCR1)がスクランブラーゼとして同定されたが,PLSCR1遺伝子のノックアウトや発現上昇はスクランブラーゼ活性に影響を与えなかった10).また,リポソーム再構成法を用いて,ロドプシンを含め多くのG protein-coupled receptor(GPCR)にスクランブラーゼ活性が存在すると報告されているが11),細胞レベルでは確認されていないことから,リポソームを用いて測定されたスクランブラーゼ活性は慎重に解釈する必要があると考えられる.
このような状況から,より正確なスクランブル活性評価系の開発が求められていた.そこで,当時,均一な大きさのリン脂質二重膜を高効率に作製できる人工生体膜チップを開発し,F型ATPaseによるプロトンの輸送活性などを1分子単位で計測することに成功していた東京大学の渡邉力也博士(現 理化学研究所)との共同研究を開始した.この技術をスクランブラーゼの活性測定に応用するため,渡邉博士は一方の層にのみ蛍光リン脂質が存在する非対称膜を形成する技術を開発した.このシステムでは,チップ上に集積した直径4 µmのマイクロチャンバーの開口部に脂質二重膜が形成され,その外層はチップ表面の脂質一重層とつながっている(図2).蛍光リン脂質を含むリン脂質を用いて脂質層を作製した後,レーザー光によりマイクロチャンバー上の二重層の蛍光を退色させると,外層には周囲からの拡散により蛍光リン脂質が補われる.結果として,外層にのみ蛍光リン脂質が存在する非対称膜が形成される.この膜においてスクランブラーゼが作用すると,蛍光リン脂質が外層から内層へ移層するとともに,外層には周囲から蛍光リン脂質が補われるため,マイクロチャンバー上の蛍光強度が上昇する,という仕組みである.
マイクロチャンバーを用いて,外層にのみ蛍光脂質が存在する非対称脂質二重膜を形成する(左).精製したTMEM16Fタンパク質を添加し,脂質二重膜に再構成する(中).カルシウムを添加することでTMEM16Fが活性化されると,リン脂質がスクランブル,内層にも蛍光脂質が存在するようになり,脂質二重膜の蛍光強度が上昇する(右).
このシステムを用いてTMEM16Fの活性を測定するため,タンパク質の精製を試みた.TMEM16FはHEK293T細胞に一過的に過剰発現させると,タンパク質の大部分が凝集してしまうという問題があった.そこで我々は,TMEM16Fを安定して高発現する細胞株を樹立し,タンパク質を精製することとした.まず,FLAGを付加したマウスTMEM16Fを安定発現するBa/F3細胞(マウスpro-B細胞株)を樹立した.次に,TMEM16Fの細胞外領域を認識するモノクローナル抗体を用いてこの細胞を染色,発現量の高い上位数パーセントの細胞をフローサイトメトリーにより分取した.この操作を繰り返した結果,分取前の細胞に比べてTMEM16Fを15倍以上発現する細胞株を樹立することができた.この細胞から膜画分を調製し,界面活性剤lauryl maltose neopentyl glycol(LMNG)でTMEM16Fを可溶化,FLAGアフィニティ精製によってTMEM16Fを高純度に精製した.精製タンパク質はゲル濾過やBlue Native(BN)-PAGEで評価すると,高い単分散性を有していた.
このTMEM16Fタンパク質溶液を上記マイクロチャンバーに形成した脂質二重膜に添加することで,再構築することを試みたが,再構築効率がきわめて低いという問題に直面した.再構築の効率を上げるためにタンパク質濃度を上げると,脂質膜の多くが破れてしまった.タンパク質溶液に含まれるLMNGミセルが脂質膜を破壊していると考えられた.そこで,密度勾配遠心法により緩やかにLMNGミセルを取り除くgradient-based detergent removal(GraDeR)法12)を試したところ,マイクロチャンバーの脂質二重膜に効率よく1分子のTMEM16Fをロードすることに成功した.次いでこの脂質二重膜にカルシウムを添加したところ,経時的に脂質二重膜の蛍光強度が上昇した.すなわち,カルシウム依存的なスクランブル活性の検出に成功し,TMEM16Fが単独でスクランブラーゼとして機能することが証明された.さらに,脂質膜の面積を変化させて活性を測定することで1分子のTMEM16Fによるリン脂質輸送速度を算出すると,35°Cにおいて毎秒7.1×104個であることがわかった13).この値はプロトンポンプなどの能動輸送体より速く,イオンチャネルなどの輸送速度に匹敵するものであることから,TMEM16Fはポンプとして作用するのではなく,リン脂質が脂質二重層の内層と外層を往来するための“通路”,チャネルを形成すると示唆された.
