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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(1): 132-136 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980132

みにれびゅうMini Review

疾患進行における非二重らせん核酸構造の機能擬似細胞系SHELLによる機構的理解Non-canonical nucleic acid structures in disease progression: Mechanistic insights from the pseudo-cell system

甲南大学フロンティアサイエンス研究科・先端生命工学研究所Graduate School of Frontiers of Innovative Research in Science and Technology (FIRST) and Frontier Institute for Biomolecular Engineering Research (FIBER), Konan University ◇ 〒650–0047 兵庫県神戸市中央区港島南町7–1–20 甲南大学ポートアイランドキャンパス ◇ 7–1–20 Minatojima-minamimachi, Chuo-ku, Kobe, Hyogo 650–0047, Japan

発行日:2026年2月25日Published: February 25, 2026
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1. はじめに

細胞内での核酸は,標準的な構造である二重らせん構造以外に,三重らせん,四重らせん構造などの非二重らせん構造を形成し,このような構造は遺伝子発現を制御できる.試験管内の研究において,非二重らせん構造の形成は,周辺の分子環境(イオン濃度や分子クラウディング)によって大きく異なることが知られている.細胞内においても,細胞周期,疾患の発症や進行などによって,分子環境は大きく変動していると推察されるが,細胞内の環境が核酸構造に及ぼす影響はいまだ明らかにされていない.本稿では,擬似細胞系を用いて細胞内で核酸の構造が持つ機能を解明するための研究について紹介し,疾患に関わる核酸構造の重要性について議論する.

2. 核酸構造の多様性と環境依存性

核酸(DNAやRNA)は生命現象をつかさどる重要な分子であり,遺伝情報の保持のみならず,構造の多様性を通じた機能の動的制御という側面が近年明らかになっている1, 2).核酸の標準的な構造は二重らせん構造であり,2本の核酸鎖が,A(アデニン)とT(チミン)[またはU(ウラシル)]またはG(グアニン)とC(シトシン)が水素結合を形成することで,逆平行に結合し,二重らせん構造を形成している.しかし近年,同一塩基配列を持つ核酸鎖でも,周辺環境(共存イオンや溶質の種類・濃度,pHの変化等)によって,三重らせんや四重らせん等の非二重らせん構造を形成しうることが報告されている(図1A).

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図1 環境に応答したDNAの構造変化と核酸周辺の分子環境

(A)DNAの構造多様性.同じ塩基配列のDNAでも溶液環境の変化によって,二重らせん構造の一部が解離し,局所的に非二重らせん構造が形成される.(B)細胞内の分子クラウディング環境と試験管内の標準的な実験環境の比較.

たとえば,三重らせん構造は,ホモプリン・ホモピリミジン配列が形成する二重らせん構造に,第三の核酸鎖がフーグスティーン型水素結合を介して結合することにより形成される3).また,Gに富んだ核酸配列において四つのグアニンにカチオン,特にカリウムイオンKが配位することによりG-カルテットが形成され,G-四重らせん構造が形成される4).興味深いことに,これらの非二重らせん構造は,がん関連遺伝子のプロモーター領域やコーディング領域に形成されることが知られており,遺伝子発現制御反応(複製,修復,翻訳),エピジェネティック制御,さらには疾患の発症・進行に深く関与することが明らかになりつつある5, 6).たとえば,がんに関与する長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)が,特定の遺伝子のプロモーターに結合して三重らせん構造(RNA/DNA三重鎖)を形成すると,転写が阻害される.また,がん関連遺伝子であるc-MYC, c-KIT, KRAS上にG-四重らせん構造が形成されると,転写開始が阻害されることも報告されている.一方で,インスリン遺伝子の上流にあるインスリン結合領域にG-四重らせん構造が形成されると転写が促進されることが報告されている.このように,構造を変化させることで,タンパク質との相互作用を変化させ,遺伝子の発現を調節するという核酸構造の重要性はすでに広く認識されつつある.しかし,これらの構造が,細胞内環境においてどのように制御されているのかについては,依然として不明な点が多い.

