Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(1): 89-96 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980089

総説Review

アグレッシブNK細胞白血病に対するトランスフェリン受容体を標的とした新規治療開発とそこから明らかになった鉄代謝メカニズムDevelopment of a Novel Therapeutics Targeting the Transferrin Receptor for Aggressive NK Cell Leukemia and the Iron Metabolism Mechanism Revealed Thereby

1大阪大学大阪大学微生物病研究所感染腫瘍制御分野Department of Regulation of Infectious Cancers, Research Institute of Microbial Diseases, The University of Osaka ◇ 〒565–0871 吹田市山田丘3–1 ◇ 3–1 Yamadagaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

2佐賀大学医学部内科学講座血液・呼吸器・腫瘍内科学分野Division of Hematology, Respiratory Medicine, and Oncology, Department of Internal Medicine, Saga University ◇ 〒849–8501 佐賀県佐賀市鍋島5–1–1 ◇ 5–1–1 Nabeshima, Saga, Saga 849–8501, Japan

発行日:2026年2月25日Published: February 25, 2026
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アグレッシブNK白血病(aggressive NK leukemia:ANKL)は,予後不良希少疾患であり,Epstein Barr virus (EBV)関連疾患であることが知られている.これまでにEBV関連リンパ増殖性疾患の研究で培ったノウハウを活かし,ANKLの疾患モデルとしてpatient derived xenograft model (PDX)マウスを作出し,インターラクトーム解析を用いて,新規治療標的トランスフェリン受容体を同定した.さらに,鉄の担体であるトランスフェリンとその受容体を介した作用機序を解析する過程で新規の鉄代謝メカニズムを見いだし,これがANKL細胞の生存に必須の役割を果たすことを明らかにした.幸いにも,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体を日本のベンチャー企業が開発しており,すでにfirst in human試験が終了している.筆者らは,この基礎研究で得られた知見を活かし,現在,この抗体を用いたANKL治療薬の臨床治験を進めている.

1. 背景

アグレッシブNK細胞白血病(aggressive natural killer cell leukemia:ANKL)は超希少造血器悪性腫瘍であり,日本血液学会が実施している疾患登録事業で2011~2020年度に新たに登録されたANKL患者は平均11.2人/年にすぎない.患者数が少ない上,急激な経過をとるため,その病態生理は未解明である.そのため,治療開発が進まず,2023年度に改訂された本邦の最新の造血器腫瘍診療ガイドラインにおいても,ANKLに対する標準治療は言及されていない1).ANKLは,Epstein卿らによってBurkittリンパ腫の培養細胞から発見されたヘルペスウイルスの一種であるEpstain–Barr virus (EBV)が病態形成に関与する疾患としての側面を持ち,EBV関連疾患が集積する東アジア圏に属する本邦よりANKLの臨床経過に関する複数の後方視的解析が報告されている.この報告によると,12~80歳(中央値42歳)のANKL患者22名の全生存期間の中央値はわずか52日間というきわめて短い期間であった2).その後,2020年に行われたANKL患者に対する同種造血幹細胞の移植成績に関する後方視的解析が行われた.1997年から2016年までに本邦でANKLと診断され,同種造血幹細胞移植を実施された9~66歳(中央値37歳)の患者59名の全生存期間の中央値が3.9か月間であることが判明した.直近20年間でANKL全体としての治療成績はほとんど改善されていないため3),超予後不良疾患であるANKLに対して新たな治療法を開発することが喫緊の課題となっている4)

筆者らは,2012年からEBV関連リンパ増殖性疾患の研究を開始した.EBV関連悪性疾患は,ANKLも含め東アジアでの発症頻度が高く,欧米では比較的少ないという特徴がある.そのため,欧米からの研究開発は進まず,東アジア独自の研究開発が急務である5).さらに,筆者が2011年に独立して研究を始めた東海大学には,この研究を進める上で大きな利点があった.一つ目の利点は,「NOGマウス」というモデルマウスの存在である.東海大学では,後の研究で重要な役割を果たす免疫不全マウス(NOGマウス)が開発された歴史があり,このマウスを用いた研究開発は国内トップレベルであった.本来は霊長類にしか感染しないEBVであっても,NOGマウスの造血系だけをヒト化することによって,EBVを血球細胞に感染させることができるモデルマウスを作製することが可能であった.二つ目の利点は,リンパ腫病理の専門家中村直哉教授を擁する病理診断科と国内トップレベルの治療件数を誇るhigh volume centerである血液腫瘍内科との連携により,比較的まれなEBV関連リンパ増殖性疾患についても,相当数の症例の集積が確立されていたことである.これらの利点を活かしてプロジェクトを開始した.

