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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(1): 137-141 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980137

みにれびゅうMini Review

細菌が外界の鉄を感知する機構Mechanisms of extracellular iron sensing in bacteria

岐阜大学大学院医学系研究科Graduate School of Medicine, Gifu University ◇ 〒501–1194 岐阜市柳戸1–1 ◇ 1–1 Yanagido, Gifu, Gifu 501–1194, Japan

発行日:2026年2月25日Published: February 25, 2026
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1. はじめに

鉄はほぼすべての生物にとって必須の元素だが,地球上の多くの環境において,生物が利用可能な状態の鉄イオンはきわめて乏しい.地球表層の酸化的な環境下では,鉄イオンはFe(III)まで酸化され,生物が吸収しにくい難溶性の塩を形成するからである.ゆえに,この限られた資源ともいえる鉄をめぐり,生命は熾烈な獲得競争を繰り広げてきた.特に細菌と感染宿主との間において,その競争は感染成立の可否を決定づける大きな要因となる1).宿主は感染を防ぐために,nutritional immunityと呼ばれるプロセスを通じて,鉄をはじめとする金属イオンへの細菌のアクセスを厳しく制限している2).細菌はこのような鉄枯渇環境を生き抜くために,外界の鉄を「感知」し,それに応じて鉄取り込みを担う遺伝子群の発現を誘導する巧妙なシステムを有している.本稿では,グラム陰性細菌に広く保存されている鉄感知システムに焦点を当て,筆者らの最近の成果3, 4)を中心にそのメカニズムを解説する.

2. グラム陰性細菌の鉄獲得システム

1)シデロフォアを介した細菌の鉄獲得戦略

細菌の主要な鉄取り込み系として,シデロフォアと呼ばれる二次代謝物を介する系が知られている.シデロフォアは細菌によって合成・分泌されるキレーターであり,環境中でわずかに溶解したFe(III)と安定な錯体を形成する.細菌はこの錯体を特異的に認識して取り込むことで,効率的に鉄を獲得する1)図1A).これまでに900種を超えるシデロフォアが同定されており,その顕著な多様性は,シデロフォアを介した鉄取り込みが,細菌–宿主間競争のみならず,細菌コミュニティにおける細菌間相互作用においても中心的な役割を担っていることを反映している5).では,細菌はどのようなメカニズムでこの錯体を細胞内に取り込んでいるのか.

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図1 グラム陰性細菌が有する鉄獲得システム

(A)シデロフォアを介したFe(III)の取り込みシステム.(B)大腸菌鉄獲得系Fecシステムによる鉄クエン酸錯体の取り込み機構.

2)グラム陰性細菌が鉄–シデロフォア錯体を取り込む機構

生体膜は自己と外界を隔てる境界であり,無秩序な物質の出入りを制限することで細胞の恒常性維持に寄与している.このことは同時に,生体膜が外界との情報のやりとりや,必要な物質の輸送を妨げる障壁にもなりうることを意味する.生命は洗練されたシステムによりこの問題を克服しており,鉄錯体の輸送もその一例といえる.

グラム陰性細菌は外膜と内膜の2枚の生体膜を有し,それらの間隙はペリプラズムと呼ばれる.ここでは大腸菌が有する鉄獲得系Fecシステムを例に,その仕組みを概説する6, 7).Fecシステムはクエン酸とFe(III)からなる鉄クエン酸錯体を取り込む系であり,この系ではクエン酸が一種のシデロフォアとして機能する.Fecシステムはグラム陰性細菌に広く保存されており,外膜トランスポーターFecA,分子モーターTon複合体,ペリプラズム基質結合タンパク質FecB, FecCDEからなるABC(ATP-binding cassette)トランスポーターが協働して鉄イオンを細胞質まで輸送する(図1B).

Fecシステムによる鉄クエン酸錯体の能動輸送は,段階的なプロセスを経て行われる.まず,細胞外の錯体は外膜トランスポーターFecAに結合する.これを引き金として,FecAは内膜の分子モーターTon複合体と相互作用する.TonB, ExbB, ExbDから構成されるTon複合体は,内膜のプロトン駆動力(proton motive force:PMF)を力学的なエネルギーへ変換し,TonBを介してそのエネルギーをFecAのN末端領域に伝達する.これによりFecAのN末端側に位置するプラグドメインの構造が変化し,チャネルが開放されることで,錯体はペリプラズムへと輸送される.錯体はその後,FecBによってFecCDEトランスポーターへと受け渡され,FecCDEトランスポーターの働きによって,鉄イオンは最終的に細胞質まで輸送される.これら輸送システムを構成する遺伝子群(fecABCDE)は同一のオペロンにコードされており,その転写はσ因子であるFecIによって制御されている.

外界に鉄クエン酸錯体が存在するときに,大腸菌はFecシステムを作動させてこの錯体を取り込む.その際,大腸菌は外界の鉄クエン酸錯体を「感知」し,その情報をFecIへと伝達することで,Fecシステムの発現を誘導する.特筆すべきことに,Braunらのグループによる先駆的な研究によって,FecAは錯体のトランスポーターとしてのみならず,このシグナル伝達における錯体のセンサーとしても機能することが明らかにされている8).しかしながら,FecAの受け取ったシグナルがいかなるメカニズムにより細胞質のFecIまで伝達されるのか,その分子レベルでの実体は長らく謎に包まれていた.

