クロマチン操作による細胞の可塑化Controlling cell plasticity by chromatin manipulation
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真核生物のゲノムDNAは数十億塩基対に及ぶ膨大な情報を保持しているが,そのすべてが常に機能しているわけではない.DNAはヒストンタンパク質群に巻きつき,ヌクレオソームと呼ばれる基本構造単位を形成する.これらのヌクレオソームが数珠状に連なり,高次構造をとったものがクロマチンである.クロマチンは単なるDNAの収納形態ではなく,転写や複製,修復といった生命活動を根本から制御する動的構造体である.ゲノムの大部分はヌクレオソームによって覆われているため,転写因子などのDNA結合タンパク質は容易にはアクセスできない.一方,転写が活性化されたプロモーターやエンハンサーなどの一部の領域では,ヌクレオソームが排除され,nucleosome-depleted region (NDR)を形成している(図1).このような領域ではDNAが裸の状態にあり,転写因子が直接結合しやすい.DNAへの結合のしやすさ,すなわち「アクセシビリティ」は,クロマチン構造を通じて精密に制御されている.細胞は,ゲノム上のアクセシビリティを巧みに調節することで,遺伝子発現のON/OFFを制御している.したがって,アクセシビリティの制御こそが,細胞特異的な遺伝子発現プログラムの基盤であり,最終的には細胞の機能的アイデンティティを決定する.また,DNA複製や修復などのゲノム機能においても,さまざまなDNA結合タンパク質が働いており,アクセシブルなクロマチンはそれらの因子が集積し,機能するための足場としても重要である.すなわち,クロマチンのアクセシビリティは,遺伝子発現の制御のみならず,ゲノムの維持や再構成といった広範な生命現象の基盤をなしている.
クロマチンの基本単位であるヌクレオソームは,ヒストン八量体にDNAが巻きつくことで形成される.ヒストンのN末端領域は,アセチル化,メチル化,リン酸化などの多様な化学修飾を受ける.これらの修飾は,クロマチンの構造と機能を決定づける重要なシグナルである.一般に,H3K9me3やH3K27me3などの修飾はクロマチンの凝縮を促進し,転写抑制に関与する.一方で,H3K4me3やH3K27acなどの修飾はヌクレオソーム構造を緩め,転写活性化を誘導する.ヒストン修飾は,DNAとヌクレオソーム間の結合様式を変化させるだけでなく,特定の修飾に結合する「ヒストンリーダー」タンパク質を介して,さまざまなクロマチン関連因子をゲノム上にリクルートする.これらのリーダー因子がクロマチン上に集積することで,転写や複製,修復といった多様なゲノム機能が調節される.クロマチンのアクセシビリティは,ヌクレオソームの配置や交換を担う酵素群によって動的に制御されることが知られている.代表的なものとして,ATP依存的にヌクレオソームを再配置するクロマチンリモデリング複合体や,ヒストンタンパク質の入れ替えを行うヒストンシャペロンがあげられる.これらの酵素が協調的に作用することで,細胞は局所的なアクセシビリティを調整し,環境変化や発生段階に応じて遺伝子発現を柔軟に制御している.一方で,我々は近年,こうした酵素依存的機構とは異なる非酵素的アクセシビリティ制御様式を見いだしている.具体的には,核内構造体PML bodyは,ウイルス感染やストレス応答に関与する液-液相分離構造体であるが,その転写制御への役割は明らかになっていなかった.我々は,PML bodyが特殊な核内空間を形成し,DNAメチル化酵素Dnmt3aなど特定の酵素のクロマチンへのアクセスを制限することを明らかにした1).この知見は,クロマチンアクセシビリティがヒストン修飾や酵素活性のみでは説明できず,核構造の階層性や相分離現象といった高次的要素が統合的に作用する複雑なネットワークの中で制御されることを示唆している.転写制御の根幹を担うアクセシブルクロマチンの破綻は,がんや神経疾患など,さまざまな病態の発症と深く関わる.したがって,アクセシビリティ制御の分子基盤を解明することは,生命科学の根本課題であると同時に,疾患の理解と治療戦略の構築においてもきわめて重要である.そこで我々は,クロマチンアクセシビリティを制御する新規因子をスクリーニングすることにした.
