Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(3): 369 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980369

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研究と登山Foreword

1順天堂大学大学院医学研究科生化学・細胞機能制御学主任教授

22024・2025年度日本生化学会会長

3第100回(2027年)日本生化学会大会会頭

発行日:2026年6月25日Published: June 25, 2026
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「研究よりも登山が好きである」と書いてしまうと怒られるだろうか? 名前からもおわかりいただける通り,幼い頃から山好きの父に連れられて九州の山々を登った.小学生時代の夏休みはテントやバンガローを起点にいくつかの山を登るのが恒例であった.危険な岩登りや冬山はやらないつもりで,大学では山岳部ではなくワンダーフォーゲル部に入部したが,医療担当兼登攀隊員として2回のヒマラヤ登山に参加することが決まってからは,岩登りや冬山登山に没頭することになった.インドヒマラヤのNun峰(7135 m)には登頂できたが,世界第二の高峰K2(8611 m)では頂上に届かず,仲間を失って失意のうちに帰国した.卒業後は産婦人科の医師として働きながら時間を見つけては山に向かったが,さすがに登山の頻度は減少し,フラストレーションを感じる毎日が続いた.

産婦人科教授のすすめで大学院に入学し,生化学教室に派遣されたのが大きな転機となった.指導教官の清水孝雄教授は山好きであったが,きちんとした登山のトレーニングは受けておられなかった.実験を教える代わりに登山の技術を教えてほしいと言われたおかげで,大手を振って山に行けることになったのである.平日の夜は大学内の人工壁でクライミングの練習にいそしみ,週末には山に向かった.半減期の短い,新規脂質代謝酵素の精製と分子同定が大学院時代の研究テーマだったので,平日は大学に泊まり込むことも多かったが,患者を相手にしているわけではないので週末には山に向かう時間を作ることができた.生化学者としての人生を選択することになった理由は,もちろん実験や研究が好きであったことが第一であったが,自分で実験をコントロールすることで山に向かう時間を作れることがもう一つの大きな理由であった.色々な学会で国内外の基礎医学系の研究者と交流する中で感じるのは「基礎医学研究者には山好きが多い」ことである.その理由を自分なりに考えてみたい.

研究と登山の共通点としてまず挙げられるのは「下調べの重要性」である.研究には新規性が求められるため,自分が行おうとしている研究に類似した研究がすでに報告されていないか,どこまでが報告済みで,どこに新規性があるのかをしっかりと調べる必要がある.登山では下調べが不十分だと生命に危険が及ぶ.登山口までの交通手段,コースタイム,危険な箇所や天候の把握,登山計画書の作成など,準備が終われば登山の半分は終了したも同然である.また,こつこつと歩みを進める必要があることも研究と登山の共通点の一つであろう.さらにゴールだと思ったところが新しい出発点になる点も共通している.一つの研究がまとまり論文がアクセプトになっても,そこで研究が終わりになることはない.新たな問題点や解決しなければならない課題が生まれるのが常である.登山でも山頂はゴールではない.無事に下山して家族のもとに戻らなければならない.また,たとえ憧れの山に登れたとしても,すぐに次の目標となる山が登場する.研究も登山もエンドレスなのである.無心に山を登ることもあれば,実験のアイデアを探りながら山を歩くこともある.数回ではあるが,登山中に思いついたアイデアで困難な実験を突破した経験もある.

最後に,私が研究と登山に共通して感じるのは「自然の大きさと人間の小ささ」である.かつて,登山の世界では「ヒマラヤに遠征」して「山を征服」すると言う表現が使われていたが,これはとんでもない思い上がりである.自然の中における人間の力など微々たるものである.冬の富士山の突風は簡単に人を吹き飛ばすし,冬の北アルプスで1週間吹雪かれればひとたまりもない.厳しい山の自然は,これまでに沢山の友人の命を奪っていった.私たちが行っている研究活動もまた,特定の臓器や細胞を研究対象とした極めて狭い世界の出来事を,限られた研究手法を使ってあきらかにしているに過ぎない.途方もない大きな存在である自然の中で,私たちは研究をさせてもらい,山に登らせてもらっているのである.このような謙虚な姿勢をもって,残り少なくなってきた研究生活と登山生活を送っていきたいと考える毎日である.最後に「私は研究も登山も(!)大好きである」ことを申し上げてこの駄文を締めくくりたい.

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