それでは,TMEM16Fが形成するリン脂質の“通路”とは具体的にどのようなものなのか? スクランブラーゼの分子実体が同定される前から,脂質二重層の内層・外層間のリン脂質輸送機構を説明するモデルとして“クレジットカードモデル”が提唱されていた14).このモデルでは,リン脂質輸送体はその膜貫通領域の脂質層に面した部位に親水性の溝を持っており,この溝をリン脂質の親水性頭部が通過する.一方,リン脂質の疎水性尾部は細胞膜の疎水部に維持される.このモデルを検証するには,TMEM16Fの立体構造を決定することが必須であった.我々は,TMEM16Fの精製タンパク質を用いてクライオ電子顕微鏡による構造解析を試みていたが,残念ながら海外のグループに先を越されてしまった.ここでは,これまでに報告されたTMEM16ファミリーの構造・機能解析と,それらに基づいて現在提唱されているスクランブル機構について簡単に紹介する.
まず,TMEM16Fの真菌ホモログであるNectria haematococca(nh)TMEM16のカルシウム結合型の構造がX線結晶構造解析により決定された9).nhTMEM16はホモ二量体を形成し,一つのプロトマーは10個の膜貫通ヘリックスを持つ.そして,分子辺縁部には脂質層に露出した溝が存在する.この溝の表面は膜内に存在するにもかかわらず親水性であり,さらに溝の大きさはリン脂質頭部を収めるのにちょうどよいサイズであった.この構造は,nhTMEM16がクレジットカードモデルに従ってリン脂質を輸送することを強く支持するものだった.この溝の壁面には陰性電荷を持つ残基によって構成されるカルシウム結合部位が存在し,二つのカルシウムが配位していた.その後,カルシウム非結合型nhTMEM16のクライオ電子顕微鏡構造が報告された15).カルシウムが存在しない状況では,カルシウム結合部位を構成する残基の陰性電荷どうしが反発し,溝を構成するヘリックスの構造が変化することで溝が閉じ,リン脂質頭部が通過できなくなることが示された.カルシウムの結合により,溝が閉じた“closed型”構造から,溝が開いた“open型”構造へ変化することで活性化するというモデルである.
タンパク質で構成される溝をリン脂質頭部が通過するというクレジットカードモデルに対し,リン脂質がこの溝の外を通過するという“out of the groove”モデルを提唱するグループもある16).彼らは,リン脂質に対する選択性を持たない,というスクランブラーゼの性質を説明するには,タンパク質によって構成される長い溝をリン脂質が通過するモデルは不都合だと考えた.実際に,リポソームを用いた再構成実験で,真菌由来のTMEM16が,溝のサイズより大きいポリエチレングリコールを頭部に融合したリン脂質を輸送することを示している.
その後,マウスTMEM16Fについても,カルシウム結合型,非結合型など複数のクライオ電子顕微鏡構造が報告された17).マウスTMEM16Fは全体としてnhTMEM16の構造とよく似ており,カルシウム結合部位の構造も保存されている.カルシウム非結合型のマウスTMEM16FはnhTMEM16と同様に,“closed型”構造をとっていた.一方,TMEM16Fが活性を持つカルシウム結合型は,nhTMEM16のような“open型”構造ではなく,“closed型”もしくはやや溝が開いた“intermediate型”と呼ばれる構造であった.これらの結果を基に,マウスTMEM16Fは“open型”構造をとることはなく,“out of the groove”モデルに従って作動するという説も提唱された.現在のところ,細胞膜においてもマウスTMEM16Fは“open型”構造をとらないのか,“open型”構造が不安定などの理由によりクライオ電子顕微鏡による解析では捉えられていないだけなのか不明である.さらに,原子間力顕微鏡(atomic force microscopy)による解析では,クライオ電子顕微鏡では検出されなかった構造が存在することが示されており18),TMEM16ファミリーによるリン脂質輸送機構に関して依然として論争が続いている.