細胞内は,核酸,タンパク質,細胞小器官,脂質,代謝産物など多様な生体分子が高密度に共存する“分子夾雑”な環境であり,生体分子の濃度は400 mg/mLに達する7, 8).このような高密度の混雑した環境下では,核酸の構造や安定性は,生化学実験における標準的な水溶液(たとえば100 mM NaClまたはKClを含む中性水溶液)とは大きく異なることが推察される(図1B).たとえば,核酸の構造を予測する際,核酸の二重らせん構造の形成を予測する最近接塩基対モデル(nearest-neighbor model)に基づくエネルギーパラメータを用いる手法が,核酸の構造予測の強力な手法として確立されている.しかし,これらは実際の細胞内環境と大きく異なる環境で求められたパラメータであるため,予測された構造はしばしば細胞内の構造と一致しないことも報告されている.

3. 核酸構造に及ぼす周辺の分子環境の重要性

細胞内の分子環境が生体分子の構造や機能に及ぼす影響を評価するため,これまで標準的な水溶液に高分子などの共存溶質(クラウディング分子)を添加し,細胞内の分子クラウディング環境を再現した実験系が広く用いられてきた.クラウディング分子としては,ポリエチレングリコール(PEG),糖ポリマー(デキストラン,フィコール),ウシ血清アルブミンなどのタンパク質,およびtRNAなどの核酸が使用されている.このような分子クラウディング環境は,溶液の物性を変化させ,生体分子の構造安定性や反応性を大きく変化させることが知られている.核酸構造の予測精度を高めるため,分子クラウディング環境を考慮した最近接塩基対モデルに基づく,DNA/DNA, RNA/DNA, RNA/RNA二重らせん構造のエネルギーパラメータが新たに開発されている9–11).これらのパラメータを用いることで,従来の標準条件下で得られたパラメータでは再現できなかった細胞内における核酸構造の安定性を予測できるようになりつつある.たとえば,RNA/DNAハイブリッド構造の安定性をクラウディング条件下で得られた予測パラメータに基づいて解析することで,細胞内における標的DNAの塩基配列からCRISPR-Cas9による切断効率を高精度に予測できることが示されている.さらに興味深いことに,蛍光プローブを用いて生細胞内で二重らせん構造の形成効率を測定した結果,PEG 200を40 wt%添加した分子クラウディング環境が,乳がん細胞(MCF-7)の核内における二重らせん構造の形成効率と似ていることが明らかになり,試験管内で構築した分子クラウディング環境は,細胞内の特定の環境を良好に模倣できることが示された11).これらの知見は,分子クラウディングが細胞内における核酸構造の安定性を決定する重要な要因であることを強く示唆している.

4. 核酸構造が制御する疾患の進行

上述したように,ヒトゲノム中には,DNAの二重らせん構造の一部が解離し,三重らせん構造やG-四重らせん構造を形成できる塩基配列が豊富に存在する.試験管内の実験において,G-四重らせん構造の形成は,周囲の環境,特にK濃度に大きく影響されることが知られている.乳がんの細胞内ではKCNH1というKを排出するイオンチャネルが過剰発現しているため,悪性がん細胞では正常細胞に比べてKが排出されやすい環境であることが推察される.著者らは,G-四重らせん構造を持つDNAから転写されるRNAの産生量を正常細胞,初期がん細胞,悪性がん細胞内で比較した.その結果,G-四重らせん構造を持たないDNAと比べて,正常または初期がんの細胞内ではG-四重らせん構造を持つDNAから転写されるRNA量は少なく,G-四重らせん構造によって転写が抑制されていることが示された.一方で,悪性がん細胞中では,G-四重らせん構造を持つDNAから転写されるRNA量が増大することを見いだした.さらに,G-四重らせん構造に特異的に結合する抗体であるBG4を用いた蛍光染色を行い,細胞内におけるDNA構造を共焦点レーザー顕微鏡によって観察した.その結果,初期がん細胞内で形成されていたG-四重らせん構造は,がんの悪性化によって劇的に減少することも見いだしている.本研究結果から,正常細胞では,がんを活性化させる遺伝子上でG-四重らせん構造が形成され,転写が阻害されていることが考えられる.一方で,悪性がん細胞では,G-四重らせん構造が不安定化され,がんを活性化させる遺伝子の転写が促進されると考えられる12).また,神経変性疾患に関わる細胞内において検出される細胞毒性を示す凝集体には,G4C2の繰り返し配列のRNAが含まれる.近年,このような凝集体の形成において,G-四重らせん構造が重要であり,この形成にもイオンチャネルの活性が関わっていることが見いだされている13).このような研究成果から,イオンチャネルなどを介した一過的な細胞内のイオン環境変化が核酸の“構造”に影響を及ぼし,疾患発症を“制御”している可能性がクローズアップされた.