上述のモデルマウスを用いて,筆者らはこれまでに,EBV関連B細胞リンパ腫の研究を行い,腫瘍細胞が分泌する細胞外小胞という,直径100 nmほどの小胞が,腫瘍周辺のマクロファージに取り込まれて,その性質を腫瘍随伴マクロファージへと変化させること,この変化が生体内で腫瘍が成長するために必須であることを示した6)

さらに,この現象が起こる分子レベルの仕組みを詳しく調べたところ,細胞外小胞の膜を構成するリン脂質を,腫瘍随伴マクロファージが分泌するsPLA2というリン脂質加水分解酵素が修飾することが,腫瘍形成を促進する重要なカギであることを突き止めた7–9)

特筆すべきは,マクロファージをクロドロネートリポソームという薬剤で除去すると腫瘍細胞が消退し6),さらにはマクロファージが分泌するsPLA2を阻害するだけでも腫瘍形成が顕著に阻害されることであり,EBV関連リンパ増殖性疾患は一般に予後不良であるが,腫瘍微小環境,特にマクロファージを標的にすることで腫瘍細胞の生存を著しく抑制できる可能性が明らかになった7)

実際,予後不良ANKLと比較的予後が良好である節外性NK/T細胞リンパ腫(extranodal NK/T cell lymphoma:ENKL)の網羅的遺伝子解析によって,両方の腫瘍細胞で共通して,JAK-STATシグナル伝達系の亢進,MYC変異,DDX3X変異,TP53変異,TET2変異などの疾患特異的な変異が検出された10–12).よって,ANKLとENKLの顕著な予後の差異は,遺伝子の変異だけでは説明できず,EBV関連リンパ増殖性疾患においては,その病態が腫瘍微小環境に依存することが示唆されている.

このような背景から,ANKLにおいて腫瘍微小環境に注目した病態解析や治療標的を探索することによって,有望な治療法開発につながるのでは?との着想に至った.

上記では学術的な研究の背景を述べたが,実際のところ,筆者らの研究は二人の若きANKL患者との運命的な出会いによって始まった.一人は当時筆者と同じ40代,もう一人は筆者の子供と同じ10代という若年の患者であった.二人とも,東海大学血液腫瘍内科の集中的献身的な治療の結果,生存中央値よりははるかに長期生存したが,それでもそれぞれ約1年半,8ヵ月で亡くなった.希少疾患ゆえか,無知のせいか,これらの症例に出会うまで,筆者自身はANKLという疾患を知らなかった.知識がなかった分,患者らの非常に激烈で悲惨な病状の経過に,大きな衝撃を受けた.「これだけ医学が進歩しても,こんなにも救いのない疾患がまだ存在したのか.」同じ思いを持った研究室のメンバーは少なからずいたと思う.その一人,樋口は,後に研究の要となるpatient derived xenograft (PDX) modelの作製を提案した13, 14).そこで,一人目の患者に検体取得の同意を依頼すると,彼女は「私はもう助からないだろうから,次につなげてほしい」と後世への希望を筆者らに託してくれた.彼は亡くなるまでの最後の2週間,毎日,貴重な検体を研究のために提供し続けてくださった.十分な検体量のご供与のおかげで,種々の条件を検討することが可能となり,ついに世界でも先駆けとなるANKL-PDXマウスの樹立に成功した.