それでは,アポトーシス細胞のPtdSer露出に関与するスクランブラーゼXKR8はどのようにリン脂質をスクランブルさせるのであろうか.基本的には,XKR8は生細胞では活性がなく,アポトーシス時にカスパーゼによって切断されることにより活性化される.しかし,XKR8をBa/F3細胞に発現させた場合には,アポトーシスを誘導しなくても恒常的に活性化され,PtdSerを露出させる6).はじめに我々が考えたのは,Ba/F3細胞では何らかの機構でカスパーゼが恒常的に作用しており,その結果XKR8が切断され活性化している,という仮説である.しかし,XKR8のカスパーゼ認識配列に存在する二つのアスパラギン酸をアラニンに置換し,カスパーゼに切断されなくなった変異体6)も,Ba/F3細胞において恒常的活性を示した.これらの結果は,Ba/F3細胞においてXKR8がカスパーゼ非依存的な機構で活性化する可能性を示唆していた.Ba/F3細胞はその増殖にinterleukin(IL)-3を必須とすることから,IL-3受容体からのシグナルによってJAK2 kinaseを先頭としたキナーゼカスケードが活性化され,XKR8がリン酸化を受けて活性化される,という仮説を立てた.このことを確認するため,XKR8を導入したBa/F3細胞を汎キナーゼ阻害剤であるstaurosporineで処理すると,PtdSer露出やNBD-PtdChoの外層から内層への取り込みが抑制された.反対に,pervanadateやcalyculinなどのホスファターゼ阻害剤で処理するとNBD-PtdChoの取り込み活性が上昇した.これらの結果は,XKR8の活性がリン酸化によって制御されるという仮説を支持する.そこで,XKR8自身がリン酸化される可能性を考え,徳島大学の小迫英尊博士らとの共同研究によりリン酸化部位の同定を試みた.GFPを融合したXKR8の安定発現細胞をpervanadateで処理し,その膜画分から抗GFPナノボディビーズを用いて,XKR8-GFPを回収した.これをタンパク質分解酵素により切断,溶出されたペプチドの質量分析を行った結果,T375のリン酸化が同定された.興味深いことに,この残基はC末端細胞内領域のカスパーゼ認識配列(D354)に近接して存在していた.このリン酸化が活性に与える影響を調べるため,このトレオニンをアラニンに置換したT375A変異体と,リン酸化を模倣したT375D変異体を作製した.T375A変異体を発現するBa/F3細胞は生きた状態でPtdSerをほぼ露出しなかった.一方,T375D変異体発現細胞はstaurosporineの添加によりリン酸化を阻害した状況でもPtdSerを露出した.これらの結果から,T375のリン酸化によってXKR8が活性化されると結論した19).
この研究により,XKR8はアポトーシス細胞においてカスパーゼによって活性化されるだけでなく,生細胞においてもリン酸化によって活性化されうることが示された.さまざまな状況で生細胞がPtdSerを露出することが報告されている1).これまでに,活性化血小板や骨芽細胞によるPtdSer露出にはTMEM16Fが関与することが示されたが5, 20),活性化免疫細胞やがん細胞などがPtdSerを露出する機構は不明である.これらの細胞において,XKR8がリン酸化依存的に活性化しているかどうか,検証する必要があろう.
上記の研究によりXKR8のC末端がこの分子の活性制御に重要であることが示されたが,C末端の切断やリン酸化がどのような仕組みで活性化を誘導するのであろうか? また,XKR8がどのようにリン脂質を認識し輸送するのか,という根源的な問いも解決されておらず,これらの問いにアプローチするには,立体構造の解明が必須と考えた.我々は,大阪大学の中川敦史博士ら,東京大学の豊島近博士らとの共同研究により,まずX線結晶構造解析を試みた.構造解析を行うため,ヒトXKR8をバキュロウイルス-昆虫細胞Sf9発現系により大量発現させた.この際,XKR8と複合体を形成し,その細胞膜への局在に必須な1型膜タンパク質Basigin21)をともに発現させることで,XKR8を高効率に発現させることができた.この細胞の膜画分をLMNGで可溶化し,XKR8に融合したHisタグを利用して金属アフィニティークロマトグラフィーを行いXKR8–Basigin複合体を精製した.結晶化を促進するため,抗Basiginモノクローナル抗体のFab領域を複合体に結合させた.多くの条件検討を経て,XKR8–Basigin–Fab複合体の結晶化に成功し,SPring-8にて回折実験を行った.しかし,細胞外領域の構造は得られたものの,膜貫通領域の構造は決まらなかった.細胞外領域のみが結晶化し,膜貫通領域はミセル化されたまま溶媒中で揺らいでしまっていたと考えられた.