クロマチンアクセシビリティを定量的に解析する手法は,この10年で飛躍的に発展した.初期の代表的な手法であるDNase-seqやFAIRE-seqは,ヌクレオソームに覆われていないアクセシブル領域をゲノムワイドに同定できる強力な方法として広く利用されてきた.しかし,これらの手法は前処理が煩雑で,解析に多量の細胞を必要とするという実験的制約があった.2013年に登場したATAC-seq(assay for transposase-accessible chromatin using sequencing)は,この状況を一変させた2).Tn5トランスポザーゼを用いてアクセシブル領域にアダプター配列を挿入し,その部位を直接シーケンスするというシンプルな原理により,わずか数万細胞から高感度にアクセシビリティを解析できるようになった.この技術革新により,クロマチンアクセシビリティ研究は大きく加速したといえる.一方で,ATAC-seqはゲノム上の局所的なアクセシブル領域(ピーク)の検出には優れているものの,コストやスループットの面から,アクセシビリティ制御因子のスクリーニング系には不向きであった.そこで我々は,ATAC-seeに着目した(図2).この手法はATAC-seqと同様にTn5トランスポザーゼを利用するが,蛍光標識したアダプターDNAを用いることで,アクセシブルなクロマチン領域を蛍光イメージングすることができる3).これにより,単一細胞レベルでクロマチンアクセシビリティを観察できるだけでなく,細胞集団内の異質性や核内での空間的パターンを解析することも可能となった.しかし,従来のプロトコルでは核内の蛍光シグナルがきわめて弱く,定量的な解析には不十分であった.さらに,細胞質にも非特異的なシグナルが検出されるなど,バックグラウンドの高い像が得られる場合が多く,スクリーニングアッセイとしての応用にはさらなる改良が必要であった.そこで我々は,検出感度と特異性の向上を目的としてATAC-see法の条件検討を行った.その結果,①未固定の細胞を用いることでバックグラウンドの低い特異的なシグナルが得られること,②Tn5と複合体を形成するアダプターDNAの長さを短縮すると酵素活性が上昇すること,の2点を見いだした.これらの改良により,低バックグラウンドかつ明瞭なATAC-seeシグナルを得ることに成功した.この改良型ATAC-seeのシグナルをフローサイトメトリー(FACS)で定量化することで,1細胞あたりのアクセシビリティを定量的に解析することが可能となり,さらにCRISPRノックアウトスクリーニングと組み合わせることで,アクセシビリティ制御因子を網羅的に同定できると考えた.
アクセシビリティ制御因子をノックアウトすると,1細胞あたりのATAC-seeシグナルがコントロールと比べて増減することが予想される.そこで我々は,改良型ATAC-seeとCRISPR/Cas9ノックアウトスクリーニングを組み合わせることで,アクセシビリティを制御する因子を網羅的に探索した.スクリーニングには,一倍体ヒト細胞株eHAP1を用いた.eHAP1細胞は各遺伝子が1コピーしか存在しないため,きわめて効率よくノックアウトすることができる.約2万個のヒト遺伝子を標的とするsgRNAをコードしたレンチウイルスライブラリーをeHAP1細胞に感染させ,ゲノムワイドなノックアウト細胞集団を作製した.その後,細胞を改良型ATAC-seeで染色し,蛍光強度が増大または減少する細胞をFACSにより分取した(図3).これらの集団からゲノムDNAを回収し,組み込まれたsgRNA配列を次世代シーケンスで解析することで,アクセシビリティの変化に関与する遺伝子を同定した.その結果,CREBBPやEP400といった既知のクロマチン制御因子に加え,転写因子TFDP1など,これまでアクセシビリティとの関連が報告されていなかった多様な遺伝子群が検出された.TFDP1以外にも,翻訳,RNAプロセシング,アセチル化といった核外プロセスに関与する新規因子も多数含まれており,クロマチン構造の制御が細胞全体の代謝および情報伝達ネットワークと密接に連動していることが示唆された.
スクリーニングで同定された因子の中でも,最も顕著な表現型を示したのが転写因子TFDP1であった.TFDP1を欠損させた細胞では,核全体のATAC-see蛍光シグナルが著しく上昇し,ATAC-seq解析においてもほぼすべてのNDRでアクセシビリティの上昇が確認された.これらの変化はヒトおよびマウス由来の複数の細胞株で共通して観察され,細胞種に依存しない普遍的な制御機構である可能性が示唆された.これまでに,TFDP1はE2Fファミリー転写因子とヘテロ二量体を形成し,主に細胞周期に関与する遺伝子の転写を制御することが知られている.一方,TFDP1をノックアウトしたeHAP1細胞において,細胞周期への影響はみられなかったことから,TFDP1欠損によるアクセシビリティ上昇が単なる細胞周期異常によるものではなく,より根本的なクロマチン構造変化であると考えられた.我々は,TFDP1によるアクセシビリティ制御機構に迫るため,AID2システムを用いてTFDP1を急速に分解し,その影響を経時的にモニターした.TFDP1を分解誘導した直後にはアクセシビリティの変化はみられなかったが,およそ48時間を経て初めてアクセシビリティの上昇が観察された.この結果から,TFDP1はクロマチン構造を直接制御するのではなく,下流遺伝子群の転写制御を介して間接的にアクセシビリティを調節していることが示唆された.さらに,ChIP-seq,RNA-seq,MNase-seqを組み合わせた統合的解析により,TFDP1がヒストン遺伝子群(H1,H2A,H2B,H3,H4)の転写を制御するマスター転写因子であることを明らかにした.すなわち,TFDP1をノックアウトするとヒストンタンパク質の発現量が低下し,結果としてゲノム全体のヌクレオソーム密度が減少し,クロマチンアクセシビリティがゲノムワイドに上昇する.