3. FecRの連続的切断を介したシグナル伝達メカニズム

Braunらによる初期の研究により,鉄欠乏時に発現誘導される一回膜貫通型の内膜タンパク質FecRが,鉄クエン酸錯体シグナルを外膜のFecAから細胞質のFecIに伝達する因子として同定されていた8, 9).筆者らはこのFecRを介したシグナル伝達の分子機構を解明すべく,FecRの細胞内動態を詳細に解析した.その結果,FecRが3段階もの連続的な切断を受け,最終的に生じるFecR断片がFecIを活性化するという,精巧な制御メカニズムを明らかにするに至った3, 4)図2).以下では,FecRの切断がどのようにしてコントロールされているかについて概説し,このシグナル伝達メカニズムの全体像を論じる.

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図2 大腸菌における鉄クエン酸錯体シグナルの伝達機構モデル

(1)FecRは細胞質で自己切断し(1段階目切断),CL(a)とCTDに分離する.(2)CL(a)とCTDは切断後も会合した状態を保ったまま,Tat経路を介して内膜に挿入される.(3)鉄クエン酸錯体がFecAに結合すると,FecAはTonBと相互作用する.この相互作用を介してTon複合体の生み出す力学的なエネルギーがFecAに伝達され,FecAの構造が変化する.(4)この際,FecAのN末端領域がFecR CTDとも相互作用する.これにより,Ton複合体からFecAに伝達されたエネルギーが,さらにFecR CTDへと伝わり,CTDがCL(a)から解離する.(5)CTDの解離がトリガーとなって,CL(a)が未同定のプロテアーゼにより切断され(2段階目切断),CL(b)が生じる.(6)膜内切断プロテアーゼRsePがCL(b)を特異的に認識し,切断することで(3段階目切断),CL(c)が生じる.(7)CL(c)は内膜から遊離し,FecIと相互作用することでこれを活性化させ,その結果fecABCDEオペロンの転写が誘導される.文献3より一部改変.

1)1段階目の切断

筆者らの解析によって,FecRは翻訳後かなり早い段階で,シグナルの有無によらず恒常的に1段階目の切断を受けることが明らかになった.Pseudomonas aeruginosaの持つFecRホモログが,大腸菌FecRと同じ部位において,N-Oアシル転移により非酵素的に分子内で自己切断することから10),FecRが受ける1段階目の切断も同様に自己切断によるものであると考えられる.さらに興味深いことに,この1段階目の切断はFecRの内膜挿入に先行して細胞質で起こることが示された.この切断によって生じた膜貫通領域を持つN末端側断片(以下,CL(a))とC末端側断片(以下,CTD)は切断後も解離せず複合体を形成していた.そして折りたたまれたタンパク質を立体構造を崩さずに膜透過させるTat(twin-arginine translocation)システムにより,両断片は会合状態を保ったまま膜に挿入されることを見いだした(図2).

2)2段階目の切断

筆者らは先の切断で生じたCL(a)が,鉄クエン酸錯体のシグナルに応答して2段階目の切断を受け,その結果CL(b)が産生されることを明らかにした.この切断の制御機構を解明するために,筆者らはCTDの役割に着目した.CTD領域を人工的に欠失したFecR変異体は,シグナル非存在下でも恒常的に切断されてCL(b)を産生することから,CTDはCL(a)の切断を抑制することで,シグナルに依存したCL(a)の切断を制御しているという示唆を得た.CTDがCL(a)と会合した状態で膜に挿入されることから,「CTDはプロテアーゼによる切断からCL(a)を保護しており,シグナルに応答してCTDが解離することで,CL(a)の切断が誘導される」という作業仮説を立てた.このモデルを検証するため,AlphaFold3による予測構造に基づき,両断片の相互作用界面にシステイン残基を導入して両者をジスルフィド結合で架橋し,その解離を阻害した.その結果,シグナル依存的なCL(a)の切断がほぼ完全に抑制されたことから(図3A),CTDの解離が2段階目の切断に必須であることが強く示唆された.

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図3 シグナルに応答してFecRの2段階目切断が誘導される機構

(A)CL(a)のシグナル依存的な切断にはCTDの解離が必要である.野生型のFecRに由来するCL(a)は,シグナルに依存して切断を受け,CL(b)を産生した.一方で,ジスルフィド結合を介してCTDとCL(a)を固定した変異体では,CL(a)の切断がほぼ完全に阻害された.(B)AlphaFold3により予測した,FecR CL(a),FecR CTD,TonB,FecAからなる超複合体の構造.FecR CTD–FecA間,および,FecA–TonB間の相互作用部位を拡大して示した.(C)Ton複合体がPMFを変換して生み出したエネルギーは,CL(a)のシグナル依存的な切断に必要である.tonBを欠失した株中では,シグナル存在下でもCL(a)の切断がほぼ起こらない.また,イオノフォアであるCCCPで細胞を処理し,PMFを枯渇させた場合にも,CL(a)の切断はほぼ完全に阻害された.文献3より一部改変.