そこで,当時,日本でクライオ電子顕微鏡による単粒子解析を行っていた数少ないグループの一つ,東京大学の包明久博士(現 第一三共RDノバーレ),吉川雅英博士らとの共同研究によりクライオ電子顕微鏡による単粒子解析を試みることにした.XKR8-Basigin複合体のサイズは約66 kDaと単粒子解析の対象としては比較的小さく,しかもその大部分が膜貫通領域であることから,このままでは単粒子解析は難しいことが予想された.そこで,上記で樹立した抗Basigin抗体のFabも含めた複合体(合計約112 kDa)を解析対象とした.GraDeR法12)によってフリーのLMNGミセルを除去したタンパク質溶液を氷包埋し,クライオ電子顕微鏡で観察,単粒子解析を行った.その結果3.8 Åの分解能の密度図を得ることに成功し,東京大学の金井隆太博士,豊島博士のご指導の下,原子モデルを構築した22).この中には,XKR8, Basigin, Fabが1分子ずつ含まれ,さらにXKR8には1分子のリン脂質が結合していた.当初,Basiginの細胞外ドメインおよびFabは,膜貫通領域に対して位置が揺らぐ可能性が高く,アライメントのマーカー(fiducial marker)として機能しないことを懸念していた.しかし,得られた構造をみてみると,Fabはその可変領域の相補性決定領域(CDR)がBasiginの細胞外ドメインを認識するだけでなく,フレームワーク領域においてXKR8の細胞外ループ領域とも2個の水素結合を形成していた(PDB:7DCE).この相互作用により,FabがXKR8の膜貫通領域に対してある程度固定されたことで,位置を特定させるfiducial markerとしての役割を果たしたと考えられ,非常に幸運だった.
XKR8は8個の膜貫通ヘリックスおよび膜の内部で折り返す2本のヘリックスを持っており,さらに1本の細胞内ヘリックスが,分子底部の中央に存在していた(図3A).これは,TMEM16Fとはまったく異なる新規の構造であった.最も特徴的な構造は,XKR8の膜貫通領域の細胞外側から細胞内側にかけて階段状に並んだ8個の荷電残基である(図3B).これらの残基は,定常状態の構造において細胞膜の脂質層へは露出していないが,活性化状態では脂質層へ露出し,リン脂質頭部と相互作用することで,リン脂質の輸送を触媒する可能性が考えられた.この可能性を検証するため,8個の荷電残基をそれぞれアラニンに置換した変異体を作製し,GFPと融合してBa/F3細胞に発現させた.いずれの変異体も,野生型と同様に細胞膜へ局在したことから,これらの変異はXKR8のフォールディングを壊すものではないことが示唆された.さらに,ほとんどの変異体において野生型に比べてスクランブル活性が著しく減弱していた.これらの結果から,XKR8の膜貫通領域に並ぶ荷電残基がリン脂質の“通路”として作用する可能性を提唱した.
(A)XKR8–Basigin複合体の全体構造(PDB:7DCE).XKR8本体を青で,XKR8のC末端細胞内領域をオレンジで,Basiginを緑でそれぞれ示す.図中にXKR8の細胞膜外層に面した溝に結合したリン脂質を示す.(B)(A)の赤枠部を拡大した図.XKR8の膜貫通領域の細胞外側から細胞内側にかけて8個の荷電アミノ酸(スティック表示)が並んでいる.
XKR8のホモログであるXKは,細胞外ATPを認識する受容体P2X7に応答して活性化されるスクランブラーゼであり,神経有棘赤血球症(マクロード症候群)の原因遺伝子である23).XKには疾患の原因となる二つの点変異が報告されており,これらに相当するXKR8の残基(D295とR214)の位置を調べたところ,膜貫通領域の中で近接して存在し,周囲の残基とともに強固な水素結合ネットワークを形成していた.そこで,これら二つの残基に,マクロード症候群の患者で発見された変異に相当する変異(D295K, R214G)をそれぞれ導入し,GFP融合タンパク質として細胞に発現させ,共焦点顕微鏡で観察した.その結果,いずれの変異体も細胞膜にほとんど発現が認められなかった.以上より,D295とR214を中心とした水素結合ネットワークを介した膜貫通領域の相互作用がXKR8のフォールディングに不可欠であり,XKにおいても,相当する変異がタンパク質の発現を阻害することでマクロード症候群を引き起こす可能性が示唆された.