こうして,病態解析が一向に進まなかったANKLの研究において,腫瘍微小環境を含めた包括的な解析を可能にする大きな突破口が開かれた.最初のPDXマウスモデル(ANKL-PDX)が一例構築されると,協力を呼びかけやすい.全国の医療機関からANKL患者由来の腫瘍細胞(骨髄液または末梢血由来)の提供を受けることができるようになった.提供を受けた腫瘍細胞は,免疫不全マウスであるNOGマウス(NOD/shi-SCID/IL2γRcnull)の静脈から投与され,マウスの体内で腫瘍細胞が増殖したのを確認した後,その細胞を再び別のマウスに移植する作業を3回繰り返した.この継代と呼ばれる操作は,腫瘍細胞をNOGマウスの体内で安定して増殖できるように馴化させるために行われた.このようなプロセスを合計11名の患者から提供された検体で試みたところ,そのうち3名の患者に由来する腫瘍細胞で,ANKL-PDXマウスモデルを樹立することに成功した(図1a).

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図1 ANKL-PDXの樹立と増殖様態の解析

(a) ANKL-PDX樹立工程の概略.(b) ANKL-PDX樹立後の経時的なin vivoイメージング(IVIS)像.早期から肝臓でルシフェリンの発光が認められる.(c) ANKL-PDXの肝臓病理組織像.類洞に腫瘍細胞が局在している(矢印).

樹立されたANKL-PDXマウスの体内における腫瘍細胞の分布を検討したところ,腫瘍細胞は最初に肝臓内で増殖し,その後,末梢血を経由して脾臓や骨髄等,他の網内系臓器へと広がっていくことが判明した(図1b).さらに重要なことは,腫瘍細胞は肝臓の中でも,特に類洞内で増殖することが明らかになったことである(図1c).類洞は,肝臓において栄養因子や種々の肝細胞が産生する分子の出納(産生,輸送,代謝,排出)を担う特殊な有窓毛細血管であることから,ANKLは肝臓類洞で出納される何らかの分子に依存して増殖する可能性が考えられた.

ANKLの邦名は,アグレッシブNK白血病である.白血病という名は,通常骨髄で増殖する疾患を指すため,従来ANKLも骨髄で増殖すると考えられてきた.しかし,今回のモデルマウスを用いた詳細な解析により,従来の概念に反して,ANKLが骨髄ではなく肝臓,しかも特殊な血管である類洞で増殖するという事実が明らかとなった.

2. 肝臓におけるANKL細胞と微小環境の相互作用解析

続いて,ANKLの生存を支える肝臓側の分子を探索するため,ANKL細胞と肝臓の間で,形成される相互作用分子対を網羅的に調べた.まず,樹立した2種類のANKL-PDXマウス(ANKL1,ANKL3と呼称)に由来する腫瘍細胞から,RNA-seq法によってトランスクリプトームデータを入手した.このデータと,Genotype-Tissue Expression project (GTEx)で公開されているヒト正常肝臓で特に発現量が高い上位100遺伝子の情報を照らし合わせた.次に,ANKL細胞で発現している分子とヒト肝臓で高発現している分子が相互作用する可能性を,タンパク質相互作用データベースであるThe Human Reference Protein Interactome Mapping project (HuRI)を参照して抽出した.その結果,ANKL1とANKL3で,それぞれ243組と246組の相互作用分子対が同定された(図2a, b).その中から文献的な調査や,ANKLで増幅や遺伝子の発現亢進が認められるMYCの標的遺伝子に対する探索を行った.この探索には,転写因子データベースであるTranscriptional Regulatory Relationships Unraveled by Sentence-based Text mining (TRRUST)を用いた.探索により4組の相互作用分子対が抽出され(図2a, b),この中でトランスフェリン(Tf)-トランスフェリン受容体(TfR1)の相互作用に注目した.

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図2 ANKL細胞と肝臓で形成される相互作用分子対のスクリーニング

(a, b)スクリーニング過程.(c) TFRCに対する小ガイドRNA(sgTFRC, 赤)と,コントロール小ガイドRNA(sgNT, 青)を導入したCas9過剰発現ANKL細胞の肝臓内での生存割合.14日目の肝臓においてsgTFRCを導入したANKL細胞はほとんど生存しなかった.(文献15を元に筆者が作製)

次に,CRISPR-Cas9系を用いて腫瘍細胞のTFRC(TfR1をコードする遺伝子)を欠損させ,この腫瘍細胞を用いてPDXマウスを樹立すると,TfR1を欠損した腫瘍細胞の増殖活性が著しく低下することが判明した.この結果から,ANKLの生存は,肝臓類洞という微小環境中のTfに強く依存していることが明らかになった(図2c).