では,どのような機構でCTDはCL(a)からシグナル依存的に解離するのだろうか.錯体シグナルの受容体であるFecAはFecRと相互作用しうることがすでに報告されており11),また前述のとおり,FecAは錯体輸送の過程で,Ton複合体からPMFに由来する力学的なエネルギーを受け取る.そこで,このエネルギーがFecAを介してFecR CTDにも伝達され,それによってCTDがCL(a)から解離すると筆者らは考えた.実際に,AlphaFold3によってFecR CL(a),FecR CTD, FecA, TonBからなる超複合体の構造を予測したところ,これら四者が同時に相互作用しうることが示唆された(図3B).解析の結果,(i)tonBの欠失や,(ii)イオノフォア処理によるPMFの枯渇により,シグナル依存的なCL(a)の切断がほぼ完全に阻害されたことから(図3C),TonBが生み出す力学的なエネルギーが,FecRの2段階目切断に必要であることが示された.加えて,AlphaFold3の予測に基づき,FecR CTDとFecAの推定相互作用部位に変異を導入したところ,CL(a)のシグナル依存的な切断がほぼ完全に阻害された.これらの結果は,TonBの力学的作用を介してFecAがCL(a)からCTDを解離させ,それによってFecRの2段階目の切断が誘導されるという,筆者らのモデルを強く裏づけるものである.

3)3段階目の切断

筆者らはさらに,2段階目の切断を受けて産生したCL(b)が,その後速やかに膜内切断プロテアーゼRsePにより膜中で切断され,CL(c)が生じることを明らかにした(図2).CL(c)を模倣した断片を細胞質で強制発現させると,シグナル非存在下でもFecIが恒常的に活性化した.この結果は,CL(c)の産生がFecIの活性化に必要であることを示している.FecRとFecIは相互作用しうることが過去に報告されていることから11),CL(c)は内膜から遊離後,細胞質でFecIと相互作用し,それによってFecIを活性化していると推察される.

RsePはペリプラズム側に大きな機能ドメインを持ち,この領域が切断基質を厳密に選別している12).このドメインはサイズ排除フィルターとしても働き,大きなペリプラズム領域を持つ膜タンパク質はRsePの活性中心に到達できず,切断を免れる.FecRの場合も,2段階目切断によってペリプラズム領域の大部分を失ったCL(b)のみが,RsePによる認識・切断の対象になると考えられる.

4. おわりに

筆者らは一連の研究で,FecRが細胞質で合成されてから膜に挿入され,厳密な制御のもとで分解されていく過程,いわばFecRタンパク質の一生を,生化学・遺伝学的解析により追跡した.そして,FecAがTon複合体の生む力学的なエネルギーを利用して,鉄錯体の取り込みとシグナル伝達とを同時に実現する精巧な分子メカニズムを明らかにした(図2).発見から30年以上もの間ベールに包まれてきたシグナル伝達システムの全体像を明らかにした点において,本研究の意義は大きい.

Pseudomonas属細菌をはじめ,病原性細菌を含む幅広いグラム陰性細菌においてFecシステムは保存されている.また,FecRのホモログタンパク質は鉄クエン酸錯体のみならず,他の鉄–シデロフォア錯体の取り込みシステムの発現制御にも関与している13).さらに過去数年の間に,大腸菌のFecシステムが尿路感染症14)やウシ乳房炎15)の感染成立に寄与していること等が相次いで報告されており,その発現活性化機構を明らかにした本研究の意義は,細菌の病原性発現機構の観点からも高まっている.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究は,秋山芳展教授(京大・医生研),久堀智子准教授(岐阜大・医),塚﨑智也教授(奈良先端大・バイオ),永井宏樹教授(岐阜大・医),堂前直ユニットリーダー(理研・CSRS),石濱泰教授(京大・薬)との共同研究により得られた成果です.共同研究者を含む共著者の皆様をはじめ,一連の研究をともに推進し,支えてくださったすべての方々に深く感謝申し上げます.また,本研究領域の発展に尽力されてきたVolkmar Braun教授(Max Planck Institute for Biology)に心から敬意を表します.氏の多くの研究が,本稿で紹介した研究の基盤になりました.本研究は,JSPS科研費(JP23KJ1581, JP24H01370, JP24K17817),および,公益財団法人発酵研究所(Y-2023-2-023)のご支援を賜り実施することができました.関係各位に深謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

横山 達彦(よこやま たつひこ)

岐阜大学大学院医学系研究科 助教.博士(理学).

略歴

1995年奈良県生まれ.2018年京都大学理学部理学科卒業.23年同大学院理学研究科化学専攻博士課程修了.奈良先端科学技術大学院大学学振PDを経て,24年より現職.

研究テーマと抱負

細菌が過酷な自然環境を生き抜く戦略の分子基盤.

趣味

自由研究.

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