我々が同定した新規遺伝子群のノックアウト細胞では,ほとんどの場合,特定のゲノム領域においてのみアクセシビリティの変動が観察された.一方,TFDP1のように欠損がゲノムワイドなアクセシビリティ変化を引き起こす例はきわめてまれである.そこで我々は,このユニークな表現型を利用し,アクセシビリティを人為的に操作することで,さまざまな細胞操作技術へ応用できるのではないかと考えた.たとえば,iPS細胞リプログラミングやCRISPR/Cas9によるゲノム編集などの技術では,Oct4やCas9といったDNA結合タンパク質を細胞内で発現させる必要がある.そのため,クロマチンアクセシビリティは,これらの因子が標的DNAに結合できるかどうかを左右する決定的な要素である.実際に,Oct4などの山中4因子を体細胞に発現させることでiPS細胞を誘導できるが,体細胞では山中因子の結合領域がヌクレオソームによって覆われ,標的DNAへのアクセスが物理的に制限されているため,リプログラミング効率は1%未満ときわめて低い.Cas9によるゲノムDNA切断効率も同様に,標的配列がクロマチン上でどの程度アクセシブルであるかに強く依存する.我々は,TFDP1をsiRNAによってノックダウンすることで,一過的にゲノム全体のアクセシビリティを上昇させ,その間に山中因子やCas9を体細胞に発現させた.その結果,iPS細胞リプログラミングおよびゲノム編集の効率が上昇することを見いだした(図4)4).
クロマチンはゲノムを保護することで,DNA結合タンパク質からのアクセスを抑え込む「バリアー」として機能する.このバリアーは,不必要な遺伝子発現を抑え込むことでゲノム機能の恒常性を維持する一方で,必要なときにのみ開放され,細胞の転写プログラムを動的に制御している.本研究は,改良型ATAC-seeとCRISPRスクリーニングを統合することで新たなアクセシビリティ制御因子TFDP1を同定し,その機能を明らかにした.TFDP1を介したアクセシビリティの人為操作は,このバリアーを可逆的に緩めることで細胞を可塑的な状態へと誘導する普遍的な方法論であり,iPS細胞リプログラミングやゲノム編集以外にも,その応用範囲はきわめて広い.将来的には,アクセシビリティを操作する方法論を拡充することで,再生医療・創薬・ワクチン開発など,アクセシビリティが関与するバイオテクノロジーへの応用が見込まれる.DNA配列を変えずに,クロマチンを操作することで細胞運命を制御する——この潮流は,エピゲノムとバイオテクノロジーをつなぐ架け橋として今後さらに発展していくに違いない.
1) Kurihara, M., Kato, K., Sanbo, C., Shigenobu, S., Ohkawa, Y., Fuchigami, T., & Miyanari, Y. (2020) Genomic profiling by ALaP-Seq reveals transcriptional regulation by PML bodies through DNMT3A exclusion. Mol. Cell, 78, 493–505.e8.
2) Buenrostro, J.D., Giresi, P.G., Zaba, L.C., Chang, H.Y., & Greenleaf, W.J. (2013) Transposition of native chromatin for fast and sensitive epigenomic profiling of open chromatin, DNA-binding proteins and nucleosome position. Nat. Methods, 10, 1213–1218.
3) Chen, X., Shen, Y., Draper, W., Buenrostro, J.D., Litzenburger, U., Cho, S.W., Satpathy, A.T., Carter, A.C., Ghosh, R.P., East-Seletsky, A., et al. (2016) ATAC-see reveals the accessible genome by transposase-mediated imaging and sequencing. Nat. Methods, 13, 1013–1020.
4) Ishii, S., Kakizuka, T., Park, S.J., Tagawa, A., Sanbo, C., Tanabe, H., Ohkawa, Y., Nakanishi, M., Nakai, K., & Miyanari, Y. (2024) Genome-wide ATAC-see screening identifies TFDP1 as a modulator of global chromatin accessibility. Nat. Genet., 56, 473–482.
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