3. TfR1阻害抗体のANKLに対する抗腫瘍活性の評価

Tfは鉄を輸送する担体タンパク質であり,その取り込みを担っているのがTfR1である.よって,その相互作用にANKLの生存が依存しているということは,鉄の供給がANKLにとって重要であることを示唆している.鉄は生命機能の維持にきわめて重要な作用を有し,赤血球における酸素供給や,細胞増殖の維持,DNAの複製,維持にも必要不可欠である.活発に増殖する腫瘍細胞においては,鉄の需要量が増す.そのため,鉄の取り込みの遮断が抗がん効果を示すことはすでに多くの報告例がある.そこで,TfR1の機能阻害抗体を用いて,ANKLに対する抗腫瘍活性を検討した.

ここで幸運な出来事が起こる.国内ですでに真性多血症を対象とした臨床試験が進行中のTfR1機能阻害抗体であるPPMX-T003 (JST-TFR09)を入手できたのである.これにより,基礎研究から早期の臨床試験開始につながる道筋が開かれた.樹立した3種類すべてのANKL-PDX (ANKL1, ANKL3, ANKL5)に対して,PPMX-T003を静脈内に投与し,腫瘍重量と生存期間の変化を観察した(図3a).驚いたことに,4回の投与を終えた後,採取した肝臓組織では,類洞内から腫瘍細胞が完全に消失していた(図3b, 3c).さらに,PPMX-T003による治療は,樹立したすべてのPDXマウスの生存期間を顕著に延伸させた(図3d).以上から,Tf-TfR軸がANKLにおける有望な治療標的であることが明らかとなった15)

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図3 TfR1阻害抗体のANKLに対する抗腫瘍活性

(a)投与計画.(b)投与前と2回投与後のin vivoイメージング(IVIS)像.(c)治療前後の肝臓病理組織像.(d)三つのANKL-PDXにおける生存期間解析.(文献15を元に筆者が作製)

前述したように,PMX-T003にはすでに患者に投与されているため,この研究成果に基づいてANKL患者を対象としたヒト抗トランスフェリン抗体(PPMX-T003)の有効性と安全性を検証する医師主導治験(第I/II相試験)が2023年から開始されている16)

4. 治験で見えてきた課題と従来とは異なる作用機序の解明

治験の進行に伴い,PPMX-T003は肝臓以外の臓器で再発した症例に対して感受性が弱いことが明らかになってきた.この問題に対して,筆者らは,PPMX-T003がなぜ肝臓内のANKL細胞に強い治療効果を示すのかという問題を提起して作用機序の解明に取り組み,抗腫瘍効果の発現に必要な因子を同定することにした.シングルセルRNAシークエンスにより詳細な解析を行った結果,PPMX-T003の治療効果をより強く受けるANKL細胞群では,LAT1と呼ばれる細胞外のアミノ酸を取り込むための輸送体タンパク質を特異的に高発現していることがわかった.さらに,LAT1によるアミノ酸の取り込みを阻害したANKL細胞に対するPPMX-T003の治療効果は顕著に低下することが明らかとなった(図4).これらの結果から,PPMX-T003は,LAT1を発現して細胞外から大量のアミノ酸を取り込んでいるANKL細胞に有効であること,PPMX-T003が肝臓内のANKL細胞に対してより強い治療効果を示す理由として,肝臓類洞には小腸から吸収された食物由来のアミノ酸が潤沢に存在しているからであることが示唆された17).LAT1を介したアミノ酸の取り込みが阻害されると,ANKL細胞の生存がTfRによるTfの取り込みに依存しなくなるという分子レベルの詳しい仕組みは明らかになっていないが,細胞内でアミノ酸代謝と鉄代謝が密接につながり,影響し合っていることが示唆された.

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図4 LAT1阻害剤JPH203存在下でPDXをPPMX-T003で治療した際のin vivoルシフェラーゼアッセイ

コントロール(DMSO)と比較して,LAT1阻害下(JPH203)ではより早期に肝臓で腫瘍細胞が再増殖している(IVLA2)ことから,PPMX-T003の抗腫瘍活性がLAT1の阻害によって減弱したことが示されている.