5. 細胞内の生命現象を定量的に解析できる擬似細胞系SHELLの構築

細胞内の分子環境はイオンと核酸の相互作用に影響を及ぼすのであろうか.細胞内の分子環境が生体分子に及ぼす影響をより詳細に理解するために,著者らは細胞内分子環境評価系SHELL(system for highlighting of environment inside cell)を開発した(図2A14).SHELLとは,実細胞の分子環境をそのまま試験管内で再現した擬似細胞系である.具体的には,実細胞に穴を空けて,内部の小分子を流出させ,細胞の内部を実験で用いる溶液で置き換えた状態をSHELLと呼ぶ.SHELL化された細胞は,細胞膜や核膜などにすでに小さな穴が開いた状態であるため,任意の溶液に溶解させた標的分子をSHELLの上に添加するだけで,標的分子をSHELL内の標的部位に導入することができる(図2B).DNAに結合する色素であるDAPIや細胞内に多く存在する細胞骨格F-アクチンや転写因子NF-κBに結合する抗体を用いて免疫染色によってSHELLの内部を観察すると,細胞小器官やタンパク質の構造は生細胞のように保持されていることが確認された(図2C).また,SHELL内の総タンパク質濃度を測定すると生細胞の約85%であった.このように,SHELLの内部では実細胞の分子クラウディング環境はほぼ保持されているが,イオン等は後から封入することができるため,SHELLは特定の環境因子が標的分子に及ぼす影響を定量的に解析できる実験系である.

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図2 擬似細胞系SHELLの構築法とSHELLによる核酸の定量的解析

(A)SHELLの調製方法.(B)SHELL内に標的分子を導入するイメージ図(左)とそれぞれの状態を顕微鏡で観察した様子(右).(C)SHELL内を共焦点顕微鏡で観察したイメージ.(D)実験に用いたG-四重らせん構造を形成するDNA(F-t1)の設計(上)と1 μM F-t1の融解挙動.Alexa488およびAlexa546は,蛍光色素Alexa Fluor 488およびAlexa Fluor 546を示す.文献14の図を一部引用.