次に,XKR8に結合したリン脂質に着目した.リン脂質は細胞膜外層に露出した疎水性の溝に結合していた.このリン脂質結合部位は,上述したリン脂質の“通路”と推測される部位の細胞外側の端に近接して存在していることから,リン脂質の出入り口として働く可能性を考えた.さらに,結合したリン脂質とリン脂質“通路”を隔てる位置にトリプトファン(W45)が存在していた.この位置関係から我々は,「W45は定常状態においてリン脂質頭部がリン脂質通路へ侵入することを妨げるゲートキーパーとして作用する」という仮説を考えた.そこでこのトリプトファンをアラニンに置換したW45A変異体を作製したところ,野生型に比べてスクランブル活性が著しく上昇し,この仮説を支持した.
一連の構造・機能解析により,リン脂質通路の候補部位を同定し,XKR8によるリン脂質スクランブル機構の仮説を提唱することができた.しかし,これらの仮説を検証するには,活性型構造の決定が必須である.我々は,XKR8複合体の精製タンパクをカスパーゼで切断することで活性化を誘導し,単粒子解析を試みたが構造決定に至っていない.活性型XKR8複合体は非活性型よりも著しく不安定であることが原因と考えている.
活性型XKR8複合体を安定化させる方法を模索する中で,我々はXKR8複合体を脂質ナノディスクに再構成した.脂質ナノディスクは小さな円盤状の脂質二重膜であり,界面活性剤ミセルに比べて,XKR8が本来存在する細胞膜の環境に近いことから,活性型XKR8の安定性を向上させる可能性があると考えたからである.残念ながらナノディスクを用いても活性型XKR8の構造決定には至らなかったが,定常状態のXKR8のナノディスク中の構造を決定することができた24).
脂質ナノディスクに再構築したXKR8複合体の構造は全体としてLMNGミセル中の構造と大きく変わらなかったことから,どちらの構造も細胞膜中の天然構造をよく反映していると考えられた.さらに,ナノディスク中の構造ではXKR8の細胞内領域の分解能が向上していた.上述したようにLMNGミセル中の構造においてもC末端細胞内領域がヘリックス構造を形成することは明らかだったが,同部位の分解能は4 Åを下回っていたため,アミノ酸の割り当てについては信頼性が低い状態だった.ナノディスク中の構造では同部位の分解能が4 Åを上回り,XKR8の活性制御に重要なC末端細胞内領域を正確にモデリングすることができた.
最後の膜貫通ヘリックス(α10)に続くC末端細胞内領域は,まず天然変性領域を形成した後,両親媒性ヘリックス(α11)を形成し,XKR8本体の細胞質側の溝にはまり込んでいた(図4A).カスパーゼ認識部位はα10とα11の間の天然変性領域に存在しており,カスパーゼが作用しやすいことがわかった.また,リン酸化部位であるT375はα11の中央部に細胞質に面して存在していた.細胞内ヘリックス(α11)に存在するL377, F381, F382はファンデルワールス相互作用によって,N371とR373は水素結合によって,細胞質側の溝と相互作用していた(図4B).この構造から,定常状態のXKR8の構造がα11と細胞質側の溝との相互作用により安定化されていることが示唆された.すなわち,α11はXKR8の活性化を阻害する阻害ドメインとして作用する可能性が考えられた.この仮説を検証するため,α11に存在し細胞質側の溝と相互作用している残基を一つずつアラニンに置換した変異体を作製し,Ba/F3細胞へ導入,スクランブル活性を測定した.すると,いずれの変異体も野生型に比べてスクランブル活性が強くなった.変異によってα11が細胞質側の溝から解離しやすくなると,活性型構造へ変化する確率が上昇することを示している.以上の結果から,C末端細胞内領域が分子本体から解離することが,活性化構造への変化を誘導する必須条件と考えられる.
