Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 98(5): 645 (2026)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2026.980645

アトモスフィアAtmosphere

Biochemistから学長になって思うこと

国立大学法人香川大学学長

発行日:2026年10月25日Published: October 25, 2026
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私が日本生化学会の会員になって40年以上が経ちます.このたび「アトモスフィア」を執筆する機会を与えていただき,誠に光栄に存じます.長らく医学部教員として生化学の教育に携わりつつ,脂質代謝酵素の研究を続けてまいりました.バイオテクノロジーの普及,ゲノム情報の充実,液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)等による脂質分子の網羅的解析,遺伝子改変動物を用いた個体レベルの解析等々,日々発展を遂げる研究手法の恩恵に預かり,多くのエキサイティングな経験を積み重ねることができました.PLAAT(phospholipase A and acyltransferase)family(ヒトではPLAAT1~5の5種からなる)やNAAA(N-acylethanolamine acid amidase)は,私たちの研究室が酵素として機能することを発見し,それとわかるように命名したタンパク質であり,論文検索でこれらの酵素を見かけると少し誇らしい気持ちになります.

縁あって2023年10月に香川大学学長を拝命し,大学運営に専念することになりました.運悪く,この頃から,2004年の国立大学法人化以降,長らく落ち着いていた物価や人件費が上昇に転じ,大学経営に影響が出るようになりました.法人化後の国立大学の主たる収入である国からの運営費交付金は,長期低落の後,ほぼ下げ止まっていますが,物価上昇にスライドして増加する仕組みにはなっていませんので,常勤の教職員を減らしたり,さまざまな経費を削減したりせざるを得ませんでした.競争的資金や寄附金等,外部資金の獲得にも努めていますが,これらの資金は多くの場合,期限付きの研究プロジェクトや組織改革の遂行のために充当すべきものであり,基盤的経費(人件費,光熱費,教育・学生支援経費等)の不足分を補うことは困難です.文部科学省もこのような国立大学の窮状を理解し,科学研究費補助金とともに運営費交付金の増額に向けて取組んでくださっていますが,キャンパス内のあちらこちらの施設設備の老朽化も進んでおり,物価上昇分への措置だけでは早晩行き詰まるのではないかと大変危惧しています.

一方,国立大学,特に地方国立大学は,人口減少や東京一極集中による地域の人手不足,生成AIの発達による産業構造や雇用形態の変化,地球温暖化による気候変動,我が国の国際競争力の低下等,待ったなしの課題が山積する中,地域の社会や経済の維持・発展に貢献する人材育成や産業振興に対して大きな役割を期待されています.医学部にあっては医師養成,附属病院での高度医療,地域医療機関への医師派遣等を通じて地域医療の充実に向けた貢献が求められています.本学のような総合大学は地域の「知の拠点」として機能するだけでなく,学生と教職員合わせて1万人規模が在籍していて県内人口の1%程度を占めることから,大学自体の地域経済への貢献も大きく,人口が減少する中でその存在意義はむしろ高まっており,さまざまな期待に応えていく必要があると日々感じています.

上述の社会課題のうち,特に地球温暖化による気候変動は社会に強烈なインパクトを与え,しかも年々加速化し,不可逆的に進行しているように見えます.世界中の研究者は専門分野にかかわらず,叡智を結集して人類の危機といっても過言ではない事態に取組む必要があると思います.生化学者もさまざまなアプローチにより対策を示せるのではないでしょうか.私はこの方面の専門家ではありませんが,例えば,再生可能エネルギー,CO2排出削減,低炭素・脱炭素燃料,省エネルギー,熱中症対策,予防医学,高温耐性の農作物の品種改良,水温上昇に対応した漁業資源の確保,生物多様性,水資源などが思い浮かびます.そして異分野の研究者との協同による新しい発想に基づく研究や,人々に行動変容を促すため,成果をわかりやすく一般社会へ発信することがますます重要になることでしょう.経済的波及効果の高い研究が重視される風潮のなかで,基礎研究の重要性が改めて指摘されており,私も基礎研究者の一人として大いに賛同します.そして,そのうえで喫緊の地球規模の課題への取組みをいっそう強化していただければと願っています.

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