6. 疾患の進行過程における細胞内の分子環境変化が核酸構造に及ぼす影響

SHELLを用いた最初の応用例として,著者らはG-四重らせん構造の安定性を解析した.SHELLは初期の乳がん細胞であるMCF-7と,悪性度の高い乳がん細胞であるMDA-MB-231を用いて調製した.両末端を蛍光色素で標識化した1 μMのG-四重らせん構造を形成できるオリゴヌクレオチドF-t1(図2D)を試験管内の実験における標準水溶液[100 mM KCl, 40 mM Tris-HCl(pH 7.2 at 37°C)]に溶解させ,SHELL内に導入し,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の変化を指標としてG-四重らせん構造の熱安定性を測定した(図2D,下図).G-四重らせん構造の融解挙動から安定性の指標である融解温度(Tm)の値を算出した結果,試験管内,SHELL(MDA-MB-231),SHELL(MCF-7)において,それぞれ41.1, 46.3, 51.6°Cとなり,SHELL内では試験管内よりもG-四重らせん構造が顕著に安定化することが示された.興味深いことに,SHELL(MCF-7)では,SHELL(MDA-MB-231)よりTm値が高いことから,同じ乳がんの細胞でもがんの進行に伴い,G-四重らせん構造が不安定化する可能性が示された.さらに,SHELL内のK濃度を細胞外から制御し,K濃度依存的なG-四重らせん構造の構造安定化エネルギーを定量的に算出した.その結果,SHELL(MCF-7)では,K濃度が低下してもG-四重らせん構造の形成が保たれていたが,悪性度の高いがん細胞であるSHELL(MDA-MB-231)ではG-四重らせん構造形成が顕著に低下した.この現象の違いは,それぞれの細胞内におけるG-四重らせん構造に結合するKの数に依存することが示された.これらの結果は,乳がんの細胞においてカリウムチャネル(KCNH1)の過剰発現によって細胞内のKが流出した際,MDA-MB-231ではG-四重らせん構造が解離しやすいことを示しており,このような違いが遺伝子発現を制御していると考えられる.

7. 今後の展望

核酸は単なる遺伝情報の担体ではなく,周辺の分子環境(イオン濃度,pH,分子クラウディング等)に応答してその構造をダイナミックに変化させる.本稿では,これらの環境依存的な核酸構造変化が生命現象の調節機構として機能しているという視点に立ち,分子環境と構造変化の因果関係を定量的に理解する重要性を示した.これらの環境応答的な核酸構造変化の理解を基盤として,疾患特異的な分子環境の検出,構造標的型創薬,核酸構造を指標とした新規診断技術の開発へと研究が展開されると期待される.

さらに,著者はこの仕組みはヒト細胞に限らず,植物,細菌,ウイルスを含む多様な生物種に共通して存在する普遍的な生命原理であると考えている.各生物は固有の遺伝子および細胞内環境を持つが,その環境が誘導する核酸構造変化は,複製・転写・翻訳など遺伝子発現の制御,ストレス応答,分子輸送など,種を超えて重要な役割を果たしていると推測される.今後は,さまざまな生物種において,擬似細胞系や細胞内熱力学,AI解析などのさまざまな手法を組み合わせることによって,植物や微生物の環境適応機構の統合的理解が進展し,ひいては,核酸構造を軸とした普遍的生命機構の原理を解明できると期待される15)

謝辞Acknowledgments

本研究はJSPS科研費JP21H05109, JP22H04975, JP20H02864等,研究拠点形成事業JPJSCCA20220005, 甲南新世紀戦略研究プロジェクト(第I期),公益財団法人G-7奨学財団内藤記念科学振興財団,資生堂女性サイエンスグラント等の助成を受けたものです.心より研究活動をご支援いただきましたこと御礼申し上げます.

本研究を遂行するにあたり,ご支援いただいた甲南大学 高橋俊太郎先生,川内敬子先生,遠藤玉樹先生,博士研究員,研究員の皆さまおよび国内外の共同研究者の先生方に御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

建石 寿枝(たていし ひさえ)

甲南大学フロンティアサイエンス研究科・先端生命工学研究科 准教授.博士(理学).

略歴

1979年沖縄県生まれ.2008年3月甲南大学大学院自然科学研究科博士後期課程生命・機能科学専攻修了(博士(理学)).08年4月より株式会社ファイン研究開発課研究員,10年7月甲南大学先端生命工学研究所に助教として着任し,講師を経て,20年同研究所准教授となり,24年よりフロンティアサイエンス研究科にも配属される.

研究テーマと抱負

核酸構造が周辺環境に応答して変化する仕組みは,生物種を超えて生命活動を支える普遍原理であると考え,その解明を目指して研究を進めています.

ウェブサイト

https://www.konan-fiber.jp/index.php

趣味

子供の試合や練習を観にいくこと.

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