(A)XKR8のC末端細胞内領域(オレンジ)周辺を膜平面に平行な方向から表示した構造.モデリングできなかった領域を点線で示す.(B)(A)の赤枠部および緑枠部を拡大した図.C末端細胞内領域に存在するL377, F381, F382が細胞質側の溝に存在する残基とファンデルワールス相互作用を形成している(上).同領域に存在するN371, R373は水素結合(破線)により溝を構成する残基と相互作用している(下).図は文献24より,CC-BYライセンスのもとで一部改変して作成.
最後に,我々が現在考えているXKR8スクランブラーゼの作動モデルを紹介したい(図5).通常状態の細胞においては,XKR8のC末端細胞内領域と細胞質側の溝の相互作用により,XKR8の構造が安定化され,活性化が妨げられている.この状態では,膜貫通領域に並ぶ荷電残基は分子内にとどまり,膜脂質層に露出していない.アポトーシス細胞においては,カスパーゼによりXKR8のC末端細胞内領域が切断され,分子本体から解離する.キナーゼが活性化される場面では,α11に存在するT375がリン酸化されることで,ヘリックス構造が壊れ,C末端領域が分子本体から解離する.いずれの場合も,C末端細胞内領域が解離することで,XKR8が活性型構造に変化し,膜貫通領域のヘリックスに並んだ荷電残基が膜脂質層へ露出し,リン脂質頭部と相互作用することで,リン脂質スクランブルを触媒すると予想している.
一連の研究により,リン脂質スクランブラーゼの作用機構の理解に貢献することができた.特にXKR8については,定常状態の立体構造を決定することに成功し,作動原理解明への基盤を作ることができた.我々は,XKR8の膜貫通領域に並ぶ荷電残基がリン脂質の“通路”として作用する可能性を示した.また,C末端細胞内領域が阻害ドメインとして作用し,このドメインと分子本体の結合・解離により,XKR8の活性が制御されるというモデルを提唱した.一方で,C末端細胞内領域の解離がどのように構造変化をもたらすのか? リン脂質の“通路”はどのような構造で,どのような仕組みでリン脂質が輸送されるのか? など,未解明の問いは多く残っている.このような問いに答えるため,活性化状態の構造,理想的には移層途中のリン脂質と結合した構造を決定することが求められる.
本研究は鈴木淳博士(現 京都大学)をはじめとする長田重一研究室の先輩方の研究成果に基づくものであり,研究室のメンバー,共同研究者の先生方のご指導,ご協力により達成されました.モノクローナル抗体は中外製薬の馬場威研究員らとの共同研究で樹立されました.長田先生は,長きにわたり私を導いていただき,研究の苦楽をともにして下さいました.この場をお借りして,お世話になったすべての方々に心より感謝申し上げます.
本総説は2025年度奨励賞を受賞した.
1) Sakuragi, T. & Nagata, S. (2023) Regulation of phospholipid distribution in the lipid bilayer by flippases and scramblases. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 24, 576–596.
2) Whitlock, J.M. & Chernomordik, L.V. (2021) Flagging fusion: Phosphatidylserine signaling in cell-cell fusion. J. Biol. Chem., 296, 100411.
3) Segawa, K., Kurata, S., Yanagihashi, Y., Brummelkamp, T.R., Matsuda, F., & Nagata, S. (2014) Caspase-mediated cleavage of phospholipid flippase for apoptotic phosphatidylserine exposure. Science, 344, 1164–1168.
4) Segawa, K., Kurata, S., & Nagata, S. (2016) Human Type IV P-type ATPases that work as plasma membrane phospholipid flippases and their regulation by caspase and calcium. J. Biol. Chem., 291, 762–772.
5) Suzuki, J., Umeda, M., Sims, P.J., & Nagata, S. (2010) Calcium-dependent phospholipid scrambling by TMEM16F. Nature, 468, 834–838.
6) Suzuki, J., Denning, D.P., Imanishi, E., Horvitz, H.R., & Nagata, S. (2013) Xk-related protein 8 and CED-8 promote phosphatidylserine exposure in apoptotic cells. Science, 341, 403–406.
7) Kawano, M. & Nagata, S. (2018) Lupus-like autoimmune disease caused by a lack of Xkr8, a caspase-dependent phospholipid scramblase. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 2132–2137.
8) Yamashita, Y., Suzuki, C., Uchiyama, Y., & Nagata, S. (2020) Infertility caused by inefficient apoptotic germ cell clearance in Xkr8-Deficient Male Mice. Mol. Cell. Biol., 40, e00402-19.