さらに,興味深いことに,PPMX-T003はTfRによるTfの取り込みを阻害して,腫瘍細胞を速やかにアポトーシスさせることが明らかになった.この細胞死は,細胞周期のS期でDNA障害を引き起こすことによって生じていた.この結果は筆者にとって予想外の結果であった.なぜならば,教科書的には鉄欠乏はG1アレストを引き起こすとされていたからである.PPMX-T003による鉄欠乏がG1アレストを誘導するのではなく,S期でDNA障害を引き起こすという発見は,従来の鉄代謝と細胞死に関する常識を覆すものであった.

一方,鉄キレート剤によって鉄欠乏を誘導すると,従来の報告どおりG1アレストが誘導され,アポトーシスが起きた.この対照実験から,鉄欠乏が原因で起こる細胞死には,S期にDNA障害を誘導する経路とG1アレストを誘導する経路の二つが存在することが明らかとなった.

そこで,筆者らは,この二つの細胞死の経路の根本的な違いを探るため,PPMX-T003と鉄キレート剤が,細胞内のどの種類の鉄の欠乏を引き起こすのかに着目した.PPMX-T003がTfに結合する輸送鉄(二価鉄鉄)の欠乏を誘導するのに対し,鉄キレート剤は輸送鉄に加え貯蔵鉄(三価鉄)の欠乏を誘導する.なお,貯蔵鉄は三価鉄としてフェリチンの中に蓄えられているが,鉄不足に陥った際などに,フェリチンが選択的に分解され,貯蔵されていた三価鉄が二価鉄に還元されて放出され,細胞の活動に利用される.このような貯蔵鉄を利用するためのフェリチンの選択的分解はフェリチノファジーと呼ばれている.PPMX-T003は輸送鉄の取り込みを阻害するだけなので貯蔵鉄は利用可能な状態で残っている.一方,キレート剤は輸送鉄と貯蔵鉄の両方をなくしてしまうという違いに着目し解析を進めた結果,細胞内の貯蔵鉄を利用できるかどうか,つまりフェリチノファジーの有無によって,細胞死の経路に違いが生じることを明らかにした(図518)

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図5 フェリチン鉄とトランスフェリンの作用

フェリチン鉄(貯蔵鉄:黄色)とトランスフェリン(輸送鉄:緑色)はそれぞれ細胞周期のG1期におけるミトコンドリア機能維持,S期におけるDNA複製という異なった時相で細胞周期を制御している.DFO:デフェロキサミン,鉄キレート剤.

以上から,効果的な治療薬の作用機序を解明する過程で,鉄とアミノ酸代謝が密接に関連すること,貯蔵鉄の利用に関わるフェリチノファジーのスイッチが入るかどうかによって細胞死の経路が変わるという鉄代謝の新しい作用機序を発見するに至った.

5. おわりに

今回の研究から,ANKLは“白血病”という名がついているが,その主な増殖の首座は骨髄ではなく肝臓類洞であること,その増殖には微小環境中のTfが必須となること,そしてTfR1阻害抗体PPMX-T003が前臨床段階で顕著な抗腫瘍活性を持つことが判明した.この治療薬の抗腫瘍効果の作用機序を解明する過程で,G1アレストを原因とする従来の鉄欠乏性細胞死とは異なる細胞死の機序,すなわち,S期におけるDNA障害を機序とする鉄欠乏性細胞死が存在することが明らかとなった.さらに,この違いを探究することで,鉄欠乏による細胞死は,貯蔵鉄の利用の有無によって,それぞれに特異的な機構があることが明らかになった.このような生命科学における新たな基礎的知見は,筆者らが,難治性の病気を治すためにモデルを構築して,病態解明と治療標的の同定に取り組んできた過程で得ることができた.これは,急激な病態の進行を伴うがん,特に病名どおり劇症的な経過を示すANKLを研究対象に選んだからこそ,その生命現象の核心を捉えることができた大きな成果だと考えている.