9) Brunner, J.D., Lim, N.K., Schenck, S., Duerst, A., & Dutzler, R. (2014) X-ray structure of a calcium-activated TMEM16 lipid scramblase. Nature, 516, 207–212.
10) Bevers, E.M. & Williamson, P.L. (2010) Phospholipid scramblase: An update. FEBS Lett., 584, 2724–2730.
11) Goren, M.A., Morizumi, T., Menon, I., Joseph, J.S., Dittman, J.S., Cherezov, V., Stevens, R.C., Ernst, O.P., & Menon, A.K. (2014) Constitutive phospholipid scramblase activity of a G protein-coupled receptor. Nat. Commun., 5, 5115.
12) Hauer, F., Gerle, C., Fischer, N., Oshima, A., Shinzawa-Itoh, K., Shimada, S., Yokoyama, K., Fujiyoshi, Y., & Stark, H. (2015) GraDeR: Membrane protein complex preparation for single-particle Cryo-EM. Structure, 23, 1769–1775.
13) Watanabe, R., Sakuragi, T., Noji, H., & Nagata, S. (2018) Single-molecule analysis of phospholipid scrambling by TMEM16F. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 3066–3071.
14) Pomorski, T. & Menon, A.K. (2006) Lipid flippases and their biological functions. Cell. Mol. Life Sci., 63, 2908–2921.
15) Kalienkova, V., Clerico Mosina, V., Bryner, L., Oostergetel, G.T., Dutzler, R., & Paulino, C. (2019) Stepwise activation mechanism of the scramblase nhTMEM16 revealed by cryo-EM. eLife, 8, e44364.
16) Malvezzi, M., Andra, K.K., Pandey, K., Lee, B.C., Falzone, M.E., Brown, A., Iqbal, R., Menon, A.K., & Accardi, A. (2018) Out-of-the-groove transport of lipids by TMEM16 and GPCR scramblases. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E7033–E7042.
17) Alvadia, C., Lim, N.K., Clerico Mosina, V., Oostergetel, G.T., Dutzler, R., & Paulino, C. (2019) Cryo-EM structures and functional characterization of the murine lipid scramblase TMEM16F. eLife, 8, e44365.
18) Ye, Z., Galvanetto, N., Puppulin, L., Pifferi, S., Flechsig, H., Arndt, M., Triviño, C.A.S., Di Palma, M., Guo, S., Vogel, H., et al. (2024) Structural heterogeneity of the ion and lipid channel TMEM16F. Nat. Commun., 15, 110.
19) Sakuragi, T., Kosako, H., & Nagata, S. (2019) Phosphorylation-mediated activation of mouse Xkr8 scramblase for phosphatidylserine exposure. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 2907–2912.
20) Ehlen, H.W., Chinenkova, M., Moser, M., Munter, H.M., Krause, Y., Gross, S., Brachvogel, B., Wuelling, M., Kornak, U., & Vortkamp, A. (2013) Inactivation of anoctamin-6/Tmem16f, a regulator of phosphatidylserine scrambling in osteoblasts, leads to decreased mineral deposition in skeletal tissues. J. Bone Miner. Res., 28, 246–259.
21) Suzuki, J., Imanishi, E., & Nagata, S. (2016) Xkr8 phospholipid scrambling complex in apoptotic phosphatidylserine exposure. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 9509–9514.
22) Sakuragi, T., Kanai, R., Tsutsumi, A., Narita, H., Onishi, E., Nishino, K., Miyazaki, T., Baba, T., Kosako, H., Nakagawa, A., et al. (2021) The tertiary structure of the human Xkr8-Basigin complex that scrambles phospholipids at plasma membranes. Nat. Struct. Mol. Biol., 28, 825–834.
23) Ryoden, Y., Segawa, K., & Nagata, S. (2022) Requirement of Xk and Vps13a for the P2X7-mediated phospholipid scrambling and cell lysis in mouse T cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2119286119.
24) Sakuragi, T., Kanai, R., Otani, M., Kikkawa, M., Toyoshima, C., & Nagata, S. (2024) The role of the C-terminal tail region as a plug to regulate XKR8 lipid scramblase. J. Biol. Chem., 300, 105755.
This page was created on 2026-01-15T09:49:45.995+09:00
This page was last modified on 2026-02-16T15:55:00.000+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。