PPMX-T003は,中心となって増殖する肝臓局在性ANKL細胞に対し,迅速かつ顕著な抗腫瘍活性を呈することから,発症後速やかにPPMX-T003を短期間投与することによって,肝臓から腫瘍細胞を駆逐し,腫瘍の進展速度を鈍化させるとともに肝障害を改善させることで,初診時の重度な肝障害が原因で十分な化学療法ができないという臨床上の大きな問題を克服できる可能性が考えられた.このコンセプトに則り,移植適応ANKL症例を対象とした医師主導治験(第I/II相試験,jRCT2061230008)を実施している.この治験には各地方のhigh volume centerに該当する施設が参加している.この体制により,全国から患者をリクルートすることが可能となっており,早期に目標とする症例数を達成できる見込みである.筆者らは,この強力な体制を活かし,本研究成果を迅速に臨床現場へ還元できるよう鋭意取り組んでいる.

最初に東海大学で出会った患者さんが「次につなげてほしい」と,亡くなるまでの間毎日検体をご供与くださったことから始まったのが本研究である.有望な治療標的が見つかり,幸運に恵まれたこともあり,臨床治験の施行に結実したことで,患者さんとの約束の半分は果たせたであろうか.ただ,急激な経過を示す疾患ゆえに治験薬がまったく無力である症例が多く無力感は大きい.そのような厳しい状況の中にあっての一筋の希望は,著しい効果を示し長期生存を達成した症例である.この上は現在進行中の治験を完遂させ,その結果次第では薬事承認の獲得まで到達することを目指したい.現在,筆者は全国の地方会に赴き治験案内のチラシを配ったり,学会や集会で治験について直接説明をさせていただいたりしている.恥ずかしいこと極まりないのだが,一般雑誌でも研究の紹介や治験の宣伝を行うなど,なりふり構わずリクルートのために奮闘している.このレビューを執筆中,新たに若年の患者さんが治験に参加されることになった.

治験薬が効果を発揮するだろうか?

その後,他の先生方の開発された治療法と組み合わされて,救命に至るだろうか?

治験の宣伝を行い,今回の患者さんにも筆者自身が治験を案内しているくせに,不安が大きくなる.

そんな中,ふとした瞬間に,最初に検体をくださった天国の患者さんが「大丈夫」と励ましてくださっているように感じた.

治療が奏功し,若い命が救命されることをただただ祈っている.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

幸谷 愛(こうたに あい)

大阪大学微生物病研究所 教授.博士(医学).

略歴

1996年京都大学医学部卒業,内科研修を経て医学博士.学術振興会特別研究員(PD),RPD,東京大学医科学研究所血液腫瘍内科助教,2011年東海大学創造科学研究機構特任准教授,16年東海大学血液腫瘍内科学教授,24年より現職.

研究テーマと抱負

比較的新しい視点から,Epstein-Barr virus (EBV)関連リンパ腫を中心とした感染腫瘍と,難治性造血悪性疾患の治療開発を目指した基礎的な研究を行いつつ,短期間のうちに形質転換するウィルスがんは,生理的条件下においては隠されているサイエンスが露呈するため,それらを詳細に解析することによって,新しいサイエンスの構築も目指す.

ウェブサイト

https://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/65

趣味

山登り,テニス,バンド,ボーイスカウト活動のお手伝い.

柳谷 稜(やなぎや りょう)

佐賀大学医学部内科学講座血液・呼吸器・腫瘍内科学分野 助教.博士(医学).

略歴

2016年山形大学医学部医学科卒業,23年同大学院医学系研究科医学専攻修了.山形大学医学部付属病院を含む山形県内の医療機関にて血液診療に従事し内科専門医・血液専門医を取得後,東海大学医学部基盤診療学系先端医療科学へ国内留学.学位取得後は東海大学医学部内科学系血液腫瘍内科学講座奨励研究員,大阪大学微生物病研究所環境応答研究部門感染腫瘍制御分野特任助教,佐賀大学医学部創薬科学共同研究講座特任講師を経て25年1月より現職.

研究テーマと抱負

「臨床から最も近い立ち位置での基礎医学研究の実践」をモットーに,臨床現場で日々生じる疑問を研究仮説に転換し,標準治療を一歩前進させるために必要となる基盤的知見を得ることを意識した研究を展開している.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/ryoyanagiya

趣味

人と色々な話をしながら美味しいビールを飲むこと,初音ミク.

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